学園生活はなしの方向で
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『カランカラン♪』

 

 

 

 

 

 

いらっしゃいませ!

 

……おや、あなたはここは初めてですね?

ははは、ここはそれほど人気があるところじゃないですからね。

常連のお客様を除けば、新規のお客様はあまり多くないんですよ。

だから、ここに来てくれるお客さんの顔はだいたい覚えているんです。

まぁ、新規のお客様ということで最初の一杯はサービスしますね。

とりあえず、バーボンでも飲んで……って、うち喫茶店だからバーボンは置いてないんでした。

……え、お客様、なんでそのネタ分かるんですか!?

え、普通にネットで載っていた?

 

……と、とりあえず、仕切り直しで。

とりあえず、このブレンドでも飲んで落ち着いてくださいな。

あぁ、はい、注文はBランチ一つですね? 承りました。

 

あ、おいしいですか?

ありがとうございます、それ先代のマスターからさんざん仕込まれて、ようやく合格をもらえたものなんですよ。

え、その先代のマスターはどうしたかって?

……マスターは僕に、このコーヒーの淹れ方を教え終わったその後すぐに「お前に教えることはもう何もない。ワシは世界にあるまだワシの味わったことのないコーヒーを求めて旅をする! 後は任せたぞ!」とかなんとか言って、旅立っちゃいました。

まぁ、それでも合格をもらったのはこのコーヒーだけで、その他の料理ももちろん作れるんですけどマスターからしたら「まだまだ修行が足りない!」レベルらしいですが、とりあえず商品としてぎりぎり出せるレベルにはなったらしく、マスター不在の間は私が店を預かることになってしまいました。

……え、十分においしいですって?それはそれは、ありがとうございます。

ですが、マスターのと比べたらどうしても見劣りしてしまうんですよ。

 

……料理というのは、不思議なものですよね、調理法が同じでも作る人によって味が微妙に変わってしまう。

それは、まるでその人の性格がそのまま料理に現れるかのようです。

 

ん? もうお帰りですか?

そうですか、今後ともどうぞご贔屓に。

 

ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

『カランカラン♪』

 

 

 

 

 

 

いらっしゃいませ!

 

……って、君か……“言葉”さん。

 

「こんにちは“誠”さん、今日も来ちゃいました。それと、私のことは言葉でいいって言いましたよ?」

 

いやぁ、人の事を呼び捨てにするのって慣れてなくてね、そこは勘弁してほしいな。

 

「もう……でも許しちゃいます」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

今更ながら、僕の名前は“伊藤誠”。

そして、目の前にいる黒くて綺麗な長髪の美少女は“桂言葉”さんだ。

……まぁ、これだけ言えばわかるかもしれないけど、そう僕や彼女はとある一般層の人たちにはそれなりに人気があるらしい、School daysのキャラクターなんだ。

そして、そのSchool daysのキャラクターであり伊藤誠である僕がなぜ“School days”を知ってるのかというと、これまたわかってしまったかもしれないけど、そう僕は伊藤誠に転生してしまったんだ。

前世のことはこの世界に転生してからそれなりに時間が経ったせいで、もうあまり覚えてないから省くけど、この世界に生まれてしばらくして自分が伊藤誠だということを知り、ここがSchool daysの世界だと知った時、僕の体からは瞬間に汗が吹き出してしまった。

僕はアニメ版しか見ていないけど、そのアニメ版の最後、伊藤誠はかなりグロテスクな最期を迎えていた。

……まぁ、ネットではいろいろと伊藤誠に対しての意見が挙がっていたが、僕から見たら伊藤誠の自業自得としか思えないのだけどね。

中身が僕だということでだいぶ違う結末を迎えるとは思うけど、そういう悲惨な未来も可能性としてはあると知っているだけに最初の数日は満足に睡眠もできなかった。

眠っても体を何度も刺されたり、バラバラにされたりとそんな夢ばかり見ていたのだ、安眠などできるはずない。

 

そんなある日、僕はどうしたらデッドエンドを向かえずに済むかと考えていたら、一つその時の僕にとっては妙案とも思える物が頭に浮かんだ。

 

「よし、中学卒業したら就職しよう!」

 

良くも悪くも、伊藤誠が女性たちと深い繋がりを持つのは高校に入ってからだ(それ以前の女性関係なんて知らないし、作中に出ていたとしても覚えていない)。

中学を卒業して就職というのは、一般的にちょっと早いのではないかと思うが僕は前世ではサラリーマン、バリバリに働いていた成人男性だったのだ。

いつまでも学生をやっているのは僕としては逆につらい。

 

……それに、この世界での僕の家には、父親がいない。

別に死んだとかそんな理由ではなく、僕が小学生くらいの時に母さんが親父に愛想を尽かして離婚したという、それだけだ。

……まぁ、親父の事は思い出すだけでも頭の痛くなる問題のためそれ以上の説明は省くが、母さんは女手一つで僕を育ててくれたようなものだ。

普通子供を育てるにはかなりのお金が必要だ。

いい仕事についているか、本人に仕事をしていなくてもいいほどの後ろ盾があるかでない限り、満足に子供を育てることは難しい。

一般的に、社会では女性の地位はそれほど高くない。

いや、ちゃんと大成している女性もいることはいるだろうが、それもごくわずかと言える。

そんな中で、一応母さんも仕事はしているがそれほどいい待遇の仕事ではないらしく給料もそれほど多くはないらしい。

……いや、元働いていた僕から見て、母さんの給料はだいたい一人で暮らしている分にはそれなりに余裕があるようには見える。

元働いていたといっても所詮今の僕は子供で、母さんのお荷物に過ぎない。

それにもかかわらず、母さんは僕を養うために汗水流しながら仕事に励み平日は夜遅くに帰ってくることもざらである。

たまに休みが取れると、平日の疲れが残っているだろうに、平日にあまり接することができない僕が寂しくないようにと一緒にいてくれる。

……まぁ、そういう時は一人で本を読んだり昼寝をしたりして、母さんにあまり負担をかけないように僕なりに努力はしてきたけど。

 

まぁ、とにかくだ。

母さんは今まで本当に僕のためによくしてくれたし、僕がもし高校や大学に進学したいといえばきっと反対はしないだろうし、そのためにさらに仕事量を増やして必要な金を稼ごうとするかもしれない。

実際に、僕が中学を卒業したら働く旨を話したらいろいろと説得もされた。

しかし、それではいつか母さんが疲労で倒れてしまいかねない。

元成人男性の心を持つ僕としては、それは許容できるものではない。

 

……まぁ、働きたいというのにはそういう理由があるのだが、高校に行きたくないという理由もあるにはある。

僕だって本当は、せっかく若返ったわけだし、もう一度青春を謳歌するのもやぶさかではないとは思うけど、いくら魂?が別人だったとしてもこの体は伊藤誠のものだしここはSchool daysの世界。

僕にとってここは現実の世界であることは間違いなく、ゲームのようにルート選択なんてそんな都合のいい物などないのだ。

いつどんな偶然が起きてデッドエンドルートに入ってしまうかわからない。

 

そんなわけで、だったらもうSchool daysの主旨から外れて最初から学校に行かなければいいだろうと、僕はそう考えたのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

それから中学を卒業して、なんだかんだと、うんたらかんたらと、あーだこうだとしているうちに、今のこの喫茶店という場所に落ち着いた。

まぁ、食べ物を扱うわけだから、中学卒業したらそこですぐに就くことができるわけでもなく、最初の内はアルバイトとして働いておくことになった。

あと数年ここで金を稼ぎつつ実践経験を積んで、それからそういう関係の専門学校に行く予定だ。

他の就活で頑張っている人と違って、すでにここのマスターからも将来ここで働くことは了承済みで焦る必要はないのだ、気長にやっていくさ。

……まぁ、そんな感じでやっていればメインのキャラたちもとっくに卒業してるだろうし、変なフラグがたつ可能性はグンと減る……よね?

最初のころは今まで未経験だったこともあり失敗も多々あったが、そのたびにマスターがきちんとわかりやすく教えてくれたこともあり、時間が経つごとに失敗の数も減っていった。

本当にマスターにはよくしてもらって、感謝してもしきれないほどだ。

 

 

 

バイトに勤しんでいて、もうすでに作品のことは半ば忘れてきた中学を卒業してからもうすぐ一年がたつ。

今日はバイトも休みで久しぶりに遠出でもしようとあてもなく電車に乗った時のことだ。

その時は平日ということもあり電車もかなりの人で混雑していた。

そんな中、近くの学校の学生だろうか見覚えのある学生服を身にまとった少女を見つけた。

ただそれだけだったら特になんとも思わないが、その女性はどこか儚げで最近の女学生としては珍しく化粧をしている風でもなく、艶のある黒くて長い髪や線の細い顔立ちはとても綺麗で、知らず知らずのうちに僕の目は彼女の方を向けられていた。

 

……だからこそだろう、そんな彼女の様子に気付いたのは。

 

彼女は顔を俯かせており、時折体を小刻みにゆすっている。

俯かせた顔を偶然見ることができたが、その綺麗な顔は赤く時折青くさせ、その瞳はギュッと瞑られており目の端からは涙がこぼれるのを見た。

そしてそんな彼女の後ろに、満員で窮屈であったとしても不自然なほど密着している中年の男。

それを見て僕はどういう状況なのかを理解し、そして気がつくと体が動いてしまっていた。

窮屈な車内を何とか移動し彼女の後ろに立っている男の、彼女の臀部に触れているその手を掴み、思い切り捻り上げた。

バイトで調理器具を扱ってきた故か、僕自身知らないうちに腕力がついていたようで、腕を捻られた男はちょっと大げさではないかというくらい痛がって見せた。

 

それからあとは簡単だ。

 

僕が「痴漢だ!」と声を上げたとき、周りにいた何人かが手を貸してくれてその男を取り押さえ、次の駅に着いた時に駅員に引き渡した。

……日本人っていい人は本当にいい人だな。

 

駅員に引き渡した時、くわしい話を聞きたいということで僕と被害にあっていた彼女は少しの間駅員室に行くことになったのだが、そうそう時間もかからずに僕たちは解放された。

解放された後、彼女からは何度も頭を下げられたが、そこまでされると僕としてもさすがに気まずくなってきて、なんどもお礼をしたいといってくる彼女に僕は断りを入れさっさと彼女と別れた。

去る時に、ちょっと不思議な感覚がしてもう一度彼女の顔を見たが、彼女がいつまでも僕のことを見ているので、そのまま僕は電車に乗った。

 

……彼女のことをどこかで見たようなそんな既視感を覚えながら。

 

乗ってから気づいたことだが、乗った電車は僕が行こうとしていたところの反対、つまり僕がもと来た場所に向かって走っていた。

そのまま僕は遠出をするのをあきらめ、家に帰って不貞寝をした。

 

 

 

そんなことがあってから数日がたち、僕がバイトをしている時の事。

今日もそれほどお客が来なく、常連のお客の最後の一人が帰った後、マスターもそろそろ閉店をしようかと言ってきたときだ。

ふと、ドアの開く音が聞こえてその音に反応していつものごとく「いらっしゃいませ」といい、ドアの方を見るとなんと数日前に見たあの少女がそこにいたのだ。

 

 

 

それから彼女と自己紹介とばかりに名前を教えあい、彼女の名前を聞いた時の僕は彼女を凝視してしまった。

 

“桂言葉”

 

今は半ば忘れてしまっていた作品“School days”のヒロインの一人。

アニメでは最後に主人公伊藤誠の生首を、狂気に染まった眼で抱きしめナイスなボートに乗って流れていくというアブノーマルなシーンを演じたヤンデレ要素を持つヒロイン。

そのことを思い出して絶句している僕を彼女はどこか心配そうに見つめてきて「大丈夫ですか?」と優しい声をかけてくれた。

その言葉に僕はようやく我に返り、とりあえず当たり障りのない言葉のやり取りを繰り返した。

話してみると、彼女がどうしてあれほどまでヤンでしまったのかわからないくらいとてもいい子だということが知れた。

少し引っ込み思案なところがあるようだが、ちょっとした言葉にクスクスと笑っているところを見るとどこにでもいる普通の女子高生にしか見えなかった。

それからしばらくお互いに他愛もない話をした後、彼女が注文していた紅茶や茶菓子がなくなったころ、彼女も帰って行った。

その後、マスターに「お前の彼女か?」などとからかわれたりもしたが、もちろんそんなことはないので特に慌てることも恥ずかしがることもなく答えると「なんだつまらん」と年甲斐もなく唇を尖らせてブーブー言っていた。

茶目っ気があるいい人ではあるのだが、はっきり言ってキモいですよマスター。

 

……そんなことがあった翌日から、桂言葉は三日に一度は店に顔を出すようになった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

それからさらに一年がたち、今に至るというわけだ。

彼女がなぜ頻繁に店に来るのか、単にこの店の味が気に入ったのか、それともほかの何かが彼女を毎日ここに顔を出させるのか……。

まぁ、よく漫画とかにいるような超鈍感主人公でもない限りわかることなんだけどね。

店の味が気に入ったというのはもちろんあるかもしれないが、それだけではなく恐らく、というかたぶん、というか十中八九、桂言葉は僕に好意がある。

僕としてはあの痴漢事件の時の助けられたことによる吊り橋効果とかいうものなのではないのかと思っているのだが、その真偽は定かではない。

ただの吊り橋効果なのか、それとも世に言う一目ぼれというやつなのか、それとも作品の修正力のような何かが働いた結果なのか。

そんなことは僕にはわからないけど、とりあえずは彼女も積極的に何かしてくるということもないし、現状維持という感じでいいかな。

彼女と話をすることも嫌というわけでもないし、むしろ彼女との会話は楽しいと感じることもしばしばある。

彼女の今日学校での出来事や妹の桂心のこと、最近の自分の趣味やちょっとした悩みごとの相談。

普段控えめな彼女が楽しそうに話す姿は見ていて微笑ましいものがあるし、こちらの話をしている時にわからないことがあった時に小首を傾げる様などどことなく小動物のようで男心をくすぐるような仕草をすることもよくあり内心ちょっと悶えてしまうこともある。

最初は何かと身の危険があるのではと若干警戒していたのが今ではバカバカしいと思える。

いつまで今のようなことを続けることができるかはわからないけど、今の他愛もなく平和で穏やかな時間が少しでも長く続くといいと、そう思える。

 

 

 

「あ、そうだ誠さん。今度の休日なんですが時間は開いていますか?その日に私、友達とお買い物に行くんです。それで、もしよかったらなんですけど、誠さんもご一緒にどうかと思いまして」

 

……友達かぁ。

あの引っ込み思案で率先して他人と付き合うことのなかった桂言葉に友達ができるとは、別に自分の娘というわけではないのだが、娘が初めて友達ができたという知らせを聞いた時に抱いてしまうような感動と似たようなものを密かに感じていた。

 

 

 

次の休日かぁ、お店もちょうど定休日だし僕も特に用事があるというわけでもないし、一緒に買い物に行くのもいいかもね。

 

「本当ですか!ふふふ、次の休日が楽しみです」

 

ちなみに、その友達っていうのは?

 

「はい、学校の同級生なんですけど、私とは反対に元気で明るくて沢山友達がいてクラスでも人気のある人なんですよ。私が一人で昼食をとっている時に話しかけられて、その時に友達になったんです」

 

へぇ、いい友達を持ったんだね。

 

「はい!それでお名前なんですけど……“西園寺世界”さんっていうんです!」

 

 

 

……

 

 

 

……

 

 

 

……

 

 

 

……あぁ、いつも僕を心配してくれている母さん、世界を放浪しているマスター、僕はこれからも他愛もなく平和な時間が過ごせるのでしょうか?

 

 

ちょっとだけ、不安になってきました。

 

 

 

 

 

 

説明
これはひょんなことからschool daysの世界に転生してしまった青年の、友情努力勝利なお話
……ではなく、その世界で生きていくため、母親の苦労を少しでも減らすため、喫茶店で汗水流して働く青年のお話。

……まぁ、まずはブレンドでものんで落ち着いてくださいな。

<短編>
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タグ
school days 転生 喫茶店 店員 マスター 

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