仮面ライダーディージェント |
今日は私、藤原楓の高校卒業式だった。
高校を卒業してからの進路は、両親が就いている研究施設の研究員と決まっていた。
親の推薦もあり、そこへの就職はすぐに決まったが、正直その研究所もそこへ勤める両親も嫌いだ。
私が小さい頃から両親は研究ばかりで遊んでもくれないし、風都の外にも連れてってはくれなかった。
その代わりに私にも「こんな研究をしてるんだ」と教えたり実際にそれをやらせてみたりと(子供に実験させるのもどうなんだとも思う)私にも将来手伝わせるつもりだった。
本当は断りたかったんだけど特にやりたい仕事もない上に、自分の得意な事もなかったので仕方なくそうなった。と言う感じだ。
今日は何でも私に卒業記念として渡したい物があると言っていたが、すぐに帰ろうとは思わずに繁華街をうろうろしていた。少しばかりの反抗心だ。
既に日は完全に沈んでおり、時刻はもうすぐ8時を回ろうとしていた。
「なあそこの彼女、どっか遊びにいかね?」
そしてそんな所を制服を着た女の子が歩いていれば、こういう輩が出て来る事もRPGで街の外を歩いていたらモンスターに遭遇する可能性並みに確実だ。
「悪いけど、私はあんたなんかと付き合うほどヒマじゃないの」
「まぁそんな冷たい事言うなってぇ〜。ちょっとそこのゲーセンで一緒に遊ぶだけだからさぁ〜」
きっぱりと断るがそれでもなお喰い付こうとする男から逃れようとするも、手を掴まれてしまった。
あいにく私は武道なんてこれっぽっちも出来ないし、女子の中でもかなり非力なためにどうしても逃げ切れない。
「放して!放しなさいよ!!」
「だ〜いじょうぶだから、ほら一緒に……」
「お、いたいた!楓ちゃん、やっと見つけたよ」
何とかナンパ男の手を振り解こうとしていると、その間に見慣れない男が割って入って来た。
白いスーツに白い帽子を見に着けた微妙に古臭い格好をしたその男は、私の手を掴んでいるナンパ男に話し掛け始めた。
誰この人?何で私の事を知ってるんだろ?
「あぁ?何だよオッサン」
「オッサンって、これでも二十代なんだけどなぁ……。その子、俺の知り合いの子なんだ。放してあげないかな?」
「……チッ、分かったよ。面倒事にはしたくねえからな」
そう言ってナンパ男はようやく私の手を離し、そのまま人ごみの中へ溶け込んで消えて行った。
「……ふぅ、最近の若者ってああ言うのが多いのかねぇ?」
「アンタ、一体誰よ?何で私の事知ってんの?」
「おっと、自己紹介が遅れたね。俺は西方駆。しがない私立探偵さ」
「探偵?確かにそう言われてみればそれっぽい格好してるけど、何で私の事知ってんの?」
「ああ、君のお父さんに頼まれてね。中々帰って来ないから代わりに探しに来たんだよ」
そう言いながら取り出したのは私が写った写真。でも……
「ちょ、何でよりによってその写真なの!?もっと他にマシなのなかったわけ!?」
何で子供の頃によく分かんない装置が爆発起こしてビックリして泣いちゃった時の写真なのよ!?恥ずかしいわ!!
「まあまあ、そんな怒らなくてもいいでしょ。だってこれ、結構可愛いよ?」
「全然嬉しくない!!大体、父さんも心配し過ぎなのよ!もう子供じゃないんだからいい加減にしてほしいんだけど!!」
あんの親バカ…態々探偵まで雇って娘を見るなんて、どうかしてんじゃないの?
「まあそれだけ愛されてるって事だよ。あとさ、頼まれたと言っても別に依頼として受けたわけじゃない。あの人には色々とお世話になってるから、そのお返しって感じかな?」
「そんなのどっちだっていい。それじゃあ私はもう帰るから、アンタも事務所なり何なり帰りなさいよ。それじゃ」
そう言ってその場から立ち去ろうとしたが、何故か駆と名乗った男は私のすぐ横をついて来る。
「何?まさか家に着くまでずっと付いて来るとか言わないでしょうね?だったら警察呼ぶわよ?」
「違う違う。実は俺も君のお父さんに呼ばれててさ、何でも渡したい物があるから来てくれって」
「はぁ!?」
何よそれ!?それじゃあ家に帰るまでずっとこの得体の知れない男と二人っきりって事!?襲われたらどうすんのよ!?
「……念のため言っとくけど、俺はロリコンの気はないし、君みたいなお子様には全然興味はないからな?」
「んなっ!?それは私がチビって言いたいのかあぁぁ!!」
人が気にしてく事をよくもそう易々と…!
「ちなみに俺のタイプは気が利いて何でも卒なくこなせる思いやりのある人かな?」
「誰もアンタの好味なんか聞いとらんわあぁぁぁ!!」
そんな会話をしながら家への帰路についた。
この出会いが私と駆、二人の関係を大きく変える事になるとは知らずに……。
家の前まで帰った私は玄関のドアに手を掛け、中へと入った。
「ただいま〜」
「お邪魔しま〜す」
一応この家のルールとして玄関から続く廊下へと声を掛けると、私の後ろから続く駆が、私の頭の上から同じく声を掛けて来た。
しかし今日の家からは何か違和感を感じた。
留守にしていたとしても今日は父さんも母さんも家に帰って来ると言っていたのに何故か暗く、廊下はクーラーをガンガンにかけたようにヤケに涼しかった。
「……ねぇ、藤原教授って家の中でも研究すんの?」
「いや、いくらマッドサイエンティストの父さんでも、家の中ではしない主義だったけど……」
“実験するならちゃんと設備の整った場所”と二人とも豪語してたくらいだし、そんな筈はないんだけど……。
「とりあえず中に入ってみよう。渡したい物と何か関係がありそうだし」
「え、ええ。それもそうね……」
駆の発言も一理あると思い、二人で家の中へ上がって廊下の電気を付けようとした。でも……
「ア、アレ?付かない…もしかして停電?」
「いや、近隣の家は付いてるみたいだし、多分ブレーカーが落ちてるんだろ」
一体何が起きてるんだろうか……。しばらく歩いていると、徐々に寒さが増して来た。
冷気が伝わって来る場所まで歩いて行くと、そこはキッチンのあるダイニングルームだった。
その部屋のドアの隙間からは白い靄が立ち込めており、それがこの寒さの原因だという事が分かった。
その中へと入ろうとした時、駆が私の肩に手を置いて神妙な表情でその部屋のドアを睨みながら言って来た。
「俺が先に入る。何だか嫌な予感がする……」
「わ、分かった……」
そう言って駆がドアノブに手を伸ばしてゆっくりと引いて中へと入ろうとしたが、その手前で立ち止まってしまった。
一体何があるのだろうと思い、その中を駆の背中越しに覗きこむと、真っ白に凍ったリビングが目に入った。
壁や床、天井は勿論。ソファやテレビまでもが凍っており、幻想的な光景が広がっていた。
そしてその中には…私の両親までもが……。
「父さん!母さん!!」
「あ、待て!行っちゃ駄目だ!!」
「退きなさい!!」
行く手を阻む駆の身体を押し退けて、両親の前まで来てその身体に触れようとすると、その身体は粉々に砕け散って床に砕けた氷の山を築き上げた。
「え…ウソ……」
『お、俺は悪くない…悪くないんだ……』
突然の出来事に両膝をペタリと着いて呆然としていると、後ろのキッチンの方からそんなくぐもった声が聞こえて来た。
後ろを振り向くと氷の怪人が立っていた。
黒い体表の所々が冷気で白く凍っており、背中や頭部に生えたイソギンチャクの触手の様な物の先から常に冷気を発し続けているそいつは、立ちすくみながらずっと何かをぼやいていた。
「これは…お前がやったのか……?」
『コイツが、コイツ等が悪いんだ…俺をあんな目に遭わせたから……!!』
「お前、まさか……」
『うあぁぁぁぁ!!』
そう何の事だか分からない事を行った後、突然駆に襲いかかって来た。
それを駆は屈んで怪人の横へすり抜けると、振り返って身構える。
「チッ!メモリの副作用か…!毒素にやられてやがる!」
『こ、これを見たお前らも…凍らせてやる!!』
一体何が起きてるのか分からない。
メモリ?毒素?何の事なの……?
それと父さん達が死んだ事と何か関係があるの?
「クッソ…!せめて…せめてこっちにもメモリさえあれば……!!」
『さっさと凍れよおぉぉぉ!!』
駆けるが何故かメモリを欲していると、氷の怪人が指先から冷気を駆に向かって噴出してきた。
それを右にあるキッチンの方へ跳んでかわすが、それによって私との距離が離れてしまう。
何とか助けてやりたいけど、私にはどうする事も出来ない。
せめて何か武器になりそうな物さえあればいいんだけど、そう都合よく置いてる筈もない。
そう思っていると、先程まで両親だった氷の山の中に赤い機械の様な物が見えた。
氷の山を掻き分けてその赤い物を取り出すと、それは二つの赤い無骨なバックルだった。更にその近くには全長10cmくらいの六本のUSBメモリが落ちている。
ひょっとして、駆が言っていたメモリってこれの事…?
バックルの方をよく見れば、丁度メモリを嵌めこめるくらいの大きさの挿入口が設けられている。
物は試しだ。とりあえず黒いメモリを手に取って一つのバックルのスロットルに挿入してみる。
しかしそれだけでは何も起きず、やはりこれだけでは何もできないようであった……。
「こんちくしょおぉぉぉ!!」
『ヘブッ!?』
急に腹立たしくなってのメモリが挿さったままのバックルを、駆へと迫る氷怪人に投げつけた。
バックルは見事にそいつの側頭部に命中し、跳ね返ったバックルが見事に駆の手中に収まった。何と言うミラクル……。
しかしミラクルはそれだけでは終わらなかった。
「ッ!?これって…ドライバーとガイアメモリか!?楓ちゃん、ありがとっ!」
「え?ええ……」
突然何故かお礼を言われるがとりあえず相槌を打っていると、駆はバックルからメモリを引き抜いてその下部にあったスイッチを押した。
そうか、アレを押さなきゃいけなかったんだ……。
[ジョーカー!]
『ッ!?何だ、そのメモリは!?』
「悪いがこれは新型のメモリだぜ。お前には勿体ねぇくらいのな」
そう狼狽する氷怪人に呟きながら今度はバックルを腹部に宛がうと、その両サイドから帯が伸びてベルトを形成する。
そして電子音声を発したメモリを再びスロットルへ挿し込むと、バックルから紫色の波動が円形に吹き出し、駆はある言葉を叫んでスロットルを斜めに傾けた。
「変身!」
[ジョーカー!]
再び電子音声が発せられ、それと同時に駆の身体に変化が起きる。
駆の周囲に黒い塵の様な物が浮かび上がり、駆の身体に張り付いて行く。
その箇所から駆の身体を、黒い装甲が爪先から頭頂部まで完全に包み込むと、駆の姿を完全な別の物へと変えた。
全身を黒いシャープな装甲に身を包み、顔にはバッタを彷彿とさせる真っ赤な大きな目とイニシャルのWを模した銀の角飾り。
その姿は氷怪人とさして変わらない怪人。でも目の前にいる氷怪人の様に人を殺すための存在ではなく……漆黒の正義の味方だった。
『お、お前もドーパントか!?』
「違うな。俺の名は仮面ライダー…ジョーカー……」
黒い戦士は左手を軽くスナップして気障(きざ)な仕草で氷怪人を指差した。
「さぁ、自分の犯した罪に…気付かせてやるぜ……」
そう言い放つと、氷怪人に殴り掛かった。
「おらっ!」
『グハァッ!!クッソ…!』
「うおわっ!冷たっ!?」
右ストレートを喰らいながらも氷怪人は悪態を吐くと、指先から冷気を駆へ向かって放った。
それを間一髪でかわすも、右手が完全に凍っていた。
何とかしないと…!そう思い残り五本のメモリの中から氷に有効そうなメモリを探す。
氷に強そうなのは…火!だったらこの赤いメモリかしら?試しにスイッチを押してみる。
[ヒート!]
これだ!これなら対抗できる筈だ!
私は手に取ったそのメモリを駆けるに向かって投げ渡した。
「駆!これ!!」
「お?これは…ヒートメモリか!ヨッシャ、これなら…!!」
駆は傾けたスロットルを起こしてメモリを引き抜くと、今度は赤いメモリを挿して斜めに傾けた。でも……
「ア、アレ…?」
「何で、何も起きないのよ?」
『余所見してる場合じゃないぞぉ!!』
「しまっ…うわぁっ!!」
どう言うわけか何も起きなかった。
駆が戸惑って動きを止めている隙を突いて、氷怪人が蹴りを放って来た。
その威力が相当強かったのか、駆はたちまちの内に家の壁を壊して中庭まで吹き飛ばされてしまう。
「イツツ…ッ!?マズッ!変身が……!!」
黒いメモリを抜いたからだろうか。駆の身体を覆っていた装甲は風に晒されるかのように剥がれて行き、元の姿に戻ってしまった。
装甲が剥がれる際に右腕の氷も同時に剥がれたが、どうやら身体にもダメージが入ってしまっているようで上手く動けそうになかった。
一体どうして…!?そう思っているともう一つのバックルが落ちているのが目に入った。
ひょっとして、バックルによってどのメモリが使えるか決まってるんじゃ…ええいこうなったらイチかバチか!!
私はもう一つのバックルを駆がやった通りに腹部に宛がった。すると両端から帯が伸び、ベルトが形成されたのを確認する。
そして適当に掴んだ緑色のメモリのスイッチを押した。
[サイクロン!]
「ヘ、変身?」
駆が言った言葉を反芻した後にメモリをスロットルへ挿し込み、斜めに傾けた。
[サイクロン!]
バックルからそう電子音声が響くと、私の身体も塵に包まれ、その塵で装甲を形成し始めた。
ただ違う事と言えば、私が変身した時だけ突風が吹き荒れた事だろうか。
でもそのおかげで家の家具がメチャクチャに…父さん、母さん、ゴメンナサイ……。
やがて私の全身を装甲が包み終えると、視線が高くなっている事に気付いた。恐らく180近くはあると思う。
自分の顔に触れてみると、表面は硬くのっぺりとしており、先程の駆と同じマスクを付けている状態である事が分かった。
そして少し下を向くと、殆どなかった私の胸に膨らみが…!
でも装甲のせいで固い!チクショウ!見た目だけか!!
『な…!?もう一つドライバーがあったのか!?』
「まさか…教授は楓ちゃんにも……!?」
「え、え〜と…とりあえず、とう!!」
私が変身した事に驚いている二人に気付き、このまま膠着状態になっているのも何なので、一先ず氷怪人に飛び掛かってパンチを一撃加えてみた。
『ぐぉあ!?』
「うわ!何これ、すっごく身体が軽い!!」
軽くジャンプしただけなのに一気に氷怪人の近くまで跳び、その胴体にパンチを入れる事に成功した。
しかも相手に触れた瞬間、風が噴き出して氷怪人を吹き飛ばしてしまった。
「楓ちゃんは退いててくれ。ここは俺一人でやる…変身!」
[ジョーカー!]
態勢を整えた駆は私の肩を叩いてそう言った後、再び変身して氷怪人に殴り掛かった。
今度は相手に反撃の隙を一切与えずに次々と拳や蹴りを浴びせて行く。
「とぉらあぁぁ!!」
『ごはあぁぁ!!』
最後に渾身のボディーブローを決めて吹き飛ばすと、メモリを抜いて右腰に設けられているスロットルへ挿し込んだ後、その横を軽く叩いた。
[ジョーカー!マキシマムドライブ!]
「行くぜ、ライダー…キック……」
そう呟いて態勢を低く構えると駆の右足が紫色のオーラに包まれ、氷怪人に向かって駆け出した。
そしてある程度距離を縮めて飛び蹴りの態勢に入ると、紫色のオーラに包まれた右足を氷怪人に直撃させた。
「はあぁぁぁ!!」
『ぐああぁぁぁぁ!!』
断末魔の叫びを上げて爆散すると、そこには怪人の代わりに冴えない一人の男性が倒れていた。
駆はメモリを抜いてドライバーを外すことで変身を解き、それに習って私も変身を解除した。
駆は倒れた男性に近づいて胸倉を掴むと、怒気を込めて言い放った。
「おいお前!何で藤原夫妻を殺した!?」
「そ、それは…アイツ等が俺を……ウグッ………!」
胸倉を掴まれた事で目を覚ました男が言い切る前に呻いたかと思うと、突然身体が塵の様に崩れて消えてしまった。
「え!?そんな……!?」
「クソッ…!やっぱりコイツ、NEVER(ネバー)だったのか……!!」
「NEVER…?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
何か隠しているようだったが、その険しい表情からなんとなく聞く気にはなれなかった。
「とにかく、今はここから離れた方がいい。警察に見つかると面倒だからな」
「わ、分かった……」
駆に手を取られて一緒に家を出て行った。
それから数カ月後……。
両親の死亡は警察側では確認されなかったため行方不明事件という形で処理され、私は駆の自宅兼事務所に引き取られることとなり、今では駆の秘書紛いの事をしている。
この数カ月たった今でも、駆からNEVERとは何なのか未だに教えてもらっていないが、少なくともコイツは悪い奴じゃないって言う事は分かった。
それにこれまで何件かのやたらヘビーな依頼を一緒にこなして来たし、コイツの事はそれほど嫌いじゃない。
そして今回達成した以来の記録書を駆が作って私がそれを見直してるんだけど……
「ちょっと駆。この報告書、誤字があるわよ」
「え、どこにあるんだ?別に問題ないだろ?」
「ココよココ。何で報告者の部分が“私”になってるのよ。それを言うなら“私達”…でしょ?」
そう不敵な笑みを浮かべながら言うと、駆は被ってもいないのに帽子を被り直す仕草をしながら「コリャ一本取られた」などと可笑しそうに言っている。
いつか絶対、ドーパントを全部懲らしめてやるんだ。
私の…いや、私達の力で……。
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