うそつきはどろぼうのはじまり 66
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触れている部分からは、ただでさえ華奢な体が一瞬にして固くなり、細かく震えているのが伝わっている。彼は、彼女が気にならぬ程度にそれとなく様子を窺った。

花嫁は口に宛がった手を離そうとしない。何とか落ち着いて話そうとはしているのかもしれないが、おそらくは言葉にならないのだろう。何を思い出しているのか、顔はますます青くなっている。アルヴィンの不安は余計に煽られた。

国王はふむ、と何か納得した様子で頷く。

「成程。殺されかかった上に、唯一無二の友を失ったとあれば、怯えるのも無理ない話だ。――ザイラの森に来い。あの協会ならば花嫁を休ませられる」

「分かった」

内心に沸き上った激しい怒りを無理矢理押し込め、男は努めて冷静な口調で言った。

「先達をしておく。彼女を連れての高速移動はできんだろうからな。先に行っているぞ」

颯爽と駆け出した国王の後ろで、飛竜は静かに空を滑り出す。

 

 

 

「沈没した戦艦は四。負傷者多数。死者はなし。……これって、もしかしなくても、あの光のせい?」

飛び交う無線を、元アルクノアの研究員の横で傍受していたジュードは、苦笑と共に立ち上がる。

「ま、そんなところだ。微精霊を活発化させたのは事実だからな」

素っ気無く頷くミラの言葉を混ぜっ返したのはシルフだ。

「どーしてあんなことになったのか分からないって、素直に言やーいいのに」

にやにや笑う風の精霊を、何故かミラは顔を赤くして締め上げていた。

そんな精霊達のいざこざなどどこ吹く風で、ミュゼはジュードに微笑み掛けている。

「これからの人間の歴史書には、クルスニクの槍ではなく、ジュードの懐刀、と表記されるのでしょうね」

「え、そうなの?」

きょとんとレイアが問い返すと、ミュゼはおっとりと頷いた。

話を引き取ったのは炎の精霊である。イフリートは燃え盛る太い腕を組み、おもむろに切り出した。

「二千年前に現れたマクスウェルの槍は、精霊界と人間の世とを繋いだ武器だ。このミュゼの力の片割れのようにな」

「それが長い年月の中で比喩となり、兵器の名となったのです」

ウンディーネが物憂げに言う。人間との架け橋として生み出された道具が、自分達の存在を脅かすものに変貌するとは、何という皮肉だろう。

「そうだったんだ……」

レイアはしんみりと、精霊達に労わりの目を向けた。

「先代の精霊マクスウェルは、ミュゼのような空間を操る能力を持つ精霊を生み出した。その者はクルスニクと接点を持ち、その力を与えた。――その結果がこれだ」

ミラの言葉は痛烈に研究員達を貫いた。彼らはもはや、物言う気力もないらしい。

「だから、これは返すよ。僕達には必要ないものだから」

はい、とジュードはミュゼに小刀を差し出した。ミュゼは深く微笑み、そっと受け取る。

「知っています。貴方達の絆は深い。道などなくても、貴方達は繋がっている」

そうとも、と精霊の主は微笑む。

「言っただろう? 私は人と精霊を、いつまでも見守り続けるとな」

成すべき事、為すべき事。今ここにいる私ができることを、全てやり遂げてみせる。この世界の人間も、精霊界も、守り抜く。

決意を新たにしたミラは立ち上がった。その足は既に宙に浮いている。その立ち振る舞いに出立の色を見て取った医師は、言った。

「戻るんだね」

「ああ。……なあ、ジュード」

「何?」

 

ミラは思う。

共に生きることが幸福ならば、自分は幸福ではないのだろう。

けれどこの人間との間柄は、愛とか伴侶とか、そんな言葉じゃ括れない。始終べったりしていたいと思ったことはないし、ひとつ屋根の下に住もうとしたこともない。

例えるなら、つがいの狼。例えるなら戦友。

目に見えない、しかし何よりも自分たちにとって尊い証。

「できれば……覚えていてくれないか。私という存在が、この世界で生きていたことを」

「覚えてるよ」

ジュードは自信に満ちた笑みと、強く輝く双眸を精霊の主に向ける。

 

説明
3/18春コミ ガ30b「東方エデン」にて「うそつきはどろぼうのはじまり」\600頒布予定。
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