明日に向かって撃て! 【危機一髪】 |
【危機一髪】
小南探偵事務所は、高級住宅地の一画にある。
小南つまり俺、の友人和登さんの敷地の離れを借りている。離れといってもれっきと
した一軒家で、バスルームと小さなキッチンのある一階が事務所で、だだっ広い二階が
プライベートルームだ。
親と暮らしていたいわゆるニートだったのだが、広い庭の手入れと客人を案内する、
という条件で和登さんが便宜を図ってくれたのである。 持つべきは友。
この機会に、長年の夢だった探偵の仕事を立ち上げたというわけだ。もう1年になる。
朝の身づくろいを終えると鏡の前に立ち、渋面を作っていろいろな角度で顔を映す。
「ウン、まるでジェームスボンド、だ」と低音でひとりごちる。
事務所の棚の引出しから銃を取り出し、人差し指でぐるぐると回し、引き金に指をか
けて銃口をフッと吹くポーズ。
左腕を掲げて狙いを定めるポーズ。
両手でグリップを支えて膝を床に付き手を伸ばす。
バン! と声にする。おお、きまったな。
こうして俺の一日は始まる。
おっと、忘れるところだった。俺には助手がいる。名前はシャーロック。ブルーの目、
濃茶色をしたミニチュアダックスフンドである。
先ほどから排便のための散歩を要求してきているので、ひとまず外歩きに出よう。
普段の朝食はインスタントコーヒーと食パンで済ますのだが、毎週水曜日は、坂を10
分ほど下った所にある喫茶店“憩い”でモーニングを頼む。
カワイ子ちゃんの緑ちゃんが目的ではなく、週刊少年サンデーを読まなければならな
いのだ。
いろいろと勉強しなければならないことが多い。探偵として。
「こみなみさん、仕事暇そうやね」
『名探偵コナン』を読んでいる最中に声をかけられても、反応できない。
「コナンさん、ひ・ま・そ・う・ね!」
と耳のそばで声を張り上げてくる。
顔を上げると、大きな胸のふくらみが目の前にあって、谷間に顔をうずめたい欲求に
抗いながらもしばらく釘づけになる。
シャーロックは足もとに寝そべっている。
気恥ずかしさを振り払うように頭を左右に振り、
「いや、捜索願が出ていてね。することがいっぱいあって忙しいんだ」
と気取った言い方をして、コーヒーを啜り、ゆで卵の殻をむく。
「今度は何? また犬? 今は発情期やからねぇ、脱走多いんでしょ。そうや、店の前
に宣伝ポスターを張らせてあげてもええよ」
厚意に甘えて張り紙を出すことにした。
『もしもし、おたくさん、浮気調査をしてくださるの? 今“憩い”にいるんだけど、
ここの人に教えてもらったのよ』
「はいはい、お引き受けいたします、よろこんで。できれば詳しくお聞きしたいので
…………」
というわけで、初めて人間相手の仕事を得た。
相手は響光太郎。このあたりに秘密の別宅を構えて女を囲っているのだとか。依頼主
は響幸子さん。タクシーで後を付けたのだが、ここらで見失ったとのこと。光太郎の写
真と臭いの残ったハンカチを預かっている。家の場所を突き止め、証拠写真を撮ること
が仕事だ。
やって来るのは毎週日曜日、午前10時ごろになるらしい。
友人の和登さんに男の写真を見てもらったが、心当たりはない、という。
日曜日の午前9時すぎから助手のシャーロックとともに捜査に出た。ベストの内ポケ
ットには銃を忍ばせている。コルトガバメントM1911。うん、探偵の気分だ。ああ、
これはスプリングエアBBガンだ。おもちゃだからご心配なく。
シャーロックにはハンカチの匂いをかがせてある。男は臭い、女は匂い。ほんのりと
香水の匂いを俺は嗅ぎとったのだ。奥さんのとは違う。俺はこういうことには敏感だ。
名犬シャーロックはこじんまりとした家の門口で、この匂いを嗅ぎ取った。
庭が広く取られている。手入れの生き届いた庭の生け垣の隙間から中に入って、主の
存在を確かめてくる間、俺は近くの公園で待った。
が、戻るのが遅い。
20分ほど待ったろう。
戻って来ると、ワン、と一声。家にはひとりだけがいるということ。
しかし11時を過ぎても、響光太郎が来るのは見られなかった。
10日後、その響光太郎本人が事務所にやってきたのだ。ふたりの部下と運転手が付
きそっている。黒いスーツと黒サン、短く刈り込んだヘアー。
光太郎はでっぷりとした体を白いポロシャツで包んでいた。3人掛けのソファをひと
り占めしている。部下は直立不動で後ろに立っている。運転手はドアの前に。
響さんってひょっとして・・ちょっとビビるよ。
「探偵さん、この写真見てくれや。この犬を捜し出してほしいんや」
テーブルに投げ出された数枚の写真を見て、つばをごくり、と飲み下す。
まぎれもなくシャーロックが写っていた。薄茶のミニチュアダックスと・・・してい
る。ああ。堂々とカメラを見つめている写真もあった。
「うちのゴージャスはやな、品評会で優勝したことのある由緒正しい子なんや。それを
どこの馬の骨、やない犬か分からんもんに傷もんにされて困っとる。うちのんがえろう
怒っててな。今年も品評会に出すはずやったんや。この写真はやな、たまたま見かけて
急いで写したそうや」
「そ、それで・・・そのワンちゃんを捜し出して、ど、どないされるつもりですか?」
「飼い主見つけ出してそれ相応のことをしてもらおやないか、とおもとる。犬には死ん
でもらおうかいのう。報酬はずむさかい、至急頼むわ」
間の悪いことに、シャーロックが2階から降りてきた。
汗たらたらの俺はなにげなく近づいて隠そうとしたが、お付きのひとりに見つかって
しまった。
「おやじさん、その犬とちゃいまっか」
俺はシャーロックを抱き上げ、ドアの所でポカンとして立っていた男に突き当り、肩
で押しのけて外に出た。シャーロックはすぐに地面に飛び降り、俺のそばを付いて走る。
「追いかけっこしてるんちゃうぞ、じゃれつくな、走れ!」
待て! という声を背後に聞きながら走った。坂を転げるように駆け降りる。こんな
ことになるならポテトチップスばかりを食べずに、もっと真剣に減量に取り組んでおく
べきだった。いや、ジョギングのほうがよかったろうか。
ベストのポケットの銃のことを思ったが、BB弾を撃ったとて意味はないことぐらい
は分かる。むしろよけいに厄介になるだろう。
しばらくはどこかに身を隠さねば。それからのことは落ち着いてから考えよう。
俺は運動靴、奴らは皮靴だ。しかもスーツを身にまとっている。俺に分があるはずだ。
道を曲がり、曲がり、曲がって陰に隠れるようにして“憩い”に入った。シャーロッ
クも間に合った。彼のお気に入りの場所なのである。
「小南さん、どないしはったん、息切らして、汗もすごいやん」
「すまん、追われてんねん、かくまって」
と、カウンターの後ろにまわった。
そこへあのふたりが入ってきた。すかさずしゃがむ。
シャーロックはいつも坐るテーブルの下へ。
「てめぇ、なんで逃げるんじゃ、舐めとんのか!」
カウンターの下を靴で蹴りつけられ、俺は弾みで立ち上がった。
「い、い、いえ、そ、そ、そいつを散歩に連れてこ、お、思いまして」
とシャーロックを指差した。シャーロック、すまん、心の中でわびながら。
光太郎はベンツで乗り付けて、運転手がドアを開け、入ってきた。
「今営業中です、お客さんもいらっしゃるので外に出てください!」
勇敢な緑ちゃん。がんばって!
「そやな、ほれ外に出んかい!」
男に襟首を掴まれてカウンターから引っ張り出され、小突かれた。
トホホ、情けないよう。
「ちょっと待ちなさい! 勇汰!」
窓際の席に座っていた女性が振り返った。
「あっ! 姐さん・・・」
「な、なんで・・・おまえが・・・」
「窓から見てました。それであんた! 詳しい事情を伺いましょうか」
響光太郎の秘密の別宅に、幸子さんとともに俺も行った。
光太郎には似つかわしくない美人がいた。30歳は若いと思う。
ゴージャスはシャーロックを見ると思いっきり尻尾を振って近づき、お互いの臭いを
嗅ぎあっている。
光太郎は借りてきた猫のように小さくなっていた。
幸子さんは強かった。
美人は手切れ金を受け取り、ここを出ることにあっさりと同意。
ゴージャスは響さんが飼育し、産んだ子どもの半分は、俺が責任を持って引き取るこ
とに。どうか少なく産んでくれますように。
この家は売りに出されることになった。
そして光太郎は家に帰ってから幸子さんに・・どんな目にあわされるのか、ざまぁみ
ろ、だ。
俺の報酬は10万円だった。幸子さんがお詫びに、と言ってはり込んでくれたのだ。
俺が体を張って稼いだ、初めての収入である。
きょうは水曜日ではないが“憩い”へ行って、モーニングを頼んだ。
「あっ、緑ちゃん、響幸子さんはなんでここにいてはったんやろ」
「ああ、ご主人の様子がいつもとちごうておかしかったんで、勘が働いたんやて。付け
てきはったんやけど、また見失ってしもて、て言うてはったわ。おかげで命拾いしたね、
こみなみさん、シャーロック」
俺は少年ジャンプも読む。
「はい、コナンさん、いつものブルーマウンテンコーヒーとハードボイルドエッグ。ど
うぞごゆっくり」
コーヒーの香りをいっぱい吸い込んでから啜り、ゆで卵の殻をゆっくりと剥いた。
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