黒髪の勇者 第二編 王立学校 第六話 |
黒髪の勇者 第二編第一章 入学式(パート6)
フランソワ、大丈夫だろうか。
予想通りに退屈な学校長の演説を軽く聞き流しながら、詩音は隣に腰を下ろすフランソワの様子を横目で眺めた。先程の男が何者なのかは分からないが、あの態度をみる限り一応顔見知り程度の仲ではあるのだろう。いずれにしても、好感触が持てる人物ではないけれど。またあのようなことがあれば、次は容赦しない。
詩音がそんなことを考えている間に学校長の話が終わった。
「続けて、アリア王国女王、ビアンカ陛下にご挨拶を賜ります。」
学校長と入れ違いに司会がそう言った。直後に、どよめきに近い声が大講堂に沸き起こる。その声を掻き分けるように堂々と登壇した年若い女性。
ビアンカ女王であった。
「皆様、ご入学おめでとうございます。」
肩辺りで切りそろえた髪を靡かせながら学生達に向き直ったビアンカは一言目にそう言った。年の頃は詩音よりも少し年上だろうか。いずれにせよ、女王というには若い魅力が先行し過ぎている人物である。
「今日は突然ながら、入学式にお邪魔させて頂きました。通例ですと国王が参加することはありませんでしたから、少しばかり驚かせてしまったかも知れません。私も演説というものは未だに慣れはしませんが、少しばかり、お話できればと思います。」
ビアンカはそこで一度言葉を区切ると、学生全員に視線を送るようにゆっくりと大講堂を見渡した。恐れのない、張りのある声である。
「今日は少し、歴史の話をしようと考えています。八百年前の大陸戦争。皆様も入学前に何度も、それこそ耳にたこができるくらいに聞かされた事だと思います。詳細は省くとして、その後、私たちアリア王国は他の大陸諸国とは異なり、異民族との戦いにも巻き込まれることなく、平穏な時間を過ごして来ました。勿論、八百年という時間をただ平穏に過ごせた訳がありません。小規模ながら内乱を経験したこともありますし、海上ではこれまで数えきれないくらいに何回も海賊との戦闘を経験しています。とはいえ、例えば二年前に滅亡したグロリア王国のような辛苦を我々は経験している訳ではありませんし、王朝が交代しているフィヨルド王国のような混乱にも巻き込まれなかった。そして、統一王朝を打ちたてビザンツ帝国のような変動も、我々は経験していません。
にも関わらず、未だにアリア王国としてミルドガルド大陸の一王国として存続している。取り立て資源に優れている訳でもない。シルバ教国のように宗教的な統一が図られている訳でもない。この要因は一体どこにあるのか。」
そこでビアンカは一度言葉を区切る。間合いを整えるようにビアンカは小さく吐息を漏らすと、続けて唇を開いた。
「近年の政治学研究で、地政学という学問があります。法経済学科は今年から必修科目になったと聞いています。簡単に言うと、地理と政治を組み合わせた学問と言えばいいのかしら。即ち、国家としての行動は準拠する地理的状況に応じて変化する、という考えから発展した学問です。そして地政学によれは、私たちは他の大陸諸国にはない、圧倒的に有利な条件に恵まれている国家であると結論付けることができます。
それは島国であること。
アリア王国はその大海原に守られていると言っても過言ではないでしょう。ですが逆に解釈すれば、海の安全が損なわれた段階でアリア王国も必然として衰退していくという事に他なりません。だからこそ、アリア王国の歴代国王は常に海軍力の増強を図ってきたのです。その方針は私も変わりありません。ですが、ただ自らの殻に閉じこもり、海から訪れる侵略者を撃退していればいい、という発想も間違えています。なぜなら、私たちはもう一つの重要な役割を大海原に託しているからです。
それが海運です。民間による海運貿易の活力が進展すればするほど、野心的な冒険者が多ければ多いほど、アリア王国には財宝と物資、そして他国の知識や知恵を蓄積させることになります。アリア王国は公序良俗に反しない限り、何事も規制しません。宗教的な拘束もない。それは自由な発想こそ自らの技術と国力を高めるものであると十分に認識しているからです。他国に素晴らしい技術があれば素直に受け入れればいい。優れた思想があればアリア王国に取りこんでしまえばいい。例えば、宗教。
アリア王国はミルドガルド大陸で唯一、国教の定めがありません。古来から伝わるアリア教を慣習的な国教と感じている方も多くいらっしゃるとは思いますし、過去の国王には古代アリア教の教えを忠実に守ろうとした人物がいた事も確かです。ですが、そのアリア教自体、ヤーヴェ教とマニ教の影響を受けて発展しているという事実があります。男女一対の神を最高神としているところは変わらずとも、こまかな教義は過去のものとはまるで異なるものに変化しています。教義によれば、私は最高神ウィルとムニエルの子であり、太陽の女神であるアンジェロの子孫ということになりますが、創世記と見比べても今の風習は随分と異なっていることは痛感します。
例えば、アリア教の神殿という概念は、ヤーヴェ教にある教会を模倣して成立したものであるとか、葬儀の時に一般的な火葬はマニ教から影響を受けたものであるとか。
端的な例だけ取り上げて恐縮ですが、とにかく宗教に限らず様々な知識と思想を受け入れた結果、今のアリア王国が存在しています。そしてその思想は永遠のものではない。
例えば魔術と科学。
かつては魔術が絶対的な優勢を誇っていましたが、東方より伝来したと言われる火薬の存在が魔術の価値を著しく浸食していることは皆様も痛感されているのではないでしょうか。マスケット銃やカノン砲に代表されるような銃火器技術は魔術を扱えない人間にそれと比類する程度の力を与えることになりました。実際、アリア王国を悩ませているバルバ海賊団との戦闘において主力となっている武器は既に戦列艦とカノン砲に切り替わっており、魔術が活躍できる現場は限られたものになりつつあります。その状況を踏まえて、今王国政府では更なる科学技術の進展を目指す方向に傾いています。勿論、魔術研究をおろそかにする訳ではありませんが、戦闘に限れば今後主力となる武器は銃火器が中心になるでしょう。
繰り返しますと、科学は魔術とは異なり、全ての人間に等しい力を与えるものだからです。時代と共に技術が変化する。これは当然のことです。かつて狩猟と採取を中心とした生活を行っていた私たちの祖先は農耕という技術を手に入れてその生存範囲を拡大に広げることになりました。続けて、乗馬と言う技術を手に入れた遊牧民たちが、それまで歩兵中心であった戦争のスタイルを大幅に変化させました。火竜と言う存在も忘れる訳にはいきません。大陸戦争の時にビザンツ帝国が大陸を席捲した最大の理由は、ミルドガルド大陸でいち早く騎竜技術を確立させたからに他ならないからです。私たちアリア王国が現在ミルドガルドの海運貿易をほぼ独占できているのも、他国に先駆けて帆船技術を確立させることが出来たからです。それまでの手漕ぎの船や、魔術に頼った船とは異なり、風力を用いる船はより速い航行を可能とし、しかも船のサイズをより巨大化させることにも成功しました。だからこそ他国の海運業者を駆逐して、アリア王国を発祥とする海運業者がミルドガルド各地に、そして西方の新大陸や東方国家群との交易を独占して行えるようになったのです。
さて、少し話が長くなりましたが、新しい技術がその時代の歴史に大きな影響を与えるということはご理解いただけましたでしょうか。その技術は独自に生まれるものかもしれませんし、他国によって発明されるものであるかも知れません。いずれにせよ、新技術は早急に取り入れ、実用化させる必要があります。
そして王立学校では、常に新しい技術を求める人材を育成しています。それは他国に対して常に有利であるために、時代をアリア王国が牽引していくために、必要不可欠なものになります。難しい試験を突破して入学された皆様は、今日の私の話を忘れることなく、勉学に邁進して頂ければと考えております。
私の話は以上になります。改めて、ご入学おめでとうございます。卒業の時に今とは比べ物にならない程に成長した皆様に会えることを、今から心待ちにしております。」
ビアンカがそう告げて、言葉を区切った時、熱心に耳を傾けていた学生たちが盛大な拍手を送りはじめた。一部の興奮した学生は我を忘れて立ち上がり、目一杯その両手を叩き続けている。
凄い人だ。
周りと同じく拍手を送りながら、詩音は感無量とばかりに両手を叩き続けた。
説明 | ||
第二編第六話です。 先週はお休みいただいてすみませんでした。 それではよろしくお願いします。 黒髪の勇者 第一編第一話 http://www.tinami.com/view/307496 第二編第一話 http://www.tinami.com/view/379929 ミルドガルド全図 http://www.tinami.com/view/361048 |
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