IS《インフィニット・ストラトス》 駆け抜ける光 第十一話〜負の感情に取り込まれて…… |
月曜日の朝、こんな噂が流れていた。
「学年別トーナメントの優勝者は織斑一夏と交際ができる」って噂だね。当の本人は知らないみたいだけどさ……。
今月の月末――つまり6月の終わりに学年別のトーナメントが開かれるんだ。お偉いさまとかが来て三年はスカウトがかかってるし、二年は一年間の成果を測るものかな。一年はあまり関係ないけど、もし優勝したらいろんなところからスカウトが来るだろうね。僕はあまりそういうのは好きじゃない。
で、こんな噂が流れているのは箒さんが原因に違いない。
「箒さん、ちょっと話が……」
「う、うむ……」
僕は教室にいた箒さんを呼んで、屋上へ移動した。屋上なら人気も少ないしね。
屋上に着くと、箒さんは大きなため息をついた。まぁ仕方ないよね……。まさかあんな噂が流れてるんだから。
「告白の時の声が大き過ぎたんだよ。全部ではないけど、告白の一部が聞こえた生徒が早とちりして、こんな噂が流れたんだと思う」
「そのようだな……はぁ〜」
分かってる人は分かっていると思うけど、この前の箒さんの相談はこのことです。時は遡ってシャルルくんが転校した夜の事になるのかな。
「う、うむ実はな、一夏に告白したのだ……」
……? 箒さんは何て言った? 「一夏に告白したのだ」って?
「ほ、本当に!? 夏兄の反応は!?」
「ま、待て! 話を最後まで訊いてくれ……正確には今度の学年別トーナメントで私が優勝したら付き合ってもらう、と言ったんだ」
箒さんはリンゴみたいに顔が赤くなっている。なるほどね、箒さんらしいっちゃらしいのかな。
「言えただけでも凄いよ。さすが箒さん!」
「だ、だが一夏が気持ちに気付いてくれるかどうかが心配なんだ……」
あ〜確かに。夏兄は恋愛には疎いからね。箒さんが心配するのも分かります。
「でもその気持ちをぶつけただけでも大きな一歩だと思うよ。付き合う付き合わないじゃなくてね」
「ありがとう、光輝。だが少し声が大きかったかもしれないのだ。もし誰かにでも聞かれたりしたら……」
これはあれなのか? 二人だけの秘密の関係を望んでいるのか? 十代乙女は純情ですなぁ。
「その時はその時で対処するしかないよね。大丈夫と信じよう!」
回想終わり。
「でも箒さんが優勝したらなんの問題もないよ? 頑張らなきゃ!」
ここでチャイムが鳴る。授業に遅れたらお母さんに頭を叩かれる! それだけはなんとか避けよう!
「光輝、ありがとう! さて急ごうか!」
「うん! さすがに叩かれたくないしね」
良かった。いつもの凛とした箒さんに戻ってくれた。それでこそ箒さん! 応援してるから頑張ってね!
「はー。この距離だけはどうにもならないよな……」
「仕方ないよ。本来は女子しかいないんだからさ」
授業終了後、僕と夏兄はトイレを目指して中距離走をしていた。もともと女子高なこのIS学園は男子トイレがほとんどない。まぁ教員が使うぐらいで設置数は少ないのです。
もちろん、帰りも教室まで中距離走。けっこう疲れるんだよ……。体力不足なのかな?
「なぜこんなところで教師などと!」
「やれやれ……」
この声はボーデヴィッヒさんとお母さん? 曲がり角の先から二人の声が聞こえる。夏兄も気になったのか僕達は二人の話を隠れて聞くことにした。
「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」
「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」
ボーデヴィッヒさんが声を荒げるなんて珍しい。お母さんの今の仕事についての不満とかをぶつけてるようだった。
「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力の半分も生かせれません」
「ほぅ……」
「大体、この学園の生徒など教官が教えるにたる人間ではありません」
「なぜだ?」
「意識が低く、危険感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしてる。そのような程度の低いものたちに教官が時間が割かれるなど――」
「そこまでにておけよ、小娘」
「っ……!」
お母さんの怒り一色の声色。ボーデヴィッヒさんもその覇気にすくんでしまったようだ。ここまで覇気を感じたのは久しぶりだ。正直、今のお母さんは怖い……。
「少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは、恐れ入る」
「わ、私は……」
今、ボーデヴィッヒさんが感じてるのは恐怖でしかない。圧倒的な力の差とかけがえのない――自分の恩人に嫌われるという恐怖に……。
「さて授業が始まるな。教室に戻れよ」
「…………」
ぱっと声色を戻したお母さんが急かして、ボーデヴィッヒさんは黙ったままその場を後にした。って僕達もそろそろ……。
「そこの兄弟。盗み聞きか? 以上性癖は感心しないぞ」
「な、なんでそうなるんだよ! 千冬ね(おかあさ)――」
ばしーん! ばしーん!
「学校では織斑先生だ。全く……」
「「は、はい……」」
僕達は出席簿で頭を叩かれた。しかも良い音だ。けど……痛いよ。
「さっさと行け。授業に遅れても知らんぞ。織斑弟ならまだいも織斑、今のままじゃトーナメント初戦敗退だぞ。勤勉さを忘れるな」
「わかってるって……」
「そうか。ならいい」
ニヤリと見せる笑みは今だけは家族として見ているようだった。そしてお母さんは僕達に背を向けこの場を後にした。
[自分の思いや信念を貫くのは難しい。だがそれで人は変わっていける]
そんな声が聞こえた気がしたが、僕にしか聞こえてなさそうだった。一体何だろうか? でも優しい感じがしていた。
「計算上では完璧なはずだから安心してよっ」
「でももし間違ってたら大変なことになるよ? 前みたいに装甲が溶けるのはよろしくないしさ」
「大丈夫! 大丈夫! なんとかなる!」
時は変わって今日の放課後。エリスさんの頼みでアリーナに向かっている僕達。ZZガンダムのハイメガキャノンの調整が完璧(計算上は)になったらしく、その相手をして欲しいと頼まれたのである。正直……不安で堪らない。本当に大丈夫かな……。
そしてアリーナに着き、異変に気付く。どうも騒がしい。二日前にも騒がしかったけど今度は何なんだよ。
「鈴っ!」
一足先に観客席に着いたエリスさんがそう叫んだ。続けて僕も観客席からフィールドを見る。
セシリアさんと凰さんのISがボロボロだ。しかもその状態でボーデヴィッヒさんのIS状態が二人を殴り続けていた。
「おおおおおっ!」
別の場所から聞こえたのは夏兄の声だった。零落白夜を発動させ、フィールドを囲んでいるシールドを消滅させ戦いに介入する。
「エリスさん! ハイメガキャノンを打って! シールドを壊せるぐらいの出力で!」
「わ、分かった!」
エリスさんはすぐにZZガンダムを起動させ、ハイメガキャノンを放つ。それがどのくらいの出力か分からないけど、見事にシールドを消滅させることが出来た。
「ありがとうエリスさん! 行ってくる!」
「ちょ、ちょっと待って、光輝くん!」
僕は抑えきれない怒りを放ちながらフィールド内へ駆けていった。
「やめろぉぉ!」
ボーデヴィッヒさんと動きを止められている夏兄の間にビームライフルを連射させ、間に入る。
「夏兄は下がってて。この人と話したいから」
「光輝……分かった」
夏兄は素直に下がってくれた。シャルルくんも夏兄のところに行き、セシリアさんと凰さんの様子を見る。
「今度はお前が邪魔をするのか。で何の用だ?」
「何の用だじゃない! セシリアさんと凰さんをあそこまでする必要ないだろ!? あれじゃあ、命が危なくなる!」
「ふん、そんな覚悟だから命がどうこういうのだ。ISを起動させる以上、命を捨てる覚悟は常に持っておくものだ」
「平気で痛めつける奴に覚悟がどうこう言えるかっ。絶対に許さない!」
友達を――仲間をここまでボロボロにしてましてや、命さえ危なかったんだ! 絶対に潰してやる!
僕は怒りに身を任せてボーデヴィッヒさんに接近する。相手も応戦するために接近してくる。ボロボロにしてやるっ!
[止めろ! 憎しみの為だけの戦いは死人に引き込まれるぞ!]
まさに僕は憎しみというドス黒い感情に取り込まれていた、ボーデヴィッヒさんを壊すことしか考えれなかった。聞こえた謎の声も無視して僕はビームサーベルで切りつけ――
――ガギンッ!
激しく響く金属音に僕とボーデヴィッヒさんの武器が止められた。
「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」
「お、お母さん!?」
そこにいたのは予想外の人物だった。170pぐらいあるIS用近接ブレードを二つ持つお母さんだった。ISの補佐なしで軽々と扱っているなんて……凄過ぎる。
「模擬戦をするのは構わん。が、シールドが消滅する事態にまでなるなら別だ。この戦いの決着はトーナメントでするんだな」
「教官がそうおっしゃるなら」
「なんで……!」
仕方なく僕はISを解除させた。ボーデヴィッヒさんも同じく解除させ、光の粒子が飛び散る。
「織斑もデュノアもいいな?」
二人は「はい」と返事をすると、お母さんはアリーナ内の全生徒に向かって言った。
「学年別トーナメントまでの私闘を一斉禁ずる! 解散!」
お母さんが強く叩いた手はまるで銃声のようだった。
「織斑弟、私の部屋にすぐに来い」
そう言ってお母さんはアリーナを後にした。
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