仮面ライダーオーズ 旅人と理由と3人のライダー [005 旅の途中と大洪水とルゥとの出会い] |
−−今から、一年……否、二年程前の話だろうか。
映司が、例の男性を捜しに、世界中を旅していた時だった。
『青空を、すごく嬉しそうに眺めていた』
そんな彼は、青空の見える場所を目指して旅をしていると考え、映司もまた、ひたすらに青空を求め続けた。
時には、水の綺麗な都。
時には、急な傾斜が続く山岳地帯。
時には、木が生い茂った密林の中。
時には、生命の欠片さえも見つからない広大な砂漠。
常に危機と隣り合わせな毎日を、映司はなんとか過ごして、世界中を渡り歩いていた。
−−そんな毎日の中、映司はある地域に足を踏み入れていた。
そこは、とある紛争の渦中にある、小さな民村だった。
そこを訪れたのは、全くの偶然であった。
その村が次の目的地に向かう途中にあったからなのか、不慣れな言葉による会話で聞き間違えてしまったからなのか、理由はいくらでも思い浮かんだが、結局の所、思い浮かんだ事柄全てがそれだったため、映司はそれ以上考えるのは止めた。
「……」
紛争地域の民家の中を、映司は歩いていく。前の街の洋服屋で調達した旅用の洋服を着た映司は、その地域の人達の目には妙に栄えて映り、中には映司を嫉妬しているような目で眺める者もいた。
そんな人達を見て、映司は言いようの知れない感情を抱く。
−−みんな、全然笑ってない……
後々思い返してみても、それはあまりにも不謹慎な感想だと思った。
紛争地域を、あくまでも知識の面のみでしか知らなかった映司にとって、咄嗟に出てしまったその言葉は、むしろ必然だったのかもしれない。
いつ、襲われるかもしれない恐怖や、これから先、生活が出来るか判らない不安に駆られ、それでも生活している彼らの目はストレスと疲労により、恐ろしいほどに血走っていた。
−−ここに長居するのは、ここにいる人に迷惑がかかる
明日……今日のことさえも、まともに見えていない彼らと共にいることは、更なるストレスを与えかねない、と映司は考えたのか、村を早々に立ち去ろうとした。
−きゃああああぁぁぁ……!
その矢先に、村の反対側から、悲鳴が聞こえた。
それは村人達にも聞こえたのか、まるで火が広がるかのように、騒ぎ声が大きくなっていく。
「……っ!」
そんな村人達の間を映司は一目散に走り出していた。
悲鳴を頼りに映司がたどり着いたのは、村の後ろに広がっていた巨大な運河だった。噂で聞いた限り、この運河は普段は流れが穏やかなものらしいのだが、ここ最近の大雨で急流となっており、近付くのさえも非常に危険だった。
その運河のほとりに、男性と女性の二人がいた。男性は運河に向かいながらしきりに叫び、女性は力無くその場に座り込んでいた。
「大丈夫ですか!?何があったんですか!?」
二人のもとに駆け寄った映司は、二人に問い掛けるが、パニックに陥った二人はまともに返事を返さなかった。
その二人の視線を、映司はたどる。
−−映司の視線の先には、急流の中、必死に大木にしがみついた少女がいた。
「……っ!!」
その光景を見て、映司は息を呑む。
なぜ、このようなことが起こったのか。
そんな疑問は、映司には浮かばなかった。
それよりも先に浮かんだのは、この事態をどうすべきか、ということだ。
少女がしがみついている大木の耐久性、少女の残りの体力−−そして、何よりも問題なのは、この急流の速さである。
この速さは、世界の一部を巡ってきた映司も見たことがないほどのものであるのだ。それだけならまだしも、河の深さが全くもって未知であるため、下手に飛び込めば、少女を助ける前に自分が土左衛門になってしまう可能性が高い−−何しろ、地元の人達が安易に飛び込めない状況なのだ。事態は自分が思っているよりも、はるかに複雑なものであることは間違いない。
だが、これ以上長く考えることも出来ない。大木にしがみついている少女の体力は既に限界であろう。彼女がこの急流になんとか耐えている間に、最低でも彼女のもとに向かわなければいけないのだ。
−−そんな考えが、堂々巡りとなっていた最中、事態は最悪のものへと変貌した。
彼女がしがみついた大木が、ミシミシと悲鳴を上げながら、急流に押され始めたのである。
「……っ!」
その光景に、男性、そして映司は絶句した。女性はそれを見た瞬間、気絶してしまい、男性はなんとか彼女を支えながら、流されつつある少女を見つめる。
急流によって、持っていかれる少女の泣き声。
だが、それでも聞こえてくる泣き叫ぶ少女の声が、痛々しく映司の胸に響き渡る。
その響きを聞いた瞬間、映司の頭と心の中から迷いが消えた。
迷いが無くなった身体は、急に動き出し、映司はその勢いのまま、急流の中にその身を放り込んだ。
「ブハァッ!!」
急流を全身で受け止めた映司は、その衝撃により、体中が硬直してしまった。これでは身もふたもないと感じ、顔をなんとか水面から出すが、その間にも、水流は容赦なく自身を流していく。
少女がしがみついている大木に目をやる。
大木はなんとかその場で踏みとどまっている様子だった。だが、それにしがみついている少女は、腕に加わる負担の変化に耐え切れず、今すぐにでも大木から手を離してしまいそうだった。
映司は、水流に抗いながらなんとか、体を前に前にと、水をかき分けていく。必死に、何も考えずに、大木に向っていく。
そして、大木のちょうど上流側に来た映司は、大木に向って流れに身を任せる。自身が大木にぶつからないように、その勢いをなんとか調整しながら、確実に大木に近づいていく。
そして−−ようやく、映司も大木にしがみつき、少女に手を伸ばし、その腕を掴み取り、自分のもとに引き寄せると……
「もう……大丈夫だからね……」
途切れ途切れに、映司は言葉を紡ぐ。そして、彼女を安心させるように、映司は飛び切りの笑顔を彼女に向けた。
「ふぇ……ワアアアァァァ……」
映司の笑顔を見た彼女は、心底安心しきったのか、大粒の涙を流し始める。そんな彼女を見た映司もようやく安心しきった顔を見せ、岸の方を見つめる。
そこには、命綱をつなげた村人がこちらに向かって泳いでいる光景があった。命綱をつなげられた屈強そうな男性に、映司は自分が助け出した少女を引き渡そうとした。
この急流の中、二人を同時に運ぶのは命綱を結んでいても危険、という判断なのだろう。それを感づいた映司は、自分よりも幼い少女を優先したのだ。
それを理解した屈強な男性もまた、いち早く戻ってくることを目で映司に伝えながら、少女を引き取り、岸へと戻っていく。少女よりも体力のある映司は、大木にしがみつき、その様子を見守っていた。そして、岸に男性がたどり着き、少女が先ほどの男性と女性のもとへと戻っていくのを見ると、映司は危機的状況の中でも心底安心した。
−−それが、映司の油断へと繋がった。
「あ……れ……?」
安心感の中、映司の腕から力が抜けてしまった。油断したからもあったのだろうが、慣れない旅のせいで映司の体には大きな疲労が確実に蓄積していたのだろう。その中で水に濡れて、大幅に擦り切られた体力は既に限界だったのだ。
急流に流され、岸が遠ざかっていく。
男性も。
女性も。
自分が助け出した少女も。
その影が見えなくなるほど、一瞬で流されてしまう。
−−ここまで……か……
無意識に、映司は悟る。諦めが映司の中で生まれたせいか、彼の体は徐々に水中へと沈んでいく。
−−結局……あの人に会えなかったな……
水中の中で、徐々に狭まっていく視界の先に、あの日の光景が浮かぶ。顔を覚えていないが、それでも感じる温かさと心地よさに身を委ねながら、映司は意識を手放していた。
「……ん……」
それから、どれほどの時間が流れたのか。映司はようやく、目を覚ました。
−−ここは、天国……?
そんなことを感じながら、力の入らない体になんとか鞭を打ち、体を起こす。
すると、一人の少女と目が合う−−忘れるはずもない、大木にしがみついていた、例の少女だ。
「君は……」
それを言おうとした瞬間、映司は気付く−−彼の周りにいる沢山の人達が、皆、映司を心配そうに見つめていることに。
そして、映司が完全に目を覚まし、体を起こすと、人達はお互いに手を叩き、喜び始めたのだ。
「え……と……」
事情がわからず、映司はただ困惑するだけだった。
「目が覚めたか……?」
そういいながら、映司の目の前に40代前半ほどの男性が現れる。その後ろには30代後半の痩せ型の女性が付き添い、その後ろには先程の少女がついてきていた。
この男性も、この女性も覚えている。川辺で、少女を心配していた二人だ。
「あの時から、君は溺れてずっと意識を失っていたんだ……」
かなり不安定であったが、彼は日本語を話すことが出来たらしい。映司にとっては、不幸中の幸いであったが、今は何が起こっているのかを確認することが先だった。
「俺……そうだ、確か河で、その子を助けようとして、それで……」
「あれから、丸二日は寝ていた……」
「え……そんなに、ですか?」
男性の発言に、映司は目を丸くして驚いた。あの河の中で感じたが、自分の中には相当大きな疲労が蓄積していたようだった。自分のことに関してはしっかり気を配っていたつもりだったが、肝心なところで、しかもこのような地域の人の迷惑になってしまって、映司は気恥ずかしく感じた。
「本当に、ありがとう。娘を助けてくれて……」
そういって、男性が映司に向って頭を下げてくる。それに続いて女性、更には、外から見守っていた村人達からも頭を下げていた。
「この子は、私達の唯一の子供でね……ずっと子供を持てなかった私達に、ようやく出来た子供なんだ……なんと御礼したらいいか……」
「そんな……頭を上げてください……俺、そんなに大したことしてないですから……」
頭を下げている村人達に向かい、映司は戸惑いつつも、何とか頭を上げさせる。その後、映司はこの家の主人である男性といくらか話をした。
ここは、どのような場所なのか。
自分がこれまでどのようなことをしていたのか。
目的の場所は、どこにあるのか。
小一時間ほどの話を終え、情報がいくらか纏まった映司は、速やかに身支度を整えようと立ち上がろうとした。
だが……。
「つっ……!!」
映司の右足に痛みが走る。右足を見ると、深くはないが、大きな裂傷があったのだ。一応、手当てはされているようだが、傷口はいつ開くか判らないほど不安定であった。
男性の話からすると、あの急流に流されてきた木の破片により出来たものらしい。現在の状態だと、旅に出ても、傷口は長くは持たないということらしい。そう思った映司はどうしたものか、と考えを巡らせる。
すると、家主の男性から意外な言葉が出された。
「傷がある程度治るまで、ここにいないか?」
「え……?」
その発言に、映司はしばらく驚いていた。仮にも、ここは紛争地域ということもあり、明日はおろか、今日の食料や寝床の確保すらも難しい場所のはずだ。それを言い出すことは、自分達はおろか、映司の分のそれを用意するということに他ならないのである。
−−それは、この村人達の命を削ることに、他ならない行為でもある。
そう感じた映司はその申し出を断ろうとしたが、自分の状態や今後の旅のことなどを考えると、旅に対して未熟な映司にはどうにもその決断を下すことが出来なかった。
「いっしょに、いようよ」
決断を渋る映司に対して、言葉をかけたのは家主の娘だった。父親の真似事で覚えた日本語は、父親よりも舌足らずで、日本語を母語とした映司でも聞き取るのがやっとのものだ。
「え?」
「いま、おそとあぶないよ。おにいちゃん、けがしてるのにいっちゃったら、しんじゃうかもしれないよ。そんなの、ルゥいや」
ルゥ、という名の少女は、映司のもとに近づきながら、まるでお願いと言っているかのように、映司に言う。
それに対し、映司は複雑な感情を持ちながら、ルゥを見ていた。
−−こんな、小さな子まで、今の状況を理解しているんだ……
映司が育った日本なら、普通に遊び、普通に笑っているはずの少女までもが、生死を賭けてここで生活している。このような世界を知らなかったことに恥じながらも、映司は純粋に彼女の生きようとする姿に、胸を打たれていた。
「……どうか、ほんの数日だけでも、休んでいってくれ……この子のためにも……」
後押しするように、家主の父親がルゥの頭を撫でながら呟く。彼の言っていることの後半の部分は、映司には判らなかったが、この状況では断るに断れなくなってしまっていた。
「……じゃあ、怪我がある程度治るまで、よろしくお願いします」
その発言に、家主の男性と妻である女性はホッと胸を撫で下ろす。映司が村を出て行って、紛争の流れ弾を食らわないで済んだことに、何よりも安心したのだろう。
映司は、こんな境遇にも関わらず、人のために何かをすることが出来るこの家族に純粋に感動していた。
その中で、ルゥはただ一人、ポカンとしていた。映司の言った言葉の意味が、あまりよく判らなかったらしく、両親と映司の顔を交互に見つめている。
「おとーさん」
「ん?なんだ?」
「おにいちゃん、でていくの?」
寂しそうに、呟くルゥに対し、父親は優しげな笑みを浮かべながら、こう言った。
「いいや、おにいちゃん、しばらくここにいるんだって」
その言葉を聞き、ルゥの顔がパァと明るくなる−−その表情は、この場所が紛争地域であることを忘れさせるような、年相応の女の子の笑顔だった。
「ほんと!?」
「あぁ、本当だよ」
「やったぁ!!」
笑顔を浮かべながら、部屋の中を走り回り、全身で喜びを表現するルゥ。やがて、表現を終えたルゥは映司が座ったベッドのもとにやってくる。
「おにいちゃん、ルゥはルゥって名前だよ」
無邪気な笑顔に、映司もまた笑みをこぼす。
そして、思う。
−−この笑顔を守れて、本当に良かった、と。
「えいじ……」
そして、映司は自分の名前を告げる。
「俺の名前は、火野映司」
「エイジ……?」
「うん、映司」
「エイジ!!」
「よろしくね、ルゥ」
お互いに名前を呼び合う二人。
重なりあうことのなかった偶然が重なり合い、二人の絆が、生まれた瞬間だった。
そして、それが映司にとって最も残酷な運命を呼ぶ必然であることも、映司自身は知らず、映司はこの出来事に純粋に喜んでいた。
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オーズ作品の第5話となります。 | ||
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