ISジャーナリスト戦記 CHAPTER05 思想交錯
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―――織斑一夏が誘拐された事件から約一ヶ月が経った。その間に起きた出来事を幾つか俺は話したいと思う。

まずは・・・亡国機業の女の行方だ。彼女は俺が文達と合流する途中に以前に情報提供をした過去のある某国の国際テロ対策機関へと預けることにした。奪われた第二世代型IS『アラクネ』の事件以来、妙にピリピリしていた彼らにとっては思ってもみないプレゼントであったことだろう。勿論、約束通りに交渉を手伝ってやり女にも監視付きではあるものの普通の犯罪者に比べれば実に快適な生活をプレゼントしてやった。その分情報は絞るだけ搾り取ったのだが。

ちなみに、残念なことに残った二人は織斑千冬が一夏を迎えに来る前に回収されてしまったようだ。まあ、それでも誘拐した犯人の正体は把握出来たらしい。誘拐されたときに名乗りでもしたんだろうな。

それとだ、事件後にどうやって織斑千冬が監禁場所を突き止めたのかがわかった。今大会の開催地であったベルリン・・・つまり、地の利を把握しているドイツの協力があったからだそうだ。その迅速に対応した点に関しては賞賛に値する。だが、どうもいまいち出来すぎている気がしてならない。犯人の電話と情報提供の時間の感覚が短いような気がするのだ。文達達から聞いた状況を考慮して考えると、せめて決勝の試合の途中で居場所が判明するぐらい間隔があってもいいはずだ。亡国機業の女が言っていた軍の高官の話から察するにドイツ軍が一番に疑わしくなった。

織斑千冬はというと、情報提供のお礼だとかで軍の女性だけが集められた部隊の教官として就任したらしい(1年という期間限定の就任だとか)。一夏と雑誌を通して文通をしたところ、彼はその間友人の家が経営する食堂や自身の手料理で食いつなぐそうだ。男で料理する人間っていうのは今だに珍しいから何となく聞いてみたら姉の千冬はまるっきり家事ができないんだと。思いがけない・・・というかあんまり必要じゃない情報を得てしまった俺は微妙な気持ちになった。

 

次に、大きく変わった点ということで政治関連の話をしよう。

ISが世に出てもなお、これまで日本の政治の実権を握る争いは特定の野党と与党のみの争いとまるで変わりがなかった。所詮やっていることは同じで出来もしないことを行って不信を買い、無駄に国民から税金を収めさせたりと余計に日本という国を駄目にするだけだった。しまいには、女尊男卑を認めるような発言さえする議員さえ現れその発言の責任問題をめぐって一触即発の危機にまで一時期陥ったこともある。

これ以上問題を積み重ねられては日本が崩壊してしまう・・・そんな焦りを抱いた国民たち。彼らはだからこそ、変化を、革命を起こそうと決意した。―――具体的に言えば、理想論を語り混乱させる俗物より現実的な視点で社会を憂いていた人間へと社会を託したのである。二つの政党が争っている間も常に冷静な観点で矛盾を指摘し力を蓄えてきた中規模野党・・・民主調和党、通称『民和党』はその期待に応え晴れて政治の実権を握ることになった。モンド・グロッソの事件で前政権が失態を犯したのが決定打となり後押しをしたのである。

それにより俺の大学時代の先輩である四季映姫の父親は総理大臣へと就任し、あくまでも男女平等の道を貫くと宣言した後に国民と共に一つ一つの問題を解決していくと約束した。前政権が残して・・・否、増やしていった課題をまず優先的にどうかしなければならないかったがそれでも国民の期待は冷めることがなかった。個人的には取材が少しだけやりやすくなったと言っておこう。

 

・・・でだ、最後に今の俺の取材内容について教えておこうと思う。

ハプニングだらけのモンド・グロッソという話題も過ぎ去ったことで、いつも通りにネタ収集に走ろうというわけになった俺は今までとは違う観点からのISの社会を見つめてみることにした。テーマはズバリ「自然環境」だ。

軍事利用する以外にもISには使い道があったに違いないと改めて考えてみた中で思いついたのがそれだった。国を守るというのならば、砂漠地帯での緑化を進める作業用ISなどが別にあってもいいのではないだろうかと俺は思ったのだ。この閃きを膨らませることにすると、早速ISが世に出る前と出た後での環境の変化についての情報収集へと乗り出すことにした。

そんなわけで手っ取り早くまとまった情報を手に入れようと行動を開始した俺は今、スクーターを走らせて森林に囲まれた小さめの道路を移動している。・・・え?何でバイクとか車じゃないかって?そりゃあ、環境を考えている取材先の人間に会いに行くのに排気ガスが多く出る環境に悪い乗り物で行くのは流石に不味いだろう。このスクーターだってエコ仕様の物だしな。これから会いに行く相手はそれだけ自然を愛し、環境汚染を忌み嫌う相手なのだ。旧友とはいえ今は取材者として礼儀を正さなければならない。

 

徐々に田舎の大自然を思わせる雰囲気を現し始めた風景を横目に秋風が舞う道を走り抜け、遠くにそびえ立つ研究所のような建築物を見据えると灯夜はアクセルと踏みしめて速度を上げ、目的の地へと単身で乗り込んでいった。

 

 

 

 

〜灯夜駐車中〜

 

 

 

 

 

正門前でヘルメットを外しスクーターから降りた彼はハンドルを手で押しながら来客用の駐車場へと辿り着いた。

用心して愛車のロックを念入りに施し鍵を革のジャケットの胸ポケットにしまいこみ、荷物の確認をそこで再度行った灯夜は秋らしさがこれでもかと表現している入口へと続く秋桜コスモスの花壇を見つけ写真に収めて歩いていく。

目的を忘れないよう気を付けて施設へ順調に向かいつつ周りの景色を堪能し、施設の外側全体をちゃんと記事用に撮ろうと構えた彼は、いざシャッターを切ろうとしてフレームに写り込んできた施設入口から出てきた存在に目を向け撮影を中止する。灯夜の瞳の先にはスーツ姿の男女が何やら紙の束を手にして歩きながら議論を交わしているようだった。

「(・・・・・・あれは、小野塚先輩?)」

卒業から4年以上の歳月が流れているとはいえその顔を見間違えるはずがない。髪型は大人の女性らしさを出すためかツインテールからストレートヘアへと変わっていたが、それでも俺の目は誤魔化すことはできなかった。

彼女は確か今、四季先輩と共に総理のサポート部隊として情報収集に徹していると耳にしていたがまさかこんなところで偶然見かけることになろうとは予想外だった。今の時期は内閣にとって基盤固めの時期であるのはわかっているが、こんな人が滅多に訪れない場所に来てまで何をしようというのだろう。疑問が生まれてしまったが下手に詮索はしないほうが得策だと考えて、頭を下げ通り過ぎると急ぎ早に施設内に戻ろうとした職員の人間に声を俺はかけることにした。

「すみません、取材の約束をしていたRJ社の者ですが・・・・・・」

「あっ、はい!お話は伺っております。待合室がございますのでそちらの方へどうぞ」

触角と黒マントつけたらどっかの蛍の妖怪さんっぽく見える受付兼案内係の女性の後に続き(名札見たらリグルってあった・・・)、灯夜は黒いソファーがテーブルを挟むようにして置かれている一室へと移動する。今回取材する相手の準備ができるまで待つように言われた彼は深く腰掛けたソファーの上で出された自家製だと言うハーブティーを味わい待機することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、灯夜と入れ替わるように出ていった小町達はというと研究所から徒歩で十分ほど歩いた所に駐車しておいた黒塗りの車へと向かい歩きながら受け取った資料についての談義をしていた。並みの、都心近くの研究所で手に入れられる資料ではなく田舎に近い地帯に構えられた場所にわざわざ赴いて手に入れた資料は、自分たちが求めていたものそのものであったこともあり余計に話は弾んだようだ。そんな中で小町に同行していた若い男性議員は車まで100m近くに来たところで今まで話していた内容とは違う話を切り出す。

「ところで小野塚さん、さっきの男は確か・・・・・・」

「ん?・・・ああ、RJ社のジャーナリスト、睦月灯夜だろ。IS相手に言論だけで戦っているっていう」

「ご存知でしたか。しかし、何で我々と同じように此処の研究所に来ていたんでしょう。・・・まさかとは思いますが我々と同じ資料を手に入れに来ていたとかじゃないでしょうね」

男性議員の疑問を受けて小町は少し考え込む。だが、その間は数秒で終わり彼女は資料を入れた鞄から携帯端末を取り出しネット上のあるページを開き自分の考えが間違いではなかったと確信する。

「・・・どーやら、その考えは当たりみたいだ。ほら、見てみろよ次回の特集予定のタイトル・・・『自然環境から見たISの社会』ってあるだろ。・・・はぁ、まったく毎度毎度アイツは切り口が斬新すぎて怖いよ」

「アイツ・・・?もしかして睦月灯夜とお知り合いなんですか」

「知り合いも何もアイツとは同じ大学の先輩後輩だよ。学部こそ違ったけどサークルは同じ考現学研究会だった、変わり者で良い奴だったよ。宣言通りにちゃんと仕事やっているようで何よりだ」

昔を懐かしむ目をして車の前についた彼女は助手席へと乗り込む。自分達の政党が政治の実権を握れるようになったきっかけ作りをした彼はいくら短い間とはいえ忘れられるはずもない強烈な存在であった。

「ちなみに四季映姫議員も同じサークル仲間だったよ。別の用事が割り込まなければ今日一瞬だけだけど再会できたのになぁ・・・」

「仕方ありませんよ、四季議員のスケジュールを確認したらあっちこっちに出かけるようになっていましたから。休日さえ返上するぐらいに」

実にやりにくそうな、見ているだけでもこちらがさじを投げたくなる内容の視察の仕事を引き受けている映姫は多忙な日々を送っている。最近ではお偉いさんやら金持ちの家と集まって何かをしているようだが、その具体的な内容が伝わってこないようになっている以上迂闊に口を挟むことはできなかった。あの人に限って献金問題を起こすとは思えないと読んではいるのだが。

「ま、大方、総理の代理兼手伝いってことで引き受けている仕事っていうのがメインだ。気難しいあの二人の事だから真面目に取り組んでいることだろうし、せっかく手にした政権をみすみす手放すことなんてしないはず。あたし達はあたし達でサポートしていけばいいさ」

「ですね。それじゃ、車出しますよ」

「ああ。(アイツに負けないように私も、民主調和党も頑張らないとな)」

不安を首を振って振り払いシートベルトをつけた小町は同僚が運転する車の中で腕を組み微睡みの中へと身を落として眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶり。待たせてしまったわね、灯夜」

「・・・あー、うん。そー・・・だな」

準備と聞いて三十分近く待たされることになった灯夜は何回か貰ったおかわりのお茶をテーブルの上に置いて適当に携帯をいじって退屈な時間を紛らわせていた。そして待つだけ待った結果、姿を現した旧友の声に反応して後ろを振り返り成長した女性の姿を確認しようとしたわけなのだが、ここで彼の瞳はとんでもないものを捉えてしまった。

「何よその態度、高校を卒業して以来会っていなかった相手に対して失礼じゃない?」

目の前に座る女性の笑顔が一瞬にして不満そうな顔になる。本当はその顔を灯夜がしたいというのに彼女はお構いもなく彼を咎める言葉を口にした。しかし、灯夜にも言われてばかりいるわけにはいかないと溜息をついて反論を言った。

「だったら、その如何にも風呂上がりですって言っているバスローブ姿をどうにかしてくれ。正直やりにくいんだが・・・・・・」

「あら、下着はちゃんと付けているわよ」

「そういう問題じゃない。てか、付けていなかったら大問題だ。痴女か新手の露出狂かお前は?」

「ど、どうしてわかったの!!貴方まさか超能力者だったの!?」

「んなわけねーだろ・・・それにさらりと嘘をさも本当のことのように言うな」

どっかのガハラさんみたいなリアクションを軽く流し女性に・・・高校時代の友人たる風見幽香に一度退席してもらって着替えに行ってもらう。女の着替えは長いとよく聞くのでまた暫く茶を啜りながら待つことにした。そして十分後、白衣をしっかり着込んだ所長らしい女性となって彼女は再び現れた。

「色々着替えるの面倒くさいから服の下はSMスーツのままだけどいいわよね?」

「よくねーよ!!って、下着ってスーツのことかよっ!?」

何か色々とこっちも面倒臭くなってきたのでこのまま取材と洒落こみました、まる。気にしたら負けってよく言うだろう?

 

 

 

 

 

 

「で、さっき来た政府の人間にも渡したわけなんだけど、これが母と私が調べ上げた資料よ」

先程の酷い戯れはさておき、幽香は薄暗い研究室内へと俺を案内し紙媒体ではなくわざわざご丁寧に液晶モニターへと資料を映してこちらに見せてきた。やや右下がりと平行線が特徴としか言えない折れ線グラフが拡大され灯夜の目に留まった。

「・・・まあ、何というかさ、まるで環境問題解決しようとしてなかったんだな前政権に各国。何も変わらないどころか悪化させてるし」

「そうね。ISに固執し過ぎた挙句にIS発表前にあれだけ問題視していた温暖化対策の資金が大幅に削減されているの。しかも、わからないように誤魔化していた話があるみたいだし。国を守る以前に国の環境を守れないんじゃ意味ないと思わない?」

同感だ。本当に大事なところを疎かにして何が国を守るだ、巫山戯たことをほざくのもいい加減にしろと言ってやりたい。

「付け加えてISに劣らない研究を積み重ね発表した科学者に対する態度の悪さ。時期が悪かったっていうのもあるけれど、素直に受け止めたら環境問題の解決の突破口になり得たのにISに夢中過ぎて『へー、あっそ』っていくら何でも馬鹿にしすぎでしょう。別に私自身に起こったことじゃないからまだいいけれど、おかげで対策案が先送りにされたわ」

「力に溺れた結果がこれ、か・・・・・・ちなみに聞くが、注目されなかった研究は今どうなっている。やっぱりほっとかれているままか?」

「いいえ、協力者を募って独自に研究の成果を試しているらしいわよ。母が一枚噛んでるから私にも話が伝わってくるの」

「・・・そうか。なら、答えられる範囲でいい。現在のその研究の成果について詳しく教えてくれ」

うんざりした気持ちを押し流すように話題を変え、別の資料を映し出してもらう。するとモニター上には何枚かの写真が並べられ、その映された場所が日本ではない何処かの村での光景だということを物語っていた。腹が不自然に膨らんでいる子供ややせ衰え骨の浮き出た様子を見ると、発展している他国に比べ貧しさとひもじさがどれだけ酷いのかがヒシヒシと伝わってくる。

「此処は地形と植物から考察するにアフリカの、中央都市から大きく離れた地帯の村か。流通が満足に行き通っていないようだな」

「その通り。村人は歩いてでも都市に向かうようだけど、その歩く距離は車を走らせたほうが早いぐらい遠いの。台車も数が限られているしそんなに多くの荷物を載せることができないわ」

「・・・一応聞くが、政府の支援は?」

「ほぼないと言ってもいいでしょう。最低限の、やりくりして1ヶ月耐え抜くのがやっとの量しか支給されていないわ。だから、NGOや有志のボランティアがそれぞれ何か持ち寄って支えている状態よ」

やはり、本当はそこにまわすべき予算が防衛など何だかんだ言って削られているわけである。ボランティア団体のような心優しい集団がもし存在していなければ、今ごろその村はどうなっていたことやら。人知れず地図の上から消え去り忘れ去られていたに違いない。喜んでいいのか呆れていいのかよくわからない気持ちのまま、今度は先程の写真とほぼ同じ場所で撮られたと思われる、ビニースハウスや謎の仮設住宅に近い建築物を撮った写真を眺める。

「おっ、生産プラントか。しかも、よく見たら栄養となる肥料を混ぜた水と光の色合いや強弱を利用したタイプじゃないか。砂漠地帯でも効率良く農作物を生産できるこの技術を捨てたのか国の連中は?」

「あら知ってたのね、意外だわ」

「意外も何も、もしかしたらノーベル賞クラスの技術じゃないかと俺は思っていたぞ。大学時代に放映された短い環境についての番組で紹介されていたのを観たぐらいだが興味深くて印象に残っていたよ」

よもやその技術の完成の時期にISが出てくるとは何という不幸なタイミング。実は生前の世界で取り入れられていた技術だったので、この世界でも当然注目され取り入れられるかと思っていた。しかし、とんだ邪魔が入って注目されず、ましてや政府の支援すら受けられないで自費での活動状態にあるだなんて予想外だった。・・・まったく酷い冗談である。

 

 

 

 

「ま、これぐらいかしら、貴方が知りたい情報というのは」

その後も一通りのデータを閲覧させてもらい、幽香の研究所と彼女の母が海外で構える研究所の職員に至るまで特別に教えてもらった灯夜は夕焼けに染まりつつある空をチラリと眺めて荷物を整える。行きと比べて大分重たくなったリュックを背負い、待たせている彼女に向かい合った彼は最後に一つだけ確かめたい事を質問した。

「・・・話は変わるが最後にもう一つだけ聞いてもいいか」

「内容によるけど?」

「あくまで噂程度にしか聞いていないんだが、『ISが資源調達の為に脅しの道具として使われた』っていう話を聞いたことはないか?」

自分で言うのも何ではあるが物騒な内容の質問である。第一、ISをそういった目的で使うことは禁止されているため何を馬鹿な質問と一蹴されるのが本来ならオチだ。だがしかし、ISを用いた誘拐事件が既に起こっていると知っている自分は冗談抜きにして事実の確認をしたかった。真剣な眼差しで見つめること僅か十数秒、俺の質問にキョトンとしていた幽香は顎に手を添えて倉庫部屋へと走って帰りには金魚を飼うようなガラスケースに入った金属の物体を机の上に置いた。

「これは・・・?」

一般に流通しているような銃火器の弾丸よりも大きく、大幅な加工が施されているように見える弾丸がそのケースの中にはあった。

「何の為に使われたのかまではわからないけれど、母の所にいる秋さん達が他の村に訪問した時に見つけたものだそうよ。私なりに調べた結果、該当するタイプの弾はゼロ・・・例によってISの武装を含まなかったわ」

「だとしたら・・・・・・いや、これ以上の答えは今は出せないか」

ただ一つ言えるのは、ISが規則に従った正しい使われ方をされなくなってきたという事。テロリストに飽き足らず軍にまで悪い影響が広まり始めているのかもしれない。既に知れたことではあるものの改めてこうして事実と向き合うと余計に使命感に溢れてくるものである。

写真に何枚か収めた後に幽香から自家製のハーブティーの詰め合わせを手土産に貰い、彼はスクーターへと乗って帰路に着いた。

 

 

 

 

・・・そして、日を同じにして別の場所ではというと奇妙な集まりが催され人知れず運命のカウントダウンを告げていた。

 

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―――永遠亭と呼ばれる、もはや現代では失われつつある古風な造りの大きな屋敷の廊下では建物とは不釣合な服装の洋服を着た二人組がその屋敷の使用人に導かれるように歩いていた。

ピンク色を中心としたフリル付きの洋服を着た主人の少女はどこからどう見てもメイド服な少女に荷物を持ってもらいながら、横に広がる日本庭園的な広場を眺めて嬉しそうな顔をして口を開く。

「見事なものね・・・まるで平安時代にタイムスリップしたようだわ」

「そうですねお嬢様。我々の館の庭もそれなりに工夫を凝らしておりますが、流石にここまで綺麗ですと開いた口が塞がらないくらい圧巻な光景ですね」

メイドの少女は同意の言葉を主人にかけ、自身も目を凝らすようにして庭を眺める。そんな二人の雰囲気に使用人は「フフッ・・・」と笑い、背を向けて歩きつつ喜びを露わにした。

「あら、気に入っていただいて何よりよ。定期的に手入れしているからこの状態が保てるのだけれど、その努力が評価されることは滅多にないから嬉しいわ」

「そう、それは良かったわ。努力の賜物は褒められて当然だもの」

何気ない、世間話のようなこの雰囲気。彼女らが言っていることは恐らく本心ではあるだろうが、何処か見えないやりとりをしているようにも見える。勘違いなら別によいが、両者が醸し出し周囲に放つオーラはそれほどまでに怪しくそれでいて影響力が強かった。

「・・・ところで、あれからどう?そちらは収穫があったのかしら」

と、ここで使用人の女性は別の話題を振り少女に質問をする。突然こんなことを言われたのなら混乱するであろうが、『あれから』という言葉に心当たりがある彼女は考える必要もなくすぐに受け答えした。

「ま、あったと言えばあったと言っておきましょうか。取り敢えず、その一つとして私が呼びかけた数名が既に来ていると思うけど」

「確かにそうね。出来るだけあらゆる分野に精通している有力者が欲しかったからその計らいは感謝しているわ」

「そちらもそれなりに集めたのでしょう?どんな顔ぶれか実に楽しみね」

彼女はただ単に観光てがらに日本を訪れた外国人ではない。また、ただの日本愛好家のような存在でもないのである。

ならば、どのような存在で何の為に日本の地に足を踏み入れたのか。それは長い廊下を歩き終えた先にあった襖の扉の先にある存在が全てを物語っている。自分達以外の存在が既に到着していると聞いた少女らは案内人として彼女らを部屋まで導いてきた、事の全てのきっかけを作り出した女性が開いた扉から静かにそして優雅に立ち入った。するとそこには――――

「あっ・・・レミリアさん、無事に来られて何よりです」

「あら、霖之助さんじゃない。てっきり霧雨貿易からは社長直々に来ると思っていたのだけれど、どうしたの?」

入ってきて早々少女、『レミリア・スカーレット』に声をかけたのはスーツ姿の銀髪と眼鏡が特徴的な若い男性『森近霖之助』であった。彼は『霧雨貿易』というその名の通り貿易会社に所属しており、何かと社長の手伝いをさせられているという。何でも社長とは幼い頃から縁があるとか。彼と商談関係で面識があるレミリアは特に遠慮することなく素朴な疑問を口にする。

「・・・いや、『若けぇ者がやろうとしている事に俺みたいなオッサンが直々に参加するのは失礼だ。だからお前に全て任せる』って言われましてね。今回代表を任されてしまったんですよ」

「あの人、こういう事は苦手そうだから押し付けたんでしょ多分。まあ、貴方も結構なやり手だからって点もあるから任されたんだろうけど」

「そう言っていただけると嬉しいですね。関わった以上責任を持ってやらせていただきますよ」

一言二言軽く交わし、おしゃべりを止めると今度は畳の部屋で礼儀正しく自分と同じように正座している・・・人間なのか人形なのか区別がつかないくらいの美しさを持った女性にレミリアは目を向けた。女性は彼女が誘った人間ではあるも、誘った当初は時間をくれと少々渋った経緯を持っていた。

「来てくれたのね、アリス・マーガトロイドさん。此処にいるということは貴女なりの答えとやらは見つかったと判断していいの?」

「ええ・・・私のような只のオーダーメイド専門の人形師に正直何ができるかわからないけれども決意は固まったわ。散々待たせてすまなかったわね」

アリスと呼ばれた女性とは以前まではそこそこ親交のある職人とお得意さんの客という立場であった。主に妹へのプレゼントを目的として人形を造ってもらう・あげるという関係である彼女は今回の話し合いの件について切り出した時にはすぐに首を縦には振りはしなかった。理由は簡単で「自分の目で現実がどうなっているのか見極めたい」と考える時間が欲しかったのだ。

その後、彼女は知り合いを頼ってNGOの支援という名目でお手製の人形を直接寄付しに、異国の・・・都会暮らしには驚愕の光景が広がるとある貧しい村へと足を運んだ。・・・結果は言うまでもなく『絶望』、ISが発表されて以来何一つ解決されていない、むしろ悪化した不幸の連鎖に歯を噛み締めるばかりであった。何もしない政府の、世界の対応に彼女は激怒する。『女性優遇なんて余計な事をする前に、弱者救済を優先しろ』と・・・・・・。したがって、彼女はレミリアの誘いに最終的に乗りメンバーへと加わることになった。

「いいのよ、私はただ誘っただけ。別に断っても文句は言わないわよ」

強制はしないというのが誘う際の暗黙の条件だったので特に気に病む必要もない。参加するならしたで嬉しいし、しないならしょうがないと割り切るぐらい他愛もないことだ。

周りも揃った面子を確認し終えたようで、騒がしかった室内は自然と静かになっていく。完全に静まったところで主催者である屋敷の使用人『八意永琳』は深く一回呼吸をして気持ちを整え終えると、その場にいる全員に向けて口を大きく開いて言った。

 

 

「・・・さて、参加者も全員揃ったことですし、皆さんを一人一人紹介でもさせていただきましょうか」

見知った顔はあるにしろ、この場にいる全員が誰なのか知っているわけではない。なので、これから重要な話し合いをする以上お互いの素性の把握は必須事項であった。

「―――まずは、自己紹介として私から。私はこの度、今回のような会合を企画させていただきましたこの屋敷の使用人であり八意医院の院長を務めております、八意永琳と申します」

手始めに主催者の自己紹介が行われ、続けて副主催者であるレミリアの紹介がなされた。そして、時計を描くように次々と名前と簡単なプロフィールが二人の解説を受けて説明されていく。

 

 

参加者(永琳を除く)

 

・西行寺幽々子≪名家である西行寺家の当主。白玉楼という場所に住んでおり、葬式屋とお祓いなどの仕事などを引き受けているらしい。従者には魂魄妖夢がいる≫

・蓬莱山輝夜≪永琳の主人にして蓬莱山家のお嬢様。世間には決して公開されない名品を数多く所持しており、実はかなりの武闘派≫

・藤原妹紅≪輝夜の幼馴染にして悪友である代々続く藤原家のお嬢様。彼女の家の敷地で取れる筍は高級品で人気がある≫

・森近霖之助≪霧雨貿易の社員。結構のやり手で社長に気に入られている。社長の代わりに出席≫

・四季映姫≪民主調和党の議員。父は総理大臣であり、彼女もほぼ父の代理の身≫

・古明地さとり≪巷で人気の心理カウンセラー。彼女に嘘は通用せず、まるで心を見透かされているような感じがするという≫

・アリス・マーガトロイド≪オーダーメイドの人形を造っている若き人形師。彼女の造る人形はどれも精巧≫

・河城にとり≪永琳の後輩にあたるメカニック好きの女性。霖之助とは高校時代の同級生≫

・リリー・ホワイト≪風見環境科学研究所の職員。所長が用事の為に来られないので彼女も代理≫

・レミリア・スカーレット≪海外では指折りの中の名家。大の日本好きとして知られており、数多の産業を抱え指揮しているカリスマを持っている≫

 

 

 

 

挨拶と共に改めてこの場にいる全員について把握し終えた彼女らは余計な会話をせずに、集まったそもそもの理由に関する話を話し始めることにした。進行役としてレミリアがまず始めに口を開いて言う。

「・・・この場にいる以上、全員が承知の上で来てくださっているとみて話させていただくわ。我々は今の・・・『ISが世に出てからの社会』をどうにかしたいという思想の下に集まった、それで間違いはないわね?」

「ええ、もっと具体的に言えば『篠ノ之束が変えてしまった社会』を変えたいという内容なのですが。一先ず、ここはそれぞれの観点から観た社会の現状を話し合うのがよろしいのではないかと」

「そうですね。あの事件からもう4年の歳月が流れましたし、それぞれが抱き続けた思いも積もりに積もっていることでしょう。鬱憤を晴らすような感じにはなってしまうかもしれませんが大いに語る分には十分です」

さとりの発言に永琳は肯定し頷く。まずはそれぞれが知り得た情報の報告が第一と考え話を進めることにした。

「では言い出しっぺの私から。・・・これは今でも続いていることなのですが、失業者のメンタルケアやカウンセリングが事件前と比べて約6倍にも増えました。その多くは言わずともわかると思いますが皆、男性です」

「やっぱり女性に職を奪われたとか、執拗なまでの嫌がらせを受けたとかそういった内容の相談が主ですか?」

「概ねその通りですね。中でも興味深いというか、印象に残ったのが元自衛官だったという男性の話です。白騎士事件の際に巡洋艦に乗っていたそうで、その時の報道では伝えられていない内容まで詳しく教えてくれました」

「何と言っていたんですか。確か当時は死者はいなかったぐらいしか報道されていませんでしたし」

実際本当に死者は出なかったのかもしれないが、それ以外の情報がさっぱりでただISが何たるかにマスコミは注目していた。だから、国民には現場で何があったのか大雑把にしか説明がされていないのだ。

「・・・予想はしていましたが、怪我人は多数出ていたようです。外傷の面は言わずもがなで多かったらしく、一番酷かったのは内面的な傷・・・つまり、精神面でのダメージが尋常ではないくらい大変だったと聞きました」

「もしかして『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』?・・・まあ、有り得なくもないね。未知の兵器に攻撃された挙句に自分達の艦や戦闘機を破壊されたんだからトラウマにもなるよ」

同時に自身らが信じて誇ってきた防衛力も否定されたのだから、その場にいた隊員だけではなく開発に携わった関係者までもがショックを受けたに違いない。同情せざるを得ない事実ににとりは複雑な気持ちになって言った。

「結局、そこで解雇されたもしくは辞職した人間がまだ男手を必要としている現場に流れ着くわけね。給料が安くてもいいから働かせてくれって求職する男性がやけに多いって話をよく聞くと思ったらそういう事・・・」

「レミリアさんの所もそうなんですね、うちも定員数をここのところオーバーして採用する事が多いんですよ。・・・しかし、全ての人が職に再び就けるわけじゃない」

ほんの一握りの人間のみが再就職を許されるのだ。こぼれ落ちた人間は次の機会を待つまで耐え忍ぶか、それとも路上で命を繋ぐ作業に勤しむ事になる。最悪の場合は誰にも心配されることなく朽ち果てるだけだ。

「私の友人が一応、職を失った人達で帰る家がないか食事が満足でない人に無償で住まいを提供しているわけだけど・・・正直、個人の力では対応しきれなくて溢れてしまう事があるって言っていたわ」

「何というか・・・前政権と各国、そのへんの対応がまるで出来てないくせにISの開発に躍起になっていたんだな。それでいて女尊男卑を黙認していたとは呆れてものも言えないね」

「対して現政権はまともそうで何よりだわ。疎かになっていた点をどう打開していくのか必死に行動しているみたいだし、このちっぽけな愚痴り合いの場にわざわざ来てくれているあたり本気だと見てとれるわね」

チラリ、と永琳は全体的に見て少し背が低く見える右手の方向に座る女性を眺め、含みのある言い方で問いかける。視線に気づき、先程から沈黙し顔を下げ気味だった状態から顔を上げた四季映姫は睨み返すように受け答えた。

「そうでもしなければ、そのうち日本という国はかの有名な映画とは違った意味で『沈没』してしまいますからね。ここで起死回生しておかなければ全てが遅いのですよ。・・・・・・それと、某大学を主席で卒業した挙句、数多の資格や賞を総なめし突然姿を消した貴女が開いたこの集まり・・・一体どこがちっぽけなのでしょうか?」

再来と謳われた貴女の後輩にあたる人物もこの場にいるようですし、と付け加えて言い返した映姫は感情がこもっていない瞳でそう告げる。

「ひゅいっ!?」

「形だけを世間から見たらってことよ。まあ、それでも集まったばかりなんだから大きいも小さいもないのだけれど」

「ともかく、探り合いみたいなことをするよりも話を進めましょうよ。時間は無限にあるわけではないのだから」

仲介に入り、話が混乱する前に軌道修正を行なったアリスは再び進行役をレミリアに任せ、自身の得た情報について事細かく丁寧に話した。

 

 

 

 

 

〜少女議論中〜

 

 

 

 

 

「―――じゃ、ようやく私の番ね。結構な長話になるから後の方へ回っておいて正解だったわ」

一通り他の皆の話を聞き終わったレミリアは待ちに待った自分の番に意気込み、意気揚々としてニヤリと笑っていた。進行役となりトリを務める以上、つまらない話を最後にするつもりは更々ない。そう予め決意していた彼女は開口一番に皆の経験談や聞いた話とは違う、まるっきり提案に近い内容の話を始めた。

「まず最初に言っておくのだけれど、このまま普通に回数を重ねて今の社会について議論したところで私達は確実に挫折するか潰されるわ」

「・・・随分と思い切ったことを言うわね。ちなみにそう考えた理由は何?」

妹紅が皆の思いを代弁するようにツッコミを入れ、レミリアに理由を問う。対してレミリアはペースを崩さないまま質問に答える。

「だって、いずれ『ISを根絶する』だの『ISが変えてしまった社会を良い方に変える運動を広めていこう』って方針になってしまうでしょ。前者は言うだけなら簡単だけれども手段が難しいし、後者はいくら政府の関係者が関わっているにしても事は思うように上手くいかないはず。運動を活発にしすぎて自滅するケースってよくあるわよね」

「・・・確かに一理ありますね。我々が得ている情報はどれも受け身で得た物ばかり、自分達から情報を得ようと動いても素人の私達がそれをやったらその多くがジリ貧になるでしょう」

永琳がどんな隠し玉を持っているのかはわからないが、状況によってはレミリアが予想する事態に成りかねない。だから、そんな事にならない為の『対策』というのも自然と必要になってくる。

「でも、具体的にどうするおつもりで?言ったからには何かしら策があるとは思いますが・・・・・・」

「大丈夫よ、そう難しいことではないわ。この問題はたった一つの、実にシンプルな方法で解決することができるの」

指を鳴らし合図をすると彼女の後ろに正座で待機していた咲夜が何かを手に立ち上がる。テキパキと席を回りそれぞれの前にホッチキスで角が留められた資料らしきものを置いていき、自身が座っていた場所に戻るとレミリアが礼を述べて彼女を座らせる。

レミリアは時は満ちたと言わんばかりの表情でにんまりと笑い、資料を手にして思い切って言った。

 

「―――私達に欠けているのは『先を見通し行動する力』・・・これは鍛えて身につけるものではなく、才能があってこそ手にすることができる力なの。だから、私はこの力を持っていると思われる・・・・・・『この人物』をまず引き入れることが先決だと考えているわ」

一枚だけ資料のページを捲り現れたのは、若干釣り目気味な瞳を持ち長く伸ばしたやや焦げ茶色の髪を後ろで簡単に纏めている男性の写真。首からはカメラを下げ何処か遠くを見つめている様子が伺える。そして彼が何者であるのか、それは答えるまでもなくその写真の下に事細かく明記してあった。

「名前は『睦月灯夜』・・・知っている人も多いかと思うけど、ISに関する記事を専門に書いている有名なジャーナリストよ―――って、あら?」

いざ説明をしようと思った彼女はふと周りの様子を確認して数名の様子がおかしいのに気がつく。周りの視線を余所に食い入るように資料を握り凝視しているのは何とにとりと霖之助の二人であった。

「・・・どうしたのよ、霖之助さん。何か気になることでもあったの?」

怪訝そうな顔でレミリアは霖之助に問う。すると彼は我にかえったような素振りをみせ答えた。

「いや、気になるというか、知った顔だったので・・・・・・」

「・・・まさか、灯夜の顔をこの場で見ることになるとは思わなかったなぁ」

彼に続いてにとりは呟いて言う。その発言に反応しもう一人、資料をじっくりと見つめていた四季映姫は二人に静かに質問をした。

「もしかして、貴方達も彼と知り合い・・・なの?」

「知り合いというより高校時代の友人なんですが―――――って、『も』?」

「・・・・・・。一つ聞きますけど、慧音を知っていますか?」

「え、ええ・・・彼女も大学の後輩よ。学部は違ったけれど同じサークルに属していたわ」

意外な共通点を持っていることがわかった三人は驚愕する。この奇妙な運命の繋がりを見たレミリアは暫し考え込んだ後、話を続けた。

 

「―――しかし、何故彼を引き込もうと思ったんですか?確かに彼の書く記事はどれも斬新で切り口が鋭いですが、それだけでは理由には・・・」

「なんないわよね、それはわかってるわ。その点だけを見たら彼は只の秀でたジャーナリストにしか過ぎない。しかし、三ページ目に載せた記事を見てみて頂戴」

「・・・『ブリュンヒルデの突然の棄権、その真実に迫る』?―――

 

『準決勝を難なく勝ち進み、残すところ決勝のみとなったブリュンヒルデこと織斑千冬が突然棄権を宣言し何処へと消えたあの事件。噂では決勝での相手であるアメリカの関与が疑われているようだが私はそうは思わない。何故ならば、第二世代型ISを投入し尚且つ実力で決勝戦まで勝ち進んでいたアメリカが最後の最後に対戦相手を棄権させる何らかの行為至るとは到底思えないからだ。いや、むしろ不自然すぎると言っても良い。 〜(中略)〜 この事件は恐らく、日本でもアメリカでもない第三者の関与があり引き起こされたのではないだろうか。それが国なのか、組織なのかはまだわかっていない。いや、わかったところで私が読者の皆さまにお伝えすることは叶わないだろう。この事件の真相を語ろうとしない政府が真実に至った私をそのまま放置するはずがないからだ。だから、ここで伝えておきたいと思う。今の社会には私達の目には見えない、得体の知れない影が蠢いているのかもしれないということを・・・』。・・・この記事が一体何だというの?」

読み上げた後、首を傾げ疑問を口にする幽々子。彼女の疑問はもっともだ。これだけを読んだのなら読者はただ何かしらの危機感を抱く程度に終わる。しかし、レミリアはこの記事が重要だとし目を離さない。

「アメリカが関与していないと予想し、同時に第三者の関与を疑っている点。これだけじゃ普通の疑ってかかる記事と何ら変わりないけれども、ある≪キーワード≫を含めて考えると別の解釈ができるのよ」

ある≪キーワード≫、それは偶然にも灯夜が会場を離れ一夏救出へ向かう際に小声で毒づき吐いた言葉。その言葉があって初めて記事に隠された真実が明らかになる。

「織斑千冬が準決勝を開始する前、彼は試合をそっちのけで会場から急いで離れていたの。それも相当焦った様子で。――――そう、『IS』・『誘拐』という単語を吐き捨てながらね」

「!?―――『誘拐』だって?それじゃあ、まるで誘拐事件が大会の裏であったみたいじゃないか!!」

「みたいじゃなくて、実際あったのよ。タイミング的に多分、決勝前に棄権して会場から織斑千冬が消えた理由がそれよ」

「つまり、ブリュンヒルデに事件が起こった事が伝わる前に灯夜は事件に気づいたってことか。犯人同士の電話のやりとりでも聞いてしまったのかもしれないね」

そう考えれば筋が通る。前政権が、大会側がひた隠しにするわけだ。世間にISが関わっている誘拐事件が起こっていたなど言える訳がない。公表してしまえば自分達の無能さと犯罪者に屈したという事実だけが残ってしまうからだ。

「何処まで彼が関わったのかはわかりませんが、もしかしたら国と組織・・・どちらが関与したまで把握している可能性がありますね」

「前政権の奴らに聞いてもダンマリするだけでしょ。彼に聞いたほうが余程早いと思うわ」

資料を更に捲ればそこにはかつて大学時代に灯夜が書いたレポートが所々抜粋され載せられていた。内容は第二回モンド・グロッソでの事件を予期したかのようなISの犯罪または過激な軍事利用の可能性についてと、同じく今の社会で問題視されている教育問題についてだ。自分達が言及するよりも前に書かれたそのレポートは正しく『予言文』、成程レミリアが彼を引き込みたい気持ちがよく理解できる。

「『先を見通し行動する力』って、そういう事・・・確かに彼を私達の中に加えれば強力な切り札的存在になるわね」

「しかし、問題は彼をどうやって引き入れるかですよ。彼の行動はこちらの知る由もないですし、今は何を記事にしようとしているのかわかっていないと不味いですよ」

雑誌の次号予告ぐらいしか今のところ彼の動向を探る方法がない以上、それ相応の手立てを用いて接触せねばなるまい。タイミングを上手く合わせなければ、機嫌を損ねてしまって交渉が決裂してしまう恐れがある。

「それでしたら今日、うちの研究所にRJ社との取材の予定がありましたね。所長が来られない理由がそれなんですがもしかすると・・・」

「風見環境科学研究所・・・そうか、幽香の所か。灯夜が取材に訪れるのなら彼女が此方に来れないのも納得がいく」

「私の同僚の議員も今日はそちらへ訪れたはずよ。入れ違いになったか鉢合わせているかもしれないわね」

 

徐々に同じ道を歩み始めようとしている灯夜と彼女達、彼らが出会う時はもはや時間の問題であろう。困難というものは決して一人で立ち向かうようにはできていない、複数の人間が協力し合って立ち向かうように出来ているのだ。したがって、定められた運命のように彼らは同じ場所に集いこの混沌と化したISの世界を変えるべく動き出すこととなる。

 

今回の会合では一先ず、灯夜と接触できるだけの距離を持つ友人である霖之助とにとりが交渉をするということでお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ、痛たたたた・・・やっぱ、換えの湿布買っておくんだったなぁ」

所変わって、紅葉がどこもかしこも道中に埋め尽くされている秋の夜道。人の姿が既に消え住宅街のほんの僅かの灯りと街灯のみが周囲を照らすだけとなった頃に一人の学ラン姿の少年は歩いていた。彼の名は織斑一夏・・・あと約2年の間に逃れられぬ運命を突きつけられ、望まぬ進学を強いられる事になる篠ノ之束によって人生を狂わされた内の一人だ。

彼はコンビニに寄って雑誌を一冊買い、今夜の夕食を済ませる為に友人の祖父が経営する食堂へと向かっていた。だがその途中、悲鳴を上げるように体のあちこちが軋むように痛み、事前に貼っておいた湿布が意味をなさなくなったことを理解する。しかもだ、あいにく予備も所持しておらず、購入出来る場所さえもとっくに通り過ぎてしまっていた。

一度戻って買いに行くにしてもその間自分の体が痛みに耐え切れるのかも不安である。頼れる姉も海外にいて身近にいない以上、無理をして人の気配のない場所で倒れるわけにはいかないと考えた彼は買いに行くことを諦め、残された体力を振り絞り予定通りの目的地へと渋々歩を進めることにした。

「はぁはぁ・・・くそっ、こんな事なら帰宅部なんてしないで剣道続けとくんだったぜ。おかげで昔の感覚を取り戻すのにこのザマだ」

塀に手を付きながら一夏は自分の愚かさを悔いて声を漏らす。小学校の頃に幼馴染の箒が転校してしまって以来、竹刀を手に取っていなかった彼は何故場所を変えてでも剣道を続けなかったのかと後悔していた。お金の問題は当然あるにしろ、土下座でも何かしら努力して姉に頼み込めば何とかなったかもしれないのだ。

今は弾の祖父である五反田厳の紹介を経て「魂魄道場」という彼の知人が新たに開いた場所で鍛えてもらっているわけだが、そのシゴキっぷりは半端ではなくおまけに同い年で姉弟子の少女に至っては既に弟子を取れるだけの力量を持っている。それでも師匠は未熟だというが自分から見れば遥か空の上の存在だ。まずは彼女を目標として鍛えなければ意味がない。

・・・しかし、技術の習得も大事ではあるものの優先すべきことが彼の場合はあった。一夏が優先して鍛えなければいけないのは剣の腕ではない・・・・・・何事にも動じない不動の心だった。

 

 

『・・・君は篠ノ之束に関わった(気に入られている)時点で普通には生きられない。ごく普通の学生として生きることも、ごく普通の一般人として生きることも既に不可能だ』

 

 

一ヶ月も前に聞いた男の言葉が彼の脳裏に甦る。忘れもしない自身が誘拐された事件と衝撃の出会いは深く記憶に刻み込まれ、今の自分のあり方というものを大きく揺さぶっている。

何せ、これまで自分が考えもしなかった・・・いや、心の何処かでわかっていて除外していた可能性を突きつけられたのだ。冗談なら冗談のままであって欲しい、そう思わせるほど信憑性が高かった言葉は忘れたくても忘れられはしなかった。

「おーい、一夏〜!!」

「・・・ん?」

ふいに後ろの方から聞こえてきた声のする方向へと体を向ける。筋肉痛のせいでぎこちないゆっくりとした動きではあるがそれでも懸命に動かし瞳に捉えさせると見慣れた長い赤髪の青年が目に映った。

「・・・ああ、弾か。すまん、稽古が長引いて遅くなっちまった」

「別に気にしなくていいぜ。俺はただ牛乳が切れそうだったから買い出しに行ってきただけだし、まだ夕飯は俺も食べてねえからな」

買い物袋片手に友人である五反田弾は寒さを感じさせない半袖姿でニカッと笑う。こちらの痛みの辛さを吹き飛ばすような彼のその笑みは少しだけ痛みに余裕をもたらした。

「それよりもどうした、何時にも増して大分ボロボロじゃねえか」

「なに、今日はハードな日だっただけだよ。このザマでもまだ軽い方なんだぜ・・・?」

「いやいやいや、既に全身傷だらけのお前が軽いとか言っても説得力まるでないからな。肩貸してやるよ」

「おう、サンキュー・・・助かるよ。正直、お前の家まで持つかどうかヤバかったからな」

言うなればライフギリギリの状態で歩いているようなものだった。道場に泊まるよう進められたのを素直に承諾していればよかったものを変なプライドを持って断った結果がこれだ。つくづく未熟だということに嫌でも気づかされる。

「・・・今日なんか『あの世で反省会でもせぬようにな、みっちり扱いてやろう』って言われて一方的にボコられたんだ」

「竹刀でだろ。あの人本当は真剣の方が得意っていうからまだマシじゃないかよ」

「そうでもない。マシとかそういう次元の問題じゃないんだ。あの人は絶対何を持たせても、何も持たなくても変わんないと思う」

「・・・・・・例えばそれがバナナでもか?」

「・・・何故にバナナ。ま、まあ、知略も凄いから大丈夫なんじゃないか」

その光景を見てはみたいけど実際に確認してみる勇気は流石になかった。

変な想像を振り払い彼は歩を早めるとふと弾が解せぬと言った顔で別の事を尋ねる。

「しっかしなぁ・・・何だって突然剣道をやりたいって思ったんだ?昔にやってたっつーのは前に聞いたけどさ」

「・・・ああ、それか。詳しい理由は口止めさせられているから話せないんだけどな、どうやら俺は好き勝手に進学できるかどうかわからないんだそうだ」

誘拐されたことは誰にも話してはならないと言われているため話すことはできないが、この先の進路に関しては全く何も言われてはいない。だから、言える範囲で一夏は弾に真実を告げることにした。

「・・・はぁ?そりゃどういう意味だよ、確かお前藍越学園狙ってたはずだよな。千冬さんに何か言われたのかよ」

「いいや、千冬姉には何も言われてはないよ。ただ、俺って束さんにそれなりに気に入られていたからさ、箒が高校に上がると同時に何か仕出かされるかもしれないってある人に言われたんだよ」

「箒・・・ああ、お前のファースト幼馴染ね。そういやあの篠ノ之博士と知り合いだっていつか言ってたな」

「うん。あの人って実は気に入った人間以外には興味わかなくてさ、徹底的にネチネチと悪口言うんだよ。対して気に入った人間にはハイテンションでよく話しかけてトラブルに巻き込むんだ」

灯夜に言われてから思い返してみると、篠ノ之束という人間はどこまでも破天荒でわがままな人間だった。自分の姉はよくそんな人間と今まで付き合っていられたなと感心してしまう。

「って、ことは気に入られているお前は何かしらの、篠ノ之博士が引き起こした問題に関わっちまうってことなのか」

「確定じゃないけどな、あくまで可能性が高いってことだ。杞憂に終わることができれば好ましいんだけど、そういう時に限って不意打ちを食らう」

「・・・じゃあ、お前が鍛え直しているっていうのは」

「この可能性を教えたくれた人が言っていた『動じない心』を鍛えるためさ。簡単に身につくとは思ってないし手に入れるには時間が結構かかるだろう。だからと言って何もやらないわけにはいかないんだ。・・・それとな、千冬姉に『知るな』と言われて知らないままで、のんびりと生活している訳にはいかなくなったんだよ。だから俺は―――」

体を支えてもらいつつ一夏は左手を強く握り締める。無知であることは今の自分にとって恥ずべき事と彼は思っているのだ。だからこそ、現実と向き合って積極的に己を鍛え、迫り来る運命と真正面からぶつかり合う準備を彼は着実にしている。

「一夏、何か困ったことがあったら言えよ。俺に出来ることは今の世の中じゃ限られちまってるけど、親友として相談ぐらいはちゃんとのってやる。当然数馬も巻き込んでな!」

「弾・・・ありがとな」

 

一夏は改めて弾という親友と友情を誓い合い、決意を新たに行動することにした。たとえこの先、厳しい稽古が待ち受けていたとしても彼は決してめげずに立ち向かっていくことだろう。その努力はやがてISと直接関わるようになった時にきっと発揮されるに違いない。

二人は食堂の暖簾をくぐり、香ばしい香りのする店内へと足を踏み入れ今宵の夕食に騒がしくそれでいて仲良くありついた。

 

説明
前後編になってたけど、合体。
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チートな仲間たち 睦月灯夜 織斑一夏 東方Project ISジャーナリスト戦記 IS インフィニット・ストラトス Dアストレイ 

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