小野塚小町の四月一日語り
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目の前に広がるのは、赤い曼珠沙華が咲き乱れた河原だった。紅い絨毯の部屋の隅にぽつんと椅子が置いてあるかのように、曼珠沙華の花群の隅に、岩が一つ転がっていた。

なかなか幻想的な世界ではあるが、当然のことながら疑問が自分の胸の内に沸いてくる。

 

何故私はこんなところにいるのだろうか。

 

「……おや?」

 

ふと耳に届いた声の方向に顔を向けてみる。

そこには、曼珠沙華のように紅い髪をした装束姿の女性が居た。

ぞくりと、背筋に悪寒が走ったのは何故だろうか。

 

「ふーん……。まぁいいや」

 

じっとこちらを眺めていた彼女だったが、突如ぐいっ、と肩を掴まれる。そのまますたすた歩く彼女に連れられるまま、私も着いていく。

 

 

「……今日は4/1、エイプリルフールだね。嘘をついてもいい日だそうだ」

 

 

そう言って彼女は、先程見ていた曼珠沙華の隅に転がっていた岩に腰を下ろす。

ちょいちょい、とこちらに手招きしてくる彼女。言われるがまま、私も彼女の横に腰を下ろした。

 

 

「……嘘、嘘か。丁度いい機会だ。一つ、昔話をしよう」

 

 

突然昔話が始まった。話の流れって何だろう。

 

 

「あたいがこうして死神をしてるのも結構長い訳だけど。その間に色んな幽霊を運んだよ。舟を漕ぐ道中にその幽霊の話を聞くのが楽しいんだけれど」

 

 

今この人さらっと死神って言ったよ。自分のこと死神って言ったよ。どういうことなの。さっきの悪寒ってこれかよ。

そんなこちらの動揺を知ったこっちゃ無いのか、彼女は話を続ける。

 

 

 

「とある幽霊から聞いた、お話だ」

 

 

 

   * * *

 

 

 

その幽霊は生前、嘘をついた事がないのが自慢だったらしい。どんな時にも決して偽らず、正直に生きてきたと言う。冗談すら言わなかったんだとか。

 

 

「なんだよそれ。嘘ついたことのない人間って」

 

 

まぁ誰しもそう思う。これが本当の話なら死ぬ前はきっと凄い人間だったんだろうと思ったんだが、彼から渡し賃として貰った銭は20銭。

確かに普通の人よりは銭は多いが、それにしても妙だなと思ったからあたいは聞いてみたんだよ。生前は何をしてたのかって。

……何の仕事をしていたと思う?

 

 

「嘘をつかない職業ねぇ。裁判長とかか?」

 

 

正解は普通のサラリーマン。彼はそう答えたよ。

 

 

「……は?」

 

 

冗談のようだが、どうやら本当らしい。

普通に日常生活を送る人間ならば、嘘をつかずにいる言う事は簡単な事ではないはずだ。

……どうして嘘をつかない人生を過ごしたのか。聞いてみたのさ。

 

 

「そりゃ気になるわ。で、なんだったのさ」

 

 

……小さい頃の彼の父親は大層ダメ人間で、働きもせず何かあるたびに母親に金をせびっていたらしい。そしてお金を貰う時には必ずと言っていいほど「これが最後。これが最後」と言っていたそうだ。

幼心に聞いていたときであれば、それを信じていたのかもしれない。けれど大きくなるにつれてその言葉がただの言い訳でしかない事に気づく。そしてある時母親に言ったそうだ。何故嘘ばかり言うのに父親にお金を渡すのかと。

今にも泣き出しそうな顔で、「次こそは本当じゃないかって、思ってしまうんだよ」。彼の母親はそう言ったんだそうだ。その時の母親の顔を死んだ今でも覚えている。彼はそう言ったよ。その頃はまだ若かった彼はその言葉を理解できなかったんだろうね。そのまま家を飛び出したそうだ。

 

 

「…………」

 

 

嘘をつき続ける人間も。嘘に騙され続ける人間も。大嫌いだ。……その時の想いが結局死ぬまで残ってしまったんだろうねと彼は自嘲するように笑っていたよ。結局その母親の言葉を理解できたのは、父親も母親も亡くなってから10年経ってからだったそうだよ。

 

 

「…………」

 

 

どんなに嘘をついても。どれだけ最低な人間でも。自分の好きな相手だったから、何処かその人を信じたいと思ってしまう。もし信じるのをやめてしまったら、相手の事を好きだったと言う想いも全て嘘になっちゃうんじゃないかと。そう思ってしまうのが怖かったんだろうな。

 

 

「私には理解できないな」

 

 

その辺の受け取り方は個人によるさ。

これは私的な意見だけれど、とても歪んでしまった彼がちゃんと定職について結婚をして子どもも儲けて、人生を全うできたって言うのは相当の幸運だったと思うね。今世の中、嘘をつけないことほど辛いものはないと思う。

 

 

「それは分かる」

 

 

現に彼は、沢山の人を傷つけてしまい、そして憎まれていただろうと自覚していたような事も言っていた。何でやめなかったんだ?と思う人もいるかもしれない。あたいも最初はそう思ったけど、少し考えてみれば分かる事だったよ。

 

 

「…………あぁ、うん」

 

 

その様子だとあんたも分かったようだね。

……彼は、その話を終えた後ぽつりと私に言ったよ。「……私の生き方、間違っていたのでしょうか」って。 

だからあたいは黙って、彼から貰った渡し賃を見せたよ。

 

『あの世に渡るために持ってたお金はあんたと一緒。決して嘘はつかない。

 三途の河の渡し賃は、お前さんの生きてきた人生そのものと言っても過言ではない。

 だからアンタは堂々と。閻魔様の前に立っていれば良いさ。

 ……ただ、閻魔様に言われるであろう小言は、ちゃーんと胸に刻んでから転生するんだよ?』

 

そう付け加えたところで船は向こう岸に着いた。その言葉を理解したかどうかは知らないけれど、彼は無言で頭を下げて行ったよ。

 

 

「…………」

 

 

大筋の話はこれでおしまいだけれど。この話にはね。ちょっとした続きがあるんだが。聞くかい?

 

 

「聞こうか」

 

 

その幽霊を送った日の夜。

いつものように帰りの途中に中有の道で一杯飲んで帰ろうと思ってたんだけど。店に入ってみたら、いつも座ってるカウンターに見知った背中が見えたんだよ

正直回れ右したくなったんだけど、それを察したのかその背中がくるりと振り返ったよ。たまには付き合いなさい、と。無言の威圧感を飛ばして。

 

 

「……誰だよそいつ」

 

 

あたいの上司の閻魔様。

 

 

「それは回れ右したいな。折角のフリーだってのに」

 

 

全くだね。とは言うけれど、その視線を無視する事も出来なかったから、あたいは四季様――あたいの上司の名前だ――の隣に座ったよ。戦々恐々だったね。

でも、いつものお酒とおつまみを注文して、四季様と乾杯した時点でいつもの四季様じゃないって気づいた。

てっきり機嫌が悪いものだと思ってたんだけど、違ったんだ。むしろいつもより、機嫌は良かった。

 

 

「話折るようで悪いけど」

 

 

うん?なんだい?

 

 

「貴女は上司に目を付けられるたびに戦々恐々するような勤務態度なの?」

 

 

……話を戻そうか。

「おい」

 

 

 

「私は今まで閻魔として様々の幽霊を裁きました。……ですが、今日のような事は初めてです」 ……カラン、とグラスを傾けた四季様が独り言のように呟いてたんだよ。

「どんな嘘吐きにも、私は『正直に生きろ』と言ったことはありません。ですが、今日の彼にはそう言わざるを得なかった」

そう言って、四季様はグラスに残ってたウィスキーを一気に煽った。

 

「『もっと自分に、正直に生きなさい』……私にこんな事を言わせる存在など、彼が最初で最後でしょう」。

 

四季様はそう言って、カウンターを立った。喋る際には一度もあたいに目を合わせることなく、全て独り言のように呟いていた。 ……本当に独り言だったと思う。

誰かに聞いて欲しい独り言。実に我侭だが、四季様はあれぐらいで丁度いい。オフの時ぐらいは、あんな感じでいてもらわないと。

 

 

「閻魔ってもっとぐっさぐさ言葉投げつけるもんだと思ってたけど」

 

 

うーん、まぁそれは現世の人間のイメージだろうね。それぐらい畏怖の対象にされないと真面目に生きないだろう人間って。

例え地獄やあの世の存在が幻想だといわれる世の中だとしてもね。

でも、実際はそこまでの物じゃない。閻魔だって鬼じゃないよ。鬼が元の人もいるけれどそれはそれ。

基本的には相手に気も使うし言葉を選ぶ。四季様だって言葉を選ばなかったら

 

『貴方は嘘をつかず生きてきたといいましたが、自分に嘘をつき続けて生きてきたのではないですか?』

 

とだって言えたはずなんだよ。でも言わなかった。……白黒はっきりと付けたがるあの人が、言葉を選ぶなんて、相当の何かを感じたんだろうさ。

 

 

「閻魔が人情に流されるのは良いのか?」

 

 

人情に流されようが流されまいが、根本の判決はひっくり返らないのさ。

 

 

「そんなものか」

 

 

そんなものだよ。

……嘘をついたら閻魔様に舌を引っこ抜かれる。よく言われる言葉だし、四季様も時々言う。けれど嘘をつかずに生きていられるわけが無い。四季様はそれも分かっていらっしゃる。だからこの機会に一つだけ言っておこう。

普通に生きているうちにつく嘘の大半、四季様含め、閻魔様一同は大抵気にしない。よっぽど酷い嘘を重ねつき続けた訳じゃない限り、その点には触れないの

だ。人間は嘘をつかざるを得ない生き物。彼ら彼女らはそれを重々承知している。

 

……だから。

 

『自分に嘘をつく必要はないんだよ』

 

 

「……」

 

 

 

   * * *

 

 

 

「……と言う、お話だったのさ。長い間与太話に付き合ってもらってありがとうね」

 

 

彼女はそう言って、岩から立ち上がった。

 

 

「それじゃ、あたいは寝るよ。皆もエイプリルフールネタで賑わうのもいいけど、あんたも早く帰るんだね」

 

 

帰る?という言葉に妙な違和感を感じた瞬間だった。

何処からとも無く、自分を呼ぶ声がする。まだ逝くなと声がする。

 

 

「ほーら。ここでアンタは回れ右だ。心配するな。行き先ならその声のほうに向かって歩き出せば良い」

 

 

ぼぉっとする。頭が回らない。

ふらふらと立ち上がると、勝手に身体が歩き出す。

 

 

「……あんたに本当の迎えがやってきて。ここに来ることになるまで」

 

少しずつ彼女の声が遠くなっていく。

それと反比例して、自分を呼ぶ声が大きくなる。

 

 

「さよならだよ」

 

 

世界が、ひっくり返った。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……またサボってるのですか?」

「いいえ、一人迷い込んできた人を送り返しましたが」

「つまりそれしかやってないと」

「それも立派な仕事ですって」

「言い訳無用です」

「きゃんっ?!」

 

ぺしっ、と一発彼女の頭を叩く。快音と一緒に彼女の悲鳴。これもまた日常。

本来は日常となっては困るのですが、この際は目を瞑ります。

 

「……こうして出てきたって事は今日はお休みなんですか?」

「そんなところです」

「で、私を叱りに?」

「それはついでです。 ……仕事が終わり次第、いつもの居酒屋に来なさい。以上です」

「はい?」

 

ぽかん、とした表情を浮かべる。たまにはこういう間抜けな彼女を見るのも良いものです。

いつもこれでは困るのですが、それはそれです。

 

「……4/1を良い事に嘘ばっかり言ってる人たちに警告をしに行くのですよ」

「本音は」

「久しぶりに割り勘でお酒が飲みたいのです言わせないでください恥ずかしい」

「きゃんっ?!」

 

言葉と同時に先程より強い力で叩く。癖になってますね。修正しないと。

 

「伝えましたよ。良いですね?」

「はいはい分かりましたよー……」

 

返答に満足しながら彼女の元を後にする。

……まぁ、この誘いはあくまでもフェイクなのですが。

今日は私の奢りですよ?

 

 

たまには私も嘘だってつきたいのです。裁判長であってもね。

説明
去年の4/1にエイプリルネタで書いた作品
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