第三話:寂しがり屋の小さな少女
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「ふう・・・ヤベぇ、ヤベぇ。

まさかこんなに遅くなっちまうなんてな・・・あ〜あ、シャークティ怒ってっかねぇ」

 

気付けば空にはもう一番星が輝いている。

まさか想定外の乱入者が現れるなど、サイ自身も考えていなかっただろう。

そこでふと、サイは顎に手を当てて今日あった事を考える。

 

「『ドロール』・・・あの泥の化物の事だな。

俺はさっきの化物共を知ってる―――その倒し方も脳裏にいきなり浮かび上がった。

つう事は・・・もしかして俺、記憶を失う前はああ言う連中を始末しながら生活していたのか?」

 

だが・・・思い出せるのは化物の姿と対処法だけ。

それ以外は今までと同じくぽっかりと記憶の中から抜け落ちているのだ。

思いだせそうで思いだせない、そんな歯がゆさをサイは感じていた。

 

そんな風に考え事をしているといつの間にか教会の前に着いていた。

中からは煌々とした明かりが点いており、誰かがいるというのは明白である。

 

「はぁ・・・」

 

肩を落としながら溜息をつくサイ。

しかし此処に厄介になっている以上、シャークティやココネなどに心配をかけた事を詫びねばならない。

もう一度小さく溜息を吐くと、サイは意を決したかのように中に入って行った。

 

「た・・・ただいま、シャークティ、ココネ」

 

恐る恐る扉を開けるとそう言うサイの目に、跪いて神に祈りを捧げているシャークティの後姿が見えた。

サイの小さな声が聞えたのか聞えないのかは解らないが、シャークティは祈るのを終わらせると徐(おもむろ)に立ち上がるとサイの方を向く。

そして・・・怒りの表情ではなく、何処となく優しさを含んだ表情で口を開く。

 

「お帰りなさい、サイさん。

全く、駄目じゃないですか・・・今日は遅くなるなら遅くなると言ってくれなきゃ。

ココネも私もずっと夕食の準備を終わらせて待ってたんですから、ね?」

 

・・・シャークティは怒っていない。

それどころか、まるでサイが“いつも夕方に少しの間出かけていた”事に気付いていたかのような口ぶりだ。

その言葉に呆気に取られていると、シャークティが続ける。

 

「・・・気付いてましたよ。

貴方が私の居ない少しの時間を外に出かけていた事は。

そして・・・それが毎日の楽しみだったという事も少し前から・・・」

 

そう、シャークティはサイが少しの間だけ教会を抜け出していた事を気付いていたのだ。

気付いていながら、あえて咎める事をせずに知らないふりをしていたという事だろう。

それは何故だろうか? そんな事を考えていると、シャークティが頭を下げる。

その口から紡がれた言葉はサイの想像外の言葉でもあった。

 

「謝らなければいけないのは私の方ですよ、サイさん。

いつもこの教会の雑務や掃除や私の手伝いばかり手伝って貰っていたのに私はサイさんの気持ちも考えていませんでした。

この教会ばかりに居るだけでは本当の意味で貴方が落ち着ける訳ありませんものね。

本当に御免なさい・・・」

 

再び頭を下げるシャークティ。

 

「でも、これだけは知っておいて下さい。

私もココネも、いつも何も告げないまま出て行ってしまうから本当に心配していたんですよ。

短い時間でしたがココネにとってはお兄さんですし、私にとっては可愛い弟のように感じていたんですから。

・・・だから、外へ行くなとはもう言いませんから代わりに行く時は行くと伝えてください。

その方が、私たちも安心出来ますから・・・」

 

ほんの短い時間・・・。

人生の終わりが80年や90年と仮定するなら、サイとシャークティやココネ達が出会って過ごした時間はたかが2週間程度の事。

だがその間に共に起き、共に食卓を囲み、共に仕事をして、共に眠りに着くと言う事。

それは例え時間が短かろうとも必ず育まれていく小さな“絆”だ。

 

短い時だったがココネもシャークティも美空もサイの事を家族のように思っている。

だからこそ・・・何も言わないで勝手に一人で行ってしまうサイに対して寂しくも感じていたのだ。

それを知ったサイは、先程のシャークティのように深々と頭を下げると言う。

 

「・・・すまねぇ、シャークティ」

 

サイは記憶を失っている故に難しい事は言えない。

だがそれでも、此処でしっかりと謝るべきだという事だけは理解している。

頭を下げているサイをシャークティは頭を優しく撫でながら小さく微笑んで首を横に振るのであった。

 

この日からサイはシャークティの許可を貰って夕方以降の人気の少ない時間のみ自由に外に出るようになる。

それに近い内にサイを学園長と言う人物に会わせて昼間も出られるようにしてくれるそうだ。

 

この日、記憶を失った少年は“家族”という絆を得た。

この先がどうなるか、記憶が戻ればどう変わるのかは解らないが、天涯孤独といっても過言ではない存在だったサイにとって、これほど嬉しい事は無かっただろう。

 

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次の日の夕方―――

シャークティに出かけて来ると言う許可を取ったサイは、またも昨日歩いていた夕方の並木道を散策していた。

まあ、保護者(?)公認の散策など初めての事なのだから嬉しいと言えば嬉しいだろう。

 

「そう言えばシャークティ、明後日には学園長とか言う奴に俺の事説明してくれるらしいな。

これで今度は昼間も堂々と外に出られるようになる・・・いやぁ、ありがたいねぇ全くよ」

 

そう言いながら何処に行く目的地も無くぶらぶらするサイ

空はまだ明るいが既に月が姿を見せており、ほぼ満月に近い姿は何処か闇夜に輝く獣の目を想像させる。。

そんな月を見上げながらサイは一週間前にエヴァンジェリンに言われていた事を思い出していた。

 

「おお、そう言えばあの幼女と戦った日って確か半月だったな。

つう事はそろそろ完全な満月だろうし・・・“次の時”ってのも、近いかもしれねぇな」

 

この少年、記憶は無い癖に変な所で鋭い人物だ。

事実、件(くだん)の吸血姫は前回のリベンジの為に密かに準備を始めていた。

―――筈、だったのだが・・・実はある事情により、その計画を一時中断せざるを得ない状況にあったのだ。

 

その事情とは一体何なのか?

もしや彼女が気にしていた“奴の子”とか言う人物の事があるが故か?

それとも他にもっと重要な理由があり、それが解決出来ない故に動き出す事が出来ないと言う事か?

 

・・・だが、実際の理由はもっとしょうも無い理由であった。

 

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「貴方はサイさん・・・?

このような所で一体何を為さっているのですか?」

 

「・・・あぁ?」

 

名を呼ばれて後ろを振り返るとそこに居たのは茶々丸だ。

しかも何故かいつもの服装である麻帆良中学の制服とは違いメイド服のようなものを着ていた。

・・・彼女の趣味か、もしくは主の趣味なのだろう。

 

「何だよロボ子ちゃんじゃねぇか、元気か?

ん? そう言えば今そこの掘っ立て小屋から出て来たけど・・・もしかして此処ってテメェん家かよ?」

 

―――本当に無礼千万な小僧である。

サイの『掘っ立て小屋』と呼んだのは、アンティーク調で実にお洒落なログハウスだ。

だがこの小僧、ログハウス自体を知らないのだろう。

 

「はい、ですが正確に言えば此処はマスターの住んでいる場所です。

サイさん、マスターに何か御用でしょうか?」

 

茶々丸の問いかけにサイは無愛想に返す。

元々此処に来たのは昨日の散歩の続きをする為にブラブラしてて偶然辿り着いただけに過ぎない。

 

「いんにゃ、全然用事なんて無ねぇよ。

そもそも俺が此処に来たのは偶々だ・・・まあでも、あのヤロウの面拝んで帰るのも何かの縁かもな。

ロボ子ちゃんよぉ、テメェの主のあのガキ居るか?」

 

その言葉に一度何かを考えるような素振りをする茶々丸。

そして何も無かったかのように無表情のままサイに向かって答える。

 

「・・・変わった方ですね、貴方は。

ですが申し訳ありません、マスターは唯今ご病気で寝込んでらっしゃいます」

 

「へっ? 病気?

何、アイツなんか持病持ちだったのかよ? ありゃあ、ガキなのに持病持ちって大変だなオイ」

 

その問いかけに茶々丸は首を横に振る。

否定した理由・・・それは少なくともあの日、強烈な殺気を放っていたような輩には似つかない理由だったのだから。

 

「いえ違います、マスターは昨日から風邪をお引きになっておりまして・・・」

 

茶々丸の言葉に首を傾げ、一度耳を穿ってから聞き直すサイ。

 

「・・・はっ? 何? 悪ぃがもう一度言って貰って良いか?」

 

「いえ、ですから風邪をお引きになられまして寝込んでらっしゃいます」

 

どうやらサイの聞き間違いでは無いらしい。

至極真面目な表情をしながら茶々丸は何度も何度も確認するサイに対して頷いて居た。

まあサイもまさか、吸血鬼だの真祖だのなどと言う“人を超えてる者”が風邪を引くだなどとは思うまい。

 

「・・・先程から、何を幼女だのガキだのと・・・。

キサマ、そんなに死にたいのなら・・・今すぐ此処でくびり殺してやろうか?」

 

するとサイの後ろにあるログハウスから聞えてきたか細い声。

入り口のドアがゆっくりと開く音がしたと思ったら、そこには真っ赤な顔をしたエヴァンジェリンがヨロヨロしながら立っていた。

そんなエヴァンジェリンに向かって不敵に笑うサイ。

 

「オイオイ・・・病気なんて言うから何かと思えば風邪かよ。

それにお前、そんな状態で外まで出て来んな馬鹿・・・もっと症状が重くなったら、俺を縊り殺す前にお前がノックアウトするぜガキ」

 

「抜かすな、小僧が・・・。

まあ良い・・・キサマのような小僧など、今此処で始末して・・・」

 

しかし、エヴァンジェリンの言葉は最後まで続かない。

そのままヨロヨロとそこに膝をつくとぶっ倒れて肩で息をしているのだ。

咄嗟にサイは走るとエヴァンジェリンの頭に手を当てる。

 

「マジかよ、こりゃ凄ぇ熱だ。

絶対に安静にしなきゃ拙いレベルだぞ・・・まあ俺今まで一度も風邪なんて引いた事ねぇから良く解んねぇけどよ」

 

するといつの間にか茶々丸もエヴァンジェリンの近くに着ていた。

そのまま倒れて居る彼女の足を持つと、サイに向かって“この状態”の説明をし始めた。

 

「申し訳ありません、サイさん。

マスターを二階のベッドに寝かせて頂けますか? 何しろマスターは風邪以外にも花粉症も患っておられますので・・・」

 

「おう、良いぜ・・・二階に連れてきゃ良いんだな?

てか風邪に花粉症って、また最悪なコンビネーションの病気患ってんなコイツ」

 

快く快諾するサイ。

しかし本当に彼は、エヴァンジェリンに狙われている事が理解出来ているのだろうか?

いや、愚問であろう・・・サイにとって“敵味方”だの“命を狙われてる”だのは些細な事に過ぎない。

彼は唯、自分の心のままに動いているだけだ。

 

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そのまま二階のベッドまでエヴァンジェリンを連れて行き寝かせると二人は一息ついた。

 

「しっかし、一週間前のあの時とは偉ぇ違いだな。

なあロボ子ちゃん、コイツ本当にその“吸血姫”なんて奴なのか? 何だかこの姿見てるとそうは思えねぇんだがよ・・・」

 

ちなみにサイも唯珍しさだけで外出をしている訳ではない。

記憶を失っている事、この町の事を何も知らない事を考慮し、解らない部分を彼なりに知ろうと努力していたのだ。

そして自分で知る事の出来ない事柄はシャークティに教えて貰い、その過程で何となくではあるがエヴァンジェリンの正体を知った。

何処の世界でも情報を集める事は、敵を制する事も出来るのだから。

 

「・・・そう思われるのも無理もありません。

魔力の減少した状態のマスターの体は元の肉体である10歳の少女のそれと変わりありませんから。

あの、所でサイさん・・・一つ、お頼みしても宜しいですか?」

 

茶々丸の言葉に続きを促す。

すると茶々丸は少し前の彼女なら多分、頼みもしなかっただろうに敵と認識しているサイに驚くべき頼み事をするのであった。

 

「何だよ? 先に言っとくが金貸してってのと口座教えてってのは無理だぜ。

口座なんてないし、金も一円も持ってねぇし・・・そもそもこの様子見りゃあ、金になんぞ困っちゃいねぇだろうが」

 

―――胸を張ってそう言うサイ。

完全に威張れる事では無いのだが、茶々丸は真面目に応答した。

 

「・・・いえ、違います。

そもそもマスターは誰かにお金を借りなければならない程困ってもおられません。

実は先程外に出たのはツテのある大学の病院で良く効く薬を貰いに行こうとしていたのですが・・・それ以外にあの子(野良ネコ)達にエサをやりに行かなければなりません。

だからその間、マスターを看ていて頂けませんか? 勿論、只でとは言いませんが・・・」

 

「良いぜ別に、その位の事なら。

でも良いのか? 俺は気にしねぇけど、一応俺ら敵同士だろ?」

 

またもや即答するサイ。

本当にこの少年は敵だという事が理解出来ているのか?

だがサイにとっては、彼の口癖である“It Doesn't Matter(関係ないね)”が彼の性格を現しているとも言える。

要はこの少年、『生きたい様に生きてやりたい様にやる』という生き方が自分に一番生に合っていると理解しているのだ。

 

命の恩人であろう人物から言われていても自由を愛し、それを破って外に出たがる。

助けたいと思った人物の為なら、そいつが敵だろうが味方だろうが助ける為に喜んでルールを無視する。

誰よりも自由に生き、そして誰よりも自由に死ぬ・・・その過程でどんな事が起ころうとも後悔はしない。

そんな“風と言う存在の体現者”とも言える性格が“幼き頃の彼の性格”だったのである。

記憶を失った今、そんな己の昔の性格を自然と模倣しているのかもしれない。

 

「ハイ・・・サイさんにならお任せ出来ると判断しています」

 

そんな性格を茶々丸が理解しているのかしていないのかは解らない。

が、頭を下げて任せていく所を見れば、何か感じ入る事があったのであろう。

此処の所、様子がおかしいと言われていた茶々丸のココロに去来するものは何なのかはまだ解らないのだが。

 

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茶々丸がサイに主を託して出かけてから30分程の時間が流れる。

 

「・・・さて、看てるなんて言ったのは良いがどうしようかねぇ」

 

本来この少年は自由を愛する人物。

だがその実は何も考えていないとも言えなくも無い。

茶々丸からエヴァンジェリンの事を任されたのは良いが、何をして良いのか解らず部屋の中をキョロキョロと見回していた。

 

「うう・・・ケホケホッ!!

ううう・・・の、ノドが・・・」

 

苦しそうに咳き込むエヴァンジェリン。

熱の所為でのどが渇き、苦しいのだろう―――するとサイは間髪入れずに思い切った行動に出る。

 

「やれやれ、仕方ねぇな・・・ホレ」

 

何とサイは七魂剣を召還すると腕の部分を軽く切って血を出し、それをエヴァンジェリンに飲ませたのだ。

吸血鬼と言うのが血を飲むと言う事をシャークティから教えられていたサイは、それが一番効果があると思ったのだろう。

その考えは間違っておらず、少し血を飲み終わった後、エヴァンジェリンの体調は落ち着いた。

そんな静かに寝ている吸血姫の寝顔を見ながらサイは小さく呟く。

 

「静かに寝てりゃあ普通のがきんちょだな。

しっかし・・・吸血鬼って奴も風邪引く事もあるんだな、初めて知ったぜ」

 

そんな事をしみじみ言いながら一階の方に目を向ける。

そこには大量のファンシーな人形達が所狭しと置かれている光景が映った。

その時、不意にエヴァンジェリンが魘(うな)されるように寝言を呟き始める。

 

「・・・や・・・めろ・・・。

サ・・・サウザンドマスター・・・まて・・・や、やめろ・・・」

 

「さうざんどますたー?

ああ、そう言えばシャークティがどっかで誰かに言ってたっけその名前。

何だか“世界を救った英雄”だとか何だとか・・・」

 

英雄《ヒーロー》・・・その言葉を己自身で呟いた時、不意にサイの表情が変わる。

今までのようなどこか不敵で、馬鹿が付いても間違いないような明るい表情とは違う。

その目つきも、表情も、どこか歳不相応なまでに見えた。

 

「・・・英雄、か。

碌な響きではないな・・・そうやって勝手に奉られ、知らない所で多くの者が傷つく。

身勝手な連中の己の保身の為に、どれだけ多くの血が流れると思っている・・・」

 

口調も今までとは違う。

重苦しく、辛そうで・・・どこか償えない罪を背負って、許される相手も居ないのに断罪を望み懺悔をする咎人のように見えた。

 

「・・・フッ、何を下らん事を。

我こそが誰よりも身勝手ではないか。我の所為で・・・どれだけの者達が命を落とした事か。

我は所詮、世界を救えても―――己の大事なものを何一つ護れなかった・・・」

 

これが本当に先程まで笑っていたサイだろうか?

それに『何一つ護れなかった』とは一体どういう事だろうか?

その疑問に答えられる者は此処には存在しない。

 

「う・・・うう・・・。

い・・・いくな・・・いかな、いで・・・ナ・・・ギ・・・」

 

まだ魘されているエヴァンジェリン。

その目には悲しい夢を見ているのか涙を浮かべている。

そんな吸血鬼の少女の額にサイは手を置くと・・・。

 

「・・・今は眠れ」

 

静かにそう呟いた―――

すると、少女の熱の所為で真っ赤になっていた顔は赤みが引く。

更に魘される程に高かった熱も見る見るうちに下がり、エヴァンジェリンは穏やかな寝息を立て始める。

そんな少女の穏やかな寝顔を見つめた後、静かにサイ(?)は座椅子から立ち上がった。

 

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「・・・サイさん?」

 

丁度その時、後ろから茶々丸の声が掛かる。

だが茶々丸はサイの横顔や眼差しを見た時、別人ではないかと思ってしまった。

それ程までに自らの主の額に手を当てている少年の雰囲気は、今までと全く違ったのだ―――

 

「・・・貴公、この娘の従者か?」

 

「えっ・・・何を仰っているのですか?」

 

茶々丸の見たサイは、まるで今始めて会ったかのような疑問を投げかけてくる。

それに対して返答しようとする茶々丸・・・だが、それより先にサイは言葉を続けた。

 

「なれば安心せよ、体調は安定した。

それにこの娘を取り巻くおかしな呪法の内の一つは、我の血を飲んだ事により無効化された。

しかし残りの一つは完全に解く事はせぬ・・・許せ」

 

それは完全に別人だ。

しかも今、サイは何と言った・・?

取り巻く呪法・・・それがもし茶々丸の想像している事に当てはまるならば、自らの主に科せられた呪の一つは解除されたという事になる。

 

「もう一つの呪法は、あの夜の再戦にて我を満足させれたら解こう。

時と場所はそちらに任せる、それと少しは体を労われと貴公の主に伝え願いたい・・・」

 

それだけ言い終わると、まるで今まで意識を失っていたかのように瞬きするサイ。

 

「・・・あれ、俺今なんか言ってたような気が。

って・・・おお、ロボ子ちゃん。 いつの間に帰って来てたんだ、アンタ?」

 

そこに居たのはいつものサイだ。

つい先程とは全くの別人である・・・もしや彼は二重人格なのだろうか?

いや違う、あれこそが・・・先程のあの人物こそが“本来のサイ”なのである。

しかし、その事は本人は全く覚えて居ないようだ。

 

「ん、あれ・・・?

なんだ、このガキもいつの間にか熱下がってるじゃねぇか。

じゃあもう俺は必要ねぇな、ロボ子ちゃんも帰って来たんだしよ・・・俺が此処に居たら折角下がった熱もぶり返しちまうから帰るとするぜ」

 

そう言うとそそくさと帰ろうとするサイ。

だが茶々丸がふと彼を見ると、今までと違っている部分がある。

それは、今まで手首に巻いていなかった包帯のようなものが巻かれているという事だ。

しかも少々だが、紅い染みのようなものも付着している。

 

そこで茶々丸は先程のサイではないサイの言葉を思い出す。

 

『我の血を飲んだ』

 

確かにあの時、もう一人のサイはそう言っていた。

そこから茶々丸が計算するにサイが血を流している理由など一つしか考え付かなかった。

 

「待ってください、サイさん」

 

「んあ? 何だよロボ子ちゃん。

悪ぃけどそろそろシャークティやココネと夕飯食う時間なんでね、用事があんなら手短に頼むぜ」

 

呼び止められたサイは茶々丸の方を向く。

何気に包帯を巻いた腕を隠すように立ちながらだ。

 

「・・・何故、貴方はそこまでしてくれるのですか?」

 

「ん? ああ、何だ気付いてたのかよ・・・何、もしかして余計なお世話だったか?」

 

いつもの脳天気で馬鹿っぽいサイとは違う。

短い茶々丸の一言で何を言いたいのか直ぐに理解出来たのだ・・・いつものは只のポーズと言う事だろう。

そんなサイに茶々丸は言葉を続ける。

 

「・・・一応説明は必要ないかと思いますが念の為に。

マスターは魔法使いと呼ばれる者達の中でもこの麻帆良では一二を争う程の実力者。

そして・・・真祖の吸血鬼と呼ばれ、闇の福音(ダーク・エヴァンジェリン)などと呼ばれたお方です。

言うなれば人の定義で言えば“悪”と呼ばれる存在なのですよ・・・それなのに何故・・・?」

 

・・・そう、エヴァンジェリンの正体は普通の人々が畏怖する“悪の魔法使い”と呼ばれる者。

 

本来、魔法使いと言うのは世の為人の為に働くのが仕事だ。

しかし中にはそれらの道から逸脱して己の為に力を振るう者も出てくる。

それが所謂“悪の魔法使い”である。

 

さらに言うなら真祖とは、今現在では遠い昔に失われた秘伝によって自ら吸血鬼化した人間の事。

つまり、己の我欲の為に人を辞めた存在の事であり、立派な魔法使いを目指す者にとっては嫌悪と侮蔑、排斥の象徴なのである。

そんな人物を殺そうとするものは星の数程だろうが、助けようとするなど普通なら正気の沙汰ではないのだ。

だが・・・サイは茶々丸の言葉に心底疑問を持つような表情でこう一言だけ返した。

 

「・・・だから?」

 

「だから・・・とは?」

 

サイのその反応に鸚鵡返しのように聞き返す茶々丸。

それは当然だろう・・・多かれ少なかれ個人差はあれど、この麻帆良で自らの主の正体を知る者は殆どが良い感情を持っていない。

事情や裏の事を知っていて、それでも尚エヴァンジェリンを嫌わないのは学園長ともう一人位。

それなのに目の前の少年は全く気にしていないのだ。

 

「別にこのガキが何だろうとそれがどうした? 苦しんでる奴をそのまま放っておくのが良いのか?

俺は別に打算も何も無い、ただ目の前で苦しんでる奴を放って置けねぇだけさ・・・まあ、深く考えてねぇだけかもしんねぇけどよ」

 

「ですが・・・もしやその選択は最も愚かな行為かも知れませんよ。

これによってマスターが復活し、かつての如く人の命を奪う行為をしたとしたら・・・その責任は貴方に・・・」

 

しかしその言葉も最後まで語られる事は無い。

サイは茶々丸の言葉にかぶせるようにして言葉を返した。

 

「はっ・・・関係ないね。

日和見して誰も助けられねぇのに彼是(あれこれ)御託抜かすのが正しいってんなら、俺は馬鹿のまんまで間違ってるって後ろ指差されたって構わねぇぜ。

それにな、男って奴は自分の選んだ選択に後悔しねぇよ・・・もしそれでこのがきんちょが暴れるってんなら、何度でも何度でも止めるだけだ。

生きたい様に生き、やりたい様にやる・・・それが他人に迷惑かけねぇならそれで良いじゃねぇかよ」

 

そう・・・これがサイという少年なのだ。

他人の命令や他人の見方に従うよりも、己の意思で己自身で答えを見つけ自由で居る事を好む“自由な風”。

彼には善悪なんてものはない、自分が正しいと思った事をしてその結果自分に返って来るリスクも背負い込むというのが彼なりの選んだ生き方。

それが自由に生きると選んだ少年の答えなのである。

 

「サイさん・・・貴方は・・・」

 

まだ何か言おうとした茶々丸。

だが、サイはシャークティ&ココネ&美空からプレゼントで貰った時計を出して時間を確認する。

 

「おっと、もう時間だ。

んじゃな、ロボ子ちゃん・・・アンタの主のガキにも安静にしろって伝えといてくれ。

それと・・・“喧嘩”も楽しみにしてるってな」

 

そう言い終わると走り出すサイ。

あっという間に入り口まで走り去ると、その背に茶々丸がもう一度だけ語りかけてきた。

 

「サイさん」

 

「ん? 今度は何だ?」

 

すると茶々丸は小さく呟いた。

 

「・・・私の名は『ロボ子ちゃん』ではありません。

絡繰茶々丸(からくりちゃちゃまる)と言う名があります・・・これからはちゃんと“茶々丸”と呼んで下さい」

 

一瞬、アホの子のような表情をするサイ。

だが、茶々丸のほうを向いて笑うと言葉を返してログハウスから出て行った・・・。

 

「はいよ、じゃあまたな“茶々丸”」

 

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〜side エヴァンジェリン〜

 

熱も引き、何故だか体が軽くなったエヴァンジェリンはサイが帰るまでずっと寝たふりをしていた。

途中から目覚めていたと言うのがばつが悪かった訳ではない・・・ただ、真意を知りたかった。

己が殺気を送ってものらりくらりとかわし続ける少年の真意が・・・。

 

そして良く解った。

何故、サイを見た時に己の慕い、焦がれ、求め、愛し、そして想いを告げられなかったサウザンドマスターと似ていると感じたのかを。

サイの生き方は、あの道理を無視して己の信念を貫き通す男とそっくりなのだ。

 

飄々としていておちゃらけていて、根性が悪いという性格だったサウザンドマスター。

しかし、己の誓った信念や己の選んだ道に後悔も文句も言わずにただ真っ直ぐと進み続ける。

不敵で、少々自分勝手で、万人の望む英雄像とは少々違う『悪ガキ』が大きくなっただけの人物。

だがそんな真っ直ぐで自由な生き方が多くの者やエヴァンジェリンを惹き付けたのだろう。

 

「マスター?」

 

茶々丸もエヴァンジェリンが起きていた事には途中から気付いていた。

そして、何故布団から顔も出さずに居る事も薄々とだが・・・。

 

「茶々丸・・・悪いが一人にしておいてくれ」

 

その主の言葉に静かに頭を下げて外へと出て行く茶々丸。

布団で顔を隠していたエヴァンジェリンの声は・・・震えていた。

これだけでも『一人にしてくれ』と言う言葉の意味は察するだろう―――

 

「うっ・・・ぐすっ・・・。

何故だ・・・どうして・・・どうして今になって今更・・・。

何故・・・何故、死んでしまったんだ・・・ナギ・・・」

 

涙は枯れた筈だった・・・想いを伝える前にサウザンドマスターが死んだと聞いた10年前に。

しかし、耐えようとしても耐えようとしても溢れ出す涙に、エヴァンジェリンは声を抑えて泣き続けた。

かつての悲しみを思い出してしまったのだ、サウザンドマスターに似たあの少年によって―――

 

〜sido out〜

 

-8ページ-

 

第三話再投稿完了です。

いやいや・・・しかし、この物語は一体どういった道に向かうんでしょうかねぇ。

ちなみにつじつま合っていなかったかもしれませんので此処で2,3補足を入れておきます。

 

その@:サイが魔法使いを知っていた理由

これは最初にエヴァとの邂逅の際に言われた言葉を覚えていました。

で、その中で魔法使いってのが普通の一般人には隠されている存在だという事にも気付いています。

(サイは馬鹿ではありませんのでその位の事には気付きます)

 

そのA:吸血鬼云々を知っていた理由

これはシャークティに『吸血鬼ってのは何だ?』と遠回しに聞いて色々説明を聞いて己なりにサイが解釈した故。

そうでなくても人とは違うというものを人が恐れるという事をサイは知ってはいる為、吸血姫であるエヴァが生きて来た現実が碌なものでは無い事は理解していた。

故に吸血鬼が血が好物な事も、人と違う故に苦しんだ事も薄々感付いている。

(何せ、自分自体がハーフであるという事を七魂剣と六道拳を召喚出来るようになってから思い出した)

 

さて、では次回に続きます。

多くの絶望を背負ったが故に苦悩の中生きて来た吸血姫に救いあらん事を切に願いつつ。

 

説明
第三話再投稿完了。
過去に縛られ足を止め苦悩する少女と過去を失くしても前に進み続ける少年。
全てに絶望した少女が少年に想い人を重ねる理由、それが今語られます・・・。
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