年下の相棒 |
専門誌である「HERO_Magazine」に、「壊し屋・ワイルドタイガー」の名前が載ることは恒例だったが、一般誌の見出しに名前が出てしまったのは、もしかしたら初めての事かも知れない。
自分の記事がでかでかと掲げられたタブロイド誌を閉じながら、虎徹は大きなため息をついて背中を丸めた。
「なっさけねー…」
見出しの文字はこうだ。
『たったワン・ミニッツで、生涯をかけたアート作品を破壊。壊し屋の異名は今も変わらぬ、ワイルド・タイガー』
司法局の廊下に置かれた休憩用のソファに腰をかけ、虎徹はさっきまでの裁判を思い出していた。
いつも冷徹な声音を聞かせるヒーロー管理官のユーリ・ペトロフが、いっそう感情を乗せない声で言葉を綴る。
「今回の件は、賠償金云々の問題では無いのですよ、ワイルド・タイガー」
通常と変わらないはずのユーリの声が、今の虎徹には氷の刃のように突き刺さってくる。
自分がどれほど取り返しのつかないミスを犯したのかと言うことは、自分自身が一番良く判っていた。言い訳も説明も、何度くり返したところで、今さら間に合わない。
以前虎徹が所属していたスポンサー企業のトップマグで、壊し屋ワイルド・タイガーの名前を欲しいままにしていた時は、正義のためならどんな事をしても、胸をはっていられると信じていた。 ビルを破壊しようが、モノレールの線路を折り曲げようが、悪人の足を止め犯人を捕まえるためなら、何でもできると思ってきた。派手にTV画面で目立ち、かつ正義のために戦えるのなら、どんな悪名でも甘んじて受けようと、決意することができていた。
だが、今回は様相が違う。
「賠償金なんていりません!父の作品を返して下さい!」
歳若い女性の悲痛な嘆きは、彼らの他に誰もいない簡易裁判所で、ユーリと虎徹に向かって響いた。
ただ一人だけ同席しているバーナビーが、ぴくりと肩を震わせる。表情を変える事はなかったが、パートナーの虎徹が目の前で他人に糾弾されるのを見ている事は、彼にとってもあまり面白いものではないだろう。
「残念ながら、それはできません。修復のための賠償金請求という形以外で、あなたの損害を補填することはできないのです」
「でも!私は!でも!」
それでも彼女は食い下がる。彼女もとっくに判ってはいるのだ。こんな理屈に合わない要求が通るはずなどないという事を。だが、それでも叫ばなければ、気持ちがおさまらない。それほど彼女は傷ついていた。
「あんなの…酷すぎます。父は死の寸前まで、あの彫刻に魂を注いでいたのに…それなのに!」
感情が高ぶって、わっと泣き出してしまうと、もう彼女は証言どころではなくなってしまい、係員の女性に抱えられながら退場していった。
女性の泣き声が聞こえなくなってから、再びユーリは口を開く。
「現役復帰してからは、簡易裁判にかかるような案件がほとんど無くなっていたというのに、たいへん残念なことですね、ワイルド・タイガー」
淡々とユーリは書類に目を通しながら言った。
「私としても複雑ですよ。貴方とは以前から、何度もここで顔を合わせていましたからね。引退された時は、寂しくなると思ったものです」
ユーリの口元がかすかに緩んだ。
「が、それは早計だったようですね」
「すみません…」
一言も返せずうな垂れる虎徹を見ていたバーナビーは、憤然として立ち上がった。
「裁判官、パートナーとして証言を残したいのですが、よろしいでしょうか?」
「どうぞ。ここでの貴方の発言は録音され、判決の材料として使われる可能性がありますが、よろしいですか?」
「かまいません」
「では、どうぞ」
バーナビーの視線が一瞬だけ、虎徹に向いた。が、すぐに正面にいる管理官に向かって戻される。きびきびとしたバーナビーの声が、高い天井に響いた。
「今回の事件でワイルド・タイガーが破壊した芸術作品は、作家個人所有の作品であり、公的な場所に設置したものではありませんでした。その保管場所に侵入したのは、犯人からの攻撃を避けようとして、意に染まぬ方向へと吹き飛ばされた結果によるものです。偶発的に起きた悲劇であり、ワイルド・タイガーだけに責任があるとは思いません。少なくとも破壊の意図や意思が介在できる状態ではありませんでした。僕からの証言は以上です」
「うわ、バニーちゃんの台詞、難し…」
口の中でぼそりと呟いただけだったが、バニーと呼んだ途端にバーナビーから睨みが飛んできた。こんな時に何を言うのかと、バーナビーの目は語る。
虎徹にしてみれば、最上級の愛情表現を込めた呼び名のつもりなのだろうが、呼ばれるほうにしてみれば、いくら相手が愛情を込めようがどうしようが、自分が気に入っていないのだから、論外である。まして日常の中で、その名前で呼ばれるのは我慢ならない。
バーナビーに睨まれた虎徹は肩をすくめて、ユーリ・ペトロフ裁判官の判決を待った。
ヒーローの賠償裁判は、即日判決を出されることになっている。
「判決を告げます。ワイルド・タイガーに対する賠償金額はゼロ。その代わり、ヒーローTVへの出演を一ヶ月の間、控えていただきます」
「えええーーー!!!」
この場所に似つかわしくない声で虎徹は叫び、ユーリに向かって飛び出していった。
すぐ側に駆け寄ると、両手を広げて口をぱくぱくさせる。何か言いたいのだが、あまりの驚きとショックで言葉が出ない。
「そ、そ、それって!」
「しかし、自粛と言っても、貴方にはとうてい無理でしょうね。ヒーローTVには私の方から申し出ておきます」
「バ、バ、バ、バーナビーは!?」
「バーナビー・ブルックス・Jrには、何の請求もありません。しばらくは単独ヒーローとして活躍してもらえば良いでしょう」
「なんっ!」
「ワン・ミニッツは、あくまでバーナビーのサポートとしての登録ですし、問題はないでしょう?それこそ、タイガー&バーナビーの頃から、ワイルド・タイガーはそのための配置だったのですし」
ふっと笑うユーリの眼差しに、影がよぎったのは気のせいだったのだろうか。
「大丈夫、貴方がいなくても、ヒーローTVの視聴率は落ちたりしませんよ」
ありとあらゆる屈辱を受けてきたように思っていた虎徹だが、ユーリの言葉はまさに鋭い刃となって、虎徹の心臓をえぐった。
今回のミスはまさに痛恨の極みだ。
バーナビーが言ったとおり、意図するどころか、何も考えずに動いたあげくにこのザマだ。つくづく自分の運の無さと、間の悪さが疎ましい。それさえなければもう少し、カッコイイヒーローになれたかもしれないのに。
「なんてこった…」
司法局から解放された虎徹は、大勢の職員が行き交うオフィスビルの中をとぼとぼと歩いて行く。感情がそのまま態度に出る虎徹は、誰が見てもひどくしょげているようにしか見えない。足取りの情けなさといったら、通りすがりの女性職員がくすくす笑ってしまうほどだ。
隣を歩くバーナビーが、長身の人間にありがちな丸い背を見せず、背筋を真っ直ぐに上げてモデルのようにしなやかに歩いているものだから、ますます虎徹のコミカルな動きが目立つ。
周囲の苦笑にも気づかない虎徹は、ユーリに言われた事をずっと考え続けていた。それは事実であり、避けられない現実でもある。だが、全てを飲み込んでしまうには、虎徹にはまだ痛すぎた。
「なぁ、バニー。俺がずっとヒーローやってると、市民には迷惑なんかねぇ」
「虎徹さん」
「市民を事故や事件から守るために、今もヒーロー続けてるってのに、へこむわぁ…。特に今回はよう」
「大丈夫ですよ」
きっぱりと言い切るバーナビーの声に、虎徹は耳を疑った。
「へ?」
「貴方に悪意があったのではなく、いつもの不注意というのでもない。運悪く、こんな事態になっただけです。もちろん被害者の女性にも判ってはいるんですよ。だから請求はゼロ申告になってるんです」
「よくわかんねぇんだけど…」
「つまり、八つ当たりですよ」
「お、おいおい!」
ぎょっとするような言葉を、バーナビーは口にした。それはいくらなんでも言い過ぎだ。
さすがに虎徹も青ざめる。
公的な場所では決してそんな言葉を漏らしたりはしないのに、仲間たちの間では、驚くほど素直で正直で強烈な単語だけで、ごく簡単に話そうとするバーナビーに、ヒーローたちも時々目を丸くすることがある。
「だってそうじゃないですか。壊れた物を元に戻せなんて、神さまでなきゃできそうにもない要求をつきつけて、虎徹さんを困らせて。そんなネクストがあるのなら、誰も苦労しませんよ!」
自分の言葉に煽られて、だんだんテンションが上がってゆくバーナビーに、虎徹は慌てる。
「ちょっと、バニーちゃん、バニーちゃん、バーニー!」
「僕をバニーちゃんとは、呼ばないでください!」
むきになって言い返すバーナビーの腕をつかんで、虎徹は急ぎ足になった。周囲からいったい何事かと、いくつもの視線がこちらに向いていることなど、今のバーナビーは気づきもしない。
普段は冷静で慎重な判断をするバーナビーだが、一度感情的になると歯止めが効かない。
誰が通りがかるか判らない司法局の廊下で、裁判を終えたヒーローが交わすような会話ではない事が、今のバーナビーには判らないのだ。
日常的には誰も使っていないと思われる、うら寂しい非常階段にバーナビーを連れ出すと、虎徹は人差し指の裏側で、理不尽な怒りに燃えている相棒の額を軽く叩いた。
「ダメだろ、そんなこと言っちゃあ」
「虎徹、さん!」
子供扱いされていると判ったバーナビーは、額を両手で押さえてむっとした表情を向ける。
「わかった、わかったから落ち着け」
「だっ…て、あんな…」
「お前が俺の事で怒ってくれるのは嬉しいけどな、人前で言うこっちゃないだろ?まして、ヒーローのバーナビー・ブルックス・Jrが」
「だけど!」
と答えただけで、バーナビーはその先を続けられなかった。
悔しそうに唇を震わせながら、今にも涙があふれ出しそうな潤んだ瞳で、虎徹を真っ直ぐにみつめている。
「虎徹さんは、こんなに、一生懸命やってるじゃないですか!それなのに、何も知らないからって、あの女は…!僕は、悔しくて…!」
「ああ、もう」
苦笑いをしながら虎徹は、バーナビーの唇に指を置いた。静かに、という意味を示す子供への合図だ。
驚いて目を丸くするバーナビーに、虎徹は笑ってみせた。
「ありがてぇなぁ、相棒ってヤツは。こんなろくでなしにも、そこまで味方してくれるんだから」
「虎徹、さん?」
「今回ばっかしは、俺も自分に愛想が尽きそうになったんだよ。取り返しのつかない事をしでかして、あんな理屈に合わない請求をさせるほど、あの娘さんを傷つけちまってさ。そりゃ、八つ当たりもしたくなるさ。俺にだってそれぐらいはわかるんだぜ」
はめ殺しの明かり取りぐらいしか無い、閉鎖された非常階段を少し降りて、踊り場の辺りに二人は腰を降ろした。遠くで人の気配はするが、非常階段を使う者は誰もいないようだ。
「だって、あなたは僕のパートナーなんですよ。コンビを組んだ相棒なんです。あんな事言わせて、黙っていなくちゃならないなんて僕は!」
「すまねぇなぁ」
「ダメです、そんなふうに言っちゃ!あなたは!僕の!虎徹さんなんですから!」
気弱な笑みを浮かべてみせるだけの虎徹に、バーナビーはいっそう憤りを募らせる。
衝動的にバーナビーは、虎徹の身体に両腕を回すと、固く抱きしめた。
ハグと呼ぶには荒々しすぎるほどのバーナビーの抱擁には、すがりついてきたのかと思うほどの力がこもっていた。口惜しさがそうさせている事はわかっていたが、、虎徹にはそれがひどく嬉しかった。
スポンサーを失ってヒーローを廃業するよりはマシだと覚悟を決めて、リストラを受け入れた不運が、いつのまにか掛け替えのない相棒を手に入れる幸運へと裏返った。
あれほどまで、彼とは気が合わない、仕事に対する思想も違うと、お互いに反発しあっていたはずなのに、これほどまで心を砕き、心底から怒ってもくれるパートナーに変わるとは。奇跡であっても、これほど上手くはいかないだろう。
「ありがとう、ありがとうな、相棒」
「悔しい、悔しい、悔しい…。僕は、悔しいです、虎徹さん…」
自分の肩の辺りが濡れ始めているのを、虎徹は気づいていたが、バーナビーには知らせずにいた。
バーナビーが涙もろいのは、今までずっと感情を抑え込んできた反動なのだろうと虎徹は思っている。
周囲をけして信頼してはならないと思い込まされてきた子供にとって、涙も微笑みも自分だけのものではなかったのだろう。自分が持つ感情は、外側にいるものに対する演出のための武器であり、アイテムだ。
誰かのために泣くことなど、今までのバーナビーの人生では考えられないことに違いない。
そんなバーナビーが、自分のために自分の肩で悔し涙を流している。
嬉しさと同時に愛おしさも感じて、虎徹は青年の肩を抱き返した。
金の髪が揺れて虎徹の頬をくすぐる。柔らかな触感と匂いに、虎徹はつられて巻き毛の先をそっと噛んでいた。
自分のために泣いてくれたのは、今までは家族だけだったと、虎徹は記憶を探る。
能力頼みで何のツテも無いまま、シュテルンビルトでヒーローになると家を出た時、泣きながら見送ってくれた母の顔を虎徹は忘れない。
ヒーローデビューしたら結婚しようと、今は亡き妻に約束したのもその時だ。憧れのレジェンドを目指し、ヒーローTVに出演するためのライセンスを取るために、苦手な試験も頑張り抜いた。
一人悪と戦い、一人孤独に何処へともなく消えた憧れのスーパーヒーロー、レジェンドにインスパイアされた新人ヒーローのワイルド・タイガー。
ヒーローたるもの、すべて自分一人でこなすのが当たり前だと信じてきた。
市民のためと言いながら、本当のところは自分の理想と憧れのために戦っていることを、今の虎徹はさすがに気づいている。
自分の娘を実家に置き去りにして仕事を続ける父親なんて、シュテルンビルト市の習慣に照らし合わせたら、市民の理解を得ることはできないだろう。異文化の街であるオリエンタルタウンの住民達だけは、虎徹の苦悩と判断に頷いてくれるかもしれないが。
それは大人の我が儘だ。
他人を犠牲にすることはできないが、家族なら許してくれるのではないかと、無意識に甘えながら仕事を続けていたことを、引退した数ヶ月の間に虎徹は実感する羽目になった。
無意識にプライベートを隠し続けようとした理由も、自分では理解していなかった。おそらく直感で、それを理解することを恐れていたのだろう。
それなのに、あの牛ときたら、ヒーロー全員の前で暴露しやがって、ったくもう…。
その時の事を思い出して、はぁ、とため息をついた虎徹に、バーナビーは狼狽えたような目をして、びくっと顔を上げた。取り乱した自分に、虎徹が呆れたのかと思ったのだ。
「あ、違う違う、ごめん、バニーちゃん」
今度は虎徹が慌てる番だ。
むっとした口で、バーナビーは虎徹を突き放し、たった今まで泣いていたとは思えない怒り顔で抗議する。
「だから!その呼び方は嫌い!なんです!」
「えー、かわいいのにぃ」
「だから、嫌なんだって、僕はいつも言ってるでしょう!」
虎徹に呼ばれる『バニー』は我慢できるが、『バニーちゃん』は我慢できないというバーナビーの感覚を、どう説明しようとも虎徹が理解する事はないだろう。細かい理由を述べても、その細かい感覚までを共有することはできそうにない。
はっきり言ってどうでもいいこだわりだと虎徹は思い、バーナビーは自分のアイデンティティに関わると信じている。どれほどの信頼と友情を築いたとしても、この隙間が完全に埋まることはないだろう。
虎徹が人生を賭けて背中を追い続けてきた、ネクスト差別からの解放者、ヒーローレジェンドに向ける強い憧れも、同じようにバーナビーには理解しがたいだろう。
だがそれでも、バーナビーが虎徹を思って涙し、虎徹がバーナビーを信頼して背中を任せることには変わりはない。
憧れのレジェンドになろうとしてきたが、自分が決してレジェンドにはなれない事を受け入れた時、虎徹はようやくワイルド・タイガーになれたのかもしれない。
レジェンドは世界にただ一人しかおらず、ワイルド・タイガーもまた、この世に一人しかいない。
憧れのあの人にならなくてもいい、自分はタイガー&バーナビーという、新たなバディ・ヒーローになれば良いのだ。
ただ一人だけで全てを完成させる事ができるはずだと思い込む、今までの自分のその傲慢さを思うと、虎徹は冷や汗が出そうになる。
そんな恥ずかしい気分を吹き飛ばそうとして、虎徹は自分の堅い髪質の頭に無造作に指を突っ込み、乱暴にかきむしると大仰に声をあげた。
「ヒーローは一ヶ月休業か!まいったなー、えらい昔に、学校で停学くらった時の事を思い出しちまう」
「そんな事があったんですか」
子供の頃から優等生で居ることを義務づけられていたバーナビーには、想像もできない。
「まぁな、でも俺だけじゃねぇんだぞ、アントニオのヤツも一緒に停学食らってだな」
「…そうですか」
ちょっとまなざしを曇らせたバーナビーは、自分から立ち上がった。
腰の辺りに付着した階段の埃を、両手で叩いて払い落とすと、まだ座ったままの虎徹に降りかかった。
「ちょ、バニー、ホコリ降ってくるって」
「あ、すみません…。そろそろ行きませんか?陽が暮れますよ」
素知らぬふりでその場から離れようとするバーナビーの後ろを、虎徹は苦笑いを浮かべながら追いかけた。
自分の不機嫌さを見せたくないと思っている時のバーナビーは、いつもこうして先に逃げ出す。いつもなら正面から正直に怒りをぶつけてくるバーナビーが、こんな態度を取る理由は虎徹にはわかっていた。自分が機嫌を損ねただけだと、バーナビーも自覚しているからだ。
絶対に自分が加われないと判っている懐かしい話をすると、バーナビーはたまにこうして腹を立ててみせる。どうすることもできないと判っているからこそ、理不尽な気分になるのは虎徹にもわかっていた。。
バーナビーの子供っぽい素直さは、こんな時に垣間見えた。それを隠そうとするところがまた可愛いと虎徹は思う。
どんなに努力や工夫しても乗り越えられない壁はある。まだその壁を乗り越えられずにやきもきしているバーナビーを視るたび、虎徹は安心しろと言ってやりたくなる。俺の相棒はお前だけだから、何があってもお前以外とは組んだりしない、お前だけがただ一人の俺のバディだと。
司法局から二人が出て行くと、バーナビーが言った通りに太陽はとっくに地平線の下へと隠れ、空は藍色に染まる夜のとばりに覆われ始めていた。
「うっわ、さっむ!」
ぶるっと震えて身体を固める虎徹は、藍色の空に光る星を見つけて片目をすがめた。
こんな寒い夜に空を見上げる酔狂な市民は、ほとんどいないだろう。
凍えるような真冬の空を見る者は少ないが、透明な夜空を流れる流星は、どんな季節よりも美しく見える。
「バニー」
虎徹は年下の相棒の背中に声をかけ、振り返るのを待たずに肩を抱いた。
「お前に会えて良かった。お前で良かった。バーナビー・ブルックス・Jrが、この世に生まれた事を、俺は心から神さまに感謝してる」
虎徹に向けたバーナビーの表情が、緩やかにやわらぎ、嬉しくて仕方がないと言いたげに微笑む。雑誌のグラビアなどでは見ることのない、バーナビーの本当の笑顔は、誉められた子供と同じぐらいあどけない。
「あなたはどうして、僕が一番欲しくてたまらないと思っている言葉を、そんなに簡単に口にできるんですか」
それほど目が笑っているというのに、バーナビーは必死で口を尖らせて怒っているふりを続けようとする。
「いや、どうしてと言われても」
「僕も思っています。コンビの相手があなたで良かった。あなたじゃなかったら、きっと僕は今ここにいない。何も知らない愚かな子供のままだったに違いないんです」
バーナビーの哀しみと憎しみの混じり合った瞳を見て、虎徹はリストラされる寸前の自分を拾い上げたのが、誰だったのかを思い出した。
今はただ、憎しみだけが勝っているのだとしても、バーナビーはいつかその人にも、許しと感謝の気持ちを持てるようになるのだろうか。
心配の尽きない年下の相棒が、いつかそんな成長を遂げてくれたなら、自分はバーナビーを尊敬するだろう。
楽しみにしてるぜと、心の奥で呟きながら、虎徹は夜空を見上げる。
真冬の流星が、シュテルンビルトの空を一陣の光を撒いて駆け抜けた
終わり
説明 | ||
復帰した後のTiger&Barnaby の仕事を想像してみました。うまくいかない時に、一緒に相棒がいてくれるだけでどれだけ救われるか。一緒に怒ったり泣いたりしてくれたら、ほんとうに。 | ||
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