風の少年と泣き虫武士娘と大人な子供
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―川神市 直江家前

 

吸い込んだ紫煙を空へと吐き出して。

 

「とりあえず、"事情"は窺ってる私(あたし)は―――」

 

「おれ、かざましょういち!おまえは?!」

 

快活な笑みを浮べて…年の頃五歳程の男の子―――風間翔一が祐樹を指差す。

 

自身の母親が祐樹へと言葉を紡ごうとするのを遮って。

 

「ったく……!この馬鹿息子は、礼儀正しく出来ないのかね?」

 

ガジガジという音が似合うほどに、その浅色の長髪を掻き毟り呆れた表情を作る慧子に。

 

「いいじゃないか彗子。男なんだから、これぐらい元気があったほうがよ。祐樹の奴なんて大人しくて、大人しくて……」

 

後頭部に両手をやり、足をクロスさせて立つ咲は翔一の活発さにハニカミ、次いで隣に居る祐樹へと視線を4やる。

 

「はぁ〜、いいじゃないアンタは手間が掛からなくてさ……うちのなんて年がら年中大暴れ、うるさいの何の……」

 

そう言って答えた彗子と咲は二人して愚痴と談笑を重ね始め。

 

祐樹は―――

 

「俺は……祐樹、直江祐樹。よろしく、風間。とりあえず…前に会ったらしいけど」

 

柔らかい笑みを浮べて答える。

 

この日が風の少年、風間翔一との初の出会いであり暖かな日々の始まりであった。

 

 

 

 

 

―自宅 祐樹の部屋

 

 

翔一との出会いから時は更に半年が経ち。

 

「……ふう、子供は風の子と言うが本当に"風の子"相手は色々と疲れる」

 

リビングのソファーに年の頃、推定で件の少年―――風間翔一と同い年と判断された少年は、ぼやく様な声で身を沈めており。

 

「なんだなんだ?子供が溜息吐くとか、早すぎるぞ?」

 

麦茶が載る盆を持ち、デニムのショートパンツにノースリーブのカッターを着込んだ咲。

 

いたずらっ子そのもの様な笑みを浮かべてやってくる。

 

「確かに…身体自身は子供ですけどね……咲さん」

 

運ばれてきた麦茶を受け取り、軽く礼をして口に含む祐樹へと。

 

「ちっちっ、私の事はお姉ちゃんと呼べと言ってるだろ?祐樹」

 

「……済みません。"姓"も貰って、お世話までしていただいて」

 

「私が好きでやってる事だ。お前が気に病むことなんて更々ねぇよ」

 

ハニカミ。楽しくて、楽しくてしょうがないと言わんばかりの笑顔で持って祐樹の白髪を混ぜっ返す咲は。

 

―――そうさ。こんな…こんな楽しい日々があるなんて

 

胸中を晒す事はなくも、朗らかで心底楽しそうな笑い声を上げて。

 

「どうだ?私と会ってから大体一年経ったが?」

 

「……からっきしです。名前は思い出せるのに、苗字も何も」

 

「そっか。まぁ、焦るなよ。のんびり私と一緒に暮らしてたらそのうち思い出すさ」

 

「……ありがとうございます」

 

胸を軽く叩いて、祐樹へとウインクを送る咲に対して……柔和な笑み。少し儚げなという文字がくっつくような笑顔を返す祐樹。

 

「い、イイって言ってんだろ!まったくよぉ……」

 

頬のみ赤面すると言う乙女チックな演出をかまさず居られない咲。生理現象なものだから押さえることなどできない。

 

こんな不意打ち食らって、平然としていられるような女性ではないのだから。お盆を盾に顔を隠すくらいだなのだから。

 

「記憶が戻ったら……どうして、身体が縮んだかも分るかもしれないのにな」

 

取りあえず、笑顔にある意味負けたという事実を隅に追いやり何気なく言葉を零す。深層心理でもっとも、現状の祐樹に咲が求めるモノを無意識に言葉に。

 

「そうですね。でも……結構、コレ気に入ってます」

 

少々、照れくさそうに口を開き頬を掻きながらに、恥ずかしそうに身をちぢ込ませる祐樹。

 

「そっか!そっか!身体はちゃんと成長してるんだし。ま、思い出せなくても若返ったってとこでラッキーに思えばいいんだよ」

 

そんな祐樹にニンマリとした口元を称えた咲は、ソファーへと勢いよく腰を下ろす。祐樹を巻き込んで。

 

「わ、わわ?!」

 

「ふっふ〜……。な〜に、照れてんだこの!」

 

自身の細身からしては、結構なボリュームが詰まった胸へと祐樹を押し込め。

 

「●※□#▲〜〜〜?!」

 

「うーん……しかし、祐樹。お前はなんだって左側の前髪のみ伸ばしぱなしだったんだろうな?」

 

「……分りません。お医者様の言う限りでは僕はエピソード記憶って奴だけゴッソリ抜け落ちてると……」

 

咲が祐樹の左側のみ伸びた前髪を弄る度に、肩をひくつかせるように反応する様に。

 

「うーん。お前の反応からして、割とトラウマだったのかもしれんないな〜……」

 

名残惜しげに髪を手放す咲。本人は言葉にしないまでも身体が無意識に反応しているという事は。

 

余程、引っかかる事案か嫌悪があったのだろうと簡単に推察できる為に。

 

「とりあえず、そのエピソード記憶って奴?日常生活を送るのには困らないんだろ?」

 

「はい。基本的……と言うべきか判断が難しいですが、意味記憶部分においては異常はなかったと……」

 

「あー……私はあんまし学ないから、言葉だけ言われてもわかんねぇよ」

 

膝の上に乗っけた祐樹が漏らす言葉の意味が分らないと口を尖らせて文句を付ける咲。

 

「そうですね。簡単に言ってしまったら、1+1が2と言うのは理解できるってことですよ」

 

拗ねた口調が可愛らしくて、ついつい含み笑いを浮かべる。

 

「ちょっ?!お前、ソレはヒデェだろ!小学生でも分るような事を引き合いに出すなよ……」

 

意地悪な祐樹の答え方に、反撃とばかりに左の目元をなぞりだし。

 

「わ?!わわわ!!や、やめてくださいよ!咲さん!」

 

「ふふ〜ん。お前が悪い。後、人前の時はお姉ちゃんだからな〜」

 

"傷跡などまったく無い肌"。左目側は何かと祐樹の弱点だと知っている咲の反撃に。

 

「分りました!分りましたよ!!」

 

肌を滑っていく指の柔らかさに対するドギマギ感と"底知れない"不快感が混ざったソレは祐樹の感覚を狂わせていく。

 

それを嫌って反撃を受けた瞬間には、降参だと咲の膝元から飛び出し。

 

「む……。ま、いっか。ソレと―――」

 

名残惜しそうに、恨めしい視線を祐樹へと送りながらに祐樹へと更に言葉を紡ごうとするも。

 

無常にも―咲的には―来客者を告げるチャイムが鳴り。

 

「はーーい!!……どちら様ですか?」

 

祐樹が対応に向かう素早く。残されるは舌打ちする咲。―――心底、来訪者に対して。大人げない……

 

そんな咲の心情など露知らず。閉じた扉の外に居るであろう人物へと問いかけを放つ。

 

玄関へと向かう道すがら十中八九というよりも。確信的な訪ね人の姿を思い浮かべると。

 

「お〜い!ゆうき〜〜あそぼうぜ〜〜!!」

 

案の定、子供の快活な返事。翔一の声が返ってきたのを確認して祐樹は扉を開ける。

 

「おっ!ゆうき!あそびにいこうぜ!」

 

翔一のいたずら小僧が浮べそうな子供の笑顔を浮べて祐樹を外へと連れ出そうとする。

 

「うん。わかった。翔一、準備するからちょっと待ってて」

 

祐樹はそう告げて翔一を玄関の中に招き。リビングを経由して―もちろん翔一に聞こえないように閉めて―

 

「翔一が来てくれました。出掛けてきますね、咲さん」

 

「……あいよ。あんまり遅くなるなよ〜」

 

ブスっとした表情を浮かべる咲に、頭上に?を飛ばすも待ち人が居る都合上……忘却の彼方に追いやる祐樹。

 

そんな祐樹に更に膨れっ面になる咲であるが――当の本人が気づかないのであれば意味が無かった。

 

自室へと入った祐樹。机の上の物架けに吊るしていた流涙型イヤリング―――"此方"へと飛ばされて来た時に身に付けていた品の内の一つ。

 

子供の身では耳に着けることが敵わないゆえにペンダントのように自身の首へとかけ。

 

「お待たせ、翔一」

 

「おせえぞ〜ゆうき〜」

 

翔一は唇を尖らせて文句を言うも。

 

「ひみつきち、いくぞ!」

 

すぐに引っ込めて、笑顔を浮べながら玄関に突撃をかまして外へと踊り出す。

 

「ちょっと、待ってくれ……。翔一」

 

駆け出した翔一の後を祐樹が慌てて追いかけ出す。

 

危なっかしい"風の少年"にハラハラさせられて。

 

その胸に光るペンダントにしたPAKを揺らしながら。

 

 

 

そんな二人を見つめる。

 

茶髪を小さなサイドテールにした少女が電柱から隠れ見ていた。

 

 

 

 

―秘密基地?

 

 

ダンボールで出来た虚構の城。

 

しかし、それでも子供にとっては破格の居場所。

 

幼心に甘く響く名……秘密基地。

 

翔一が主体で場所を見つけ、祐樹が材料となるダンボールを商店やらなにやらから集めてきた。

 

二人のかけがえの無い居場所だったのだが――――――

 

「知らないおっさんが居る……」

 

祐樹の唖然とした声に。

 

「この〜!おっさん!そこはオレたちのばしょだぞ!!」

 

翔一は声を荒げて、ダンボールの中に居る浮浪者の男に食って掛かるも。

 

「…………」

 

荒み切って病んでいる瞳が二人を見つめ返すも……何も無かったかのように再びダンボールの城の中で丸くなる。

 

「きいてんのか!おっ――」

 

「翔一……無理だ。退く事はありえない」

 

祐樹は尚も声を荒げる翔一を静止する。頭を振りながら、あきらめろという視線を翔一に向けて。

 

「ゆうき!」

 

翔一はあきらめられないのだろう。静止する祐樹へと食って掛かるも。

 

「翔一!また、いいのを作ろう!俺とお前なら……これよりもっと良いもの作れるだろ?」

 

祐樹もまた友が傷つくのは嫌だ、それにこういう目をした奴に関わっても碌な目に会わないのは空気で分かる。

 

「でもよ〜〜……!」

 

祐樹の真剣に自身を案じる眼差しを感じ取った翔一は不貞腐れたような声音で、なおも祐樹へと声を上げるも。

 

「川原に行こう。翔一」

 

祐樹が諭すように柔らかに言って翔一の背を押す。

 

形ばかりの抵抗をして翔一は祐樹のなすがままに押されていく。

 

 

そんな二人をまたも小さなサイドテールを持つ少女は見つめて――――二人が向かった方角へと進み、彼らを尾行するのであった。

 

 

 

――土手

 

 

ぶつくさといいながらも翔一は祐樹の前を歩いて。

 

二人は川原へと向かっていたのだが。

 

「……やはり、付けられているな」

 

項にナニかが擦れる感覚。先ほどから同じ気質を持つ人間―――ようは誰かが自分達を尾行しているのに気づく。

 

「どうしたんだよ?ゆうき」

 

翔一が微かに唇を尖らした顔で後ろを振り返り、祐樹へと問いかけを放つ。

 

「翔一」

 

「うん?」

 

「後ろに誰か居ないか?」

 

「う〜ん……おんながいるぜ!……はは〜〜ん」

 

祐樹の問いかけにキョトンとし答えるも、次の瞬間には瞳を輝かせて。

 

「逃げるぜ!!!」

 

ワザと―――追いかけてきている。土手の側に生えるススキに身を隠しながら付いて来た……サイドテールの少女に聞こえるように叫び。

 

「えっ?あっ、おい?!翔一?!」

 

声を掛けるも、五歳児にしては速い足でいきなり駆け出していく翔一へと声を掛けながら祐樹も走り出そうとすると。

 

付けてきていたサイドテールの少女は、サイドテールをぴこっ!と激しく一瞬、逆立てた後。

 

ガサガサとススキ群れから飛び出して祐樹達の後を追おうとするが……

 

「あう!!」

 

盛大に転んでしまう。

 

「う……うぁぁぁ〜」

 

案の定、膝小僧でも擦り剥いたのであろうか?地面にうつ伏せていた顔を上げて、膝を瞳に映すと盛大に泣き始める。

 

翔一を追おうと駆け出そうとした足を止め、祐樹は盛大な泣き声が聞こえてくる背後を振り返って……駆け出す。

 

「大丈夫かい?」

 

ポケットからハンカチを取り出しながら泣く少女へと手を差し伸べつつ。

 

―――翔一……ワザとやったな

 

翔一の魂胆が見えた祐樹は内心で溜息を吐きながらも。

 

「立てるか?……ちょっと待っていてね」

 

少女にそう問いかけて、膝へとハンカチを当てて、少しだけ擦り剥けた膝小僧につく砂利などを払ってやり。

 

最後に汚れた面を外向けにして、少女の膝小僧にハンカチを巻いてやる。

 

「よし……ちょっと痛いだろうけど、泣かない泣かない。可愛い顔が台無しだ」

 

着ている服の袖で涙をぬぐってやる。

 

「あぅぅぅ〜〜……」

 

祐樹の問いかけと言葉に声にならない声を上げる少女へと。

 

「君、名前は?」

 

名を問いかける。

 

 

 

「かずこ―――おかもとかずこ」

 

小さなサイドテールを持つ泣き顔の少女はそう答える。

 

 

 

 

 

後の泣き虫わんこ―――川神一子との出会い。

 

 

祐樹にとっては可愛い妹分との出会い。

 

 

一子にとっては兄であり、そして―――――

 

 

こうして、風の少年と泣き虫武士娘と大人な子供が集い。

 

ファミリーが形成されだしていく。

 

 

 

 

 

 

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泡沫の夢
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