噺ノ一 青春を知らない一人の男子と一人の女子 〜The Darkest place is UNDER the Candlestick.〜
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 ――北海道の夏はそんなに暑くない。

 というのは正直なところ大嘘で、最近の北海道は夏になれば気温が三十度を超える日もそう少なくない。

 そんな中、日中ずっと日に当たる向きに置かれているユニットハウスの中なんて、それはそれは地獄である。

 風通しなんて皆無。

 扇風機なんて洒落たものなど存在しない。

 それにホコリっぽい。

 かくなる上に狭い。たった四畳ほどしかないのにブルーシートやらポールやら箒やらバケツやら、あと運動会の得点板も。つまりただの物置。

 外に出ていたほうが幾分か、というか幾分もマシというものである。

 しかし、そこが彼らの仕事場である。

 夏休みを前に、高校最大の行事、すなわち学校祭に向けた準備が着々と進められていた。

 

「ホント暑い」

「死ぬ……」

 

 ただでさえ狭い物置ーーもといユニットハウスに、さらに学生机を二つ並べて、そして仲良く隣り合わせに座っている一人の男子と一人の女子。

 一人、座高が高めな、いかにももやしっ子な男子。二年生。

 一人、体格が控えめな、明るそうな女子。やはり二年生。

 共に生徒会役員で、ねぶた制作局の二人。彼らの通う高校では毎年全学級がねぶたを制作することになっている。何故ねぶたなのかは誰も知らない。

 ねぶたを作るのは体育館の裏にある教員駐車場で行う。この時期は駐車場にねぶた制作用のスペースとして、合計二十四学級、ねぶた二十四基分の区画が作られる。それだけのスペースをとっても教員が車を停めるには苦労しないらしい。さすが北海道、土地が広い。

 そしてその作業場所の監視役に当たっているのが、彼ら生徒会のねぶた制作局である。作業場所の端に建っているプレハブ式のユニットハウス――とりあえず「本部」という名前が付いているが――の中で、道具の貸し出しをしたりたまに質問に来る生徒に親身になって応えてあげるのが仕事。しかし他の大体の生徒会役員は、屋内の冷房の効いた快適な生徒会室で仕事を行なっているため、この局だけ仕事環境が劣悪である。熱中症にならないよう気をつけながら業務をこなさなければならない局なんてここくらいだ。

 

「なぁ女ー」

「どうした男」

「暇」

「奇遇だな、私もだ」

 

 さらに残念なことに、いざというときに仕事をしなければならないのに、普段はまるで仕事がないのである。

 道具を貸し出すことも、質問に応えることも仕事だが、どちらも稀なケース。大体は、

『作業足場の最上部に昇るなー! 危ないぞー』

『作業終了まで15分だぞー! 片付けろー』

 なんてことを、拡声器で叫ぶだけの仕事である。

 それが平日の放課の時間帯ならまだしも、今日は休みの土曜日。午前は9時から、午後は5時まで、ずっとこのユニットハウスに篭りきりという地獄。

 

「女ぁー、今何時ー?」

「まだ十時にもなってねーよ」

 

「女ぁー、今何時ー?」

「あと十分で十時だ」

 

「女ぁー、今何時ー?」

「朗報だ、今十時になったところだ」

 

 あと、七時間――

 

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 ● ● ●

 

 

「女ぁー、何か話そうぜー」

「生憎だな、私は勉強で忙しい」

「嘘つけ―、さっき暇って言ったろー」

「暇だったから勉強してんだ」

「けちー」

 

「もー、勉強してないでちゃんと仕事しろよー」

「お前も仕事しろ。注意喚起でも行ってこい。ほら拡声器持って」

「えーやだよ暑いもん」

「だったら黙ってろ。ただでさえ暑い部屋がむさくるしさも加えて死にたくなる」

「うー……」

 

「女はどこの大学に行きたいのー?」

「どこでもいいだろ」

「気になるー! どこだよー」

「……えと……ンとこだ」

「えっ、何?」

「お前と一緒ンとこだよ!」

「え、俺本州の大学目指してるけど、お前もなの?」

「……なんだよ、悪いか!」

「いや、別にー」

「……というか何で俺の目指してる大学知ってんの? クラスちが……」

「うっさい黙れ! 注意喚起行って来い!」

「やだよー暑いもんー」

 

 

「女ぁー、今何時ー?」

「もうすぐ十一時だ、良かったな」

 

 

「あのー、すいません」

「はい、何でしょう?」

「発電機が動かないんですけど、どうすればいいんでしょう?」

「あーはい、ねぶたに使う発電機ね。ちょっと待っててくださいねー……男、仕事だ行ってこい」

「はいはいりょーかい……君たちのクラスはどこ?」

「一年四組です」

「分かりました。今行くんで先行っててください」

「お願いしまーす」

 タッタッタッタッ……

「……何で女行かないんだよー」

「発電機っつったら男の仕事だろ? 早く行ってこい」

「うーい……」

 

「男のやつ、ようやく出ていったか。ようやく勉強に集中できる……」

「「女ー、差し入れ持ってきたよー!」」

「わっ、友ちゃんに友さん!」

「こんな掘っ立て小屋みたいな汚いとこでよくじっとしてられんね」

「大変でしょう?」

「いやいや、そんなことないって! これでも仕事だから」

「……とか言っちゃってぇー、本当は男と居るのが楽しいんでしょう?」

「ばばばばば、馬鹿なこと言うな! そんなわけあるか!」

「でも、顔が赤くなってますよ?」

「と、友さん! そんなことないよ! これはそう……あ、暑いから! もう部屋の中暑すぎてもう!」

「それは大変だ、熱中症かもしれない! 友さん、男呼んできて! 私は女を保健室に連れて行く!」

「わ、分かりました!」

「いや、行かなくていいから! 友さん走り出そうとしなくていいから! 友ちゃんも変なこと言わないで! 熱中症でも何でもないわよ!」

「はいはい、そういうことにしとくわよ。行くよ友さん……その差し入れ、男と二人で食いなよ」

「んもぅ……ありがとうね二人ともー」

「いろいろ頑張れよー」「頑張ってくださいー」

 

「ただいまー女ー」

「はいはいお帰りお帰り。発電機はどうだった?」

「あー、燃料コックが閉じてただけだったわー」

「ふぅん」

「あれ、どうしたのこのお菓子はー」

「私の友達からの差し入れだよ。食いな」

「ありがとー」

 

 

「女ぁー、今何時ー?」

「十一時は回った」

 

 

「女ぁー、喉乾いたー」

「奇遇だな、私もだ。だから飲み物買ってこい」

「どーしてさー。女が行けよー」

「しょうがない。じゃんけんだ。負けたらロッテリアにシェーキ買いに行く。あと奢る」

「仕方ないなー。それじゃあ、じゃーんけーん、っぽん!」

「はい、アンタの負け。シェーキ奢りね」

「うわぁ……しょうがないなー」

 

「ったくもう、買いに行くだけならまだしも、何で奢らなきゃいけないんだよー」

 イラッシャイマセー

「味は何でもって言ってたから、バニラ二つでいいかな」

 ピロピロピロピロピロピロ……

「ん、電話だ……後輩からだ」

[男先輩、大変です! お、女先輩が……!]

「…………えっ!?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……お、女は?」

「さすが男先輩、走って戻って来ましたね。今保健室です」

「じゃあ俺の代わりにしばらく本部に入ってもらってもいい?」

「分かりました……あ、あとでロッテリアのシェーキ奢ってくださいね!」

「あんたもかよ……分かったよ!」

 ダッ

「他の先輩の言ってた通りだ。男先輩、女先輩のことになると凄い夢中になってる……」

 

 ガラッ

「女ぁ!!!」

「うるさいですよ、ここは保健室です。静かになさい!」

「先生、女は!?」

「ここにいるわよ!」

「お、女ぁ!」ダッ

「ちょ、走り寄ってこないで気持ち悪い!」

「……女…………」

「……な、何よ……」

 

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 ● ● ●

 

 

 世の中の男性というのは、時々「不器用だ」と言われる。

 それは、物理的な器用さではなく、「正直か否か」という点においてだが……

 

 パァン!

 

 静かなはずの保健室に、高らかに響く乾いた音。

 そこにいる誰もが、呆然とした。

 彼を除いて。

 

「何で無茶したんだよ! 俺が帰ってくるまで待てなかったのかよ!」

「お、男……」

「発電機は俺の仕事だって、言ったのあんただろ? 俺が帰ってくるまで待つことだってできただろ!」

 

 彼女は、左頬を強く引っ叩かれた彼女は、ただ呆然とするしかなかった。

 その小さな事故は、男が買い出しに出た、その直後に襲いかかったという。

 後輩曰く、ある学級から発電機を乗せた台車の車輪が壊れたので、台車を交換して欲しいという願い出があったという。

 その学級は、本部に女――女性が一人しか居なかったことに気が付き「別に急ぎじゃないからまた後ででもいいです」と言い残し立ち去った。しかし女は暇だから、とすぐに台車を交換しに行った。台車自体は誰しも運べるものだが、発電機は二十キロ近い重さになる。その学級の生徒に手伝ってもらえばよかったものの、なぜか見栄を張った彼女は一人でその発電機を、壊れた台車から新しい台車に乗せ変えようとした。そして……

 

「足は大丈夫なのかよ?」

「大丈夫……って言いたいところだけど、これから病院行って検査してくる。結構痛い」

 

 結局、重さに耐え切れず発電機を自分の足に落とした。

 ――これが、後輩に聞いた話の顛末である。

 

「それじゃ、お大事に」

「はい。ありがとうございます、先生」

「女さんは担任の先生が来てるから、背負ってもらうなりして車に乗せてもらって、病院に行きなさい」

 保健医が言った通り、彼女の学級の担任が、保健室まで迎えに来ていた。女性の先生だ。

「あと、男くんはここに残りなさい」

「えっ?」

「監督不行届で、このあと生徒会顧問の先生とお話し合いです」

「!?」

 

 女が保健室から去り、そこには保健医と男だけが残った。

「さて、と……男くん」

「はい……」

 

 真っ白なベッドに腰掛けた彼に、保健医が話し始める。

 

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 ● ● ●

 

 

「さてと……始めに一つ謝っておくわ。監督不行届で話し合いってのは嘘、ごめんね」

「えっ?」

「ただ、一言話しておきたくて」

「何をですか?」

「女さんのことね……」

 

「いきなり引っ叩くのはあまりにも可哀想よ」

「は、はぁ」

「彼女はね、ヘラヘラしながらも何でも出来る君に少し嫉妬していたみたいだよ」

「…………」

「さっき男くんが来る前に女さんが話してくれたんだけどね、『いっつものほほんとしてるのに、勉強もできて、仕事もできて、って羨ましい、というか少し悔しい』だって。彼女、あなたのことよく見ているみたいだよ」

「………………」

「だから、勉強でも負けないように同じ大学行くって意気込んでたし、今回の事故も、君ばかり何でもされるのが癪なんだってさ」

「……………………」

「だから、少しは彼女のことも分かってあげてね。それだけ……ちょっとお節介だったかな」

「ありがとうございます……でも、大丈夫ですよ」

「?」

 

「幼馴染のことくらい、誰よりも知っているって自信がありますから」

 

「そう……だったの。道理で仲がいいと噂になるわけだ」

「その噂どこまで広まってるんすか……」

「少なくとも、ねぶた制作に携わっている人はよく知っているみたいよ。『今年の生徒会のねぶた担当の二人は仲が良すぎる』って」

「……はぁ…………」

「ま、悪い噂じゃないんだし、いいんじゃないの?」

「良く無いです。事あるごとにそれで弄られる身にもなってください」

「はいはい、じゃあ頑張って仕事の続きしてきなさいな」

 

 

 ● ● ●

 

 

 昨日が土曜日ってことは、今日は日曜日である。そして今日も、九時五時のサラリーマン生活だ。

 しかし男は寝坊してしまい、本部に着いたのは九時を少し回った後だった。

 慌てながらも男が本部に走って行くと、一人薄汚い部屋を掃除している人影があった。

 見覚えのある姿、少し背の低い、髪をショートにしている女の子――

 

「男ぉー、今何時ー?」

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 ● ● ●

 

 

 ……ちなみに昨日のこと。

 後輩の分のロッテリアシェーキを買いに行った男が本部へ戻ると、後輩が熱中症で倒れていたので病院に連れていったというのは、また別のお話。

 

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SS No.01
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