【銀魂】他人ち【沖神】 |
歌が聞こえる。
それは異国の言葉。
旋律も音程も無視された適当な歌。
もっと聞いていたいと思った。
彼女の、故郷の歌。
『他人ち』
「近所迷惑ですぜぃ」
俺は彼女に向っていった。歌が止み、彼女が振り返る。
風に揺れる桜色の髪の毛。天人が大量にくるようになったが、この色は珍しい。だから、どんなに人ごみに紛れていても直ぐにわかる。
チャイナは、案の定むすっとした顔でこちらを見た。大きな双眼いっぱいに俺を映す。
「大体なんでぃその歌。お前ぇまともに日本語も喋れーのかよ」
「うっせぇ。これは故郷の歌アル。愚民どもはせいぜー私の歌声に酔いしれひれ伏すがヨロシ」
「あいにく無駄な努力も必要な努力も嫌いなんでぃ」
「最低アル。人間努力を怠ると、頭から苔が生えるネ。……実際、銀ちゃん頭が緑に変色して寝込んでしまったヨ」
怒るかと思ったらしゅんっと、彼女の顔が曇る。あーぁ泣きそうな顔しちゃって。正直、白ける。
どうやら旦那が寝込んだというのは事実らしい。チャイナは葱が数本入った袋を持っていた。
「なんでぃ旦那、具合悪いのかぃ?」
「今は新八が見てるけど……」
チャイナが警戒して身構える。余計な情報を与えてしまった事に気づいたらしい。
「いっとくけど、お前が来てもすることないアル。来んじゃねーぞ」
それ、誰に向かって言ってんだ?
俺は不敵に笑って見せた。
「っと、いう訳で。おじゃましやーす」
「えと、はぁ?…いらっしゃいませ」
突然の来訪者相手にメガネは親切に部屋へと招き入れてくれた。
ちょっと眉が引きつっているがまぁしかたない。俺は来る度に厄介事を持ってくるのだから。
「お茶飲みますか?」とメガネが訊いてきた。
「玉露でお願いしまさぁ」
「おい眼鏡。そんな濁った空気みたいなの相手にしないでこっち来るアル」とチャイナは直ぐに台所へと姿を消した。
奥の部屋で旦那の声が聞こえる。潰れた声で咳をしていた。
「旦那。具合悪いのかぃ?」
「まぁ、たちの悪い風邪ですよ。あの人夏だからって油断して、布団しかないで寝てたんですよ」
「そうかい……」
「それで、沖田さんは何しに? 仕事の依頼ですか?」
眼鏡の纏う空気がなんとなく固い物になる。そんな心配しなくても大丈夫だっていうのに。俺は大きく首を振った。
「いや。チャイナへの嫌がらせと…これ、見舞い品」っと近所で買ってきた果物を差し出した。
見舞いといえばフルーツの盛り合わせ。だけど、バスケットが売ってなかったので単品でいろいろと買った。林檎とかバナナとかもろもろ。
メガネはありがとうございます。と礼をいうと、ソファに座るよう俺を促す。
俺は言われるままソファに座った。客室のだけあって柔らかい。
天井を見上げると雲みたいな模様のシミがいくつかあった。
人の顔見たいのがある。昨夜想像していた土方の死に顔にそっくりだ。なんか絶望してる感じが特に。
それから星型、並んでいて北斗七星みたいだ。
丸いシミがあった。
チャイナのボンボリを俺は瞬時に思い起こす。
俺といる時、チャイナは大抵怒っている。
俺がからかうからだ。だけど俺はこれ以外のやり方を知らない。
土方の奴ならからかうと毎回「総悟ぉ」と怒り、罠にかけると毎回見事に引っかかる。だけど仲が悪いわけではない。あくまでもコミュニケーションの一種なのだ。
いたずらして、怒って、追っかけられる。
からかうのはあくまで、次の会話や行動に繋げたいからなのだ。
でもチャイナの場合は違う。
からかうと怒る。何か言いあう。それで終わり。次に繋がる会話もなし。
銀ちゃんが、定春が、新八がとすぐに俺の元から去ってしまう。俺以外の名を口にして。
それを寂しいと思ったことはない。なんとなくムカッとくるのだ。
旦那を見つけた瞬間、ぱっと明るくなる彼女の顔が。定春とじゃれる時の無邪気な横顔が。メガネを茶化すその含みある笑い方が。
俺といる時は絶対にそんな顔見せないのに。
別に見たいわけじゃないけど。そう、なんとなくムカッとくるのだ。
姉上と近藤さんを土方に捕られたあの感覚と似ている。心がぐちゃっとなる。
思考がうまく回らなくて。言葉にできない感じ。
あの感じとよく似ていて、ちょっと違う。よくわかんないけど。
うまくいかない。
すぐ近くにチャイナの気配がする。だけど姿は見えない。
なんとなく気持ちが落ち着かない。
旦那の咳を遠巻きに聞きながら、俺はそんな事を思った。
+++
トントンと景気のいい音が聞こえる。
台所をのぞき込むとチャイナが葱を切っていた。手はとまることなくあっという間に一本切り終えた。
「わぁ、神楽ちゃん。ネギ切るの上手だね」
「ふふふーん。こーゆーのは得意ネ」
「全く、出来るんなら何時もやってくれればいいのに」
そうメガネがぼやく。多分食事はほとんどメガネが作っているのだろう。なんせめんどくさがり屋と世話焼きだしな。
うちでも当番関係なしによく山崎が朝飯を作っている。奴も世話焼きなタイプだから。
チャイナが葱を投入し、鍋をかき回す。お粥独特のにおいが部屋に充満しだした。
「神楽ちゃん。これを機に夕飯も真面目に作くらない?」
「何言ってるアルか。ちゃんと作ってるネ。私にかかれば卵掛けご飯もお茶ずけもちょちょいのちょいアル」
「それは料理じゃないってば………でも凄いもんだね」
新八が褒めると、彼女はにかーと旦那ゆずりの笑顔で笑う。歯のむき出し具合や間抜けた感じがそっくりだ。
照れ隠しの笑顔なのか、頬に少し朱色がさしてる。
なんにせよ、上機嫌の証拠だ。
「まぁ、誰にでも得意なことがあるからなぁ」
俺が後ろから話にわって入ると、彼女はキッと俺を睨む。
「黙るネ税金泥棒。大体お前ぇなんでまだいるアルか!?本当に暇人アルな!!」
「暇とは心外な。俺はただサボってるだけでぃ」
「いやそれ、余計問題じゃないですか?」
「平気でさぁ、土方さんがなんとかしてくれらぁ」
俺は台所に目をやった。コンロの上にはでかい鍋が乗っている。
隊で使っているのと同じくらいの巨大な鍋だ。中にこんもりとお粥が入っている。
「しっかし旦那がそんな食うとは思えねぇんだが」
「残ったのは私が食べるアル。銀ちゃんあんまり食欲ないみたいだし」
どうやら九割方食べるらしい。いや、もしかしたら十割かも知れない。
「おーぃ。……お前らぁ、み、水くれー。死ぬー」
襖の向こうから旦那の呻き声にも似た声が聞こえる。乾ききった喉から、なんとか音を絞りだしているのだろう。声に潤いというか、何時もの張りがない。
「あー。銀さんちょっと待ってて下さい。神楽ちゃんお粥よろしくね」
メガネが水差しを掴むと、彼女に指示を出す。多分役目を与えないと、俺と喧嘩しだすと思ったのだろう。
ラジャッっと彼女が敬礼する。
「もういいアルかぁ」
チャイナは一人ごとをいいながら鍋をかき回す。大きい鍋だが、今の所焦げた匂いなどは感じない。綺麗な白粥だ。
「つか、それ食えんのかよ。俺が味見してやろうかぃ?」
「結構アル」
「まぁ、そういわずに」
おたまを掴むと、チャイナは直ぐにその手を離す。軽く傷つく。わかってやっているのだろうか。
粥を少し掬って口に含む。味はやっぱりというか…、
「味がねぇ」っと敢えて口にした。それ以外の感想は特に思い浮かばなかった。
「当たり前アル。病人食に濃いめの味付けは禁止ネ」
「まぁ、不味くはないけど」
もう一口残ったのを口にした。
そのままお玉を返すと、「あっそ」っと淡泊な答えが帰ってきた。
俺はじとーと粘っこい視線をチャイナに向ける。
「何アルか?」
「……褒めてんだけど」
「私には貶してるようにしか聞こえなかったアル」
「……褒めまさぁ。褒めてんだからちっとは笑えば?」
「はぁ?」
チャイナは眉を潜める。
要約すると、コイツ頭でも打ったか?と言った顔をした。
「だから――…、」
何を言おうとしたのだろう。とにかく俺はまた何か言おうと口を開こうと気構えた時だった…
「神楽ちゃん。お粥できたー?」
向こうの部屋からタイミングを狙っていた様にメガネが声をかける。本当にタイミングいい。盗聴器の存在を疑いたくなるくらいだ。俺とチャイナな会話は、そこで削がれた。
俺はボリボリと痒くもない頭をかく。
チャイナな一呼吸置いてから、「今持ってくアル」と返事を返す。
見るからに重そうな鍋を軽々と彼女は持ち上げる。手伝おうかと手を差し出す仕草をしたが、チャイナはそれを制止する。言葉はない、不機嫌な猫みたいな目で睨んできた。そしてすぐさま視線を外す。
「お前、早く帰れよナ」
チャイナはそう言い残して立ち去った。
+++
「銀ちゃーん。お粥作ったネ」
襖を開ける音と、チャイナの声が同時に聞こえる。
狭い部屋なので、その声はよく聞き取れた。
「お前ぇ…ゴホッ、それ本当に食べれんのか?」
「大丈夫ですよ。神楽ちゃんお粥系は得意なんですって」
「そうネ。病人食系はマミーによく作ってたネ」
マミーのお墨付きアル。とチャイナな嬉しそうに語った。
ゴホッゴホッと旦那が咳する。台所に座り込んで、彼らの会話に耳を傾けていた。粥を食べる為に旦那が腰をあげた、気がした。何時もよりより一層気だるそうな顔が目に浮かぶ。
「そりゃあれだろ、母ちゃんなら娘の手料理ならなんだって嬉しいだろ………ま、サンキュ」
その言葉にきっと、チャイナは嬉しそうに笑ったのだろう。楽しげなチャイナの声が聞こえてくる。
その後チャイナは予想通り、九割方のお粥を食べたらしい。食べすぎだよ。晩ご飯食べれなくなるでしょっとメガネに怒られていた。旦那は少しだけお粥を胃袋にいれ、また布団に体を潜り込ませる。
「銀ちゃん」
「んー……」
「眠るまで子守歌唄ってあげるネ。そうしたら起きた時にはバッチリ風邪が治ってるアル」
「んー……」
こほんっと咳ばらいすると、彼女が歌いだす。
チャイナはきっと俺なんかが見たことない笑顔で、笑っている。
かつて姉が俺にしてくれた様に、旦那の体を優しく叩きながら。
聞きなれぬ祖国の歌を口づさむ。
心がモヤモヤして重い。
此処はとても居心地が悪い。
だけど此処にいたかった。
無機質な板に背中を預けた。
俺はそのまま、今度は邪魔する事無く彼女の声に耳を傾けた。
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