パフェという復讐なんてこと |
「……」
後ろで杏子が何かを見ているなぁと感じつつ、あたしは課題を片付けようと悪戦苦闘していた。書いては消して、書いては消してをさっきから繰り返す。自分でも何が間違っているのかさえわからなくなってきた。どうして、こうも同じような問題ばっかなのよ。先生ばかじゃないの!
「くぅ……もう!」
その日は珍しく杏子は『どこかへ行こう』って誘わずに、テレビを朝からずっと見ている。休憩もなしに見続けていた。だからあたしは課題に集中できていたけど、
「なぁなぁ、さやかぁ。アタシもあれやってみたい」
唐突にその沈黙を破るように、杏子があたしをの肩を叩いた。
「ん……?」
前と違って試験前じゃないのでそれに答えるため、すぐ後ろへと振り返る。それに気持ちの切り替えをしたいなぁとも思ったわけで。
すり替えって見えた杏子の顔は、すごく輝いていた。すごく綺麗な笑い顔をしている。
「これこれ!」
一瞬見とれそうになった気持ちを抑えた。
「うっ……。ふぅ……」
一呼吸をおき、杏子が何を見ているのかと確認してみると、どうやらそれはテレビドラマのようだった。最近よく見る芸能人がちょうど何か台詞を言っているようだった。下に字幕あるし……。海外のドラマかなたぶん。英語だよね、これ。
「うん?」
えっとー……見覚えというかなんか覚えるがある気が……、確か有名な海外ドラマが絶賛再放送中だったけなそういえば。たぶんそれかな……。たしか、学校でまどかと仁美が話していた気がする。あたしはドラマなんて見ないからあれだったんだけど。杏子も見ていたなら見てればよかったかな。会話のネタにもなるしさ。
「Loversだっけ、それ?」
頭の片隅にあったそれらしき名前が飛び出てきた。漠然としてるけど確かそんな名前だったはず。
「そうそう、マミのやつが録画しててさよく見せられるんだよ」
へぇ、マミさんがね……。まどかとたまに二人で話していたりするけど、そういう話をしていたのかもしれない。テレビに映し出されている映像は、恋人と同士が交互に食べ物を『あーん』とか言って食べさせるそういうシーンだった。それを杏子は指さしていた。
それのことを言っているのかと思い、
「あれって、恋人とかがやるやつだよ?」
と確認の意味を込めた。
「別にいいじゃん。前にマミと一緒に見てさ、食いたくなったんだ。ここの近くでさ、最近一緒に食べれるパフェってのが出来たみたいなんだ。もちろん一人じゃ食べれないみたいでさ。マミが美樹さんを誘ってみれば? っていうからさ。誘おうと思って、これの放送ちょうど今日やる日だったんだぜ」
――即答。何か問題が? そういう笑みを杏子はする。ってか、わざわざ再放送の日にちまでチェックしているとかどんだけ食べたいんだか……。
「え、いや、あれはだって、人前でその、……するんだよ?」
杏子が食べたいってのはパフェなの? パフェなら他でも食べられるし、うんそう。ひとりでも食べられるところあるし。
「ん? 何が」
隠すつもりはないのだけど、無性に声に出しづらかった。相手は杏子だから、余計にやりにくい。
「いや、こう二人で交互にさ……、ねぇ?」
身振り手振りでそれを伝えようとなぜか試みるあたしはひょっとしたらアホの子にみえてしまうかもしれない。手は上下に振っているだけでそれを伝えられているのかわからないし……。
「あぁ、食べさせあうってやつか? いいんじゃない」
あたしの熱意が伝わったのか杏子がそれを口にした。嬉しそうな顔を向けてくる。あたしとしたいの?
「え、いやさ、えっとね」
それはそれでうれしいけど。言葉が続かない。というよりか頬が熱を持っていくのがわかる。だから、余計に舌が回らないそんな気さえする。
「あれは、ほら……さ、恋人……同士がさ」
「別にいいじゃん、行こうぜ」
あたしは杏子に引っ張られる形で心も決まらぬまま、ベランダから飛んだ。こういうこともあるからベランダには靴が置いてある。置いてあるけどさ――。
「あっ……!」
杏子の楽しそうに思える笑顔を見たら、あたしは何も言えなくなった。
× × ×
押し切られる形であたしはペアでパフェが食べられるというお店まで足を運んで来たわけだが。
「すごい混んでるね」
休日だからってのもあるのだろう。既にそのお店には多くのカップルと思われる男と女の組み合わせが外まで長い列を作っていた。カップルたちの表情はこれから始まる食べさせあいというイベントのせいで高揚しているのか、お互い頬を染めたり、視線をずらしたり、空元気な声を上げたりしていた。とはいっても、それ以外の目的の人も中にはいるかもしれないけど……。
パフェ専門店……というわけじゃなくて、一般的なカフェに近いお店みたいだし……。きっと、休憩所として使う人もいるんじゃないかな。
「なぁなぁ、並ぼうぜ。時間がもったいないしさ」
「ちょ、ちょっと引っ張んないでよ」
あたしは杏子に引っ張られる形でいちばんうしろの列に並ばされた。
「結構入れるまで時間がかかるみたいね」
待ち時間三十分、そう近くの看板に走り書きのような字で書かれているのを見つけた。それを視線で杏子へと目配りする。
「まぁ、そんなに待たないだろ。話してればすぐだ。早く食べたいなぁ」
周り皆カップルなのにあたしたちだけ女の子同士って……。
「はぁ……」
「どうかしたか?」
「いや、だってさ周りを見てみなよ。みんなカップルだし……」
見渡す限り、カップルばっか。
「気にすんなよ。アタシは別にさやかだとなら構わないしさ」
また、頬に熱いものを感じる。
「な、何言うのさ!」
「ん? アタシはさやかとならどこにも行きたい」
また、こいつは……。顔を見られるのがちょっと嫌だったあたしはここから店内が見られることを発見したので、中がどうなっているのか見ることにした。店内は割りと洒落ているお店できっとマミさんなら合いそうと思ったりする。
「何見てるんだよ?」
あたしに相手をされないのが不満なのか、暇になったのか杏子があたしのすぐ顔の近くで同じように見始めた。
「ち、近いよ!」
「別にどこで見ても変わらないだろ?」
変わらないなら、くっつく必要ないじゃん! 意識をそらすためさらに集中して中を見る。やっぱり、店内はカップルが多いな……。えっ!?
「あっ、あれ!」
興奮して声を上げ、指をさす。その方向を見て杏子が同じように『おっ』と声を上げていた。そこにはよく見る二人が既にパフェを食べさせあっていた。
「まどかと……ほむら?」
杏子が声を上げる。確かにそこにいた二人は鹿目まどかと暁美ほむらだった。普段から一緒にいるから違和感がないわけじゃないけど。それ以外の何かが変だと思った。
「どうして、ほむらは制服なんだ?」
あたしと同じ違和感があったのか杏子が頭を傾げる。あぁ、制服だからかと納得した。そういえば、ほむらが制服以外着ているのって見たことないなぁ。まどかと二人っきりでも制服なのか、あいつは……。
変わった趣味だな。まぁ、人の趣味になにか言うほどあたしも趣味はきっとよくないけど。
「さぁ? でも。なんか楽しそうだね」
ほむらが笑っているところなんて数回しか見たことがない。笑っていてもこっちがそれを見つければ、あいつはすぐ顔をまた無表情に戻す。それについて、『照れ屋さんなんだよ』ってまどかが言っているけどさ、それは違うと言える。照れ屋というよりはあたしたちに見せたくない、そういった方がいいかもしれない。
今のほむらの顔を見れば、確かにまどかの前ではまどかの言うとおりなんだろうと思うけどね。
優しい目をまどかに向けて笑う一人の少女。あれがきっとほむらの本当の姿なんだろう。まるで母親が子供を見守るそんな眼差しにもそれは見えた。きっとあたしたちが見ていると知ることになれば、たちまちほむらは無表情に戻るんだろうと思い、
「まぁ、いっか」
だから、視線を外してあと何分かを確認することにした。
「杏子、前!」
大分前の人と距離が離れてあたしたちは駆け足で前に進む。
「あ、まじだ。詰めるか」
? ? ?
ようやくあたしたちも座ることができ、そのパフェというのを頼んでみた。もとい、勝手に杏子が頼んだ。まぁ、それのためにここに来たわけだと。
店内に入ってあたしたちは、真正面同士に向かい合う形で座っていたというより座らせられた。これがこの店のルールらしい。そんなの知らないけど……。落ち着いた所でざっとまた店内を見渡すとさっきまでいたとされる場所にあの二人はいなかった。入れ違いになったのかな?
「ふふふふ」
「何だよ、その笑い方……」
気味が悪いって……。
「いやさ、さやかといろんな所行ったけどさこういうのははじめてじゃん? だからさ、なんか楽しくて」
楽しいか……。確かにあたしも楽しいし嬉しい……のかもしれない。
「お待たせしました」
その一言と同時に店員さんがそれをおいた。すごく大きな入れ物に入ったパフェがそこに出現した。色とりどりのフルーツやら、チョコやらがそれの色を染める。揺らしたらこぼれるんじゃないか、それが感想。
「うっ……!」
予想していなかったわけじゃないけど、スプーンは一つしか置いていかなかった。そういうもので売っているんだとは思うんだけどさ……。これ二人で交互に食べていたら先にパフェが溶けたりしないのかな……。
でも、あたしの考えを否定するかのように周りを見れば結構なくなりそうになっているところ多いし、そんなことはないのかな。
「あっ!」
そう思いつつスプーンを取ろうとしたら既にそれは、
「へへへ」
嬉しそうな顔をしている杏子に取られていた。
「あんたさ、あたしが取ろうとしたのに!」
「こういうのは早い者勝ちでしょ? 普通さ」
いやさこれ勝ち負けなんてないと思うんだけど……。杏子は一つしかなかったスプーンをつかい、パフェから適量と思われるくらいをすくってそれをこちらに向けてくる。甘そうと思われるクリームたっぷりの甘味を。
「ほら、さやか、あーんってやつだ、ほら」
ほらじゃないよ! そんなの恥ずかしいだろ! みんな見てくるだろ! いや、実際見てきてないけどさ!
「え、いや、杏子が食べたかったんでしょ? じゃぁ、杏子がひ、一人で食べれば問題解決じゃない? ほら、さやかちゃん天才だな! ははははは」
それを拒否しようと手を前に出す。
「さやか? さやか! ほら、口を開けろ」
それでも杏子は急に真剣な顔をすると一度だけスプーンを軽く上下に振って
「え、く、くあああ」
食べないつもりでいたのに、あいつは力づくでそれを口の中へと押し込んできた。口をあけていたわずかの一瞬にそれをしてきた。反応が遅れたというべきだろうか、手を構えていたのにかかわらず口の中へそれは広がっていく。
「あまい……」
それのおかげか恥ずかしさなんてものはなかった。それはそれでよかったかもしれない……けど。なんだか釈然しなかった。食べるんだったら、素直に食べてあげればよかった。そんなふうに一瞬だけ思ったけど、やっぱ恥ずかしさがそれよりも勝った。
「だろ? 美味しいらしいんだよ」
自慢げに話してくる杏子はどこか偉そうだった。
「じゃぁ、貸して。次杏子の番でしょ」
「そだな」
あたしはスプーンを受け取るとパフェをすくった。
「あっ」
いいこと思いついたかもしれない。あたしが杏子にずっと食べさせれば、恥ずかしい思いをしなくてすむ。そうと思えば後は簡単だ。
「ほら、杏子。あーんして、ほら」
「え、うん、あーん」
それをできるだけゆっくりとゆっくりとスプーンを進ませた。杏子が周りからの視線を感じるようわざと遅く遅くと心がける。あたしにされたことをじっくりと味わさせる。そういう気持ちを込めた。
「う、う」
「ほら、口をあけてよ」
それを感じ取っているのか、一度杏子は顔を赤らめると口を閉じていた。
「いやさ、なんか色々さ……」
そして、あたしから視線を逸らした。
「杏子ちゃん! ほら、口を開けましょうね?」
杏子が無視したように、あたしもそれを無視する。おあいこでしょ。
「や、やめろよ」
それを拒否するかのように手を前に出してくる。だけど、それに恐れるさやかちゃんじゃないのだ。スプーンをゆっくりと確実に杏子の口へと誘導する。さっきやられたんだから、杏子がやらないってのはなしだ。
「し、しかたねぇな、あ、あーん」
「はい、よく出ましたね! じゃぁ」
そういって、またスプーンでパフェをすくう。
「お、おい、さやか聞いてないぞ! 一回ずつ交換するって言ったじゃんか」
「あたしはあんたみたいにぽんぽん食べられる体質じゃないのよ」
「あ、甘いものは別腹ってい、いうだろ?」
頬を赤く染めたままで人差し指でもじもじとくっつけたり、離したりとあたしから視線をそらす杏子を見ながら、あたしは思った。確かにそう言うけど、さすがにこれは多すぎると。
でも、杏子なら食べられる。そう信じているあたしがいる。――ここに。それにあたしが食べるより杏子が顔を染めて、嫌がりながら食べる顔をずっと見ているほうがずっと気持ちよかった。なんだかんだいって、こいつは食べてくれるし食べさせがいがあるね。だから、あたしは続けた。
「ほら、あーん」
それに対して杏子は観念したように犬歯をみせて、あたしのスプーンの中の白いクリームを、舌をうまく使い舐めてそれを咥えはじめた。
こんな形で杏子への復讐ができるなんて思ってもみなかった。でも、こういうのも悪くないなとそのときのあたしは思った。でも、あれ以来杏子がパフェに誘うことはなくなった。
説明 | ||
杏子とさやか にて日常パートの練習というかたちで、その2です。 元ネタは最近よく聞く課題と、【パフェ食べに行きたいです】から。 杏さやのような、さや杏と言った感じです。 | ||
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