手をとりあって【銀妙】
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 外へ出ると、彼女はもうそこにいた。

 寒空の下にマフラーと薄手のコート。風呂上りといえど外は寒かろう。両手を合わせて白い息を吹きかけていた。

 

「馬鹿……、中で待ってろっていっただろう」

「あら、銭湯といったら外で待ってるのが男女の醍醐味じゃないですか」

「どこの神田川だ。しかもあれは別れ話の歌だろ」

「そうでしたっけ?」

「そうだよ」

 俺のマフラーを首にかけてやると、彼女はくすぐったそうに首をすぼめた。

「ねぇ先生、今日は空が綺麗ですよ。二人で一緒に眺めて帰りましょう」

 そう言って指差した空は、辺り一面が星空だった。

「もうすっかり冬ですね。空が澄んでるし、これなら沢山しし座流星群見れそうですね」

「まぁ、都会よか見れるだろーな」

「先生は、何お願いします?」

「……あのな。俺もう先生じゃねーぞ」

「でも、またなるでしょう?先生が先生だって忘れないように、私ずっと呼び続けますよ」

「まぁ、今度は小学校の先生にでもなろうかと思ってはいるけど。お前は?」

「私はパートですかね」

「大学は…本当にいいのか?」

「行きたくなったら勝手に行きます。それより今は、自分たちの足元を固めていかなくちゃ」

 ぎゅっと抱いた肩は、あの頃よりも細かった。

 

 +++

 

 当時、俺は高校教師。妙は生徒だった。

 言葉には出さないけど、なんとなくお互いの感情に気付き始めていた。互いに微妙な距離をとりながら、一歩を踏み出さないように自分を制御していた。だからこそ。抑え続けてきたからこそ。泥沼に嵌ることなど、簡単だった。

 

 放課後の事だった。生徒は全て帰り、俺は見回りをしていた。自分の教室を覘くと、もう日が暮れかかっていた。俺はちょっとした気まぐれで、彼女の席に座った。

 彼女の目線から見えるであろう自分の姿。それはなんだかとっても気恥ずかしかった。その時だった。突然、教室のドアが開いた。

 驚いた顔の彼女と目があった。言い訳なら、いくらでもできた。だが俺は思わず、ある言葉を口にした。

 

 好きだ。

 

 気付いたら、俺は彼女に告白していた。わけのわからぬまま、彼女は頷いた。それが間違いだった。一度溢れだした想いは止められず、俺たちは自分たちの思いを確かめ合った。身体こそ重ねなかったものの一緒の時間を共有した。

「体育館周辺で、最近煙草が目立つから」

 そんな事をいって、よく俺は夜の見回りを志願した。

 そこでこっそりと、彼女とあった。一日三十分だけの内緒の時間。教室ではばれないように、極力話さないでいたから、実質この時間しか俺と彼女に自由な時間はない。

誓って言おう、俺たちはその時、一切互いに触れ合わなかった。手も触れず、体も触れずの関係。でもそれだけで、俺たちは確かに幸せだった。

 だがある日、気を使って他の先生が見回りを変わってくれた。その事を知らぬ彼女と俺は何時も通りに会い。そして、白日の元に曝された。

 教師Aと生徒Bの恋中。名前そこでなかったものの薄々気づいていた奴も多かった。

 彼女を知る先生は、彼女を悪女のように罵った。何も知らない癖にと心の中で詰った。でも俺は何も言えなかった。言えばもっと彼女の立場が悪くなる。俺も彼女も黙り続けた。

 そして俺は女子生徒に唆された可愛そうな教師。彼女は教師を唆した淫乱女となった。影でこっそりと、泣いている彼女を見たことがある。俺の前ではけっして見せない彼女の涙だった。

 でも俺は、彼女を抱きしめるどころか、手を取ることすらできなかった。俺は彼女の卒業と同時に、仕事を退職した。その後こっそりと籍を入れ、遠くの町に引っ越した。

 

 +++

 

「そういや、妙は何をお願いするんだ?」

「先生がまた先生になれるように、ですよ」

「はぁ…もっとあんだろ。金とか家とかだって今のボロアパートのままじゃ」

「私、先生と暮らせるならどこだってかまいません」

「……俺、お前といれて本当に幸せだわ」

 

 妙はニコッと笑い「ねっ、先生。手ぇつないで帰りましょう」っと手を差し出した。

 差し出された手を掴むと、彼女は更に笑った。

 

「手、冷たいな」

「はい」

「帰ったら炬燵でもだすか」

「いえ。私、こうしてるだけで充分ですから」

「流れ星、見えないな」

「そうですね」

「でも、まぁいいか」

「そうですね」

「なぁ」

「はい?」

「愛してる」

 

 改めて言うと、彼女は一瞬驚いて身を強張らせたのが、繋いだ手から感じた。

 大きな瞼を数回素早く瞬きした。ストレートの愛の言葉は未だに恥ずかしいらいし。

 小さくうなずいてから、こちらを向いた。

 

「私も、大好きです」

 

 繋いだ手を更にきつく握りしめた。

 自分の手が汗ばんでいる事に、不覚にも笑ってしまった。

 

 

 

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