ISジャーナリスト戦記 CHAPTER04 亡霊暗躍
[全1ページ]

―――九月中旬

暑さが僅かに残る程度の時期に差し掛かり、秋らしい風が自然と吹くようになってきたその頃、合計21の国と地域が参加して行われるIS同士での対戦の世界大会『モンド・グロッソ』の記念すべき第二回目の大会が開かれ世界中を賑わせていた。

出場する代表選手の中でも特に注目されているのは前大会で見事、総合優勝を果たすことに成功した現役IS操縦者『織斑千冬』ことブリュンヒルデ。今大会で二連覇達成なるかと話題を呼び、どのIS雑誌もその戦いの行方に期待を膨らませている状態の彼女は果たして皆の期待通りの結果を出すことができるのだろうか。

大会の会場内に設けられた取材班の待機場所で双眼鏡を手に辺りを見回していた男、睦月灯夜はそんな誰もが気にしているであろうことなど考えもせずに第一回戦を無表情で観戦しつつ撮影していた。

「おお、えろいえろい」

傍らには今回の大会のサポートチームとして編成されたアルバイトの少女、自称・清く正しい文屋ガールこと射命丸文がおり、試合そっちのけで別の対象をこれでもかと双眼鏡でガン見している。どうやら彼女の視線の先にはISを装着していないスーツ姿の選手達がいるようだ。ISスーツは強いて言うのならばスクール水着とオーバーニーソックスを合わせて着ているようなものなので、身体のラインがはっきりと浮き出てかなり目立つ。初めて俺がそのスーツを目にした時は、製作者何考えてやがると頭を抱えてしまったぐらいだ。

「・・・アンタ、何エロオヤジみたいなことしてんの」

「おやおや、はたて・・・私はですね、ISのスーツはやはりバリエーションに富んだほうがいいかどうか悩んでいるだけですよ。個人的にはもっと露出度が・・・」

「上がって欲しいとか言わないでよね。そうなったら選手全員痴女になっちゃうから」

文に冷静にツッコミを入れている、携帯電話を片手に持つマゼンタとブラックの服の配色が多分好きなのであろう少女は姫海棠はたて。偶に暴走がちな文を押さえつける抑止力的存在になっており、何でも小学校の頃からライバル兼相棒関係にあったそうな。仲が良さそうで何よりだ。

「ところで椛は何処にいる?さっきから姿が見当たらないが・・・・・・」

「椛なら飲み物を買いに行ってくれていますよ。日本で夏が過ぎても、この地域じゃまだ夏の最中ですからね」

「相変わらず気が利くなぁ椛は〜・・・っと、次の試合は、フランス対韓国か」

織斑千冬は前回優勝しているためにシード権が与えられている。よって彼女が試合に出てくるのは2回戦からであり、1回戦はほぼ新参の代表選手や第一回大会で優勝を逃した選手のみの戦いとなる。

「そういえば、前回の大会は殆ど付け焼刃って感じでしたね観てて。ブリュンヒルデの無双ぶりしか印象に残らなかったです」

「仕方ないだろう。製作者とは親交があったようだし、その関係もあって乗りこなした時間だって誰よりも長かったはずだからな。コアが配られてから開発まで時間がかかった各国と比べれば日本は・・・いや織斑千冬は誰よりも優遇されている」

「本人自体の力量も段違いですからね。今回もまたブレードオンリーで挑むみたいです」

ちなみに、そのブレードは只のブレードじゃない。シールドバリアーを斬り破り、相手の絶対防御を強制的に発動させ大幅にシールドエネルギーを消費させるとても特殊な剣だ。発動の代償として自身のエネルギーも消費してしまうという燃費問題もあるが、短期決戦が得意であるのならば何も問題はいらない。ようはすぐに勝負を決めればいいわけである。

「ちらほら第二世代も見えますけどまだ第一世代が主みたいですね」

「お、サンキュー椛。ご苦労さん」

大会のプログラムに再度目を通していると、ビニール袋にペットボトル数本と軽食を入れて椛が帰ってきた。代金を渡して椛が席についたのを確認した俺は優勝候補とされるメンバーらのページを強く凝視した。

第一回大会は織斑千冬のIS運用技術を10とするならば他の選手はギリギリ6に至るぐらいの歴然たる差が存在していた。しかし、3年という猶予が各国を本気にさせたのだろう。IS自体にも改良が加えられ、なおかつ操縦者の力量も格段に成長し今では7〜9は少なくともあっておかしくはない状態になっている。

「ナターシャ・ファイルス・・・今大会のアメリカの代表選手で、織斑千冬に引け劣らない技量の持ち主か。使用ISは『グローリー・スター』、高速射撃戦に特化した第二世代だな」

「流石はアメリカ、開発が早いですね〜。これは勝負の行方がわからなくなってきましたよ!!」

鼻息を荒くして興奮を隠そうともしない文がはしゃぎながらそう言う。しかし、その隣にいた椛は悩んだ顔でその言葉にこう返した。

「でもやっぱり、結局はこのままブリュンヒルデが優勝するんじゃないんでしょうか」

「どうしてそう思うんだ?」

「いえ、単純に考えたらただでさえ3年前に既に誰よりも上手だった彼女がそのままの技量のままな訳がないと思いまして。さらに技術力は上がっていると予想したら勝ち目は・・・」

椛の言い分はつまり、3年前に10の技術を持っていた織斑千冬は他国がその三年で追いつこうとしている間に既に10以上の高みにいるのではないかということだ。それが本当ならば確かに勝ち目などないかもしれないがそう事は上手くいくであろうか。

「椛、そういう敗北フラグみたいな事は口に出さない方が懸命ですよ。いくらブリュンヒルデが強いからって彼女とて人間です、弱点だって何処かに存在していますって」

「す、すみません!」

文が優しい言い方でそう諭し椛が謝る。その光景を微笑で見届けた後、灯夜は一人口を覆い隠すように手を添えて文が椛に言った言葉を思い返す。何か引っかかるところが彼女の発言によって生まれてしまったのだ。

「(文の言い分は正しい。弱点は人間である以上少なからず存在するはずだ。だが、そういう時に限ってそういう弱点ではない『弱点』が存在する。だとしたら・・・それは何だ?)」

政治的圧力や裏取引で意図的に勝敗をつけることは可能だが、織斑千冬が、日本がそんなモノに屈するはずはないと首を振って俺はその考えを頭から追い出す。確かな証拠たる存在が未だにない以上、下手な憶測で行動するのは危険だ。受け身で行動するのも癪ではあるも今はただジャーナリストとして試合を見届けることにしか出来ない。

やるせない気持ちのまま俺は瞳を閉じた。

 

 

―――そして、灯夜が違和感の原因となる証拠を手にしたのは翌日の準決勝の真下の事。ふと立ち寄ったトイレの帰りでの出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時灯夜は汗ばんだ手を洗うついでに用を足そうと、屋内の関係者以外立入禁止のトイレへと向かっていた。別に彼自身関係者なわけで特に気にすることはないし、その間の試合撮影はしっかり文たちに任せておいてある。僅か数分で戻るつもりでいるので時間をかけずにとっとと男子トイレで用事を済ませる。

ハンカチで手を念入りに拭きながら彼は帰り道を歩いて行こうとしたのだが、ふと行きに来た道に違和感を彼は感じた。

「(あれ・・・立ち入り禁止の看板、こんな所にもあったか?)」

ちょうど十字路になる通路の真ん中で立ち止まった灯夜は、数分いないうちに置かれた目的が見えない謎の看板の存在に気がついたのだ。その先にあるのは大会の備品が幾つか置かれているという倉庫部屋。最初から厳重にロックされていると説明を受けているため、わざわざ立ち入るなという印を残さなくとも近寄ることはまずない。ならば、何故不自然にもこうして置いてあるのか。

昨日抱いた疑問が再び思い返された彼はスルーして文たちの下へ戻ることなく壁に背をピッタリと密着させた後、人が来て自分の不審な行動が指摘されないように姿を隠し風を操って看板の奥に異常がないかどうか確認してみることにした。―――すると、違和感が勘違いではなかったのか奥から低い女の声が徐々に聞こえてきた。

 

 

「・・・ああ、今のところ手筈通りだよ。織斑千冬の次の相手は中国、第二世代でもねェんだから決勝までは楽勝だろう」

『―――――。――――――――――――、―――――?』

「あァン?好きにしてもいいけどよぉ・・・死なない程度にしておけ。依頼主クライアントが後でうっせーからな」

 

・・・・・・。流暢な日本語・・・日本人か?いや、それよりも重要なのは織斑千冬の名前が出た事と何か生死に関連するワードが飛び出してきたことだ。物騒な内容から嫌な感覚を覚えた俺はさらに会話に聞き入った。

 

「メシ食わせてないだァ!?・・・ったくよー、人質空腹にさせてどぉすんだよバーカァ!!あと数時間で私らの仕事も終わっておさらばだからいいけどなぁ、巫山戯るのも大概にしとけ!!」

『―――、――――――――――――――――!』

「・・・まぁいい、何かあったら連絡寄越しやがれ。いざとなったら『アラクネ』で飛ばして行ってやる」

 

『人質』『仕事』『アラクネ』・・・この単語から導き出せるのはISが絡んだ誘拐事件。しかも、『アラクネ』と言えばアメリカで開発されていて急に開発中止になったと聞いているISの名前だ。本当に中止となっているのならば今ここでその単語を耳にするはずがなかった。

織斑千冬に対しての『人質』という点に関してはもはや言うまでもない。彼女の親友たる篠ノ之束を誘拐したのならわざわざ人質にする必要もなく、監禁したままでISの技術を自白剤やらを投与して技術を独占することが可能なはずなのだから対象から消去。故に該当するのは、誘拐されたのは彼女にとってかけがえのない存在である『家族』・・・即ち、『織斑一夏』ただ一人だ。

このことを理解した灯夜は音を立てぬようその場を駆け出しその姿を晒す。彼の手にはこんな時にこそ役立つ(本当は一夏の動向を観察するために密かに付けた)発信器のレーダーが握られ、赤い光が頻りに点滅を繰り返していた。人の行き交いが多くなってきた通路で小さく彼は苛立つ。

「(反応は・・・確か20km先の廃工場地帯か。)―――一体何処のバカか知らねぇけどな、IS使ってまでの誘拐とは本気で巫山戯てやがるぜ・・・!!」

犯罪組織にISを使われる事態になった今、灯夜がなすべきことはただ一つ。この女尊男卑の世界が生んでしまった闇の正体を追跡し、その実態について調べ上げることだけだ。

それ以前に誘拐された織斑一夏を助け、一度話をしてみたいという願いもある。文達には引き続き撮影は任せ、彼は人目がない場所から大空へと飛翔し彼方を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

「今の男って確か・・・・・・」

一方、灯夜が飛び立つその前に通ったアリーナ外の道では、フリルが付いた実に可愛らしい薄いピンクの洋服と日傘が良く似合う少女が彼が駆けて行った方向を見据え一人考えに耽っていた。

「・・・日本でISの珍しい記事を書いているって噂の男よね?うまく聞き取れなかってけれど誘拐やらISやら言っていたような・・・・・・」

国外からインタビューを受けた灯夜の記事が興味深かったので覚えていた彼女は小さな彼の呟きを断片的に聞き逃さなかった。大会の裏で何かよからぬことが起きているのではないかと思い、今度はアリーナの方へと紅い己の瞳を向ける。

「―――お嬢様っ!!」

そんな時折に好奇心旺盛過ぎてあちこちに出歩いて結果、行方がわからなくなっている妹を探しに出ていた付き添いのメイドが戻ってきた。よく見ればその背後にはちゃんと妹がおり、彼女がきちんと仕事を果たしたのだと証明していた。

「流石―――ね。それで戻ってきて早々に悪いけど、―――は一体何処にいたの?」

「そ、それがあちらの方達の所におりまして・・・・・・何でも、お嬢様にお話があるそうです」

手が指し示した方角には木陰に隠れて座っている和服姿の少女とジーパンとYシャツというラフな格好をした木に寄りかかっている少女、そしてその保護者であろうスーツ姿の女性が目に入る。メイドの話を聞く限りではジーンズ姿のアルピノっぽい少女が―――の遊び相手となってくれていたようだった。

「―――の保護者として?それとも――――――家の当主として?」

「当主としてだそうです。簡単に話を伺いましたところ、少なくとも我々にとって有意義な話であるかと」

「そう・・・ならば、応じるわ」

 

 

灯夜が飛び去った時を同じくして運命は動き出す。この出会いが後に彼を巻き込むことになる計画の序章であったということは当の本人はまだ知る由がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

〜青年飛翔中〜

 

 

 

 

 

 

 

廃工場の水槽タンクが置かれている付近へと無事に降り立ち、懐からサーモグラフィー内臓のゴーグルを取り出した灯夜は異臭立ちこめる使われなくなった施設をざっと見まわし来る途中で聞いていた準決勝の中継のラジオの電源を切る。現在の試合状況はアメリカが中国を打ち倒し決勝へと進出したというまだ織斑千冬の戦いが始まっていないことを告げていた。これから日本はフランスと戦うのであろうが、その試合が終わり決勝戦が始まるまでどれだけの時間がかかることやら。

女が言っていた『依頼主クライアント』という言葉からこの織斑一夏誘拐事件には雇い主(首謀者)と傭兵(実行者)の2グループが存在する。女の組織は間違いなく後者であるのはわかるが、前者が何者であるのかがいまいちよく掴めなかった。このまま行くと戦うことになる第二世代を持ち出しているアメリカがまさかこんなことをするはずもない。ならば、この事件は誰が何のためにお膳たてしたのだろうか。

「(それは取り敢えず、この工場内にいる奴らに問い質せばいいことか。視認できる見張りは一人、内部で動いているのが二人・・・そして動かないままで隔離されているのが恐らくは織斑一夏か)」

手始めに見張りを襲い情報を聞き出すのが得策だ。単純にステルス状態で内部に侵入しても肝心なことを聞き出すのには手間がかかる。ここは安全策で慎重に進むのがベストである。

侵入する前に散策が可能なエリアで古ぼけた工場内の見取り図を入手し、万が一の時の脱出路を確認すると5階ほどの高さもある地点から地上へとダイブする。砂塵がほんの僅かだけ揺れ動く程度で着地した彼は見張りに急接近し武装の確認をした。どうやらISは所持していないようでサイレンサー付きの拳銃、ベレッタM92FSのみの装備のようだ。背後にホルスターは設けられているので死角である後ろから接近すれば楽に武装解除が可能だ。

何も知らない見張りの女にこちらへ背を向けさせる為、その辺に落ちていた小石を拾いその女の近くにあった錆びたドラム缶へと投げつける。カンッ!と小さくも大きくもない中途半端な音が鳴ると女の注意は自然とその音がしたドラム缶の方へと向けられた。

「何の音だ・・・?」

灯夜の目論見通りに女は背を向け無防備状態になる。ましてや彼の姿は視認できないのだから気づきようがない。一気に隙を突いて接近した灯夜は女の左腕を掴み背中に固定させると自身の右肘で地へと押し倒した。ホルスターから拳銃を抜き取りつつ背を足で踏みつけて言う。

「―――動くな」

「!?」

女の顔面は入口付近にあった水でぬかるんでいる泥溜まりのスレスレの位置にあり、なおかつ体が拘束されている為身動きが取れない状態にある。どう足掻いたところでISを持たないのであれば生身の人間と何ら変わりはない。仮に戦闘訓練を受けていたとしてもだ、それよりも上手の・・・姿すら見えない男に敵うはずもなかった。

「・・・死にたくなければ俺が今から言う質問に正直に答えろ。さもなくば・・・・・・わかっているな?」

「ひっ!!(こくこく)」

何時になく冷ややかな言葉で刺のある言葉を放ち、眼光からは鬼のような威圧感を向ける。全身からにじみ出ているその殺気に間違いなく断れば殺されると理解した女は組織よりもまず自分の命を優先し頷いた。

「まず一つ目だ・・・この誘拐は何処のどいつに命令されてやった?」

「軍の高官としか私は知らされていない・・・っ!!それが何処の国であるかは引き受けた幹部しか知らないはずだ・・・」

となると、何処かの軍と犯罪組織に繋がりがあってことになるな。限定的な関係かはさておき事実は事実だ。

「二つ目。織斑一夏を誘拐する事に何の意味がある?」

「・・・決勝まで進んだ織斑千冬を棄権させる為だ。そこで発生する依頼主のメリットはわからない」

決勝まで自力で進んだアメリカが最後の最後でそんな汚い真似をする理由が見当たらない以上、やっぱり首謀国は別にいるみたいだな。それはのちのち調べればはっきりすることだろう。

「―――三つ目、これで最後だ。何故、アメリカで開発され計画中止となった『アラクネ』を貴様らが所持している?」

解せないこの点が最大の問題だ。並の組織ならば入手さえ困難なISをどうして所持し管理しているのか。手に入れた後にメンテナンスが行えると仮定するとそれなりに規模が大きい組織だと思われるが・・・・・・。

「・・・・・・」

「ここまで話しておいてダンマリを決めるのは良くないな。今の時点で組織をお前は裏切ったんだ、この質問に答えさえすれば俺のコネを使って普通の犯罪者よりかは快適な生活を送ることだって可能だぞ?」

司法取引が上手く行けばの話ではあるがな、と付け加え少しの間返答を待つ。2分にも満たない間ではあったが、女は覚悟を決めたようで閉ざしていた口をやっと開いた。

「『亡国機業(ファントム・タスク)』・・・と、言えばわかるか」

「何っ・・・」

『亡国機業(ファントム・タスク)』と言えば、第二次世界大戦中に生まれ、推定では50年以上前から活動していると噂の秘密結社の名前だ。目的や存在理由、その規模など一切不明であるので全てが謎に包まれているらしく、探りを入れようにも入れられないとして有名だ。秘密結社というぐらいだから胡散臭くて極まりないし、犯罪行為だって行なっているのだから大規模犯罪組織と言っても過言ではないだろう。いや、テロリストと言った方が正しいのか。

追加で知りうる限りの幹部らのコードネームを幾つか聞き出した灯夜は慣れた手つきで拳銃を解体するとバラバラにして地に落とし、女の背中で踏みしめていた足をゆっくりと退けることにした。

「・・・もう、いいのか?」

「ああ、聞きたいことはある程度は聞けたしな。お前は取り敢えずその辺にでも縛られて待っててもらおうか」

自分が進むべき施設とは反対側に面するフロアに手を拘束したまま連れていき、落ちていた手頃な長さの鎖を女を挟んで柱へと巻きつける。逃げ出せないようにキツく締めた鎖はどうせ帰りに能力で解体すればいいだろう。

その場を後にして彼は目的の監禁部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内部ではというと、中学校からの帰宅途中に拉致され車へと押し込められた一人の少年がいた。名前は織斑一夏。現在、モンド・グロッソで試合中の織斑千冬の弟であり唯一の家族である。

眠らされている間に船で海外に移動していた彼は自身が大会に出場中の姉を誘き寄せる為に誘拐されたのだということに気づいていた。されど、その事実に気づいたところで足掻こうにも足掻くことすらできない状況に今彼は陥っている。円柱に回されるように縛られた両手は動かそうにも動かせないようになっているのだ。単純にぐるぐると縛られ横たわっていたのならまだ脱出も不可能ではなかったかもしれないが、そう希望通りにいかないのが今の世の中である。

何もできない無力さに少年は奥歯をただ噛み締めることしかできない。それに加え、先程まで女二人に受けていた暴行のダメージが残っているのか体のあちこちが痛む。

「・・・千冬・・・姉」

たった一人の家族の名前を苦し紛れに呟く一夏。日頃からISに関わらせないようにしてきた姉は優勝を逃してまで自分を助けに来てくれるだろうか、と心配でならない。姉を信じていないわけではないが、試合をさっさと終わらせてから行くように周りに言われ遅れでもしたらどうだろう。自分はさっき以上のことをやられて最悪命さえ奪われるのではないだろうか。

自分には関わり合いのない世界だから普通に生活していけるかと思った矢先に巻き込まれたこの事件。結局自分は家族に迷惑ばかりかけることしかできないのかもしれないと思考がどんどんネガティブへと陥っていく。自殺を思いつきそうな思考が頭の中を支配しそうになったその時・・・外から轟音が鳴り響き、部屋の窓を揺らし震えさせた。

 

  ドンッ!!ドサァ・・・

 

何かがぶつかり合い、そして倒れる音が微かに聞こえる。もしや、助けが来てくれたのかと思い一瞬にしてネガティブな思考を外へと追い出すと、今度は部屋のドアが叩かれさらに部屋を揺らした。さらに三度ほど同じようなことが繰り返されると鍵がかかって開けられないはずのドアは少年の左後ろの方へと吹き飛ばされ、そこにあったであろう機材に直撃した。

よく見ればドアがあったところからは黒いスーツのズボンを履いた男性の脚が飛び出しており、その人物がドアを蹴破ったことを証明していた。姉ではない誰かの部屋への侵入に一夏は身を強ばらせる。

 

「・・・ったく、立て付けの悪い上に無駄に分厚いとか、なんちゅうモノを扉に使ってやがるんだよ」

一夏の不安に構わず、呆れている言葉を呟いて入ってきたのはサングラスをかけた、Yシャツの袖を肘までめくっている長身の男性であった。彼は衝撃で舞ってズボンに付着した埃をはらい、身動きが取れない状態の一夏の前に近づいてしゃがみこむ。

「あ、あんたは・・・?」

掠れた声で、現れた不審な男に言葉をかける。まだ正体が掴めない以上下手に気を許すのは良くなかった。しかし、その警戒は杞憂に終わる。

「ん・・・俺か?俺はだな・・・正直に名乗るのもあれだしまぁ、『通りすがりのジャーナリスト』って事でよろしく頼む。んでもって、少年、君を助けに来た」

「・・・ジャーナリストなのか、あんた。けど、どうして俺がここに監禁されているって知ったんだ?まだ試合の最中だろう」

一夏は自分が人質に取られていると知ることになるのは少なくとも決勝戦前に千冬に情報が流れた時ではないかと、部屋に置かれたラジオと女たちの話から考察していた。だから、それ以前にここを突き止めて助けに来る人物などありえないと思っていたのだ。

「あのなぁ、ジャーナリストっていうのは記事になる情報を受け身で手に入れるんじゃなくて時には記事になりそうな、いわば花を咲かせる前の蕾みにだって注目しているんだよ。ぶっちゃけて言えば君の動きをマークしていたって事になるんだけどな」

「お、俺を!?・・・でも、俺には注目されるような要素なんてこれっぽっちもない只の学生、記事にできる点なんてありませんよ!!」

ロープの拘束を外してもらった一夏は怒鳴る勢いで男に反論する。結果的に男が自分をマークしていたから助かったが、マークを受けるような取り柄を自分は持っていない。だから、男の注目に答えられないと心の奥からそう叫んだ。それに対し男は静かに返答する。

「・・・今は、確かにな。今の君には『ブリュンヒルデの弟』という肩書きしか持っていないだろうが、果たしてこの先はどうなるかはわからないだろう。(この肩書きを持っている時点で巻き込まれるのは確定なんだけれどな)」

「どういう意味ですか・・・?」

実に不思議そうな一夏の表情に男は背を向け、虚空を見つめて語りかけた。

 

 

 

 

 

「・・・君は篠ノ之束に関わった(気に入られている)時点で普通には生きられない。ごく普通の学生として生きることも、ごく普通の一般人として生きることも既に不可能だ」

俺は正直にその事実を彼に突きつけた。この予想は絶対に外れることがない予定調和故の結果である。彼個人で足掻いたところで変えられる運命ではなかった。

「関わったって言ってもほんの数年だけですよ。妙に気に入られてはいますけど、それが俺の人生にどう影響があると言うんです?」

「知りたいのなら教えてあげようか、無知でいるよりかはよっぽど良いからな。それに、この問題は何も君だけの問題じゃない」

織斑一夏の人生のみが狂わされているわけではない。今の世界では数多の人間の人生が狂わされ、解決の糸口が見えないまま混沌と化しているのだ。

「・・・篠ノ之束がISを発表する以前とその後で変わったことを俺は数えられないくらい調べた。調べて調べて調べ尽くしてきた。少しでも良くなった事はないかと期待しても得られた結果はどれもこれも悪化したことばかりだ。その証拠として今の女尊男卑の社会がある。君が生まれる前から先人達が試行錯誤で築いてきた男女平等の、男女隔てなく笑える時代は終わってしまったんだよ。全て篠ノ之束がISを発表してしまったせいでな」

昔は男も女も関係なく助け合っていた時があった。一人一人が自分でやれることを自分で率先してやっていた時があった。だが今はどうだ、自分だけでできることを他人に・・・それも男に押し付けている女ばかり増えた。また、圧倒的武力を手にした軍や組織は必要がなくなった人間を切り捨て職を奪い尽くしている。力のない人間に手を差しのべるどころか余計に苦しめている人間さえいるのだ。

つまり、この世はISを肯定しなければ不幸になり、ISを肯定すれば幸福だと言わんばかりの世界と成り果ててしまっているのである。

「君の大切な友達だってISのせいで切り離されてしまったんだろう?」

「箒のことまで知っているんだな、あんた。・・・確かに、ISが発表されなければアイツと今も楽しく学校に通えたと思う」

行方がわからなくされている初めての友達にして、ファースト幼馴染である少女もまた人生を狂わされたと言ってもよかった。

「政府の意向で恐らく彼女はIS学園に入学することが確定済みだろう。何せ開発者の妹だ、普通高校に入れでもしたらトラブルものだ」

IS学園の警戒レベルは各国の軍事基地並みかそれ以上とさえ言われている。VIPか要注意人物を守るならうってつけの場所であるのだ。

「その際にあの篠ノ之束の性格からして入学祝いだの言って、各国がやっと開発に成功し始めた第二世代をすっ飛ばして第三世代はたまたは第四世代をプレゼントする可能性だってある」

「まあ・・・束さんならありえますね」

「だろう?・・・もっとも、それ以上のことを仕出かす恐れもある可能性も否めないが、流石に何が起こるかそこまでは俺にはわからない」

本当はわかっているのだが話してどうこうできる問題ではない。どう寄り道をさせても同じ運命を辿ることになるとわかっている以上、自分の口から言えるのはただ一つだった。

「俺が今言えるのは巻き込まれても動じない心を強く持て、という事だけだ。流されるままに誰かの干渉を受けて生活するより、そういった覚悟を持っていた方が何倍にも得だぞ」

「・・・どうすれば手に入れられますかね、動じない心って」

「さあな。それは人それぞれだから、俺が何かやれとアドバイスして手に入れられるもんじゃない。これからの君次第だよ」

 

ちょうど良く話を切り上げると、タイミングを見計らったように携帯電話のバイブレーションが作動する。ポケットから取り出してみると会場に残してきた文達からであった。

「はい、もしもーし」

『もしもーし、じゃないですよ灯夜さん!!大変です、ブリュンヒルデが突然決勝で棄権して――――』

「うん、知ってる。どっか行っちゃったんでしょ?事情は俺が今探ってるから、君達は不戦勝のナターシャさんに取材してきんしゃい」

『あややややややっ!?ちょ、ちょっと灯夜さん、きんしゃいって何ですかその重大任務!!』

「細かいことはいいんだよ。ほら、取材のチャンスは刻一刻と失われていくぞ?早う言って帰りに成果を俺に見せてくれ」

『り、了解しましたー!!はたて、椛、行きますよっ!!』

「頑張れよー」

あちらで頑張っている文達の成果を期待しつつ電話を切ると、織斑千冬が迎えに来ることを一夏に伝え自分は捕らえておいた亡国企業の女を迎えに行くことにした。

そして、入口へ一人向かう途中でふと灯夜は立ち止まり一夏に去り際の最後の言葉を残す。

 

 

 

「―――そうそう、言い忘れていたんだがな。俺が書いた記事が載った雑誌は、普通にコンビニで売っていると思うからもし良ければ買ってくれ。感想も待ってる」

「わかりました、探して一度読んでみますよ」

彼には現実を知ってもらいたい。だからこそ、俺の雑誌を一番に読んでもらいたかった。この先それによって彼がどんな考えに至りどのように行動するかはまだ未知の領域だが、きっと良い方向へ進んでくれると信じてみたい。

 

 

途中寄り道を挟んで灯夜は文達が待っている会場へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜おまけ〜

≪一夏救出前の轟音の正体≫

 

外にいた女を拘束し工場内に侵入した俺は、会場で電話していた相手とその相棒であろう女二人組の姿をすぐに視認できた。

「あー・・・暇だからあの男もう一度甚振りに行かない?」

「そうね。死ななきゃいいんでしょ、なら彼のお姉さんが来るまで存分に遊んであげましょ」

会話を聞くからに既に織斑一夏は暴行を受けていたようだ。また、と言っているぐらいだから無事なのだろうが流石に二度目は不味いだろうと思われた。なので、透明と化したまま二人の後をついて行き彼が監禁されている部屋まで案内してもらうことにした。

 

 

 

〜青年追跡中〜

 

 

 

それで彼のいる部屋近くに差し掛かった頃、もう案内なしで行けるので女二人を撃退するわけだがその処刑方法に少し迷った。単純に男の腕力でぶっ飛ばせばいいのか、もしくは助走をつけて飛び蹴りか、それとも巷で話題のトンファーキックがよろしいか。

どれも甲乙つけ難いというか、気絶する確実性がないというか。悩みに悩んだ末(と言っても30秒に満たない)、結局は自分が知りうる限りの確実性を誇るあの人物の言葉に従うことにした。

 

「激痛『双頭衝突乱〜二人は頭突き屋♪〜』!!」

 

何かそれらしいスペルカード風の名前を叫んで、両者の頭と頭を本人たちの了解なくぶつける。あまりにも突然過ぎる予想外の痛みに二人は声さえ挙げられずに白目をひん剥いてその場に倒れ伏す。

「事前に衝撃が来るのがわかっているのとそうでないのとは痛みの度合いが違う。ぶつかり合う両者が理解していないのなら尚更痛みは倍増するのだよ(って、けーねが言ってた)」

道の邪魔なのでそこが抜けたドラム缶へ逆さまの様態で突っ込むと、ちょうどそこだけ陥没していたようでまるで地に頭が埋まっているようにも見て取れた。

「テメェらテロリストは一生、地に頭でも埋めていろ。虫酸が走る。・・・とでも取り敢えず言っておこうか」

テロリストは嫌いなのは本当だし、やめりゃあいいのに織斑一夏に暴行を加えたのだから当然の仕打ちだ。こいつらは織斑千冬があとは勝手にやってくれるだろう。亡国企業の連中だと気づくかどうかは別として。

 

そんなわけで俺は妙に分厚そうに見える扉をぶち破ることに集中した。

 

 

終わりだよっ!!

説明
何で地道な作業をする羽目になった?

A.あるサイトがオワコンだからです。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
2530 2425 2
タグ
チートな仲間たち 睦月灯夜 織斑一夏 東方Project ISジャーナリスト戦記 IS インフィニット・ストラトス Dアストレイ 

紅雷さんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com