うそつきはどろぼうのはじまり 62 |
耳鳴りがきた。高音が聞こえた、と思った時には既に大音量で鳴り響いていた。
同時に強烈な眩暈を覚え、ジュードは思わず膝をつく。
「ぐ……っ」
「なに、これ……! 頭いた……」
レイアが頭を押さえ、呻く。霊力野が流れ込むマナを処理しきれず、悲鳴を上げているのだ。高熱に浮かされたように、頭が割れる程痛い。
しかしひげ面を始めとする研究者たちは、平然としたままだった。彼らはアルクノアだったのか、とジュードは痛みで鈍る思考で導き出す。元がエレンピオス出身なら、霊力野はない。マナが異常に満ちあふれるような事態でも、動き回れる。
「計測器に反応あり」
機材をいじっていた研究員が声を上げる。
「精霊か?」
「対象不明、特定できず。観測値、尚も上昇中」
天が震える。びりびりと大気を震わせ、鼓膜に届く感覚がうるさいくらい程だ。雷鳴である。晴れの日に相応しい青空に、遠雷が潮騒のように押し寄せつつある。
雲ひとつなかった空に、ぽつんと染みがついた。それは見る見る間に数を増す。どこからか現れた灰色の雲が渦を巻き、たちまちのうちに周囲は暗くなった。
ひげ面の元アルクノアは、足に痺れを覚えた。見ると、生えている草木が小刻みに揺れている。大地が鳴動しているのだ。まるで狼の遠吠えのように、遠くから地響きが伝わってくる。
一体何事と思った刹那、虚空の割れ目が巨大な円と化した。星空のような目映さを持つ円は、やがて厚みを持ち、球体を成した。
ふと上空を見上げると、人がいた。正確には、人の形をした何者かが、薄空色の衣をはためかせ、遙か上空に佇んでいた。よくよく見るとその周囲には四つの光があった。赤、青、黄、緑の四大精霊が舞い降りて、黒球を取り囲む。水球が割れるように霧散した、中から現れたその姿は女の形をしていた。
白い紗を何枚も重ねた衣装。波のようにうねる豊かな黄金色の髪。燦然と輝く紅の瞳。それが今、焔のように熾っている。
「許さんぞ、エレンピオス人ども。我との約束を反故にするなど」
剣呑な気配を隠そうともせず、マクスウェルは続ける。
「言ったはずだ。源黒匣の広まるその時まで、我は人と精霊を見守り続ける、と」
妙齢の女の姿をした何者かは、傲然と言い放つ。
「故に人と精霊に仇成す存在を、私は絶対に許さない。エレンピオスの民よ、このマクスウェルを謀ったこと、身をもって償うがいい!」
だがこの声は、上空のエレンピオス戦艦には届かなかった。いや、確かに聞こえてはいたのだが、技師は聞く耳を持っていなかったのである。
バランは職員の耳打ちに片眉を跳ね上げた。
「合図がきた? 予定よりも早いじゃないか……仕方ない、槍を起動させろ!」
エリーゼは思わず彼に詰め寄った。式の最中だというのに職務を優先する新郎に、腹が立ったわけではない。
「槍を……? 精霊界と繋がっているのに、どうして槍が必要になるんです」
「吸い出したマナの貯蔵庫さ。大丈夫、指向性を増してあるから。君は吸われないよ、エリーゼ」
そういう問題ではない、と花嫁は叫びたかった。
どういう作用が働いたかは分からない。だが世界は、断絶されていたはずの精霊界と再び結ばれてしまった。そうなれば当然、彼女が巻き込まれずに済むはずがない。
「ミラ……!」
エリーゼの危惧した通り、ミラ・マクスウェルは完全に渦中の人となっていた。配下の精霊から耳打ちを聞き、美しい眉を顰める。
「クルスニクの槍か……性懲りもない。同じ手が三度も通用すると思っているのか、馬鹿め」
精霊の主はせせら笑った。
「よかろう、そんなに欲しいのならくれてやろう。いくらでも吸い取るがいいわ!」
マクスウェルが吼える。同時に、すさまじい量のマナが槍へと注ぎ込まれた。
それは、まさに光の束だった。エリーゼが今までに遭遇したものとは比べものにならない。目が眩むほど眩しく、透明度があり、ひどく純度の高いマナだった。
「受容確認、導入開始。不純物は定量下限以下、不検出。原料段階でこの純度とは……抽出は成功です、バラン技師!」
「よし、いいぞいいぞ!」
端末で指示を出すバランは、珍しく興奮気味だ。
耳鳴りのあまり両耳を塞ぐエリーゼの眼前で、槍は唸りを上げて吸引し続ける。クルスニクの槍は、四大精霊又はマクスウェルの保有するマナで稼働可能であった。現行の槍も、同じ仕組みであろう。容量が変わらないにもかかわらず、二倍以上のマナを同じ早さで際限なく吸い込めばどうなるか。
「バラン技師、容器の水準器が妙です。上限を越えているのに、増加し続けています」
「何だって」
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