とある麻帆良の道楽喫茶店主 |
とある魔帆良の道楽喫茶店主
レシピ1「故に彼の者は来店する」
日本の埼玉県にある麻帆良市、そこに存在する巨大な学園都市、私立麻帆良学園。
その麻帆良北東部に存在する、小高い丘の雑木林。そこにその店は存在する。
知的好奇心で来る事はできず、取材で訪れることも叶わない。
純粋に店に来る事を望んだ時と、その存在が必要なった時、その店は自然と目の前に現れる。
開店時間は日が沈んでから、閉店時間は店主の気まぐれ。休業日もしかり。
何せこの店は、店主の道楽でやっている店だから。
客を選び、店主が神様。客はただの来店者。
『お客様は神様』? 神様なら人じゃない。人じゃないなら化け物だ。化け物はこの店に来るんじゃない。来たらブチ殺す。人=人間じゃないから気を付けろ。むしろ常連は人間以外の連中ばかりだ。嫌なら来るな。売り上げ? そんなモノに興味は無い。何故ならここは……。
……道楽喫茶『月齢(げつれい)』。俺が店主の七篠権兵衛だ。文句が有っても聞いてやらないがな。
辺りが夕闇に染まる中、外灯の明かりがその店先を照らす。ドアには『営業中』の札が掛けられている。
店先には立て看板が一つ。
道楽喫茶(茶屋)『月齢』。
今宵も人知れず、営業中。
そんな店先に、一つの人影。
「こんな所に、喫茶店なんてあったのか?」
麻帆良学園中等部の制服に身を包み、人形の様に整った顔立ちの美少女が、金色の頭髪を夜風に靡かせる。
彼女が麻帆良に来て三年。最初の頃は新鮮で楽しかった。学校生活も授業も初めての経験だった。誰かに追われ続けて五百年以上。心の何処かで平穏と安息を求めた。相手の策略によって極東のこの地に縛り付けられたが、ひと時の安息を得られた。
しかし今日、その気持ちも、今までの思い出も全て踏みにじられた。
成長することのない体では進学することが出来ず、二度目の中学生生活を意識した時であった。卒業式以来久しぶりに街で見掛けた、級友たち。近くの喫茶店から遠巻きに彼女達を見かけた時、学校で過ごした日々を思い出し、顔が微笑みかけた。
しかし、彼女達の口から出た次の言葉に、その感情は一瞬にして凍り付いた。
『ねぇ、あそこの席に座っている子、すごく可愛くない?』
『本当だ。人形みたいで綺麗』
『あんな綺麗な子、うちの学園にいたっけ?』
『きっと外国からの旅行者じゃない? あんな綺麗な子がいれば噂になってるはずだもん』
『そうだよね。でも綺麗な髪だねきっと……』
そこから先のことは、よく覚えていない。
誰かに恨まれながらも、憎まれながらも、罵られながらも、知らない誰かが私のことを知っていた。
時に畏怖の象徴として、時に恐怖の代名詞として、時に倒すべき悪として……。
誰か誰かが、自分のことを知っていた。
忌々しくはあったが、孤独感や寂しさに苛まれることは無かった。
しかし、今のこの気持ちは何だ? この感情は何だ?
昨日まで親しく笑みを向けてくれた者が、そろって自分のことを知らない他人と指差す。
ここまで寂しさを感じたことは無かった。ここまで孤独感を味わったことも無かった。ここまで酷い絶望感を感じたのは、十歳の誕生日の時以来か……。自分にこのような呪いを掛けた相手を、こんなにも、コロシタイホド、ニクイトオモッタコトハ、ヒサシブリダッタ。
こんなにも酷い仕打ちで裏切られたのは、初めてだ。
家に帰る気力も無く、あてもなく麻帆良を彷徨った。
出来ることなら、この地を出て行きたかった。この時ほど縛られた自分が恨めしかったことはなかった。
いく当てもなく彷徨い、辺りが暗くなったころ、ふと気が付くと、来た事のない雑木林の中にいた。
林道を街灯が点々と照らす中、誘われるように足が前へと進んでいった。
十分ほど歩いた頃だろうか、店先に外灯を点けた、一軒の家を見つけたのは。
店先の立て看板には、『道楽喫茶(茶屋)月齢』の文字。入り口のドアには営業中の札。
懐かしい感じがした。始めてきた場所なのに、何処か安らぎを憶えた。
フラリとそのドアをくぐっていた。
「いらっしゃい。今日は随分と可愛らしい客が来たな。空いてる席、好きな所に掛け給え」
カウンターの向こうでグラスを磨いていた、店主と思わしき男が声を掛けてきた。
黒いバンダナを頭に巻きつけ、白い口髭と顎鬚に縁無しの眼鏡を掛けた、三十台後半から五十台中頃の壮年と思われる男が一人いた。
とえりあえず、カウンター席一番右端の席に座る。
どこに座ろうか迷ったが、この席が一番落ち着く。そんな気がした。
すぐに水とおしぼりが出される。メニューを見ようと思い探すが、それらしき物が見当たらない。
「なあ店主。メニューは無いのか?」
「品書きは作ってない。食べたい物を言えばいい。俺のレシピは千を越える」
つまり、客の注文のする料理を用意できる。何でも作れる、そう言っているのである。
なんとも男の自信に満ちた声に、思わずあっけに取られるが、ならば一つ、試そうと思った。
「焼き魚定食、魚は鮭で。それと食後に月楽の茶と栗羊羹」
料理はともかく、食後の茶は普通なら絶対に用意できない代物である。だが店を発見したときから、異様なほどにかき立てられる感覚がある。
五百年ほど前から抱き続けていた感情と、この店に入った時の感情が同じなのである。
確証はなく、推測と憶測でしかない。しかし勘がそうだと告げている。
「では、少し待っていてくれたまえ」
男は少しも表情を変えることなく、調理を始めた。
程なくして出てきた料理はありきたりな、塩鮭の定食。
「いただきます」
まず初めに味噌汁に手を伸ばす。
「……ずっ…………っ!」
その味噌汁の飲んで、それは確信した。間違いない、この味を出せるのはあの男だけ。
それから一言も喋らずに、箸を進める。無駄な御喋りは料理と男に対して失礼だ。
「ごちそうさま」
食器が下げられ、男は栗羊羹と茶を持ってきた。そしてお茶を一口。
「……やはり、いつ食べても貴方の料理は美味しい」
この人相手だと、自然と口調が変わる。いつの頃からか、彼とは、彼の前では、自分はこうなってしまう。
「おそまつさま。そう言ってもらえると、此方も嬉しい」
「貴方は相変わらずのようで安心したわ」
「君の方こそ、息災そうで何よりだ。エヴァ」
「貴方も。久しぶりねシルバー。いえ、銀狼」
互いに、どちらからともなく口元が微笑む。
こうして彼女は、再会する。
傷付いた心を癒し、渇いたのどを潤し、凍えた体を温める。
その日、彼女の自宅に明かりが灯る事は無かった……。
「ゴ主人ハ、イッタイドコデ油ヲ売ッテイヤガルンダ……」
そんな呟きが、あったとか。
おまけ。
「でも、ヒゲ似合いませんよ?」
「ほっとけ、ここまで生え揃うのに十年かかったんだ」
「飲食店でヒゲがあるのも不衛生じゃないんですか?」
「ここは俺の、道楽喫茶だ、だから問題ない」
レシピ2「結果ではなく過程こそ怪盗の醍醐味」
高度経済成長を続ける時代においても、変わる事無くそこに在り続ける、一軒の喫茶店が麻帆良学園の北東部の、小高い丘の雑木林に存在した。
まだ、夏の残暑が厳しい九月。夕日が沈むと店先に灯りが灯る。
道楽喫茶『月齢』。
店先の立て看板には、お品書きも書かれている。「冷し中華、麺以外もやってます」。
「いや、中華料理は冷めたら美味くねぇだろう?」
来店した客が、看板にツッコミを入れつつ、店のドアをくぐった。
今日来た客は、いったい誰かな?
「いらっしゃい。いつもの席なら空いてるぞ」
そう言って店主の七篠権兵衛(偽名)は、来店した客を席に案内する。
「サンキュー、ゴンちゃん。あいつ等はまだ来てないみたいだな」
客は赤いジャケットの男。
「あと三十分と言った所だろう」
猿顔を髣髴させる、日系イタリア人で猫背気味に歩くのが癖である。
「そっか、じゃあ軽くつまめるもんでも頼むわ」
権兵衛の言葉を、男は然程気にもせずに、お絞りと水を受け取って、いつもの席へ付く。
席に座ると、男は懐からこぶし大程もある宝石を取り出すと「ぬひひひひ」と笑いながら、愛しそうにキスまでした。
「それが、今回手に入れたお宝か? ……ほう、『徳川吉宗の倹約珠』か」
「あ、やっぱりゴンちゃんは知ってたんだコレ」
調理の手を止める事無く、一秒ほど男の持つ宝石を見ただけで、それが何なのかを看破する。
「ああ、ソレが発見された九州の某所を藩主は、当時八代目将軍になったばかりの吉宗にソイツを献上したんだ。
どういった経緯でソイツが、日本に入ったのかは不明だが、吉宗はソイツを見ながら質素倹約の案件を思い付き、幕府建て直しを図った。
まあ、結果として建て直しは、それなりに上手くいったが、幕府の衰退は止まらなかった。精々数十年伸ばしたに過ぎなかった。
だが、その時吉宗は、倹約して備蓄することが出来た金の一部を、幕府再建の為に何処かに秘蔵したと言われている」
「そして、その秘蔵された金の在り処が、この宝石にあると……」
「そう言う事だ。出来たぞ」
権兵衛は出来上がった料理を持って、男の席に持って行き、向かい側に腰を下ろした。
「鳥の唐揚げは皮と軟骨。漬物は白菜、胡瓜、カブ、茄子。それとアジの開きだ。酒はあいつ等が来るまで我慢しろ」
「分かってるって〜。じゃまあとりあえず、久しぶりの来店と再会に」
男がコップを片手に持つと、権兵衛もコップを手に持つ。
『乾杯!』
カチン。とガラスの音が小さく店に響いた。
権兵衛と男が談笑をしながら時間をつぶすこと、三十分。本日二人目の客が道楽喫茶『月齢』のドアをくぐった。
「やっぱり先に来てやがったな。おいおい店主まで一緒にかよ」
入ってきたのはスーツ姿の男と、
「権兵衛殿が一緒なら、酒は入っておるまい」
道着袴姿の男の二人組みだった。
スーツの男は目深にかぶった帽子と顎鬚が目に付く。道着袴の男は左手に白木造りの杖を持っている。
「ここは俺の店だぞ? 店主が客と一緒に飯を食っちゃいけない道理があるのか? ないだろう?」
言いながら権兵衛はカウンターに戻ると、二人分のお絞りとコップを持ってきた。
「まあ、確かに無いわな。月齢(ここ)じゃあ」
「分かっているならいい。さて、とりあえず生中でいいか?」
注文も聞かずに権兵衛はジョッキを四つ持って、席まで戻ってきた。
「ああ、ココまで来るのにいい汗かいちまったしな。しかし、俺はどうも日本の夏ってのはジメジメしてて苦手だねぇ」
「かいた汗が、此処に来る途中でお化けを見かけた時に流した冷や汗だからか?」
「なっ…………なんで分かる」
「この時期はよく出るからな。盆の祭事に触発されて、まだ逝ってないのが残ってるのさ」
「おいおい、勘弁してくれよゴンちゃん。さすがの俺様も幽霊相手は勘弁だぜ」
「拙者も見かけたが、あまり邪悪さや害意は感じなかったが」
「ウチの周辺には、簡易的な浄化作用がある布陣をしいてあるからな。たまに怪(あやかし)の客も来るからな」
「相変わらず非常識な場所だな此処は。俺のマグナムが可愛く感じらぁ」
「お前等のやってる事も、十分非常識の範疇だって知ってるか?」
『そりゃ違げぇねえ!』
「さて、それじゃ久方ぶりの再会と」
「お宝ゲットの成功を祈って」
『乾杯っ!!』
男達は杯を掲げる。
「ところで店はいいのかよ」
「すでに閉店状態にしてある」
『…………(いつの間に)』
そんな出会いが、此処道楽喫茶『月齢』ではよくある。
やって来る客は、誰もがその筋では有名でありながら、その所在や居場所を付き止める事が出来ない者達ばかり。
中には……。
「いようマスター。飲みに来たぜぇ」
金髪の天然パーマに葉巻をくわえ、赤いインナースーツを着込み、左手にサイコガンを持つ宇宙海賊や。
「マスター。いつものストロベリーサンデーとピザを、ピザはオリーブ抜きでな」
銀髪に真っ赤なコートを着込み、背中にギターケースを担いだ悪魔狩人や。
「権兵衛殿、今日は懐石料理を所望する。トロンベ風に」
謎の食通が来たり。もっとも彼は全く謎でもなんでもないが。
中にはこんな客も……、
「ぶるらあぁぁ。調味料何ぞで「黙れ」ぬがあぁぁぁ」
失礼。コレは間違い。
「マスター。ネジを一盛り」
ネジを食う、世界一の冒険屋や、
「邪魔するぜマスター。とりあえずロックで一杯頼む」
黒いコートにテンガロハットの賞金稼ぎ(バウンティーハンター)など。
さまざま世界から、
あらゆる人が、
そして刻さえも乗り越えて、
この店に客は訪れる。
道楽喫茶『月齢』
店主:七篠 権兵衛
今日も日没から不定期開店休業、致してます。
説明 | ||
にじファンからの転移テストです。 日本の埼玉県にある麻帆良市、そこに存在する巨大な学園都市、私立麻帆良学園。 その麻帆良北東部に存在する、小高い丘の雑木林。そこにその店は存在する。 知的好奇心で来る事はできず、取材で訪れることも叶わない。 純粋に店に来る事を望んだ時と、その存在が必要なった時、その店は自然と目の前に現れる。 開店時間は日が沈んでから、閉店時間は店主の気まぐれ。休業日もしかり。 何せこの店は、店主の道楽でやっている店だから。 客を選び、店主が神様。客はただの来店者。 『お客様は神様』? 神様なら人じゃない。人じゃないなら化け物だ。化け物はこの店に来るんじゃない。来たらブチ殺す。人=人間じゃないから気を付けろ。むしろ常連は人間以外の連中ばかりだ。嫌なら来るな。売り上げ? そんなモノに興味は無い。何故ならここは……。 ……道楽喫茶『月齢(げつれい)』。俺が店主の七篠権兵衛だ。文句が有っても聞いてやらないがな。 |
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