“性”から逃れることは出来ず、“罪”から逃れることは出来ず |
―川神院
黒い短髪。釣り眼の赤みの強い眼(まなこ)。不敵な笑み。
まだ膨らみの小さい胸の前で組んだ両腕。川神百代が……今はまだ、若干勝っている背丈で祐樹を見下ろすように見つめてくる。
両者の第一印象は―――
―――……やっぱ、なよっちいな〜〜
―――なんとも……気の強そうな子だ
百代は落胆の溜息を胸中で吐きながら、祐樹は苦笑を洩らしながら……正反対の感想を抱く。
「で?名前は?」
白けた瞳で嘆息を洩らしながら百代が祐樹へと名を問い。
「祐樹。直江祐樹って言います」
丁寧に返す祐樹。そんな二人のやり取りを見やっていた鉄心は。
「モモ。祐樹はお前の一つ下の学年の子じゃ……面倒を見てやってくれ」
百代に言い含めるように告げると。
「えぇ〜〜〜?……しゃあない」
間髪いれずに百代は不満の呻き声をあげるも、鉄心の様相に渋々納得する。
「釈迦堂さんと稽古する予定だったのに……」
自身にしか聞こえない小さな声で、ぶつくさ言いながら部屋を出ていく百代。
「祐樹や」
そんな百代がこちらへと意識を向けていないのを確認した鉄心はこちらも小声で祐樹に呼びかける。
「はい。鉄心先生」
「……見ての通り、氣が大きく揺れ泳いでおるじゃろう?」
困ったような、心苦しいという面持ちで祐樹へと渋い声を掛ける鉄心へと。
「そう、ですね……。どことなく、欲求不満を常に感じているような……現状に苛立っている感じなのは――」
感じとった印象からそう答えた。
「……モモには建前上。お前の面倒を頼んだがの」
ひとつ息を吐いて。
「才能が突出し過ぎておると嘆けばよいのか……わしの血を色濃く継いでくれた事を喜べばいいのか」
途方にくれたような……深い溜息。
「力が見せる表層に意識が向かいすぎておる。"血"の誘惑に部分が弱いんじゃよ……」
そうして祐樹へと視線を戻して。
「ゆえに―――あの子……」
続けようとした言葉を……飲み込む。
「爺ごときが口を出すべきではないのかもしれんが」
鉄心が言おうとした言葉も、洩らす独白も理解できる。祐樹なりに受け取る事は出来る。
ゆえに―――
「釈迦堂さんが……絡んできているなら無視できませんね」
言葉を選ぶ。遠まわしに告げる。
「俺が、一緒に居てもいいですか?鉄心先生」
「―――すまんの……祐樹」
黒い短髪を揺らし、百代が開け放たれている彰子から顔を出す。
「おい!来いよ!!」
釣り眼をさらにキツクして祐樹へと声を放つ百代。
「あ、はい!今、行きますね!」
そう言って祐樹は鉄心へと礼をして――
「行くぞ」
促して……さっさと歩き去る百代の後を走って追いかける祐樹。
その二人の姿が消え、部屋に残る鉄心は――
「はぁ〜……情けないもんじゃの」
老いても最強の武神は肩を竦めて再度、溜息を洩らした。
―川神院
廊下を子供が二人歩く。
前を女の子が。後ろに少年が追うように歩いていく。
いわずもなが、先頭は百代で後方が祐樹。
まさしく"この世界"の一側面を切り取った場面。女が男を引っ張るという状況。
「どこに行くんですか……?」
目的地を聞いてない祐樹は、百代へと疑問の声を上げると。
「ん……?あ〜〜釈迦堂さんと稽古だ」
そう言って、背後の祐樹へと振り返り。
「お前も……川神院に顔を出すぐらいなんだから、稽古はするんだろ?」
「……まぁ、一般程度には」
苦い笑みを浮べながら祐樹は茶を濁すように告げ。
「ま。あたしと釈迦堂さんの邪魔しなければ……一緒に稽古してもいいぞ?」
不敵な笑み。厄介払いを若干含んだ言葉に。
「……わかりました。見学させてもらいますね」
百代の旺盛な戦いへの本能がほんの少しだけ、垣間見える声音に祐樹はそう返す。
「なら、いい」
そう言って、興味を失くしたかのように祐樹への配慮のない歩みを再開する。
そんな百代の態度に。
―――はぁ〜……第一印象は最悪だな。俺なんかしたか……?
溜息を微かに洩らして、内心で呟く。
祐樹自体は何もしていないが……鉄心が含みを持たせた言い方をしたが為に、百代は期待したのだ。
―――同じ学校の奴?!?!もしかして……!!
あの日、いつものように……平凡な学校の一日が終わり。
帰り支度をしていた百代が感じ取った―――莫大な氣。
期待したのだ。己の力を真っ向から受け止め、返してくれる同じ子供がやってくるのだと。
だが―――
蓋を開けてみれば。
―――あ〜〜ぁぁ……爺に期待した私が馬鹿だったか
一つ下の男。特徴的なのはアルビノが擁するような白髪。されど、草臥れて輝きなど委細合切感じられない老人のような髪。
そして、金色(こんじき)の瞳。垂れ下がった前髪。開け放たれている右目から窺える色彩は正しく、金色であり。
―――しっかし、不思議な髪色と目だよなぁ〜……。確か、一個下って言ってたし名前も一致しているからコイツのことなんだな
その容貌を横目で窺いながらに百代は、学校で聞く噂の類の一つを思い出す。曰く、"お化け"が居ると……
―――よかった。よかった……お化けなんて居やしないさ
胸中で呟く。酷く、案著した心境。生まれた頃より、一番苦手なモノが"お化け"故に。
そうなると、もう百代の関心は消え失せ。期待していた分……酷く凹む結果となった祐樹に対して無意識の内に冷たく接する。
自分を曲げることを嫌う……"誠"の武士娘。
今だ四年生という子供ゆえに―――己の欲望にも元来素直な性格ゆえに―――
そうした態度を取ってしまう。
少しだけギスギスとした二人の空気を。
「おう!百代〜〜……こっちだ」
修行僧達が表の修練場兼中庭で鍛錬を行っている場所とは反対の位置。
「あ!釈迦堂さん!!」
百代が掛けられた声に嬉しそうな声音で返しながら駆け出す。
裏庭に居た―――目つきの悪く、人相も不敵にして人をくったような人相。
飢狼のようなドス黒い氣を纏った男、釈迦堂刑部は――
「お〜お〜……なんだよ、祐樹。来てたのかよ?」
心底驚いたという表情と、愉快だと……人をおちょくるような表情が混在し。
禍々しい闘争本能を借りたてんとする……武人の獰猛な笑顔で祐樹へと声を掛けてきた。
「………どうも。釈迦堂さん」
憮然としてしまう。"小雪との経緯"があった故に、どうしても祐樹は知らず知らずに憮然な態度を取ってしまう。
だから――
「おい!!!」
百代の怒りを買ってしまうが……それを止めたのは。
「釈迦堂さ――」「どいてろ、百代」
獰猛な笑みを浮べたまま、有無を言わさぬ迫力を持った声音で百代を下げる。
「どうだ?まだ、あんな甘っちょろいこと言ってんのか?」
「………あなたがどう、思おうとも……俺は俺の"力のあり方"を変える事は―――しない」
抑揚のない声音。それでも――
―――な……なんだ、こいつ?……さっきと全然……!
側に居る百代の祐樹の印象を変える程の力を持った言葉。
「はっ……そうかい」
ぶらぶらと所在なげなく揺れていた片腕をズボンのポケットに突っ込みながら。
「戈を止めると書いて――武の一文字」
癇に障る声音。ちゃんちゃら可笑しいと。せせら笑うような声音。
「違うな〜〜。違うよな〜……お前だって分かってんだろう〜?」
どうしようもない程に滑稽な……真実。"武"と言う概念を表すには―――
「お前の言葉を借りりゃ――――」
ニタっとした笑み。
「戈にて止まると書いて――武の一文字」
ケタケタと笑い声を上げながらも―――その言葉はこの小さな裏庭に浸透する。
「暴力だ。殺戮だ。略奪だ。――――武はな」
もはや、場に居る百代にはついていけない。
齢10歳の娘に理解できる話ではない。が―――それでも、百代は二人の男を見据え続ける。
「ただ……渇きを癒す為の力なんだよ」
表情は変わらない。今だ……癪の触る笑みのまま。
しかし――――眼光は、射殺さんとする程の強烈な殺意。
百代に気づかれない程に細く、圧縮した殺気を己の眼(まなこ)から、祐樹の眼(まなこ)へと叩きつける。
「俺の拳を見ろよ?」
無骨な男の拳。殴りつけすぎて……指の第一関節にある骨が突出したように、硬く、分厚く、盛り上がり。強靭な肉が其れを覆う。
「俺の氣を見ろよ?」
どす黒い……刃のような鋭利さを持つ禍々しい氣。内なる欲望を撒き散らせといわんばかりに――
「この拳は―――強者を抉る為で。この氣は―――強者を引き裂く為だよ」
愉快だと言わんばかりの声音と表情で。
「わかったろ?これが――――唯一の真実ってやつだよ」
宣言するように告げ終わり―――
"風が音を置き去りにした"
そう表現するのが正しいといわんばかりに百代の前で、百代には信じられない光景が。
祐樹の顔面……一ミリというぐらいの寸止めの正拳突きを。
"祐樹は瞬きも、身じろぎもしない"―――不動の体勢で受け立つ。
「………はっ、面白くねぇ〜"奴"だな」
興味が失せたのか?釈迦堂はそう吐き捨てて……裏門から出て行こうと背を向ける。
「真実―――」
「……あっ?」
「真実。"武"が力がそれだけを表していても、どうしよもなくそれが……それだけが事実であっても」
告げる。謳うように告げる。
「俺は――――俺の決めた道を行く。俺が」
―――こいつ……
百代は何を思ったのだろうか?ただ……揺れる瞳の中にある感情は決して、先とは―――
「……はっ!精々、頑張んな」
背中越しにそう告げ、だるそうに片腕を挙げて手をヒラヒラとさせながら出て行った。
裏庭に静謐が戻る。
―――………何処まで行っても、相容れない存在……か
消えた背中にそんな思いを抱きながら、疲れたような溜息を洩らすと。
「おい」
「……どうしました?川神さん?」
百代がこちらへと声を掛けてくる。先と違った声音で。
「……見直したぞ」
照れくさいのか?腕を組みなおしながらソッポ向いて告げる百代。
「???」
なんのことだかさっぱりな祐樹。
「釈迦堂さんの寸止め―――目を閉じないで受けれるのは、すごいからな」
無骨者同士。特に釈迦堂の性格からしたら百代との戯れなどでは何度かやっていたのであろう。
「わ、私はまだ……どうしても眼を閉じてしまうからな」
今だ幼く、釈迦堂の黒い氣を纏わせた拳はどうしても……今の百代では瞼を閉じてしまう為そう告げる。
「だから――――」
高らかに宣言する。赤みを帯びた頬を隠すように。
先のやりとりのことなど―――子供にはわかりはしない。
だが、子供は子供なりに見ていた。百代は見ていた。
あの見たこともない釈迦堂の姿。そんな姿に怯えることもしなかった少年。
己に今だできないことをやってのける姿。
"誠"の一文字を好む――川神百代はだからこそ、己の心の命じるままに
「お前を私の弟にしてやる!!」
差し出された手を苦笑を浮べて握る。
こうして……風間ファミリーに後の四天王最強の武人。
構え構えと甘えてくる。皆のお姉様。
川神百代が加わる。
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