突然の来訪者
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『さやかぁ、さやかぁ』

 あたしが部屋で勉強していると、その声が聞こえた。虫や動物のささやきでない人が奏でる旋律があたしの脳内に響く。いつもあたしの中を満たしくれる綺麗な独奏曲が。

「……」

でもあたしはそれを無視するように、シャープペンシルをただ動かしていた。今のあたしにとってそれは、狂詩曲でしかない。

「x + 1は……あれ?」

『どうせ、いつもの遊びの誘いだろ?』そう考え、あたしは数学の課題に意識を向ける。ちょうど数式の計算途中。他に意識をさく余裕ないってか、数字が飛ぶ! 現に何を足してたんだかこんがらがってくる始末だよ!

『さやかぁ? ねぇ、さやかぁ!』

 それにも関わらずあいつは声をかけてくるのをやめない。わかっているよ、あいつはそんなのをお構いなしにいつも突然くるし、声をかけるなんてさ。だから、今日もそのつもりで来たんだろう。

「うーん……」

 用件なんて聞かなくなったってもうわかる。これで何回目になるか、数えきれないし……。でも、それは今は――無理。あたしは課題をやらなきゃいけない。そう意識を強くして、あいつの言葉を無視する。

『ねぇねぇ、さやかぁ?』

 シャープペンシルを回し、集中し直そうと目をつぶる。聞こえない。聞こえる声はまやかしだと、言い聞かせる。

『さーやーかぁ?』

 言分に言い聞かせようと何度考えても脳内にそれは響いてくる。あぁ……、あいつの声が聞こえる……。でもそれは考えない、考えない。そうそう、あたしは計算途中だったんだ。

『さやかぁ?』

えーと、数式が確かxがさやかで。で、え? さやか? さやかがxって違う……な。違う違う。心を無にするんだ。そうすれば、集中できる。できる! できるんだ、さやかちゃんは計算できます。

『おーい』

 あいつの声であいつの顔が一瞬頭によぎる。集中しても、収集しても……。あいつの笑っている顔が思い浮かぶ。

『さやかちゃん? さやかさん? さやか様?』

「はぁ……」

 その声に脱力させられ、シャープペンシルを机に下ろす。もう、頭に数字なんてない。集中力すらない。杏子の声が木霊するよう頭に残り続け、作業再開なんてとっくに無理。あいつの顔を見ないと収まりがつきそうになかった。

 あたしは意識を集中させた。――会話をするために。

普通の会話……しゃべるっていう言葉でならさ、ずっと無視していたら家に人はいないと判断するでしょ。それで普通帰るね。セールスマンだって、新聞業者だってそうだ。居留守ってやつが使える。

だけど、あたしたちが使える魔法通話。それはいるいないに関わらず、その対象と会話できる言葉。直接話しかけているから、その居留守は使えなかった。だから、

『うるさいよ、今勉強中……あとにしてくれない?』

 抗議するよう魔法通話を送った。

『なんだ、いるんじゃんか』

 嬉しそうな声を返してくる。きっと、そういう顔をしているんだろうなぁと思いこむと立ち上がり、

『いないわけないでしょ? 今日は休みだし何よりあたしの家だし』

 そういいながら部屋のカーテンを開くと太陽の光と共に、あいつが手を振っているのが目に入った。

『寝間着で勉強?』

 玄関前に陣取るようにこちらを指さすあいつ。あれじゃぁ、不審に思われるんじゃないのかな……。ってかあたしが部屋でどんな服着ていたってあたしの勝手でしょ……。着替えるのがめんどくさくてそのままにしていたとかじゃなくて、今日はたまたまだ……。そう、たまたまパジャマでいただけ。

本当にあいつはなぁと考えているあたしは、自分の頬が緩んでいるのに気がついた。

「っ!」

それがバレないようにカーテンで口元を隠し、杏子を見た。いつの間にか手は下ろしていたみたい。でも、相変わらずあいつはこちらを見てくる。いつも見る笑顔で。とても楽しそうとも見えた。

『……でなんなの? 用は? あたし、課題が出てるんだけどさ』

 明日提出だし……。

『いるんならさ、ちょっと待ってろよ!』

 杏子が後ろに下がっていくのが見える。そして、助走をつけ大きく踏み込んで、あいつは飛んだ。あたしの方に向かって真っ直ぐに――。

それはこれから起こるだろう楽しい出来事と嫌な出来事を、脳裏によぎらせる原因となった。

――あぁ……、今日はもう課題を進めるのが無理って未来がさ、あたしには見えるよ。

「さやか! 遊びに行こうぜ。こんなに晴れてるんだ。部屋に閉じこもってないでさ、太陽の光に当たろうぜ!」

 そんなこと考えているなんて知らない杏子が、ベランダから笑顔を振りまいていた。

 

× × ×

 

「試験前だから、しばらく来ないで」 確かそんなことを言った気がする。ひどく悲しそうな顔をしてきたけど、あいつは「わかった」って言ってくれた。その言葉通り、あいつはそれ以来、あたしの部屋に来なくなった。

 まぁ、それが普通なんだけど、少し寂しいとあたしは徐々に思い始めて試験日を迎えた。結果的にいえば、試験は特に何事もなく、赤点なくて大勝利だったんだけどさ。

 試験が終わってもあいつは、一度もこない。寂しいなというより、心配になったあたしはマミさんに杏子について聞いてみたんだけど……さ。あいつは普通に何事も無く生活していたとのこと。それも毎日楽しそうに帰ってくるって聞いたんだ。

 じゃぁ、なんであたしのところにこないのさ! そうマミさんに言うことはできないので、おとなしくこうして家で待っていてもあいつはこない。どうして、来なくていい時にきてさ、来て欲しいときにいないんだよ……。

 だからというわけじゃないだけど、あたしは試験後の休みは一日ベッドにふて寝状態でいた。試験勉強で疲れていたというのもあるんだけどね。

 視界がぼやき始め、いよいよ本眠に入ろうとしたとき、

「さやかぁ、さやかぁ」

 また、あたしのことを呼ぶ声が聞こえた。それは夢の中かもしれないし、現実かもしれない。

「ふぁ……はぁ……」

それに向けて手を振る。どうせ、いつものように何かに誘いに来たんだろ? だから、

「うるさいな杏子、眠れないよ……」

 と適当に返事を返した。

「……」

 しばらく、無言の状況が続いた。帰ったのかな? ――本当に来ていてくれたなら悪いなってことと、少なからず会いたいなんて思っているしなぁと身体を起こす。

「……ん?」

眠い目をこすり、杏子の姿を探した。部屋にある漫画を読んでいるかもしれないし、またノートに落書きしているかもしれないし……。注意深く探していたら、すぐ近くに人影があるのに気づいた。

視界がぼやけていてそれを発見するのに時間がかかったみたい。

「……ごめんなさい、杏子ではないわ」

 それが視線に入った瞬間、枕元に立っているそいつはそういった。

「えっ、えっ」

 目にそれが入った時、あたしの身体が熱くなっていくのがわかる。それであたしの眠気はすっかりどこかへ飛んで行くように消えた。

それは――目の前にいたのは杏子じゃなくて暁美ほむらだったから。

「なんでここに、ほむらがいるんだよ!」

 恥ずかしさから、あたしは怒ることで誤魔化すことにした。幸い相手はほむらだ、絶対気づきやしない。杏子なんて寝言を覚えさせたくないし、何よりこいつにだけはそういうことを見せたくない!

「……杏子ねぇ」

 ほむらの一言に頬が熱を帯びていくのがわかる。落ち着け、落ち着け……。ここで平常心でいれば、大丈夫、大丈夫……。

「ち、違うよ。きょーこそは課題やらないとって、思っただけよ」

 思いついた言い訳を言葉にする。課題は確かに出ているから通じるはず!

「ふーん、そうなんだ。で、あなたは何をしていたの?」

「それはあんたのことだろ? あ、あたしは寝ていたんだ! わかるだろ」

 相変わらずこいつが何を考えているのかわからない! 人の寝顔なんて見ていたならわかるだろ、普通!

「ふふふ」

「な、なんだよ! 笑うなよ」

 ほむらが口に手を開けると声に出してあたしを見ながら笑った。笑われた……。数秒それが続くと、ほむらがベロを一回ぺろっと出すと、

「ばーか、アタシだよ、ほいっと」

 その声と同時に赤い光がほむらの身体を包みこむ。

「だいたいこんな感じか、あいつは」

 その中から赤髪のいつものあいつが、生まれるように突如として出現した。

「な、なななななんで、あ、あんたがこ、こ、こ、ここに!?」

「いや、あたしの魔法だけどさ。いつもみたいだと飽きちゃうんじゃないかと思ってさ」

 魔法少女服の杏子があたしを見つめてくる。

「え、え、ってことはあんた、あたしの寝言を……」

 さっき以上に身体が熱くなっていくのを感じる。あいつがそれをいうのを意識するかのように。

「うん、聞いたよ。“あたしの名前”を呼んでたな?」

 それを聞いてあたしは、沸騰しそうなぐらいの恥しい想いで布団の中に隠れると

「うわー!」

 悲鳴混じりの声をあげることになった。

 

説明
杏子とさやか にて日常パートの練習。 
元ネタは最近よく聞く課題と、パフェ食べに行きたいですから。 

さやかの部屋にはいつも来訪者が来ていた。それは……。
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