うそつきはどろぼうのはじまり 61 |
白銀に輝く刀身を握る医師を見ているうち、ふいにひげ面の男に疑問がわいた。
「先生。俺はあんたが、精霊界からのマナ徴収に反対していると聞いている。そいつは、本当のことなのか?」
「勿論。今でもやめて欲しいと思ってるよ」
「しゃあ、どうしてあんた、言いなりになって道を開こうとしてるんだい?」
あんたの実力なら、仮に人質がいたとしても、この程度の人数を相手に立ち回るなど余裕だろうに、とその声は言っていた。
確かにその通りだ、とジュードは静かな笑みを浮かべる。
若き医師には望みがあった。この五年の歳月、常に胸の奥深くで灯り続けていた願いだった。それは常識では決して叶えられぬ願いであったが、何事にも例外はある。その万に一つの可能性に、ジュードは今、巡り会っている。
ジュードは空を振り仰いだ。ニ・アケリア霊山山頂は晴れている。雲一つない、美しい晴天だ。その静謐な空気を胸一杯に吸い込み、彼は今一度、抜き身の小刀を強く握りしめた。
「ただ、僕は」
今、ここに現れて欲しいと思った。だからここにいる。縁あるこの場に立ち、空間を切り裂こうとしている。
ただ僕は。
彼女に会いたい。
ジュードは虚空に向け、思い切り小刀を振るった。
「……?」
「何も起きないぞ?」
男たちが一様に首をひねる。
若き医師は言われた通りに小刀を扱った。何もない虚空にもかかわらず、何かを裂く音と共に一筋の裂け目が出現した。その内側には、明らかに質の異なる暗い空間が見え隠れしている。
「だが空間は開かれた。よし、合図を送れ!」
「了解」
ひげ面が声を荒げる横を、ジュードが足早に通り過ぎる。さっさと小刀を足元に置き、そのまま踵を返していたのである。
研究員たちがエレンピオスへの連絡で色めき立ったため、少女の拘束は既に解かれていた。ひげ面の男が小刀を拾い上げた時、レイアはジュードの腕の中にいた。
「え、ちょ……、ジュ、ジュード?」
戸惑う声で、一気に安堵が襲った。ジュードはしっかりと彼女をかき抱いて、乱れた茶色の髪をなでてやる。
「良かった、間に合って。怪我はない?」
華奢な身をわずかに離し、改めてその無事を確認する。見たところ外傷はない。痛そうにしている素振りもない。
だが、彼女が囚われの身となることは、ジュードにとって予想外だった。完全に一般人のプランや、術に秀でてはいても腕力のないエリーゼならともかく、レイアは武芸を極めている。まさか彼女に限ってそんなこと、あるわけがないと、どこかで高をくくっていた。その慢心が彼女を危険な目に遭わせたのだと、ジュードはわずかに眉を顰める。
そんな彼の苦悶に気付かないレイアは、せわしなく答えた。
「だ、大丈夫。大丈夫だからジュード、そんなに泣きそうな顔しないでよ。あたしはほら、ちゃんと五体満足だから。ね?」
彼女が幼馴染にそう微笑み掛けた時、山頂の方がにわかに騒がしくなった。
「んじゃ先生、こいつはありがたく頂くぜ」
拾い上げた小刀を確かめていた男は、まさに勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。返答する医師も、物騒な場には似つかわしくない、爽やかな笑みを返す。
「ええ、どうぞ。差し上げます」
「ジュード……いいの?」
レイアは思わず確認してしまった。
ミュゼの小刀には空間を切り裂く能力がある。あれを揮い続ければ、精霊界への道を複数開くことが可能だ。そうなったが最後、マナ抽出は無秩序に行われ、精霊界は干からびてしまう。
当代のマクスウェルと交わした約束が反故にされかかっているというのに、ジュードはどこか余裕だった。
「そんなもの使わなくても、ミラが望んでいれば道は出来るよ。逆に、本気でしたくないって思ってるなら、それこそ対策済みのはずだしね」
笑みさえ含んだ青年の言葉で、レイアは納得した。
「あ、そっか。向こうにミュゼいるもんね」
空間を司る精霊ミュゼは、マクスウェルの支配下にある。上下関係の厳しい精霊界のことだから、ミラがミュゼを自分の意のままに操るなど、たやすいことであろう。
「それに小刀を持ってたら、いつミュゼが来るか分からないし」
途端にレイアは渋面になる。
「ああー……それはそうかも」
「でしょ?」
ジュードは過去を思い出して、どことなく遠い目をした。仕える主人を失って狂気の最中にあったミュゼの攻撃は苛烈で、撃退するので精一杯だった。今、あれと同じ事が起きても、再び追い返せる自信はない。
不安の種は早めに除いておくべきだろう、とジュードの思考がやや脱線しかけた時だった。
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