ISジャーナリスト戦記 CHAPTER02 学生考察 |
ISが公に認識される原因となった『白騎士事件』から僅かに2ヶ月。世界中が混乱している中で年末を迎えることになった国民は政府のISへの対応を固唾を呑んで見守っていた。
何しろ、ISはどう足掻いても女性しか乗ることができない現存の兵器を上回る性能を秘めたパワードスーツである。その中核を成すISのコアの振り分けは国際会議を一触即発ギリギリの状況にまで追い込んでしまった。さらにそこで国際条約(IS運用協定)まで定められたのだから、緊張以外の状態に陥ることなど到底出来やしない。
かの経済大国は責任を開発者が国籍を置いている日本に丸投げし、ろくに専門機関の設立費用を負担することなく国土防衛の為だと言って他国よりも比較的多くのコアを手中に収めた。これに対し日本国内のみならず各国では反論の渦が一時巻き起こることになるも決まってしまった事をそう簡単に覆すことができず、泣く泣く日本は他国から微々たる支援を受けながらも『国立IS学園』という代表候補生並びにISの技術者の育成を目的とした教育機関の設立に着手することになる。
そんな激動の時代を迎えてしまった中で睦月灯夜という男は学生という身分でありながらも、頼ることのできる人脈を駆使してしきりに情報収集を行なっていた。何を隠そう、彼は白騎士事件後にサークルの顧問から直々に課題を申し渡されたのだ。その内容はズバリ『ISに対する考察』。無論、彼だけに課された訳ではないがサークル仲間と合同でやってはいけないということで彼は中学・高校時代の恩師や友人から必要なことを聞き出し続けていた。発表のギリギリの時間帯まで灯夜は携帯を離さず連絡を取り、ルーズリーフへと書き記していく。
「・・・ええ、そうですね。本当に困ったものですよ・・・では、お忙しい中でお時間を頂きありがとうございました。それでは失礼致します・・・はい」
最後まで残っていた聞き込みの相手から話を聞いた後、灯夜はそっと溜息をついて机に伏した。首をわずかに傾けて垣間見える時計の針はもうすぐお昼であることを示している。このまま立ち上がって学生食堂へと向かってもいいが、どうもそこまでして昼食にありつきたいという思いはわかなかった。仕方なしにバックを手繰り寄せてファスナーをずらすとチーズ味のカロリーメイトが現れる。袋を破って一つを口に加えると今まで書き記したレポートを改めて読み返してみた。
「(・・・・・・正直、自分で満足できる内容ではないな)」
他者にはどう受け取られるかは不明だが、個人的に論文の出来は良くないと考えていた。何故ならば、ほぼISに対する文句のような内容だからだ。なるべく偏らないように書こうと思ったわけだがISが登場して良かったことなどメリットになる点が調べた結果あまりにも見つからなかったのだ。当然の結果で強いて言えばデメリットオンリーとも言える論文が完成してしまったわけである。
本当にこのまま提出して発表していいものだろうかと唸っていると、後ろから手が伸びてきて目の前にあった論文を俺の手から奪い取った。細い女性の手だった。
「ほほう、上手にまとめられているじゃないか灯夜」
「小野塚先輩じゃないですか・・・先輩の方はどうなんです、四季先輩と合同でさぞかし楽だったでしょうに」
うすら笑いに皮肉を込めてそう言うと彼女は大笑いして俺の肩を叩いてきた。
「その通りだよ」
「・・・うわ〜、ムカツクわ〜」
親指を上に突き立ててサムズアップする小野塚先輩。彼女の満面の笑みは何となく今はうざく感じられた。例えて言うならゆっくり小町。
「ま、楽っていっても何時もよりはハードだったな。あたしと四季さんの分担は今回五分五分だったし」
「そりゃ珍しいですね。大体は3:7か4:6と明らかに負担が少なかったっていうのに」
「事情が事情だからな。紅白だっておちおち見ている暇もなかったよ」
ISのせいでのんびりと年末年始を過ごすことなど無理な話か。自分も年の始めに観る新春スペシャルの番組を観ることができなかった。録画しても大体話題をISに振るから観てもあまり面白くはなかったし。
論文を一先ず返してもらい厳重にバックにしまうと、寝不足を和らげるために全員が揃うまでの間暫し仮眠をとることにした。
〜青年仮眠中〜
「―――ですから、今後は女性の社会進出が今までよりも活発になって行き発言力を増していくと私達は考えます」
「これで発表を終わります、ご清聴ありがとうございました」
四季先輩と小野塚先輩がトップバッターとしてレポートを発表する前に顧問の稗田阿求教授にそれはもう優しく揺すられて起された俺は二人の発表を聞くのと並行して自身の発表の準備へと取り掛かっていた。何しろ、まとめ上げた情報量が半端ではない。情報学部なんだからありったけわかる範囲で調査してきてくれと頼まれたのだ。おかげでどれだけ無茶をしたか・・・
質問事項が特にないということでそのまま自分の番になると、促さるれるように深く腰掛けていた椅子から立ち上がり壇上へと登る。長話になるのを覚悟の上で口に限界まで水分を含み飲み干し万全の状態を整えると静かに俺は口を開いて言った。
「俺が今回調べたのは大きく分けて二つです。一つ目は『白騎士事件とIS』、二つ目は『ISが今後社会に齎すであろう影響について』です。まずは順を追って説明していきましょう」
IS<インフィニット・ストラトス>は知っての通り、女性のみしか乗ることができない宇宙開発を想定して作られたマルチフォーム・スーツ。実は白騎士事件以前に発表されていたものの、開発者の若さもあったことから中二病の抜けきれない若者の戯言として受け取られたのか特に注目されなかったという経緯を持っていたりする。事件後には現存の兵器を軽くあしらったほどの性能を見せたことから、宇宙開発用としてでなく飛行用のパワード・スーツとして軍事転用が始まった。
「コアが今後どれだけ開発され振り分けられるかは依然として不明ですが、それよりも注目していただきたい点がいくつかあります」
まず、宇宙開発を目的として開発されたという点。この点を2か月前の『白騎士事件』を踏まえて考え直してみると矛盾するところがある。もし、本当に宇宙空間での活動を目的として造ったのなら『白騎士事件』のような方法ではなくてもインパクトを与える方法がいくらでもあったのではないだろうか。
「・・・というと?」
「宇宙空間での活動が目的だと言うのならば、実際に宇宙に行って衛星や宇宙ステーションの映像に映り込んでやればいいんです。どうせなら、思い切って月から放送をジャックしてアピールしたっていいでしょう」
「確かにそう言われればそうかもしれませんが・・・まだ開発途中で今のように空を飛行することしか出来ないから『白騎士事件』のような形で公開されたのではないでしょうか?」
阿求先生のような答えが出されるのは想定済みだ。しかし、その解答にはさらに大きな問題があるのである。(課題の通知時に白騎士事件の起こった経緯について皆で考察した結果、事件は篠ノ之束によって引き起こされたと仮定済み)
「では、開発途中であるのならば普通完成させてから発表するのが筋ではないでしょうか。IS開発者である篠ノ之束はまだ20代にも満たない、高校を卒業して漸く大学生になったばかりですよ。時間を積み重ねて開発を進めていけば、発表は遅れようとも宇宙開発が最初から可能な完成品が出来ていたはずです」
「なるほどね・・・目的から見たらISは未完成状態。本当に目的通りの使用を目指すのならばまだ公に披露する必要はなかったはず・・・・・・」
「・・・白騎士事件はやり方と起こす年を遅らせるべきだったというわけか」
「急激な変化はかえって、混乱しか生まないのに・・・何を考えているのかしらね」
起きてしまった『白騎士事件』は世界に「ISが現存の兵器では太刀打ち出来ない性能を秘めたパワード・スーツ」であると印象づけてしまった。ここから宇宙開発用に開発を進めていくことなどもはや困難に等しく、誰も行おうとはしないだろう。
「目的通り造られていたのなら、人類が地球外で生活することだって夢じゃなかったはずです。・・・それと、聞き込み回った科学者達は皆口を揃えて言いましたよ『篠ノ之束の技術力は認めるが、科学者として彼女は最低だ』とね」
科学者がまず何かを発明した際に気を付けなければならないのは社会に与えてしまう影響についてだ。かつてかの悪魔の兵器が開発された際にその開発に携わった科学者は生み出してしまったことを後悔していたという。その後、使われてしまって以来、科学者達は自身の発明が果たして人間を幸福にするか不幸にするか大いに悩んだ。
「もし、不老不死の薬を作り出してしまった科学者がいるとしましょう。科学者はそのまま発表してしまえば世界中はその薬を求めて激しい争いを始めることになります、みんなの夢ですからね。しかし、その科学者が発表しなければ外に漏れることがない限り争いは起こったりしません。今の科学者はそれを理解しているから良い影響を社会に与える研究しかしていないんですよ」
「考えなしに見せびらかすのは子供、そう言いたいわけね灯夜君は」
「実際、篠ノ之束は社会不適合者だったようですから。必要以上に他人に関わらない、自分の気に入った人間としか会話を成立させないんじゃ我儘な子供と同じですよ」
彼女の近所の人(織斑以外)に密かに聞き込みを行なったところ、昔から態度が悪かったようだ。しまいには話しかけた相手に暴言を吐き出すこともあったそうな。何かもう、救いようがないとしか言いようがなかった。
「―――さて、次は社会に与える影響についてですね。これは先輩方が先程述べた内容と一致しますが女性の社会進出は過激になっていくことでしょう」
これまで後方にいた軍の女性達はISを用いて前線に介入するようになるというのは確定事項だ。足りない分は募集をかけることだってありえる。政治に関しても今まで男だらけだった状態から女性の割合が増えていくはずである。しかし、それ以外にも問題を抱えている現場が存在していた。
「ISは社会全体に影響を及ぼす・・・特に教育が危ないと俺は踏んでいます」
「例のIS学園の話か?」
「ええ、あの装着者と技術者を目的として設立予定の国立の女子高の事です。この存在のせいで教育社会に大きな被害を被ることになるんですよ」
アラスカ条約では軍事利用の他にIS版のオリンピック・・・通称『モンド・グロッソ』なるものを企画しており、ISを競技化するという内容が含まれている。これにより基本的にIS学園はその代表選手を育成する施設になるわけであり、代表に選ばれた人物はほぼ未来を保証されているのだが、その代表となる人物以外は話が違う。通常の学生のような就職は出来ないので、必ずと言ってもいいほどIS関連の企業または軍の部隊に身を置くことになる。それが意味するところは・・・・・・
「競技に使うならまだしも、軍で使われるのならISは時に人を殺す兵器となるんだよ。その現場の当事者もしくはそのISの開発者として教え子が身を置いていたら・・・慧音、君ならどう思う」
「それは・・・」
競技でも問題が起こらないとは言い切れない。事故で命を落としてしまうことだってあるのだ。死なせる為に教育者は生徒を育てているのではない。
「条約だって絶対じゃないんだ。秘密裏に条約のラインを超えた軍事利用を企んでいる国だってあるかもしれないし、そもそも守らない組織だってこの先出現する恐れだってある」
一番怖いのはISの存在によって生み出されたテロリストへ生徒が加わってしまうことである。そこでは法など関係なしに非合法の外道な手が日常的に行われていて、各国で研究されているISを強奪するなどの犯罪が行われるに違いない。一度法が破られれば次々と周りが連鎖してやらかすこともあるだろう。
「・・・・・・私はどうすればいいんだ」
「この先、慧音は母親が学園長の上白沢学園に就職する予定なんだろう。小学校から高校までの」
「ああ、あくまでも予定だけど・・・」
「なら、君はそこで一人でもISに対して正しい認識ができる人間を育てればいいと俺は思う。女尊男卑の社会になってしまうこれからの中で常識人は貴重な存在になるからな」
「灯夜君はどうするつもりなんですか。やはり、今まで通りにジャーナリストを目指していくつもりなの?」
四季先輩の言葉で『白騎士事件』で自身が取った宣戦布告とも言える行為がよみがえる。あの日から自身の思いは変わらないままであることが改めて理解できた。だから、面を向かって俺はこう言える。
「―――普通にジャーナリストしてもそれは他のジャーナリストが出来ることです。・・・だから、俺はISを追い続けるジャーナリストになろうと思っていますよ」
関わった以上、逃げることなど許されない。俺は俺自身の意志でISと向き合い、そして戦うと決めたのだから。
このまま社会を女尊男卑の社会の波に飲み込ませはしないと拳を握り締め、灯夜は強く誓った。
???side
『―――インフィニット・ストラトス・・・≪無限の空≫か』
暗闇ばかりで人の気配が感じられないとある研究施設の一室。そこでは巨大な液晶パネルが上や下へと文字を流して行き静かに点滅をしていた。見るからにAI的存在なのがよくわかった。
「・・・馬鹿な話よね、まったく。世界が一人の天災の手中で踊らされているなんて」
機材が散乱しているその部屋の中に一人、画面から発せられた声に不満そうに受け答えた女性が入ってきた。彼女の手には珈琲が注がれており、どうやらそれを飲みたいがために部屋を離れていたようだった。時間帯を気にしてか彼女は暗室に僅かに明かりを灯す。
『彼女が君のように自重してくれればよかったんだが・・・・・・まあ、無理な話だよ』
「あら、私は自重なんてした覚えはないけれど?勘違いじゃないかしら」
『・・・少なくとも君は発明したモノが与える影響というものを理解して発表を避けているだろう。それが彼女以上のモノであってもだ』
天才は決して一人ではない。世界を変えてしまう天才がいるのならば、変えてしまわない天才だっているのだ。かの篠ノ之束と互角に戦えると目の前のAIにそう言われた彼女は小さく溜息をついて呟いた。
「過度な期待はよして頂戴。私はサポートが万全だからこそ完璧でいられるの・・・あの天災と1対1で戦えると思わないで」
『わかっているさ・・・その為に私がいて、そして『I.O.S.計画』があるのだから』
『ISに抗いし者』は人知れず動き出す。彼女達が彼と出会う日はまだ訪れることはない。されど、運命は複雑に絡み合い邂逅の時を創り出す。
全ては誰もが真に望む≪理想郷≫のために・・・
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