仮面ライダーディージェント |
「……い……おき……ゆむ」
歩は何かに呼ばれた様な気がして、閉じた瞼を開いた。
すると灰色空間が視界一面に広がっていた。
これは次元断裂空間の中に似ていたが、それでいてまったく別の空間の様だった。
今自分が立っている状態なのか寝ている状態なのかも分からず、ただ身体の感覚が酷く鈍くて、起きたばかりの身体を上手く動かせない時の様な倦怠感で身体の自由が利かない。まあ実際今起きたばかりなのだが……。
「やっと起きたか、須藤歩」
声を掛けられた目の前を見ると、そこには一人の男が立っていた。
この男は見た事はないがよく知っている。2年前のあの日、自分にディージェントとしての力と使命を与えた張本人だからだ。
そして、この男の名は……
「門矢…士……?確か、あの時消えたんじゃ……」
「ああ、確かに俺はあの時消えたさ。だが外から思わぬ介入を受けてな…その影響で残りカスだった俺の人格プログラムの欠片がお前とこうして話せるくらいに修復されたんだよ。最も、こうして話せるのもお前の潜在意識の中だけの上に、結構疲れるけどな」
「……成程ね、ディージェントのスペックが上がったのはそれが原因だね?でも何でその情報が送られて来なかったんだい?今までそんな事なかった筈なのに……」
「お前が知る必要がないからな。それに、そんな些細な事なんてどうだって良いだろ」
「どうでも良くない」
士にとってはそうでも、歩にとってはそうではない。
ディージェントのスペックは今のままでも歩にとって十分だと言うのに、これ以上強くなろうだなんて一切思わない。
確かにライダーサークルにはディージェントより強いライダーだっているだろう。リュウガがその良い例だ。
アレは神童が細工して強化した物だったとはいえ、ディージェントを劣勢に追い込んだほどだ。
今後もそんなライダー達が立ちはだかる可能性だってないわけではないのだ。
いずれは強化が必要になって来るだろうが、自分には必要ない。いや、欲しくないと言った方が正しいだろう。
歩にとってこの力は十分に過ぎた物だ。無駄な力は破滅に追い込む…それは歩の世界で起こった経験からだ。
こんな力…自分が死ぬ事に臆病でなければ、とうの昔に捨てている。
その思考を読んだのか、士は溜め息を吐いて呆れた様な口調で話しかけて来た。
「ハァ…お前なぁ、ライダーサークルはお前が今まで渡って来た世界でも最も強大な力を持った奴等が集う領域なんだぞ。そんな事言ってたらそのうち死ぬぞ」
「そのうち死ぬ…か……以前はそんな事も考えてたかな」
「ん?」
歩の呟きに士が顔を顰めながらその後に続く言葉を待った。
やがて一拍置いて歩は言葉を紡いだ。
「僕は本当は死にたくない…でも僕が本当に死ぬんだったらこれが自分の運命だったと割り切っていた……。ライダーサークルに来る前はそんな風に考えてたけど、今は違う……Dプロジェクトを完遂させるまで僕は絶対に死なない。もし僕が死ねば、亜由美がこの責を担う事になる。そんな事には絶対にさせない」
「……おい、じゃあなんでアイツをここへ連れて来たんだ?アイツはお前にとってただの保険じゃなかったのか?」
「最初はそう思ってたよ。でも、彼女としばらく行動しているうちに分かった…彼女は僕とは違って普通の人間なんだ。彼女にこの力を与えれば、彼女の今後の人生を大きく狂わせてしまう…それだけは絶対にさせない」
“彼女は普通の人間”…これは歩と亜由美の決定的な違いだ。
歩には世界を歪めるほどの力があるが、彼女にはそれが全くない。
今でこそ亜由美にも次元移動能力が使えるようになっているが、自分がディージェントと接触しなければ、そんな力に目覚める事もなかっただろう。
彼女にこの力を与える事はいきなり平穏な世界から危険な場所へと放り込むのと同じ事だ。そんな目には会わせたくなかった。
彼女を自分の二の舞にしてはいけない…それが今の歩の最優先事項だ。
それを聞いた士は苦笑いを浮かべて心底呆れたと言った口調で挑発的にその感想を述べた。
「まったく…随分と強情だな」
「君に言われる筋合いはないよ」
士の皮肉に軽く反論すると、彼はムスッと不貞腐れた顔になり「チッ、何だよ結構感情あるじゃねぇか」と何やらブツブツとぼやき始めた。
やがて文句を一通り吐き出してスッキリしたのか、気を取り直して何時もの自信に満ちた挑発的な表情に戻ると、彼にとっての本題を口にした。
「まあいい、俺が態々お前と話そうと思ったのはな、一つ聞いておきたい事があったからだ」
「聞いておきたい事?」
「ああ、お前…本当にディケイドの二の舞を踏む気か?」
“ディケイドの二の舞”…その言葉は渡から言われたのと合わせてこれで二度目だ。
しかし、一体何の事かいまいち分からず首を傾げていると、士は再び溜め息を吐いて分かり易く説明を始めた。
「つまり、だ……お前は本当に『歪み』…イレギュラーを消すために旅を続けるのかって事だよ」
その説明を聞いて矛盾を感じた。
Dプロジェクトはあくまで「歪み」を修正して九つの世界をそれぞれで統一させる事が目的の筈だ。
それ以外に何かしなければならない事があるのだろうか?少なくともそんな情報はない。
「ハァ〜…まったく、ここにオリジナルがいたらお前本当に始末されてたぞ……アイツらがライダーサークルのリイマジネーションに干渉できない事に感謝しとくんだな」
士は深く溜め息を吐きながら、歩の反応に嘆いた。
歩にとって何故士がそのような反応をするのか分からなかった。
それに、オリジナルが自分を始末するという事はつまり、自分の行動はオリジナルにとって不利益になると言う事になる。
以前神童も世界の復活がどうのと言っていたし、やはりDプロジェクトには何か別の目的があるのだろうか?
「何の事か分からないけど、今のやり方じゃあダメって事かな?」
「いや、別に俺はお前のやり方に口をはさむつもりはない、お前の好きにしろ。お前は一体、どんな結末を迎えるんだろうな…それまではここから見せてもらうぜ、須藤歩……」
そう言うと士は、灰色の空間に溶け込むようにその姿を消した。
歩はそれを見届けてからある事を士に聞くのを忘れている事に気が付いた。
「そう言えば、“思わぬ介入”って何の事だったんだろ…?ディジェクトの事かな?」
頭をガリガリ掻きながら推測してみるが、どうにもピンと来ない。
あまり頭を掻き過ぎるとハゲると亜由美に言われた(というか思考を読んだ)ので、今度からはあまり掻かないようにしようと思っていたのだが、ここは自分の潜在意識…つまり夢の中の様な物だ。それだったら別に強く掻いても問題はあるまい。
「……ま、知る必要はなさそうだし、まずは目を覚まそっかな」
歩はそう結論付けると潜在意識から出るために、再び目を閉じて意識を遠ざけていった。
『フム…中々しぶといな、あの古き人類は……』
ノアオルフェノクは床に倒れ伏した状態で、キャタピラーオルフェノクから送られて来る情報に、そう感嘆した。
キャタピラーオルフェノクをある程度創り出し、それらを操って街へ侵攻させたのだが、そのうちの数体が赤黒く刺々しい鎧を纏った何かによって一瞬で倒されてしまった。
この器となった男の記憶によれば、これはディジェクトとか言う異世界のライダーズギアと呼ばれる鎧らしいが、どんなに足掻こうとキャタピラーオルフェノクは自分の身体の一部から創り出した分身であり、不死身の雑兵でもある。
例え倒されて灰に還ったとしても、自分の意思で再生させる事が出来るのだ。
その内向こうの体力の限界が来て、雑兵達に無残に殺されることになる事だろう。
しかし、ノアオルフェノクには納得できない事もあった。それは今のこの状態であるからこそ言える事、それは……
『退屈だ……折角器を手に入れて動けるようになったかと思えば……』
章治が中から抑え込んで動けないため退屈なのだ。
一応暇つぶしに章治に話しかけても見たが、自分の身体を抑え込むのに集中しているようで一切返事が返ってこない。
明日になれば器の男も抑える力が弱くなってこちらも自由に動けるようになるだろうが、駒を動かすだけでは流石に暇すぎる。何かないものか……。
「だったら、俺が動ける様にしてやろうか?」
突然頭上から声を掛けられ、頭を何とか持ち上げてその声の主を探すと、目の前に黒い革ジャンを身に着けた男が立っていた。
その男は一見すればただの古き人類にしか見えないが、何処か異端な雰囲気を醸し出している。
かと言って、オルフェノクとも違う……。一体何者なのだろうか?
『……何だお前は?』
「バケモンに名乗る名は持ち合わせちゃいねぇよ。それよりサッサと答えやがれ。もし動きてぇってんなら俺が動かせるようにできるついでに良いモンをやるよ」
そう言いながら先程までここにいた一行が包まれて消えた時と同じ現象である灰色の小さな靄が目の前に現れ、それが消えるとそこには銀色のアタッシュケースが置かれていた。
そしてそのアタッシュケースにはスマートブレインのロゴマークが入っている。
という事はこれの中身はライダーズギアなのだろう。
『フム、ライダーズギアか…悪いがそれならこちらも持ってるし、私に見合うとは到底思えんがな』
ノアオルフェノクの力はライダーズギアをとうに超えている。
それは器となった男の記憶を通して、デルタの性能を知っているからこそ言えることだ。
態々それを付けて枷を嵌める理由なんてないだろう。
その言葉を聞いた男は凶悪な笑みを浮かべ、口を開いた。
「なぁに、それなら気にする必要はねぇよ。何せこれは『帝王のベルト』だ。しかも俺が直々に強化させてもらった物だ。どうだ、欲しくねぇのか?」
帝王のベルト…その響きに何とも知れない昂揚感を覚えた。
帝王の名を冠するならば、それはまさしくオルフェノクの王である自分にこそ相応しい物ではないか。
しかもこの男の話だと、その力はデルタを優に超えているとの事だ。そんな力…欲しがらなくてどうする?
力はあればあるほどいい。
力があれば、その者は更なる極みに立つ事が出来るのだ。
ましてや自分は王だ。その力を使ってこの世界を完全に統一する事こそが自らに与えられた使命だ。
そうとなれば答えは一つだろう。
『フフフ…旧人類がよく言ってくれる……。その力、私に寄越せ。それを使って私がこの世界をより良い物にしてやろう』
「ハッ!流石バケモンだな、その欲深さには恐れ入るぜ!」
男がそう言った次の瞬間、ノアオルフェノクの全身を灰色の靄が包み、それが消えると同時に身体の自由が効くようになっていた。
完全に章治の気配が消えているようだが、また何らかの切っ掛けがない限り再び表に出て来る事はないだろう。
その身を起こすと、今度は目の前に置かれたアタッシュケースに軽く触れ、そのケースだけを灰化させた。
この能力は今まで器だった男が自分への生贄として捧げたドラゴンオルフェノクの能力だ。
触れた対象を灰化させる事が可能で、器となった男も倒すのには苦労したらしい。
その能力によって元がケースだった灰の山に埋もれたライダーズギアを取り上げた。
使い方は章治の記憶を辿れば分かる。まずはドライバーを腰に巻き、続いて白に青いラインの入った携帯電話を手に取り開く。
そしてそのディスプレイに映っている変身コードである「315」を入力して閉じた。
[スタンディング・バイ……]
「そいつの性能を試すんだったら今テメェの駒を殺ってる赤黒いヤツと、そいつに似た青黒いヤツがオススメだ。そいつらはテメェの望みを一番壊そうとしているヤツだ。力も試せてついでに邪魔なヤツも消せて一石二鳥だ。ま、そいつらをどうするかはお前次第だがな」
電子音声が鳴り、それをドライバーにセットしようとした所でその助言をしている男の方を振り向いた。
しかし、そこには誰もおらず、ただ夜の更けた外の景色が扉のないむき出しの穴から見えているだけだった。
『……フム、まぁいい。今の男が何者であろうが、今は新たなる世界への改変を進めなくてはな…変身』
[コンプリート]
携帯電話…サイガフォンをドライバーにセットすると、青いフォトンストリームのラインが身体を幾何学を描きながら包み込み、身体全体が発光したかと思うと、そこには一つの白い影が立っていた。
白いスーツと銀色の装甲に身を包み、サイガドライバーから伸びた青いラインが四肢と装甲に伸び、胸部装甲には斜めになったギリシャ文字のΨ(プサイ)の形に走っている。
そしてその頭部は紫糸の巨大な一つだけの複眼に胸部と同じくΨを模したラインが埋め込めれ、胴体と同色のマスクで顔をスッポリと覆っている。
これこそがオーガと対を成す「帝王のベルト」…サイガの姿だ。
「素晴らしい…!これこそ“王”である私にこそ相応しい力だ…!!」
サイガは身体の調子を確かめる様に両手を握りしめ、その身体全体に漲る力に歓喜の声を漏らすと、悠々とした足取りで外に出た。
外は丁度満月が昇っており、爛々と煌めいている。
やがてこの世界もあの月のように美しく生まれ変わるだろう…この私の手によって……。
「さて、まずは先程の男が言っていたヤツを試しに消してみるか……」
そう言ってサイガは力を込める様に前屈みに構えると、その背中から巨大な蝶の翅を生やした。
本来なら、ライダーズギアで変身している間は、内側からフィットする形で抑え込んでいるためそう言った外側へと出す能力は使えなくなる筈なのだが、神童が「突起した部分を外へ転移させる」補正を行った為、その制限をなくし、翅を外へ展開させる事が出来たのだ。
その証拠として翅と背中の間に僅かに間隔が開いており、翅の根元に小さな次元断裂が展開されている。
そんな故など知らずにサイガは月の煌めく夜空へと飛び立っていった。
歩を仮眠室へ寝かせた後、美玖は章治に関する一部始終を仮眠室に設けられた対談席に輪を囲んで座って正幸達に話していた。
その内容に社員達は驚愕するが、正幸だけはどこか納得した様な神妙な顔で美玖の話を聞いていた。
「驚かないのですね……」
「まぁね、さっき章治の極秘ファイルを見つけてね…そこにその事が書かれてた。ホンット、何で教えてくれなかったんだろうね…あのバカ章治は……」
「全くですね…早くあの人を殴り飛ばしたいですよ……」
正幸に続く様に言葉を紡いだのは先程まで歩を担いでいたライオトルーパーを装着していた青年…筧(かけい)筍太郎(しゅんたろう)だ。
落ち着いた飾り気のない髪に、黒縁眼鏡を掛けているため、大人しそうで知的な印象を与えているのだが、その見た目とは裏腹にその言葉には一々刺があり、稀に章治がサボっている所を見かけては、毒舌を投げかけた後に何らかの折檻を行う程の猛者だ。
“見かけで人を判断してはいけない”という言葉はまさしく彼のためにある様なものだろう。
「何だか僕にとって不名誉な事を思ってるみたいですけど、それくらいじゃ僕は怒りませんよ。僕の心はクリーニングに出した洗濯物の如く真っ白ですからね」
その爽やかな笑みとは裏腹に、背後から何やらドス黒いオーラの様な物が見え、正幸と美玖はその言葉に一瞬ビクッと肩を震わせたがすぐに何時もの平静さを取り戻す。
そうしないと考えている事が当たっていると言っている様な物だからだ。
腹黒さやサディスティック的な意味では筧こそがスマートブレイン最強だったりする。
「で、どうすんだよ社長さん。美玖さんの話だとそれほど時間が残されてねぇぞ」
しかしその場の空気を何のそのと言った感じで二階堂が煙草を口に咥えながら正幸に指示を求めて来た。
確かに、この後どうするかが問題だ。
章治の中にオルフェノクの“王”がいたと言うのはこの真相を知るまでは喜ばしい事ではあったが、章治の身体を乗っ取り、あまつさえ世界を自分の思い通りにしようとしているなれば話は別だ。
その“王”は早急に排除しなければならないだろう。人間とオルフェノクとの共存のためにも……。
「しかし、一体どうやって倒すんですか?奴を消せば、それと同時に主任も消す事になります。そうなるともう主任を助ける事が……」
「諦めんじゃねぇ!例え主任がそれを望んでたとしても俺はゼッテェに主任を消させねぇ!じゃねぇと寂しくなるからな!」
「……確かに、イジリ相手がいなくなるのは退屈ですからね」
筧の弱気な発言に二階堂が叱咤しすると、筧が考えを改めつつ何やら恐ろしい事も口にしている。
正幸は何とか出来ないものかとイスを回そうとするが、ここの椅子は生憎四脚椅子だ。回そうにも回せない。
何か代用できる物はないかとあたりを見渡すと、二段ベッドの一段目で眠っている歩の姿が目に入った。
この青年はイレギュラーを消すためにここへ来たらしいが、未だ謎の部分が多い。
特にあのライダーシステム…アレは見た所フォトンブラッドとは別のエネルギーを使っている様だったが、それが一体何なのか皆目見当がつかない。
「彼は一体何者なんだろうね……」
「それは私にも分かりません。ですが、信用に足る人物だと思いますよ」
「そうだな、何せ俺等を助けてくれたもんな」
「それだけで判断するのもどうかと思いますけど、まぁ向こうにこちらを助けるメリットはないですからね」
そうしてしばらくその青年を見ていると、その手がピクリと動いた。
それには全員が軽い驚きを示し、歩に駆け寄った。
やがてその目を開いて、光の宿っていない瞳を露わにした。
「気が付いたみたいだね」
「ちゅうか、起きるの早過ぎじゃね?少なくとも一晩中は眠ってると思ったんだけどなぁ……」
「意外とタフですね……」
「ッ!!?」
歩が目を覚まして自分達の姿を確認した瞬間、突如ベッドから飛び起きて警戒心に満ちた目で睨んで来た。
「おい、何そんなにビビってんだよ?」
「あ、僕達の顔知らないからじゃないかな?変身してたりしてたからさ」
二階堂が突然謂れのない警戒をされている事に疑問を抱くが、正幸が顔を直接会わせていなかった事を思い出してそう結論を出した。
その声を聞いた歩は、すぐに平静さを取り戻し、申し訳なさそうに虚ろな目で謝った。
「すいません…白衣の人には少し嫌な思い出がありまして……」
「別に気にする必要はないよ。そういう目で見られるの俺達慣れてるからさ」
「いや、慣れるのもどうかと思いますよ社長……」
歩の正直な謝罪に正幸が軽快にそう気にした様子もなく返すと、美玖がその微妙にズレた正幸の説得に冷静にツッコミを入れた。
歩の警戒が解けて一段落した所で、正幸は仕事の顔になり、今後のアドバイスを歩に求めた。
その内容は当然、章治をどうやって助けるかだ。
「それで、章治を“王”から解放するにはどうすればいい?何か方法はあるのかい?」
「……ハッキリ言いますと、僕では(・・・)章治さんを助ける事はできません」
その答えに正幸を除いた三人は顔を下へ向けた。
やはり助ける事が出来ないのか……。そう言った悲壮的な表情だ。
しかし、正幸は別の事に頭が行った。
「ふ〜ん…つまり、まだ方法はあると言う事だね」
「はい。そう言う事です」
『え……?』
美玖達三人はその正幸の言葉に驚愕の表情を作りながら顔を上げた。
やはりこの三人は歩の言葉を理解していない様だ。そこで正幸は分かり易く説明を始めた。
「社長…それってどういう……」
「彼はね、あくまで“自分では章治を助ける事はできない”って言ったんだよ。つまり、彼以外なら章治を助ける事が出来るってわけだよ。そう言う事でしょ?」
正幸はそう言いながら歩に振り返ると、彼は無言で首を縦に振った。
「だぁー!それだったら分かり易く言えっちゅうの!!」
「貴方って結構、誤解とか招かれてません?」
「一応自分なりに分かり易く言ったつもりなんですけど……」
「それで、誰だったら助けられるんだ?」
二階堂と筧に突っ掛かれている歩に美玖が尋ねると、歩は一拍置いて答えた。
「それは、僕と同じようにここに来ている僕のライダーズギアと同系統のドライバーを持っている人です。そちらの女性でしたら一度会ってるのでは?」
「と言うと、あのロングコートの男か……アイツもお前の仲間か?」
「仲間と言って良いのか微妙なところですけど…ある意味そうとも言えますね」
美玖の言葉にひどく曖昧に答えながら歩はポリポリと頭を掻いた。
まあ実際さっきまで互いの考えのすれ違いで戦っていたのだから歩がそう答えて当然だろう。
そして何より肝心な事をまだ好太郎に言えていないのだ。
ディジェクトに備えられている能力を応用すれば、章治を殺さずに「歪み」だけを消す事も可能だと言う事を……。
最初はそれを彼に頼もうと思っていたのだが、章治をどうするかで戦闘になってしまい、結局言えず仕舞いだったのだ。
そう言う意味では筧の言う通り、誤解を招かれやすい性格と言えるだろう。
「じゃあその人は今どこに?」
「今僕の連れが安全な場所へ………」
「ん?どした?」
歩は言い切る前にある気配に気付き、座っていたベットから立ち上がって明後日の方向を睨んだ。
それに疑問を持った二階堂が訊ねると、歩は淡々とした口調でボソリと呟いた。
「どうやら急がないといけないみたいですね……」
「一体どうしたんだい?」
「ディジェクト…さっき話してた人が変身してます。恐らく“王”と戦闘をしているようですので早く行かないと……」
「何でそんなこと分かるんだよ?」
「僕がそう言う体質だからです」
歩は二階堂の疑問に簡潔に答えると、仮眠室から出る為にドアまで歩いて行く。
しかし、その扉の前で美玖が立ち止まり、歩を鋭い目つきで睨んだ。
「……何でしょうか?」
歩が抑揚のない口調でそう訊ねると、美玖はその固く閉ざした口を開いた。
「お前…まさか一人でそこへ行こうとしてるんじゃないだろうな?」
「そのつもりです。ディジェクトもイレギュラーも止められるのは僕だけですから」
「そうか…じゃあちょっと歯を食いしばれ」
「……?ヅッ!?」
美玖は歩がその言葉を理解する時間も待たずに殴り飛ばした。
それに二階堂と筧は驚くが、正幸は特に驚いた様子もなく静観している。殴り飛ばされた歩は床に倒れた。
「お、おい大丈夫かよ!?」
「一体何やらかしたんですか?」
「いえ、特に思い当たる事は……」
二階堂と筧に助け起こされながら立った歩はもう一度美玖を見た。
その顔はやはり険しく、鋭い目つきで歩を睨んでいるだけだ。
正幸はその理由を知っている。
何故なら美玖だけではなく正幸も彼女と同じ考えだからだ。
「章治は私達の大事な仲間だ。貴様の様な余所者(よそもの)に全て任せるわけにはいかないからな」
「確かに、これが君の役目なのかもしれないけど、これは俺達の問題でもある。俺達も付いて行くよ」
美玖に続く形で、正幸は椅子から腰を上げながら歩に言い放った。
歩の言う通りこれは彼でなければ解決できない事なのだろう。しかし、その全てを彼一人に任せて自分達は指を咥えて見ている事など出来ない。
章治は必ず自分達で連れ戻すと決めたのだ。ここで一人しゃしゃり出させるわけにはいかない。
「……分かりました。でもそちらのファイズの女性は大丈夫なんですか?」
「ッ!?君、まさか知って……」
「ハイ、少し専門的な話になるんですけど、この世界は本来彼女が『基点』…謂わば核なんです。でもこの世界の『基点』は章治さんになっていて、彼が消えた今でも『基点』が彼女に入れ代わらず、未だに『基点』が存在しない状態になってるんです。その理由としては二つあります」
そう言いながら歩は指を二本立てながらその後を続けた。
「一つはまだ章治さんが完全に消えていない事。もし完全に消えてたら彼女がこの世界の『基点』に一時的にでもなっている筈なんですけど、その気配は一切感じられません」
「ちゅう事は、主任はまだ生きてるって事か?」
「そう言う事です。そしてもう一つが……」
二階堂の言葉に簡単に相槌を打ちながら、そこで指を一本追って人差し指だけを立てると、更に続けた。
「この世界の本来の『基点』がいなくなると言う事象がこの世界で確定している事です」
「それってつまり……」
「おい、一体何の話をしているんだ?」
「………」
「正幸、何か言ったらどう………ッ!?」
何の事だか分からない美玖は、正幸に問い掛けるが、彼は顔を伏せて答えようとしない。
その微妙な反応に苛立ちを感じながら、正幸に近づいて方を掛けた瞬間に気が付いた。
美玖の右手からわずかに灰が漏れ出ていたのだ。
灰の零れはすぐに収まったが、美玖はその手を目を見開いて凝視していた。
彼女の様子を見た歩は、頭をポリポリ掻きながら言い辛そうに話した。
「貴女の寿命はもうあと僅かしかないんです……。もし今のまま戦闘に出ようとすれば、貴女の寿命を更に縮める事になるんです……。そんな人を、連れて行くわけにはいきません」
「クッ!貴様ぁ!!」
「美玖!落ち着いて!!」
美玖は歩を忌々しげに睨み付けると、正幸の言葉に耳も貸さず歩の胸倉を掴んで焦燥感に駆られた口調で捲し立てた。
「寿命が何だ!私はアイツを助ける為だったらこの命、全部神にだろうが悪魔にだろうがくれてやってもいい!!それくらいの事をしないと、章治を怨んでいたこの半年間の贖罪が出来ないんだ!だから連れてけ!!」
「………」
歩はその決意に燃える美玖の瞳を見た。
彼女には確かに強い覚悟がある。しかし今の彼女を連れて行くのには気が引けた。
何故なら罪滅ぼしのためだけに戦おうとしているからだ。
それはあくまで彼女の自己満足でしかない。
その自己満足の所為で、誰かが…章治が悲しむと言う事を分かっていないのだ。
彼の目的は恐らく彼女のためだろう。
オリジナルの情報によれば、オルフェノクの“王”は選んだオルフェノクに不老不死の力を与えると聞く。
章治はその特性を利用して彼女の寿命をなくそうとしたのだろう。
自分も以前は、今の彼女に似た様な考え方だった。
自分はだれにも必要とされていない…ただ使命に順じて動いているだけだ……。
だが、亜由美と会ってからはその考え方が改められた。
あの時、亜由美は本気で自分を叱ってくれた、思ってくれた……。
そんな人を悲しませるわけにはいかない。歩にはそう思えたのだ。
ましてや、彼女を罪滅ぼしのためだけに戦わせるわけにはいかないし、そして何より、死ぬつもりで戦おうとしている。
彼女には章治が必要だが、それと同時に章治にも彼女は必要なのだ。
彼の想いを踏み躙るわけにはいかない。そう思った歩は多少酷ではあるが、無理矢理にでもここから出るため次元断裂の中に逃げようとした。
しかし、そこで正幸が美玖の手を掴んで自分から引き離した。
「待ってよ美玖……」
「離せ正幸!早く行かないと章治が……!」
「章治の事が心配なのは分かるけど、今は君自身の事を大事にしてほしい。それは章治やここにいる全員が思ってる事だよ。彼だって例外じゃない」
「…ッ!?」
「………」
正幸のその言葉に、美玖は言葉を詰まらせ、歩も正幸の言葉に軽く目を見開いていたが、すぐに何時もの虚ろな目に戻り、一拍置いて抑揚のない口調ではあるものの正幸に話しかけた。
「……良く解りましたね」
「まぁね。伊達にカリスマ社長はやってないよ」
「それ、自分で言う事ですか?」
歩が自分の考えを理解した正幸に軽く驚いていると、正幸が自画自賛しだし、筧がそれに冷静にツッコミを入れた。
正幸はそれを軽く流すと、歩に話を切り出した。
「彼女には俺が付いてるからさ、君の邪魔にだけはならない様にするから連れてってくれないかな?勿論、君が望むなら何らかのお礼はするつもりだよ。だから頼む、章治のところに案内してくれ」
正幸は頭を下げて歩に頼み込んで来た。
その姿を見て美玖達は正幸が本気で頼んでいると分かった。
正幸は立場上、人に頭を下げると言う事は滅多にしない。
もしするとすれば、それは余程の緊急事態か謝る時くらいだ。
歩にもその覚悟が伝わったのか、ある一つの条件を出して承諾する事にした。
「分かりました。でもその代わり、そちらのファイズの人……」
「美玖だ」
散々貴女だのファイズの人などと呼ばれてた美玖は、そこでようやく歩に自己紹介をした。
ちゃんと名乗っておかないと、会話の流れ的にずっとこのままだっただろうし……。
「……美玖さんがあまり無理しない様にしてください。それと、美玖さんは知ってると思いますけど、あの灰色の空間を通って一瞬で移動できるので、準備ができ次第何時でも行けますよ」
「分かった、それじゃあ早速準備するから少し待っててくれ。二階堂と筧はここで待機しててくれ。俺と美玖の二人で行く」
「あいよ」
「了解しました」
正幸の言葉に歩は頷くと、ベッドに腰掛けて正幸達が仮眠室から出て行くのを見送りながら、好太郎にどう話を切り出すか思考を巡らせ始めた。
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第28話:天を統べるは灰翼の帝王 | ||
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