ISジャーナリスト戦記 CHAPTER03 基盤構築
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―――白騎士事件から4年後

 

 

・・・あれから4年という歳月が流れ俺は今、一人のジャーナリストとして生前と同じくペンとカメラを握っている。

就職先は新しくIS関係の雑誌を始める為に募集をかけていたそこそこの中規模出版社で、白騎士事件後に個人的にまとめた資料(例の写真は勿論伏せた)を見せたところ痛く気に入ってもらえた。流石に就職してすぐは他者との関係もあって僅かなページしか貰うことができなかったが、IS自体の問題ではなくISが影響を及ぼした社会の問題に関する記事が徐々に読者に評価されていった結果、頻繁に特集記事を組ませて貰うことができるようになった。

それにつれて職場の同僚達ともISについて談義を重ねるようになり、少なくとも俺の周りにいる親しい人間はISの普及した社会に流されるまま生きることに疑問を感じるようにはなっていた。だが、ここで些か問題が生じてしまった。残念ながら俺の考えに賛同する者もいれば賛同しない者もいたのである。その全てが女性であったことは言うまでもなく、彼女らの言い分は「せっかく、女性が優遇される社会になったのに何ぶち壊すような記事を書いていやがるんだ」とのこと。受け入れられる人間も入れば受け入れられない人間もいることも承知していたが、彼女らの執拗なまでの嫌がらせは日に日にその過激さを増していった。小学生がするような悪戯(例えば、靴に画鋲)から度が過ぎて一歩間違えば命さえ脅かすことになる行為(例えば、コーヒーに下剤を入れたりと)の被害はもはや俺個人の問題ではなく周りの人間にとっての問題でもあったのだ。

仕方なく上司に問題解決の為に頭を下げて相談した俺は、話を切り出して早々に他社でも似たような状況に置かれている担当者たちがいると教えられ、付け加えて急に独立してみないかとも切り出された。何でも他社それも大規模出版社のIS雑誌の編集長を務めていた人間が有志を募って仲間を集めているという。その場で俺一人の意見で返答することは無理であったので、急遽同僚に飲み会を呼びかけつつその話について深く考えることにした。

予め編集長の素性を優先して明らかにしたわけだが、一言で言えばその編集長は「内なる闘志を秘めた、執事の鑑」みたいな人物であった。波長的に自分達と近い精神を持っていると予想した俺はメンバーを代表して直々に接触を試み会ってみると、思いがけない言葉を口に出された。

 

『会える日を心待ちにしていた』、と・・・・・・

 

自分が記事を書き始める前から他社の雑誌を収集していたらしい彼は、この無理矢理変革された混沌の世界で荒波に飲まれずにISに対して冷静に記事を書き続けている人間を探しながら己も戦い続けていたという。しかし、不運にもそれに反発し自分の会社と同じく嫌がらせを仕出かす輩の出現があったのだ。それにより部下のやる気が削がれるのを危惧した彼はこのまま受け入れようとしてくれない人間がいる会社の中で仕事を続けたらいつか埋もれてしまうと考えた。そこで思いついたのが有志による新しい出版社の設立と新雑誌の発行であったのだ。

俺の記事から自分以外にもISが生み出した世界に反発する人間がいると確信できた彼は嘘偽りのない笑顔で迷わず手を差しのべてきた。それに対し自分は握り返さないわけにもいかず、結果的に俺は3年足らずで就職した出版社から離れ、新たな職場に身を置くことになった。

 

 

 

 

 

・・・まあ、そんなわけで改めてジャーナリストととして再スタートした俺ではあったのだが、はっきり言って今現在大変ピンチな状態にある。それは―――

 

「・・・・・・むーやん、さっさと人手をどうにかしねぇとこの先誰か脱落した時ヤバイぞ」

「わかってますよ、鷹さん・・・今いい考えがないか考えつつ記事書いてるんですから」

前の出版社からの付き合いである鷹代翔たかしろしょう、通称:鷹さんに人手不足の解決を促されつながら来月号の特集の原稿をパソコンに打ち込んでいた灯夜は溜息混じりに返答し、なおかつ頭の半分では真剣に悩みこんでいた。

季節は冬真っ只中であり、各地では例年通りインフルエンザが猛威を振るって流行している。今月号までは何とか社員全員が風邪や病気で脱落せずにいたのでギリギリの状態ではあるものの刊行を続けられたわけであるが、この先誰かが感染して連鎖的に休むメンバーが増えると一人が抱える仕事量が想像もつかないくらいに激増してしまう。売れない雑誌なら予定を変更して来月は休刊しますと言っても文句は出ないだろうが、うちはこんな世の中でも売れている方には入っているためにそんな雑誌編集できなかったから休むなんてこと出来やしない。

「てか、よく考えたら美咲さん4月に結婚するとかで出勤が不安定になるとか言ってましたよね。そうなると記事担当が・・・」

「そーそー、この会社の紅一点でオレら記事係のメンバーの一人がいずれにせよこの先欠けることになるんだよ。まあ、本気出せばオレ達だけでもその穴は埋められるかもしれねぇが手伝いの一人や二人は必要になってくるぜ」

確かにその通りだ。記事のネタはストックしているものから選んだりすればある程度はまかなえるが、最低でもそれを補助する人材が欲しいものだ。可能ならば記事を書くのを手伝うことができるとさらに嬉しい。兎に角、今は注文ばかり突きつけても意味がないので一先ず記事作成を中断し新たにソフトをデスクトップ上に開く。

「仕方ないですね・・・他の部署に頭下げるのもアレですし、バイトを雇うことで妥協しましょう」

「別にいいけどよぉ、宛はあんのか?」

「母校や以前進学状況云々で取材した学校なら大丈夫かと。・・・ただし条件として男性は対象外ですけどね」

これ以上男手が増えたらこの先逆にトラブルが発生する恐れがある。女性がいない職場になってしまえば世間には「社会に適応しきれない馬鹿な男共」と、悪い印象を持たれるかもしれないからだ。故にこの募集は女性であることが第一条件だと設定した。他にも条件を追加してかつての出版社の二の舞にならないよう気を付けつつ内容を入力する。

完全に賭けであり確実性のない方法ではあるが、心の何処かで灯夜はこの募集に申し込んでくれる人間がいると信じていた。

 

 

 

 

 

 

―――そして、募集の掲示から2週間が経過した頃・・・一人の少女の目に問題のそれが目に止まる。

「おお、これはこれは・・・・・・」

学生らしい新聞作りに若干の飽きが来ていた新聞部に所属する紅葉色のカーディガンを着込んだ彼女は、ふと何気なく見つけたそのバイトの内容を見て笑みを浮かべた。

「金銭にも最近困っていたことですし、自分の得意分野を心置きなく発揮できるこの仕事・・・・・・実にいいじゃないですか!!」

しかもだ、募集をかけているのは以前に自分の通うこの学校に取材に来ていた何かと話題のIS関連の専門雑誌を出版する会社である。元々、ISは乗ってみたいとかではなくネタとして興味があった彼女にとってはうってつけの最高の場所であった。

「・・・募集は無難に3人、条件が条件ですし私みたいのでないとそうそう応募なんてしませんよね。様子を見てから二人にも声をかけてみましょうか」

少女には頼れるライバル的相棒と雑務が得意な優秀な後輩がいた。その二人も巻き込めば今以上の事がきっと出来るに違いない。部活の備品の補充があった彼女は企むような薄ら笑いで鼻を鳴らすと降り積もった雪の上を軽々と駆け抜けコンビニへと走って行った。

 

 

 

 

 

 

〜少女履歴書作成中〜

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あー、しんどかったしんどかった」

厚着とカイロその他諸々よる重装備でその日幾つかの中学校へ取材をしに廻ってきた灯夜は、肩に積もった雪を払い犬が水浴びをした後のように身を震わせると会社の入口の中へ進み、彼を息苦しくさせていた風邪対策のマスクをむしり取ってゴミ箱へと捨てる。帰る途中で買ったまだ少しだけ温かさを残す紅茶を飲んで口内を癒した彼は冬用にと買い揃えたスリッパを履き、自分のデスクがある室内へと向かった。

「手袋つけても手が冷えるってもうどんなだよ・・・ストーブだけで回復できるかねホント」

寒さを受けたことと今回の取材による収穫が釣り合ったからまだしも、これでもし収穫が少なかったらいっちょ暴れてやろうかと思うぐらい外は寒かった。ここのところ同じような天気が続いているようなので、バイトの募集も上手くいっているかどうかもかなり不安である。やはり時期が時期であったのか。

静電気に気を付けてドアノブを捻り、部屋の中で仕事中の皆に簡単に挨拶して椅子の腰掛けた俺は引き出しに取材の資料をしまい込むと暖をとるべく急ぎ足で備え付けのストーブの前へと座り込んだ。

「生き返る〜・・・」

のほほんとした表情になって灯夜は主にこの後の仕事で必要とする手を重点的に温めていると眼鏡をかけた女性が後ろから声をかけてきた。

「あ、睦月君お帰り!外は・・・言うまでもなく寒かったみたいね」

「ども、お疲れ様です美咲さん。いやー、本当に参りました。こんな極寒の中で取材だなんて、殺す気満々かよって感じでしたよ」

彼女は同じ部署の、結婚を4月に控えているという鬼束美咲おにづかみさきさんだ。彼女は別の会社から集まった仲間であり、数少ない女性の立場でISに対し批評をしている人間で良く俺と意見交換する友人のような間柄である。この会社がただの男の集まりとして見られていないのは彼女のおかげなのだ。

「けれど仕事はちゃんとこなしてきたんでしょう?」

「そりゃ当然やってきましたって、重要な案件でしたから。・・・・・・ところで、秋山さんは今何処に?」

この会社のボスたる、編集長兼社長の秋山真司あきやましんじは俺をこの会社に導いてくれた本人であり今の俺の最大の理解者だ。いつもなら定位置のデスクで何かしら作業をしているはずなのだが、辺りを見回しても姿が見受けられない。今は休憩にでも出ているのだろうか?

「応接室よ。ほら、貴方がバイト募集を申請した件でね、面接しに来た子が居るの」

「―――なっ!?」

てっきり、予想に反して残念ながら来ないかと思っていたのにこんな寒い中わざわざ来てくれた人間がいるというのだ、驚かないわけがなかった。

灯夜はしゃがんでいた体勢からすぐさま立ち上がると、一陣の風が吹くようにデスクの間を駆け抜けて行き応接室のドアへと近づいた。その時だった―――――ドアが内側から開かれたのは。

 

「・・・おっ、灯夜君ちょうど良い所で帰ってきたみたいだね」

「秋山さん!!バイトの面接に来たって子が居るって聞きましたけど、その子は―――――」

「そう焦らなくてもいい。君がいない中で始めてしまったが特に何事も問題はなかったよ。今はこれから社内を見て回ってもらおうとしていたんだが・・・それよりも君と会わせるのを優先したほうが良さそうだ」

秋山の言葉に答えるようにして再びドアが開かれる。息を呑んで待ち構えた灯夜の緊張を余所にごく自然に開かれたその扉からは、ベージュのコートを紺のブレザーの上に着込んだと思われる服装の、紅葉の形をしたストラップが付いているカバンを持った少女がひょこっと現れた。

「あやややや、貴方は確か以前学校に取材に来ていたジャーナリストさんじゃないですか!」

容姿だけでは一瞬よくわからなかった目の前にいる少女の正体が、次に飛び出した言葉ではっきりとした。彼女の名は『射命丸文』、生前好きだった東方キャラの一人で好奇心旺盛な新聞屋の天狗その人だった。しかし、彼女は『彼女』ではない。どう見ても彼女はこの世界の一人の人間、『彼女』に似ているからといって過度な期待はしてはいけなかった。

一先ず、名刺を渡して名前の交換を行いその場を取り繕った灯夜は秋山にそっと耳打ちして面接した状況を把握することにした。

「(で、秋山さんから見て彼女はどうなんでしょうか。この会社でやっていけると思いますか?)」

「(学生ならではの未熟さは多少なりともあるが才能は十分ある。磨けば光るものを持っているよ射命丸君は)」

「(ということは・・・採用するおつもりで?)」

「(・・・私はそうしたいつもりだが、最終的な判断は君次第だよ。)」

ここで不採用としてこの先変わりの人材がいるかと聞かれればいると自信をもって答えることはできない。人員不足は何としても解決したいが冷静に相手を見極めて採用しなければ元も子もなってしまう。時間も押している以上自分が改めて同じ質問をするのも変なので重要な点を吟味しまとめあげると、たった一つだけ彼女に質問をぶつけることにした。

 

 

「射命丸君、一応俺が採用・不採用を決めることになるんだけれど最後に一つだけ聞いてもいいかな」

「あ、はい、良いですよ」

「じゃあ、難しいけれど率直に答えて欲しい。君にとって『ジャーナリストが持つべきモノ』って何だと思う?」

案外普通に感じられるその質問を聞いた彼女は一瞬きょとんとした後、全く時間をかけずにこう切り返した。

「取材対象へ密着する粘り強い精神・・・とかですか?」

その間違ってはいない答えに対し、俺は笑顔で答える。

「それもある。けど、一番持つべきモノっていうのはね―――『社会を相手にする覚悟』だよ」

自分達が作る記事によって社会は時に良い方にも悪い方にも傾くことがある。受け入れられれば儲けものだが受け入れられなければそれに対する避難の嵐は半端ではない。

「ISが生み出してしまった女尊男卑の社会に挑んでいる俺達は、ISだけじゃなくISの影響を受けた点を詳しく調べている。良くなった点がないわけではないが悪化した点の方が調べていくと圧倒的にあるんだ」

アニメ業界も危うくISの波の飲まれそうになり低迷しかけた事がある(ISの最強を印象づけるようなモノばかりで)。その際に大々的にそれは子供への洗脳と同意義だとして特集記事を書き、試行錯誤の末に何とか元の状態に回復させることはできたのだがこの時は運が良かったとしか言いようがなかった。

「そいつを暴いていく以上、IS中心の社会からすれば俺らは敵だ。同時に社会は俺たちにとっても敵だ。そんな状況の中に君は身を投じる覚悟があるか?」

「そうですね・・・ベテランの皆さんと比べたらまだまだ甘ちょろいですけど、社会に喧嘩を売る覚悟なら私にだってあります」

お互い目と目をしっかり合わせ、真剣な表情で見つめ合う二人。その中で灯夜は視線のみで彼女に問うた。『ついて来れるか』、と。それに対し彼女は『臨むところです』と不敵な笑みで返答した。

暫しのほんの少しの間だけ押し黙った灯夜は前髪を左手で軽く掻き大きく息を吐く。そして最終的な答えを彼女へと伝えることにした。

 

 

「よし、採用」

「あややややや!?即決ですか!?」

「うん。第一、秋山さんが推薦しているのなら文句はないし、今のはアレだ・・・覚悟というか、ジャーナリストとしての意気込みをちゃんと確認したかっただけだ」

生半可な気持ちでやられたら困るのがこの業界。優秀な人材なのはわかるが実際に本心を確認しておかなければこの先一緒に仕事なんてしていけない。

「研修期間も2ヶ月ほど設けるからその間に本場の記事制作の技術を少しでもモノにしてくれよ?」

「了解しました!この射命丸文、全身全霊を持って貴方の技術ワザを盗まさせていただきます!!」

 

両者の間で硬い握手が交わされる。こうして灯夜が属するRJリアルジャーナル社に新たな仲間が加わることとなった。

その時の光景は外の寒さに負けないぐらい熱気に溢れていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――てなことがありまして文先輩、今度からアルバイトを始めることになったそうですよ」

「何だって、それは本当かい!?」

 

余談ではあるが、文とライバル関係にあった少女が後輩を巻き込んで追うようにして面接に来たりした。無論、同じようなテストを受けてもらった上で採用させては貰ったが。

何はともあれ、第二回モンド・グロッソ大会に向けての取材サポートチームの編成が完了した。

そして季節は冬から春へと移り変わり、新たなる始まりを告げる。

説明
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