謝って済まない事 1 |
―多馬川 土手沿い
風が揺れる。川沿いから吹き上げてくる暖かさと冷たさを内包した風が
相対する少女―――小雪の髪を、その名が示すような元は誰にも踏み荒らされた事の無いような新雪の髪でありながら
薄汚れ、踏み荒らされたようなボサボサの髪が風に揺れる。緊張した面持ちを持った少女に対して
「ふーん……。たかむらこゆきかぁ〜…おまえ、どこのクラスのやつだ?」
顎に手をやって考えるように眉間に皺を寄せたのも束の間。キャップは陽気に問いかけて
「く、クラス?」
「そそ!なんくみかってきいんてんだ」
「……クラスって…なに?」
小雪は困った顔を浮かべる。問いかけらえれた言葉を理解できない。答えられない
このままでは、自分は仲間に入れてもらえない。そんな恐怖が心の中に忍び寄ってくる
顔が強張っていく最中、渦中に入らない―――
「クラスはクラスよ!わたし、かずこ!おかもとかずこ!2ねん3くみ!」
「ぼくもおなじで、もろおかたくや」
「おれさまも!おれさま、しまづがくと!がくとさまとよんでくれ!」
「………………しいな、みやこ。みんなとおなじ」
「そして、おれ!かざましょういち!かざまファミリーのリーダー!キャップとよんでくれよ!」
祐樹以外の面々が、天真爛漫な一子に引かれて各々に自己紹介する。
ただ、祐樹のみは……小雪の格好からして瞼が細くなっていき小雪を観察しだしはじめ
「おい、ゆうき!おまえもじこしょうかいしろよ!みんなしたぞ〜!」
ノリの悪い祐樹に唇を窄めて、キャップが悪態つき
「あ、ああ。ごめんね。俺は祐樹。直江祐樹って言います。よろしくね?え、っと小雪……ちゃん?」
祐樹が慌てて小雪へと申し訳なさそうに言葉を返す。対する小雪は
「あ、うう……。う、うん。ぼく、こゆきだよ…?」
今まで受けてきた仕打ちと比べられないほどに、柔らかい言葉
皆が皆。小雪という少女そのものに対して掛ける言葉―――こんな程度の会話ですら温かみを感じ、戸惑ってしまう彼女の様子に
「おし!しょうかいおわり!で、こゆきはどこのクラスだよ?」
「えと、えと…わ、わかんない…」
「わ、わかんねえって、どういことだよ?モロ」
「ぼくにふらないでよ?!でも…ぼくたちとそんなにしんちょうかわらないからおないどしぐらいじゃないかな…?」
「うーん…。ゆうきとおんなじかみのいろだったらみんなしってそうだけど…あたし、ほかにゆうきとおんなじこのはなしきいたことない」
困り果てた小雪が涙目でキャップへと言葉を漏らし、その様子に今日の出来事がぶり返してきたのか
ガクトが困り果てた声音でモロへと訪ね推測を漏らすモロの横で、頤に指を立てて考えを廻らす一子
そんな一子の言葉に弾かれたように俯き加減になっていた顔を引き上げた小雪は
「ぼ、ぼくとおんなじかみのけ!!」
祐樹へと指を指し
「お、おんなじ…おんなじだから、だから……!」
トラウマ。その容姿から迫害を受けてきたのであろう。身に付ける代物達が、纏う主人の悲壮な境遇を物語る
罵倒され、傷つけられ、寄る辺のなき身。そして―――
「だから、ぼくも、ぼくもなかまにいれて!!!!」
見つけた。己と同じような髪の色。薄汚れた自身の髪に似た白亜の髪……輝きの無い髪を持ちながらも
笑顔を満ち溢れる中に居る者。祐樹へと懇願する。叫ぶ、魂の奥底から求める―――安らぎを
脅え続けて無くていい。母親から居ない扱いされない。真に……己が己としていれる場所を欲す叫びは
「おー!いいぜ!おまえみたいにひっしにおれのなかまになりたいってやつは、はじめてだぜ!」
照れくさそうにしつつも、自身が生み出した家族になりたいと切に願う小雪の姿に胸を打たれるキャップを初めとして
「おおう。すんごいこきちゃったわね」
「おう!おれさまもきょうはいったとこだけどよ!なかよくしようぜ!こゆき」
「ぼくもおんなじ。きょうはいったものどうし、なかよくしよう」
一子、ガクト、モロの順。そして……
祐樹の袖を掴んでいた京が、ゆっくりと小雪の方へと歩いていく
嗅ぎ取ったのだ。彼女は、己自身と同じ匂いを放つ…己の合わせ鏡のような存在には
「…だ、だいじょうぶ。ここには、キャップに…ワンこに………そのたふたりと」
「そのたってぼくらのこと?!」
「……たえろモロ。おれらはやっちゃいけないことやったんだ。いまはたえしのぶとき」
「…だね」
「な、なお――――ゆうきがいる。ゆうきなら、きっとわたしたちを……」
ギュッと小雪の指を掴む。細く、不健康なほどに青白くなってしまった肌を除かせる手を取る
件の少年―――"青年"がゆっくりと小雪の前に立ち
「…よろしく、小雪ちゃん」
苦味が奔る顔ををなんとか引っ込める。京に似た感覚と匂いが漂う少女を労わる様に
優しさのみが満ちながらに悲しみが宿りそうな透明な笑みを浮かべる祐樹に
「うっ、あ、うぁ…ひっぅ…!」
「キャップ。今日は家で皆の歓迎会を行おう。俺家に先に向かっててくれないか?」
「…おう!さきにいってるぜ!っしゃぁ!かざまファミリーがいせんだぁぁ!!」
「がいせんってなに?」
「……おかもとさんはさっきからそんなかんじだね」
「モロ!おれもしらねぇぞ!!」
「いばっていうことじゃないよ!!」
キャップを先頭に次々と先へと進んでいく中
「……な、なおえくん…」
「さっきの呼び方でいいよ。俺も京の名前を許してもらってるんだからさ」
咽び泣く小雪を懐に仕舞いこみ、膝を崩してしまっている小雪の体制上包み込むような中腰な体制の祐樹は
隣に立つ京へと、照れ顔で告げ
「う、うん…」
頬を染めた京が顔を伏せて沈黙し、祐樹は片手で懐の"PAK"を取り出し
「……あ、すみません咲さん、そっちに翔一と一子。ソレと友達が数人向かっているので応対願います」
「はい。ええ、ちょっと"保護"を、ソレと御婆様に一報を……ええ。腸煮え繰り返りそうですが、筋を通す為には御婆様の力が必要で…」
「ええ。済みません…急に…。取り合えず、連れて帰ります。どうにも、痩せぼそり過ぎで…はい。作っていただけると幸いかと。…後は帰ってからに」
小雪の背中をあやしながらに、"PAK"の機能を用いて咲へと連絡を取った後
「それじゃ、京に小雪。歓迎会を家でやるから、行こっか?」
今だ、愚図っている小雪を片手で引き寄せつつに立ち上がり
京へと手を差し出して、二人の少女を伴い祐樹は帰宅する
暗い焔を宿した瞳のままに――
―直江家 七時過ぎ リビング
「……すっかり、寝ちまった」
「仕方ありません。多分…家の中じゃ気が休まる時なんてなかったんでしょう…」
小雪を残して他のメンバーは全員が帰宅して、早一時間
「酷い……親も、居るもんなんだな」
「…ええ」
「私の時は、私が酷かったけど……真逆もありえんだな…」
ソファーに横たえ、毛布を掛ける間際に覗き見えた肌
タバコを押し付けられた後、蒼タンがドス黒く…完全に癒えないままに更に傷つけられた後
直視する事が憚れるほどの傷が…覗き見える程度にも見えるという現実を前に
「で、どうするんだ?祐樹」
「……虐待痕はありますが、今すぐ引き離すという事はできないと思います…」
「……やっぱ、法律か?」
「親権。事後関係。隣近所からの調書。パッと簡単に思いつきそうなのはここら辺ですが…内実はもっと難しいかと」
「ババアはなんて言ってたんだ?」
「…自分が処理できない分はやってくれるとの事です。引き取るつもりなら名義も準備すると」
「なら、ちゃちゃっとしようぜ。私…久しぶりに堪忍袋がはち切れそうだ」
「慧子さんなら、何時もの事だ。と言いそうですけど……ですが、ね…」
安らかな寝顔を称える小雪の頬を人差し指なぞる。指の側面を使って
「自分らの……自分が見るに耐えないからって、勝手に事を起こして……いいのかと」
「………そりゃ、その……でもよ〜…そうじゃなかったらこの子。取り返しのつかない事になるかもしれないぜ?」
苦悩。記憶無くとも、口に出てしまう。"己が為した事"
ソレが取り返しのつかない事になってしまったという事実を―――祐樹の中のナニかが記憶している
だからこそ―――戸惑ってしまう。目の前で痛みに喘いでいるだろう少女を前にしても、寂しさを募らせ…温もりを欲す少女を前にしても
そんな二人のやり取りに反応してか?件の小雪が薄目を開けて、しきりに瞼を擦り出し
「う、うう…ん…。あっ……」
「起きちゃった?ごめんね」
「ううん。ぼくねちゃって…!!ご、ごめんなさい!!」
先程まで安らいでいた顔が強張る。何かを失敗したと、怒られるような何かをしてしまったと
「ど、どうしたんだよ?別に私ら何にも怒ってないぞ?」
小雪の強張り方にビックリし、恐る恐るといった感じに咲が問いかけると
「そ、ソファーよごしちゃった…!」
小雪が向ける視線の先。微かな涎が付いてしまったソファーを愕然と見やりつつ
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
付いてしまった涎を、先程風呂に入って…この年頃ならではの体格に変わりが殆ど無い故に
「わぁ?!これ…これぇぇ……!」
祐樹の服を借りているという事実がテンパってしまった彼女には思い出せなく、そのまま袖を伸ばして拭き始めたはいいが
その事を思い出し、余計に怯えが強くなった表情のまま
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
最早……呪文の粋に達するような懇願の羅列。頭を抱え込み、迫り来るであろう拳や蹴りから身を護ろうと
無意識レベルに丸まるその姿を前に―――
「祐樹。もう、私ダメだ。どたまカチ割ってやらねぇと、気がすまねぇ…!」
「落ち着いてください咲さん?!余計に小雪が脅えます!!」
神奈川の北半分。幾ら腕っ節が良くても…人望が無ければ人はついてこない
まして、首都圏に位置する場所の半分を制覇するという事は並大抵の器では成し遂げられない
だからこそ―――我慢がならない
どうしたって社会から爪弾きにされた者達はどの時代にも居る
………中には本当に悪い事をした奴とて居るだろう。だが、人は誰しもが最初から悪い事をしようとは思わない
環境が、人がソレを作り出す。悪しき温床を――迫害され、罵倒され、バカにされ、学校に居場所を無くし、家に居場所を無くし
孤独に陥る。人格を壊す。悪い事でもしてでも―――己を見てもらいたいと小さな幼子のように求めてしまう
そんな悲しい性を持つ者を、どうしようも無い札付きであろうとも……暖かく迎えた
居場所を無くし路頭に迷い…温もりを求める者には、手を伸ばして
暴れ周り、誰彼構わず噛み付いて居る者には、拳を飛ばして
なにもかも、そう…なにもかも委細合切包み込む強さを持つからこそ―――直江咲は君臨していた
だからこそ―――
「でも、祐樹!」
押さえきれない。やり方は曲がっていたとしても、その性根は真っ直ぐで輝きを持つ女性だからこそ
多くの者達が慕い、その後に続いていたからこそ―――咲の怒りぶりはもっともであり
「俺だって嫌ですよ!!」
小雪を抱きしめる。自己防衛の為に外界へと向ける意識をシャットアウトしてしまっている彼女を
力一杯抱きしめる。不意に零れ始める
「俺だって………嫌、ですよ…!」
鼻声。目の端から微かに漏れ出した液体
「嫌だけど、俺にも咲さんにも…!勝手に、彼女を……!」
言葉に出来ない。溢れかえる気持ちが邪魔をする
胸に抱くこの想いは正しく、真っ直ぐで言葉にしたら薄っぺらいような感覚を齎すかもしれないが
まさしく……"慈愛"なのだから、なのに…その感情が齎す身体への揺さぶりが言葉を紡がせなくする
いや……言葉にしたくないのだ。言葉にすれば……残酷すぎる故に、身勝手すぎる故に
"かつて、己の自己満足で起こした事の繰り返しのようで"
「……………取り合えず、返してやるしかねぇのかよ…!」
震えた声音。吐き捨てるしかなかった
―川神院
茶柱が立っていた
「ほぉ。久方ぶりに見るの〜」
自身の愛用の湯飲みの中に立つ。柱に目元を弛ませるは
人類最強と言っても過言ではない人物―――川神鉄心
関東三山一角にして、世界中から一目置かれる寺院。川神院の総代
生き字引。武の頂点。世界の調停者。バランサー
様々な呼び名。伝説を残せし好々爺然とした男の対面には
「オオ!茶柱ですカ?それは良きこトですネ。総代」
健全な肉体には健全な魂。それを体現する…只管に正道をいく熱血教師
ルー・イーと
「おいおい。茶飲み話をする為に俺らを呼び出したわけじゃねぇだろ。じいさん」
武とは振るうべき物。ただ、力のみを釈然と追い求めつづける餓狼。釈迦堂刑部
「ほっ、わかっとるわ。釈迦堂」
「では……」
「分りきってるだろうルー。この前感じた―――」
「「「"負"の波動」」」
三者三様の声音ながらも…言葉は重なる
「モモヨが近くに居るトキに感づいてしまっタのが不運でス」
「じゃな…発生源が己の学校からでは否が応でも反応してしまうだろうしの〜」
溜息混じりな二人とは相対して
「はっ。ありゃ、何処に居ても大概は見つかるレベルだろうが」
「…ま。川神に居てかつ師範代クラスかソレ相応の才を持つ者ならばのぉ…」
「ソレ。私タチ以外にはモモヨ位しか居ないと同じですケドネ」
「あー……小島って武術家系の教師が気づいてないからそうだろうけどよ」
釈迦堂の言葉に一言付け加えて同意する
「で、どうすんだ?爺。おらぁ、勝手に探させてもらうけどよ」
「探すのは結構じゃがの。お前、ふっかけるじゃろ」
「当たり前だろうが……久方ぶりに心躍ってんだぜ?」
歪めた口元が何よりも語っていた。この"渇き"を癒せる術が欲しいと
「釈迦堂!お前ハ…?!?!」
釈迦堂の言葉にすかさず、言葉を挟もうとするも―――
迸る。今、口にしている件。"負"の脈動が―――
「!釈迦堂!!待チナサイ!!」
紡ごうとした言葉は捨て、飛び出していった釈迦堂へと叫ぶも
最早、視界の中にすらいない。追えるのは歓喜が迸るドス黒い闘氣の波動
「ルーよ。百代を頼む。儂が後を追う」
「総代?!しかし―――」
「アレとこの波動を引き合わせれば碌な事にならん。かと言ってお前ではまだ、万事を収めるには辛かろう」
「……精進たらズ。立つ瀬がアリマセン…」
現状のルーと釈迦堂。酔拳なくば互角に戦えないルーでは事態を収めるには不向き
「何、あの弟子の暴走は師が抑えるが勤め。お前は百代を近ずけないように頼むぞ」
「心得ましタ。お気をツケテ」
ルーの言葉が告げ終わる前には姿を消しており
「爺!!」
「こら!モモヨ!そんな言い方ヨクナイネ!!」
飛び込んできた百代をルーが塞き止める。説教交じりにて。
歯車は動く。動き出す。力持ちし者達が集う
時は―――祐樹達が小雪を家へと送った帰りを指し示しながらに
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