仮面ライダーディージェント |
渋谷区に無数に立ち並ぶ廃ビルの内の一室……。
カブトはディシードが吹き飛ばしたワームとは別のナスカと名乗った怪人がいると思われる階を探索していた。
(フム…飛ばされた場所はここで合ってるみたいだが、既に逃げられた後みたいだな)
怪人は確かにここ三階にまで吹き飛ばされたのは間違いないのだが、辺りは爆発でも起きたのではないかというくらいに荒らされた状態なだけで、それらしき影は見当たらない。
最も、渋谷隕石の影響でこの有様になってしまったのだから、爆発と言う表現も間違っていなくはないのだが……。
何故カブトが態々そんな確認をしているかというと、ディシードが「モーメント」と言う高速移動系のカードを使ってしまった後遺症でしばらく動けないからだ。
一応意識は取り戻してはいるのだが、反動が強過ぎた為か上手く身体が動かない様で、その代わりにカブトが怪人の確認をしに来ていると言うわけだ。
「しかし驚いたな。まさかあの一振りで200m近くまで吹き飛ばすとは……」
カブトは一人ごちながらあの時見たディシードの戦闘を思い出す。
あの時、カブトは何時彼がピンチになっても良い様に物陰から見ていたのだが、彼の火事場の底力とも言える潜在能力は想像以上の物だった。流石に自分のライダーキックでも、精々60〜70mまで飛ばすのが良い所だ。
しかしそれだけに彼のあの力は強過ぎる。通常空間で「モーメント」を使うならまだしも、クロックアップ中に更にスピードを重ねると言うのは人体に多大な負荷を齎す。
昔それを可能とする強化端末となるゼクターを開発すると言う話を一度聞いた事はあるが、現代の科学力では不可能とされ、未だに実現には至っていない。それほどまでに未知の力なのだ。
(流石に彼等と同じ別の世界のライダーなだけはあると言う事か……。何とかして彼だけでもここから出してやりたいところだな)
彼がこのクロックアップ空間どころか、この世界に居るべき人間ではない事も分かっている。何としてでも彼を元の世界に戻してやりたい。こんな地獄にいるべき人間は、俺一人で十分だ……。
「まぁ、まずは彼の所に戻るとするか。あのまま一人にするわけにもいかないしな」
カブトはそうぼやくと、ナスカの捜索を中断して穴の空いた壁から外へと飛び降りて行った。
ガタックは仕方なくサソードと戦う事になってしまったのだが、彼女の戦闘能力を見縊(みくび)っていたようだった。現シャドウナンバー2は伊達ではないと言う事か。
こちらは彼女を倒すのを目的とせずに手加減してはいるのだが、向こうはこちらを殺す勢いで攻めて来る。このペースで戦い続ければ間違いなく死ぬ。
ここまで来れば流石に本気で戦わざるを得ないが、相手は女の子だ。傷付けるのは些か気が引けるし、男としてのポリシーに反する。
「……隙有り」
「おっと!はっ!!」
サソードの放った一撃を左手に持ったガタックダブルカリバーで辛うじて防ぎ、カウンターに相手の腹へ蹴りを入れようと足を振り上げるがサソードはそれを難無く避け、右腰のトレーススイッチをスライドした。
「……クロックアップ」
[クロック・アップ]
「ッ!クロックアップ!!」
[クロック・アップ]
サソードがクロックアップを使う事を察したガタックもほぼ同時に発動させ、高速空間での戦闘に持ち込む。
剣を居合いの構えで持ちながらサソードが接近してくるのを眼中に捉えながら、ガタックは双剣を前方へと振るって迎撃を図る。
「はぁっ!!」
「……遅い」
しかし手加減している為に動きが鈍り、サソードは双剣が当たるギリギリの所でサイドステップを踏んで避け、右側面からの斬撃が襲い掛かる。
「……斬」
「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」
[クロック・オーバー]
攻撃モーションの直後だった為に対応が間に合わず、ゼクターがセットされて行く腹部にサソードヤイバーが直撃し、ダメージ超過によってクロックアップ空間から追い出され、更に変身までもが解けてしまった。
[クロック・オーバー]
数秒遅れてサソードもクロックアップ空間から帰還し、倒れ伏してしまったこちらを緑色の複眼で見遣り、そして剣先を首元へと突き付ける。
―――ヴィイイィィィィィン!!―――
ゼクトバックルからはずされたガタックゼクターがサソードに体当たりをかましながらアラタから注意を逸らそうと奮闘するも、サソードに難無く鷲掴みにされてしまった。
「……回収完了」
ゼクターがサソードの手中で脱出しようともがくが、ライダーの握力で掴まれてしまってはどうする事も出来ない。
ここまでか…!そう思った時だった。
[カメンライド……]
何処からともなく聞き覚えのある電子音が聞こえた。
この音声は聞いた事がある。そうだ…二年前、突如現れたあの悪魔と称されたライダーと同じものだ。
サソードがその聞こえた方向を逸早く察してそちらを見遣ると、そこには「己が道」で接客をしていたあの美人女将が何やら青黒いベルトを腰に巻いた状態で立っていた。
「れ、麗奈…さん?」
左手を右腰に備わっている板状の何かに添え、右手の中指と人差し指を軽く立てた状低で眼前に持ってきている。
そしてその状態で、音声コードを唱えた。
「変身!」
[ディボルグ!]
音声コードを言い放つと同時に左手を右へ流すように素早く引き、右手で先程まで左手で添えていた板状の何かに付いていた赤い半円状の大きなボタンを押す。
すると認識音声が彼女の巻いているベルトから発せられ、彼女の周囲に無数の槍の形状をしたダークブルーのエネルギー体が出現し、彼女に向かって突き刺さる。
突き刺さる毎に、槍の形状をしたエネルギーが麗奈に染み込む様に溶け、ダークブルーのエネルギーに包まれる。
やがて槍が出現していた位置に配置されていた複数枚の黒いプレートが、頭部・胸部・関節部に次々に突き刺さりダークブルーのくすんだ色合いが鮮明になって行く。
そしてすべての変化が完了すると、そこにはディケイドに酷似した…それでいて全く違うライダーが立っていた。
ダークブルーの女性的なシルエットを描いた装甲に、放射線状に突き刺さった黒い板。
頭部にも放射線状に突き刺さってはいるが、縦向きに突き刺さっている為にまるで鳥籠のような印象を受け、更にその隙間からは赤い複眼がこちらを覗いている。
全ての変身が完了すると、ライダーは腰に取り付けた板状の何か(よく見ればカードホルダーの様であった)を手に取る。
するとその上部と下部から柄が伸び、上部には返し刃の着いた鋭い矛が備え付けられる。その形状はまさしく、槍その物だ。
「その人から離れて下さい!」
「………」
ライダーは訴えかけるようにサソードに言い放つが、彼女は何も答えずにただジッとディケイドに酷似したそれを見つめている。
「……四人目」
サソードがポツリとそう呟くと、彼女は目の前に現れたライダーに向かって斬り掛かった。
「フッ!四人目って、何の事です?」
しかしライダーはサソードの一閃を軽々と防ぎ、先程の発言に疑問を持って問い掛ける。
「……排除」
対するサソードはその問い掛けを無視して更に攻めようと舞う様に連続で斬り付けるが、ライダーは迫り来る剣戟を難なく手に持った槍で防いで行く。
「聞く耳を持たないみたいですね。では仕方ありません…ハァ!」
「……ッ!?かはっ…!」
ライダーが嘆息を零すと同時に、続いて来る一撃を槍で払い除け、サソードの腹に強烈な突きを入れて吹き飛ばした。
ゴロゴロと地面を何度も転がりながらも何とか受け身を取って再び身構えるが、ライダーは槍の柄の中央に設けられたカードホルダーを開き、そこからカードを一枚引き抜いてバックルに装填していた。
「ケホッ……!チィッ、クロックアップ……!」
[クロック・アップ]
サソードも次に何か起こる事を予測していたようで、少しだけ咳き込んですぐさまクロックアップを作動させて超高速を開始。何かさせる前に一瞬で決めるつもりなのだろうが、その前に相手のバックルから機械音が発せられる。
[アタックライド…ディメンション!]
「ハアッ!」
「……ッ!?……う、ぁ…!」
ライダーが威勢よく地面に槍を突き立てると、彼女の周囲を取り囲むように無数の槍が地面から飛び出し、接近しようとしていたサソードの行く手を阻んで逆にダメージを与え、更にその拍子にガタックゼクターがサソードの手元から離れ、白い亜空間の中へと消えて行った。
「まさか…麗奈さんが、神童さんの言っていた新たなディケイド……」
再びサソードを吹き飛ばしているのを見ながら、アラタは東京に来る前に自分の前に現れた謎の男の言い放った言葉を思い出した。
彼は「ディケイドに似た奴が近々東京に来る筈だからすぐに殺せ」と言っていた。
二年前にも鳴滝と言う男がディケイドの来訪を予言した事があったが、神童が言うには今度来るディケイドはそれよりも厄介だと言っていた。
昔の自分ならば疑う事もなく倒そうとしただろうが、クロックダウンシステム倒壊事件の後、どうも人を疑り深くなってしまった。
何せ信頼していた上司がワームだったのだ。疑心暗鬼になっても仕方がない。
それでもこうして東京に戻って来たのは、自分にも何か使命があると思ったからだ。
ZECTを離れてもガタックであり続け、そして人に襲い掛かるワームを倒して来た。
そしてここ東京にディケイドが来ると言うのであれば、またあの時のような事件が起きるのではないかと思い戻って来たものの、今はこの有様だ。どうもサソードの攻撃に毒が染み込んでいたようで、思う様に身体が動かない上に、徐々に意識が遠退いて行く。
それに、自分を庇う様にサソードと戦う麗奈を敵と思う事が出来ない。
(くっそ…!何て優柔不断なんだよ、俺…は……!)
目的を定かにできない自分に嫌悪感を抱きながら、アラタは遂に意識を手放してしまった。
こちらを見遣る人物に気が付く事もなく……。
「へぇ〜、とうとう出て来たね…第三のディケイドが♪」
ビルの屋上から見ていたトンボのイラストが描かれたキャップ帽を被った女性は、長い黒髪ストレートを風に靡かせながら楽しそうな語調でそう言うと、徐に携帯を取り出して通話ボタンを押した。
亜由美はサツキの家でシュンの作ってくれた昼食を食べていた。
一応昼食と言う形では“サイクロンの世界”で摂ってはいるのだが、その後の夕方頃にこの世界に連れ去られ、更にその時のこの世界の時間帯が午前6時頃だった為に、夕食と言う点で考えれば丁度良い感じだ。
“ファイズの世界”で危惧していた食生活があべこべになると言う現象が水面下で起きているのを実感しつつ、亜由美はシュンが作ったマーボー豆腐を食べているのだが、如何(いかん)せんこれが中々美味い。
「美味しいです!」
「おお、サンキュー。一応これだったら上手く作れるんだよな俺って」
「他のはからっきしだけどな」などと苦笑交じりに付け加えながら自身も自分で造ったマーボー豆腐を口へ運んで行くシュンを見て、歩と真司を思い出してしまった。
あの二人も料理は一品しか作れないが、その分プロ並みに上手いと言う何げない接点を持っている。
―――プルルルルルル…プルルルルルル……―――
この人とは意外と仲良くやっていけそうだと思っていると、彼の手持ちの携帯から着信音が鳴る。
「おっと、ワリィな。仕事の話かもしれねぇからちょいと席外させてもらうぜ」
そう言ってアローナ宅の食堂から出て行くシュンを見届け、亜由美はこれからどうするかの計画を考える。
(しばらくここに厄介になるのが一番良いんだろうけど、そんなに長居はしたくないしなぁ〜。それに被検体の事だって気に掛かるし、歩をあのまま一人にさせるのも何だか心配だし……)
一応歩の方が旅の経験が長い上に色々とヘビーな経験を積んでいるのだろうが、あの性分でよく今まで旅してきたものだ。あの性格では碌に人との関わりはないだろう。
そう言う意味では、あの時士に言われた事も分からなくはないが、それだけでいいのかと思ってしまう。
それにしてもシュンは一体何の話をしているのだろうか。
少し気になり、興味本位で彼に気付かれない様に近づいて一体どのような会話をしているのか少し覗いてみる事にした。
「はい、こちらシャドウ第一小隊所属の……」
『やっほ〜、シュ〜ンちゃん♪』
「……お前かよ。何の用だ五十嵐(いがらし)」
シュンの携帯から聞こえて来た声に対して一拍ほど間を置いた後、キツめに返事を返した。
『もぉ〜そんな厳(いか)つい名字の方で呼ばないでよぉ〜♪』
「だったらお前もその呼び方やめろよ気色ワリィ」
この無駄に明るい声の主は五十嵐(いがらし)ユリコ…美容師をしているシュンの知り合いだ。
彼女は常に明るい語調で話しかけて来る上に、少しでも親しくなると今のように妙に可愛らしいあだ名で呼んで来るものだから、シュンの様に真面目な人間にとっては堪ったものではない。
『まぁまぁそんな事言わずに〜♪ボクの事を気軽に“ユ〜リッコちゃん♪”って呼んでくれてもいいんだぞ〜?』
「誰が呼ぶか、彼女じゃあるまいし」
彼女とは何気に中学生からの好(よしみ)…と言うよりも腐れ縁なだけあって、彼女などではない。断じてない。
『所で今どこにいるの?隊長んトコ?』
「いや、今隊長から待機命令を喰らっててな。隊長の家で家出少女の保護だ」
『えぇ〜今女の子と一緒にいるの〜!?イタズラしちゃダメだぞ〜ボクと言う彼女がいながら……』
「お前が俺の彼女になったか記憶なんか、これっぽっちもねぇんだがな」
『……むぅ〜』
そうツッコムとユリコはしばし沈黙してしまうが、その隙に自分のペースに持ち込もうと話題を此方から振った。
「で、一体何の用があって掛けて来たんだ?」
『あ、そうそう。ここからが仕事の話なんだけどさ“ホッパー”』
「……一体何があった“ドレイク”」
その呼び名を聞いた瞬間、シュンは大きく深呼吸をして先程までの雰囲気からは考え付かないほど厳しい面持ちになり、此方も相手と同じく別の名前で返した。
ホッパー…それはシュンがZECTから与えられた仕事名だ。
シュンとユリコはZECT上層部から派遣されたザビーとサソードの監視役…謂わばスパイである。
あの二人はあくまで世間一般に知られている表向きの顔であって、ZECTの裏事情にまでは内通してはいない。
そして彼女等の影に潜んで動向を観察して上層部に報告したり、隊長陣に知られていない極秘任務を遂行したりするのが彼等の仕事である。
最も、ユリコの場合は本職の美容師があるので時間が空いている間にしか監視が出来ないと言う欠点があるがいないよりはマシだし、ゼクターが彼女を資格者として選んでしまったのだから仕方がない事でもあるのだが……。
『うん、実はね…遂に出て来たよ、第三のディケイドが』
「第三のディケイド?まさか、二年前に出て来たと言う、あのマスクドライダーシステムか?」
シュン達はその時期にZECTに所属していたわけではないので直接見た事はなかったが、上層部から送られて来た先代シャドウ隊長の弟切ソウが残した報告書を読んだ事があるので、知識程度には知っている。
二人が第三のディケイドと呼称しているのは、これまでに二体現れた事があるからだ。
まず一番初めに発見されたマゼンタカラーのライダーがディケイド…これは一番初めに発見された事から、第一のディケイドとも呼ばれている。
その次に発見されたのが、ディケイドを先代ザビーとガタックがそれを追い詰めている時に突如として現れたシアンカラーのディケイドに酷似した特徴を持ったライダー…それが第二のディケイドと呼ばれている。
『そ。サソードの監視をしてたら出て来てね……。あとガタックも一緒にいるよ。何だかガタックを庇ってるみたいな感じだけど……』
「ガタックと連るんでいるのか?」
『断言はできないけど、多分そんなとこじゃないかな?』
「そうか。ならばガタックの資格者は殺さずに確保した方が良いな。色々と知っていそうだからな」
『そだね。それじゃあ先にガタックの確保をして来るけど、早めに来てよ?ハンパなく強いみたいだし、一人で勝てる気がしない……』
「分かった。第三のディケイドの鹵獲(ろかく)に成功すれば、『カブト鹵獲計画』のBプランが使える。確実にそいつも捕えるぞ」
ZECTはディケイドの力を欲している。なんでもディケイドには次元を超える力があるらしく、その力を利用すれば、現在開発が滞(とどこお)っているハイパーゼクターとそれ専用のマスクドライダーシステムを造り上げ、Aプランである“ダークカブトによるカブト撃破”をせずにカブトを捕える事も可能となる。このチャンスを逃す手はない。
『オッケー、待ってるからね。場所は港区4431ポイントだよ♪』
「了解だ、では切るぞ」
その言葉を最後に通話を区切ると、シュンは通話終了ボタンを押すと、再び深呼吸をして誰にでもなく静かに呟いた。
「全ては我等、ZECTの為に……」
そう呟いている彼の表情は、まるで悪魔の様な笑みを浮かべていた。
(……ッ!!)
シュンの会話の一部始終を聞いてしまった亜由美は、声が出ない様に両手で口を押さえてながら顔を青くしていた。
第三のディケイドと言うのは十中八九の確率でディージェント…つまり歩の事で間違いないだろう。彼等ZECTの目的が歩の鹵獲となれば、彼の身が危ない。
しかも“プランBが使える”と言っていた辺り、どうやら歩かディージェントの力を利用するつもりでいるのは確かだ。
Dシリーズは本来あるべき力ではない。それは歩からも聞いていたし、自分でも何となく分かっていた事だ。
もしその力を利用して兵器とも呼べるモノを生み出そうとすれば、一歩間違えればこの世界に危機が訪れるのは必須。何としてでも阻止しなければなるまい。
そんな事を考えている内に、シュンが大きく息を吐いて食堂へと戻って来た。
亜由美は慌てて自分の席に戻ってレンゲを手に取ると、食堂に顔を出したシュンと目を合わせた。
その表情は先程と打って変わった明るいものではあったが、先程のやり取りを見た後ではそれが演技だと言う事を嫌でも思い知らされる。
「ちょいと仕事が入っちまったから出て来るぜ。ワリィけどメシは食い終わったら片付けといてくれ」
「ハ、ハイ……」
できるだけ平静を装いながらそう返すと、シュンは「じゃ、行ってくら〜」と手を振りながら言い残して再び食堂から消えた。
完全に気配が消えたのを皮切りに、亜由美は早速脳内で思い描いてた行動へと実行に移す。
まず手始めに目の前に置かれているマーボー豆腐を自分の胃の中へ処分し、続いてすぐさ別室になっている厨房へ入って食器を洗い流し、二階の空き部屋となっている部屋へと入って“サイクロンの世界”で買った冬用の服を、クラインの壺から取り出して素早く着替える。
流石に実質約三日も着込んでいる制服のままでは一人の女の子としてもどうかと思うし、外もかなり寒い。
スカートから動き易い茶色いズボンに履き替え、Yシャツを脱ぎ捨てて黒地に黄色いイラストが描かれた長袖Tシャツを着込み、その上に藍色パーカーを羽織る。
それで準備万端となると、今まで来ていた制服をクラインの壺に仕舞い込んで急いで次元断裂を展開する。
目的地は歩の居る場所。それをイメージしながら次元断裂に勢いよく飛び込んだ。
「歩、待っててね…ってキャッ!?」
予想してたよりも早く灰色の空間から抜け出し、それに合わせて白い何かにぶつかり、その何か共々倒れてしまった。
しかし思っていたよりも痛くはなく、それでいて人肌程度の温もりがある。
「何だ、お前は……」
「ヘ……?」
ふと自分の頭の上からそんな声が降りて来て上を見遣ると、そこには白髪の自分とあまり変わらないであろう年齢の少年の顔があり、かなり不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。
よし、少し落ち着こう。今の状況を冷静に判断してみよう。
まず、自分は今どんな状況か?
その答えは倒れた状態。更に追加補足をすればうつ伏せの状態である。
では、そこには何がある?
すぐ近くには不機嫌そうに顔を歪めた少年の顔が目と鼻の先にあり、更に言えば密着した状態……。
そして、そこから導き出される結論は?
……もうここまでくれば分かるだろう。
現在亜由美は、絶賛白髪の少年を押し倒した状態なのである。
この世界にはタキオン粒子が充満している。それはつまり、次元移動能力を上手くコントロールできないと言う事でもある。
それ故に別の空間へ移動しようと次元断裂空間を通過しようとすれば、空間演算がズレて実際の出る場所が変わってしまう為、この様にてんで違う場所に転移してしまうのだ。
「ウワワワワッとぉ!?いやそのゴメンナサイ!決してワザとやったわけじゃなくて不可抗力と言うか何と言うかその……!!」
顔を赤らめながら立ち上がり、何とか弁明しようとするも、パニック状態に陥った今の頭では碌に口も回らず上手く話せない。
「……もういい、黙ってろ」
しかし少年は立ち上がって亜由美に苛立ちを隠さないままそう告げると、「どけ」と言って亜由美の方を払い除けながら前へと走り去ってしまう。
しかも先程倒れた時に何処か打ったのか、足取りが妙にたどたどしい。流石にこのまま放っておく事も良心が痛むので、亜由美は彼の後を追い掛けて行った。
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第55話:全ては我等、ZECTの為に | ||
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麗奈さんって結構強かったんですね!どうも、海王こと水瓶座のカミュです!これからも頑張って下さい!(カーマ・オブ・ギンガ) | ||
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