夢狩りの影
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「一つだけ・・・一つだけ叶えてやろう。お前の願いはなんだ?」

 

「ねぇねぇこの噂知ってる?なんかネットで見たんだけど夢の中に影が出てきてその影が願を一つだけ叶えてくれるっていう噂。」

 これネットの片隅で少しだけはやっている噂。

「知らないな・・・どういうのなのさ。」

「夢を代償にしてどんな願いでも叶えてくれるんだってさ。」

 そう、これはただの噂。

 誰も信じはしない。

「夢を代償?なんだよそれ・・・どうやって払うのさ?」

 聞いたところでそれが出てくるわけでもない。

「さぁ?でもさ良くない?なんでも夢叶うんだよ!?私だったら・・・なんだろ・・・悩むなぁ〜。」

 冗談交じりに悩んで見せる。

 本当の願いなど口に出す気もないというのに。

「なんだよ?億万長者とかか?俺だったら・・・そうだなぁ・・・。」

 

 

 

「残念ながら・・・いつ目を覚ますかまでは・・・最前は尽くしたのですが・・・。」

 今日一人の少女が目を覚まさぬ状態となった。

 完全な死ではない。

 しかし死に最も近くそして希望の見えない状態だ。

「こ、昏睡状態!?」

「あぁ・・・そうだ・・・たった今星(あかり)の友達から聞いた。」

 高岳星といわれる彼女は昨日の放課後下校中に事故にあい今に至る。

「今日の放課後一応見舞いに行くことにするよ。」

 彼は星の彼氏の松木祥一だ。

 昨日は本当は2人で帰る予定だったが松木が約束を破り友達とゲームセンターへ行ったため彼女は一人で帰ることとなった。

 そのことに松木は後悔しているようだった。

「お前のせいじゃないさ、ちゃんとお見舞い行ってやれよ。」

 

「・・・え?面会できないんですか?」

「はい、集中治療室に入ることができるのは家族の方だけとなっております。」

 なぜか内心松木はほっとしていた。

「そうですか、わかりました。」

 病院を後にして帰路につく。

 物思いにふけった顔は晴れないままで。

「・・・。・・・・・ ・・・・。」

 食事中の家族の言葉も何も耳には入ってこなかった。

 勉強する気にも何をする気にもなれず何もしないままに床に就く。

 そして、彼の見た夢の中に影が姿を現した。

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「お前は願いを持っているな、その願い・・・一つだけ叶えてやろう。」

 考えなくてもわかった。

 ネットで見た例の影だ。

 そしてここは俺の夢の中。

「ほんとうに、本当に夢が叶うのか!?なんでも、どんなことでも!!」

 頭の中に様々な夢が描かれる。

 ちっぽけな夢から大きすぎる夢まで。

「そうだ、どんな願いでも一つだけなら叶えてやる。ただし、それに見合うだけの夢という代償はもらっていくがな。」

 ネットで読んだ通りの内容。

 夢をかなえるための夢という代償。

「夢を貰うって・・・何を貰うんだ?」

「それを知るのが願でいいなら答えよう。」

「ま、待ってくれ!今のは願いじゃない!」

 なぜ夢を持っていくのか知られたくないからか。

 はたまた理由はないのか。

 しかしそれはこちらからしたらどうでもいいことだった。

「俺の夢…俺の夢は・・・彼女の、高岳星の目を覚ましてほしい!それが俺の夢だ!!」

 そうこれでいい、これがおそらく今の俺の夢。

「本当にこの夢でいいのか?ほかの夢でも叶うのだぞ?」

「これでいい、この願いでいいから叶えてくれ!」

 この時松木祥一は本心からこれを願った。

 そう思っていた。

「よかろう。では貴様の夢、確かにいただいていくぞ、むろん約束は果たそう。」

 

 目が覚めるとすでに朝になっており日差しが部屋に差し込もうとしていた。

「初めて目覚ましより早く起きた・・・気がする。」

 夢のせいか、それとも寝すぎたのか、はたまた彼女のことでなのかそれとも願いが叶うか気になっているからかスッキリしないまま学校へと向かった。

 

「よ、松木おはよ・・・っておい、お前昨日よりひどい顔してるぞ?」

「あ・・・あぁ長谷川か・・・。」

 長谷川柊哉(しゅうや)は松木祥一の古くからの友人である。

 家がそこそこ近いこともあり遊ぶことも話すこともお互い多く仲が良かった。

「そうそう凹むなよ、別に死んだわけじゃ・・・。」

「松木君!星目を覚ましたって!!」

 それは唐突だった。

 昨日目を覚まさないといってきた星の友人が突然教室のドアを開けそう言い寄った。

「おぉ!良かったじゃないか!!なんだよ元々そんな大騒ぎするほどじゃなかったんじゃないか?なぁ松木。」

「あ、あぁ。そうだな・・・うん、よかった・・・よかった・・・。」

 松木は言葉に出してしみじみとそう言った。

 しかし、なぜか喜びは沸いてこず松木の心の中のモヤモヤは消えることはなかった。

「お見舞い、行って来いよ?怖いんなら俺もついていくだけ行ってやるぜ?」

 長谷川は冗談交じりでそう言ったつもりだった。

「あぁ・・・頼んでも・・・いいか?」

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 コンコン。

「こんにちは〜高岳さんのお部屋であっていますか?」

「あ、長谷川君じゃない。お見舞いありがとう。」

 高岳はゆっくりとこちらのほうを向き無機質な顔で二人を迎えた。

 長谷川は少し無表情になってから後ろを向き松木の腕を持って前へと突き出す。

「ほれ松木せっかく来たんだからちゃんと近く行ってやれよ。」

「お、おう・・・星大丈夫か?その・・・ごめんな。」

 それから二人はもぞもぞしながら話し始めた。

「俺ちょっと席外すよ〜。」

「え、どこ行くのさ?」

「トイレ〜のあと飲み物買ってくる。」

 そう言って長谷川は席を外した。

 トイレなどただの口実だった。

 ただあの部屋にいたくなかっただけなのだ。

「親切心・・・じゃないよな。やっぱただの嫉妬だ。」

 そう言って廊下を歩く。

 病院独特の薬品のにおいなのか無機質な匂いとよく響く廊下には人の姿は少なかった。

 向こう側から歩いてくる看護師に購買の場所を聞き飲み物を買いに行く。

 購買はそこまで広くはなかったがそこにはそこそこ人がいた。

「えっと、俺はコーヒーで松木はコーラで高岳は・・・ホットミルクティーだっけかな。」

 うる覚えだが確かそうだった。

 以前学校で2人が話していたのを覚えている。

 購買に会った漫画を一冊立ち読みしてから3品を買い2人の病室へと向かった。

「ま、ゆっくりでいいか。邪魔しても悪いし。」

 そう呟きながら病院の外を眺めつつゆっくりと院内を歩いた。

 そろそろ夕日が沈むころで窓からは家へと帰宅するのであろう人々がちらほらと見える。

 その中には自分と同じ制服を着た人もちらほら見えた。

「マスクしてるやつ多かったしインフルでもはやるかな。」

 今日2回目となる病室のドアを叩いた。

「ただいま〜マンガ読んでたら遅くなってまった。飲み物買ってきたぞ。」

 そういって歩み寄るとそこにある姿は1人だけ。

「あれ?松木はどうしたのさトイレか?」

 ついてきてやったんだから先に帰るなんてことはないだろう。

 そう思ってきょろきょろと辺りを見渡した。

 そして何も返事を返してこない高岳の方に目をやると高岳は長谷川の顔を見てこう言うのだった。

「えっと・・・松木君は帰ったよ?用事があるとかで急いでたみたい。」

「あ、そうなのか・・・。」

 松木君という言葉が引っかかった。

 2人は名前で呼び合っていたはずだ。

 喧嘩をしたのか・・・しかし長谷川が踏み込んでいい問題ではない気がした。

「飲み物ここにおいて置くぞ。面会できる時間もあと少ししかないし今日は帰るよ、また来る。」

 

 そして次の日。

 長谷川は高岳星の記憶が中学時代まで戻っているということを知るのだった。 

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 見舞いに行った次の日。

 高岳が中学からの記憶を失ったと知ったその日。

 長谷川は見舞いに行くべきか悩んでいた。

 今日の授業の内容は耳には入ってこなかった。

 休み時間に松木を捜したが姿は見えず放課後になっても松木は学校に現れなかった。

 長谷川は当然今日も松木は見舞いに行くものだと思っていたので昨日明日も来るといったがその松木が来なかった。

 携帯電話を取出して電話帳から松木に電話を掛ける。

「あ、松木お前今日どうしたんだよ。今日も見舞い行くだろ?俺も行こうと思うけど何時に行く?」

「・・・。」

 松木は電話に出たものの一言も話さなかった。

「・・・おい、なんだよ。そんなに罪悪感に浸ってんのか?」

「明日、明日は学校に行く。その時話す。」

 ブツン、と音が鳴り通話は切れた。

「・・・はぁ!?意味わかんねぇっつの、話すって何をだよ。」

 長谷川は困っていた。

 そう、今日も見舞いに行くべきかどうかについてだ。

 3人は同じ中学の出身ではあったものの長谷川と高岳が面識を持ったのは高校に入って松木と高岳が付き合い始めてからだ。

 つまり今の高岳は長谷川のことを知らないのだ。

 

「・・・明日・・・学校に行ってあいつに何を話すっていうのさ・・・。」

 そして松木も悩んでいた。

 そう、高岳星との関係についてだ。

 記憶を失った。

 それはつまり二人の関係は付き合う前の状態に戻ったことになる。

 幸いと言っていいのか面識があることの記憶のようだがとても悩んでいた。

「俺は・・・俺は俺とあいつとの関係はどうなるんだ・・・??」

 悲しみではなく困惑。

 苦しみではなく疑念。

 しかし心のどこかで松木は喜びを感じているのだった。

 

 結局長谷川は病院の前まで出向いたにもかかわらずその自動ドアをくぐることはなかった。

 10分ほどドアの前をうろちょろしながら病室を見てはまたを繰り返しし昨日行くといった手前行くべきかそれとも知らないやつが言っても不審者扱いしかされないかなどと考えていると短い放課後からの面会時間はあっという間に過ぎ去り行くことはできなかった。

「明日は行こう。松木もつれて絶対に。」

 長谷川はそう心に決めて明日を迎えた。

 

「昨日は…すまん。」

「それはもういい。で、話すってなんだ?」

 とっとと終わって見舞いに行くぞと言いたげな態度で長谷川は話を振った。

「長谷川、俺さこの機に高岳と別れるわ。だからもう見舞いにはいかない。」

 長谷川は松木がぬるいことを言ったら説教でもしてやろうかと心の中で考えていた。

 しかし、松木の口から出た言葉はあまりにも以外で長谷川はそれに返す言葉を持っていなかった。

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「じゃ、俺帰るな。」

「うん、毎日ありがと。」

 長谷川はあれから毎日高岳の病室に通っていた。

 もちろん隣に松木の姿はない。

「別に俺だけじゃないだろ見舞いに来てくれてるのはさ。」

「毎日は長谷川君だけだよ。」

 少し笑って高岳の顔を見てから病室を出る。

 クラスの女子たちもここ数日面子を変えながら通っていた。

 そのおかげか高岳の表情も徐々に明るくなってきている。

「いい傾向だよな。」

 そう、いい傾向だ。

 しかし、世の中はそうそういいことばかりではない。

 松木は高岳をふった。

 高岳は今はまだ松木と付き合っていたことを思い出していないが思い出したら確実に松木を探すはずだ。

 その時どうなるのか・・・長谷川にはわからなかった。

 

 長谷川とまともに話したのはそれを聞いた日までだった。

 その日以降学校でも長谷川と松木の関係はぎくしゃくしていた。

「松木、放課後なんだが。」

「すまん長谷川、俺用事あるからさ・・・それじゃ。」

 長谷川は松木と話をしたいと思っていた。

 もちろん高岳についてだ。

 しかし松木はとことんそれを避けた。

「長谷川君・・・松木君どうかしたの?彼女の星の見舞いにも行かずに・・・。」

「あ、・・・あぁ今はそっとしておいたほうがいいのかもな。」

 罪悪感から別れを切り出したのか。

 だとしたらそれは止めなければいけない。

 そしてその役目はおそらく自分の役目なのだと、2人のことをよく知っておりなおかつ松木が別れを決めたことを唯一知っている長谷川は考えをめぐらすのだった。

 

 その日も高岳の記憶に変りはなかった。

 記憶がなくなった。

 こんな大事になってしまったから松木は別れるなんて言ったんだ。

「記憶さえ戻れば・・・記憶さえ。」

 そんなことを考えながら長谷川は床に就く。

 

 それは夢の中。

「叶えてやろう。一つだけ、お前の中にある願いを。」

「俺の願いは高岳星の、彼女の記憶が元に戻ることだ!」

 夢を見た。

 所詮は夢。

 叶うとは思ってなかった。

「叶えよう。しかしお前の夢を代償としていただくぞ。」

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 学校が終わって放課後。

 今日もまた一人で高岳の見舞いに長谷川は足を運んでいた。

 まだクラスにも広まっていない松木が高岳をふったという事実を知っているのが自分だけだということに長谷川は戸惑っていた。

「いっそこのまま記憶が戻らなければ問題ないのか?」

 そんなことを口に出しながらもそれは違うと頭が否定する。

 長谷川と松木が高岳と知り合ったのは高校に入ってからだ。

 そして長谷川と高岳が話をするようになったのは松木と高岳の二人が付き合いだしてからだった。

「あ、長谷川君!星の、星の記憶が戻ってる!!」

「樹澄さんホント!?」

 彼女は高岳星の中学時代からの知り合い。

 つまり今の高岳の記憶にも存在している人物だ。

 彼女の計らいでこうして記憶にない自分が会いに行っても何も怖がられることなく会えている。

「うん!いまから星の両親に連絡してくる!」

 あの夢の願いがかなったのか?

 だとしたらこれはとても嬉しいことのはずだった。

 しかし、なぜか長谷川の足はすくんでいた。

 病室に行くのが怖かった。

 なぜなら記憶が戻るということは松木との思い出を思い出したということ。

 そして今おそらく高岳星がもっとも会いたいであろう人物がここにはいないのだ。

 

「そうか、携帯で呼び出せばいいんだ。別れだって本来俺が伝えるべきじゃない、あいつの口から言わせるべきなんだし。」

 携帯に電話を入れる。

 しかし電話はつながらなかった。

 メールよりもおそらく学校まで戻ったほうが早い。

 幸い今日は松木の部の部活動の日でまだ学校にいるはずなのだ。

「樹澄さん、俺松木引っ張ってくる!」

「え?あ、うん。わかった!」

 そうと決まったら行動は早かった。

 鞄は病院に捨て置き手ぶらで学校まで走った。

 そして松木の入っているバスケ部の活動場所である体育館のドアを開けるとそこには数名の部員が片づけをしていた。

「松木は?3年の松木祥一はもう帰ったのか?」

「あ、はい。松木先輩でしたらついさっき部室から出ましたよ。」

 ついさっきということはそう遠くには行っていない。

 すぐさま松木の帰宅ルートを走った。

 

 あれは・・・松木か?

 それらしき後姿を見つけた。

 しかしその隣にもう一人のお姿が見える。

 勘違いであればいい。

 嫌な予感だけが、確信にも近い嫌な予感が胸をよぎった。

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「おい、松木?」

 半信半疑で名前を呼ぶ。

 間違っていれば少し恥ずかしいな。

 いや、人違いのほうがいいかもしれない。

「え?あ、長谷川・・・なんだよ。」

 人違いではなかった。

 まぎれもなくこいつは松木祥一だった。

「高岳の記憶が戻った。」

 一瞬驚いた顔をして、すぐに下を向いた。

 そして顔を上げて隣にいる女子に目を向ける。

 おそらく今の松木の彼女か何かだろう。

「・・・見ればわかるだろ?別に俺はもうあいつの彼氏ってわけじゃないし・・・。」

「ふざけんなよ!?記憶ない時にふってさよならとかあいつがどう思ってたかなんてわからないじゃないか!」

 そうだ。

 松木は罪悪感から逃げるために別れを切り出してこうして別の女性を作って忘れようとしている。

 俺はそう思い込んでいた。

「松木、お前ホントにそれでいいのか?あとで後悔しても遅いんだぞ?」

「後悔?そんなもんしないさ。だいたい俺はもうあいつのことほんとになんとも思ってないんだよ・・・。」

 え?

 という文字が頭に浮かんだ。

 松木は今「自分はもう高岳星のことを好きではない」と、そう言ったのだ。

「お前・・・一人で帰らした罪悪感とかで別れたんじゃないのかよ?」

「・・・は?え、えっと・・・なんだ?そう思ってたのか・・・それはすまん。お前の勘違いだ。俺は別れ時っていうのかな・・・そういうの探してて、それであそこで別れただけなんだよ。」

 目をもう一回下に向けて申し訳なさそうに言った。

 それから長谷川は勘違いをしていたことを説明し、松木は勘違いさせて知っていたことを謝った。

「この話はもういいや。でも、お前来いよな。来てお前の口でもう一回別れるって言えよ。俺があいつに説明するとか絶対に嫌だぞ。」

「・・・わかったよ。ああわかった。行けばいいんだろ。ごめん、ちょっと行ってくるわ。」

 松木の隣にいた彼女は微笑んで長谷川に頭を下げて去って行った。

 そして二人はそのままただひたすらに病院へと走って行った。

 

 コンコン。

 病室のドアをノックして中の様子を確認する。

 先ほど樹澄さんとすれ違った際に親がまだ来ていないことは確認したのでおそらくこの病室には高岳一人だ。

「どうぞー。」

 昨日までとは違う、聞きなれた高岳の声が返ってきた。

 そして二人は病室の扉を開ける。

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「祥一!それに長谷川君まで。お見舞いありがとう。」

 ドアを開けるとそこには記憶を失う前の明るい高岳星の笑顔があった。

 長谷川はこれから松木が伝える真実を知っているだけに返す笑顔はこわばっていた。

 対する松木はというと飄々としたふるまいで高岳のベッドに近づいて行った。

「もう、大丈夫なのか?」

「うん、体もどこもいたくないし問題ないよ。明日から学校行けるんじゃないかな?」

 二人は’いつも通り’の会話を続ける。

 それを長谷川は壁にもたれて聞いていた。

 きょろきょろしながら、何もすることがなく、しかし立ち去るのもおかしい気がするのでそこの場から動かずに。

「星はさ記憶喪失の間のこと覚えてるか?」

「ん〜記憶喪失だったみたいだけど実は何にも覚えてないんだよね。」

 この話を松木がふったとき長谷川はピクッとなって松木のほうを見た。

「じゃぁ言い直すわ。」

「うん。」

「別れよう。」

 長谷川はどこかで松木と高岳が元通りになることを望んでいたのかもしれない。

 記憶を戻したのもそうなることを願ってで、ここに連れてきたのも会えば気持ちが変わることを期待したからだ。

 しかしそれはあっさり終わった。

「・・・へ?え・・・なんで?」

「なんでって・・・なんだろうな?でもさもう好きじゃないんだよなんか。」

 長谷川は今すぐ病室から出ていきたかった。

 いや、むしろ入るべきではなかったと後悔していた。

「どうして!?なんで急にそうなるの!」

「じゃぁ俺もう行くから。それじゃぁな。長谷川、高岳のことよろしく。」

 松木はそれだけ言い残すとさっさと病室から姿を消した。

 その呆気なさに長谷川は呆然と立ち尽くしている。

 高岳は顔を隠して泣いているようだった。

 しばらく沈黙が続きふと高岳が顔を上げた。

「はぁ。ごめんね?長谷川君。」

 不意に声をかけられびっくりして高岳のほうを向いた。

 高岳の顔は今まで泣いていたのが嘘のほうな平然とした顔だった。

「え?・・・え、いや・・・あれ?泣いてたんじゃないのかよ?」

 困惑する長谷川に高岳は真実を告げた。

「ん〜実はね、記憶喪失の間の記憶全部あるんだよね。だからあいつがふったのも、長谷川君がたくさん見舞いに来てくれたのも覚えてるってわけ。」

 「つまり・・・なに?」と思わず長谷川は聞き返してしまった。

「つまりさっきのは演技でふられるのは知ってたってこと。だから泣いてなんかないよ。」

 強いな。

 長谷川はそう思った。

「さてと、あの馬鹿は消えたことだし改めて言わせてくれないかな?」

 シーツを整え体裁をとりベッドにの上から長谷川のほうを向く。

「ベッドに座りながらであれだけど、毎日お見舞いに来てくれてありがとう!凄く嬉しかったよ。」

 長谷川にはその笑顔は病室を開けた時よりも笑っているように見えた。

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 高岳星が記憶を取り戻してから数週間がたった。

 今では何事もなかったかのように学校に来ている。

 松木と高岳が分かれたという話はあっという間に学年に広まりあっという間に忘れ去られた。

「や〜、まったかい?」

「そりゃぁな。俺は本来帰宅部だ。」

 あの日から数日たち学校に来られるようになった高岳の傍には長谷川の姿があった。

 医師の「まだ完全とは言えないから眩暈などがあったらすぐに病院に来るように」という言葉もありもしもの時のために付いている。

「松木は最近どう?」

「あいつはあいつで普通に過ごしてるんじゃないか?」

 松木と長谷川は疎遠になっていた。

 あの日以来それまでのように話すこともなく。

 長谷川には仲直りをする気にもなれずそのままの関係だった。

「そういえば記憶ない時の記憶もあるんだよな?」

「うん、あるね。どうして?」

「いや、なんで急に記憶が戻ったのかなぁって思ってさ。なんか覚えてるか?」

 長谷川は気になっていた。

 もしかして本当にあの影が何かをしたのではないかと。

 タイミング的にもぴったりだったからだ。

「ん〜寝て起きたら戻ってた。って感じだったよ?」

「それだけ?」

「それだけ。」

 長谷川の勘はあたっていた。

 影は確かに何かをして何かをなして何かを持ち去った。

 もう一人はおそらくもうこの2人の輪には戻ることはないだろう。

 3人が共に居られる世界はすでにユメ。

 2人はこの先も長く共に時間を過ごすだろう。

 しかし、二人は結ばれることはない。

 それはユメ。

 影が持ち去りしユメ。

 物事には代償がつきものである。

 何かを無理やり成そうとすれば何かを失うのだ。

 

 しかし今、少なくともこの2人は笑っていられる。

 それが今のすべてだろう。

説明
一つ夢をかなえる代わりに一つ夢を奪っていく影の噂。
そして起こった一つの不幸。
その不幸に振り回される3人の物語です。
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