マリア様がみてるSS 親しければこそ
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親しければこそ

 

 

 初夏のある日の放課後。

 新年度から同じクラスになった由乃さんと揃って薔薇の館へ向かった。

「あら、一番乗りだわ」

 由乃さんの言う通り二階の部屋に入ると誰も居なかった。どうしようかと考えて、せっかくだから人が来ないうちに簡単に掃除をしようとなった。

 その掃除もあらかた終わった頃、布巾でテーブルを拭いている由乃さんの姿をふと見たとき、私は彼女の体のある変化に気づいた。

「ねぇ由乃さん」

「ん?なに祐巳さん?」

 手を止めて、こちらを向く由乃さん。

「由乃さんの胸、前より大きくなっていない?」

「胸?」

 服の上からでも分かる膨らみ。密かに、志摩子さんには敵わないけど、由乃さんとならいい勝負なんて思っていたのに。

 指摘された由乃さんはあらためて自分の胸を見つめ、首をかしげた。

「大きくなってるかな?」

「なってるよ」

「ふむ、そういえば最近、下着がきついような」

 どうやら自覚がなかったらしい。由乃さん、胸のサイズとか気にしないのだろうか。

「胸が大きくなる秘訣は?」

「んー、手術してから食欲が増えちゃって、それでご飯をたくさん食べるようになったからかな?」

「それなら私もしっかり食べてるんだけどな」

 そう言いながら自分の胸を改めて見ると、はぁ、と思わずため息が出てしまった。なんて慎ましいのだろう。

「祐巳さん、そんなの個性よ個性。気にしなさんな」

 はっはっは、と私の肩をぽんぽん叩きながら言う由乃さん。

 と、その時、部屋のドアが開いた。やってきたのは白薔薇さま、志摩子さんだった。

「ごきげんよう。遅くなってごめんなさい」

 志摩子さんは今日も変わらず、とびきり柔らかな笑顔。スラリと高い身長、ウェーブの掛かった髪、端正に整った顔、何をとっても美しくて一体どこを見て良いやら。しかし今日はある一点だけに注目してしまう。さっきまで胸のサイズの話をしていたこともあって、つい志摩子さんのそのあたりを凝視してしまうのだ。無論、私たちなんか比べるまでもなく、大きい。

「な、なに?」

 挨拶も返さずに、じっとこちらを見る二人を不審がって志摩子さんは身構えた。

「ま、個性よ個性」

 由乃さんの言葉はさっきと全く同じだけど、今度はちょっと負け惜しみが入ってる。

「ねぇ、なに、個性って?」

 一方の志摩子さんは何のことだか分からず、ねぇねぇと聞いてくる。

「胸のサイズの話をしていたんだよ」

 私が答えると、志摩子さんは一瞬考えてから、

「あぁ」

 なんだ、そんなことか、とうなずく。志摩子さん、胸のサイズで悩んだことなんて無いだろうなー。

「胸のサイズって、服の上からでも分かるの?」

 椅子に腰をかけながら、不思議そうに尋ねる志摩子さん。

「分かるわよ」

「もちろんもちろん」

 私と由乃さん揃ってうなずく。志摩子さんぐらいの大きさなら、いくら大人しいリリアンの制服だって隠しおおせるものではない。

 ははぁ、と深く感心している志摩子さんに向かって由乃さんはさらに続けた。

「私に至っては志摩子さんの下着の色まで分かっちゃうわよ」

「えぇっ!」

 目を丸くして驚く志摩子さん。由乃さんは名探偵の解決編よろしく、すまし顔でピンと人差し指を立てて言った。

「ズバリ白」

「すごい!」

 どうやらピタリ的中だったらしい。さらに驚く志摩子さん。

「どうして分かるの?」

「志摩子さんと長く付き合ってきたから。親しい仲だからこそ分かってしまうのだなー」

「へぇ……親しい仲だから……」

 志摩子さんは不思議がっているけれど、清純の二文字がぴったりの志摩子さんのこと、下着の色なら誰もが白だと想像してしまうだろう。いやしかし、もし何か過激な色だったりしたらギャップがあってそれはまた……。

 なんて下世話なことを考えていると、また部屋のドアが開いた。

「遅くなって申し訳ありません」

 入ってきたのは志摩子さんの妹、乃梨子ちゃんだった。

 掃除か日直かで遅くなって、それでも少しでも早くと走って来たのだろうか、肩で息をしながら入ってきた。真面目だなぁ、乃梨子ちゃん。

 そんな健気な妹の様子を、姉の志摩子さんは、黙して真剣な眼差しでじっと見つめていた。

「な、なんですかお姉さま」

 いつもと違う志摩子さんの雰囲気を感じて、たじろぐ乃梨子ちゃん。その様子を見てすかさず由乃さんが言った。

「志摩子さん、乃梨子ちゃんの下着の色を想像しているのね」

「えっ!あっ、いや、その……」

 顔を真っ赤にしながら慌てて取り繕おうとする志摩子さん。

 一方、愛する姉が困っている様子を見て、正義感の強い妹は黙ってはいられなかった。

「何てことを言うんですか!」

 部屋に響く大喝。

「お姉さまがそんな下品な想像をするわけないじゃないですか!て言うか由乃さま、いい加減なことを言ってるとセクハラで訴えますよ!」

 志摩子さんのためには先輩後輩関係なし、怒りを全面に出してまくし立てる乃梨子ちゃん。

「な、なんですってー?!それが上級生に対する物の言い方なの?!」

 対する由乃さんは、敵意剥き出しの言葉を浴びせられて逆ギレ。さすが山百合会のビーストだ。

「お、落ち着いて二人とも」

 睨み合う二人をなんとか仲裁しようとする志摩子さん。

「なぜですか、あっちが悪いのに」

「なにおー!」

 息巻く両者。こうなってはもう手の付けようがない。

「いいです、ならば新聞部にセクハラ上司がいるって告発してやります!」

 と、啖呵を切った乃梨子ちゃん。その言葉に由乃さんの目がキラリと鋭く光った。

「いいのかしら?そんな事したら、志摩子さんが苦しむことになるのよ。だって下着の色を想像していたのは事実なのだから!」

「まだ言いますか!ばかばかしい!お姉さま、そんな事はないと仰ってください!」

 挑発に乗ってしまった乃梨子ちゃんは、志摩子さんにずいと詰め寄る。それに対して志摩子さんは、おろおろとし、顔を赤らめて、うつむきがながら言った。

「あの、えっと……本当です」

「えぇっ?!」

 よもやの答えに乃梨子ちゃんは驚愕した。

「セクハラ上司でごめんなさい」

 うつむいたまま、申し訳なさそうに小さな声で謝る志摩子さん。

「え、あ、いや、志摩子さんならいいんだよ」

 訳が分からず、とりあえずフォローする乃梨子ちゃん。

「いえ、私が下品だからいけないの」

「いや下品っていうのはそういうのじゃなくって……」

 平謝りの志摩子さんにわたわたと慌てる乃梨子ちゃん。気付けばいつもの相思相愛白薔薇オーラに包まれた二人だけの世界が出来上がっていた。

 一方、突然ほったらかしにされた由乃さんは、

「なんなのよ、まったく」

 と、ふてくされながら白薔薇姉妹の様子を見ている。そしてふと、私にだけ聞こえるように小さくつぶやいた。

「乃梨子ちゃんもやっぱり白かしらね」

 おーい、真美さーん!ここにセクハラ上司がいまーす!

 

 

おしまい。

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志摩子さんならいいんだよ
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