IS《インフィニット・ストラトス》 駆け抜ける光 第二話〜女性優位の世界 |
「なぁ光輝、お前ISの勉強したのか?」
「まぁ一応。夏兄はまさかの捨てちゃったパターンだからね。先生が怒るのも仕方ないよ」
二時間目の休み時間、僕は女子達の熱い視線を感じながら夏兄と話していた。夏兄ったら入学前に貰った必読の参考書を捨てたんだから、相変わらずおっちょこちょいというか何というか。
夏兄はお母さんの弟で、血の繋がってる家族はお母さんと夏兄の二人だけらしい。僕と同じように親に捨てられたって言ってた。でもお母さんは「これからは三人家族だな。家族は多い方がいい」って笑ってたんだ。僕はお母さんと住んでたから夏兄とは会える時間が少なかったけど、夏兄もお母さんと同じように優しい、暖かさを持った人なんだよ。
「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
「はい?」
話しかけてきた相手は、地毛の金髪が鮮やかな女子だった。白人特有の透き通ったブルーの瞳がややつり上がった状態で僕達を見ている。
わずかにロールがかかった髪はいかにも高貴な生まれですよ、と主張しているようであまり好きじゃない。敵意は無いようだけど、明らか見下してる。
「訊いてます? お返事は?」
「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」
夏兄が答えてくれた。この人はあんまり好きじゃないのもあるけど、初対面人と話すのは苦手なんだよ……。
すると、目の前の女子はかなりわざとらしく声をあげた。
「まあ! なんですの、そのお返事?。わたくしに話しかけられただけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
ISを使える。国家の軍事力になる。だからIS操縦者は偉い。そしてIS操縦者は原則、女子しかいない。
だからってその力を振りかざすのは違う! 力を持った時から誰かを傷つけることを知らない奴だな。物理的なものや、こういう精神的な攻撃もある……。
「悪いな。俺達、君が誰か知らないし」
そうだよ。自己紹介でいろいろ言ってたけど、所詮はむやみに立場だけを主張している人なんかどうでもいいよ。
でもその反応が相手にとって不可解なものだったらしく、吊り目を細めて、人を見下す口調で喋る。
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」
「あ、質問いいか?」
「ふん。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
いちいち感に触る子だ。
「代表候補生って、何?」
がたたっ。聞き耳を立てていたクラスの女子数名がずっこけた。そりゃそうだよね……。夏兄さすがにそれは分かろうよ。
「あ、あ、あ……」
「『あ』?」
「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」
すごい剣幕だった。血管マークが三つぐらいついてそうな……。
「おう、知らん。光輝は知ってるか?」
「う、うん。夏兄、さすがに知っておこうよ……」
オルコットさんは怒りが一周して逆に冷静になったのか、頭が痛そうにこめかみを人差し指で押さえながら、ぶつぶつ言いだした。
「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識」
「で代表候補生って?」
「僕が言うよ。国家代表IS操縦者の、その候補生として選出される人のことだよ」
「もう一人の方の言う通りですわ。いわゆるエリートなのですわ!」
結局はそう言いたいんだね。下らないよ。
「そう、わたくしは優秀ですから、あなた達のようなような初心者にも優しくしてあげますわよ。ISで分からないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
唯一を強調してたけどさ、僕達も……
「それなら倒したぞ。光輝もだよな?」
「そ、そうだね。そんなに強くなかったよ」
一部の女子が「可愛くて強いなんて……同じクラスになって良かった」なんて言ってるよ。うぅ可愛いだなんて……
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子ではってオチじゃないのか?」
ピシッ。何か……氷が割れるような音が。
「あなた達も教官を倒したって言うの!?」
「うん、まあ。たぶん」
「そ、そうだよ。たまたまかもしれないし」
「それでもこれが――」
キーンコーンカーンコーン。
ちょうどチャイムが鳴ってよかった。やっとお嬢様の見下しタイムも終わったよ。
「またあとで来ますわ! 逃げないことね!」
はぁ〜まだ続くのか……。
「はいっ。織斑くん兄を推薦します!」
「私は可愛い弟くんをっ!」
二時間目。クラス代表者――クラス対抗戦や生徒会の会議の出席とか、要はクラス委員長な感じ――を決めようってことになったんだけど、どうにも僕か、夏兄になってしまうそうだった。
「代表候補生は織斑一夏、光輝……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」
「ちょっと待ったっ」
「そうだよ! こんなこと」
とっさに立ち上がる夏兄と僕。そして視線の一斉射撃。僕には感じる、『この二人ならどうにかなる』という無責任な期待が……。
「織斑兄弟。席に着け、邪魔だ。他にはいないか? いないなら無投票当選だぞ」
「納得いきませんわ!」
バンッ机をと叩き、そしてこの声は間違えない。お嬢様が降臨してきたよ。
「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
黙っているのをいいのに言いたいこと言いやがって……
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなければならないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」
もういい。夏兄も同じなのか相当な怒りを感じる。
「イギリスだって大したお国自慢じゃないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
――夏兄、すごい!
「あっ、あっ、あなたねえ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「侮辱? オルコットさんも侮辱したよね?」
僕はいつの間にか口を開いていた。
「僕は君のその感覚が嫌いだ。そうやって力を無理やり振りかざして、他人を傷つける。その考えが一番嫌いなんだよ!」
静かに「怒った弟くんもいいなぁ」とか聞こえるけど、気にしてる場合じゃない。こいつだけは。
「決闘ですわっ!」
オルコットさんは一番の敵意を僕達に向けてきた。つかいちいち机を叩くのはやめなよ。
「おう。いいぜ。その方が分かりやすいしな」
「そうだね。男だからってハンデなんかいらないからな」
その言葉を言った途端、クラスがざわめく。変なこと言ったかな?
「二人とも、本気なの?」
「男が女より強かったのは大昔だよ?」
「ISが使えるかもしれないけど、言い過ぎだって」
みんな本気で笑ってる。でも、やってみないと分からないでしょ?
オルコットさんも明らかな嘲笑をその顔に浮かべていた。
「じゃあ負けたら二人ともわたくしの奴隷として学園を過ごすのよ」
「あぁいいぜ。やってやるよ」
「構わないよ。負ける気はないから」
許せないんだ。こんな考えを持ってる奴がいるから分かりあえない……。そうやって他人を見下して傷つけてる。それを気付かせるだけでも。
「さて、話はまとまったな。勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。兄弟とオルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」
お母さんがパンッと手を叩いて話を締める。僕は敵意を感じながら席に着いた。
――この一週間出来ることをしていこう。絶対に勝たなきゃ!
その前に授業を受けないと、それからだね。
「ふう、なんか疲れたな」
今日の授業も終わり、放課後。山田先生から寮の鍵を貰い、部屋で休憩中。
部屋には大きめのベットが二つとシャワー室。ベットはけっこうな高級品でなんというか、もふもふ感が違う。さすが世界のIS学園だね。
僕と夏兄の二人の部屋になった。夏兄だから良かったけど、知らない女子だったら緊張して動けないところだったよ。ありがとう夏兄。
「あ〜さっぱりした。待たせたな、夕飯行くか?」
「うんっ。そうしよう」
部屋をでて食堂に向かうのはよかった。でもそこら中に、
「なんでこうも僕達、監視みたいなことになっるんだよ」
「確かにな、極端に男子との交流が少ないからテンションが上がってるんだよ。捕まらない内にさっさと行こうぜ」
僕達はダッシュで駆け抜けた。そこに一人の女子が出てきた。
「なんだ、箒か。どうかしたか?」
彼女なら安心だ。
篠々之箒(しのののほうき)さん。夏兄の幼馴染なんだけど、僕自身はあんまり話したことないからどんな人かは知らない。でも他の女子のように襲ってくることはなさそうだ。
黒のポニーテールで、肩下まである黒い髪を結ったリボンが白なのも変わってない。確か剣道でかなりの実力者だったかな?
「ちょうどよかった。二人とも一緒に食堂に行かないか?」
「いいぜ。多い方がいいしな。光輝は大丈夫か?」
「い、いいよ。僕は大丈夫……」
やっぱり緊張する。失礼なのは分かってるけど、うぅ……
僕達は隠れている女子を避けながら食堂に向かった。
「明日から私が二人を鍛える。いいな?」
夕食中、特訓をどうするか箒さんに尋ねてみるとそれに付き合ってくれるというんだ。良かった、心強い味方だよ。
「本当か? 助かるよ。明日から頼むぜ箒」
僕の勘違いか箒さんの顔が赤くなった……そうか夏兄の事が好きなのか。雰囲気で分かるよ。そう考えたら僕はいない方がいいかも……
「僕は、止めとくよ……」
「どうしたんだよ、光輝? そうか! 箒が怖いのか? 大丈夫だって、な? 箒……ってどうしたんだよ?」
あぁ、好きな人に怖いって言われたらそりゃ怒るよね。夏兄が悪い。
「なんでもない! 一夏の馬鹿!」
そう言って箒さんは何処かに行ってしまった。夏兄ってこういうのはすごい鈍感なんだよね。
「どうしたんだ箒の奴? まぁいいや、さっさと食べようぜ」
「う、うん。あのさ夏兄? 箒さんに後で謝ってきた方がいいよ?」
「ん? どうしたんだよ光輝も。俺なんか悪いことしたか?」
「……はぁ。もういいよ」
夏兄が最後までその理由を分かることがなかった。
その夜、僕は寮の屋上で夜空を眺めていた。入学式なのに何日もたった感覚だよ。それほど騒がしい一日だったってことなのかな。
「いきなり大変なことになったな」
その声に振り返ると、お母さんがいた。学校にいた時と変わらない姿で僕の隣に来た。
「オルコットが許せなかったのか?」
「力を振りかざして他人を見下すなんて、僕は許せないよ」
「そうか……、でも恨みに取り込まれるなよ。そしたら戻ってくるのは難しいからな」
確かにそう。恨みだけの為に戦えば自分もそうなる。分かってるよ。
「大丈夫。僕はオルコットさんに分かってほしいだけなんだ。その考え方は間違ってるって」
「そうだな。でも無理はするなよ。サイコバーストはできることなら使うな。いいな?」
「分かったよ。お母さんに心配かけたくないから」
そういうとお母さんは屋上から静かに出ていった。
「さて、明日から本格的な特訓! 頑張ろう!」
屋上を後にした千冬は安心していた。
――成長したな二人とも。
もう二人の家族がちゃんと無事に過ごしてくれるならそれでいい。教師として、家族として見守っていこう。
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