学園黙示録 〜身勝手な願いだけど〜
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――――渇く

 

 

 

 

 

 

 

――――とてつもなく渇く

 

 

 

 

 

 

 

……しかし俺は、俺の中に止めどなく生まれてくる、このどうしようもない渇きを抑える方法を知っている。

 

 

 

 

 

 

 

――――俺の本能が叫ぶ

 

 

 

 

 

 

 

……あぁ、その本能に身を任せてしまえばどんなに楽になることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

――――血を! 肉を! 周りの仲間達のように獲物を貪り喰らえ!

 

 

 

 

 

 

 

そう、<奴ら>の様にその本能の命ずるままに、己にたった一つ残された欲求、『食欲』を満たすことができたらどんなに幸せであるだろうか。

しかし、奇跡か何かは知らないが、ほんの僅かに残された俺の意識が理性をもって、堪え難く今にも爆発してしまいそうなほどの強烈な欲求を抑えつける。

そう、俺はまだ<奴ら>のように獲物を、“人”を喰らってはいない。

この一線を突破しない限りは、身も心も本当の意味で<奴ら>の仲間になることはないだろう。

逆に、この最後に残された意識によって作りだしている理性という防衛線が突破されてしまったら……もう、俺が俺じゃなくなってしまう、そんな気がするのだ。

しかし、本能の叫びはまさに悪魔の甘い誘惑の様に、俺に最後の一線を突破することを強要する。

その誘惑に何度も身を委ねてしまいたくなるが、なんとか自分を抑えつける。

……というか

 

 

 

 

(……なんで俺、こんなに必死に抵抗しているんだ? というか俺、どこに向かってるんだ?)

 

 

 

 

そう、俺はどこへともわからないまま、ただひたすらに前へと足を進めている。

<奴ら>になりながらも必死に本能に逆らってまで、一体どこに向けて足を進めているのか。

周りでは<奴ら>が本能に従い生徒達を捕食し、新たな仲間を作り出している。

俺を襲わないということはつまり、俺はすでに奴らの仲間として認識されている、ということなのだろうか。

まぁ、<奴ら>に認識することができるくらいの意識がまだ残っているのかはわからないから何とも言えないが。

 

(……それにしても)

 

と、<奴ら>が貪り喰っているところを横目でみる。

普段の俺だったらまず目を背けてしまうような、最悪心にトラウマでも残ってしまいそうなそんな悲惨な光景。

しかし、今となっては……

 

 

 

 

――――オイシソウダナァ

 

 

 

 

一瞬本能に流され一緒に貪ろうと立ち止まりそうになるが、それをなんとか抑えつけ目をそらし歩みを進めていく。

……と、そこでふと思い出した。

 

(……あぁ、そうだ、あいつに会いたいんだ)

 

 

 

 

今となってはほとんど残っていない記憶の中、そんな中でも唯一といっていい、残っているあいつの記憶、あいつと歩んできたこれまでの記憶。

小さいころからの付き合いであるあいつは、とても綺麗で、とても優しくて、そしてとても強かった。

何度も何度も、訓練と称しつつ木刀で打ち合いをさせられた。

……まぁ、結局俺は一度たりともあいつに勝つことはなかったが。

俺の振るう木刀はあいつに当たらないのに、あいつの振るう木刀はすべて的確に俺に当たる。

しかもあいつは完全に手加減していたようだし、ほんと男としては格好つかないことこの上ない。

俺はいつも長く打ち合うことができず、ぼろぼろになり地面に寝転がる。

こんな俺なんかとやり合って訓練になるのかと聞いたことはあるが、あいつは俺との打ち合いが楽しいから別に気にしないといった。

……それは俺をいたぶるのを楽しんでいるのかと一瞬身震いがしたのを思い出す。

ぼろぼろで寝転がった俺にあいつは何も言うことなく隣に腰を下ろし、微笑みながら俺の頭をなでる。

それがこそばゆくて、しかしなんとも心地よくて……。

そんな一時がとても楽しくて、そしてとても幸せに思えた、そんな記憶。

 

 

 

 

おそらくあいつはこんな状況の中でもきっと生きているだろう。

あの頃から打ち合ってボロボロにされてきた俺にはわかる、断言できる、あいつは生きているんだと。

昔から何をするのも、どこに行くのもいつも一緒だったのに、しかし俺はもうあいつと一緒に行くことはできないのだ。

だからこそ、最後にあいつの顔を見たい、あいつの声を聞きたい、話ができるかどうだかわからないが最後に少しだけ話したい。

このままただ何もせずに<奴ら>と同じになってしまうなんて、俺は嫌だ。

 

……そんなことを考えていると、俺はいつの間にか昇降口のところまで来ていた。

外を見ると生き残りだろう生徒達がバスに乗り込んでいるところだった。

 

(……あいつは、あそこにいる)

 

なぜかはわからないし、何の確信のあるものでもないのだが、俺にはそう思えたのだ。

俺はバスを目指し、一歩一歩と歩いていく。

周りにはあいつらが倒したであろう<奴ら>が転がっている。

どうやら段差のあるところは、今の俺には辛いらしく何度も転びそうになりながらも、何とか転ばないように気をつけながら進んでいく。

 

……ふと、バスのほうを見る。

遠目であっても流石に俺が<奴ら>だということはあいつらも分かるだろうし、遠目だからこそバスと俺までの距離があれば、俺が誰かなんてわかる人など稀だ。

だからこそ、どんなに俺が急ごうともあいつらが俺を待つはずがない。

もしかしたらもうすでにバスは出てしまったかもしれない。

しかし、見るとバスはまだ発車していなかった。

周囲に寄ってくる<奴ら>を迎撃しながら、中から何やら言い争っているような声が聞こえてくる。

……どうやらこの身体になってから、聴覚は格段に上がっているみたいだ。

少しすると、閉まってはずのドアが開き、中から木刀を持った少女が一人降りてきた。

 

 

 

 

『毒島冴子』

 

 

 

 

そう、それは俺が探し求めてきた人。

……そして、それは俺の“人”としての終着地点。

あいつは、先ほどよりは近くなったとはいえまだ少し離れているというのに、それでもあいつは俺の事を見つけた、見つけてくれた。

それだけのことでしかないだろうに、今の俺にはとてもうれしいことだった。

あいつは俺の顔を見ると、いつもの奇麗な顔を歪めて今にも泣きそうな顔になってしまった。

そんな顔も奇麗だと思ってしまう俺は感性がおかしいのだろうか、しかし今となってはすでにそんなもの気にしている余裕はないだろう。

俺はあいつのところまで歩みを進める。

あいつはそんな俺に対して木刀を上段に構えて近寄ってきた。

せめて俺がこれ以上醜態をさらさないように、せめて長年付き合ってきた自分が俺を討とうということだろう。

流石に長年の付き合いなだけはあるようで、あいつの考えることが手に取るようにわかった。

 

(……あいつらしいな。ほんと、そういうところはあいつらしいよ)

 

逆の立場ならおそらく俺もそうするだろう。

そして、もしかしたら俺もそれを望んでここまで来たのかもしれない。

どうせいつか、誰かにやられるのなら自分が一番気の置いている存在に、あいつに、その方が俺の最期としては幸せなのかもしれない。

……でも

 

俺は冴子の前まで行き、そして止まる。

冴子は<奴ら>と化した俺が獲物であるはずの自分を襲うでもなく立ち止まったことに戸惑ってしまい、いつでも降り降ろせるはずの木刀を振り降ろせないでいる。

 

「……ざ…ェ……ご…」

 

出せないだろう声、俺はたどたどしく言葉を紡いでいき、あいつの名を呼ぶ。

 

「お、お前、意識があるのか!?」

 

そんな俺にいつもは見せることのない驚いた様子、これは中々に貴重であるが、時間がない、<奴ら>が獲物を求めてどんどん集まってくる。

俺たちの所に来ないように、バスに乗っている冴子の仲間だろう奴らが援護をしているがそれもいつまで持つかはわからない。

 

「…ご…め……ん………おれ…バ……も…イ……じょ…に…いげ…ない…」

 

やはり舌がうまく動かなく、ちゃんと言葉を紡ぐことができない。

だが、それでも伝えられないわけじゃない。

あいつは俺の言葉にとうとう目に涙を浮かべて、そしてただじっと聞いている。

あいつに泣いてほしくなどなかったのに、しかしなぜかそれが俺にはうれしく思えた。

 

「ザ…ぇ…ご……い…ぎで……おで…の…ぶん……ま…で…い…ギ……ぬ…い…で…ぐ……れ…」

 

「……わかった。お前の最期の言葉、確かに受け取った。今まで…ありがとう。お前のことは……絶対に…忘れない……!」

 

あいつは上段に構えた木刀に力を込める。

あぁ、今度こそ俺はあいつの手によって逝くことができるんだな、この苦しみから解放されるんだな。

 

「…あり…が……ど…お……」

 

その最期の言葉を紡ぎ、俺はゆっくりと目を閉じる。

あぁ、本当に俺は最低だな、あいつを泣かせて、そしてあいつの手で、俺を殺させようとしているんだから。

冴子は約束したことは果たす奴だ、今までだってそうだった。

さっき、俺に忘れないと言った、本当にあいつは忘れないだろう。

俺のことを、俺との思い出を……俺を殺したことを。

本当に俺は最低だ、あんないい女を泣かしたんだから、あんないい女の心に死んでもなお居座り続けるんだから。

でも、あんなに泣くほど、俺を大事に想っていてくれたんだ。

それ知ることができただけでも、俺は本当に幸せな気分だ。

もう、俺は冴子と一緒の道を進むことはできないけど、俺の道はここで途絶えてしまうけど、それでも最期に冴子の隣で、冴子の手によって逝けることは本当に幸せだと思える。

 

……でも、せめてこんな俺でも最期に願わせてくれ。

冴子が、これから歩んでいく道の中で、少しでも幸せを感じてくれることを。

自分の身勝手で冴子の心に居座り続けて、冴子の苦しみになるというのにこんなことを願うのは、本当に自分勝手だとわかってはいるが、それでも願わせてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

――――こうして、俺の意識は

 

 

 

 

 

 

 

――――あいつの、俺の大好きなあいつの手によって

 

 

 

 

 

 

 

――――消えていった

 

 

 

 

説明
……なぜ、俺はこの渇きを我慢しているんだろうか
……なぜ、俺は歩き続けているんだろうか
……俺は、一体どこに向かっているのだろうか
……俺は、一体何を求めているのだろうか

これは、ただただ自分の想いを死ぬまで貫いた自分勝手な男の物語

<短編>
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タグ
学園黙示録 オリ主 短いです 身勝手な思い 毒島冴子 

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