あやせたん桐乃たんと決着つける
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 わたしは夢の中にいます。

 それがはっきりと認識できました。

 何故なら、わたしは自分の姿を確認することができなかったからです。

 それに、空に浮いているような、とにかくいつもの目線とはまるで違う世界の見え方でした。

 それでわたしは自分が夢を見ているのだと悟りました。

 でも、夢と簡単に片付けてしまうにはあまりにもリアルな光景がわたしの前で展開されていました。

 

 わたしがいるのはお兄さんの、もとい桐乃のお家のリビングです。

 室内にはお兄さんと桐乃、そして桐乃のご両親がいます。

 4人ともわたしの存在に気が付きません。

 わたしの存在をお兄さんに、もとい桐乃に気付いてもらえないのは少し寂しいです。

 ですが、おかげでとても近付いて家族の会話を聞くことができました。

「京介と桐乃にどうしても告げておかねばならない重要な話がある」

 おじ様は真剣な面持ちで低い声で喋りました。

「どうしたんだよ、親父? そんな改まっちゃって。まさか、警察クビにでもなったって冗談言うのか? 今日はエイプリルフールじゃないぜ。はっはっは」

 お兄さんが気分を和らげようとわざと明るく喋っています。

 ですがおじ様の表情は変わりませんでした。

「俺がクビになったという報告ならもっと気が楽だっただろう。俺が再就職先をみつければ良いだけの話なのだからな」

「お父さん、本当に何があったって言うの?」

 おじ様の表情の硬さに今度は桐乃が焦り始めます。

「お父さん、そろそろ本題に入らないと。子供たちの心配が増すだけよ」

「ああ、そうだな」

 おじ様が姿勢を正しなおします。

「話というのは実は、お前たち兄妹のことだ」

「俺たちのこと?」

「アタシたちのこと?」

 お兄さんたちが怪訝な表情を見せます。

 おじ様は小さく息を吸い込みました。

「まず、結論から話そう。京介と桐乃……お前たちは実の兄妹ではない」

「何だってぇええええぇっ!?」

「何ですってぇええええぇっ!?」

 おじ様の衝撃の告白に2人が最大級の驚きの声を上げます。

 幾らただの夢とはいえ、常軌を逸した超展開です。

「ちょ、ちょっと待てよ! 俺は、桐乃が生まれた時のことを覚えているぞ。ガキの頃のことだけど。えっ? っていうことは……」

「そうだ。京介……お前の本当の両親は俺たちではない」

 おじ様がお兄さんから目を逸らしました。

 おば様は俯きました。

「マジ、なのかよ……」

 お兄さんは目を見開いて2人を見ていましたが、やがて俯きました。

 室内に重い沈黙が走ります。

 わたし、一体なんでこんな重い夢を見てしまっているのでしょうか?

 正直、この展開はわたしとしても気分が凄く悪いです。

 

「じゃあ、誰なんだよ? 俺の本当の両親は?」

 長い沈黙の果てにお兄さんが口を開きました。

「お前の本当の両親は……ジミーナカオ王国の国王夫婦だ」

「はぁっ!?」

 信じられないという感じで非難の大声を上げるお兄さん。

 お兄さんが実は聞いたこともない外国のプリンスだったなんて……。

幾ら何でもわたしは夢の中で話を作り過ぎですね。

「親父っ、冗談を言うのも程ほどにしておけよ。俺が桐乃と血が繋がってなくて、しかも外国の王子だとかどういうつもりだっ!」

 お兄さんが怒りました。

「俺は冗談が嫌いだ。故に冗談など口にしない」

 おじ様はお兄さんの怒りを一蹴します。

「詳しい話は省くが、18年前、ジミーナカオ王国には大きな政治紛争があった。生まれたばかりの王子の身を案じた国王夫婦は滞在中だった日本の警察に子供を預けた。そして色々な経緯を経て、国王夫婦の身辺警護を任されていた俺が王子、お前を子供として育てることになったんだ」

「そんな胡散臭い話がにわかに信じられるかっての! 信じて欲しいなら証拠を見せろ!」

 わたしも同じ思いでした。

 いえ、これはわたしが見ている夢に過ぎないのですが。

「証拠なら……ある」

 おじ様はそう言ってテーブルの下に置いてあった箱を取り出しました。

「これは、京介を引き取る際にジミーナカオ国国王から預かった王家ゆかりの品だ」

 おじ様が箱を開けます。

 わたしは自分の姿がないのを利用して接近し箱の中を覗き込みます。

「これは王家の者のみが持つことを許される王家の指輪だ」

 おじ様が取り出したもの。

 それはベタな名前を持つ見たこともない大きなダイヤが乗った指輪でした。

 わたしの想像力ではこの程度が限界なのかもしれません。

 でも、その宝石の輝きは見事で、ガラスやその他の偽物には見えません。

 そのダイヤの存在は、おじ様の話に信憑性を持たせるものでした。

「本当だったのかよ。俺がジミーナカオ国の王様の子供だなんて」

「だからさっきから俺は冗談を言っていないと繰り返しておるだろう」

 お兄さんはおば様を見ました。その瞳は助けを求めているようです。

「親父の話は、本当なのかよ?」

「今までずっと隠していてごめんなさい」

 おば様は頭を下げました。

 それはおば様がおじ様の話が真実であると認めたことに他なりません。

「ま、マジ、なのかよ……」

 お兄さんが天を仰ぎました。

 その表情は悲痛で、声を掛けられる雰囲気ではありません。

 おば様が声を掛けようとしましたが、おじ様が制しました。

 

 それから、5分ほどの時間が過ぎました。

 その間、誰も一言も発しませんでした。

 そして、その重い沈黙を破ったのはお兄さんでした。

「何で、今になって俺がこの家の本当の子供じゃないなんて話をするんだ? もっと前でも、ずっと隠したままでも良かっただろうが!」

 お兄さんの口調には苛立ちが燻っていました。

 それはわたしからしても変な話でした。

「ジミーナカオ国は長い間政治不安が続いていた。お前の存在が明らかになれば刺客が送られて来ないとも限らなかった」

 おじ様は溜め息を吐きます。

「そして、今になって打ち明けたのにはわけがある」

 おじ様がちょっとだけ辛そうな表情を見せました。

「長かった紛争も終わり、ジミーナカオ国にもようやく平和が訪れた。そして先日、ジミーナカオ国の宮廷より連絡が入った。王子、つまりお前に次期国王として王国に戻って来て欲しいと」

「俺に聞いたこともないような外国に行けってのかよ?」

 お兄さんとおじ様の視線が交錯します。

「王国が平和になった象徴として、先方はお前が帰って後継者指名を受けることを望んでいる」

 おじ様は僅かに目を伏せました。

「俺はそのジミーナカオ国がどこにあるのかも知らないんだぞ。当然言葉だって、生活スタイルだって知らない。そんな俺が王子だなんてその国の人々だってみんな嫌だろうが!」

「言葉も習慣も現地に行ってから学べば良い。お前が後継者指名を受けるのも、実際に国王になるのも当分先の話だ。それまでに慣れれば良い」

 おじ様はお兄さんを見ないまま答えます。

「……で、そのジミーナカオ国とやらは俺にいつ戻ることを要求してるんだ?」

 お兄さんが半分諦めたように声を出しました。

 その言葉を聞いておじ様は顔を僅かに歪めました。

「王国への帰還はそんなに急がれてはいない。お前が高校を卒業するまでは待つそうだ」

「そうかよ……」

 嫌な、とても嫌な沈黙が流れます。

 お兄さんはどこか白けたような瞳で天井を見上げています。

 反対におじ様は辛そうな表情で下を向いています。

「まあ、高校を出たら独り暮らしも考えていた所だ。どうせ家を出るのなら、それが日本でも外国でもあまり変わりはないさ」

 お兄さんの言葉。

 それはジミーナカオ国に行くことを了承するものでした。

 その言葉を聞いておじ様とおば様が大きく肩を震わせます。

「京介……別に、無理をして外国に行かなくても良いのよ。それに、あれよ。高校卒業まで待ってくれるんだから、向こうと交渉すれば大学卒業まで待ってくれるかも」

 おば様がお兄さんの肩を掴んで再考を求めます。

「国の復興の象徴が俺なんだろ? だったら、あんまり待たせちゃ悪いさ」

 お兄さんは少しだけ照れ臭そうに笑いました。

 その笑みは、お兄さんが日本を出て行くことを承認した笑みでした。

 その控えめな笑みを見ておば様もそれ以上言葉を続けられませんでした。

 

「フザケンナァっ!」

 お兄さんが日本を去ってしまう。

 そんな雰囲気が大勢を占めつつある中、反発を示したのが桐乃でした。

「コイツがアタシの兄じゃなくて、名前も聞いたことのない国の王子様で、高校出たら日本を去るっての? そんなのっ、急に認められるはずがないじゃないのよっ!」

 桐乃は激しく苛立っていました。

 その桐乃は激しい剣幕のままお兄さんへと詰め寄ります。

「アンタも何をこんな胡散臭い話を素直に信じちゃってるわけ? バッカじゃないの!」

「親父もお袋も嘘は言ってない。それぐらい、わかるだろうが……」

 お兄さんが目を逸らしながら桐乃に答えます。

「だからって、何を自分の前に敷かれたレールにあっさり乗ろうとしてるのよ? そんなの、アンタらしくないじゃないの!」

「あっさり乗ろうとしているわけじゃねえよ。でも、仕方ないだろ。多くの人が俺を必要としているのなら俺が応えなくちゃ」

 桐乃は体を大きく震わせ、そして──

「お兄ちゃんの……バカぁああああああああああぁっ!」

「クッ!」

 お兄さんの頬に思いっ切りビンタを食らわせるとリビングから駆け出して行ってしまいました。

 お兄さんは殴られた頬を手で押さえて俯いています。

 おじ様もおば様も沈痛な表情で俯いています。

 リビングには息苦しさが蔓延していました。

 

 

 そして夜を迎えました。

 夢なので一瞬にして時間が経過します。

 お兄さんは暗くなって以降も一度も電気をつけず、ベッドに寝転がって天井を見上げ続けています。

 先ほどから引き続いて重い雰囲気です。

 無理もありません。

 突然、自分が本当の子ではないと言われ、その上外国の王子様で住み慣れた日本を離れ帰還を求められているとなれば平然としていられるはずがありません。

「俺に、どうしろってんだ?」

 お兄さんの呟きはお兄さんの心情を正確に表しているのではないかと思います。

 おじ様たちにはジミーナカオに行くと答えたものの、内心では割り切れないに違いありません。

 お兄さんは何度も寝返りを打ちます。

 せっかくのお兄さんの寝姿なのに雰囲気がシリアス過ぎて堪能できません。

 いえ、何でもありません。

 夢だからおかしなことを考えてしまうのですね。

 わたしが若さゆえの過ちを恥じていると突然扉が開きました。

 シルエット姿ですが、少女の体型をしています。

 あれって、もしかして。いえ、もしかしなくても……。

「なっ?」

 お兄さんが反応しようとした瞬間にはその人影はお兄さんの上に馬乗りの姿勢になっていました。

「いきなり何をするんだ、桐乃!?」

 お兄さんは驚きながら飛び乗ってきた人物名を告げます。

 そう。お兄さんに馬乗りになっているのは桐乃だったのです。

 

「アタシは、認めないから」

 桐乃は暗闇の中、凛とした声で言い放ちました。

「何をだよ?」

 お兄さんが不服そうな声で反論します。

「アタシは、アンタがアタシを置いて聞いたこともないような国に行くなんて絶対に認めないからっ!」

 月明かりに照らされる桐乃の顔。

 その瞳には強い意志と共に涙が滲んでいました。

「どうしようもないシスコンでアタシをアメリカまで連れ戻しに来た男が、アタシを置いて1人で外国に行くなんて絶対に許さないからっ!」

 桐乃のまぶたに溜まる涙の量は見る間に増えていきます。

「そんなこと言ったって仕方ないだろうが! 俺は王子で、お前はこの家の本当の娘なんだからっ!」

 お兄さんがキツイ瞳で桐乃に反論します。

「うっさいっ! いつも兄貴面してしゃしゃり出る癖に、血の繋がりがないとわかった途端に他人扱いするなっての!」

 桐乃も負けじと怒鳴り返します。

 2人の激しい兄妹喧嘩が続きます。

「他人扱いしてるわけじゃねえっ! ただ、ジミーナカオと何の縁もないお前を連れて行けるわけがねえだろうが!」

「アンタはアタシにはアメリカから帰って来いって涙まで流したくせに、自分はさっさとそのわけのわからない国に定住するつもりなわけ?」

「ああ、そうだよ。俺の帰還を望んでいる人たちがたくさんいるってんなら行ってやるさ」

「アンタ、友達も親もみんな捨てて、会ったこともない奴らの為に日本を離れるっての?」

「ジミーナカオは長い間紛争状態だったんだろ? だったら、俺が行ってそこの人々の受けた苦しみや悲しみを少しでも癒してやりたいんだよ」

「アンタ……本気なんだ」

 桐乃が首を垂れました。

「わかってくれたか、桐乃」

 お兄さんの声も穏やかなものに変わりました。

 どうやら兄妹喧嘩は収束のようです。

 

「じゃあ、俺の上から降りてく……」

「アタシも、京介と一緒にジミーナカオに行くっ!」

 桐乃が再び大声を張り上げました。

「ちょっと待て。お前、納得してくれたんじゃなかったのか? それに、兄に向かって京介って呼び捨てはだな……」

 お兄さんが焦った声を出します。

 また、喧嘩の原点に戻ってしまうのでしょうか?

「アタシはアンタに付いてジミーナカオに行く。だから、京介のことはもう兄貴とは認めない」

「はあ? 何を言ってるんだ、お前は?」

 呆れ顔を見せるお兄さん。

 そのお兄さんに対する桐乃の返答は、着ていたピンク色のシャツを脱ぎ捨てるというものでした。

 露になる桐乃の白いブラジャー。

「おまっ、何故いきなり脱ぎ出すんだっ!?」

 お兄さんが焦った声を出します。

 慌てて桐乃に服を着せようとしますが、馬乗りにされていてはそれも叶いません。

「アタシを京介のお嫁さんにして。妹じゃなくて妻ならジミーナカオに一緒に行ってもおかしくないでしょ!」

 桐乃の声に迷いが見られません。本気で言っているのです。

「アタシたち、血が繋がっていないのだから結婚することも可能でしょ?」

「な、何言ってるんだ、お前? 俺たちは血の繋がりがあろうがなかろうが兄妹で……」

「アタシはずっと前から京介のことを1人の男として見てた。そして今日、アタシたちの間には血の繋がりがないとわかった。だから、アタシはもう京介を兄貴とは思わないことに決めたの! アンタのこと、1人の男としてしか見ないから!」

「桐乃、冗談はそのぐらいにしとけっ!」

 お兄さんが桐乃の馬乗りから逃れようと必死に体を動かします。

 けれど、陸上部で鍛えている桐乃はビクともしません。

「京介……アタシは、本気だから」

 桐乃は自分の背中に手を回し、ブラのホックを弄ります。

 程なくしてホックが外れる音が室内に響きました。

「桐乃……悪い冗談はやめろ。なっ。俺たちは血の繋がりがなくても兄妹じゃねえか……」

 お兄さんは桐乃に必死に思い止まらせようとします。

 しかし──

「京介……アタシのことを1人の女として愛してよ……」

 桐乃はブラを外しながらお兄さんの顔へとゆっくり自分の顔を近付けていきます。

 そして2人の顔が──

 

 

 

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「……こんな不愉快な気分で目が覚めたのは久しぶりですよ」

 起き上がり、机に向かってゆっくりと歩いていきます。

 そして写真立てに飾ってある写真をそっと眺めます。

 わたしと一緒に写っているのは大切な親友…………だった腐れビッチ。

 今はもうこの顔を見ると、オスを誘惑しようとするあの甘ったるい香水の臭いしか思い出せません。

「桐乃……あなたにお兄さんは渡しません」

 スタンガンを写真に押し当て、スイッチを入れて桐乃の顔の部分を焼き払います。

 今は友情を語る時ではないのです。

 戦いの時なのです。

 生き残る為に、幸せを掴む為に勝たなきゃいけないのです。

「どうやら、本気にならないといけない時が来たみたいですね」

 わたしの本能が今日は一大決戦になると告げています。

 あの夢は、おそらくは予知夢。

 無視したり軽視すればわたしの大望は叶わなくなる。

 それをヒシヒシと感じます。

 理屈じゃないんです。

 わたしの本能が、今日を逃すと手遅れになると告げています。

「わたしの全力を出さないといけませんね」

 タンスに近付き、一番上の段を開けます。

 そこには黒光りする拳銃が入っています。回転式のヤツです。

「弾は6発。あの子をこれだけの弾の数で仕留められると嬉しいんですけどね」

 弾に異常がないか丹念に調べてから1発ずつ慎重に篭めていきます。

 でも、こんなおもちゃで武力を高めてもお兄さんを落とせるわけではありません。

「新垣あやせの本気を見せてあげますよ、お兄さん」

 パジャマと下着を脱いで裸になります。

 そして先ほど拳銃が入っていた隣の引き出しから一組の上下揃いの下着を取り出します。

「お兄さんが上下黒のガーター付きをこよなく愛していることはもう調べが付いているのですよ」

 わたしはその対お兄さん戦用の必殺宝具を見ながらニヤリと笑いました。

 アダルトを気取りながら結局下着お子ちゃまでしかない桐乃に格の違いを見せ付けてやろうと思います。

 さあ、桐乃。今日こそ決着をつけましょう……。

 

 

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あやせたん桐乃たんと決着つける

 

 

 午前7時50分。わたしは学校に到着しました。

 まだ校門に立っているだけなのに感じます。普段との気の流れの違いを。

「やはり……桐乃に何かが起きたと見て間違いないですね」

 桃色の空気がわたしの教室から漂っています。

 あの強大なインモラル空気……まさか、お兄さんの純潔があのビッチに無残に奪われてしまったんじゃっ!?

 わたしは拳銃を構えながら教室に向かって走ります。

 もしもの場合は、桐乃とお兄さんを殺してわたしは海外に逃げることも考えないといけません。

 緊張しながらゆっくりとドアを開けます。

 いざとなったらいつでも撃てるように右手の重みを常に意識しながら。

 

「みんな……おはよう」

 クラスメイトたちを対象に挨拶をしながらわたしの視線は桐乃の机のある地点に集中しています。

 さて、桐乃の様子は……。

「でっぇへへっへへへっへへへへへへへへへへへっへへへへへへへへへへへっ♪」

 トリガー・オン。

 いえ、まだ。まだです。もしかすると、好きなアニメの続編が制作決定したとかそういう話かもしれません。

 注意深く続きを聞きましょう。

「気分良さそうに見えるんだけど、何かあったの?」

 拳銃を後ろ手に隠し、ニコニコしながら尋ねます。

 さも、何も勘づいていないふりをしながら聞くのがポイントです。警戒されては重要な話を聞けないかもしれません。

「でっへへへへへへっへへへへへへへ。そっかぁ〜♪ あやせにはアタシに変化が起きたことに気付かれちゃったんだ〜〜♪」

 気を使うだけ無駄だったみたいです。

 というか、クラスメイトたちが桐乃の変化を話題にしないのは絡まれたくないからです。

 今の桐乃に話し掛けるのは相当な勇気と覚悟が必要なのです。

 例えばわたしのように場合によっては桐乃を射殺することも考えている勇気と覚悟が。

「それで、一体何があったの?」

「それがさぁ〜〜♪ 大変なことが昨日わかっちゃったのよ〜〜♪」

 いちいち語尾を伸ばして喋るのがウザくて仕方ないですがここは我慢して聞きましょう。

「大変なことって?」

「実はアイツ……京介がさあ〜〜アタシと血が繋がってないことがわかったのぉ〜〜っ♪」

「なっ!?」

 やはり今朝の夢は予知夢だったということでしょうか?

 背中に隠した拳銃を握る手に力が篭もります。

「京介って〜〜アタシと違って超地味な顔をしていると思ったらさ〜〜本当の兄妹じゃなかったのよね〜〜♪ あっはっはっはっはっは」

「その、本当に血が繋がっていないのだとしても、そんな風に笑うものじゃないと思うよ。お兄さんはいつも桐乃の為に一生懸命な素敵なお兄さんなのだから」

 言いながら頭の中でシミュレートを繰り返します。一発で桐乃の心臓を打ち抜ける手の軌道を頭の中で何度も思い浮かべます。

「そんなこと言ったってさ〜〜血が繋がっていないってわかった途端に京介の態度が変わっちゃったんだもん〜〜。アタシのこと〜〜妹じゃなくて〜〜1人の女としか見られないって〜〜♪」

「……嘘つき」

 お兄さんがそんなことを言うはずがありません。

 お兄さんは優秀な桐乃に対して劣等感に悩まされながらも必死に兄たろうと懸命に頑張っている方です。

 わたしと桐乃が大喧嘩した時も、お兄さんは自分が悪役となってわたしたちを仲直りさせてくれました。

 そんな立派なお兄さんが例え血の繋がりがなかったとしても桐乃の兄をやめたりするはずがありません。

 ということは、この目の前の腐れビッチがお兄さんの清らかな体をっ!

 

「それでさあ〜アイツったら夜中にアタシの部屋に忍び込んで来たのよ〜♪」

「……また嘘を吐いて。桐乃の部屋には鍵が掛かるじゃないのよ」

 このビッチはどこまで嘘を重ねていくつもりなのでしょうか?

「それで上に圧し掛かって来て〜アタシを襲ったのよ〜〜♪ ぐっひゃっひゃっひゃっひゃ」

「……お兄さんを本気で襲うなんて信じられない」

 じゃあ、今朝見た夢の通りにビッチはお兄さんの寝込みを襲ったと言うのですか!

 食らい尽くしたというのですか! 

 わたしだけが触れていいお兄さんの体をっ!

 いえ、言い間違えました。わたしは兄と妹の不毛な関係を抑制したいのです。

「まあ〜昨夜は〜京介がアタシの胸に手を掛けようとした所で地味子から急に電話が来たせいで〜〜お流れになっちゃったわけだけど」

「……グッジョブですっ! お姉さん」

 さすがは24時間お兄さんの動向を掴んでいる影の女お姉さん。

 わたしがつい深い眠りに就いてしまっていた時も良い仕事をしてくれます。

「まあ〜でも〜どんな邪魔が入ろうと〜アタシが清い体でいられるのは今日までの話よね〜〜♪ 明日になったら〜学校にいるのは大人の女になった新しいアタシで〜、あ〜でも〜京介に滅茶苦茶にされて足腰立たなくなったり〜朝になっても離してくれなかったら学校休んじゃうかもしれないけど〜〜♪ きゃっはっはっはっはっはっは♪」

 桐乃の口からは涎と笑いが止まりません。

 この女、混じりっけなしの真正のビッチです。生かしておく理由をどこにもみつけられません。

 やはり、この場で処分するしかありませんね。わたしとお兄さんの輝かしい未来の為に。

 いいえ、間違えました。

 学校の、そして社会の風紀と正義の為にこの女、生かしておけません。

 死ね、わたしの義理の妹になる筈だった親友よ。

 銃を後ろ手に隠したまま射撃準備を整えます。

 後はシミュレート通りに桐乃の心臓に向かって引き金を引くだけです。

 もう、躊躇なんか必要ありません。

 

 さようなら、桐乃

 

 

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「あやせ……そんなおもちゃじゃアタシを殺すことは不可能よ」

「えっ?」

 桐乃は宙を向いて涎を垂らしたまま低い声でそう言い放ちました。

「日本人ならお箸ぐらい持てて当たり前。アメリカ人なら銃弾ぐらい避けられて当たり前」

「はい?」

「アメリカ留学体験を持つアタシにあやせみたいな素人が撃つ鉄砲なんか通じないってこと」

「チッ!」

 このビッチ、わたしが拳銃を隠し持っていることに気が付いていたのですね。

 なら、強攻策に打って出るまでですっ!

「わたしと京介さんの幸せな結婚生活の為に死ねぇっ、このお邪魔虫ぃっ!」

 桐乃の心臓目掛けて発砲を開始します。

「だからアンタの狙いはみえみえなのよっ!」

 わたしが銃を構えた瞬間、既に桐乃はわたしの視界から消えていました。

 大きく跳躍してわたしの後方へと立ち回ったのです。

 視線を上げた瞬間に、桐乃のパンダさんパンツが大きく見えました。

 あのビッチ、相変わらずお子ちゃまパンツばかり穿いています。よくあれで大人を名乗る気になりますね。

 それはともかく、綿密な演算を繰り返して来た強襲に撃つ前から失敗してしまいました。

 

「にゃっはっはっは。それでよぉ、ブリ公。今日こそはぜってぇ〜逆ナンに成功して銀座で回らない寿司を奢らせてやるのさ。あたしってば超可愛いから絶対成功するぜぇ」

 携帯で通話しながら加奈子が入って来ました。

 丁度狙い易い所に入って来たので、とりあえず軽い気持ちで撃ってみることにしました。

「にょわぁあああああああああぁっ!?」

 銃弾は加奈子の胸に命中しました。

 しかし、加奈子のまっ平らで1グラムの脂肪もない鋼鉄の胸はあっさりと銃弾を弾きます。そして跳ね返った銃弾は窓を貫通して外へと消えていきました。

 

「フッ。慣れない飛び道具なんかに頼るから失敗する羽目に陥るのよ」

 後方の机の上に立った桐乃がわたしに向かって指を突き差しながら偉そうに誇ります。

 文字通り人を見下す態度が本当にムカつきます。

 でも、桐乃の言う通りでした。使い慣れないおもちゃで親友を葬ろうとしたのはわたしの怠慢でした。

「加奈子、これを持ってて!」

「にょわ?」

 胸を押さえて痛がっている加奈子に拳銃を渡します。

「おいっ! 今、銃声のようなものが聞こえたと職員室に生徒が駆け込んで来たのだが」

 先生たちがゾロゾロと教室にやって来ました。

「おいっ、来栖。その拳銃は一体なんだ?」

「にょわにょわ!?」

「これはどう見ても本物の拳銃ですよ。まさか、さっきの銃声はお前が発射したのか?」

「にょわにょわっ!? ち、違う。あたしが撃ったんじゃない。あたしは撃たれたんだ!」

「拳銃で撃たれて平気な人間がいるものか。やはり来栖、お前が発砲したんだな」

「教頭先生。こちらの窓に銃弾が貫通した痕がっ!」

「よしっ。これで犯人は来栖に決定だな。教職員全員でこの女子生徒を取り押さえるんだ」

「にょわぁ〜〜っ!? ち、違う。この鉄砲の持ち主はあやせなんだよっ!」

「真面目で優秀な新垣くんに罪を擦り付けようとは言語道断。教職員全員でこの性悪生徒をアルカトラズ刑務所に護送しましょう」

「にょわぁああああぁっ!? はっ、はっ、離せぇえええええぇっ!」

「まったく、女子中学生が教室で発砲などと。女子中学生がエロゲーを買うことの次に重い罪ですな」

「新垣PTA会長がこのことを知ったら、この女子生徒の終身刑は固いでしょうな」

「だったらあたしよりもあやせと桐乃を護送する方が先だろうがぁ〜っ! にょわ〜〜っ!?」

 こうして加奈子はこの学校の全ての先生と職員の手によってアメリカにある刑務所へと送られることになりました。

 加奈子が千葉市の大空に笑顔でキメています。

 

 もう二度と加奈子に会えないのは寂しいです。

 でも、加奈子の命がけの行動はわたしに活路を開いてくれました。

「加奈子のおかげで人払いができたわ。これで思う存分、桐乃。あなたを葬れるっ!」

 両腕を地面に向けて思い切り伸ばします。

 制服の内部に装着していたバネを通じて送り出された2本のスタンガンが右手と左手に装着されます。

「さあ桐乃。わたしと京介さんの幸せの為に今日、この場で今すぐ死んで頂戴っ!」

 2本のスタンガンを放電させます。バチバチという放電音に心が躍ります。

「やっぱりそっちの方があやせにはよく似合ってるわね。このヤンデレ拷問狂っ!」

 桐乃が制服を脱ぎ捨てその下から現れたのは白の陸上競技用ウェア。

「けどね。アタシと京介のラブラブ肉欲ライフを邪魔されるのも迷惑だから、この場で消えて頂戴、あやせっ!」

 桐乃の戦闘力がいつになく高まっていきます。

 この女もまたわたしを本気で殺す気に違いありません。

「それじゃあ、死合いを始めようか」

「望む所よ、親友っ!」

 こうしてわたしと桐乃のお兄さんの純潔とわたしたちの命を賭けた死闘は始まりを告げたのです。

 

 

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「ハァハァ。やるわね、桐乃」

「あやせこそ。運動苦手な割によく頑張るじゃない」

 戦いは6時間以上に及んでいます。

 もう午後2時になろうと言うのにわたしと桐乃のバトルはまだ決着がつきません。

 陸上部のエースである桐乃の動きは素早くてなかなかわたしのスタンガンの射程に捉え切れません。

 けれど、わたしのスタンガンとキックを警戒して桐乃もなかなか踏み込んで来ないので戦いが長期化しているのです。

「このまま戦い続けても埒が開かないわ。どう? 京介を捕まえて先に恋人になった方が勝ちってことで」

「そうね。わたしたちの最終目標はそれなんだから、その方が手っ取り早いわね」

 このまま戦い続けていたら明日の朝を迎えても決着がつかないかもしれません。

 となれば、お兄さんを先に食らった方が勝ちになるのが道理というものです。

「それじゃあお先にっ!」

「あっ! ずるいっ!」

 桐乃は陸上部の実力を発揮して教室から駆け出していきます。この学校で最強の運動神経を誇る桐乃はあっという間に見えなくなってしまいました。

「確かに凄い速度だね、桐乃。でも……」

 スピードでわたしは桐乃には敵いません。

 でも今回の場合、それを不利とは思いませんでした。

 何故なら──

「桐乃はお兄さんがどこにいるのか位置を掴んでいるの?」

 わたしは携帯を開きながらほくそ笑みました。

 

 

 1時間後、わたしは千葉駅からモノレールに乗ってしばらく行った所にある、小さな遊園地が付属する動物公園へとやって来ました。

 お兄さんの制服のボタンにひそかに偽装しておいた発信機はここを指しています。

 精度の関係でこれ以上詳しい位置はわからないのですが、この動物公園にいることは間違いなさそうです。

「ここは……お兄さんと桐乃の思い出の場所とかだったりするのでしょうか?」

 市が運営しているこの動物公園はメインターゲットが子供に設定されています。言い換えると高校生が来るにはそんなに面白くはない場所です。

 だからお兄さんはここに楽しみを求めて来たというよりも懐かしさを求めて来たのではないか。

 そんな気がするのです。

 中学生のわたしは入場料100円を払って内部へと入ります。

 お猿さんの仲間の飼育で有名なこの動物公園ですが、思い出に浸る為にここに来たとするのなら……。

 わたしは羊やヤギに直接触れることができる体験ゾーンを目指して歩き始めました。

 すると、思った通りにベンチに座って俯いているお兄さんを発見しました。

 暗い表情で思い詰めた様子が遠くからでも見て取れます。

 そんなお兄さんを見てわたしは一方で心配になり、一方で嬉しくなりました。

 心配なのはお兄さんの心中を察してです。桐乃と実の兄妹でないと知ったお兄さんがどれほどの衝撃を受けているのか察して余るものがあります。

 嬉しくなったのは桐乃よりも先にお兄さんに辿り着いたからです。わたしは桐乃よりも先んじたことに快感を得ています。

 

「あの……お兄さん」

 死んだ魚の目をしているお兄さんに話し掛けます。

 お兄さんが声に反応して顔を上げます。

 けれども、わたしの顔を見ても何の反応も見せません。

 それがわたしには悲しかったのでした。

「わたしです。あやせです」

 ちょっと大き目の声で自分をアピールします。

「ああ、あやせか」

 お兄さんはやっとわたしの存在に気付いてくれました。

 でも、認識してくれたと思ったのも束の間、また俯いてしまいました。

 せっかくあなたを訪ねてここまでやって来たのにその反応はちょっと酷いと思います。

 まるで眼中にないなんて女の子に対して失礼だと思います。

 でも、こんなことでめげていられません。

 わたしがお兄さんのハートを掴めるチャンスは今しかないでしょうから。

「桐乃の……こと、ですか?」

 お兄さんの体がビクッと震えました。

 何も言葉を返してきませんが確かに反応しています。だからわたしは言葉を続けました。

「桐乃から聞きました。お兄さんと桐乃が血の繋がった兄と妹じゃなかったことを」

「そうか。聞いたのか」

 お兄さんが初めて言葉を返してくれました。

 でも、その声は、表情はとても悲しそうなものでした。

 だからわたしは次の一言を言わずにいられませんでした。

「血の繋がりがあろうとなかろうと、お兄さんは桐乃の立派なお兄さんですよ。わたしが保証します」

「あやせにそう言ってもらえると、少し気が晴れるな」

 力なくですがお兄さんは笑ってくれました。

 ヨッシャぁっ!

 これでお兄さんの中でわたしの株が急上昇したはずです。今すぐにでもホテルに連れ込んでしまいたくなるぐらい。

 いえ、言い間違えました。お兄さんにホテルなんかに連れ込まれたらわたしは舌をかむしかありませんものね。

 とにかく、お兄さんの中でわたしへのフラグが立ったと見て間違いないでしょう。

 そして同時に、お兄さんが桐乃のことを女ではなく妹として見る抑止力として作用しているはずです。

 淫乱極まるビッチ妹にどんなに誘惑されても兄であることを貫き通そうとする鉄の意志が生じるはずです。

「誰が何と言おうと桐乃のお兄さんは京介さんだけです。自信を持って下さい」

 さり気なく呼び方を京介さんに変えます。

 でも、恋人同士になったらそう呼ぶつもりなのですから今からそう呼んでも構わないですよね♪

「そう、だよな。俺は桐乃の兄貴なんだもんな。血がどうとか関係ないよな」

「血なんか全然関係ありません。京介さんと桐乃はベスト兄妹ですよ!」

「ああ、そうだ。昨日は親父に突然告げられて混乱したけれど、俺と桐乃は兄妹だよな。やっぱり、俺は桐乃の兄貴なんだっ!」

 フッ。桐乃。

 これであなたの勝利はなくなりましたよ。

 後はこのわたしがあなたの義姉になるのを指を咥えて見ていなさい。この広大な千葉の大地のどこかでっ!

「桐乃の件は俺がキッパリとした態度を取っていればきっと丸く収まるはずだ。桐乃は今錯乱状態に陥っておかしな行動を取っているけれど、時間を掛けて説得すればきっと元の鞘に戻れるはず」

 錯乱状態ではなく素の状態を曝け出しただけです。

 そうツッコミを入れてしまいそうになるのをグッと我慢します。

 それよりも京介さんの言葉の中にはもっと気になる部分がありました。

 

「桐乃の件ということは、京介さんには他にも気に掛かっていることがあるのですか?」

 お兄さんは再び顔を暗くしました。

「ジミーナカオ国……いや、何でもない。その件は俺が解決しなくちゃいけない問題だ」

 ジミーナカオ国っ!?

 じゃあ、京介さんがジミーナカオ国の王子様だったという部分も正夢だったということでしょうか?

 だとしたら大変です。京介さんは来年春になれば、日本を去ってしまいます。

 つまり、それまでにわたしは京介さんと結ばれてお嫁さんとしてジミーナカオ国に赴かないといけません。時間的な余裕はもう全然ありません。

 京介さんにわたしというお嫁さんの存在をアピールしないとっ!

 もうツンデレして自分の想いを誤魔化している時じゃありません。

 今こそ自分に素直になってお兄さんを一気に攻略する時なのです!

 

-6ページ-

 

「京介さんは、迷っているのですよね? 自分がジミーナカオ国へ行くべきか否かを」

「何故、それを?」

 京介さんが驚愕の表情でわたしを見ます。

 どうやらあの予知夢は全部本当のことだったみたいです。

 なら、昨夜の夢で桐乃がしたようにわたしも京介さんの妻としてジミーナカオ国へ連れて行ってもらえるようにアピールしないといけません。

「わたしは、思うんですよ。1人で突然知らない国へ行くことになったら大変です。生活にも現地の人にもなかなか馴染めなくて辛いと思うんです。でも、2人で行くのなら辛さは半分に、楽しさは倍に増えると思うんです」

 京介さんがハッとした表情でわたしを見上げます。

「もし、10代の女の子が1人で遠い異国に住むことになればそれは本当に大変で、尚且つ危ないことになりかねません。でも、愛する男性が一緒なら大丈夫。少なくともわたしはそうです。愛する人と一緒なら世界中どこでもパラダイスです」

 京介さんの顔をチラチラ見ます。

「でも、一緒に行くのが俺じゃ女の子は嫌なんじゃ……」

「そんなことはありませんっ!」

 大声で弱気な京介さんを否定します。

「京介さんはもっと自分の魅力をっ、価値をっ、どれだけ人に頼られ、必要とされているかを認識すべきだと思いますっ!」

 熱く熱く訴えます。

 わたしがどれほどあなたを必要としているのかもっとわかってください!

「わたしだったら、京介さんが一緒なら世界中どこに行っても怖くありません! だから、もっと自分を信じてくださいっ!」

 ……思わず、プロポーズまがいの言葉を自分から発してしまいました。

 でも、これで京介さんにわたしの想いが伝わったのではないかと思います。

 これで、京介さんはわたしをジミーナカオ国にお嫁さんとして連れて行く決心をつけたはずっ!

 

「ありがとう、あやせ。俺、決心が着いたよ」

 京介さんは力強く立ち上がりました。

 その瞳には強い意志が宿り、くすんでいた顔には生気が漲っています。

「これもみんなあやせのおかげだ。本当にありがとう」

 京介さんがわたしの両手を掴みながらお礼を述べます。

 それはとても気恥ずかしく、嬉しいものでした。

「お役に立てた様で何よりです」

 これってつまりアレですよね?

 わたしが京介さんのお嫁さんになることが決定したと受け取って良いんですよね?

 わたしは将来王妃様になるのが決まったということですよね!

 王妃ってわたしにぴったりですよね!

「じゃあ俺、行って来るっ!」

「へっ?」

 あの、京介さんは一体何を言っているのでしょうか?

「あやせのおかげで決心が着いたぜ。じゃあな」

「あっ、あっ、あの……」

 京介さんはわたしを振り返ることもせずに走り去っていってしまいました。

 わたしには訳がわかりません。

 あなたの将来の妻は今目の前にいたというのに?

「クゥ〜っ! 京介の匂いを辿ってここに辿り着いたら先にあやせがいるなんてムカつく〜っ!」

 京介さんの代わりに妹がやって来ました。

「アタシと京介の思い出の場所を何であやせが知っているのか知らないけれど、肝心の京介はどうしたのよ?」

「今さっき走り去っていったよ」

「入れ違いかぁっ。畜生っ!」

 桐乃はやたらテンション高いですが、わたしの頭には?が浮かびっ放しです。

 とりあえず桐乃にどういうことなのか訊いてみたいと思います。

「京介さんってジミーナカオ国の王子様、なんだよね?」

「はぁっ? 京介が名前も聞いたことのない国の外国人? しかも王子様? 何を寝ぼけたことを言っているの?」

 桐乃が思い切りバカにした表情でわたしを見ます。

「えっと、でも……京介さんと桐乃は実の兄と妹じゃないんでしょ?」

「そうよ。京介はお父さんの亡くなったお兄さんの子供。だから血縁的には京介はわたしの従兄妹に当たるの。まあ、従兄妹でも結婚はできるから全然問題ないのだけど♪」

 あれ?

 じゃあ、あの予知夢は全部が全部本当という訳ではなかったのですね。 

 でも、じゃあ何でジミーナカオ国の話に京介さんは反応していたのでしょうか?

「桐乃は本当にジミーナカオ国のことを知らないの?」

「くどいわね。それよりも、さっきから京介の呼び方がお兄さんから京介さんに変わっているけれど、それはどういうこと?」

 桐乃はわたしが呼び方を変えたことを大きく問題視し続けました。

 だけどわたしにとっては京介さんの謎がまるで解けない事の方が遥かに大きな問題でした。

 

 

-7ページ-

 

 1週間後、わたしは京介さんとジミーナカオ国の関係を知ることになりました。

「今日は空港までお見送りに来てくれてありがとうね〜桐乃ちゃん、あやせちゃん」

 わたしと桐乃は成田空港の出発ロビーの前にいます。

 京介さんと田村麻奈実お姉さんを虚ろな目で眺めながら。

「でもまさか、きょうちゃんがわたしと一緒にジミーナカオ国に行ってくれるなんて思わなかったよぉ〜」

 お姉さんはとっても照れくさそうです。

「俺も1週間前の深夜に突然、電話が掛かって来て麻奈実がすぐに日本を離れてジミーナカオ国にプリンセスになりに行かないといけないと聞かされた時には驚いたぞ」

「わたしも突然自分がジミーナカオ国のお姫様だって聞かされて当惑してたんだぁ。きょうちゃんにもう会えなくなるんだって悲しんでいたの。でも、きょうちゃんがわたしのお婿さんとして一緒に行ってくれるって言ってくれて……最高に幸せなんだよ」

 お姉さんの目に光るものが。

「俺も、麻奈実が日本からいなくなるって聞かされて落ち込んでいた。俺に出来ることは何もないって諦めかけていた。けど、あやせが後押ししてくれたから。だから、俺は愛する麻奈実と離れ離れにならない道を選んだんだ」

「愛する麻奈実だなんて照れるよ〜きょうちゃ〜ん♪」

 意識が、意識が霞んでいます。

 まさか、1週間前のあの言葉がこんな結末を生むなんて……。

「愛する旦那様が一緒だから〜わたしは世界中どこに行っても平気だよ〜」

「おうっ! 任せとけっ!」

 隣を見るとさっきから一言も発しない桐乃が風化して徐々に崩れ落ちています。

 無理もないですね。

 やっと京介さんのお嫁さんになれる道が開けたと思ったら、その京介さんが他の女性と結婚し、あまつさえ外国に去ってしまうのですから。

 確認はしていませんが、きっとわたしも同じような状態だと思います。

「そろそろ時間か。行こうぜ、麻奈実」

「うん。きょうちゃん♪」

 腕を組んで出国ゲートに向かって歩き出す2人。

「今日は〜お見送りに来てくれて〜本当にありがとうね〜」

「桐乃もあやせも時間が出来たらジミーナカオ国に遊びに来てくれよな〜」

 腕を大きく振りながらゲートの中へと2人は消えていきました。

 

「やっぱり……不確実な予知夢に頼って動くのは良くないですよね…………」

「どうしてこうなっちゃったのよぉ〜〜っ!」

 

 その言葉を最後にわたしたちの体と意識は砂塵となって空港内に舞い散ったのでした。

 

 

 了

 

 

 

 

 

 

 

説明
俺妹関係は正直どれをアップしているのか管理把握が付いてきていません。

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