仮面ライダーディージェント
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紫がしばらく一人で歩き出してから、大分時間が経過していた。

 

時刻はもう十二時を過ぎており、そろそろ昼食にしても良い頃合いだ。その証拠に、紫の腹の虫が「キュルルルゥ……」と可愛らしく鳴った。流石にあれからずっと途方もなく歩いていれば、腹が減るのも当然と言えよう。

もしあのままワゴンに乗って帰っていたのであれば、今頃帰ってサツキの作ってくれた料理でも食べている頃だっただろう。更に、グレープジュースがあればなお良い。

そう思うとあの行為は失敗だったと、今更ながらに改めて思う。

 

彼女の作ってくれる料理は意外と美味しい。なんでも日本に来る前はイギリスで、母親に花嫁修業と称されて徹底的に鍛えられたんだとか。

その甲斐あってか彼女の料理はどれも一流なのだが、その中でも紫の一番のお勧めは何と言ってもピラフだ。

今のところ、アレに勝る料理は紫の頭の中には存在しない。いや、今後も現れる事はないだろう。

 

 

―――キュルルゥゥゥ…ン……―――

 

ピラフの事を思い出していると、またも可愛らしくお腹が鳴った。

とりあえず今はこの腹の虫を鎮める為に、何処か適当に店に立ち寄って食べてくのが一番だろう。

いま紫が歩いている場所も、丁度定食屋の立ち並ぶ区域の様であるし、この辺りで昼食にする事にしよう。

 

そう方針を決めると、丁度すぐ横に立っていた「己が道」と書かれた暖簾が掛けられている店の戸を開いて中へと入って行った。

 

 

 

 

 

「己が道」と言う名の中華料理店では多くの客が訪れ、予想外の大繁盛を齎(もたら)していた。

 

「歩さん!チャーハン二人前追加です!」

「分かったよ」

 

前掛けを着た麗奈が客から注文を受け、歩がチャーハンを作る。今のところそんな作業が延々と続いている。

麗奈もそれなりに料理は作れる方だと自覚はしていたが、まさか歩があそこまで料理が上手い(ただしチャーハン限定)とは思ってもみなかった。

歩の作ったチャーハンがかなりの人気を博し、今のところ麗奈が料理を作る様な事は起きていない。それほどまでに彼のチャーハンは人気なのだ。もう正直この店、チャーハン専門店でもいいのではないだろうか?

 

「それにしても大変だよなぁ。夫婦二人だけで店の切り盛りするなんてよぉ」

 

先程注文を受けた中年の男性が、麗奈とその後ろから見える厨房でチャーハンを作っている歩を見ながら、そう話し掛けて来た。しかし……

 

『それはないです』

「あれ?違うの?」

 

料理をしながらも、その会話が聞こえていた歩までが麗奈と見事に被りながら全く同じリアクションを返して否定した。

 

確かに二十代の男女二人が一緒に暮らしてるとなればそんな風に見えても不思議はないが、麗奈にはそんな気などサラサラない。

それは歩も同様であり、あまりそう言った類には興味を一切示さない様である。

 

自分は歩ほどではないのだが、歩をそう言う目で見る気にはどうもならない。

別に容姿がどうとか性格があれだとか言うわけではなく、異性を好きになってはいけない様な気がするのだ。

その理由があの記憶の片隅に現れたライダーの事なのがどうかは分からないが、記憶が完全に戻らない今はそう言った方面に興味を示すつもりは早々ない。

 

「じゃあよぉ、まだ俺にも見込みはあるってわけだな」

「……はい?」

 

麗奈があのライダーについて考えていると、不意に中年の男性がそう話し掛けて来た。

一体何の事なのだろうかと曖昧な返事を返すと、男は下心全開の笑みを浮かべながら更に続けた。

 

「どうだ?この店済んだら俺んちに来てしばらく泊ってかね?」

「おいコラ佐竹(さたけ)!なに先手打とうとしてんだよ!」

「そうだぞ!ここの看板娘とデートする権限は、我々にもある!!」

 

中年男性の言葉を皮切りに、彼の合い席にいる男を始め、周囲にいる殆どの男性が一斉に抗議し始めて来た。

 

麗奈にはあまり自覚はないが、彼女の容姿はどこかで人気モデルをやっていてもおかしくないほどのプロポーションだ。出る所は出て、引っ込むべき所は引っ込んでいる…まさに女性の理想像だ。

更にその容姿で前掛けを着けていたとなれば、凄まじいまでのギャップを生み出す。

それゆえ、そんな美人がこんな辺鄙(へんぴ)な下町の中華料理店で働いていたとなれば、地元の人間達からすれば手の届く所にある高嶺の花の様なもの。当然その花を手に入れようと群がる男達がいても、不思議はないのだ。

 

「あの、ちょっ…皆さん落ち着いて……」

「その辺にしとけよ、オッサン達」

 

何とか鎮めようと奮闘していた麗奈を余所に、若い声色の男の声が店内に響いた。

その声に反応した店内の殆どの人間がその声の聞こえた一角を見ると、そこには精悍な顔つきをした黒い短髪の青年が席に座って黙々とチャーハンを食べていた。

 

「なんだぁお前?年上にはもっと敬意を払えと習わなかったのかぁ?」

 

その態度が癪に障ったのか、佐竹と呼びかけられた男がケンカ腰に青年に話し掛け出した。彼等の間に漂う雰囲気に煽られたのか、周囲の客達も「そうだぞ!」等と佐竹に合いの手を入れ始める。

 

やがてその喧騒がピークに達しかけたその時、青年の前に出されたいたチャーハンがすべて彼の腹に収まり、ゆっくりと席から立ち上がって佐竹をはじめとした男性陣と向き直る。

 

彼の身長は歩と大して変わらないのだが、体格は思っていたよりも洗練され、それでいてガッシリとしており、極限に鍛え抜かれた事を物語っている。

更に眉間に皺が寄って不機嫌さを醸し出している為に、気迫が三割増しされている。

 

「な、なんだよ…やるってのかぁ?」

「別に。ただ年甲斐もなく若い子にナンパ掛けてんのが見てられなくってな」

「それ以上騒がないでください」

 

若干怖気付きながらも威勢を張る佐竹を眼前に捉えながら挑発的な態度をとる青年に、歩がここに来てようやく一声を発した。

見ると、彼は今丁度注文された数のチャーハンを調理し終え、皿の上に綺麗に盛り付けている最中だった。

と言う事は、先程からずっと喧騒を無視して作り続けていたと言うのだろうか……。

もしそうだとしたら、彼のスルー精神は計り知れない。

 

「ま、まぁ旦那がそう言うんだったら仕方ねぇな」

 

歩の若干不機嫌そうな声色に気圧されたのか、はたまた目の前のガタイの良い男とケンカにならずに済むからか分からないが、佐竹はアッサリと引いて自分の座っていた席に座り直した。

 

余談ではあるが、歩はそれほど喧騒を気にしていたわけではなく、ただ何時も通りの口調で喋っただけであって不機嫌になどなっていないと言う事は、この場にいる誰にも分からないのであった。

 

「麗奈さん、コレその人の所に持って言ってあげて」

「は、はい……」

 

当然、麗奈もその事実に気付いていない一人であり、少々どもりながらも返事を返してチャーハン二つを佐竹とその連れの前に置こうとした。

しかしその時丁度、店の戸が開いて新たな客が入って来た。

 

「あ、いらっしゃいま…せ……」

 

チャーハンを置いた直後に、反射的に入口へ向かって業務的なあいさつを放つが、その客の異様な容姿に一瞬だけ思考が停止した。

 

その客は14〜15歳程度のまだあどけなさの残った少女で、西洋人形のような青白い肌以外は全て紫色に染めている。

瞳の色までも紫色に染まっているいる筈なのに、その目には「感情」と言う名の「色」が一切存在せず、ただただジッと正面を捉えて自分達を視界に収めている。

 

更に店内の雰囲気も一変し、歩の一声によって落ち着きを取り戻した佐竹や青年の表情が曇り、中には畏怖の念を浮き彫りにした顔をした客までもがいる。

 

「お、女将さん。俺達、急用ができたから帰るわ。勘定はツケといてくれ」

「あ、俺も!釣りはいらねぇから!!」

「えっ、あの、皆さん!?」

 

次々と客が一銭も払わずに出るか、札を一枚出して逃げるように店から出て行き、とうとう青年しか残らない状況にまでなってしまった。

その青年はと言うと、鋭い目つきで少女を見据えているだけであり、特に動く様子はない。

そしてこの空気を作り上げている原因となっているであろう少女は、決して表情を崩すことなく正面を捉えたままで、立ち去る客に振り向く素振りもなくゆったりとした足取りで麗奈の近くにあるテーブルに着いた。

そして、小さな声で一言。

 

「……ピラフ」

「え?」

「……ピラフ」

 

何の事か分からなかったが、少女の放った単語を脳内で何度か往復させると、ようやく彼女の言いたい事が分かった。要するにピラフが食べたいと……。

 

しかし、ここは中華料理店であって西洋料理店ではない。チャーハンならあるがアレはピラフとはまた違う料理である。

 

「あの、ここは中華ですので、それはちょっと……。チャーハンなら何とか……」

「ピラフ」

(い、一体どうすれば……)

 

頑(かたく)なにピラフを注文して来る紫少女にどう対処すればいいのか分からず、右往左往してしまう麗奈を余所に、歩はつい先程作り上げたチャーハンをコトリと少女のテーブルの前に置いた。

 

「どうぞ」

(いや歩さん!だからそれチャーハンですから!!)

 

客の前であるが故に、大きな声でツッコメない事にむず痒しさを覚えるも、心の中で叫ぶだけに何とか留める。だがそれでは叫びは当然歩に届く事はなく、少女の前に置かれてしまった。

 

あの佐竹を始めとした男達の反応から見るに、この少女は何らかの意味で恐れられている事に違いない。

この辺りの地主の一人娘なのか、はたまた両親が裏稼業で稼いでいるからなのかは不明だが、決して不機嫌してはいけないと言う雰囲気はひしひしと伝わってくる。

 

しかし麗奈の不安とは打って変わり、少女はマジマジと出来た手でまだ湯気が立っているチャーハンを凝視していたかと思うと、手元に置かれたレンゲを手に取って一つ口にした。

 

「………」

 

少女は声こそは出さないが、黙々と一定のペースを維持したまま食べ続ける。

そして完食するとスカートのポケットから財布を取り出し…一万円札をそっと机の上に置いて一言……

 

「……お釣りはいい」

 

それだけボソリと呟くとそのまま店を出て行った。

戸が完全に閉まると共に、麗奈の緊張の糸が切れて一息吐くと、まさかの奇行に走った歩に何故チャーハンを出したのか問い掛けた。

 

「それにしても歩さん、よくチャーハンを出しましたね。まぁ何とかなったみたいですけど……」

 

そこまで言うと彼はキョトンとした感じに小首を傾げながら聞き返して来た。

 

「ピラフって、チャーハンの事じゃないの?」

「違います!」

「意外と天然な人ですね……」

 

どうやらピラフとチャーハンの意外を全く分かっていなかっただけのようであり、麗奈はようやっとツッコミを吐き出し、その様子を見ていた青年はポツリと歩の第一印象を口にした。

 

ちなみにピラフとチャーハンの違いは、米を研いだ後に炊かずに炒めるのがピラフで、炊いた白飯を炒めるのがチャーハンである。

 

更に言えば先程来た少女…紫もその違いには全く気付いておらず、ピラフ=チャーハンの定義が出来てしまっていたのは非常に余談である。

 

 

 

 

 

渋谷区にいくつも乱立する廃ビルの内の一つの屋上で、運河は両手を開く握るの動作を繰り返しながら、自身の状態を確認していた。

 

(大分体力も回復してきましたか……。そろそろ亜由美さんを探しに行きますかね)

 

ある程度ディバイドにやられたダメージと、あのカブトに似た黒いライダーにやられた傷が癒えた事を確認すると、40m近い高さのビルから飛び降り、ボロボロに崩れた自動車道の上にトンッと着地した。別に本来の姿であるワーム態でなくても、このくらいは出来て当然だ。

 

普通のワームであれば、人間に擬態しているとそう言ったワーム本来の能力が制限されてしまうのだが、運河は違う。神童によって次元移動能力を与えられ、更には人間態であってもワームの能力がある程度使えるようになっているのだ。

とは言っても、ワーム態であった方がクロックアップもしやすいしシックリくるのだが……。

 

(それにしても、まさかあそこまで強いとは思いませんでしたよ……。一体何者なんでしょうねぇ?)

 

廃墟と化した街道を歩きながら、運河はあの時現れたカブトに酷似したライダーの事を思い出していた。

一度本物のカブトの戦いを見た事はあるが、アレの戦い方は洗練されてるように見えて実際はかなり荒い。本物と比べれば劣化コピー版と言えるだろう。

しかしそれでも自分より強い事は確かで、ナスカやエターナルにでもならなければ勝てる気がしない。

 

「はぁ…やはりメモリを置いて来てしまったのは失敗でしたねぇ……」

「そんなお前に良い事を教えてやるよ」

 

ガイアメモリを“サイクロンの世界”に置いて来てしまった事を嘆いていると、何処からともなく聞き覚えのある声が聞こえて来た。

運河は立ち止まって周囲を見渡すしていると、目の前に次元断裂が展開され、その奥から先程の声の主・神童が現れた。

 

「おや、貴方ですか」

「どうだ、故郷に帰って来た気分は?」

「芳(かんば)しくありませんね。ZECTに襲われるわ、亜由美さんを見失うわで、もう散々ですよ」

 

やれやれと言いたげに両手を広げながら答える運河に、神童は「あぁそうかよ」と聞き流して本題を持ち出して来た。

 

「そんな事よりも、コレが欲しかったんだろ?」

 

そう言いながら右手を翻(ひるがえ)すとその手に一本の金色のガイアメモリが手品のように現れ、運河にそれを投げ渡した。

運河は投げ出されたメモリをキャッチしてイニシャルの描かれている部分を見ると、軽く唇を舐めてニヤリと笑った。

 

「ホォウ…態々ナスカメモリを届けに来てくれたのですか?これは有り難いですね」

「お前はそのメモリと随分と相性が良いみてぇだったからな。それとお前にちょっとした朗報だ」

「朗報…?なんですか一体?」

 

神童から投げ渡されたナスカメモリを懐にしまいながら運河が朗報の意味を訊ねると、彼は凶悪な笑みを浮かべながらとある情報を運河に教えた。

 

「言ってはいなかったが、この世界にはジャミングが施されていてな。俺がお前にやった次元移動能力だったら簡単に使えるが、あの人形はそうもいかねぇ。ブッ壊すなら、本気を出せない今がチャンスだぜ?」

 

神童が言うには、なんでもこの世界には時空を歪める作用を持つタキオン粒子が大気中に充満している所為で、彼の把握する能力が阻害されてしまっているとの事だった。

 

「……成程、確かにそれは朗報ですね。しかし……」

 

神童の朗報と推奨に納得しながら頷くが、運河は一旦言葉を区切ると神童に向かって不敵な笑みを浮かべながら言い放った。

 

「そうとなればまた次の機会に決着を着けるしかなさそうですね」

「あ?何言ってんだお前?倒すなら弱ってる今がチャンスだろうが」

 

藍色の仮面ライダーとの決着を見送る事を告げると、神童は頭の悪そうな奴を見るような目で、こちらを見据えながら意見をしてきた。

 

「弱ってるからこそ、ですよ……」

「ハァ?」

 

しかし自分の主張を被せて黙らせると、唇を舐めて湿らせる。そして運河はその理由を述べ始めた。

 

「私は今度こそフェアな状態でもう一度再戦したいのですよ。弱ってる所で倒しても、簡単に終わってしまってつまらないでしょう」

「……ハッ!とんだバトルマニアだなお前は!やっぱお前を選んで正解だったぜ!!」

 

「バッハッハッハ!!」と豪快に笑いながら神童はおちょくるが運河としてはこれはかなり本気だ。

 

戦いは一対一であってこそ本領を発揮させる事ができる。それこそが戦いの美学であり、ワームとしてではなく井上運河としてのこだわりでもある。

誰にも邪魔される事なく、必ず自分の手で彼を殺す。そう決意を新たにしていると、反対側の車線から、微かに車のエンジン音が聞こえて来た。

 

ここ渋谷区には、一般人が出入りする事は禁じられている。その為、ZECTの人間くらいしか来ないのだが、どうやら今そのZECTの人間がこの辺りを走っているようだ。

ZECTには今まで散々コケにされてきた経緯があったが、今の自分ならば別にドーパントにならずともザビー程度なら問題なく勝てるだろう。

 

「では私はこれにて失礼させて頂きますよ。ウォーミングアップがてらに、害虫退治でもしてきます」

「バッハッハッハッハ!!ワームに害虫呼ばわりされちゃあ人間もおしまいだな!

まぁ俺はそこまで五月蠅く言うつもりはねぇしな!お前の好きにやって来な!!」

 

豪快な笑い声を更に張り上げながらその場から次元断裂を展開して消えた神童を余所に、運河もクロックアップを使って瞬時にその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

サツキはゼクトルーパー全員を連れてワゴン車に乗り、ZECTへと帰還していた。

 

カブトとディケイドに酷似したライダー…ディシードと名乗った存在によって撃退されてしまった後、急いで海から上がって被検体だけでも確保しようと思っていたのだが、やはり時間を与え過ぎてしまっていたようで、この付近の何処にもいなかったのだ。

 

しかも、よりによって真冬の海に投げ飛ばされるのはあまりにもキツイ。

運転係の隊員がワゴンで迎えに来てくれたのは、実に幸いである。

 

「ディシード、次こそは…クチュンッ!」

 

ここにはいない自分を海へと投げ飛ばした張本人に向かって恨み深そうに呟くが、言い切る前に可愛らしいクシャミが出て遮断されてしまった。

 

(オイ、今の見たか!?隊長がクシャミしてたぞ!!)

(ギャップが!ギャップがスゲェ!!)

(ごちそうさまです!!)

 

何やら隊員達が小声で何か囁き合ってるが、あまり気にしないでおこう。それよりも今は、あのクロックアップ空間に潜む二体の脅威をどうするかが問題だ。

 

カブト一体だけでもかなり苦戦してると言うのに、更にもう一体増えたとなると今後の方針を改めなければならない。それに、どちらも(・・・・)情報が少なすぎるのだ。

カブトはあの性格からして随分と穏やかな雰囲気ではあるが、いかんせん弟切前隊長のワームと言う情報が上層部から送られてきている為、油断は禁物だ。

更に言えばディシードも、二年前に現れたディケイドと呼ばれる未知の存在と同類。こればかりはザビーやサソードの他にも戦力が必要になって来るだろう。そこはZECTの上層部に掛け合ってみる必要がありそうだ。

 

―――キキイィィィ!!―――

 

「ッ!?何事ですの!?」

 

今後の計画と上層部への報告についてまとめていると、ワゴン車が突然急ブレーキを掛けて止まった。

いきなりの事態に殆どの隊員がバランスを崩して倒れそうになるも、その中でサツキは運転していた隊員に向かって叫んだ。

 

「す、すいません隊長!いきなり歩行者が跳び込んで来て……!!」

「歩行者…?」

 

いきなりのアクシデントに狼狽えながら答える隊員の漏らした言葉に、サツキは違和感を覚えた。

 

今ワゴン車が通っているこの道は、立ち入り禁止区域である渋谷区だ。当然この辺りに一般人が来る筈もないし、入るにしてもZECTの警備を突破しなければ侵入する事は不可能だ。

須藤亜由美と言う例外もいるが、彼女が渋谷区に侵入した時間帯は恐らく夜明け前の警備が一番薄い時間帯だ。少女一人が侵入するなど、充分に有り得る話だ。

だが今の時間帯は正午。この時間帯に渋谷区に入り込んでいると言うのはおかしい。

 

「……私が見てきますわ。貴方達はここで待機を」

『イエス・マム!』

 

サツキの指示に従い、全員がほぼ同時に敬礼して応えるのを見届けると、サツキはドアを開いて外に出てワゴン車の前に目を向けた。

するとそこにはタキシードを見に付けた二枚目顔の男が立ち塞がっており、サツキの存在に気付いたのか、その男はこちらに向かって社交的な笑みを浮かばせて口を開いた。

 

「おや?もしや貴女は…女王蜂ですか?お会いできて光栄です」

「貴方、私に何の用でして?」

 

あまりにきな臭い雰囲気だったので、その挨拶を無視して本題のみを単刀直入に問い掛けると、男は更に口元を綻ばせながら、紳士然とした振る舞いで一礼しながら自己紹介をし始めた。

 

「自己紹介が遅れましたね、私の名は井上運河と申します。突然ですが私と一つ、ダンスでも踊っては頂けませんか?」

「残念ですが今は立て込んでおりますの。すぐにこの地区から出て行って下さらない?この区域は立ち入り禁止ですわよ」

 

生憎、今の自分は機嫌が悪い。被検体を逃すわ、ディシードに海に突き落とされるわ、その所為で今とてつもなく寒いわと言った感じに負の三連続が続いているのだ。更に追い打ちを掛けるかの如く、見ず知らずの男にナンパされては堪った物ではない。

そんな事も相俟ってか、サツキは不機嫌そうに男の要求をハッキリと断った。

 

「フフ…別にアポなど取らなくとも、この姿を見れば貴女は踊らざるを得ないでしょう」

 

しかし運河はそんなサツキの態度に腹を立てるどころか、含み笑いを浮かべながらそう言うと、彼の身体がみるみる内に人間の態をなさない姿、ワームへと変貌して行った。

 

「……成程、そう言う事ですの」

 

その様子を見たサツキは好戦的な笑みを浮かべると、右手を頭上へ掲げてザビーゼクターを呼び出し、すぐに手首に備え付けているライダーブレスにセットできる様に構える。

ここらでワームの一体や二体を倒して憂さ晴らしするのも悪くない。サツキは「変身」と呟きながら、ザビーゼクターをライダーブレスにカチリと嵌め、そこから生成され始めるプロテクトに全身を包み込む。

 

[ヘン・シン]

 

「言っておきますけど、自分から言って来たのだから手加減は一切致しませんわよ。キャストオフ」

 

[キャスト・オフ…チェンジ・ワスプ]

 

『ええ、それでも構いませんよ。なにしろ勝つのは私ですからね』

 

何一つ遠慮せず徹底的に討ち取る事を宣言しながらキャストオフを行ってライダーフォームへと変わると、運河と名乗ったワームは自身の右手を変形させて生成した刺々しい西洋剣で、吹き飛んできた装甲を弾き飛ばしながら、絶対的な自信を秘めた言葉で返した。

 

そしてどちらともなく相対する相手へと向かって駆け出し、ダンスパーティと言う名の戦闘が繰り広げられ始めた。

説明
第52話:ピラフとチャーハンは似ているようで違う
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