19のがきんちょ【ギルエリ】 |
ドアが開く。その奥に、エリザが立っていた。その表情は思っていたより明るい。俺はほっと胸を撫で下ろした。
「よ、久しぶりだな。親切な俺様が手見上げ持参して来てやったぜ」
「あら、あんたにしては気がきくじゃない」
入って、とエリザは俺を招き入れた。
警戒心の欠片もない。まぁ、それが幼馴染ってもんか。妙な納得をして、エリザの申し出を受けた。一歩足を踏み入れると、よく知ったエリザの家の匂いがした。
リビングに入ると、沢山のダンボール箱や荷物で散乱していた。ただでさえ小さいマンションの一室が更に小さく感じた。
「ごめん、今ちょっと散らかってて」
「いや、俺の部屋の方が汚ねーぞ」
ケセセ、と俺は笑った。
笑いながら、内心はかなり驚いていた。エリザの家が、こんなに散らかっていたのを初めて見た。
姉弟揃って綺麗好きだから、散らからないのよ。エリザはかつてそう言っていた。そいつは羨ましい。俺んちにも一人欲しいぐらいだ。なんて思いながら、「へーそうなん」と友人の口癖を拝借した。その思い出は、もう過去のことなのだと実感させたられた気がした。
手袋を外すと、手が霜焼けみたく赤くなっていた。雪こそ降ってないものの十二月に入ってから気温が一気に下がった。首にかけていたマフラーを外そうとして、俺はその手を止めた。
キッチンではエリザがマグカップにお湯を入れていた。白い湯気がくっきりと宙に浮かんだ。
「何突っ立ってんのよ。……ほら、持ちなさいよ」
「おぉ、ダンケ」
エリザに小突かれる様にして、マグカップを受け取ると、指先がじんわりと温まった。
インスタントコーヒーの匂いが鼻孔を刺激した。少し口をつけようとしたが、熱くてまだ飲めそうになかった。
俺はカーペットに座り込み、エリザは緑色のブランケットを体に巻き付けると、その後ろのソファへと座った。ここが俺らの定位置だった。
俺は二回ほどマグカップに息を吹きかけてから、地面にマグカップを置いた。一方エリザは熱いコーヒー相手に息を吹きかけ格闘していた。
テレビがピカピカと光る。なにか見ていたらしい。視線を移した瞬間、CMへと変わった。エコ車を前面にアピールした男女がギャーギャーいっていた。
「そういえば、車の免許は取ったの?前に取るとか言ってたわよね」
「あー、金ねぇから止めた」
「なんで?ご両親に出して貰うんじゃなかったの」
「何時までもそんな訳にはいかねーだろ」
俺はワザと音をたててコーヒーを啜った。まだ少し熱い。舌を少し火傷した。
後で、エリザが息を吐いた。
「……意外だわ。ルートちゃんじゃあるまいし、アンタがそんな大人びたこというなんて」
「うっせ!俺様はもう直ぐ二十歳(はたち)だ」
「えっ嘘。もうそんな時期?じゃぁ私も後少し、か」
鑑賞深くエリザが指を折る。指は両手で事足りてしまった。
「そーゆことだ。つか、女で誕生日忘れてる奴とか初めてみた。さすが元男女だな」
「うっさい!昔の話はすんな!!」
反射的に……といっていいほど素早い動きで、エリザは俺を足蹴りにした。無防備だった俺は、簡単に姿勢を崩した。コーヒーが零れそうになるのを、つい手で押さえてしまった。
「うお、あちっ……おい!コーヒーが手にかかったぞ」
「アンタが怒らせるこというからでしょ」
エリザは俺を睨みつけるとそう一括した。じゃじゃ馬女も、昔と比べ随分としおらしくなったと思ったら、直ぐコレだ。
不満があれば直ぐ殴り、直ぐ怒る。そして直ぐに笑う。感情の向きがころころ変わる。わかりやすい奴。ずっとそう思っていた。きっとアイツにいわれなければ、一生そう思っていた。
「なぁ、そういや。ダーニエルは……いないのか?」
「バイトよ、バイト。いいっていってるのに、最近またバイト増やしたみたい」
後ろからエリザはため息が聞こえる。エリザがどんな顔をしているのか、俺は怖くて振り向けない。
「そうか。………なんか、大変だったみたいだな」
「ん?そうね、ちょっと忙しかったかしら」
「忙しかったってお前」
軽く笑うエリザに、対し俺は声を荒げる。しかし直ぐに言葉を濁した。
「……その、バイト先にまで来たんだろ?借金取り」
「あー、そのこと?別に結局大したことにはならなかったわよ。ローデ……店長がいい人で、借金の一部を肩代わりしてくれたから、あの人たちも直ぐに帰ったわ」
「らしいな」
「ねぇ、それ…誰から聞いたの?弟?」
後ろからコーヒーをすする音が聞こえた。俺は首を小さく傾けた。
そう、とエリザがいった。
CMが終わった。バラエティー番組の下世話な笑い声が聞こえてきた。
「あのさ」っと俺は口を開く。
「……確かに俺は頼りないけど。少しくらい頼れよ」
「何を?」
「だから!相談しろってことだよ」
俺はソファの端を掴むと、エリザと向き合った。
エリザは眼をパチクリと何回も瞬きしていた。その瞳からは疑問の色が窺えた。
「俺のいってる意味わかるか?」
「わかんない」
「何でだよ」
「だって。相談…って、そんな大したことじゃないし、一人でも大丈夫し」
「だから、相談もしないし、頼りもしないっていうのかよ」
「そうよ、頼る必要がないもの」
エリザは当然でしょ、といったように平然とした顔をする。
悲しいとか辛いとか助けてとか、その表情の裏に少しでも隠れた感情を知ることができたら、俺はその殻を破り捨てる努力をしただろう。それこそ何がなんでも。
だけどエリザは平然としていた。俺の方が情けなく慌てふためいてしまった。
そんな顔を見せたくなくて、俺はテレビ画面を見つめた。
「……誰かに頼った方が楽だろ。時間も短縮できるし」
「一人でも時間をかければできるわ」
「…………」
「それに、誰かの時間を奪ってまで頼るなんて嫌よ。相手に迷惑かけたくないし、それに頼る時には相互に利益が発生しなくちゃ」
「…………」
不適切な言葉が出かかった。が、のどもとで止まる。飲み込んだ言葉が気持ち悪くて、のど元をさすった。のど元を這い出てくるんじゃないかと思ったが、そんな事なかった。俺にはそんな事を言う勇気がなかった。
「別に、そんな利益とかお前が気にすることじゃねーだろ」
「わかってないわね。それが大人の関係、ってやつよ」
「ガキのくせに」
「もうすぐ二十歳(はたち)よ」
「まだ子どもだろ。その癖に、お前はいっつも一人で決めやがる!あん時も……高校辞めた時も、お前は誰にも相談せずにとっとと辞めたよな」
「ちゃんといったわよ」
「事後報告をな」
「…………」
「辞める前にちゃんと相談して欲しかった。役には立たなかっただろうけど、でもなにか、もっとやり方があっただろう?」
「ごめん。……迷惑かけたくなかったから」
「迷惑じゃねーよ」
「ごめんってば」
エリザは素直に謝った。だけど、聞きたいのはそんな言葉じゃない。AといわれたらBという。そんな使い古された会話がしたい訳じゃない。
俺は硬く目を閉じた。その先には何時も決まってあの光景がよみがえる。目の前に立っているエリザは、緑色のマフラーとモコモコのダッフルコートで身を包んでいた。エリザはたどたどしい動きで、ばいばいと俺に手を振った。たった、それだけ。
十八年に渡る俺たち幼馴染の、たったそれだけの思い出。
「なぁ、お前は人に頼るっていう選択肢がないのか?」
「そう思う?」エリザが訊ね返した。
「そうだろ」俺は断言する。
エリザはコーヒーを啜った。まだ熱いはずなのに、そんな素振りは全く見せない。俺もコーヒーを啜った。すると背中にすすっと何かが這った。ビクッとして、マグカップからコーヒーが数滴手漏れた。
「あちっ、お前っ! エリザ! 脚くせ悪すぎだぞ」
「ふふっ」
エリザは小悪魔みたいな笑みを浮かべていた。彼女が首を傾けると、ブロンドの髪が頬を滑った。
「……じゃぁ、さ」
「ん?」
「ギルに頼れば、ギルがなんとかしてくれるの?」
「…………それは」
「がきんちょ」
そういって、エリザは俺の背中を小突いた。
説明 | ||
現代パラレル。捏造注意。後エリザの弟(がリ男→ダーニエル)が名前だけ出てきます。 ■因みに誕生日は、ギル:1月(プーの即位日)エリザ:6月と言う設定で書いてます。なんで学年的にいうと、ギルがエリザの上。 |
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