けいおん!大切なモノを見つける方法 第18話 自分の気持ちに気付く方法 |
第18話 自分の気持ちに気付く方法
夕焼けによってオレンジ一色になっている軽音部の部室にて、俺と梓は2人きりで向かい合っていた。
「正直、フユにはガッカリした」
呆れるように、梓は言う。
おいおいなんでそんなコト言われにゃなんねんだよ、と俺は思った。今日ナニか梓を怒らすようなコトしたっけか?
意味があるかどうかはわからないけれど、今日の記憶を辿っていこう。
遡るコト数時間前、相変わらず続く夏休みを利用して今日も軽音部の部室で練習をしていた。
「なんだかフユのギターの弾き方って、段々と唯に似てきたな」
澪先輩にそう言われたのは、練習がひと段落ついて休憩になったときだった。
唯先輩、という単語が出てきて、俺は少しギクリとしてしまうが、平静を保ちつつ応答する。
「えー、ドコがっすか?俺があんなに落ち着きの欠片も無い弾き方をしてるとでも?」
「そうじゃなくってさ。ドコとなく、としか言えないけどね。ここ最近よく思うよ」
「どっちかっつうと澪先輩や梓みたく静かで綺麗に弾きたいんだけどなぁ」
ぼやきながら、俺は自分の頬が緩んでいるコトに気付く。唯先輩に似てるって言われてここまで喜んでんのってやっぱおかしいよな……。
「あーあーあー、やっぱおかしい」
そう、俺はおかしい。
なんだか思考回路が自分のモノじゃないみたいだ。ちょっとでも気を抜くとあるコトを―――唯先輩のコトを考えてしまう。そして、抜け出せなくなる。ナニも手がつかなくなってしまうのだ。
ケータイを弄る時間も心なしか増えた気がする。意味も無く唯先輩から送られた昔のメールを読み返したり、履歴でいつ唯先輩が俺に電話かけてきたのか確認したり、澪先輩から貰った今までの軽音部の写真を見直したり。俺は変態か。
食欲もめっきり減った。胸が詰まったように感覚がいつまでも続き、胃が食べ物を受け付けない。眠りも浅い、似たような夢ばかり見ている。時期を考えれば夏バテというコトも考えられるのだが、なんか違う気もするし。
元気が無くなった、というワケではない。何故なら、唯先輩本人に会うと妙に嬉しくてハイになってしまう。唯先輩みたいなアッパー系女子と話しているとこっちまでそのテンションが感染していくコトが多いが、最近はそれに拍車がかかっている。
なんて、俺がそんなコトを考えているなんて全く知らない唯先輩は現在、律先輩と一緒に氷水の入ったタライに足を突っ込んで楽しそうに騒いでいる。クーラーが無い我が部室において、ムギ先輩のアイスティーと団扇に次ぐ暑さを凌ぐ方法である。
タイツを脱いだ唯先輩の生脚が視界に映り、一瞬邪なコトを思ってしまったが、頭をブンブンと振って煩悩を揉み消す。うっわ、俺マジでキモチワル……、自分で自分に引いちまうワ。やっぱり頭おかしくなったのか。
「あーあーあー、俺きめぇ」
自己嫌悪に陥りながら、そんな唯先輩たちを横目に自分の席に着く。ネクタイを取っ払い、着ているカッターも脱いでTシャツ一枚になるコトで少しでも涼もうといワケだ。いつもなら、だらしがないとか言って目くじら立ててくる澪先輩もさすがに暑いのか俺に対してナニも言ってこない。
「はいフユくん、どーぞ。暑かったでしょう」
「ん、ありがとうございまっす、ムギ先輩」
ムギ先輩から差し出された涼しげな氷がいくつも入ったアイスティーのグラスを受け取る。クーラーボックスから出されたばかりのそれはすげえ美味そうだ。一気に飲み干してしまいたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢してちびちび貧乏臭く飲んでいくコトにする。
澪先輩とムギ先輩と梓がナニか話しているみたいだけど、頭に入ってこない。耳を通り抜けていく。
俺は少し離れた場所にいる唯先輩と律先輩を眺める。氷水をバシャバシャいわせてはしゃいでいるその様は、なんだか見ていて気分が良い。落ち着かないけど。
しばらくそうやってぼーっとしていたら、いきなり目の前に誰かの手が伸びてきた。
「うわっ、でけぇ手っ!?」
「誰がデカイ手だ、コラ」
ほらアレだよ、ボーっとしてる放心状態のヤツの顔の前で手をかざしてチラチラさせるヤツ。澪先輩のそのデカイ手でポカンと頭をはたかれる。彼女曰くコンプレックスらしい。
「せっかく褒めてやったのに、もう絶対言ってやんない」
「え、ナニナニ、なんすか?澪先輩なんて言ったん?」
「しかも聞いてないし……」
やばい、全然聞いてなかった。
「フユくんのギター、本当に上手になったよねって話してたんだよ」
澪先輩に代わってムギ先輩が言ってくれた。
「たった半年で不器用そうなアンタがここまでウマくなるだなんて誰も想像してなかったもんね?」
「梓さぁ、手放しで喜べないタイプの褒め方やめてくんない?」
そんな俺を見て、意地悪そうに笑う梓。俺のギターのレベルが少しでも上がったのなら、その理由の中で最もウエイトを占めている要因は、俺の隣で肩を揺らして笑っている梓だろう。コイツがいなければ絶対に今の俺はいない。……や、そんなん言い出したらみんなそうだよな。
「もう完全に唯を抜かしたな、フユは」
澪先輩は唯先輩たちの方へ目を向けながら、そんなコトを言ってくれた。
けど。
「んなコトねえよっ!」
……あ。
「……フユ?」
「あ、や、……その、俺なんかまだまだっすよっ。」
みんな少し驚いたようにヘンな目で俺のコトを見ている。当然だ、いきなりテンション上げて怒鳴るとかあり得ない。
ナニやってんだ、俺は。なんで今そんなコト言ったんだ?ドコに引っかかった?
もうワケがわからない。
「び、びっくりしたなぁ、もう。いきなり大声出すなよ、フユ」
「うはは。澪先輩、すいません」
「フユくん、おかわりいる?」
「あ、もちろん貰います。ガバガバ飲んでいいですか?」
なんとか誤魔化せたみたいだ。
だけど、梓だけは。
俺の隣で、梓だけは、俺のコトをじっと見ていたんだ。
なんやかんやで、部活が終った。あまり覚えていないけれど、無難に切り抜けられたと思う。
夕焼けをバックに、俺たちはいつものように下校しようと校門を出たトコロで、俺はあるコトに気が付いた。
「あーあーあー、めんどくせ。俺ケータイ部室に忘れてるワ」
ポケットをパンパン叩いても、そこにあるはずの携帯電話がない。
「俺ちょっと取ってきますね、みんなは先帰っててください」
「え、別に待つよ?」
唯先輩たちはそう言ってくれたが、俺の歩く早さを考えたらすげぇ遅くなるのでやっぱり先帰ってもらおう。
「いいですってば、俺歩くのおっせえし。……明日はバイトあるんで、早めに終わったら顔出しますね。じゃ、おつかれさまでっす!」
逃げるようにみんなと別れて校舎へと戻る。
職員室へ行って部室の鍵を取り、階段を上って再び部室にやってきた。杖をガコガコいわせて急いで来たので、少し息が上がっている。昔に比べてホント体力落ちたよな。
「お、あったあった」
俺のケータイはテーブルの上に放ってあった。型落ちの薄汚れた白いケータイをポケットに滑らせて、さっさと帰ろうと踵を返す。そのとき、視界にフォトボードが映った。
「…………」
不思議と吸い寄せられるように、俺は部室の壁に掛けられている大きなフォトボードの前に歩いていく。ボードにはたくさんの写真が張り付けられている。こんなの飽きる程見たはずなのに、何故か改めて見てしまう。
この写真は俺が入部したときのヤツだ。これは初めてみんなと遊びに行ったヤツで、これは合宿のヤツか。写真の中の俺はギターを抱えて満面の笑みでこっちにピースしている。律先輩にヘッドロックかけられてる写真やムギ先輩にキーボード触らせてもらってる写真や澪先輩に勉強教えてもらっている写真、数えきれないほどの写真が所狭しとフォトボードに貼りつけられている。
俺や梓が入部する前の写真もたくさんあった。その中で、唯先輩がひとりで写っている写真があった。写真の中の今とそんなに変わらない唯先輩がワケわかんないポーズで楽しそうに笑っている。
「唯先輩……」
自然と口を突いて出てくる言葉。
突然。
「唯先輩がどーしたの、フユ?」
―――梓が俺の真後ろにいた。
心臓が口から飛び出たかと思った。
「―――っお、おま……ぃきなり……っ!」
驚きのあまり、言葉が整わない。
つーか、マジでなんで梓がいるんだよ!?さっきコイツ帰らなかったか!?
「びっくりしすぎだから、ちょっと落ち着きなよ」
…………。
まあ梓の言う通りだ、驚き過ぎだぜ。別にやましいコトなんかひとっつも無いのに、なんでこんなにビビってんだか。
「お前ナニしてんの?」
「私も忘れ物―――だけど、勘違いでしたー。ナニも忘れてなかった、忘れ物じゃなくて覚え物だねっ」
「…………」
「唯先輩っぽく言ってみたんだけど、どう?」
「…………」
梓は笑いながら言ってくるが、目が全く笑っていない。機嫌が悪いときの梓だ。
「……お前さ、なんか言いたげな顔だな」
「フユは逆に言いたくないって顔してるよ」
「回りくっでぇな、言いたいコトあんなら言えよ」
「絶対答えてくれないと思うけど……、唯先輩とナニかあった?」
なんとなく、梓がそう訊いてくる気がした。
「ナニ……って、なんだよ?」
「それを私がフユに訊いてるの」
妙に高圧的な梓だが、どこか寂しそうな顔をしていた。今日の梓も俺みたいにワケわかんねぇ。
「別に大したこっちゃねえよ。ちょっと相談乗ってもらっただけ」
「ふーーん」
梓はそれ以上ナニも追及せず、俺から視線を外して窓の外に目を向ける。夕日に染まったグラウンドを眩しそうに見つめる。
「合宿終わった、ぐらいからかなぁ。フユさ、なんか様子ヘンだよね」
……おっしゃる通りだ。
「それも唯先輩に対して、異常に」
……全くもってその通り。
「それがなんでなのか自分でもわかってないでしょ?」
……知るかよ。
「私が教えてあげるよ」
梓とはっきりと目が合った。
「フユは唯先輩が好きなんだよ」
……………………………はい?
え、ナニ?なんつったのコイツ?あずにゃん頭ボンしたんか?
「ナニ驚いたフリしてんの?ホントはフユだって心のどこかで薄々わかってたでしょ?」
あ、ちなみにひとりの人間としてなら好きだよとか抜かしやがったら叩くよ?と、意味の分からない凄みを見せている梓。
「フユのさ、いかにも気付いてませんでした、みたいなそーいうトコ。……見てて本気で苛々するよ」
「頼むからさ、梓。もうちょっと柔らかい言い方してくんない?俺みたいな絶食系男子はメンタルケア面倒臭ぇからあんまりヒビいれんでやってや」
「まだわからないならもう1度言ってあげるね。……フユは唯先輩に惚れちゃったの、恋してるんだよ?」
俺の安い茶々を小馬鹿にするように、梓は明るい声で言う。今日の梓はいつもに輪をかけておかしい。彼女にもナニかあったのだろうか。
「仮にそうだとして、梓がキレてんのがわかんねぇな」
「別に怒ってなんかないよ。ただ呆れてるだけ」
「……呆れる?」
「正直、フユにはガッカリした」
ここで、ようやっと冒頭に戻るワケだが。
結局ナニがここまで梓を呆れさせたのか全くわからない。唯先輩と喧嘩でもしたのだろうか?きっとそうだ、2人ともしょーもないコトですぐ口論すっからなぁ。
「一体全体ナニが梓さんをガッカリさせてしまったか訊いても?」
「私は、フユは唯先輩じゃない他の女の子が好きなんだと思ってた。いや、好きになるって思ってた」
「……続けてどーぞ」
「なのに唯先輩に馬鹿みたいに尻尾振ってて、なんか呆れた」
「……それだけ?」
「じゃあもう話終わろうか?フユ、露骨に面倒な顔してるし」
そう言って、梓は本当に呆れた表情で俺を見る。
正直なトコロ、さっさと話を切り上げてしまいたかった。梓とこんな居心地の悪い雰囲気で話していたくなかった。気楽に、いつもみたいに肩の力抜いて笑いながら話したい。
だけど、俺は逃げたくない。
「いや、続けてくれよ。梓の話、俺ちゃんと聞きたい」
「……意外。てっきりフユのコトだからいつものように『あーあーあー、もうめんどくせぇからさっさと帰って一緒にフルハウスの再放送でも見よーぜ?』とか言って逃げるんだと思ってた。……心境の変化?」
「そんな大層なモンじゃねぇよ。ただ―――」
「ただ?」
「―――やり直してるだけ」
「……は?ナニ言ってんの?」
「まぁ意味わかんねぇわな。単純に逃げんのヤになったってだけだよ」
「へー、フユ立派じゃん。……でもどうせ、ソレって唯先輩のおかげでしょ?」
「そうじゃないって言ったら嘘になるけど、珍しく自分自身で決めたコトだから。梓にやいやい言われる筋合ねえっつの」
「格好いいね。でもソレ本当なの?なんだかんだ言って、逃げてるコトあるんじゃない?」
梓にそう言われた瞬間、ぞわりとする。頭の中を覗かれたみたいに寒気が走る。脳裏に真っ先に浮かんだのは憂のコトだ。絶対に梓は知らないハズだ。だけど的を得ていた。
結局俺は、憂に脚のコトを言っていない。このまま騙し続けても、いつかはバレる。憂はきっと泣くだろう、悲しむだろう。絶対に避けたい。でもどうしたら逃げずに済むのか。その答えは、やっぱりまだ見つかっていない。でも、逃げるのだけは駄目なんだ。
自分の為にも。
そしてナニより、憂の為にも。
憂には、ずっとずっと笑っていて欲しいんだ。
「フユ、今誰のコト考えてる?」
梓の声で、我に返る。
「その人のコト、フユはどう思ってるの?大切なんでしょ」
……俺は考えた。ナニを言えばいいのか、どう結論付ければいいのか。
考えて、考えて、考えて。
「…………」
それでもナニを言ったらいいかわからずに歯を食いしばる。
すると。
梓が俺に手を伸ばしてきた。撫でるように、そっと俺の頬に手を触れる。
「ごめん、ね。フユにそんな顔させたくて言ったワケじゃないんだ……、ごめん」
梓はそう言って、悲しそうに謝った。
俺は一体どんな顔してんだよ。
「いつかわかるよ。唯先輩のコト好きなんでしょ、それでもいいよ。そうしているウチに、イロイロなコトがわかるから」
「イロイロなコト?」
「きっとフユならわかるよ」
梓は、力強くそう言った。
「ん、わかった」
「嘘つき、絶対わかってない」
「梓が俺のコト心配してくれてたってのがわかった。いやー、優しーね、おねーさん」
「……うっさい、フユのバーカ」
そう言って、梓は俺の胸に軽いパンチを入れて、俺たちはくすりと笑う。いつもの調子が戻ってきた。
それと同時に、スーっと肩の力が抜けて楽になっていく感じがした。
「そろそろ帰るか、梓」
「うん、そうだね」
「あーあーあー、なんか久しぶりにメッチャ腹減ってきたっ。なんか食って帰ろうや」
「もうすぐ晩ご飯でしょー」
「じゃあ甘いモンは別腹ってコトで、ドーナツはどうスか?付き合ってやってや」
「……しょーがないなぁ、付き合ってあげるよ」
俺たちは部室を出て、真っ赤に染まった夕焼けの中、並んで帰り道を歩く。
「なぁ、梓」
「うん」
「俺さ、イロイロ考えてみるよ、もっと」
「うん」
ようやく、というか今更って感じだけど。
俺は気付いた。
なんで唯先輩を見ていると、あんな気持ちになるのか。
これは巷で有名ないわゆる恋ってヤツで。
恋は俺みたいな安い人間にでも、誰にでもあるワケで。
俺は、自分の気持ちに、気付いたんだ。
「俺、唯先輩が好きだ」
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勢いとノリだけで書いた、けいおん!の二次小説です。 Arcadia、pixivにも投稿させてもらってます。 よかったらお付き合いください。 首を長くしてご感想等お待ちしております。 |
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