織斑千冬という人間 |
第一回モンド・グロッソ大会から三年。
大会初の内陸ドイツでの開催となった二回目の大会には、各国が三年間の研究成果の粋を集めたISを参加させ、どの国も優勝を狙っていた。
この大会の良いところを上げるとすれば、実力さえあれば優勝し国家の発言権が上昇する可能性が誰にでも与えられているところだ。
事実前大会の覇者織斑千冬を出した日本は、連邦に事実上占領されているとはいえ、開発国の意地を見せた。
そして今回もまた、大会二連覇を狙う日本は、織斑千冬とIS暮桜を駆り大会に参加していた。
.......しかし今回もまた連邦は自国のISを参加させるどころか、まるで興味ないとばかりに政府スタッフを誰一人として大会には寄こしてはいなかった。
各国の威信をかけたこの大会で、あるまじき暴挙であるが、しかし彼らはライバルが一人減ったというだけで、連邦の事など頭から消し去っていた。
大会の控室で、今しがた勝利を掴み取った日本代表、織斑千冬は、頭にタオルをかぶせ、失った水分を補給する為に手に持つチューブを口に含んだ。
長い黒髪と、抜群のプロポーションをもつ彼女が、試合後の汗に濡れてぴったりと張り付くISスーツとはだけた胸元に浮かぶ丸い汗の粒が、煽情的な光景を生み出していた。
織斑千冬には大切なものが二つある。
友であり今はテロリストとして指名手配されている篠ノ乃束。
彼女の唯一といっていい肉親である弟の織斑一夏。
この、何者もにも代えがたい二人を支えに、千冬はいままで生きてきた。
千冬の両親は、幼い兄弟を残し姿を消し、その無責任さに憤った千冬は、本来ならば孤児院に入るべき所を、弟と二人っきりで帰る親のいない家に住み続けた。
そうして、近所付き合いがあった篠ノ乃家に助けられながら、ある日彼女の運命を決める人と出会った。
そう、天才篠ノ乃束であった。
束は当時すでに天才の名を欲しい侭にしていたが、天才特有の人格破綻から、自分の世界に籠りがちであった。
そんな彼女が肉親以外に初めて外に関心をもったのが千冬のであった。
彼女と出会い、一目で彼女を気に入った束は千冬と親交を深め、互いに親密になっていった。
そんな時、彼女に第二の転換期が訪れる。
そう、千冬の弟、織斑一夏との出会いだ。
会ったその時から、触れ合った瞬間から胸の鼓動が高鳴り、頬が真っ赤に染まり、息苦しくなった。
彼女は、初めての経験に混乱した。そして、その明晰な頭脳でこの正体を知った。
彼女は生まれて初めて「恋」をしたのだ。
それから、益々彼女は織斑家に入れ込み、二人を喜ばせるために、また関心を引くために様々な事をした。
束が政府の主催の研究機関を立ち上げ、そのテストパイロットとして千冬を指名したのも、どんな時でも二人と一緒にいたかったからだ。
千冬も、幼い一夏を養うために様々な苦労を抱えていたが、政府認定の公務員という資格と何よりも束が便宜を図ってくれた為、思い切ってこの話に乗ってみた。
それ以来、昼夜を問わずの軌道実験や空中機動演習、様々な実験を重ね家に帰るのが遅くなる事が間々あった。
そんな時でも、一夏は帰ると「お帰りなさい千冬姉ぇ」と言って出迎えてくれた。
一夏の笑顔を見るだけで、千冬は仕事の疲れなど直ぐに吹き飛んでしまい、恥ずかしがる弟を連れて一緒にお風呂に入ったり、一緒の布団で眠ったりした。
千冬は、この生活に満足していた。
満ち足りた生活が、このままいつまでも続けばいい、そう考えるようになっていた。
........しかし、平穏な生活は突然音を立てて崩れ去った。
ある日、研究所での稼働実験をしていた最中に、突如として日本に幾千発ものミサイルが飛来し、日本の防衛能力では半数以上のミサイルが日本に命中し甚大な被害が出ることを束から知らされた私は......。
ISを強制起動させ、研究所を飛び出しミサイルの迎撃に向かった。
この時気がついていればよかったんだ。
なぜ、このタイミングでミサイルが発射され、なぜ実験中のISがフル装備で待機していたのかを.....束だったら私がどんな行動に出るか、容易にわかる筈だ。
だが、この時の私は、帰りを待つ一夏の姿がチラついて、そんな事など考える暇はなかった、ただ、あの子の笑顔を守りたいから、私は....。
無事にミサイルを迎撃した私は、その後逮捕されるのを覚悟で研究所に戻った。
ISの無断国内使用は、どんなに言い訳を言っても、何かしらの罰を受けなければならない。
だが、そんな私の杞憂を裏切るように、研究所で私を出迎えたのは政府の役人ではなく、歓声を上げる研究者や整備員の歓迎であった。
訳も分らぬまま、困惑する私をよそに、握手し、感謝され、そのうち私は気付いた。
ああ、私が守ったのは一夏だけじゃなかったんだ。
彼らの笑顔を見ると、私の行動によってどれだけ人々が救われたか....この時の私たちは日本を守れた事を喜び、ともに笑いっていた。
しかし、事は私たちが思いもしない事になった。
各国がISの力を恐れ、連合軍を組み、日本に攻めてきたのだ。
この時の私は、混乱する研究員の中出撃の準備に追われていた。どうして、こうなったのも分らぬまま、ただただ流されているままだった。
そんな時、束が私を呼んで二人っきりになった時に、突然束が謝った、
どうしてこんな事になったのか、正直に事の真相を話し、
自分の作品が認められないのが悔しくて、ミサイルをハッキングした事、
そうして、ミサイルを世界の目の前で撃墜する事によって、ISの性能を世界に示し、ISを認めさせようとした。
計画は上手くいった、でも世界が過剰反応して軍を派遣してきたのだ、そうして私が実戦に駆り出されそうになった時、束は全てを話してくれた。
なんと愚かで、短絡的で、自分勝手な論理で大勢の人を危険にさらした束に、思わず手を上げようとして.......
「ごめんなさい.....ごめんなさい......ごめんなさい......束が....出ていけば.....いいから....ISなんか...いらない。.....そうすれば、ちーちゃんが戦わなくて済むから....だから........。」
泣きじゃくりながら、目を兎のように真っ赤にして謝り続ける束の姿を見て、この何時も人を小馬鹿にしたような姿しか見せない束が、今は天災ではなくただただ自らの過ちを謝り続ける一人の少女でしかなかった。
私は、上げようとした手で束をギュッと両手で抱きしめた。
驚く束に私は耳元で囁いた。
「私が全部守るから、束も一夏も全部守ってあげるから、だから...今は力を貸して、篠ノ乃束!!」
両肩をつかみ、束に真正面から本気の言葉を投げかけた。
そうして、束の返事も聞かずに、ISへと駆けだしていった。
「.......ずるいよちーちゃん。そんなこと言われちゃったら、束さん本気になっちゃうよ///////」
別の意味で顔を真っ赤にして放心した束は、しばらく床にへたり込んでしまった。
IS「白騎士」を出撃させ、迎撃に向かった私は、初めての命のやり取りに躊躇い、防戦一方だった。
しかし、途中から回復した束のサポートもあり、IS本来の性能を発揮した私は、先ほどの劣勢を覆し、次々と脅威を振り払い、
罪の意識に捉われながらも、一夏の事を信じてくれる束の顔を思い、太刀をふるいつづける。
......気がついたときには、周りに敵はいなくなり、撤退する艦隊と飛行機の姿を見たとき、ようやく私はホッと一息つけた。
束のおかげで、犠牲を出すことなく、撃退する事に成功した私は、
ああ、これでやっと家に帰れる。
と、心のうちで呟き、帰還しようとしたその時......。
「みなさんこんにちは、地球連邦首相ヨハン・イブラヒム・ゴップです........。」
突如として全回線での放送で、ゴップ首相の演説が始まった。
ゴップは、私たちを一方的にテロリストと呼び、日本政府がテロの脅威に晒されていると一方的に決めつけ、テロの脅威から日本を”解放”する為に軍を派遣すると言った。
私は、大切な親友テロリスト呼ばわりされ、何よりも守ろうとした日本を人質にとっているという言葉に激怒した。
「誰が好き好んで弟を人質にするか!!」
声にならない魂の叫びをあげ、束の指示を無視して私は向かってくる連邦と戦った。
でも......結局、私は何も守れなかった。
国会を占領され、研究所も連邦軍に制圧た私は帰る場所を失った。
束との連絡も途絶えた私は、独断で日本へと戻り、IS「白騎士」のコアを隠すと、当局に出頭した。
連邦と条約を結ばされた日本は、何が何でも束を捕らえようと私を尋問した。
だが、私は友を売り払う事など拒み、ひたすら沈黙を保ち続けた。
何日も、何日も、来る日も来る日も尋問を重ねられ、肉体精神ともに憔悴した私は、それでも話す事を拒み続けた。
このまま私は捕らえられたままなのか......そう漠然と考えている私に、ある日転機が訪れた。
「アラスカ条約」締結によるISの普及が、日本に優秀なIS搭乗者を求めさせた。
ISを初期から研究に携わっていた私は、当局と司法取引をし、ISに関する全ての情報を話す代わりに身分の保障と、一定の自由、そして日本の代表としてモンド・グロッソ大会に出場する権利を得た。
私は、今以上に自由を得るために必死で戦い続けた。
強くなって、今度こそ全てを守れるようになる為に。
優勝し、ISの頂点に立った私は、ふと一夏との距離を感じた。
私がISに打ち込めば打ち込むほど、一夏がいる家から離れ、たまに帰る事さえなくなっていた。
無理をして休暇を取った私を、一夏が本当にうれしそうに迎えてくれた事が、逆に私の胸に刺さった。
しかし、今の私の立場は自由に一夏と会う事さえままならない。
もっと、自由が、もっと力がほしい。
そう願う私に、チャンスが訪れる。
第二回モンド・グロッソの出場選手枠を見事獲得した私は、勇んで大会に出場した。
ただ、今回はもう一つの目的もあった、何かとさびしい思いをさせている一夏に少しでも気晴らしになればと一緒に開催地であるドイツに連れて行き、私の要望も叶って護衛兼監視付きで出国を許可される。
初めて乗る飛行機に興奮する一夏を微笑ましく見ながら、私は大会で順調に勝ち進んでいった。
どの相手も厳しい戦いをくぐり抜けて来ただけあって、みな折り紙つきの実力者だったが、一夏に良いところを見せようと奮起したおかげで、見事決勝戦に進出する事が出来た。
だが、思いもよらない事件が千冬を襲った。
試合を終え、次の試合までに一目一夏を見ようと一夏がいる特別室に向かいそこには.......一夏の姿はなく、倒れ伏す警備員がうめき声を上げているだけだった。
この事は直ぐに戒厳令がなされ、極一部の者たちの中でとどまったが、しかし決勝戦進出が決定した矢先のこの事態は、いらぬ憶測は巻き起こした。
千冬は、何もすることができず、不甲斐ない自分を情けなく思う暇もなく、選手室に戻された。
項垂れる彼女は、もっと一夏の事をちゃんと見ていればと、繰り返し後悔の言葉を呟いた。
そんな彼女の前に、ドイツの情報局の者と名乗る人物が現れた。
そいつは、一夏の居場所を教えると言い、代わりに交換条件を出した。
千冬には断ることなど出来なかった。
即座に決断した彼女は、条件を呑みただ一心に一夏を救い出すべくISを起動させた。
こうして、一夏誘拐事件は幕を閉じ、千冬はドイツに一年間の出向をすることになったが.......。
「以上が今大会で起きた事件の全容です。犯行グループは織斑千冬によって全員捕縛されたとの事ですが、いまだその目的は判明していません。情報部が背後関係を洗った所、亡国機業(ファントム・タクス)と名のるテロ組織が実行を仄めかしたとの報告が上がっております。」
執務室で報告を聞いたゴップ首相は、ただ一言
「御苦労。引き続き捜査にあたってくれ。」
と、だけいい、口を噤んだ。
......天災の暗躍は認められず、新たな組織の出現.......。
ゴップ首相は手元の受話器に手をとり、ある指示を出した。
「ああ、私だ。今回の事件は聞いているな、ならドイツに動きがある筈だ、ドイツのIS研究所関連と軍上層部を洗ってくれ。ああ、ああ、場合によっては介入も考えられる、その場合は少々手荒になっても構わん。やつらの尻尾を掴んでくれ「........。」わかった、最終的にはそちらに一任する、朗報をまっているぞ。オセロット少佐.....。」
「....ええ、もちろんです。首相閣下。」
チャ、チャ、チャチャー、スネークイーター......。
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