意外な弱点―――とは思わない |
―小見山
とにかく…移ろい易いものだ。
「もう少しだぞ!祐樹〜!」
山の天気という物は。
だが、そんなことは祐樹より少し前を元気よく歩いていく少女―――鉄乙女には関係なく。
「乙姉。雲行きが怪しいですよ……今日は戻りませんか?」
そんな乙女に対して祐樹は空模様を気にして欲しいと進言するも。
「む…たしかに、雲行きは少しだけ怪しいが……」
少しだけムッとした表情を浮べて祐樹へと振り返り。
「もう少しで着く!ここまで来たからには、拝んで帰らないと無駄骨になってしまう」
今までの行程――約1時間近く、山を登った道程を強調しながら聞く耳持たずの態度で前を向いて、どんどんと山道を歩いていく乙女に。
―――降らなきゃいいけど……
一抹の不安を感じながらも祐樹はそんな先行く。
乙女の後ろを見守るような瞳でついて行くと。
「着いた!!」
晴れ晴れとした声音が後ろを歩く祐樹の耳に届く。
雲行きのやりとりをしてから、大体15分ぐらいの道程の結果見たモノは。
「こんなところに……滝があったんだ……」
瀑布とか飛瀑とか、立派な水音をがなりたてるような滝ではないも。
―――大体、5メートルぐらいの分岐型か
一般的に言われる分岐瀑。落ち口から幾重にも分岐して流れを作る女性的な滝の姿を取るその光景。
例を上げれば、伏見ヶ滝に酷似する光景は。
「どうだ?!すごいだろ?!奥地過ぎるから地元の人間でも知ってるいるのは少数なんだぞ?」
胸を張って自慢する乙女に納得できるほどに綺麗だった。
「ほんと……すごいね。乙姉」
素直に感心してしまうほどに乙女の爛々とした笑顔とその後ろに控える滝の光景に、眼を奪われ……穏やかな笑顔で祐樹はゆっくりと頷いた。
「?!?!…!そっ、そうだろ!そうだろ!」
一瞬、乙女は祐樹の笑顔に息を詰まらせたかのような表情を浮べる。
祐樹の問いかけにうんうんと首を縦に振って頷く。――――頬は……
「とっ…とりあえず!お腹が空いただろう?お姉ちゃんに任せろ!すぐに魚を取ってやる」
誤魔化すように乙女は祐樹に背を向けて蹲り、靴と靴下を脱ぎつつ私服のホットパンツのベルトに差していた真剣を引き抜き
静かに波音を立てないように川へと入っていく。
見事なまでに、水中の魚達の気を散らさない動き。
「………はっ!」
川の中央に立ち、掛け声を上げて水面へと腕を走らせる。
熊のように魚を岸へと叩き出すその姿を見て祐樹は。
「とりあえず、火の準備が要るか……」
岸辺に竈を作る為に落ち木と枯葉、風除けの大きめの石を集めだし作成。
火を灯して昼餉の準備を整えて乙女の成果を待ち―――
「うん!塩を持ってきておいて正解だったな!!」
モグモグと口に含んでいた焼き魚の身を飲み込んだ乙女が感想を洩らす。
ちゃっかりと家から粗塩を入れた袋を持参していた乙女。ソレを受け取って祐樹が捕れた魚達。
主に鮎がメインに雑多に十数匹前後のコレらの腸を除いたり、串打ちを行ったのは祐樹。
世間一般的、とまどいは古い男の感覚では男女逆転的な現象であるが、違和感が全く無かったと言う事が如実に二人の性格を現していたと記述しておこう……
「そうだね」
祐樹もそれに頷いて即席の竈に立て掛けられている塩焼きを食して。
「ん。いける」
声を洩らす。二人はそのまま、空腹が命じるままに焼き魚を食べていく。
残りが串に刺さって火から遠ざけられた二尾になった時、乙女が表情を引き締めて。
「祐樹」
「……なんですか?乙姉」
乙女の表情に祐樹は悟るも、努めていつも通りの表情を作り。
「聞きたいことがある」
そう乙女が切り出そうとした時、天から雫が舞い落ちる。
「あっ…雨」
―――天の恵みって奴か?……さむ。まぁ何にせよ助かった
祐樹が洩らした言葉通り、ポツポツと大玉の雨が降り出してき。
「ん。たしかに―――だが、ゆう」
乙女も天空から降り注いでくる雨に頷くも、話を逸らされないように続けようとしたが。
「やばい。本格的に降ってきた」
予想以上に叩きつけるような雨が降り出してき。
「ぐっ……!っ〜〜!仕方ない!避難するぞ、祐樹!」
叩きつけてくる雨で一気に服が濡れていくの自覚できた乙女は、息詰まった声と唸り声を上げ。
そう断言して、祐樹の手を掴んで駆け出す。火は自然に雨に掻き消されていた。
―――くっ……せっかく遠出までしたというのに!
そんなことを思いつつ乙女は顔をしかめるも。
しっかりと掴んだ祐樹の手を引っ張って山を降りようと駆けて行く。
が―――
山というからには頂までは上り坂になっているのが常識。
ならば……降りていく時は下り坂なのは必然。
普段ならば大粒の大雨が降る中、所々急斜面になっていようと。
持ち前の天賦の才と弛まぬ努力で鍛えてきた身体は一人の少年を引っ張りながらも。
軽々と危なげなく下山できる地力を持つ乙女には苦も無いことであったが……
しかし―――
視界が一瞬……白く染まった後、続くように強烈な音が辺りに木霊する。
――――"雷鳴"が辺りを切り裂くように鳴り響き―――――
それは。
「きゃぁぁあああ?!?!」
鉄乙女にとって、致命的に身を竦めさせてしまうほど。
「?!乙姉?!」
掴んでいた祐樹の腕を振りほどいて我武者羅に駆け出し、足を滑らせて仕舞う程に恐怖に震えてしまう……弱点。
そして、山で足を滑らせて仕舞うということは運が悪ければ―――
「あっ……」
乙女が呆然とした声音を洩らし……落ちていく。
走っていた斜面の横、切り立った崖の下へと落下していきながら。
ただ、乙女は呆然とその結果を受け入れるしかない。このままでは。
いくら、天賦の才があろうと鍛えてきたであろうとその身は今だ小学生。
恐怖に戦慄き、何の予備動作もなく崖へと身を投げ出してしまえば――――なす術などない。
だが―――
「乙女!!!」
それを阻止するのはいつだって。
「?!?!」
声が出ない。"馬鹿!なにやってる?!""お前まで飛び込んで?!"etcetc
脳裏にグルグルと渦巻く多の言葉。乙女はそれだけを考えていた。
いや、そうじゃない。ただ、祐樹までもが崖から身を投げ出した現実を認めたくはなかった。
このままでは、二人して――――
そのことがひたすらに一秒を数百回に分けたかのような断続する時間の中で思うこと。鉄乙女が見上げるように映る視界の中で思う事。
されど、ソレは相対的に見下ろす形となった祐樹の思考とは真逆。立ち位置の逆転。年上と年下が、大人と子供に入れ替わる決定的な一瞬。
「つか――まえたぁぁぁ!」
大人な子供。切っ掛けは些細な理由だろう……力を得た理由等。
しかし、切っ掛けは切っ掛けに過ぎない。
その力を持ち、何を成すのか。何を得たいのか。――――何の為に力を。
武を行使するのか?そんなのものは。
「ゆ…祐樹?!」
「しっかり掴まって!乙女!」
祐樹の言葉に反射的に抱き寄せられた乙女は祐樹の首に腕を巻く。
幼い頃の男と女だと……女の方が成長が早い。
故に、傍目から見ると不恰好で不釣合いな体勢を晒す祐樹と乙女だが、そんなことに構ってられる余裕は祐樹にも乙女にもない。
眼下を見つめる。
――高さ……大体50メートルってとこか……!
見つめる視界の先にある地面。というよりも剣山ような森の姿。
叩きつけられば怪我程度で済まない高度を落ちながらも祐樹は。
「護る……!必ず!必ずだ!―――テト――――ュ―――」
誓いのような言葉を吠える。"己、其の物を供物にして手にした"力を呼び起こす。
フラッシュバッグする。"忘れてしまった"祐樹にはわからない光景。
視界の中に多くの者達。
―――黄金の夜明けのような笑みをくれる。金の絹糸のような髪を両サイドから垂れ、後頭部はシニョンとリボンで纏めた女性。
《ユヘン?ルヘン?ユウキですか?……うん、ユウキ。良き名ですね》
――銀髪の姉妹。無邪気に笑う妖精。少しだけ険のある瞳だが見つめる瞳には優しさが込められた瞳を持つ妖精。
《るへん!そっちのいろのほうがにあってるよ〜!》
《その………私達を……いや、なんでもありません!》
――灰色の髪。大切な人を失った女性。誇りがあり、愛があり、胸を張って、出会えた奇跡に感謝を述べたくなるような大人。
《 》
ブツリと途切れる。心が、掛かる過負荷に耐え切れない。
"忘れてしまった"という事実が苛む。己の身勝手が始めておいて……この体たらく。
反吐が出そうな程に醜悪で愚かな自分を、情け無い程に"弱い"己を認めたくなくて。
無意識に背ける。
―――思い出すんじゃない。
叛ける。銀糸の髪を持つ老婆がソムケさせる。忘却の彼方へと押し流した。
"泡沫の夢"の中だからこそ、ありえる"幸せな結末"の為に―――
左腕で抱き寄せた乙女をしっかりと抱え込み、"変質させる"
夏服。シャツの上に薄いカッターを羽織るようにした姿。一番上の位置に該当するそのカッターが変化していく。
"背中に蝙蝠とも見て取れる鋭利な翼"。
「おおぉぉぉぉ!!」
雄叫びを上げ、未成熟な翼を懸命に羽ばたかせる様に全身を包み込める程の大きさを持つ翼を動かす。
差し迫る死へと誘う様な森の木々達へと間一髪の所で舞い上がっていく。
自身と乙女を重力に逆らって、空へと。降り注ぐ雨も雲すらも切り裂さかんばかりの羽ばたき。
「な、なんとかなった……!」
バクバクと鳴り響くというよりも、破裂音に近いほどにがなり立てる心臓の音をBGMに。
「大丈夫?乙女……乙姉?」
覗き込んでくる祐樹の心配げな顔。瞳に乗る揺れる感情が真に己を心配していると痛烈に伝える。
横抱きに抱えられ、耳が祐樹の心臓に押し付けられる形。
自身の心臓の音も負けないぐらいに鳴っている。いや、確実に自分の方が大きいと確信する。
降り注ぐ雨。勢いが強くなってきており、本来ならば寒気を感じる筈なのに。
冷たくて心地いいと、半ば呆然となっている意識の外で感覚的に覚えながら。
―――あう……。う、うう……ゆ、ゆうき……
鉄乙女はどうしよう無い程に覗き込んでくる祐樹の姿に、熱くなっていく。
血が沸騰して煮え立っている。真っ赤になった顔で見上げる。表情が戦慄いている。
ギュッと、握り締めた祐樹のシャツ。崩れてしまった姉としての表情の代わりに浮かぶは、幼いながらも女としての感情。
どうしようもない。どうしようもないのだ。最早、この一時は―――鉄乙女という少女に麻薬のような甘美を齎すのは。
思い切り崩れ去った表情は、年端もいかぬ少女特有の羞恥心と歓喜が複雑に入り混じった……正しく思春期と言い表せる表情。
「ゆ、祐樹……お、お前……」
モゾモゾと祐樹の胸の中から擦れた様な言葉を呟くと。
「怪我はない?」
何処までも己を心配する祐樹に。
「っ?!〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
自分の名が示す意味と同じようになった。
"恋する"という文字が手前に入るぐらいに。
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