夏休み |
「前回、最後ら辺空気だったな〜……俺」
―鉄家 門前
川神市とは断然、過ごしやすさが違う。
肌で感じとれるほどに……この時期の北陸はよい。
そんなことを思いながら祐樹は眼前にある門を見据えていると
「エレオノール先生……お待ちしておりました」
中から三十台に乗ったぐらいだろうと思われる男性が現れ。
笑みを浮べながら、隣に立つエレオノールへと恭しく声を掛ける。
「三年ぶりと言うとこかね」
腕を組み、すまし顔に手に持つ煙管でエレオノールは紫煙を吸い込みながらに前回から幾年過ぎたかを一考する。
「祐樹。コレが夏の間、面倒を見てくれる鉄一条。取り合えず、剣腕はそこら辺のよりかは上だよ」
顔を足元に居る祐樹へと向けて、対面に立つ男を紹介し。
その紹介に苦笑を浮かべる二人。一条は御恥ずかしいという感じに、祐樹はどう答えればいいのかという感じに。
「直江祐樹と申します。ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
紹介された…長身の穏やかそうな一条へと祐樹はお辞儀をして挨拶する。
「はは、礼儀の良くできている子ですね。うちのお転婆娘にも見習わせたいですよ。先生」
朗らかに小さく笑いを上げて、祐樹の感想を鉄心へと述べる一条。
「お前のとこも、鉄心と同じかい。まぁ、小さい頃は多少は御転婆の方がいいとは思うけどね」
瞳を閉じて、自身の過去を思い出しているかのように答えるエレオノール。途中で自身の養女たる咲の事を思い出して顔を顰めるが……。
イイ年の時に引き取ったが故に、ノーカウントだろうと思い直していると。
「父さん!着たのか?!」
そんな三人の問答の最中、門の中から元気の良い少女の声が上がったと思えば駆け足で祐樹の前へと現れた。
二つの髪留めで両サイドの長めに切られた片方を止め、うなじが見えるぐらい切り上げられた髪型の少女。
「ああ、乙女。こちらの子が言っていた…直江祐樹君だ」
瞳を輝かせて、破顔した顔で祐樹を見つめつつ。
「私は乙女、鉄乙女だ!よろしくな!祐樹!」
御歳11歳の小学六年生の鉄乙女……通称、乙女さんは手を差し出してき。
「はい、よろしくお願いします。鉄さん」
乙女に対してもペコリと頭を下げた後、柔らかな笑みを携えて手を出す。
―――くぅ〜〜!かわいい!
「そんな、堅苦しいのは性に合わないんだ。お姉ちゃんと呼んで欲しい!」
内心で祐樹の仕草に喝采を上げる乙女。祐樹の呼びかけ方を変えようと声を上げ。
「え……と……では、乙女お姉さんでいいですか?」
子供達のやり取りを微笑ましく見やった後、エレオノールと一条は先に家の中へと消えていき。
祐樹は乙女の要望に答えるも。
「まだ、硬いな〜……。もっと、親しげに呼んでもらいたいぞ?お姉ちゃんは」
―――レオは口答えが煩いけど、この子は何とも……前髪が鬱陶しいと思う以外は、私好みな雰囲気を持っている……!
一人っ子ゆえに、祐樹の存在はまさしく乙女にとっては弟同然。
夏休みと言う一月以上。一緒に居るというのならば、この機会を是非ものとし。
姉としての立場を確立しようとさらに要求を強める。
―――どこまで呼んでいいのか……
内心で苦笑を浮べるも、乙女のお姉ちゃん発言から祐樹は思い切って。
「じゃあ……乙姉って呼べばいいですか?」
冒険してみる。――――祐樹は覚えていないが、元の略称そのまんまだ。
「くぅ〜〜!いい!それがいい!それで決定だ!!」
乙女はその呼び方に心の琴線が触れた快感に身を震わせながら、歓喜の大声を上げ。
祐樹の腕を取ってグイグイと家の中に連れて行く。
「わっ!わっ!乙姉!まっ、待ってください」
「そんな堅苦しい言葉遣いは、お姉ちゃんは好きじゃない!気軽に呼ぶんだ、祐樹!」
唐突に腕を取られて引っ張られるのにバランスを取りながら祐樹はそう問いかけ。
乙女はそんな祐樹の言葉遣いに不満げな顔で聞く耳持たずに、祐樹を家の中へと案内するのであった。
そうして、祐樹が鉄家で過ごすようになって3週間。
「起きろ!祐樹!!」
スパンと襖を飛ばすように開け放ちつつ、テンションの高い声を上げる乙女の視界に広がるのは。
「……Zzz……」
―――むふふ……いい感じだぞ
喜色満面。口元を平手で押さえながらて心中で言葉を紡ぐ乙女。
時刻は朝の五時。今時、こんな時間に起きだしてくる学生は居るのであろうか?
という疑問が上がる程に早い時間帯。空など…今だ暗さが残っている中で。
いそいそと折り目正しく敷布団の中にて寝入っている祐樹の下へ歩を進める。
も―――
「敵襲?!―――って、はぁ……乙姉」
「うぉゎ?!……くっ、起きてしまったか……!!」
部屋の中へと一歩踏み出しただけで飛び跳ねて起きる祐樹。
視界を忙しなく動かした先に居た乙女姿と辺りの気配に安著と溜息が入り混じった吐息を漏らし、乙女はそんな祐樹に舌打ちを漏らす始末。
「にしても、祐樹。お前、何時も"敵襲"とか"回せ"とか……なんか夢見が悪いのか?」
「いや、そんな事は……。そもそも、夢を、見ているのかどうかすら」
ボーイッシュなベージュのホットパンツに対となる上着。
何処かの密林にでも探検に行くのか?と問いたいぐらいな出で立ちの乙女は首を傾げつつに問い。
答える祐樹は自信無さげにツトツトと言葉を漏らす。額へと親指と人差し指を宛がいながらに。
「特に"回せぇぇぇーーー!"って、何のことを指しているんだ?」
「自分にも何だか……」
「うーん。まぁ、気にしても仕方ないか。お前自身に覚えが無いなら分るはずが無いし」
天井へと視線を動かして納得する乙女は。
「取り合えず朝ごはんだ。今日は先に食べていかないか?」
「は…うん。わかった、先に頂きます。乙姉」
若干、下降気味になった気分を取り直して乙女は祐樹へと問いかけ。祐樹は言いなおしつつ答える。
祐樹が答えたのをかわぎりに乙女は一旦、襖を閉め。それを確認した祐樹は身支度に取り掛かり。
「しかし……なぜ、父さんは私と祐樹が一緒に鍛錬するのを禁じる?ランニングですら禁止するのはどうなのだ?」
襖越しに乙女は、こちらに祐樹が来た表の理由。遠縁の子を預かったという理由からでは察せ無い事柄に言及する。
「う〜ん…それは、俺に聞かれましても…」
心苦しくあるも、苦笑いとお茶を濁した言葉でやんわり回避する。
実際の理由たる乙女の父親、鉄一条から直々に稽古をつけてもらうことであるがゆえに
暴走する危険性すら孕んでいる力―――小雪を死の淵から救い上げる程であり、鉄心を心底(・・)から唸らし警戒させる代物(ちから)。
一度制御できない状態になれば、天をも貫かんとする力の奔流はどういう形で現れるか分らない。
故に、"鉄"の本質と流儀の元にて今は様子を見ると形にて世話になっている状態。概の仕込みはエレオノールと鉄心の二人が担当する。
しかし―――
「まぁ…俺と乙姉では…ね」
心苦しく思うも……祐樹はなるべく己の力を無闇に他人に知ってもらいたくはない。
強い力は強い力を引き寄せてしまう。ソレは"釈迦堂との会合"によって自覚しているが故に。
―――戈を止めると書いて……武の一文字
衣服に袖を通しながらも祐樹は思う。
―――護る為の武だ。競う為のものじゃない
想いにふける祐樹に。
「まぁ…いい。祐樹!この前、言った通りに小見山に行くぞ。取って置きの場所を教えてやるからな!」
襖の向こうから楽しげに祐樹へと問いかける乙女の声に意識を戻した祐樹は。
「え?そこって…この前、一条さんが行ってはいけないって行ってた場所じゃ…?」
「心配するな。真剣も持っていけば、どうということはない。私は武には自信があるのだからな!」
乙女の得意げな声音が襖越しに聞こえ。
「いや、でも…一条さんは十兵衛って地元の人が恐れる熊が出るから行くなって」
そう襖越しの乙女へと問いかけたつもりだが……しばらく、待っても返事が無く。
着替え終わった祐樹が襖を開けると―――そこには乙女の姿はなく。
「はぁ……一度言い出したら、どんなことでも曲げない人だからな…乙女さんは」
2週間ちょっとの付き合いであるが、心根を理解してしまった祐樹は。
深い溜息を吐いて……台所へと向かう。
一方、その頃のファミリー
「やっぱ、かあちゃんがいったとおりにさ〜なつやすみじゅうはかえってこねぇよ〜」
糸目になりながら三人の内、りファミリーの大黒柱たるキャップが言葉を紡ぎ出し。
「くっそ〜〜!ゆうきのやろう!かってにぼうけんにいきやがって!おれもさそえよ〜……」
口を尖らせて悪態を付くと。
「おばさんがいってたとおりだと、あとひとつきぐらいかえってこないわよ〜……」
一子はキャップに相槌打ちながら、少しだけ涙目になりつつ声を上げる。
いつでも、一緒に居て何かと一子の世話を焼いてきた祐樹が居ない状況は一子にしてみれば
言葉に表せない寂しさと空虚さが心を占める。
「ゆうきのおかあさんたちもどこかいってるみたいだし……」
続くはモロであり。
「こゆきはおばさんといっしょにいっちまってるぜ」
ガクト。仲間内の二人も居ないのはしっくりと来ないと言わんばかりに遣る瀬無さを滲ませたぶっきら棒な言葉遣い。
そうして―――
「ゆうき………」
悲しげな瞳を浮べて、祐樹の名をポツリと呟く。
春からの始業式から夏休み直前までの期間、一学期中の間に祐樹を筆頭に奔走し京へのイジメはなくなった。
イジメを消滅させた要因がガクト達が洩らした祐樹の恐さがもっとも起因しているが。
おかげで祐樹はクラス内は一子とキャップとモロとガクト、京以外から倦厭されている。まぁ、祐樹にとってはまったく堪えることではないが。
そうして、京の傷ついた心は……どうしようもなく燻る自身の心に祐樹は従って懸命にフォローした結果。
祐樹に対しては子供特有のコロコロと表情を変えて接する――それでも、表情豊かとは言えないが――ことを可能とし。
ファミリーのメンバーたるキャップ、一子に対しては屈託無く接することができるまでに。
「…………ゆうきくん」
少女は無償の愛をくれる大人な子供を待つ。
―とある山中
「お嬢様。へっぴり腰だと腰をヤッてしまいますよ?」
「そんなこたぁ分ってら!フウ!…………だぁーーーーーー!!なんで、私が山ン中で畑耕やさにゃぁならねぇんだぁぁぁぁぁーーーーー!!」
「ホレ、きりきり働きな。斜面一枚終わらさなきゃ、飯抜きさ」
「……おばあちゃん。ゆうきは……どこ?」
「あ〜あ〜、そんな涙を貯めた目を向けないでおくれ……あの子はちょっと遠出してるだけさ。夏が終われば毎日居れる」
「……うん」
「いい子さ。祐樹といい小雪といい婆ちゃんは良い孫を持った。ろくでなしのバカ娘とは大違いさねぇ〜」
「きこえてんぞぉぉぉぉぉーーーーー!!ヴヴぁぁっぁーーーー!小雪に変な事吹き込むんじゃねぇーーーー!」
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