真・恋姫†無双 繋がってゆく火 |
最初は、小さな。
とても。
とても。
とても小さな火。
風が吹けば消えてしまいそうな。
儚くて。
脆そうな。
そんな火だった。
でも。
本当は。
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ばたばたばた…
ばたばたばたばたばたばたばたばた……
春が来た。
椅子に座り、開け放たれた窓から見える桃の木を見て、老婆はそう思った。
桃の木には満開の花が咲いている。
それは、春の到来を知らせてくれている。
しかし、まだ寒い事にはなんら変わりは無かった。
だが老婆はその風を好ましく思っていた。
桃の香り、室内からでも分かる春の陽気、賑やかな市民達の声----------
色んな物を運んでくれる風を、彼女は好ましく思っていた。
コンコン
先程から慌しく駆け回っていた音が止まり、代わりに扉を叩く音がなった。
「はぁい。どうぞ。」
「失礼します。」
老婆の返答の後、一人の侍女が部屋に入ってきた。
「どうかしたの?何か騒がしいようだけれど。」
「申し訳ありません。実は、劉玄様がまだお戻りなられていないのです。」
恭しく頭を下げる侍女の言葉に老婆は、まぁ、と頬に手をあてた。
「劉玄ちゃんが?」
「はい…劉永様もお探しになられているのですが…。お心当たりはありませんか?」
「ごめんなさいねぇ…私はずっとここにいたから、どこにいるかは分からないわ。…もし劉玄ちゃんが来たら、すぐに行くように言っておくわ。」
「申し訳ありません…。わざわざあなた様のお手を煩わせるなどと…。」
またしても頭を下げる侍女に老婆は、いいのよ、と優しく微笑んだ。
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ばたん、
と扉が閉まり、老婆は、ふぅ、と溜息をついた。
「もう行ったわよ…。出てらっしゃい、劉玄ちゃん。」
ごそごそ…
すると、寝台の中からその老婆の声に応じるようにして、小さな少年が飛び出した。
「…ぷはぁ!!……あぁーよかった。ばれないで。」
その少年は、汗で蒸れた薄い桃色の髪を振って、強気な目を細めてニコニコ笑いながら言った。
「よかったじゃありません。先にお母さんに言ってから来なさい、って言ったでしょう?全くもう、お母さん心配してるわよ?…おばあちゃん悲しいわ。孫が不良になっちゃうなんて。」
そう言う老婆に、不良なんかじゃないよー、と少年は唇を尖らせる。
「…へへ、でも、匿ってくれてありがと!桃香おばあちゃん!」
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老婆ー劉備元徳。真名を桃香とする女性は、自分の寝台の上で無邪気に転がる孫を見て思った。
ああ、ずいぶんと長い時を経てきたなぁ、と。
桃園の誓い
そう、まさにこの桃の木がたくさんある地で四人で誓いを交わしてから、どれだけの時を経てきたのだろうか。
蜀呉同盟。
赤壁の戦い。
荒野での魏との決戦。
第一次五胡対戦。
そして、三国同盟。
すべては『あの人』と、ご主人様と会ってから始まった。
あの人と会わなければ、こうはならなかっただろう。
魏の人々とも、呉の人々とも笑いあうことは決してなかっただろう。
大陸は統一され、完全に平和が訪れたこの世界…。
私がこうやって老いることも無かっただろう。
「で、おばあちゃん、お話って何?」
枕をぎゅっと抱きしめながら、孫が自分に語りかけてきた。
「あら、聞いてくれるの?」
「聞くに決まってんじゃん!わざわざ母様に言わずに来たんだもん。話してくれなきゃ怒るよ。」
ぶー、と頬を膨らませる劉玄を見て、
「ホントかしら?おばあちゃん、劉玄ちゃんは不良だから聞いてくれないと思ってた。」
だーかーらー、不良じゃないってー!と言う孫を見て、うふふと桃香は笑った。
「そろそろ、劉玄ちゃんんも成人ね。」
真面目な話に切り替わったと感じたようで、劉玄はきゅっ、と表情をひきしめた。
「…うん。」
「この国の次期後継者はあなた…それはもう確定してるわ。」
「うん。この前は孫亮様だったからね。…次は((蜀|ボクたち))の番。」
《交代制》
それがこの国の皇帝を決めるシステムである。
内容は至って簡単。
@始めは蜀の中から一人代表を決めて、その者が皇帝となる。
A蜀の皇帝が引退、もしくは他界した場合、次は魏から代表者を選び出して、その者が皇帝となる。
B次も同様に、魏の皇帝が身を引いた後、呉から代表者を選び出してその者が皇帝となる。
これをただひたすら繰り返すだけである。
一刀たちが、再び争いや諍いが三国間で起きることが無いように、と考え出した策がこれであり、単純ではあるが、中々に機能しているのだ。
初代皇帝はもちろん 北郷一刀。
二代目皇帝は華琳の娘の 曹丕 子桓。
三代目皇帝は蓮華の息子の 孫亮 子明。
そして四代目皇帝は
「僕、だね。」
「そう。」
こくりと頷く二人。
「でも、僕そんなことぐらい知ってるよ?何回も母様に言われてきたもん。」
「口を酸っぱくして、ね。それで、劉玄ちゃんは…どうするの?」
「え?」
桃香の言葉に劉玄はぽかん、と口を開けた。
「どうするって…僕はなるよ。皇帝に。」
「それはもう聞いたわ。皇帝になって、劉玄ちゃんは、『何をするの』?」
「何…って。」
桃香の言った言葉に対し、劉玄は目を瞬かせた。それを見て、桃香は一息おいてから、言葉を紡いだ。
「お爺様のこと、覚えてる?」
「もちろんだよ!お爺様と何回も街に行ったもん!!」
即答する劉玄に桃香はさらに続けた。
「あの人は立派な人だった。…白く輝く上着を羽織って、腰に刀をぶら下げながら歩く姿。」
「…本当に画になってたわ。あの人が国を愛したように、この国もあの人を愛していたの。」
「そんなあなたのお爺様が言っていた言葉。思い出してごらんなさい。」
私の夫が最後に言っていた言葉を。
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「月…皆を、皆をここに呼んできてくれないか?」
「え?」
部屋を掃除している妻の背中に向かって、一刀はそう言った。
「ご主人様…。」
「頼む。…少しばかり…いや、もう時間がないようだ。」
満足に動かない体の中で、唯一動く口と目で、月に語りかける。
「!…はい、承知しました。」
ぱたぱたぱた…
お互い、歳を取った。
長い間ずっと自分の世話をしてくれた侍女が部屋から出て行くのを見て、一刀はそう思った。
自分が天の御使いとしてこの地に来てから、何人もの人と出会い、別れを体験してきた。
乱世を共に駆け抜けた友が死んだように、この身の終わりもそろそろ近い。
寝台から身を起こすことすらできなくなってきている。
だが、後一つだけ、最後に一つだけ、やらねばならない事がある。
ばたばたばたばた…
ばたばたばたばたばたばたばた…
『父様!!!』
『父上!!!』
『お父様!!!』
己の息子達、娘達、孫達が扉からやってきた。
―――俺は、まだ ((北 郷 一 刀|天の御使い)) なのだから
「父上…。」
「よい。何も言わずに聞け。」
何かを言おうとする息子を制し、一刀は口を開いた。
「長い間生きてきたが、儂はもうここまでのようだ。」
「…!」
皆が息を飲む気配が伝わってくる。いつもならばそれに声をかけるのだが、今は時間がない。
一刀は構わず続けた。
「だが、そんな事はどうでもいい。すぐに忘れてしまえ。」
『!?』
「父上!?何を」
「何も言うな!!!!!!」
『っ!!』
「済んだ事など忘れてしまえ!過去に囚われ、過去を見て生きることなどに、何の意味もありはしない!!」
残り少ない力を振り絞って声を張り上げる。
「前を、未来を見ろ!!常に変わってゆけ。明日は、今日とは違う明日を。次の年は、今の年とは違う一年を過ごせ。」
残り少ない力を振り絞って拳を頭上に突き上げる。
「そして誓え。決して同じ過ちを繰り返さないと。」
目を見開き皆の目を見ている一刀に、全員は強い頷きを返した。
「よい。ならばよい。」
そう言って一刀は頭上に挙げていた拳から力を抜き、腕をを降ろした。
ぼふ、と体の脇に一刀の腕が力なく落ちる。
それを見て皆が声を張り上げて自分を呼び始めた。
父上、父様、お父様、と。小さい頃と全く変わっていない呼び方。しかし、その声は、もう、よく聞こえない。
景色も、かすかにだが白み始めてきた。
だが見える。まだ見える。
息子が、娘が、孫が、そして妻が、
多くの人達が自分を見て、涙を零している顔が。
顔を歪ませながら自分を見ている。情けない顔だ。
それでも、全員の目には強い灯が見える。
『俺達の』意思を継いでいる証が見える。
それを確認した一刀は、満足し、目を閉じた。
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桃香は一刀が亡くなった時のことを語り、劉玄にそう言った。
「うん、覚えてる。お爺様、『変わってゆけ』って言ってたね。」
「あんなにわんわん泣いてたのに、よく覚えてたわね。偉いわ。」
えへへ、と褒めれれて嬉しそうにする劉玄に桃香は再び問いかける。
「それで、劉玄ちゃんはどうするの?」
「お爺様の血を引いているのなら、天の御使いの孫であるならば。」
「劉玄ちゃんは、どうしなければいけないのかしら?」
確かめなければならない。
この子が皇帝を継ぐに足る人物なのか。
いまここにある平和を感じ、そしてこの平和を保つにはどうすればいいかを分かっているのかどうか。
皆を引っ張る為の決意があるのかどうかを。
桃香がじっと目を見つめていると、劉玄は
「んーー……特に何も。」
「…………え?」
そんな事を言った。
「劉玄ちゃん…えっと、今なんて…」
「いやだから、特に何も考えてないよ?」
聞き間違いではなかった。
この子は確かに、『考えていない』と言った。
皇帝になる者が、祖父の意思を継いでいるはずの子が。
何も―――――――――!?
「そんな――!」
「だってさ、僕一人が考える事じゃないじゃない。」
「な―――え?」
再び口を開いた劉玄の言葉に、またもや桃香は口をぽかん、と開けた。
「僕、まだ11歳だもん。まだ勉強中だし、鍛錬でも季衣様に全然敵わないし。…あ、あと、せ、背も低い、し。」
「こんな僕が一人で皆を引っ張るなんてできっこないもん。」
そう言い切る劉玄はなぜか胸を張っていた。
「だから僕は、一人で何かをしようなんて思わない。皆に助けてもらう。」
「何もしない、って訳じゃないよ?僕にできない事を、皆はできる。でも、皆ができない事の中に、僕にできる事がある!」
「今はそれをやる。僕が大きくなるまでは。」
「皆の前に立って、皆を引っ張るのはそれからだよ。」
その時、にこにこしながらそう言う劉玄に桃香は若かりし頃の”自分”を見た。
「…っくくく。」
「?」
「…っあははははははは!!」
「!?お、お婆ちゃん!?どーしたの!?」
笑いをこらえきれず、急に笑い出した自分を見て劉玄があたふたとし始めた。
「ふふふ!!やっぱりあなたは不良ね!ちゃあんと考えてるじゃない。」
けらけらと笑いながら劉玄の頬をつまんでむにむにとする。
「いや、その、さっきの『特に考えてない』ってのは、そういう、意味じゃなくて、ってか、ほっぺたむにむにするのやめてよー!」
しかもまた不良って言った―!と喚く劉玄から目を離し、桃香は
「誰かいるかしらー?」
と言った。
「ぅえ!?」
それに一番反応したのは、もちろん劉玄。
「ちょ、ちょっと待ってよ!誰か呼んだらお母さんに怒られちゃう!」
「あーら?約束を破った時点でお母さんに怒られるのは覚悟してたんじゃないの?」
「そりゃしてたけど!…そ、そうだ!お婆ちゃん、ちゃんと”ふぉろー”してくれるんだよね!?」
「ごめんねー?お婆ちゃん、ちょっと用事があるのよー。…ああ、はいはい。…劉玄ちゃんをちゃんと劉永のところに連れて行ってね?」
扉から入ってきた侍女にそう言うと、桃香は劉玄をはなした。
ぎゃーぎゃーと喚きながら部屋から出ていく劉玄と侍女にむかって微笑みながら手を振った。
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「『何もしない、って訳じゃないよ?僕にできない事を、皆はできる。でも、皆ができない事の中に、僕にできる事がある』…ね。…ふふ。」
部屋の中で一人になった桃香はそう呟き、笑った。
「昔の私と同じこと言ってたわ。あの子。」
力が無い事を嘆きはしても、悲しみはしなかった自分と。
同じ事を言っていたのだ。
よく覚えてはいないが、自分もあれぐらいの年頃の時はあんな感じだったのかもしれない。
「…ふふ。」
そうして、桃香は再び笑った。
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その翌年。
三代目皇帝孫亮は皇帝の座から退き、劉玄が四代目皇帝となった。
民から愛され、父、母、兄、姉、弟、妹からも愛された彼は、さながら『二人目の劉備』であった。
そして、その劉備は劉玄が皇帝になった翌週に眠るようにしてこの世を去った。
なんの前触れもない劉備の死に人々は戸惑いを隠せず、嘆き、悲しんだ。
だが、三国は歩みを止めはしなかった。
未来へ向かって進み続けた。
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最初は、小さな。とても。とてもとても小さな火。
風が吹けば消えてしまいそうな。
儚くて、脆そうなそんな火だった。
でも。
本当は。
強い火だった。
弱くなんてなかった。脆くなんてなかった。
雨が降ろうが、突風が吹こうが消えない火。
少女の胸に宿った火はそんな火だった。
そしてその火は一つの流星によってさらに広がった。
どこまでも、どこまでも、果ては大陸の全てを照らすまで広がった。
そして、その火は今なお燃え続けている。
英傑達の血を継ぐ者達の胸の中に。
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ざああ…と風に吹かれて桃の木が揺らめく。
あたり一面、見渡す限りの桃の木。
その中を少女はずっと歩き続けていた。
少女はここに来てから、ある人々を探していた。
「…あ、いたいた。」
桃の木が密集している中で、ここだけぽっかりと空いている。
その中には、とても懐かしい顔ぶれが花見をしていた。
酒を浴びるように飲み競う美女たち。
書物を地面に置き、それを囲いながら軍議に花を咲かせる少女たち。
桃の木の間を縫うようにして走り回る少女たち。
侍女が淹れたお茶と皆が認める料理人の作った料理に舌鼓をうつ女性たち。
懐かしい、とても懐かしい面々。そして中心にいるのは当然―――
「ご主人様」
桃香がそう呼ぶと、一刀は華琳との会話を止めてこちらを見上げた。
「や、桃香。」
二人はしばし見つめあい、一刀が先に口を開いた。
「もう…いいのかい?」
「うん。言いたい事も、やりたい事もぜーんぶ終わったから。」
「…そっか。…じゃあ。」
ふっと嬉しそうに笑うと、一刀は桃香に手を伸ばした。
「おかえり、桃香。」
桃香は差し出された手と一刀の顔を見つめ、にっこりと笑ってその手を握った。
「ただいま、ご主人様。」
<終わり>
説明 | ||
や、どーもお久しぶりです。実に四ヶ月ぶりの更新です。レインでございます。 PCが壊れたり、引っ越しがあったりとバタバタしたもんですが、ようやく暇を見つけてこうして更新することができました。 拙い文ですが、それでもよろしければお読みください。 |
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ちょっとウルッときました。いい話でした(海平?) よかった。(siasia) いい話でした。(readman ) なかなかにい話だった。やり終えた感がある(黄昏☆ハリマエ) |
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