月面基地 |
蒼く光る地球、星星の輝きと、太陽の光を一身に浴びるこの豊かな星は、いま人類によって食い潰されようとしていた。
しかし、そんなことを感じさせないほどの宇宙の姿は、このなにものも一切の生物の生存を拒む環境であってさえ、なお美しく感じられた。
ゴップ首相は、そう往還船の窓から見える光景に目を奪われながら思った。
引力から解き放たれ、自由となったこの身は、まさに人類の最前線に立っているといえよう。
ゴップは月基地に船が収容されるまで、ずっと宇宙(ソラ)を眺め続けていた。
船が無事基地に降り立ち、エアロックを通って検疫を済ませたゴップ首相は、基地司令に出迎えられ、早速基地内部の視察に出た。
月の洞窟内部に作られた基地は、今までのクレーター内部に作る基地とは違い、機密性や外の有害な紫外線や放射能を防ぐといった面で優れていた。
基地内部は明るく、空気も清浄で快適であった。
従来の宇宙船のような圧迫感や息苦しさはなく、エレベーターの隙間からのぞく街の様子にゴップは満足していた。
エレベーターを降り、エレカに乗り込んだ一同は、基地内部や様々な場所と視察した。
この基地は、来るべき宇宙移民に備え、洞窟内部に基地関係者やその家族が住む街が広がっていた。
郊外には二酸化炭素を吸収し酸素を供給する為にグリーンパークが設けられ、住民の憩いの場として親しまれている。
エレカから市民の様子や、街の風景を隅々まで見て回り、ゴップは確かな手応えを感じた。
「上手くいっているようだな、天井がなければ地球の街の錯覚するほどだ。」
実際、基地内部は首都ダーウィンを模した為、非常に緑が多く活気にあふれていた、しかし、いくら洞窟の中とはいえ一日中日の光を浴びない生活はそれだけで体に不具合が生じる。
その為、天井には窓が設けられ、光量を調節しつつ、街に太陽の光を降り注いでいた。
ゴップの最上級のほめ言葉に、基地司令も嬉しそうに答え、
「ええ、これもみな閣下のお力あってこそです。ここ八年間で基地機能は飛躍的に向上し市民の生活もゆとりが出てきています。」
「そうか、まあここは何れ人類の宇宙進出の足がかりとなる場所だからな、市民生活の向上は喜ぶべきことだ。」
ゴップ首相の一団は、今日の視察の最後に月に進出した国営企業「アナハイム・エレクトロニクス社」の工場に向かった。
「これはこれはゴップ首相、ようこそ御出で下さいました。私はこの工場の責任者のマーフィン・フィルチです。」
「ああ宜しく、マーフィン君、早速だが工場の案内をしてくれないかな?」
互いに固く手を握り合ったゴップは、そういうと、マーフィンは直ぐにでもと答え、工場内を走るロボットカーに乗り工場内部を案内していった。
アナハイムの工場はここ以外にも、月の採掘場や建設中の基地やマスドライバーにも居を構え、その標語通り「スプーンからスペースシャトルまで」ありとあらゆる物資や製品を加工し、月での生活に無くてはならない存在になっていた。
また、工場製品や採掘だけではなく、ISコアの研究も連邦と共同で行っており、その恩恵が先ほどの往還船や基地内部での快適な居住を実現する疑似重力発生装置やマスドライバーや採掘現場での重機などにその技術が応用されていた。
ここでもまた、IS技術の研究が盛んに行われており、連邦が接収したIS技術と合わせて凡そコアのブラックボックスの三十%の解析が終了していた。
ロボットカーが自動的に工場内部をレールに沿って進み、マーフィンは先頭車両に乗ってゴップに身振り手振りを交えながら説明していた。
「このブロックは、月で採掘した鉱石の加工、研究を行っており、この基地の年間必要資材の四十%を供給しています。この方法は、先ず採掘現場に加工場を設け、それをここに運び込んで用途に応じて精製し実際の製品を作っています。この方法は長らく学会の方でも.......。」
しかし、いささか専門的すぎるのでゴップ以外の付いてきた官僚はチンプンカンプンであったが、ゴップ首相本人はそんな彼らの様子を見て、小さく笑っていた。
「......ええ、最後になりましたがこの工場の最重要区画とも言っていい研究施設に案内します。ここでは月で産出されたヘリウム3の研究や希土類レアメタルの加工精製技術の研究、およびその配合と合金技術の研究。より効率的な作業工程の研究を行っています。」
「では、実際にここで研究されている資材をお目にかかりましょう。」
マーティンは、無重力区画が近いため若干頭の毛が逆立つのを手で押さえながら、研究資材を運び込むよう作業員に合図した。
しばらくして、トラクターに乗せられた様々な種類の金属が並び、配布された資料に目を通すと、そのどれもこれもが地球では精製できないような金属ばかりであった。
「ええ、まず現在アナハイムの総力を挙げて研究しているこのルナチタニウム合金ですが、月でしか取れない希土類を使用し、何層も重ね合わせるように精製加工圧力を加え、いくつかの試作品が完成しました。この合金は従来にない粘りと強度、耐熱性を兼ね揃えまさに理想の金属となっています。この研究が進めば今後基地建築用の資材や往還船の外部装甲として機能する事でしょう。」
ゴップは目の前の資料と見比べながら、目の前に並ぶ合金に感嘆の声を、内心で上げた。
やっとここまで来たか、後は恒久的基地の建設とマスドライバー、さらには宇宙軍を設立すれば今後の連邦の繁栄は約束される。
だが.......問題があるとすれば.....。
「質問をいいかな、この資料と君の説明を信じればこれは正に現場に蘇ったオリハルコンだろう。しかし、精製工程の複雑さ、さらには熟練の技術者をもってしても加工の難しさが一つ、それと現在産出されている希土類の量では十分な生産ができないこと、さらには以上の点を合わせて今後研究を進めるに至ってコストの問題をどうするのかだな。」
ゴップの指摘は的を射ていた。
ルナチタニウム合金は確かに素晴らしい可能性を秘めた金属だが、しかしそれゆえに宇宙空間でしか精製できない特殊性と、加工までのコスト、並びに素材の希少性からどうしても大量生産には向かなかった。
「それにつきましては......その、今後とも研究を重ね、解決の方策を探っていく事になります。あああ、いえ別にこれ以上のコストダウンが難しいというわけではないのですが....その、やはり今後の技術発展がない限り正直量産は難しいと言わざる終えません。」
その言葉に何人かの官僚が落胆した表情を見せるが、このままでは研究を打ち切られると思ったマーティンは、
「ですが、ルナチタニウム合金を精製する際に得た技術をスピンオフする事によって従来よりもより軽量でコストの安い金属を開発できました。」
次に運ばれてきた金属は、縦二メートル、横幅四十センチ、厚さ三十センチ程の金属であった。
それと軽々と手に持ったマーティンは、
「この金属は新開発の発泡金属で、低重力でしか精製できませんが、その代わり軽量性に富み、衝撃吸収素材や工程の容易さから大量生産がきき、今後のスタンダードになっていくこと間違いなしです。」
一人一人手に持って実際に確かめた重さは、確かに軽量を売りにしているだけに羽毛を手に乗せたような感じで、殆ど重さを感じなかった。
「素晴らしいな、これは。強度も十分に確保されているし、これならば宇宙艇の内部装甲や戦闘機の装甲素材としても使える。」
あちこちで感嘆の声が上がるなか、ゴップもこの成果には満足そうな笑みをたたえ、今回の工場視察は大変有意義な時間に終わった。
一週間程の視察を終えたゴップ首相は、帰りの往還船に乗り、地球へと戻っていった。
帰りの船の中でゴップは、一人静かに目を閉じていた。
今後の宇宙開発を思い、まず一番に解決させなければならないのは、あのテロリスト篠ノ乃束の事だ。
あの天災の頭脳をもってすれば容易に連邦の目論見に気がつくだろう。いや既に気が付いていてその恐るべき頭脳をもって何を企てていることやら.....
今は闇にまぎれて見えないが、何れやつが表舞台に姿を現す時が来るだろう、その時こそあの凶悪なテロリストと決着をつける時だ。
だからこそ、今は力を蓄えなければ.....。
ゴップ首相は極秘裏に地球に帰還し、その一ヶ月後には連邦軍の大規模な増員を行う事を宣言、常備六十個師団を倍の百二十個師団に増設。
海軍の新造艦建設と艦船の改修、空軍は連邦宇宙局と連携して新型宇宙艇の開発に本格的に乗り出した。
この動きを、ISを保有する各国は嘲笑し益々IS開発にのめり込む事となる。
だが、彼らは知らない。
連邦がISさえも凌駕する力を蓄えつつある事を。
そして、それに気づいているのは天災ただ一人であった。
「.....いっけないね〜連邦のゴップおじさん。口では平和とか言っておきながらバリバリ軍事国家の独裁者じゃん。ちーちゃん達をテロリスト扱いしておきながら自分はいったい何様なんだろうね?.........やっぱりムカつく。ちーちゃん達を悲しませて何よりも束さんを不快にさせた人には、お仕置きをして上げなくちゃね。」
天災篠ノ乃束は、一人薄暗い笑みを浮かべながら、頭の中で黒い陰謀を渦巻き始めさせた。
この天災の策謀が、あとあとになって現れるとき、いったい世界はどうなってしまうのか?
果たしてゴップ首相はテロリスト篠ノ乃束の陰謀を阻止できるのか。
時代は急速に動き出そうとしていた。
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第六話投稿 | ||
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