異能者達の転生劇 Inネギま
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「何でオレが殺されるんだッ?! オレはこの世界を救ったんだぞぉ……!」

 

 異分子は私に対して呪詛めいた事を言って消えていく。

 そんな事私に言った所で何だと言う。

 功績を残した所で私から逃れる理由にはならない。貴方達にとって、私は『死』そのもの。どんなに人を助けたって、死からは逃れることはできない。

 

「……」

 

 思考を張り巡らせる事はこれまで無かったはず。……バグでも発生したのだろうか。

「この((物語|せかい))も終わる……私の存在価値も、もはや無い。―――((自壊|まっしょう))せよ」

 

 呟くとボロボロとあらゆる物質で構成された身体が崩れてゆく。足から、手の先から、皮膚の表面から。

 ……彼が救った世界の住民が本当に救われたのか、私にとってはどうでもいい事だ。

 

 

 

 

―――システムオールグリーン。((性能|スペック))前回比3%減少。起動開始。

 

 また出たのですか。まぁ、これも異分子の抹消のため。

 ……また((性能|スペック))に不備が出たらしいが、問題無い……と思う。時間がかかるだけだ。

 

 ……この世界は……。

 人工物はほとんど形を成しておらず、かと言って自然豊かなわけではない。人は住んでいるようだが、かなり少数である。

 詰まる所、この世界の終わりは近い。

 

 たまに世界が交差する現象が起こる事がある。異分子達はそれを『クロスオーバー』とか『コラボ』とか言っていた。しかし、((もし全ての世界が|・・・・・・))((交差してしまったら|・・・・・・・・・))。パワーバランスは一気に崩れ、様々な経緯、原因で世界は崩壊する。

 そして、ここはその世界の((成れの果て|みらい))。

 この世界に来る事は予想不可能。好き好んでこの世界に来る者などいない。

 

「―――異分子は抹消する……」

 そう。私が開発された((世界|じかん))であっても、私は使命を全うするのみ……。

 

 

 

 

 

「アハハハハハっ! この体最高!」

 とある((研究所|ラボ))の屋上に二つの人影があった。

 片方はぐったりと地面に横になり、もう片方はその手を紅く染めてただただ嗤っていた。

 

「まさか憑依なんて思わなかったわぁ。ま、設定を無理言ったアタシもアタシだけど……。でも、誰の身体なのかしら……あら?」

 

 嬉々として自問自答を繰り返していた『それ』は突然口を閉じる。

 刹那、魔力の奔流と空気を裂く轟音が『それ』を貫いた。

 

「……チートボディね、コレ。人間やめてるじゃない」

 

 ビデオの逆再生のように身体が修復する『それ』。自身を攻撃の喰らう前の状態に巻き戻したようだ。

 何処からか、舌打ちをする音が聞えた。恐らく狙撃手だろう。

 

 最も、『それ』は狙撃手の正体を知っていたようだ。

 

 気だるげに狙撃ポイントの方向を向くと、また狙撃され、爆破され、身体が粉々にされ、修復する。

 その繰り返し。

 風を切る音が鬱陶しくて、敵の正確な位置を見つけられないのが鬱陶しくて、自分の壊れる時の痛みが鬱陶しくて、身体を修復する面倒くささが鬱陶しくて、

 

「………………………………もしかして、時空とかも操れるのかしら?」

 

 『それ』の顔が歪んだように嗤う。

 次の瞬間、ベキベキベキベキィィィ!! と。

 空間が悲鳴を上げ、一気に押し潰される。

 そして、 

 

 

 

 

 

 時間は遡り、

 

 ((研究所|ラボ))の屋上から数キロ離れた廃ビルの一室に狙撃手はいた。

 色が落ちたような白髪に褐色の肌を持ち、紅い外套纏う大柄な日本人男性。

 彼は((抑止の守護者|カウンター・ガーディアン))と呼ばれる存在だ。

 ((霊長の抑止力|アラヤ))からの指示で人間が起こしてしまった事に対する後始末を行い、事件の原因となる人間、事件に関係する人間を皆殺しにし、結果として、その何十倍、何百倍という人々を救う存在。

 今回も((霊長の抑止力|アラヤ))の理不尽な指示でこの世界へ召喚されたわけだが、

 

『……ここは、』

 

 守護者には時間の概念は存在しない為、様々な時代に召喚される。

 だが、ここまで荒廃した時代はあったか? と。

 考えるのは後にして、まずは自分がやらなければならない事を優先せねば。

 頭を切り替え、いつも通りに前へ進んだ。

 どういう形であろうとも、絶対に人々を救ってみせる。

 

 何故なら、彼の身は『正義の味方』なのだから。

 

 ((標的|ターゲット))を確認した守護者は自身の得意とする魔術を使い、黒塗りの洋弓と捻れた剣を投影した。

 捻れた剣の名は、((偽・螺旋剣|カラドボルグ))。ケルト神話に出てくる硬い刃を意味する魔剣だ。

 洋弓に((偽・螺旋剣|カラドボルグ))を番え、引き絞り、狙いを定める。

 ((標的|ターゲット))への直撃コースは万全。いつでも放てる。

 そして、放った。

 ゴオオオオオオオォォォ!! と凄まじい轟音が静寂な世界に響き、空間を切り裂く。

「((壊れた幻想|ブロークン・ファンタズム))」

 

 数キロ離れた地点で爆発音が炸裂した。

 爆発地点から離れたここまでにも爆風が流れ、風は守護者の頬を撫でた。もうもうと((標的|ターゲット))のいる辺りに砂煙が立ち込める。

 

 構わずに数本の矢を立て続けに放ち、『((壊れた幻想|ブロークン・ファンタズム))』を発動する。

 徹底的に殲滅するべく放った矢は確かに敵を貫き、四肢を破壊した。

 なのに、自身の第六感と呼ばれるものが『まだだ!』と言って止まないのだ。

(随分と((厄介|めんどう))な仕事を回してくれたものだ、((霊長の抑止力|アラヤ))め)

 

 内心、悪態つきながらも矢を放つ手を休めない。

 ふと、砂煙の切れ間から((標的|ターゲット))の顔が垣間見れた。それはとても歪んだ表情を浮かべていて、守護者の彼でさえ背筋が凍る((表情|もの))だった。

 

(マズイっ!)

 

 長年の勘が告げる。今すぐここから離れろと。

 直後、ベキキィ! と空間が軋む音がすぐ近くから聞えた。

 彼は廃ビルから飛び降り、自分の着地地点に向けて数本の矢を放つ。さらに『((壊れた幻想|ブロークン・ファンタズム))』で矢を爆発させ、地面に穴を空け、その穴に飛び込んだ。

 

 本当にギリギリだったらしい。

 音にならないほど大きな音が彼の耳を貫き、どんな現象が起こったのか、身体を引っ張られる感覚がした。

 

 

 しばらくすると、身体に五つ備わった感覚がはっきりしてきて何となく立ち上がってみた。

 研究所(ラボ)は消え失せ、綺麗さを感じるほど何もない荒野に変わっていて、廃ビルは半分以上えぐられ、さっきの正体不明の攻撃の凄まじさを物語っている。

 守護者は白と黒の陰陽剣を投影し、一層気を引き締めた。

 そう。

 ((綺麗さを感じる|・・・・・・・))((ほど何もないのだ|・・・・・・・・・))。

 死体か残骸すらも残っていない。だとすれば、答えは((自|おの))ずと出てくる。

 

 

「見ぃつけたぁ♪」

 

 耳元で楽しげな声が聞えた瞬間、振り向き様に剣を振るった。バキィ、と手応えのある感触を感じた。が、コンマ1秒で自身にも重い衝撃を喰らった。

 

「―――っ、フッ!」

 受身を使って態勢を立て直し、陰陽剣の片方を((標的|ターゲット))に投げつけた。そこにはすでに((標的|ターゲット))はおらず、

 

「遅い遅い♪」

 

 時間を少しだけ止めて、守護者の懐に入り込み、拳を突き立てる。

 守護者もただやられるわけじゃなく、身体を半歩逸らして掠るように攻撃をかわした。

 

 守護者のもう一つのトラップにも気付いていない様だ。

 陰陽剣の片割れで((標的|ターゲット))の魔手をいなし、こちらから叩き込む。当然、掠りもしない攻撃だが、

 

 ザッ! 

 何かが、((標的|ターゲット))の背に突き刺さった。

 守護者の剣の名は((干将|かんしょう))と((莫耶|ばくや))と言う。

 その特性は互いを惹きつけ合う力。

 投げられた((干将|かたほう))が手に持つ((莫耶|かたわれ))に惹きつけられるのは当然だ。

「((投影開始|トレース・オン))!」

 呆気のとられた隙だらけの((標的|ターゲット))の喉元に莫耶を突き刺し、さらに同じ物品を十数本ほど投影し詠唱を行う。

「((壊れた幻想|ブロークン・ファンタズム))!」

 

 光と衝撃が二人を襲った。

 

 

 

 

 

「……やったか?」

 

 爆風で吹き飛ばされた守護者は満身創痍の身体を半身だけ軽く起こしてそう呟いた。

 さすがにアレを喰らって立ち上がるのなら、正真正銘のバケモノだ。

 ともあれ、世界からの仕事は終わった。

 後は世界が回収に来るのを待つだけだと力を抜く。

 

 いきなり視界が暗転し、最後に聞えたのは少女っぽい嗤い声だった。 

 

 

 

 力なく地に平伏す守護者。 

 ((抑止の守護者|カウンター・ガーディアン))である彼でさえ『それ』―――『彼女』の特異性に敵わなかった。

 と、言うもののまだ殺してはいない。

 ((霊長の抑止力|アラヤ))の助力があってなかなか死ににくいから。

「ここがFateの世界なら、また送られてくる(・・・・・・)かもしれない……。そうだ」 

 

 『彼女』のもう一つの特性を発動する。

 対象の歴史を分析し、時間を巻き戻し、起こった事柄を消す。

 つまり((歴史を消す|・・・・・))。

 彼のかつての歴史。守護者になった後の歴史。面白くなりそうだから、一般常識と魔術と守護者についての知識だけは残しておいた。

 

「適当にどっかの平行世界に飛ばすってのも面白いかもね」

 

 邪気がたっぷりな笑顔で言い放つ姿はとても見るに耐えないものだ。

 何も無い空間に手を翳し、何も無い所に黒い渦を発生させた。

 渦ができたのを確認した『彼女』は無造作に守護者の頭を掴み、

 

「じゃあね♪」

 ((無邪気|じゃあく))な笑みを浮かべたまま、渦に放り投げた。

 

 一仕事終えた表情をした『彼女』は―――急に顔を強張らせる。

 

「ホント……転生初日からイベントいっぱいね!」 

 

 それは一瞬の出来事。

 『彼女』の姿がぶれて、二つの影が交差する。

 

「まさか自分を抹消するとは……」

「はぁ? コレアンタの身体? ゴメンナサイねぇ貰っちゃって」

 

 感情の無い声と馬鹿にしあざ笑う声。

 どちらも同じトーンの声なのに全く別人な印象を受ける。

 

「で? アンタはアタシをどうしたいわけ?」

「異分子は抹消せよ」

「……ダーレクのモノマネ?」

 

 何となく平行線な話し合いだ。

 それでも、双方次に行う行動ははっきりしている。

 それは、

 

「悪いけどさぁ、さっさと消えて!」

「抹消せよ」

 

 姿がぶれて、何処からかぶつかり合う音がする。

 

 片方は魔手で。片方は時計の針で。

 手を突き出せば時計針を突き返し、時計針を振るい身体を壊せばすぐさま修復する。

 どちらとも力の大差は無い。

 同じ個体であるし、互いに同じ特性を持っているからだ。

 

「アンタ、アタシみたいな転生者を狩ってるみたいね」

「……」

 

 恐らく、『彼』の歴史を覗き見たのだろう。

 

「転生者が活躍して良い気分になった所にいきなりしゃしゃり出てさ、殺して、その後歴史を消してなかった事にして、それだけで良いと思ってんの? 元々私たちは転生者を狩って、この世界を変える為に作られたみたいだけど、そんな理由だけで人間を狩って良いと訳が無い! 歴史が抜けたらパラドックスとか起きて、世界にどんな影響が起こるか分からない。歴史を簡単に改竄して言い訳が無い! そんな((アンタ|ごつごうしゅぎ))を誰も求めない!」

「……((ご都合主義|エクス・デウス・マキナ))……」

 ((手|けん))と((針|けん))を交わしてる最中に、そう問われた。

 何を思うのか、『彼』は何も言わない。

 

 一秒間の抗争に終わりが見えてきた。

 『彼女』は時計針を振るう『彼』の腕を掴み取り、そのまま引き抜く。ブチブチブチィ! と筋肉が千切れる嫌な音を立てる。対して『彼』は片腕になりながらも時計針で『彼女』の腹部を貫通する。それでも『彼女』は修復してしまうが。

 

「……千日手って奴? これじゃあ決着つかないわ」

「いえ」

 

 互いに距離を取る。

 ふと、『彼』の手に見慣れない物体を掴んでいた。

 

「これで終幕になります」

 

 不可思議な文様が描かれた円盤状のもの。

 『彼女』にはそれがとても危ういものに見えた。

 

「私たちは完全じゃない。粉々にされても、完全に修復されるにはキチンとした機関が必要。そのための((核|コア))を貴方から引き摺り出した」

 

 つぅ、と『彼女』の頬に冷や汗が伝う。

 

「核が無ければ貴方も私も存在出来ない。それは知らなかったようですね」

「! やめな―――!」

 

 『彼女』の制止を聞かず、宙に放った核に時計針を突き立てた。ピシピシッ! と亀裂が入り、とてつもない情報が頭に入り込んでくる。

 亀裂が入った途端、『彼女』は言葉にならない絶叫をし、胸を押さえて倒れる。

 

「―――貴方の言い分に訂正を求める」

 

 唐突に『彼』が語りだす。

 『彼女』は苦悶の表情で『彼』を睨みつける。

 

「私は理由があって異分子を抹消してるわけではありません。単にネズミのように増えるから抹消しているだけです」

 

 ただ自然の摂理に従い獣のように殺しているだけだ、と。

 善も悪も無くめちゃくちゃに異分子を抹消する機械なのだ、と。

 『彼女』は『彼』言い分にのやり場の無い恐怖に駆られた。

 

「ぃゃ……死にたくない! せっかく生き返れたのに、退屈な地獄から抜けたと思ったのに! 何もしてないのに何で殺されるのよ!? ねぇ! 無かった事にして! ((核|コア))を元に戻してよ! アタシは―――っ!」

 

 泣き喚き、鼻水やヨダレでくしゃくしゃになった顔で懇願する姿を無感情の瞳で見つめる『彼』は、オブラートに包んだ言い回しも無く残酷な一言を言い放つ。

 

「手遅れです」

「お願い……助けてよぉ……」

 

 その言葉を最後に『彼女』の第二の人生は幕を下ろした。

 残った『彼』は事務的に壊れ始める。もうこの世界で行う事が無くなったから。

 何となく崩壊しかけた世界をバックに『彼女』の言葉について思いを寄せた。

 

「ご都合主義、エクス・デウス・マキナ、機械仕掛けの神」

 

 自分を表わす言葉に合ってる。

 自嘲なのかはよくわからないが、何となくそう考えた。

 

 

 

 

 気が付けば見知らぬ場所にいた。

 自然豊かで大気中にマナが溢れている。

 ここはどこだ? 何故俺はここにいる?

 

『おーい、ミスティー? そっちに何かあったか〜?』

『ダメダメ、何にも無いわよ〜』

 

 ……ちょうど良い所に人がいたものだ。ここは素直に訊ねてみるか?

 声の方向へ歩を進めると、赤毛の青年と、青年と同じくらいの年の少し赤みがかった銀髪の少女がいた。何かを探してるように辺りに配っていた視線が俺に定まった。少女の方は、何故か俺を見て目を見開いてるが。

 

「少し良いか?」

「誰だお前?」

「コラナギ! 初対面の人に失礼でしょうがっ!」

「ったぁ! 何すんだコンニャロー!」

 

 ポカリ! とコミカルな音で青年に拳骨を喰らわせる少女。青年は文句を言って少女を小突き返した。

 

 ポカスカポカスカポカスカ! やけにコミカルな喧嘩が目の前で始まった。

 

 ……恐らく俺の事はさっぱり忘れ去られているのだろう。

 軽く咳払いをすると、目の前の青年と少女はハッ、として照れくさそうに俺に向き直した。

 

「すまないが、ここが何所か教えてくれないかね?」

「なんだ迷子かよ『バキッ!』てぇ!? なにすんだよ!?」

「ナギ、殴るわよ」

「もう殴ってるだろうが!」

 

 ……また言い合いになってきた。あれか? バカップル的なあれなのか?

 もう正直付き合いきれなくなって、思わずジットリとした目をしてしまった。

 

「……んんっ。ここはオリュンポス山の端よ。地理的に言ったらタンタロスの北ね」

 

 咳払いをして誤魔化し、何事も無かったように淡々と説明する少女。

 ……しかし、タンタロスと言う地名など聞いた事もないが……。

 

「……聞いた事無いの?」

「あっちの世界から来たんじゃねえのか? だったら地理に疎いのは頷けるし」

「う〜ん。ゲート魔法の失敗で来ちゃったなら、まぁ……」

 

 ―――彼らの言っていることがさっぱりわからない。

 ゲート魔法? あっちの世界?

 

「え? 何? 何もわからないの?」

「……すまない。俺にも何がなんだか……」

「はぁ……ミスティーのトラブル体質の所為だなこりゃ。あんたの名前は?」

 

 待てそこの赤毛。俺がさらにトラブルを起こすような言い方は止めろ。

 ぶつくさ文句言ってる青年に悪態つけながら、言われた通り名乗る事に……?

 

 俺の名は、何だ?

 

「……とっても嫌な予感が!?」

 

 よくよく考えれば何も思い出せない。

 

「さっさとアジトに帰ろう! 皆が待ってる!」

「アンタは黙ってなさい! この人なんだか様子がおかしいわ!?」

 

 知識は特に問題無いが、魔術やら守護者やら一体何の事だ? それらの知識が自身にある事が気味悪い。

 

「どーせ問題とかあったらウチで匿おうとか言うつもりだろ!? なんか雰囲気的に怪しいだろコイツ!」

「何よ! 根拠でもあるの!?」

「ねぇよ! ただの勘だ!」

「じゃー、こうしましょう。私が勝ったらあの人はウチで匿う。アンタが勝ったら街まで送る。それでいいわね!?」

「ああ上等だ! 俺が勝っても文句言うなよ!?」

「ふふふ、アンタに負ける気がしないわ!!」

「はっ! いつの俺の話をしてるんだ!?」

 

 魔術についての知識はまだ良いが、守護者についての知識は酷いものだ。何故こんな知識が俺にある。

 

 俺は一体『『ジャァーン!! ケェーン!! ホォイィ!!』』……なんかあっちですっごい剣幕を纏ったじゃんけんが始まったんだが……。

 

「はっはぁー! だから言ったでしょう? アンタに負ける気はさらさら無いってさぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「くっそぉ……何でいつも勝てねぇん、だ……」

 

 青年はそう呟いてバタン、と気絶してしまった。……普通のじゃんけん、だよな? 

 

「何はともあれ! アンタが何者でも何か問題抱えてもさ、私たちは一向に構わないわよ?」

 

 少女はそう言うと俺に向けて微笑みかける。

 それは軟らかく、とても優しかった。

 『守護者の知識』を持つ俺には、それがとてつもなく眩しい。

 

「……だから言ってるでしょ。アンタが問題抱えても、一向に構わないって」

「しかしだな」

「しかしも((案山子|カカシ))も無い!」

 

 彼女は俺の腕を掴み、ぐいっ、と引き寄せる。

 

「アンタが幸せになっちゃいけないって誰が決めた? アンタが不幸になっても誰も喜ばないわよ」

 

 彼女の言葉は妙に説得力がある。

 どう表現すればいいのか、俺の心の壁に皹が入り、どんどんと広がっていくような。

 

 ……それにしても、

 

「立場は反対ではないか?」

 

 彼女の顔が鼻先まで迫っていて、さらに俺は彼女の腕に収まった姿勢だ。

 劇でヒーローがヒロインによく行う体勢だが、これでは彼女がヒーローで俺がヒロインみたいだ。

 彼女にイタズラ心を添えてその事を伝えると、顔を赤らめ、次の反応を得られた。

 

「なっ! ちょ、調子に乗ってんじゃないわよ!」

 

 殴られかけた。下半身のとある場所を。

 その後、彼女と赤毛の青年の仲間達に紹介され、しばらくの間彼らの所に厄介になった。

 ……ただ、あの少女の俺を見る目がとても気になった。

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イギリス、ウェールズの小さな村。

 この世界ではここで((主要人物|レギュラー))が生まれてくる事になる場所だ。

 

 

 

 茜色の空が綺麗に感じるこの時刻。

 薄暗い森を数人の男女が、それはもう必死な表情で突っ走っていた。

 理由は、彼らの背後にある、一つの影だ。

 だぼだぼな服装に伏せ目気味で不機嫌に見える人型の何か。手に彼らを抹消するための時計針を持っている。

 ((追跡者|チェイサー))は一人。

 彼らはある程度の力を持つ実力者。彼らが一致団結すればどうってことは無いはずだが……。

 

「ああ、もう! これじゃ埒があかねぇ!」

 

 追いかけられていた一人がそう叫び、追跡者に向かって武器を手に駆けた。その手に持つのは、炎を纏う『モノブロスサイス改』という鎌状の太刀。

 今まで追い回された鬱憤を晴らすため、追跡者の首にモノブロスサイス改をかけた。

 しかし無表情な追跡者は彼の攻撃の合間を縫って時計針で斬りつける。勢い良く飛び出した彼の体は一瞬にして腐敗し、分解され、骨に変わり、追跡者の後方に飛び散り、風化して、跡形も無く消え去った。

 その様子を見ていた残りの男女が悲鳴を上げる。

 

「クソ……無茶しやがって……!」

「ネタやってる場合じゃねぇだろ!?」

「けど、あいつに言うとおり。このまま追い回されてもこっちが消耗するだけ」

「アレはいくら壊しても直るんだぞ!? あんなのに勝てんのかよ!?」

「大丈夫だ。見てるとアレの回復力はだんだんと弱くなってる」

 

 数人の男女は話し合い、結論を出す。

 回復力が追いつかないほどの攻撃で、破壊ではなく消滅させよう、と。

 

 最初に飛び出した少年に続いて金髪の少年が光線を放った。

 光は木々をなぎ払い、追跡者を貫く。

 仰け反りはしたが、それだけですぐに修復し、また歩み始める。

 

 今度は薄い金髪の少女がその小さな手にフィットするナイフを手に向かっていく。

 追跡者は三本の時計針を投げた。三本一対の針は三方向から少女を襲う。

 少女はナイフ反して逆手で持ち、三本の針を綺麗に切り裂いた。

 

「どう? これが『直死の魔がっ!?」

 

 得意げに名乗ったのが仇となった。

 ずんずんと突き進む追跡者は、そんな戯言を無視して彼女の首根っこを掴んで地面に押し付け、新たに針を出して少女を地面に縫い付けた。

 これで歴史に残らぬ死人が二つ。

 

「ナミ! 『石化の魔眼』よろしく!」

「OK!」

「俺も手伝う」

 

 最後に言い出した少年は、虚空から大型の銃器をだし、追跡者に狙いを定め、撃った。

 火薬が爆発する音が凄まじく、そこにいる全員が耳を塞いだ。飛び出たロケット弾は追跡者が軽く避けてその後ろで爆発した。

 

 後ろが凄まじい事になっても振り向かないで突き進む追跡者。すると、急に足が重くなるのに気付く。いや、身体全体が油が切れた機械のように動きにくくなっている。

 銃を撃った少年より半歩前に出た少女の『眼』の所為らしい。

 追跡者が目標を少年から少女に変えた時、

 

 

「ちょっといいか?」

 

 すぐ近くで声が聞えたので、魔眼の所為でキレ悪く顔を向ける。

 紅く鳥が飛び立つような模様の瞳が追跡者の目に入った。

「((一生私に仕えろ|・・・・・・・))」

 

 それは、絶対遵守の瞳。

 抗う事など出来はしない。

 その絶対的な命令をされた追跡者はダランと腕を降ろして身じろぎ一つしなくなった。

 

「……上手く、行ったみたいだな」

 

 恐る恐るといった感じで肩を降ろす。

 他の皆も同じ様子でこちらを窺ってる。

 

「無理に壊す必要も無かったな。これで私達に最強の武器が手に入ったわけだ」

 

 ははは、と疲れた雰囲気で笑った瞬間、

 身じろぎ一つしなかった追跡者が((動き出し|・・・・))、魔眼の持ち主を時計針で切り裂いた。

 

「なん、で……」

「貴方が命じたのは((一生|・・))。時間を登り、貴方の一生分の時間が過ぎただけの事」

「ルキィィィイイイイイイ!」

 

 弱弱しい問いに事務的に答える追跡者。

 自分達を殺すのが当たり前としか思っていない追跡者にここにいる全員が憤慨を感じた。それ以外の理由で憤(いきどお)りを感じて殴りかかるのが一人。

 

「ルキを、よくもルキをッ!」

 

 伏せ目の追跡者は表情を変えずに少女を突き刺した。

 力無く倒れ、風化した少女の骸は、ちょうどルキと呼ばれた少年の真上に重なるように落ちて消えていった。

 

「ギアスも効かない……あれ? これって死亡フラグ?」

「君はよくふざけていられるな」

「……正直こうでもしないと気が狂いそうなんだ。……アイツはどうした?」

 

 最初に攻撃をした少年が銃器を扱っていた少年の姿が無いのに気付いた。

 追跡者と距離を取りながら光を操る力を応用して辺りを探ると、見つけた。

 光学迷彩スーツをまとって自分達の反対方向に走ってる少年を。

 光を操る彼にとって、光を屈折して姿を消す人間を見つけ出す事など造作でもない事。

 

「アノヤロウ……、裏切りやがった……!」

 

 沸々と湧き上がる怒りを手の平に込め、投擲する。

 光の槍は真っ直ぐと一見何も無い場所に向かい、次の瞬間に、ドサッと言う音が鳴った。

 

「アリス、俺が囮になる。お前にあいつを託す」

「! 何を言っている!? 正気か!?」

「でも,このまま全滅じゃあいつは原作と同じ運命を辿るし、自称正義の魔法使い共の駒になりかねない!」

「―――っ」

 

 少女は何も言わずに瞬動で少年から離れて―――

 

 

 

 

 行けなかった。

 いや、((行かなかった|・・・・・・))。

 金物が擦れぶつかり合う音がして、気付けば少年は追跡者共々頑丈そうな鎖に縛られていた。

 少年は少女を睨みつける。

 しかし、少女の瞳は激しく揺れていた。

「―――そうだ、始めからこうするんだった。いくら不死身でも次元の間(はざま)に放り込まれれば消滅するはずそう、そうだ!」 

「―――お前、何言って」

 

 彼女から矢継ぎ早に出される単語が理解できない。

 

「異常すぎる魔力量があれば、世界に穴を開けるには申し分ない」

「お前も裏切るのかぁ―――っ! アリスゥ―――!」

「大丈夫だ。あいつはちゃんと守る。だから人柱となってくれ」

 

 少女は何かしらの言葉を使った呪文を唱えると、追跡者と一緒に縛られた少年の身体が光りだす。

 そして、少女は仮にも兄妹である兄と共に追跡者を葬り去る―――はずだった。

 

「何で……何で……?」

 

 震える声で絞り出た言葉はそんなものだった。

 彼女が少し考えれば思いつく事だが、追跡者は異世界を渡って、彼女達のように死んで理(ことわり)を反して生き返った存在、いわゆる転生者を抹消している。ならば、時空間に葬られたところで、すぐに戻ってこれるのは当たり前と言えるか。

 

「――ちょ、ちょっと待って! 少し話し合わないか……? 何故、君は転生者を殺す!? 原作を壊さない為か? それともアンチか? 私はそんなチンケな輩とは違う! 私はこの世界で私の人生を生きるつもりだ! 少なくとも、君に殺される道理はな―――」

 

 彼女はそれ以上言葉を続けれなかった。

 首と胴が離れてしまったら当たり前だろう。

 ドサリっ、と鈍い音が響き、立っている者は追跡者のみ。追跡者はぽつりと口走った。

 

「増えたなら減らす。それだけの事」

 

 追跡者の無常な言葉は風に流れて消えて行った。

 

 

 

「アリス・スプリングフィールド、ナミ・スプリングフィールド、ルキ・スプリングフィールド、マリカ・スプリングフィールド、ムギ・スプリングフィールド、カギ・スプリングフィールド、マリン・スプリングフィールド、以上抹消完了」

 

 確認を取るように事務的に言葉を並べる。

 転生者をあらかた抹消し終わった追跡者。

 その行動に不備は無い。

 

 

「――お兄ちゃん? お姉ちゃん?」

 

 誤算があったとすれば、赤毛の目撃者がいたということ。

 歴史を消すと、歴史を消した対象が行ってきたいままでの事、全てがその世界からすっぽり抜け落ちる。

 しかし歴史が消える瞬間、その世界の住民に目撃されてしまうと、消した歴史はその住民の記憶にとどまる。

 

「……」

「……」

 

 見詰め合う赤毛の子供と伏せ目気味の追跡者。

 赤毛の子供は先ほどの光景に身震いして、ペタリ、と尻餅をつく。

 

「お、にい、ちゃん……。おねえ、ちゃん……」

 

 目尻に水滴が溜まり始め、ついには声を上げて泣き出した。

 

「お兄ちゃん達を何処に隠したの!? 返してよぉ!!」

 

 基本的に異分子以外の生物にはあっちから関わらない限り手を出さないが、このままこの子供が異分子の記憶を保有したら不便だろう。と勝手に判断した。

 無言で針を向けると、ヒィッ!と年相応の情けない声を上げた。恐らく針で異分子を抹消した場面を見たが故に、今度は自分に同じ事が起こると思っているのだろう。

 

 歴史の改竄の過程で、最悪、異分子の記録ごと記憶が全て消えるかもしれないが。

 子供の歴史を抽出、異分子と共に過ごした時間を摘出―――

 

 不意に、針を持つ手を第三者に掴まれた。

 

「君は何者だい?」

 

 白い髪をした無表情の少年。追跡者よりも頭一個分大きい彼は、無表情ながら警戒心と殺気を孕んだ視線を送る。

 この時点で子供は緊張の糸が切れたようでふらりと地面に横たわった。

 

「何故邪魔する。即刻退場を要求する」

「それは飲めない要求だ。それよりも僕の質問に答えてくれないか? 君は、何者だい?」

 

 白髪の少年の言葉に強みが増す。

 双方譲る気は無い。

 追跡者は無理やり白髪の少年の手を振り払い、もう片方の手に時計針を持ってきて少年に突き刺す。

 白髪の少年は難なく針をかわす。

 

「貴方には理解しがた存在です。言った所で意味を成さない」

「そうかい。君の最初の質問の答えだけど、これは僕の単なる趣味だよ」

 

 人形と人形。

 二人はある意味同じだ。

 だからこそ、自分の行動を曲げる事は決してない。

 

 

 

 

 

 ぼくはまどろみの中にいた。

 その中でぼくは思った。

 さっきのは嘘で、今が本当だったら、と。

 ここは苦しみも悲しみも無い。ずっとこのままでいたい。

 

 ふと、今じゃ感じる事が出来ないはず暖かさを感じた。

 何故ならその温もりを与えてくれる人たちは『  』のだから。

 意識をもっちゃダメだ。目を覚ましちゃダメだ。現実を戻っちゃダメだ。

 『嘘』が『本当』になってしまう―――!

 

 うっすらと目蓋を開くと、やっぱり知らない人に抱かれている。

 白髪の表情が硬そうな男の人。

 何処か、寂しそうに見えるのは気のせいなのだろうか?

 じぃっと男の人を見ていると、ぼくの視線に気がついたみたいで、

 

「起きたかい?」

 

 無表情で訊ねられたから怒ってるみたいに聞える。

 何も言わないでコクンと首を縦に振った。

 

「……お兄ちゃん達は……?」

 

 自然と口が動いて聞いていた。

 嫌だ。聞きたくない。耳を閉じたい。お兄ちゃん達は村で皆と一緒に魔法の練習をして、お姉ちゃん達はネカネお姉ちゃんと料理の練習をしてるはずなんだ。

 

「君の友人と兄弟達は、残念だけど」

 

 それを聞いた瞬間、胸からなんとも言えないものが上がってくる。

 包み隠さず言った白髪の男の人を恨めしく睨む。何で言った? ぼくは知らない方が良かった。

 

「君が聞いてきたからね」

 

 素っ気無く言う白髪の男の人。

 けど、白髪の男の人は、無表情だけど、急に暗い雰囲気をして、

 

「……あの人たちは、君の大切な人たちだった?」

 

 『あの人たち』はきっとお兄ちゃん達の事だろう。

 

「……うん」

「……なら君に謝るよ」

「え?」

 

 何を言われたのかわからなかった。

 どうしてあなたが謝るの? 悪い事をしてないのに。

 

「あの人たちは皆君の大切な人たちだったんだろう? 僕は彼らをずっと監視していて、彼らが襲われてる時も手を出さなかった。……僕は君の大切な人たち殺されそうになっても見捨てようとしたんだ。悪い事をしてないって君は言ったけど、僕は極悪人だ。誰も守っていない」

「……」

 

 ぼくは白髪の男の人の話に何も言えなかった。

 所々どういう意味かよくわからない言葉があったけど、白髪の男の人は後悔してるのかな?

 後、白髪の男の人は誰も守っていないなんて、嘘だ。ちゃんと守ってくれた。

 だから、これだけは言いたかった。

 

 

 

「ありがとう」

「……」

 

 

 

 それからの事はよく覚えてない。

 気付いたら村のベンチで眠っていて、アーニャとネカネお姉ちゃんやスタンお爺ちゃんに怒られた。

 後、村の皆はお兄ちゃん達の事をまったく覚えていなかった。アリスお姉ちゃんもカギお兄ちゃんも、あの怖い人が隠した人は皆忘れられていて、ぼくは一人で泣いた。

 ぼくだけがこことは違う所に居たみたいで悲しかった。

 

 ぼくを助けてくれたあの人の事はわからない。

 名前も知らない悲しそうな顔をするあの人。

 村の皆が話す会ったことの無いお父さんみたいなあの人。

 

 

「いつか、いつか、あの人がぼくを助けたみたいに、ぼくもたくさんの人を助けたい!」

 

 

 ネギ・スプリングフィールド、2歳。

 たくさんの大切な人を亡くし、目標とする人を見つけた。

-3ページ-

 

『―――ッ』

 

 ……誰かが何か叫んでる。

 俺は何処から声がするのか見回そうとするが、何故か視点が動かない。

 視点は白い服を着た……女性形の異様なものに定まってる。

 それは全身を白のシーツで包まれているようで、金色の葉脈が所々に走っている。目とか鼻という人間らしい器官は無く全て凹凸のみ、髪はシーツを後ろに流して表現している。

 

『――――!』

 

 ズズン!! と轟音を耳に捕らえる。

 下を見れば青白い海が瓦礫の間から垣間見える。

 どうやら今、自分のいる場所は重力に従って落下してる最中らしい。

 

『―――!』

 

 目の前の異形は瓦礫にぶつかり潰されながらもなお、己の強さを象徴するような氷の翼を俺に伸ばして来る! 

 すると、俺の意志に関係無く、手が伸ばされガラスの割れるような音を響かせて防いだ。

 この時に俺は他人の視野を介してこの光景を見ていることに気付く。

 この光景を見ているのが誰かはわからない。目の前の異形は一体なんなのかわからない。この光景自体一体なんなのかわからない。

 だけど、これは異常だ。

 

『――――!』

 

 俺じゃない誰かが腕を振り上げて、目の前の異形に特攻を仕掛け――――!

 

 

 

 

 

 

 

「うぁああああああああああああ!!」

 

 布団から飛び起きた俺は、肩で息をして、額に脂汗をびっしょりとかいていた。

 

「はぁー、はぁー、……ふぅー」

 

 自力で息を落ち着ける事が出来た。この手の夢に慣れているから。

 すると、壁からドンッ! という音が鳴った。……今は真夜中だったからな。近所迷惑にもほどがある。

 

「……はぁ〜……」

 

 またやり場の無いやるせなさが口から漏れる。

 いつ頃からこういう夢を見るようになったのだろうか? 少なくともあんなトラウマになるような出来事は俺の人生において一度も無い。

 この夢に出てくる人間は、姿は俺に似ている事もあり、気にならないと言えば嘘になる。

 それに、あの声は――――

 

「……寝よ」

 

 俺の呟きは真夜中の寮の片隅の部屋に寂しく響くだけだった。

 

 

 

『―――って、8時27分っ!? ふ、不幸だぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』

 

 

 

「……また叫んでるわね、あいつ」

「こっから男子寮って、結構距離あるはずなんやけどなぁ。えらい肺活量や」

 

 

       

 

 

 

 広い教室で机に突っ伏しているのが一人。

 無論、俺だ。

 あの後、担任の小萌先生に遅刻の説教され、朝飯を食べる暇も無く更に弁当忘れて二食抜いて力も出ず、委員長にだらしないそれだから単位も足りないのだ貴様は、と精神的攻撃を喰らい、悪友二人からは『小萌先生を独占しやがってー』と訳のわからない粛清を喰らい、一人の女生徒から『ここでも。影が薄い。だから。君に八つ当たり』と訳のわからない瘴気を出して俺に迫ってきて、

 

「……俺、何かやったかなぁ……?」

「そんな不運に悩む貴方に一言! ……カミやん、諦めろ」

「絶対悩む貴方にかける言葉じゃねぇだろ!? 救い様が無いのか俺!」

 

 さも楽しそうにカラカラと笑った後に、シリアスな雰囲気で言う金髪グラサンの悪友その一にツッコミを入れずにいられない。

 すると、俺の隣にいる青い髪色の長身な悪友その二が世界三大テノールもびっくりな声をかける。

「そんな事ゆーても仕方ないやん? ((不幸|ふこー))をなくせーって言った所、結局カミやん自体が不幸の塊やし」

「まずはふこーふこー叫ぶのをやめなさい」

 

 委員長も話に加わってきた。

 因みに彼女の必殺技は広いオデコをフルに使った頭突き、『吹寄オデコDX』

 

「……擁護の仕様が無い」

 

 最後の砦と思ってた艶やかな黒髪の女生徒からもそう言われた。不幸だ……。

 

「―――って、何故に皆様ここに集まっているんでせう?」

「おおぅ、復活早いなぁ。まっ、いつもの事やからな」

「さっすが、不運にまみれてるだけあるにゃ〜」

「うるせぇよ! だから俺の問いに答えやがれ!」

 

 本気で落ち込んでるってのに、なんなんですかこの人達は! 冷やかしに来たのか!?

 

「何って、まぁ……」

「うん。何と言うか」

「?」

 

 

 

「「「やる事無かったから、カミやん(上条君)を弄りに来た」」」

「うすうす感ずいていたよバカヤロー!」

 

 本当にそれ以外やる事無かったのかよ暇人共ッ!?

 ゴツンっと机に頭をぶつけて、それから顔を上げたくない気持ちになった。周りの連中はやれやれだとか、大丈夫? だとか、呆れるやらイチオウ心配するだけだ。

 ……不幸だ。

 そう心の中で口癖になった三文字を呟いた時、

       

 

「……うわっ、マジで幸薄そう……。お前が上条で良いか?」

 

 不意に聞きなれない声が俺を呼ぶ。

 だるそうに顔を持ち上げると、

 

「……イケメソ」

「イケメソ?」

 

 中性的な顔立ちで背が高く銀髪で赤と青のオッドアイの外人さんのイケメンが土御門たちを掻き分けてやって来た。

 この時点で俺が抱いた印象は、

 

(……かなりモテてんだろうなぁコンチクショゥ)

 

 人間、ここまでイケメンになれるんだなぁ、と内心でコメントをしていると目の前のイケメンさんが話を切り出してきた。

「まぁいいや。俺は折原(おりはら)ってんだ」

 

 目の前のオッドアイの外人さんは意外にも日本人らしい。ハーフだろうか?

 話を聞くと、折原は最近どっかのクラスに転校してきたらしく、((魔帆良|まほら))の地理がさっぱりだそうだ。それで、魔帆良案内をしてもらう人に急用ができて来れなくなったので、たまたま俺を見つけて頼みに来たそうだ。

 

「こっちも結構困ってんだ。頼むよ。な?」

 手を合わせて頭を下げる折原。まぁ、放課後は俺も暇だし((親友共|ひまじんども))から解放されるしな。

 首を縦に振ろうとした瞬間、俺の後ろに回った土御門の腕が俺の首を捕らえ、押さえつける。

 

「いだだだだだだだだだァ―――っ!? つちっ、何しやがるっ?!」

「ちょっち黙るにゃ〜。折原っつったか? 少しこいつと話すから待ってくれ」

 

 ずるずるとチョークスイーパーを決めたまま教室を出て廊下を渡り、階段を降りその階段の下まで引き摺る土御門。

 ようやく解放され肺に空気を取り込む事が出来たのに小さな感動を感じたが、それよりも、

 

「どうしたんだよ? 何もここまで連れてくる必要ねぇじゃねえか」

「その前に俺の質問が先だ。何であいつの話を引き受けようとした?」

 一体何なんだ?

 俺はただ折原の手伝いをするだけなのに。

「……カミやん、今の聞いて嘘じゃないと思ってるのか!? 胡散臭さが((Level|レベル))5だぞ!?」

「いや、お前に胡散臭さ語られても……」

 

 あとLevel5って何だ。

 それに胡散臭い奴でもそいつの言う事が全部嘘だって事は無いんじゃないか?

 

「折原が俺に嘘を言った所で誰の得にもならねぇし、……まぁ、騙された時は俺が悪いわけだし」

「……ハァ、わかったわかったわかりましたにゃ〜。だが、もしカミやんに何かあっても俺は保障しません」

「言ったろ? その時はその時だって。折原も大変だよなぁ。見知らぬ土地で友人も無く孤立無援でさ」

「フンっ、単純王め」

 

 何で土御門が折原を警戒してるのかわからないけど、納得はしているみたいでよかった。

 こうして俺と折原の魔帆良案内ツアーが始まったわけだが……後に酷く後悔する事になるとはこの時は思いもしなかった。

 

 

          

 

 

 

 

 所変わってここは魔帆良学園にある女子中学校のとあるクラス。

 傾きかけた日差しが((人気|ひとけ))の少ない教室を茜色に染める。

 その中で10歳ぐらいのフランス人形のように可憐な少女が、そのさらさらの金髪を夕日の光を反射させて、

 

 

 

 

「……欝だ……」

 

 彼女の何処か大人びた雰囲気をもぶっ壊すぐらい落ち込んでいた。

 今、ず〜んと暗い空気を纏わせた彼女に近づきたいと思う人間はあまり居ない。

 

『いい加減腹括ったら?』

 

 『人間は』だが。

 

「うるさい……昨日またいちゃもんつけられた。そして私はそれに返してしまった。そんな昨日の私をぶん殴りたい」

『……元はと言えばさ、あんたがあの子の子供にちょっかい出したのが悪かったんじゃない?』

「言いがかりだ! あのちびっ子が暑そうだったから氷を出しただけなのだ!」

『……その氷が夏の暑さで溶けてびしょびしょにしてどの口が言うかっ』

「それも……不可抗力だ。あの日が猛暑だったのが事が悪い」

『もう支離滅裂になってますよ、エヴァンジェリンさん』

 

 金髪の少女は、どうやら自己嫌悪に陥っているらしい。

 エヴァンジェリンと呼ばれた金髪の少女は自分の傍に立つ二人を睨みつける。強気な口調でエヴァンジェリンに指摘した少女は化粧がいらない程度に整った顔立ちで、肩まで届く短めの茶髪にヘアピンを止めている。暇そうに指で何処かのゲームセンターのコインを弄くっていた。

 消極的にエヴァンジェリンに口出ししたもう一人の少女は、髪色が白に近いほど薄く前髪を整えたストレートロング。彼女も整った顔立ちで、教室にいる者達の中でただ一人セーラー服を着ていた。

 そして、その二人は((半透明|・・・))で彼女達を通して向こう側が見えるほど透けている。

 更にそこへ、魔帆良女子中の制服を着た、エヴァンジェリンと同じぐらい緑色の髪を伸ばして、耳に謎のアンテナを付けた無表情な少女が入ってくる。

 

「マスター、夕飯の準備があるので先に帰らせていただきます」

 

 すたすたと教室を後にする緑髪の少女の背に『ちゃちゃまるぅー! 貴様、主を見捨てる気かぁー!?』ともう普段の威厳とか木っ端微塵に砕けてんじゃね? と周りが思うぐらい退行した罵倒をぶつけるエヴァンジェリン。その後ベチャーと机に突っ伏して動かなくなった。

 一連の出来事を眺めていた二人の((幽霊|ゴースト))は、互いに眼を合わせふぅとため息を吐く。

 

『喧嘩するほど仲が良い、って事?』

『毎回顔合わせてるみたいだし、本気で嫌ってるわけじゃ無さそうだし……』

(……なぁにしみじみ語り合ってんだろうかウチの背後霊達は)

 

 赤い髪を後頭部に纏めた、成績優秀にしてクラスNo.4の巨乳を誇り―――二人の幽霊に((取り憑かれた|きにいられた))((不幸|ざんねん))な少女、((朝倉和美|あさくら かずみ))。

 彼女は今日も((幽霊達|ふたり))に振り回される日々を送っている。

 

 

       

 

「あっちに見える白い建物は制服店で、仕事が速いのが売りなんだ。あと病院はこっから1.5km北に行った所にあるから覚えといた方が良い」

「……へー」

 

 やばい。大体の場所を案内したから話すネタが尽きてしまった。というか制服店とか病院とか俺がいつも使用してる施設ってだけだろ。普通の人はそんなに使わねぇだろ。

 内心で愚痴愚痴と自分に向けて文句を言うがどうにもならない。

 折原のすっごいつまらなそうな顔を変えることは出来ない。

 

(何であの時請け負っちゃったのかなぁ?)

「……ごめんな。あんまり良い所が思いつかなくてさ」

「あ? ああ、別に何とも」

 

 素っ気無い返事が返ってきた。かなりウンザリしてるのだろうか。

 っと、

 

「いけねぇいけねぇ。こっから先は女子校エリアだったな……」

「女子エリア……だとっ……」

 

 ここに住んでる俺でさえこの中世の西洋風の街並に迷う。

 気付いたら((女子校エリア|ここ))に着いたのはその為だ。

 俺はここから一刻も早く離れたい。というか、ここじゃ碌な目に遭わなかったから。

 と言うわけで。

 さっさと立ち去ろうと回れ右をして前進しようとした時、

 

「折原〜、さっさとかえ……折原?」

 

 後ろを向く。折原は居ない。左右を見る。折原は居ない。意味も無く上と下を見上げ見下ろす。もちろん折原は居ない。

 何処にも居ない。まさかと思い、そこら辺をホッツキ歩いていたタンクトップの上にフード付のフリースを着たみすぼらしい印象を受ける女性を見かけて訊ねてみた。

 

「あの〜、すいません。銀髪でイケメンな外国人見かけませんでした?」

 

 女性は露骨に、というか忘れたいほど嫌いな奴を目の前にしてさっさと離れろクソッたれというような表情で女子中エリアを指差した。

 あんまり思いたくないけど……会った事も無いはずなのに目の前の女性を好きになれない。

 黙って会釈して、残念な思い出しかない魔窟へ『不幸だ……』と呟きながら足を踏み入れる。

 

 

          

 

 部活生が活動を行うグラウンドから体育館の裏までくまなく探したが折原は見つからず、日の色が鮮やかな茜色に変わる。いわゆるマジックアワーと言う奴だ。

 しかし見ている俺の気持ちは滝のように落ちている。

 女子校エリアに男子生徒が一人でいたら、注目を集めるのは当然と言えるか。

 

「折原〜……早く出て来いよ〜……俺、もう(羞恥心が)限界まで来てんだからさぁ〜……」

 

 我ながら何を言ってるかわからない、けど思考を維持できてるならまだ大丈夫かも……。

 痛い視線が刺さる中、折原の捜索を続行していると、プレハブとプレハブの間からあの特徴的な銀髪が垣間見れた。

 

「折原!」

 

 銀髪が見えなくなった瞬間に俺は走ってプレハブの向こう側へ移動した。もちろんすでにいなくなっていたが、歩く風でたなびく銀髪が曲がり角に消えるのが見えた。

 俺はそれを追う。すると、

 

「あれ?」

 

 曲がった角にはドアだけしかなかった。恐らくだが、折原はここに入ったのだろう。

 迷う事無くドアノブを握り、回して―――

 

 

「そこで何してるの!」

 

 へっ? と思って声にした方向へ顔を向けたのと、ドアをひくのは全く同時だった。

 何処かの部活着を着たイマドキの女子高生数人が、信じらんないという表情で俺を睨みつけていた。

 

「もう一度聞くわよ。そこで、何してるの?」

 

 もう一度凄みの聞いた声で俺に問いかける女子高生。何をしてるも何も、折原がこの中に入ったと思って探しに来たんだが……。

 

「……それは本当? 信じる要素が全く無いんだけど」

 

 ……最近の一般人って人の心を読めるんだろうか? 魔帆良すげぇ。

 というかさっさと折原見つけて帰りたいんだけど。

 

「前を向くな! その体勢のまま手を上げて身体をこっちに向けなさい! 速く!」

 

 日常生活でそんな命令を言われたのは初めてだ! 

 待て、ドアの先に一体何があるんだよ!?

 冷静に考えて、サァァァと自分の顔が青ざめるのを自覚した。

 

「………………一つ聞いて良いか」

「何?」

「弁護の余地は―――」

「あるわけないじゃない」

「ですよねー」

 

 不幸だー、と小さく呟いた直後にぼこーん、と部屋から色んなものをぶつけられた。……折原はどこ行った……?

 

 

 

 女子更衣室の屋上からその様子を見ていた折原は、ハメた少年を((嘲笑|あざわら))いながらこの世界を分析していた。

「やっぱアイツは本物の((上条当麻|かみじょうとうま))か。ネギまととあるのクロスかよ、駄神め」

 

 自分を転生させた(自称)最高神に悪態をつく。

 そう。

 彼もまた自然の摂理から外れ、この((転生|あそび))を楽しんでる一人だ。

 

「フラグメイカーが増えちまって倍率も高くなってんだよなぁ……。ネギは抹殺するけど、上条さんはなぁ」

 

 ヤッチマウカ、社会的ニ。

 彼は自分に世話を焼いてくれた人物を貶める為に打算する。

 

 

       

 

 やっと事情聴取から解放された。ボコボコにされないだけマシだったけど。

 辺りはもう真っ暗。寮の門限はとっくに過ぎてる。不幸だ……。

 腹も減ったし気分転換に超包子で何か食べて―――

 

 気楽な事を考えていた途中、辺りの雰囲気、というか空気が変わったのがわかった。

 不良に絡まれた時に感じる、敵意剥き出しの空気。そんな感じだ。

 直後、ゾクゾクと寒気がする冷たい風が((真上|・・))から吹き降りてきた。

 俺の頭上に何かある。バッと見上げるとまた冷たい風が吹きつける。

 

 そこで見たのは二つの『金色』。

 片方はフランス人形のようにある種の芸術的な綺麗で妖しい美しさを感じる。

 もう片方はゴミ溜めに落とされた宝石のように美しさが損なわれたもの。お世辞にも綺麗とは言えないがその存在感は確かなものだ。

 

 その二つは争ってるようで、互いにぶつかり合っている。

 しばし、俺はその光景に魅せられた。

 爆発音や密度のあるものが落ちた音が辺りに響き、

 

 

 

 

『さっさと((死ね|こわれろ))よ((吸血鬼|バケモン))!』

『うるさいわこの悪魔憑き! 鬼絡みも大概に―――!』

『((手前|テメェ))が死なないのが悪い! ウチの娘に手ェ出しやがって……!』

『待て! それは結構前の事だろ!? しつこいのにもほどがある!』

『何も言わず((殺されろ|こわされろ))!』

『真祖は死ねんわ!』

 

 

 ……爆発音をBGMに聞こえた今の会話。

 それを聞いて、何と言うか、すっごく冷めた。

 二つの金色は俺の頭上を過ぎ去った後、森の奥へ消えて行った。

 

「……、」

 

 今の『異常』な光景を目の当たりした俺は、

 

「俺は、何も、見てない」

 

 

 

 上条当麻。

 彼が裏の世界に入るのはまだ先の事らしい。

 

 

説明
第二部、始まります
紅い人の原初の話。
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