ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」01 |
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欧州がヴォージェ山脈の麓には、一面の雑木林地帯が広がっている。その青々とした木々の中にあって、林の緑から頭を出して我が物顔で立ちはだかる巨大な建物がある。
バストロ魔法学園。それは体系だった魔法を教える魔法学校としては最古ともいわれる伝統ある学園である。
そもそもは、彼の魔女戦争に終止符を打った聖騎士バストロが、魔道技術の安定した進歩を望んで建てたとされる学びの園だ。
今は、欧州全域を巻き込んだナポレオン戦役の教訓からウィーン会議で提唱され建国した、フランスと以東を隔てる緩衝国でもあるクリスナ公国が誇る三つの魔法学園の一つに数えられている。
このところ落ち着きを見せている各地の情勢や、苛烈の一途を辿る魔術開発競争の流れから欧州全域から生徒を受け入れている魔法学園の運営は、世界有数の魔術立国であるクリスナ公国の主産業といえる。
そんな焦臭い政治情勢などおかまいなしで、当の魔法学園の生徒達は日夜、魔法の修業に励みながらも学生という青春の時を過ごしているのであった。
これは普仏戦争によるクリスナ公国滅亡の危機から三十七年が経ち、世情の安定に欧州の人々がつかの間の平和を当然のものとして魔法文明の発展を謳歌していた、後の世に古き良き時代と称される、そんな時代の物語である。
「ミラーズウィザーズ」
第一章「私の鏡」
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静かな講堂。教壇に立つ者の抑揚のない声が響き渡る。無駄に広い講堂は音を響かせ、壇上の物音を何倍にも身近に届けてくれる。
そこはバストロ魔法学園の第二十三教室。階段状になった席に座る生徒達は、真面目に講義を聞く者がほとんどだが、中には何やら物思いにふける者や、完全に寝入る者、講義中だというのに自らの護符作りに精を出す者もいた。ただ、皆に言えることは、誰一人声を出すことなく静かに、席に着いているということだ。
「このように、二百年前に欧州のみならず世界情勢にまで悪影響を及ぼした魔女戦争ですが、我々魔学に携わるものにとっては大きな転換点となりました。魔女戦争によって『教会』が壊滅したことにより、それまで『教会』に異端と排斥されてきた魔術が公に認められるようになったのです」
壇上から聞こえてくる厳かな高談。講師は背の低い細身の中年男性。声質はまだ若々しいが、近付いて見れば、頭に白髪が生え始めているのに気付くだろう。丸みの帯びた眼鏡がなんとなく頼りがいのない印象を受ける人物だった。
そんな彼の行う講義は、どうにも決まった文章を読み上げているようにしか聞こえず、講師が独りよがりの進行をしているように見えてしまう。
「特に一七○一年の『魔法協会』設立が切っ掛けとなり魔道家が保護され始めたのが、昨今の魔道技術の革新につながったと言っていいでしょう。これは皆さんバストロ魔法学園の生徒が心に留め、誇るべきことだと思います。この『魔法協会』設立には我が校の設立者でもある魔女戦争の英雄、カール・バストロが主導で行われたのですから。ただ、ここで注意しなくてはならないのは、今存在する『連盟』とは違い、この『魔法協会』は有志団体だったということです。『連盟』が設立されるまで約一世紀の間、この『魔法協会』は魔道界の安定した発展を支えていくとこになります」
講義に出ている多くの生徒が講師の話を聞き流しているにもかかわらず、真面目にペンを走らせている者も極少数だがいるにはいる。そんな少数派にエディ・カプリコットという少女は分類されていた。
肩で切りそろえられた甘栗色の髪。ラテン系を思わせる顔立ちは、まだあどけなさを残すものだった。そして魔法学園独特の黒の魔法衣に身を包むその様は、誰の目にも魔法使いとして未熟者であると映るだろう。
その見た目通りで、エディ・カプリコットはこのバストロ魔法学校で魔道の学を修めるべく日夜、修練に励んでいる魔法使いの端くれである。最近、近眼が進んできたことが悩みで、今も額に皺寄せて講義を受けていた。
すると淡々と語られる講義に飽きたのか、隣に座っていた女性が、エディの方に体を寄せてきた。
「ねぇ。こんな講義面白い?」
出来るだけ声を落とした問い。
ノートにペンを走らせるエディは、無視するか一瞬の迷いを生じてしまう。しかし学園内で数少ない友人を疎かにすることも出来ず、エディは苦笑いを浮かべた。
エディに声をかけてきたのは、マリーナ・M・クライス。エディにとっては、学園での寮住まいでルームメイトにもあたる。親しい友人である。
どちらかといえば内向的な性格のエディに対して、マリーナは活発な印象の笑顔の絶えない女性だった。
そんな彼女は、髪留めで丁寧にまとめられた髪筋を退屈そうに手櫛して、エディが懸命に写しているノートをちらちらと覗き込んでいた。
確かに、エディは真面目にノートをとっているが、こんな教科書を読み上げるだけの授業が面白いわけがない。
「面白くはないんだけど……」
「じゃあ、どうしてノート取ってるのよ? この講義の内容なんて初等学校で習った通りだし、先生の話なんて教科書通りなんだから、無意味じゃない?」
「そりゃマリーナは昔に学校で色々習ったかもしれないけど。私、こういう授業は」
エディがマリーナに顔を向けると、二人の間に何かが通り過ぎた。あまりに突然で、二人とも身動き一つ出来なかった。
「そこっ! 私語は慎みなさいっ!」
突風が吹き荒れたようにエディの前髪が跳ね上がる。
二人の間を通過した幽星気の波動により、エディにはマリーナの顔が波打つ水面のように歪んで見えた。そして遅れて鳴り響いた衝撃音で、講堂は一段と静けさを増す。
「誰です? 僕の講義が黙って聴けないという愚か者は?」
教壇に立つ講師、エクトラ・バストゥが彼女達に向けた指が、魔力の余波を上げていた。
それは『魔弾』と呼ばれる初等魔法。エクトラ師が二人に向け魔力塊を飛ばしたのだとわかった。
「先生ぇ、実弾の前に口頭注意が欲しいです」
唐突に魔法が眼前を通過した驚きに力が入らないマリーナが、おずおずと手を挙げて言う。それに対し、エクトラ師はあからさまに不機嫌な表情をこぼした。
「ほう、落ちこぼれ二人が僕に意見するというのですか」
落ちこぼれ。その言葉が聞こえた瞬間、エディはぎゅっと拳を握り締めた。
エディは、常々そんな恥辱の言葉を周囲から投げかけられている。バストロ魔法学園に編入してからずっとそうなのだ。悔しさに心がまみれ自然と歯噛みが漏れていた。
しかしだ。この時のエディは、自身がそう言われる悔しさよりも、本来なら関係ないマリーナまでもそう言われたことが不快だった。
「なんですか、何か言いたそうな顔をしていますね。教師に意見したくば序列をあげなさい。話はそれからです」
エクトラ・バストゥはどちらかといえば頭の固い講師だ。もちろん魔法学園の講師をするぐらいだ、その魔法技術はずば抜けている。特に細かい魔法の制御には定評があり『大陸』でも指折りの魔法使いである。ただ、嫌味で融通が効かない性格と、講師としては生徒からはあまり好かれていない。
そんな講師らしく横柄な態度のエクトラ師に、生徒からの公式に意見する方法が一つある。それが彼が口にした学園内の『序列』制度だ。
ひとたび一度、学園から出れば、魔道の世界は完全に実力主義である。それを体に教え込み、そして実力だけが物を言う世で生き抜く術を訓練させる場として設けられている、魔法学園の根幹をなす制度である。
学生同士を競わせて、学園内で上位五十人に対して明確に順位をつける。数字という差を付けられた学生は勝てば誉れと達成感を、負ければ屈辱と劣等感を植え付けられる。そうして自然と向上心を刺激して、魔法の修練へと心を向かわせるのである。
と、そこまでは魔法学園に限らずどこにでもある話だ。ただ、この序列が数字上の比べ合いで終わらないのが、学園の最大の特徴でもある。
序列上位者には様々な特権が与えられる。寮での一人部屋に始まり、講義の免除、学園内施設の優先使用権などなど多種多様。学生同士のいざこざにおいても「どちらが序列が上か」だけで裁定されてしまうことが多い。そして特に序列の高い者は学校の運営にまで口が出せるようになるのである。
世界各国の国力均衡に影響する『連盟』傘下の学園講師に公式に意見することが出来るのだから、その権力は学校の一生徒が持つべきものとは思えない重みがある。しかし、実際の魔法使いになれば、そういった重みを背負って生きていかなければならないのだ。それを学生のうちから自覚させようという腹があるのだろう。
しかしである。この序列制度、逆をいえば実力がなく下位序列にすら入れないエディやマリーナにとっては、何ごとにも逆らえず全てを受け入れるしかないという残酷なものだった。
総勢四百人を超える魔法学園生徒の中で、たった上位五十人に認められた特権。それが『序列』と言われる制度の正体である。
成績最下位争いをしているエディがその『序列』をあげられるはずがない。それを知っていてエクトラ師は嫌みったらしく言ったのだ。その辺りの性格が、彼が生徒から好かれていない一番の理由だろう。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第一章の01 |
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魔法 魔女 魔術 ラノベ ファンタジー | ||
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