オブリビオンノベル 6.第五話〜遺失魔法〜
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 魔術師ギルド・ブルーマ支部の一室で、私は支部長の女性ジーンヌと対談していた。

 その隣にはジ=スカールというアルゴニアンの男性がいて、私の持ち込んだ本を興味深そうに、穴が飽きそうなぐらいじっくりと目を通していた。

 非常に好奇心を掻き立てられたらしく、目を輝かせながらページをめくっていく。

「つまり貴女は、この魔法書の解読を頼みたいというわけね?」

 支部長であるジーンヌは私に対して、改めてそう確認する。

 現在の魔術師ギルドの立ち位置がどういうものか気になっていたが、近づきすぎるわけでもなく、距離を置き過ぎるわけでも無いらしい。

 もちろん、利益と害を考慮して立ち位置を変えるのだろうが、少なくとも私は好意的に受け入れられたらしかった。

「そういうことよ、引き受けてもらえるかしら?」

 ジーンヌは視線を私からジ=スカールへと移すが、その視線に彼は気付く様子はない。

 それよりも本に目を通すのに夢中のようだった。おそらく思考が漏れているのだろう、何やらぶつぶつと独り言が聞こえる。

 しばらくジーンヌが声をかけ続けるが彼は一向に反応しなかった。

 業を煮やしたのか、彼女はジ=スカールの頭を抑えて前後に激しく揺さぶった。

「ジ=スカール、一旦こっちに戻って来なさい、ジ=スカール!」

「うわぁっ! なんだなんだ、何が起こったんだ?」

「何が起こったじゃないわよ! どうなの、解読できそうなの? 何かわかった?」

 呆れたようなジーンヌに対して、状況把握に時間を要しているジ=スカール。周りのギルド員たちはこれといった反応は見せていなかったし、おそらくこの二人のよく在るやり取りなのだろう。

「ああ、そうか来客中だったな。失礼お嬢さん、たしかにこれはれっきとした魔法書だ。それも、古代アイレイド王国期か、それ以降近い時期に記されたものだろう、そこかしこにあの時代特有の記述が見られる。解読は、そうだな……早くても数日はかかるだろう。それも、全部じゃなくて一部だけだ」

「一部だけ……では、それに記してある魔法は当分使えない、ということですか?」

「いや、そうじゃない。複数の魔法について書き記されているようなんだ。魔法以外にも、色々と記されているようで、非常に興味深い。当時の魔術師達がいかに魔術に精通していたのかが伺える。この本一冊を全部解読しようというのなら、それこそ月単位で時間がかかるだろうね」

「そうですか……」

 即戦力として利用出来るようなシロモノでない事は、解読を必要とする時点でわかっていたが、それでも落胆してしまう。

 長い目で見れば大きな収穫であっただろうけれど、今現在が厳しい状態のままというのはまだしばらく続きそうだ。

「とりあえず今日一日かけて、見出しを作ってみるよ。依頼主はお嬢さんだから、その見出しを見てどれを優先して解読して欲しいか決めて欲しい。それぐらいの融通はあって良いだろう、ジーンヌ?」

「そうね、此処で解読の依頼を撤回されてしまうと何も研究できない。何やら事情がありそうだし……いいでしょう。ジ=スカール、貴方に一任するわ。解読は結果の都度レポートにまとめて提出を、後は任せます」

 そう言ってジーンヌはさっさと部屋を退散してしまった。

 後に取り残されてなんとなく微妙な表情でジ=スカールを見返すが、彼は肩をすくめて呆れたような顔をした。

「ジーンヌはああいう人だからね……。それじゃあとりあえずこの本は預かるよ。明日の夕方までには見出しをまとめておくから、また来てくれるかな?」

 私はその言葉に頷いて、魔術師ギルドを後にした。

 

 しばらくブルーマに滞在することを余儀なくされた私は、滞在の間に必要なものを調達するべく、まだ陽の出ている時間に無理をして店の訪問を敢行することになった。

 肌を日にさらさないようにローブを纏い、店の場所を確認して、持続性の治癒ポーションを飲んでから店を出る。

 ローブなんてほとんど役にたたず、日差しが強烈に肌を焼く。息を切らせてなんとか雑貨屋を尋ね、薬の材料になりそうでかつ面白そうなものをいくつか見繕う。

 魔術師ギルドで手に入れた錬金術の基礎の本を利用していくつか新しい薬を試してみるつもりだった。道中で集めた材料も

 ノルドの風という店で毛皮の衣類をいくつか見繕う。流石に冷気に強い吸血鬼といえブルーマの寒さは身にしみる。活動出来ないというわけではないが、南のほうでうろつくような格好だと非常に目立つので好ましくもない。

 店の主人は軽装備の扱い方を教えているらしく、いくらか話を聞いておくことにした。

 気がつけば程なく動きやすい時間になり、再度魔術師ギルドへと足を運ぶ。

 ジーンヌに聞けば、ジ=スカールは部屋にこもりきりだという。私はいくつかの差し入れを手に部屋を尋ねることにした。

 彼は部屋で机に向かいながら、壁に幾つもの紙を張り出していた。

 おそらくそれ一つ一つが見出しということなのだろう。一日でそれだけを解読し終え、まだ作業が終わっていないらしい。

 楽しそうに本のページを開き、手元の紙に断片を書き記していく。

 こちらに気が付かないジ=スカールを横目に、貼りつけられている見出しを眺めてみる。

 魔法・死体使役・忌避すべき禁術・研究不可。

 魔法・死体の抹消・禁術・研究不可。

 魔法・帰還・有用・研究化。

 魔法・位置の交換・有用・研究化。

 魔法・空飛ぶ箒の召喚・有用・研究化。

 技術・魔力の増幅・有用・研究化。

 調合レシピ、様々。

 等、ずらりと貼り出されていた。

 新たに一枚をジ=スカールが貼り出した所で彼は大きく伸びをした。

「ふぅ、やれやれ……一仕事だったな」

「お疲れ様」

「うおぅっ! 来てたのかい……気が付かなかったよ」

 ジ=スカールは私に気づいていなかったらしく、声を掛けた途端盛大に驚いてみせた。

 苦笑しつつ、傍においた夜食と飲み物を指さす。

「忙しそうだったから声を掛けづらくて」

「あ、ああ……そう、ありがとう」

 何処か納得していないようなジ=スカールだったが、すぐに頭を切り替えたらしい。

「そこに貼り出してあるのが見出しだよ、結構な代物だったね。魔法だけじゃなく調合のレシピもあるみたいだ」

「どういった薬のレシピなのかはわからないってことよね?」

「見出しだからね、ざっくり分けないと終わりそうになかったからそうした。レシピのほうは材料が今も存在するかも問題だね」

 なるほど、たしかにもっともな意見だ。優先度としては低いものだろう。どんなものが在るのかは気になる所だが……。

「こちらの二つの、研究不可というのは?」

「そのままさ、研究しちゃいけない。死んだ人間を自分のために使役させる魔法とか、死体を抹消する魔法とかはどんな悪用が出来るかわかったものじゃないからね。魔術師ギルドとして研究できない、してはいけない、するべきでない。古代アイレイド王国期の倫理観は詳しくわかっていないけれど、おそらくは魔術師が奴隷に使う魔法だったんじゃないかな。禁忌魔法ってやつさ」

 内心、ちょっと残念だった。どちらも有用そうなのに、というのは表に出さないでおく。魔術師ギルドから危険思想者認定されるのはごめんだ。そのうち”Terran”の誰かに解読させよう。

 禁術に相当するものの記された本が返却されるなら、だが。

「だから、研究を依頼したいなら研究可のものを選んでくれ」

 そう言われて見出しの中から研究可のものを見るが、どれも魅力的だった。

 流石に、アイレイド王国期に使われていたものだけはあるということだろう。

 今の私ではコウモリに姿を変じて空をとぶことすらままならない。そういう意味では空飛ぶ箒の召喚とやらが気になるところだ。

 調合レシピは当たり外れが大きく出るだろう、帰還の魔法がどういうものなのかはわからないが、現在明確に自分の拠点を持っていない私にはまだ不要だろう。”Terran”を拠点にすれば良い話だが、あんまりそういったことはしたくなかった。

 魔力の増幅も、元々がエルフ族でマギカ保有量の多い私には有用だといえる。

 ぶっちゃけ、悩む。

 かなり悩ましい選択を迫られることになってしまった。

「どれも今には伝わっていない、けれど有用そうなものばかりだよ。見出しを作りながら解読するのが楽しみで仕方なかった」

 根っからの研究者だなと感じる。私から彼への印象というのは、研究好きで魔法に対して紳士という、研究者にしては穏やかなものだった。

 少々、茶目っ気が在るようには見えるが。

「移動の足がほしいから、空飛ぶ箒の解読からお願い出来るかしら」

「いいよ、他はどうする?」

「……そうね、魔力の増幅技術についてお願いするわ。それ以外は好きにしてくれて構いません」

「了解したよ。楽しみだ」

 私の返事を確認するとすぐまた机に向かう彼を見て、研究のしすぎで倒れたりしないか不安になる。

 たまに、食べることも寝ることも忘れて研究に没頭して倒れる研究者が居ると聞くし、彼もその同類かもしれない。

 ともあれ、移動の足が手に入ればこのシロディールでの行動はかなり楽になる。もうしばらく此処に滞在して、解読の結果を待つ事にした。

 

 ブルーマに留まる間、近くを探索して過ごした。

 探索というには少々物騒かもしれないけれど、いくつかの山賊の集落、ゴブリン等のたまり場となっている廃坑を一掃し、雑多な品物を手に入れてはブルーマに持ち帰り、宿に貯める。

 手に入れた品を宿で、売却するもの・調合材料として使用するもの・後々使うであろう取置きなどで分類していく。

 廃坑を回った際に、銀やプラチナといった鉱石を手に入れていたが、これらはそのうち加工してもらう事を考慮に入れて取り置いて置くことにした。

 銀は私達にとっても身を焼く危険物だが、それは私達が狩る対象についても同じ事だ。毒を持って毒を制す、ではないが。

 他に、重装で私には扱えない──というか扱わない、けれどそれなりに価値のある武具、エンチャントの施されているものもいくつかあるが、これらは全部売り払うことにする。

 重いものを身につけて戦うのは性に合わない。何より重武装を支えられるだけの強靭な肉体というものを私は持っていないのだ。

 整理がひと通り終わり、いくつかの新しい薬を調合しようとした所で誰かがやってきた。

 扉をノックする音がして、それだけ。

 声をかけてくることはなかった。危険な気配を感じなかった私は、すぐさま入るように声をかけて調合に戻る。

 入ってきた男は案の定、腰に翠の宝石で宝飾された剣を下げていた。

 老練という表現をしたほうがいいかと思う、年配の男性だった。だが体はしっかり鍛えられているらしく身のこなしに隙は伺えない。

「お初にお目にかかります、ソマリ・フロリスヘイム様でよろしいですか?」

「うむ、相違ない。何か用かの?」

 男は少しだけ沈黙した後、はっきりとした声で告げだ。

「”Terran”が、襲撃を受けました」

 思わず調合の手が止まる。

 “Terran”の存在はこの国での最重要機密の一項目のはずだ。

 理由は単純明解、国民が吸血鬼という種族を受け入れるわけがないからだ。

 それ故に評議会と王家、一部権力者にしか知らされない事実とされている。それが漏れたということか。

「敵は──奴らは、我々がどういう存在か知った上で襲撃を仕掛けてきた、ということかの?」

「いえ、そこまででは無いようです。瞳術に長けた長老が暗示をかけて聴きだした所、水面下において王家のために動く集団が居るということを知り、牽制の意味で仕掛けてきたようだと……」

「そして仲良く返り討ちか、笑えるの。しかしま、これで我々としても別の理由を持って全面的に参戦出来るというわけじゃ。牙を向けられて静観しているわけにはいくまいて」

 我々のような力を持った、そして闇の組織が率先的に動くことは好ましくないし、この地に住む者達から目を付けられるわけにもいかない。

 そのために我らが自らに科せた枷。

 それが、専守防衛という盟約だった。

 “Terran”は組織として必要とする勢力以外を持たず、自ら戦闘行動を行わない。

 王家、あるいは領主に依頼されて以外、自らその力を振るわないとした。

 唯一の例外を除いて。

 男は静かに私の言葉を聞いている。今からどのような指示をされたとしても、それを遂行するという覚悟を持っているようにも見える、強い瞳をした男だった。

 長く”Terran”に仕えているのかもしれない。

「報告ご苦労じゃったの。お主、名は?」

「ヴォルフと申します」

「ヴォルフか、わしは一旦”Terran”に戻る、ブルーマにて監視の目を光らせておくがよい。今回の敵は得体が知れん、何かあればすぐ連絡をせい。一人で先走ろうとはするな、命を粗末にするのは誰も喜ばん」

「畏まりました」

 用を済ませた男は部屋を出ていった。同様の知らせは各地にもたらされているだろう。

 一体この地で何が起ころうとしているのやら。

 

 取り急ぎ荷物をまとめたて宿を後にした。

 その足で魔術師ギルドに向かうと、私の来訪を予測していたのか、ジ=スカールが出迎えてくれた。

「やぁ、そろそろ来る頃だと思っていたよ」

「……貴方ちゃんと寝てるの?」

 出迎えたジ=スカールの眼の下には、アルゴニアンでもはっきりとわかるようなクマができていた。心なしかやつれた気もする。

「今夜はぐっすり寝るさ、それよりも……こちらが翻訳したものになる」

 そう言って彼が渡してきたのは3枚ほどの紙だった。扱い方や詠唱、どのような魔法なのかが細かく記されていた。

「使い方については読めばわかると思うよ、ある程度魔法についての見識があるならだけどね」

「なら問題ないわ、ありがとう」

「何やら急ぎかい?」

「ええ、ちょっと困ったことになってね。そうだ、これを」

 そう言って革袋を手渡す。ジ=スカールが受け取ったのを確認して、私は踵を返す。

 ここから帝都までは結構な距離がある、今夜中に戻れるかは怪しいところだった。

「あ、おい。この袋は?」

「研究費用の援助、ということにしておくわ。また来ます、それでは」

 背後でジ=スカールが何か言うの聞くことすらせず、私はブルーマの東門へと駆け出していた。

 

 結果から言って、私の選択は間違いでなかったらしい。

 新たに手に入れた魔法によって生み出した箒は驚異的な速度での飛行を可能としていた。

 眼下に広がる広大な森、そしてその先に見える帝都を囲む湖。

 思わず眺めに心を奪われてしまう。コロルからブルーマに向かう途中の山から眺めた景色も美しかったが、こちらも美しい。

 ブルーマから帝都が見え始めるまでに一時間とかからなかっただろう。

 時間的に余裕が生まれたことから、私は帝都の上空をぐるりと周遊することにした。

 帝都近辺の地形は頭に入れておきたい所だったしついでのようなものだ。

 上空からふらりと眺めて回るのはかなり気分が良い。姿をコウモリに変じて跳ぶのとはまるで別物だった。アイレイド王国期の魔法使い達は皆こんな気分を味わっていたのだろうか。

 王都は裏手に桟橋のようなものがあり、その周辺に遺跡の名残のようなものが見て取れる。

 一旦降りてみようと高度を下げると、かすかに剣戟の音が耳に届いた。

 これ以上高度を下げるにはよくないところまで下がり、それでも音のする方はかろうじて木の影となって見れないため、箒に足をかけてぶら下がるようにする。

 木々の間から覗くのは下水への入り口のようだった。剣戟の音はその奥から聞こえてくる。やがて飛び出してきたのは赤毛の青年だった。

 闇の中を迷いなく駆け抜けてきたところから見るに、夜目が効くか、あるいはその類の存在なのだろう。

 だが見た目には特にこれといって危険そうなところは見られない。弱そうだとか、そういう意味ではなく、纏う空気が違っている。

 近場に居た狼が彼を目掛けて襲いかかるが、その直後にオオカミは不自然に標的を変えた。

 下水への入り口から新たに人影が飛び出してきた。それも一つや二つではない。

 合計で五人ほどの赤いローブを纏った集団は、ローブ姿とは思えない身のこなしで赤毛の青年と対峙する。

 神話の夜明け教団。

 オオカミは教団の男たち目掛けて襲いかかる。そこに正気は見られない。

 瞳術、だとすると同胞かと思うが、姿に見覚えはなかった。若手なのかもしれない。

「コソコソコソコソしてんじゃねぇぜ!」

 体を僅かに沈ませてからの鋭い回し蹴りが教団の一人を捉える。側頭部へ綺麗に直撃し、首があらぬ方向に曲がった。勢いはそれだけで収まらず、体がもつれたまま激しく吹き飛び、岩にぶつかってやっとその動きを止めた。もはや動くわけもない。

 一撃必殺、かなりの手練だと分かる。身のこなしも見事なものだった。

 刃物を振り回す男たちを相手に、どれも紙一重で避けて回る。どうやら赤毛の青年は格闘術主体で戦うらしく、武器は手にしていなかったし、取り出す様子もなかった。しかしその手や足から繰り出される攻撃は武器と遜色が無い。

 あんな手練が居るならばあやつに今回の一件を任せればよかったではないかと、少々飽きれてしまう。私よりもはるかに腕が立ちそうだ。

 話しも聞きたいところだし、あまり必要はなさそうだが援護するかと、幾つかの雷球を生み出し一斉に発射する。

 教団の男一人を狙っての雷魔法は一撃で命を奪うには足りなかったらしく、膝をついたがまだ存命の様子だった。

 そこを赤毛の青年がすかさず追撃する。魔法を使った存在が敵か味方かの判断は後回しにしたのだろう、膝をついた教団の男の顔面目掛けての膝蹴りが的確に突き刺さる。吹き飛ばされたローブの男はあっさりと動かなくなった。

 教団の連中も新手である私に気づいたのだろう、炎魔法を放ってくるが、箒を軸に身を捻って火球を躱してから地面に降りる。

 私が赤毛の青年の傍に降り立ったのを見て、囲むように動いてくるところは連携がとれているといえるだろう。

 だが、この状況でまだ戦うという判断をすること自体が致命的な過ちだ。

「おい嬢ちゃん、味方か?」

 ぶっきらぼうというよりはさばさばした感じの口調で赤毛の青年は聞いてくる。

「味方じゃ」

「んじゃ一人任せた」

 言うよりも早く赤毛の青年は教団の男一人と距離を詰める。

 流れるような動き、ぎこちなさや不自然さはなく、無駄な力を一切使っていないことが見て取れる。

 私も自分の前に居る男に注意を向ける。しかし意識はその男よりも奥に引きつけられた。

 奥に誰かが倒れている。生きているようには見えないが、きちんとした鎧を身につけていることからそれなりの地位に居たであろうことは見て取れた。

 何処かで見覚えがある装いだった。そう、夢のなかで皇帝を護衛していた男の一人だ。

 直感的に、感じてしまった。

 このそばに夢で見たあのアミュレットがある、と。

 体が自然と動いた、気づけば鈍い輝きを持った刃が私の頬をかすめていく。戦闘中に注意力散漫になっていたことに気づいて慌てて剣を抜く。

 神話の夜明け教団の暗殺者、何処まで自分の力が通じるのか試しておくべきだろう。

 

 十数回剣を打ち合わせるうちに、教団の暗殺者がそれほど危険視する強さではないと感じるようになった。

 吸血鬼の身体能力が徐々に戻りつつあるから、というのもある。少なくとももう少しすれば遅れを取るような事はなくなるだろうと確信した。

 もっとも、数を揃えて襲い掛かられるとまだ満足な対抗手段は無いのだが。

「おい嬢ちゃん、こっちおわったぜ。手伝うかい?」

「不要じゃ、まぁ見ておれ」

「ふぅん、なんかババ臭い喋り方すんな」

 すでに二人の暗殺者を血祭りにして見物に回っている赤毛の青年を背に、私は剣を鞘に収めた。

 それを見て暗殺者は警戒を強めた。意味もなく戦いの最中に剣を収める者など居ないのだから当然だ。

 だが、その警戒も無意味になるような一撃を見舞えばそれで事足りる。

 一瞬だけ体の力を緩め、次の瞬間一気に踏み込み数メートルの距離を一瞬で詰める。

 私にとっての必殺の射程。

 鞘走りの音が響く。

 直後に血の噴水が上がった。

 ヒュゥッ、という口笛の音が聞こえる。赤毛の青年は感心したような視線を私に向けていた。

「お見事。首を切り飛ばすとはねぇ、女の細腕とは思えねぇな」

「お互い様じゃろ。エルフが人間を徒手空拳で粉砕するなぞ聞いたこともないわ」

「……”Terran”の一員、だよな?」

「そうじゃ、お初にお目にかかる。わしはソマリ、ソマリ・フロリスヘイムという」

「ソマリ……てこたぁ、最近”Terran”の中で噂になってるってのはお前さんか。驚いたな、もっとガチムチなアマゾネス系を想像してたぜ」

「……」

 露骨に嫌な顔をしてやると、赤毛の青年は笑いを堪えられ無くなったのか爆笑した。 

 不愉快。

「俺はアーベント・シュヴァルツヴァルド。見ての通り、格闘家だ。”Terran”の──正確には議会の依頼ってことだが、帝都近辺を探索して回ってたんだ。そしたらそこの下水道の奥でこいつらに突然襲われてな」

「いいことじゃ」

「どういう意味だおい」

 後ろから食って掛かるアーベントを横目に、直感的にきちんとした鎧をつけている男の骸へと近づく。特に何も身につけている様子はなく、アミュレットを持っている事もなかった。

 予想が外れたか、いやそのような感覚は無い。

 確信めいた何かは未だに私の中に残っていた。

「連中が躍起になって探しているものがなんだかは聞いておるじゃろ?」

「ああ、皇帝のアミュレットだろ?」

「それを探している連中と鉢合わせした、これが何を意味するのか分かるか?」

「いや……」

「皇帝暗殺を企てた連中からすれば、アミュレットの行方を見逃したこと自体が手痛い失敗じゃが、アミュレットが一人で歩くわけはない。在り処は近いと思っていいじゃろう。おそらくお主は限りなく皇帝暗殺の現場に近い場所にたどり着いたのじゃ」

「な、なるほど……」

 周囲を見回す。しかし、これといって夢で見た覚えのあるものは見当たらなかった。

 何匹かのネズミの死体が転がっているぐらいだ。

 しかしこのネズミ、何故こんなところで死んでいるのだろうか。

 不意に、背筋が冷たくなった。

 思わず体を震わせるが、次の瞬間視界に人影が現れた。

 ぼんやりとした輪郭の、おそらく豪華なローブを纏った人影は、一匹のネズミの死体の上に立っている。

 輪郭しかわからないけれど、私の方を見ているだろうと直感できた。

「お前さん、アレは見えるか?」

「何がだ?」

「そうか、見えぬならいい」

 ネズミの死体へと歩み寄る。人影は何か不安そうに、だが必死に何かを訴えようとしているように見えた。

「此処にあるんじゃな?」

 声をかけると、人影は大きく頷いた。

「ジョフリという男の元に持ってゆけば良いのじゃろう?」

 もう一度、人影は頷いてみせる。

「いいじゃろう、乗りかかった船じゃ。必ず届けてやる、だからもう……逝くがいい」

 私がそう告げると、人影は夜の闇に溶けるように消えていった。

 後には、私に痛いものを見るような目を向けるアーベントと、ネズミの死体だけが残った。

 どう説明したものか、ため息が漏れた。

 

説明
オブリビオンのプレイノベライズです。ネタバレ有りなので注意してください。
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オブリビオン ノベライズ BethesdaSoftworks 二次創作 ネタバレ有り TheElderScrollsW:Oblivion 吸血鬼 長編 ファンタジー 

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