第九話:人と怪物の境界
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「・・・で? 今日は何の用だミュータントジジイ」

 

「何故か会う度にお主のわしに対する評価が落ちとる気がするんじゃが気の所為かの?」

 

サイが中等部に編入した次の日の朝。

本来ならば休みの日の為に教会でのシャークティの手伝いが終わったら爆睡している時間である。

麻帆良学園の学園長に呼び出されたサイは、目付きだけで人が殺せる程に機嫌が悪かった。

 

・・・ちなみに彼は麻帆良の捜索と昼寝(もしくは二度寝)を趣味としているので、どれだけ機嫌が悪いかなど言わずとも理解出来るだろう。

 

「人が朝の手伝いを終わらせて寝てたのに、その安眠の時間を邪魔されて評価を落とさない奴が居ると思うか?

・・・んな余計な事はどうでも良い、だから何の用事だクソジジイ?」

 

「休みの日に何もせんと寝るて・・・お主、本当に枯れとるのぅ。

あぁあぁ冗談じゃよ冗談、そう龍族でも裸足で逃げ出しそうな殺気の目を向けんで欲しいんじゃが。

わし一応これでも80、90は超えてるでな、心臓に悪くていかんわい」

 

そんな事を飄々とした態度で言う学園長。

サイに言ったらブチ切れるかもしれないが、意外に学園長とサイは似たもの同士かもしれない。

彼は基本その年齢の為か表だって動く事は少ないが、その結果は良かれ悪かれ自らが全て責任を負うと言うスタンスでいる。

しかし、学園長が態々サイを呼び出しての用とは一体何なのだろうか?

 

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「実はのぅ・・・最近、この麻帆良におかしな怪物達が頻繁に現れておるのじゃよ。

多分シスターシャークティに聞いたかも知れんが、此処でおさらいとして改めてもう一度この麻帆良の事を説明しよう・・・良いかね?」

 

今迄の態度はナリを潜め黙って頷くサイ。

彼も“冗談”を言っていても良い時と悪い時の区別はついている。

そんな心境を察している学園長もサイの目を見ると語り始めた・・・。

 

「え〜、この麻帆良はかつて魔法使いによって設立され、世界最大級の世界樹を中心に町並みや学校が創られておる。

わしやシスターシャークティにタカミチくんなど魔法先生や魔法生徒といった多くの魔法使いが教師や生徒として在籍しており、この学園で修行や治安維持といった事に従事しておる・・・此処までは理解しておるかの?」

 

頷くサイを見て学園長は説明を続ける。

 

「うむ・・・では次に移ろう。

この学園都市は元々、古代文献やら魔道書やらオーバーテクノロジーやらがわんさか在っての。

更に此処に通っとる人物も一癖二癖ある者達が多くての・・・まあ元々、普通の世界に『魔法使い』なんちゅう非常識な存在が秘密裏に居る事自体が原因なんじゃが。

それを狙う者達が秘密裏に学園都市を護るようにして張ってある結界を抜けて進入し、悪さをしようとするのじゃ。

そんな連中を見つけ、同じく秘密裏に処理をするのがわし達“魔法使い”の仕事じゃ・・・」

 

一度言葉を切る学園長。

湯飲みの茶を飲んでから、最近になって起こっている事を説明し始める。

 

「本来、進入するのは魔法使いの使い魔や式神といった者が多いのじゃが―――

実は最近、結界を通り抜ける事なく現れる者達が増え始めたのじゃ・・・何処から現れるかも目的も不明でのぅ。

しかも倒しても倒しても数は一向に減らんのじゃよ・・・まあ何か目的がある訳では無い様なのじゃが」

 

其処まで言い終わると目つきが鋭くなる学園長。

サイの目の前にその正体不明の者達の姿を撮った写真を置く。

 

「そこでわしは一つの仮定を立てた。

お主は確か、魂獣(スピリッツ)なる存在であったのぅ?

そのお主が何らかの理由でこちらに来た際にお主の世界の者達も此方に侵入してしまったのではないか、とな。

まあ勿論、お主が侵入させているのではないと言う事もわしは理解しておる心算じゃ・・・出会ってそんなに長くはないが、エヴァのお主に対する態度やお主の目を見れば虚偽かどうかは理解出来るわい」

 

其処まで話を聞いた後、サイは学園長が言おうとしている事を理解した。

そして何故、サイのみを学園長室に呼んだのかもだ。

 

「成る程・・・要はそいつ等の始末を俺に任せたいって事か?」

 

そう・・・サイの言う通り、学園長は彼にその正体不明の者達の排除を頼みたかったのだ。

理由は二つあり、まず一つは何処から進入してくるか解らない者達をサイなら認識出来ると思ったから。

そしてもう一つの理由は・・・事情を知らない者達がその者達とサイを関連させて勝手に暴走するのを抑える為だ。

学園長がサイの言葉に静かに頷くと、サイは静かに答えを返した。

 

「まあ・・・良いぜ。

元々正体隠して住まして貰ってんのに何もしねぇってのは性に合わねぇ。

それに・・・そいつ等と戦ってりゃ、戻らねぇ記憶を取り戻す切欠になるかも知れねぇしよ。

ただ先に言っとくぜ、俺は勝手にやらせてもらう―――命令は受けねぇと言う事だけは忘れんな」

 

「フォッフォッフォッフォッフォ・・・解っておるよ」

 

学園長の答えを聞いたサイは目の前に出された写真を手に取る。

そして一度標的を確認すると、上着の内ポケットにしまってから学園長室を出て行った・・・。

 

その写真は三枚ありそれぞれに違う者が撮られている。

一枚目はハーピーのような怪物、二枚目はオークのような怪物、そして三枚目は魚に手足が生えたような怪物が写っていた・・・。

 

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「チッ、しかし案外魔法使いなんてのも大した事ねぇな・・・あ〜、一仕事の後の煙草は美味ぇわ」

 

その日の内に三匹の怪物を始末し終え、のんびり煙草を吸うサイ。

本来驚くべき事なのだが、これはサイにとってはまさに“赤子の手を捻る”様なものだ。

記憶はないとは言え、戦い方や対処法などは脳裏の何処かに刻まれていた。

 

元々、学園の魔法使い達が苦労した怪物達はサイにとっては勝手知ったる存在だ。

彼らは此処の力が弱い為、増殖したり擬態する事で獲物を取ろうとする・・・つまり虫やら軟体生物などとなんら変わらない。

増殖すると言うならば、増殖するもの丸ごと消し去ってしまえばそれで事足りるのだ。

惜しむらくは結界の中の麻帆良は、あまり巨大な力が使えないというのが魔法使い達にとっての欠点だろう。

 

「しかし・・・昼間の騒がしさがまるで嘘みてぇだな」

 

夜の帳に包まれている麻帆良は美しい夜景が漆黒に包まれる世界を彩る。

そう言ったものに興味のないサイも、正直に美しいと感じられる光景には違いない。

空にも満点の星が煌き、輝き・・・まるで宝石のようだ。

 

しかし少しの間ぼーっと町の夜景を見ていたサイは不意に不機嫌そうな表情になる。

サイが見ていても美しいと感じるこの光景、それを眺めている後ろから不躾な殺気が向けられていた。

その方向を見るまでもなく、不機嫌そうに彼は躾のなってない闖入者に向かって言葉を飛ばす。

 

「オイ、テメェ・・・さっきから不愉快だ。

何の用事かは大体理解出来るが、用事があるんだったらとっとと面を見せろ」

 

光に彩られる夜景とは相反する漆黒の闇に包まれる林。

その中からサイに殺気を送っていた人物が出て来た・・・それは長刀を携えて口を真一文字に閉じる少女。

そう、サイと同クラスの少女である桜崎刹那(さくらざきせつな)であった。

 

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「テメェは確か・・・」

 

刹那の名を思い出そうとするサイだが、その前に彼女が口を開いた。

 

「光明司斉・・・だったな。

貴様がこの学園に、いや麻帆良に来た動機は一体なんだ」

 

真正面から殺気をぶつけてくる刹那。

余程腕に自信があるのだろうか? いや・・・それとも他に策でもあるのか?

そんな物言いをする刹那にサイは再び背を向けると言う。

 

「あん? テメェに語る理由が何処にある?

知りたきゃクソジジイにでも聞けよ、孫娘の知り合いなんだからその位出来るだろうが」

 

言い終わるや否や、後ろで小さく音がする。

どうやらその音は刹那が背負っていた長刀を抜いた音のようだ。

ゆっくりと切っ先をサイに向けると、再び口を開く。

 

「貴様には不審な点が多過ぎる。

事と次第によっては貴様を今此処で斬る・・・お嬢様を護る為に!!」

 

そう、刹那はサイを斬りに来たのだ。

あの日、エヴァンジェリンとの戦いを見た際に刹那はサイの事をかなりの達人だと見抜いた。

彼女の目的は木乃香の護衛であり、彼女に仇なそうとする者を放ってはおけないのである。

 

そんな刹那を見て溜息を吐くサイ。

エヴァンジェリンとの共に昼飯を食べていた時に感じた事が、まさか見事に当たるとは彼も思って居なかったのだ。

 

「オイ、テメェ・・・要はお嬢様って事はこのかの為に俺を殺すって事か?」

 

「!!? 貴様!! お嬢様の名を軽々しく口に出すな!!」

 

自分の敬愛し、最も大事な親友の名を得体の知れない人物が呼ぶ事に怒気を顕にする刹那。

だが逆にサイは冷静に・・・見ようによっては“冷酷”な目で刹那を見つめている。

その理由は、その刹那の態度にあった。

 

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「チッ・・・何だ、骨のある奴かと思ったら中途半端な女だな」

 

「何っ!?」

 

武器も抜かず、刀の切っ先を向けられたままのサイ。

しかし、その態度は全く変わらず・・・寧ろ、刹那の事を見てがっかりしているように見えた。

 

「テメェはこのかの護衛だろ?

その癖に中途半端に私情を優先させるようなガキに俺が斬れるのか?

だったら斬りたけりゃ好きに斬れよ、俺は別に武器も抜かねぇし抵抗もしねぇからよ」

 

サイは刹那の方を見ようともしない。

背を向けたまま無防備に立っているだけだ・・・その事に刹那は困惑する。

 

「な、何だと貴様!?

私が無抵抗の者を斬る事が出来ないとでも思っているのか!?

ふん、ならば生憎だが私はお嬢様の為なら、この手を汚す事など厭わんぞ・・・!!」

 

何故だろうか?

心なしか刹那の声がほんの一瞬だけ震えたような気がする。

しかしジリジリとすり足でサイの近くに向かっている所を見れば、そんな震えるなどと言う事が・・・。

 

「フン、生意気な事抜かすんじゃねぇよガキ。

“人も斬った事もねぇお座敷剣術”で、俺を斬れるならさっさと斬ってみろと言ってるんだ」

 

「・・・・!?」

 

その言葉に一瞬顔が青くなる刹那。

そんな青くなってる刹那に対して、サイは興味も持たずに言葉を続ける。

 

「テメェの構えは“人を斬って来た奴”のモンじゃねぇ。

大方斬った所でなんも感じねぇような連中を斬って来た奴・・・要は実戦向けじゃねぇ事位、その足運びで理解出来る。

だから言ってるんだ、斬りたきゃ斬ってみろとな」

 

不意にサイに向けた切っ先が震え始める刹那。

・・・確かに彼女は結界内に侵入してきた式神やら使い魔やらを斬った事はある。

しかしそれらは言うなれば仮初の存在であり、斬った所で良心の呵責すらも沸かないような存在だった。

 

だが、彼女の目の前に居るのは間違いなく命を持つ存在。

そんな存在を斬り捨てる覚悟など、今の彼女にはまだ出来る筈がない。

本来ならば殺気をぶつけ、刀を構えるだけで逃げてしまう者の方が多いと言う事実も、彼女を強く見せていた理由の一つだ。

 

「テメェみてぇなガキに解る訳がねぇ」

 

いつの間にかサイが刹那の方を振り返っていた。

その表情は憤りと悲しみのようなものを浮かべているように見える。

得も知れぬその威圧感のようなものに、刹那はほんの少しだけ後ろに下がった・・・。

 

「人を斬るってのはなぁ・・・何よりも重い事だ。

自分の勝手で今まで何年、何十年と生きてきた存在の明日を奪うと言う事なんだからな。

そんな重みを、テメェ如きの・・・『護衛』と『情』の板挟みで中途半端な態度とってやがる小娘如きが解る訳がねぇだろうが。

・・・俺を舐めんのと、覚悟って奴を甘く見てんのも大概にしやがれ」

 

ほんの少しの殺気を含ませ、ただ一歩ずつ近付くサイ。

それにまるで釣られる様に小刻みに震えながら下がる刹那。

先程まで感じていた感情は、その逆の感情に変わり始めていたのだ。

 

「あ・・・ああ・・・あ・・・」

 

それは恐怖と言う名の人の感情。

見てしまった、そして気付いてしまった―――

サイの目が、その気配が、その語り口が、サイが自分とは違い、人の命を奪った事があるという事に。

 

「チッ・・・下らねぇ。

人斬る覚悟も、自分が殺される覚悟もねぇようなガキが粋がるんじゃねぇよ。

俺に殺気飛ばすなら、もうちっとテメェ自身見つめ直してから来いや」

 

視線を外し、背を向けると途端に刹那の全身の力が抜ける。

まるで糸の切れた人形のようにその場所に座り込むと全身から冷たい汗が噴出していた。

そんな刹那を横目で見ながら、サイは学園長に秘密裏に頼まれた『もう一つの頼み』を思い出して刹那に語りかける。

 

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「オイ、小娘・・・テメェに一つ、聞きてぇ事がある。

何でテメェ、一々このかの奴を避けるような事をしてやがる?」

 

「き、貴様には・・・貴様には関係のない話だ」

 

今でも先程、本当の殺気と言うものを向けられていた所為だろう。

少々震えながらだが、それでも強い口調で刹那は言葉を返した。

 

「まあそりゃそうだ、俺には関係ねぇ事だな。

だがな露骨に離れるような事すれば、その方が逆にアイツに辛い思いを・・・」

 

「貴様に何が解る!?」

 

サイが言葉を続けようとしたその時、今まで怯えていた時とは違う怒気を含んだ言葉が放たれる。

その事に少し驚いたサイが黙ると、刹那はまくし立てるように続けた。

 

「何も知らないような奴が訳知り顔で偉そうに説教の心算か!?

貴様に私の何が解ると言うんだ!? 孤独や差別・・・そんな好奇や嫌悪の視線の中で生きた事が貴様にあるのか!?

私のような『人外』の苦しみが、貴様のようないい加減な男に解ってなるものか!!」

 

其処まで語って表情を変える刹那。

つい勢いで言ってしまった、己の『隠し通さなければならない秘密』を。

だが今更隠す事も出来まい・・・。

 

「・・・そうか、お前人外なのか。

外見はどう見ても人間にしか見えねぇが・・・そうかよ」

 

そう言葉を繰り返すサイ。

次に言われる言葉を刹那はサイを睨みながら待っていた。

『バケモノ』だの、『半端者』だのと幼い頃に言われ続けてきた罵詈雑言の数は数知れない。

ただ今まで隠し続けて来た、大切な友人である少女にだけは知られたくは無かったが。

 

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しかし、サイの次の言葉は意外なものであった。

それは―――

 

「悪かったな、つまらん事を言って。

確かにテメェの気持ちなんざ、他人の俺が解る筈もねぇわ・・・それを訳知り面で余計な事言っちまった」

 

なんとそれは謝罪だった。

いきなりの言葉に面食らう刹那・・・更にサイは続けた。

 

「だがな、先に言っとく。

テメェがどんな人生を生きて、どんだけ他人に拒絶されて、どれだけ孤独で今まで来たかは知らねぇよ。

しかしだ・・・無くしちまったモンはもう戻らねぇぞ」

 

その言葉はどこか寂しげにも悲しげにも聞える。

そんな今迄の雰囲気とは違う雰囲気となったサイは更に静かに呟く。

 

「それとな、テメェみたいなのは護る為に命を平気で粗末にするタイプだ。

それはテメェ自身は自己満足の中で死ねるから幸せだろうが、生き残った奴に深い傷を残すだけだぞ。

今の生き方を貫くのもテメェの勝手だが、少なくともこのかに対して今のまま行けば確実に一生忘れられねぇ痛みを残す事だけはしっかり覚えておけ」

 

まるで己にそう言っているかのように―――

どこか悲しげな表情に見えたサイは、その言葉だけ言い終わると背を向けて帰って行った。

最後に残された刹那は、サイの残した言葉に対して一人呟く。

 

「何故だ・・・何故、あんなに悲しげな目を・・・。

違う、あんな男の言葉など忘れろ・・・私はただ、お嬢様を護れればそれで・・・それで・・・」

 

後の言葉が口から出てこない。

自分は今のままで充分、親友であるこのかを命がけで護れればそれで良いと言い聞かせるように呟く刹那。

しかし、忘れようとすればする程に心の深くまでサイの言葉とあの眼差しが刻み込まれている。

それでも忘れようとし、帰ろうとしたその時―――

 

「何をこんな所で悩んでいる、桜崎刹那」

 

後ろから声をかけてきたのは刹那にとっては予想外の人物であった―――

 

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「エヴァンジェリン・・・さん?」

 

後ろを向いた時、そこには宙に浮いているエヴァンジェリンの姿があった。

格好は制服ではなく黒のワンピース・・・いや、そんな事よりも彼女が話しかけてくるなど珍しい事だ。

 

「何を惚けた顔をしている?

偶に夜の散歩に出れば、珍しいものを見れたと思って此処へ来ただけだ・・・別に他意はない。

しかし、いつでも周囲に気を配っている貴様にしては悩みを抱えて私の存在に気付かないなどとは実に落ち度だな」

 

ゆっくりと地に降り立つエヴァンジェリン。

刹那はそんなエヴァンジェリンを見て、どこか今までと違うような感じを覚えた。

今迄の彼女であれば殆どの者に自分から話しかけるような事はしない・・・ただ、興味もなく他人と距離を取っていた筈だ。

吸血鬼という人から嫌悪され排斥される存在としてエヴァンジェリンが生きてきた事を刹那は学園長やらタカミチから聞かされ・・・どこか彼女の気持ちが解る、そんな風に刹那は思っていた。

 

だが今のエヴァンジェリンは今までとは違う。

何が違うかと聞かれれば説明に困るが・・・今までのような他人を拒絶するような雰囲気が減ったようにも感じる。

 

「ふむ、成る程な・・・貴様のその感情の高ぶり、奴の所為か」

 

ふと刹那を見ていたエヴァンジェリンがそんな事を言う。

だが刹那は感情の高ぶりや淡い期待のようなものを考えてしまった自分を律するように鋭い口調で返した。

 

「違います、“あんな男”は関係ありません!!」

 

しかし・・・その答えにエヴァンジェリンは意地悪そうな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「男・・・? 私は別に性別など言っていない筈だがな・・・ククク」

 

『しまった』と言うような表情をして顔を紅くする刹那。

そんな刹那をエヴァンジェリンは一度鼻で笑うと、夜景の方を見ながら呟きだした。

 

「まあ確かにな、貴様の気持ちは解らんでもない。

アイツは口が悪くてバカで喧嘩っ早くて、それで居て何処となく無駄に自信満々で『悪』と言う言葉の方が良く合いそうな人物だ。

全く以って、何故あんな小僧をジジイは2−Aに編入させたのか理解に苦しむ」

 

刹那もエヴァンジェリンの言葉に頷く。

後で聞けば学園長以外でサイを麻帆良に置く事を了承したのはシャークティとタカミチ位。

他の魔法先生や生徒達は正体の解らないサイの事を疑い、中には追い出せといった者も居たらしい。

まあ実際の所、麻帆良で学園長に次ぐ実力者であり表向きはNGO団体、その実は魔法使い達の団体の『悠久の風』で名を轟かせているタカミチと、学園でも指折りの実力者であり神に仕えるシスターシャークティのお墨付きでは下手に反対も出来なかったのだが。

 

しかし正体も解らない者をあえて学園に居させようなど、学園長の孫娘である木乃香を命がけで護衛している刹那にとって、全く理解出来ない事だ。

―――正直、口は悪いが学園長が呆けたのではないかとまで思った程である。

 

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だが・・・エヴァンジェリンは言葉を続ける。

 

「しかし、奴の言葉は薄っぺらい物ではない。

あれは詳しくは知らんが少なくとも体面を飾って言っている事ではない事位、直に聞いた私が良く解る。

そもそも虚飾をするならばあえて何故あんな辛辣な言い方をする必要がある?

寧ろ優しく、嫌われん様に取り繕うと思うがな」

 

確かにそれはそうである・・・。

体面を気にするようなら八方美人に誰からも好かれるような態度を取るだろう。

しかしサイの場合は辛辣に、無礼に―――まるで敢えて嫌われようとしているかのようにも見えた。

 

「私は奴の事は良く解らん。

しかしあれは無礼で己の事のみを考えているのではない、寧ろ誰かの為に優しく在れる人物だ。

それも甘やかすのではなく、自分が憎まれ役になろうとも相手の為になるようにな。

ほんの少しだけ奴と戦って奴の生き方を見て・・・私は真っ直ぐでぶれないサイの生き方を見習おうと思ったさ。

それに・・・いや、此処から先は言う必要などないな」

 

言おうとした言葉をそのまま飲み込むエヴァンジェリン。

そう、その言葉は刹那が知る必要など無い・・・己自身の心の奥底に存在していればそれで良いのだ。

それに、それこそ負ける心算も無いがライバルが増えられても面倒なのだから。

 

「・・・話はそれで終わりですか? でしたら失礼します。

明日は一週間の始まりですし、遅刻や居眠りする訳には行きませんので」

 

刹那は頭を下げ、まるで拒絶するように後ろを向くと歩き出す。

例えどんな生き方をしていようと、例えあの人物がどういった人物であろうと彼女には関係ない。

 

否・・・そもそも、己と同じだと思っていたエヴァンジェリンがそこまであの男を賞賛している事にも憤りを感じていたのだ。

所詮、自分達はバケモノに過ぎない・・・そんな苦しみを知らない人間に、彼是(あれこれ)言われたくも無かった。

 

・・・その考えが間違いだったと気付くのは、次のエヴァンジェリンの言葉によってだったが。

 

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「あぁ・・・そうだ、ついでに一つ教えておいてやろう」

 

『まだ何かあるのか?』・・・そんな風にイライラしながら足を止める刹那。

そこでエヴァンジェリンから聞かされたのは、刹那自身が耳を疑う話だった―――

 

「こちらに来る時に少し大きな声だった所為で聞えた話だが・・・貴様はサイに『私の何が解る!?』とか言って怒鳴っていたな?

だが少なくともサイには貴様の気持ちが痛い程理解出来ている筈だ、あそこで反論はしなかったがな」

 

「・・・!? な、何を・・・。

あんな男に、あんな男に私の苦悩が解る訳が・・・」

 

言葉を続けようとした刹那に被せるようにしてエヴァンジェリンは静かに呟く。

 

「奴は・・・サイは少なくとも貴様以上に人と妖(あやかし)の関係が壁を隔てられた世界で、人と妖との間に生まれた合いの子(ハーフ)だ。

ジジイに語っているのを横から又聞きしただけだから全ての事は解らんが―――しかし、少なくとも“あの姿”を見た事のある私には嘘だとは到底思えんがな。

貴様がされた差別など生温い様な世界で奴は生まれたらしい、それがどのような“現実”を生むかなど貴様の方が解るだろう?」

 

その瞬間、刹那は言葉を失った。

訳知り面で説教のような事を言っていたのではない・・・サイもまた、己と同じように苦悩の中で生きていたのだと言う事に。

しかしあの男は己の出生には一つも触れず、ただ刹那に謝罪した・・・言い訳やら余計な弁解もせずに。

 

「そんな・・・じゃ、じゃあ・・・じゃあ何故!?」

 

疑問を飛ばすが誰も答えてくれる者など居ない。

言うべき事を言い終わったエヴァンジェリンはさっさと帰ってしまったのだろう。

 

サイの言葉、エヴァンジェリンの説明。

そしてサイの出生の秘密を予想だにもしなかった形で知ってしまった刹那。

誰も居なくなった道を帰ろうとするも、その胸中にはエヴァンジェリンの言った言葉が深く突き刺さっていたのであった。

 

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第九話の再投稿を完了いたしました。

差別、排斥と言う現実は決してなくなるようなものではありませんね。

まあ人とは其々同じ人物など居らず、何処かどうかが他人とは違うのですから・・・差別はなくならないでしょう。

 

今回はネギま二次創作の中でも殆ど描かれる『刹那との一悶着』を描きました。

本来ならば戦わせた方が良いのかもしれませんが、考えても見れば700年もの間生きているサイに勝負を挑む事自体がナンセンスだと思い、威圧されたと言う事にしました。

そして細かい説得はもう一人の主人公的存在のエヴァに託しています。

 

原作でも思いましたが・・・。

最初の頃の刹那って木乃香の護衛の割に周りが見えておらず、更に中途半端に親愛の感情を見せるものだから実にどっちつかずだと思いましたね。

そんな中途半端な輩に、自分の信じる事をリスクがあろうと貫き通すような漢が負けはしないでしょう。

・・・そもそも、役者が違うでしょうし。

 

『失くしたものは戻ってこない』と言う言葉の意味を何より知っているであろうエヴァ。

『大切なものは失くしてからでなければ気付けない』と言う事を長く生きるが故に誰よりも知っているサイ。

この二人は悲しみを知るが故に言葉が重いのでしょうね・・・。

 

では、そろそろ・・・次回をどうぞお楽しみに。

 

 

【補足】

 

近衛の爺様がサイに始末を頼んだモンスター

 

Q@:ハーピー(半人半鳥の怪物)のような姿のモンスター

A@:『ヒラーリン』神羅万象第一章に登場する原生モンスター、両翼で旋風を引き起こす

 

QA:オーク(半豚半人の怪物)のようなモンスター

AA:『ラード』神羅万象第一章に登場する原生モンスター、頭はちと足りないがそれを補う程に強い腕力を有す

 

QB:魚に手足の生えたようなモンスター

AB:『スウィーム』神羅万象第一章に登場する原生モンスター、魚類だが陸上を駆け抜けるのが趣味

 

尚、本編では戦闘シーンは描かれていません。

その理由は数値にすればヒラーリンがLv3、ラードがLv4、スウィームがLv2

んで、サイが現時点(記憶不完全+抑制状態)でLv8なので、ドラクエのスライム倒してるのと同じような状態なので省略しました。

(原作では抑制状態でLv12、最終形態ではLv50、魂獣解放+究極形態でLv∞)

説明
人は、人と違う事を怖れる
それにより排斥された者は自らの生まれを呪い、心に重石を背負い生きる
・・・この物語は、そんな者達が優しさと普通の日常を取り戻していく軌跡
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タグ
神羅万象全般 ネギま TS 性格改変 半最強 その他 

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