仮面ライダーオーズ 旅人と理由と3人のライダー[006 戦争と子供らしさと絶望]
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映司が紛争地域の人々と過ごすようになり、(眠っていた2日を除き)2日が経過した。

あれから、ルゥの家族と共に条件付きで過ごすことになった映司はというと……。

「暇だ……」

家族に貸し与えられたベッドの上に寝転がりながら、石で出来た天井を見上げていた。

「疲れのせいで、熱を出すなんて、ついてないなぁ……」

−−映司が目を覚ました翌日、まだ取れていなかった疲れのせいで、映司は熱を出していた。家族の話だと、眠っていた2日間はもっと高い熱を出していたそうだが、元からあった体力のおかげで、なんとかここまで回復したらしい。

ある程度回復はできたものの、今の映司にはできることなど、何もなかった。暇を持て余すということは、徐々に元気を取り戻しているということなのだが、動かないことは性に合わないのか、映司はゴロゴロとベッドの上を転がっている。

「ただでさえ、迷惑かけちゃったのに、お世話になるなんて……ホントに申し訳ないよな……」

元気を取り戻すに従い、徐々に思考も安定してきた映司は、やはりこの家族にかかる負担を真っ先に考えていた。

川に飛び込んで溺れた自分を助けてくれただけではなく、目を覚ますまで身を置いてくれた上に傷の治療、あげくの果てには数日の同居。

ルゥを助けたことを当然と思っている映司にとって、これほど親切にされると、ありがたいという気持ちよりも申し訳ないという気持ちが芽生えた。

かと言って、恩返しが出来るほど体調も優れておらず、自分にしてもらったことに相当することすらも、思い浮かばない。

結局のところ、体調をいち早く治し、これ以上の迷惑をかけないようにすることしか出来なかった映司は、ゴロゴロとひたすら寝返りを打っていた。

「けど、戦争している所って、こんな感じで生活してるんだな……」

ほんの少し体を起こし、辺りを見渡す映司。

コンクリートで出来た家は、度重なる襲撃の流れ弾で風穴がいくつも空いており、部屋の床……というより地面から生えてくる雑草は、戦地特有の空気に触れ、成長してきたせいか、緑色よりも茶色の葉が多く、地面もひび割れている。

また、映司が今使用しているベッドの布団も、節々から綿がはみ出ており、布もかなり黄ばんでしまっていた。

「……」

映司は以前に、戦地に関する写真を見たことがあったが、現実の光景は、知識上の光景の全てを凌駕していた。

映司が知っていた普通さえも、この場所では非常に困難な出来事となる。

食べ物を食べることも。

水を飲むことも。

安心して眠ることも。

自分の思いつく限りの全てを、命懸けで行わなければならない

現に、この家で出される食事や生活状況は自分が想像していたものよりもずっと厳しいものだった。

毎日の食事の量は決して多いことはなく、少ない時には数少ない野菜を煎じたスープ一杯だけの時もあった。

だが、映司はその生活には特に苦を感じていなかった。これまで送ってきた不慣れな旅は、ここの食事よりももっと厳しいものもあったし、何よりも野宿とは違い、過ごしやすい家がある。裕福な暮らしをしていた自分には気付かなかっただろうその幸福に、今の映司はほんの少し誇りを感じていた。

 

−−それ以外にも、映司に苦を感じさせない出来事があった。

「エイジー、お薬の時間だよー」

そう言いながら、部屋に入ってきたルゥは、小さな瓶を手に持ち、映司に近づいてきた。

−−傷を負った映司を世話していたのは、ルゥであった。

ルゥの両親は、一日分の家族の食料と水を得るために、日中は家にいることがなく、留守番を頼まれていたルゥがこの役目を頼まれたのである。

映司の傷口に薬を塗ることはもちろん、映司の食事を持ってきたり、時には映司の体を拭いたりもするなど、現在の映司の身の回りの世話をほぼルゥひとりが行っていたのである。

「ルゥ、いつもありがとう」

「んーん、気にしないで。エイジには早く元気になって欲しいもん」

無邪気に笑いながら、映司の足に巻かれた包帯を解いていくルゥ。すると、そこからは映司が負った傷跡が顔を見せていた。

若干、生々しさを感じるものの、傷口は完全に塞がっていた。あまり傷口から菌が入らなかったことも勿論関係しているのだろうが、何よりもルゥの治療があったからであろうと映司は実感していた。

「傷、だいぶ良くなったね」

「うん、ルゥのおかげだよ。本当にありがとう」

そう言うと、映司はルゥの頭を優しく撫でてやる。ルゥは気持ちよさそうに目を細め、嬉しそうに微笑んでいた。

「じゃあ、そんなルゥに、今日もおはなししてあげようかな」

「やった!!おはなし、聞きたい!!」

映司の発言に、ルゥはバンザイをしながら、両目を輝かせていた。

−−映司が目覚めた日から、話し相手になっていたルゥは、映司のはなしが楽しみとなっていた。日中は両親がいないため、ルゥ自身が寂しい思いをしているに違いない。そんなルゥの話し相手に映司がなったのは、その状況下では、むしろ必然だったのだろう。

とくに昨日なんかは、外から帰ってきたルゥの両親が止めに入るまで、映司はルゥに話をせがまれていた。病み上がりの体には、相当負担がかかったのか、映司は昨夜グッスリと眠れたことは余談としておこう。

「じゃあ、今日は……学校の話をしようかな」

映司が話すものは、自分の母国である日本のことや昔話を始め、これまで旅をしてきたそれぞれの国々のことだった。

この国以外のことを何も知らないルゥにとって、映司の話ている内容は、まるで絵本の中の魔法と同じような、感覚だったのかもしれない。

不思議でたまらないが、実際に見てみたいもの。

ルゥにとって、それは未知のものから、憧れに変わっていく瞬間だったのだろう。ルゥが映司の話を聞く際は、日本にいる子ども達と何も変わらない、キラキラとした瞳で聞いていたのである。

−−だが、それは昨日までの話である。

「そこで、子ども達は振り返るんだ……ところが、そこには誰もいない……」

「……」

「不気味に思いながらも、子ども達は歩みを止めずに歩いていく……しかし、それでも子ども達とは別の足音が子ども達の後ろや前、天井や床から跳ね返ってくるんだ……」

「……」

「やがて子ども達は恐怖のあまりにとうとう止まってしまった。それでも鳴り止まない足音は、やがて子ども達の頭の中にまで入ってきて、延々に頭の中で響いていく……いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも……それから、その子達はどうなったと思う……?」

「……どうなったの……?」

張り詰めた空気の中で、ルゥは真剣な表情で、映司の表情を見つめる。

「その子ども達は、いつまでも聞こえる音に耐えきれなくなって、だんだん頭がおかしくなっていったんだ……そして、こういった結論に至ったんだ……『音が聞こえる耳なんか、なくなってしまえばいい……!!』……そして、子ども達は自分の耳を切り落としてしまい、そのショックで、誰もかもが死に、その噂に近づいたものは誰もいなくなった……これで、お終い」

張りつめていた空気を緩めるように、映司は胸の前で手を合わせた。だが、映司は話を言い終えたことよりも、気まずい雰囲気が流れていたことに、意識を持っていかれていた。

ルゥへの話の途中までは、確かに日本の学校についての話だった。そこから、どういった流れになったのか、学校の七不思議の話題になり、いつの間にか、先程の怪談話に至ってしまったのだ。

内容は、大雑把に言えばこうだ。

ある小学校に、噂好きな子供達がいた。子供達は、最近噂になっていた七不思議の一つである『無限廊下』という場所に行くことを決めたのである。

『その廊下を歩いた者は、その廊下に巣くう亡霊の足音を聞く。そして、亡霊に取り憑かれ、延々とその廊下を歩き続ける。廊下の亡霊達の足音と共に』

早い話が、その廊下を歩くと自分達のものとは違う足音−−すなわち、亡霊の足音が聞こえ出す。そうなると廊下が延々と続く場所に連れて行かれ、自分達もその亡霊となり、廊下に足音を響かせながら歩き続ける、といった内容の七不思議だった。

子供達は、そのあまりある好奇心を抑えきれず、その七不思議の場所へと向かってしまい、その後は……映司の語りのような悲劇におそわれてしまう、と言った怪談話だった。

 

それを見事に言い終えた映司の脳内を一言で表すならば−−『やりすぎた』。

いくらルゥが話して欲しがったとはいえ、4、5歳になる女の子に話すような、内容ではないのだ。映司は、テンションのままにこの話をしてしまったことを、話終えた時になって、ようやく後悔を覚えたのである。

−−だが、ルゥが次に言った言葉は、意外な言葉だった。

「……日本には、そんなお話もあるんだね」

その話に臆するわけでもなく。

恐怖のあまり、泣き出すわけでもなく。

あまりにも、あっさりと、感想を口にしたのだった。

「えっと、ルゥ……今の話、怖くなかったの?」

ルゥの、あまりにも意外すぎる言動に、映司は内心、戸惑いながらも、ルゥに問う。

「怖い……って言うよりね」

「ん……?」

「かわいそう……かな」

かわいそう。

ルゥは、そう言った。

「かわいそう……?」

「だって、お話の中の子ども達は、誰も知らない場所に連れて行かれちゃったんでしょ?誰にも知られずに死んじゃうって……すごく寂しいよね」

「……」

「廊下の亡霊達も、どこから来たのか判らないけど、誰にも知られずにいるんだよね……?どこにも行けずに、誰にも声が届かずに、歩き続けてる……そんなの、悲しすぎるよ」

ルゥの発言の一つ一つに映司は驚き、胸が締め付けられていた。

ほんの4、5歳の女の子が、どうすればこのような考えを持てるのだろうか。

ほんの4、5歳の女の子が、どうして、こんなに悲しそうな顔をして、話せるのだろうか。

 

−−戦争。

映司が知らなかった世界。それが、その質問の答えだった。

 

戦争は、悲劇しか生まない。

誰かが死ぬ。

生き残っても、突如目の前に迫る他の人の死は、人々の心に大きな傷と恐怖を与えていく。

悲劇が悲劇を呼ぶ世界しか知らなかったルゥは、この世界が他(そとがわ)の世界から見られていることさえも知らないだろう。

誰からも見られることのない世界。

ルゥは、無意識のうちに、その怪談話の中の子供達と、自分を重ね合わせていたのだ。

「ねぇ、エイジ……」

「ん?」

「エイジはさ、色んな国を渡ってきてさ……楽しかった……?」

ルゥの質問に、映司は息が詰まるような感覚を覚える。理由はシンプルだ−−この地域と同じような地域も沢山あったからである。

映司は青年を捜すために旅をしてきたと言ったが、正直に言うと映司は戦争が行われている地域を極力避けながら旅を続けてきた。

回り道を繰り返してきた旅路は環境や地形の波はあるものの、比較的安全なものであることに違いなかったが、避けて通ろうと決意した地域は両手の指では数え切れないほど多かった。無論、旅を続けていれば、避けて通らざるを得ない場所がこれからも増していくだろう。

 

そのような行動をしてきたからこそ、映司はそのような地域のことをルゥの前では極力話そうとしなかった。

−−もしも、戦争をしている国はまだまだ沢山あると言ったら、この子はどうなる……?

ルゥの知らないどこかでも、戦争はひたすら繰り返されている。

自分の知らない世界に興味を持ったルゥがそれを知れば、ルゥはどう思うだろうか。

明日さえ生きることが困難な世界は、どこにいっても続くものだと思ってしまうことは、まぎれさせることが出来ない事実。

故に、映司は黙り込んでいた。

自身の発言が、目の前の小さな少女の心に芽生えた希望を踏みにじってしまうかもしれない。

そう、感じてしまったから。

 

「俺は……」

だが、目の前の少女の問い掛けを黙殺できるほど、映司は出来た人間ではない。現に、じっと見つめているルゥに対し、なんとか言葉を綴ろうとした−−その瞬間に、町の外れの方から、何かが爆発するような音が聞こえた。

「なんだ……!?」

自身の傷を省みずに立ち上がると、映司は近くにある窓から音のした方向を見る−−それを見た映司の顔色は驚愕の一色へと変化する。映司の視界には黒い炎が上空をさまよっている光景が写っていた。

−−内戦が、始まったのである。

ルゥの父親から聞いた話によると、この村の両隣にある大きな都市の宗教上の争いが内戦の原因らしい。

どちらの神が相手より上か。

単純に言えば、ただの子供の喧嘩程度の理由なのだが、それはそれぞれの宗教を崇高する人にとっては、自分がすがるしかないものが相手のそれに劣らないことを証明するための抵抗だ。

負けてしまえば、自分がすがれるものはどこにもなくなってしまうから、戦う。

やられたら、何人仲間が死のうが何倍にもしてやり返す。

延々と大きくなり続ける争いに、この村は巻き込まれただけだった。

そんな理不尽な争いがまた繰り広げられていると思うと、映司は沸々と怒りがこみ上げてくるのを感じた。

「エイジ!」

ルゥの呼びかけのおかげで、映司はハッと我に返る。しかし、映司が返事をするよりも先に、ルゥが映司を引っ張り出した。

「ルゥ、どこに行くの……?」

ルゥに引っ張られながら、映司は問う。

「避難する所に行くんだよ。ここにいたら、危ないから」

「じゃあ、道と簡単な目印だけ教えてくれないかな?お父さんとお母さんまだ帰ってきてないし、捜しに行かないと……」

映司の言うルゥの父と母−−カルとサラは未だに仕事から戻ってきていない。

爆撃の音がここから離れているとは言え、外にいる以上、その流れ弾に当たらないとは言えないので、危険である。

故に捜しに行こうとした映司だったが、ルゥは小さな体に力を込めて、映司を引き止めようとしていた。

「パパもママも大丈夫だよ。爆発の音がしたら、村の避難所に来るって約束したもん。この前だって仕事中でもきちんと来たから、大丈夫だよ」

「でも、危険なことには変わりないよ。やっぱり迎えにいかなきゃ……」

「ダメ」

ルゥは、きっぱりと言い放つ。

「エイジ、怪我まだキレイに治ってないんだよ?それなのに外出ちゃったらもっと酷い怪我しちゃうかもしれない……そんなの、絶対にダメ……ルゥ、エイジに怪我してほしくない……」

「じゃあ、ルゥは心配じゃないの?お父さんも、お母さんも怪我してるかもしれないのに、捜しに行かないで……」

「エイジ……言わないで」

ルゥの一言が、映司を完全に沈黙させた。

そう言ったルゥの声が。

まっすぐ映司を見つめる瞳が。

小さい体全てが。

とても、悲しそうに−−啼いていたから。

「……早く行こう?このままじゃ危ないから」

静まり返った空気を割くように、ルゥは静かに言うと、映司の手を引っ張っていく。今までカルとサラを捜しにいこうとして全く動かなかった映司の体は、簡単にルゥに引かれ、彼女の後をフラフラとついて行くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

ルゥに手を引かれ、裏路地を数分歩いていくと、映司の前には巨大な像が現れた。

映司の身長の3倍はありそうな大きさの、巨大な鳥の像。何の鳥かまでは村の誰も知らないそうだが、まだ戦争が起きていなかった時代に建てられ、『いつまでも平和が続くように』という祈りが込められているらしい。

その像の土台の裏側にある、ぱっと見ただけでは全く分からない扉をルゥは開け、2人は中に入る。何の手入れもされていないそこは、鼻が取れそうなほど強い刺激臭を漂わせていたが、ルゥはそれを無視して、奥の方へと進んでいく。

そして、右足で不規則なリズムを刻むと映司が聞きなれないような音が室内に響き渡る。すると、ほんの数瞬の内に、少し離れた場所の床がすっと動き、地下への階段が表れる。

「エイジ、いいよ。きて」

象の隠し扉に靴音の合言葉、地下階段などのギミックを目の当たりにして映司はポカンとしていたがルゥに呼ばれて、地下へと入っていく。

地下への階段は燭台に似た台の上の火種のおかげで、なんとか歩けるほどの暗さだった。目が慣れていない映司は一歩一歩慎重に歩いていくが、ルゥは慣れた様子で下へ下へと下りて行く。暗闇に馴染ませながら、ルゥを見失わないようになんとか階段を下りていく映司。

そして、映司の目が暗闇に慣れてきた時、映司のまわりの空間が急に姿を変えた。

今まで、大人1人がやっと通れそうだった横幅が急に広くなり、頭の上も広く感じるようになったそこは、1つの巨大な空間だった。

広さで例えると、高校時代に暮らした教室の3倍近くの広さであろうその部屋には明かりなど一切ない、完全な暗闇だった。太陽の光を浴びていない上に、川の水分が空間を漂い、ただでさえ高い気温が更に高く感じ、じめじめとした室内はサウナのように息苦しかった。

さらに、映司とルゥの他にも感じる人の呼吸。2人がここに来るまでに、他の村人達もここに避難してきていたようだ。暗くて見え難いのは、少しでも酸素を確保するためだ。どういった方法を用いているのかは知らないが、ここはよほどのことが無い限り、酸素が尽きることはないらしい。そのよほどの事態がどれほどのものであるかは誰も知る由がないが、少なくとも避難するには十分すぎるほどの安全性を有しているようだ。

「エイジ、こっち」

ルゥに手を引かれ、映司はまだ人があまりいない場所に向う。移動を終えると映司をその場に座らせ、ルゥはどこかへと、歩いていってしまった。

「……」

真っ暗な暗闇の部屋の様子を、映司はそっと肌で感じる。視覚が全く働かないその部屋では、聴覚や肌感覚が視覚を補うように働くため、通常よりも敏感になるという話をどこかで聞いたことがあるが、実際に映司はそれを現在進行形で体感していた。

「……」

そこに、あったのは恐怖。

悲しみ。

不安。

そこにいる全員が、まだ遠くの方で起きている爆撃の音に怯えながら、それでも声を立てるのを我慢していた。

声を立てれば、なにかの偶然が重なって、敵兵にこの場所を見つかってしまう危険性があるためである。だからこそ、この場所にいる大人はもちろんのこと、ルゥのような年端もいかない幼い子供達も、ただその恐怖に耐えるしかなかったのである。

「エイジ、疲れてない?」

肌に感じた人々の不安に心が重くなっていた映司に、ルゥが話しかける。ルゥの声も普段聞くような元気がなく、ただ戦場を生き抜くための、小さく固まった声だった。

「うん、なんとか大丈夫。ルゥは、平気?」

「ルゥは大丈夫だよ。もう、慣れちゃったもん」

『慣れちゃったもん』

あっさりと言うその言葉が、やけに重々しく。

暗く、映司の心に圧し掛かる。

慣れてしまったという言葉が出てしまうほど、ルゥは逃げ続けてきたのだろうか。

終わりの見えない戦争の渦の中を、延々と彷徨い続けてきたのだろうか。

そんな考えが今、映司の頭の中に浮かんだ。

「……そうなんだ……」

壮絶すきる少女の経験に、映司はその一言を発するのがやっとだった。

同時に、自分はなんて情けないのだろうとも思った。自分が幼い頃に感じた孤独の苦しみなど、なんて優しかったのだろう、と。

「ぜんぜん怖くないってわけじゃないんだけど、ここ最近毎日起きてるの。パパとママもご飯やお水を取りに行くのがすごく難しくなったって言ってて……でも、頑張って取りに行かなきゃって、言ってたの……」

「……」

「だからね……私はパパとママの言うことをちゃんと聞くんだ。少しでも、パパとママが心配しなくなるように……」

ルゥの発言に、映司は思う。

これぐらいの年頃の子は、こんなにも大人びた考えを持っていただろうか――否、子供らしさが全く無かっただろうか。

子供の時に通る、親に甘えながら成長する時期がすっぽりと抜け取られた生活を送ってきた彼女のことを、映司は不謹慎にも普通の子供とは純粋に思えなかった。

だが――その考えは、一蹴された。

「それとね、パパもママもまだ来てないみたい……早く、来てほしいな……そしたら、きっと映司も元気が出るはずなのに……」

隣に座り込みながら話すルゥが、映司にポツリと呟く。

――俺は、バカだ……

身を寄せてくるルゥの体が、映司の体に触れる――彼女の体は、カタカタと震えていた。

命が奪われる恐怖から逃げる時も。

この避難所で未だに現れない両親を待っている時も。

自分を、この場所に連れてこようとしていた時も。

ルゥは――ずっと、震えていた。

映司を不安にさせないように気丈に振舞いながら、小さな体を精一杯大きくみせようと懸命に見せていた彼女の心は、映司が思っていたほど成熟していなかった。

誰かに甘えたいという心を見せずにはいられない年頃の彼女は、それでも気丈に振舞うしかなかった。

両親が、心配しないでいるために。

家族と共に過ごす明日を、いつまでも送るために。

彼女は、必死だった。

「……」

そんな彼女の小さな体を、映司は無意識に抱きしめていた。

自分が傍にいる間は、少しでもその不安がなくなるように。

自分が傍にいる間は、彼女の心が少しでも軽くなるように。

自分が傍にいる間は、少しでも戦争の恐怖を忘れられるように。

祈りにも似た想いで、ルゥを優しく包み込んでいた。

「エイジ……?」

「大丈夫……パパもママも、絶対に来るよ」

「……うん……」

映司の言葉に、ルゥは小さく頷く。震えもだいぶ収まった彼女の体を、それでも映司は抱きしめていた。早くカルとサラが来ることを祈る2人は、遠くの方で聞こえる爆音が止むのをただひたすら待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆撃の音が鳴らなくなり、いくらかの時間が経過した。暗闇の中で異なった感覚を覚えている現在、それが何時間経過したのか、はたまた数秒間しか経過していないのかは誰一人分からなかった。

今、村の監視役の人が様子を見に行っている最中だったが、その間も不安は続いていた。

村はどうなっただろうか。

家はくずれていないだろうか。

そして、なにより――被害者が誰もいないだろうか。これが一番気になった。

「……」

それを、映司とルゥはずっと感じていた。爆撃が鳴り止んでも、カルとサラは未だに、避難所に姿を見せなかった。

どこかでやり過ごしているか。

怪我でうごけなくなっているか。

それとも……。

「……!!」

最悪の考えが脳裏をよぎる瞬間、その空間の入り口の扉が開いた。

誰もが、その入り口に目を見張る。

扉の外の燭代に燈された明かりが逆光となり、入ってきた人物の影の輪郭しか判らない。

だが、その雰囲気を放つ人物を、映司とルゥは知っていた。

「パパ!!」

「カルさん、無事だったんですね!!」

期待していた人物の生還に映司とルゥは喜びながら、近づいていく。暗闇の中であるにもかかわらずカルに走り、飛びついていくルゥの姿はどこにでもいる、年相応の少女そのものだった。

「ルゥ、エイジ、無事でよかった……」

「カルさんも、無事でなによりです」

心の底から、ホッとした様子で話す映司。ルゥはカルに抱きかかえられ、非常にうれしそうに彼にじゃれていた。

「ねぇ、パパ。ママはどこ?もうお家でルゥ達を待ってるの?」

カルに抱かれたルゥは無邪気に、問う。

だが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママは……死んだ……」

無邪気なルゥの笑顔が。

映司の安心が。

その空間に流れていた、暖かいひと時が。

その一言で、一瞬で、崩れ去った。

 

説明
オーズ作品の第6話となります。『小説家になろう』様で投稿した一番新しいものですが、後半を大幅に書き直しました。
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