その人は何処へいった? 8.迷子と雛のたい焼き談話 |
「たい焼き食べませんか?」
少年のその時の顔は見物だったと言っておこう。
▼その人は何処にいった?
「迷子と雛のたい焼き談話」
「はい、お茶をどうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
近くにあった自販機で購入したお茶の缶をネギ少年に差し出すと、彼はそれを恐る恐る受け取った。
ベンチに腰を掛けている彼の隣に座り、たい焼きを手渡した。
彼は魚の形をしたお菓子が珍しいのか、興味深げにたい焼きを見つめている。
「で、どうしてあんな今にも死にそうな顔していたんですか?」
「そ、それは・・・」
話を振ると彼はまた顔を俯かせてしまった。
おやおや少年。そんなにたい焼き握り締めると、口には言えない所から餡子がでてしまいますよ。
「まぁとりあえずたい焼きを食べなさい。冷めると美味しくないですからね。
甘いものを食べると気分転換にもあるでしょう。」
そういって自分の分のたい焼きを頬張る。うん、おいしい。
学園都市のいい所は安くておいしい店が沢山あることですね。
学生向けなので当然といえば当然なんでしょうが。
ネギ少年はじっと自分の分のたい焼きを見つめている。
そしてそっと一口たい焼きを齧った。
「・・・おいしい。」
「でしょう。お勧めのお店のたい焼きなのです。
食べた後お茶を飲んでまたたい焼きを食べると渋みのお陰でより一層甘味が引立ちますよ。」
ネギ少年はしばらく食べることに夢中になっていた。
たい焼きはあっという間に無くなった。
少し残念そうな彼を見て
「もうひとつ食べますか?」
「ぜひ!」
楽しい子だ。
そしてたい焼きを食べ、お茶を飲みながら他愛の無いことを話した。
「見たところ外国の方のようですが、たい焼きを食べるのは初めてだったんですか?」
「は、はい。生まれはイギリスのウェールズです。」
「ウェールズですか、何度か倫敦の大英博物館に行ったことがありますね。
あそこは中々面白かったですよ。スコーンも美味しかったですし。
友人と一緒に真冬のテムズ川に叩き落された事もありましたね。あれは死ぬかと思いました。」
「え」
「犯人はその友人の彼女さんです。友人は落とされるのは二度目だと言ってましたね。」
「なにそれこわい」
ちなみに彼も真冬の湖に落っこちた事があるらしい。
どうして落っこちたのかは沈んだ顔をしたので深くには聞かなかった。
たぶんそこまで踏み込むのはマナー違反だし、私の役割ではないと思うからだ。
「へぇお姉さんがいらっしゃるんですね。」
「はい!とっても綺麗で自慢の姉なんです!!」
よほどその姉の事が大好きなのだろう。とても嬉しそうにその事を話してくれた。
あと一つ年上の幼馴染がいるらしいのだが、こっちはよくお姉さん風を吹かしてくるのでよく喧嘩するらしい。
たぶんその女の子はネギ少年に淡い恋心を持っているんだろうなぁと感じたが、彼はまったく気付いていなかったようだ。ご愁傷様。
そんな他愛の無い話をしばらく続けた後、彼に語りかけた。
「ここで会ったのも何かの縁です。どうです、私に悩み話してみませんか?
事情を知っている人よりも、まったく関係の無い人の話してみた方が気が楽になる事もありますよ。」
彼は暫らく躊躇っていたが、決心がついたのか
「・・・話を聞いていただけますか?」
「是非に。」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。
ボクは麻帆良学園女子中等部3−Aの担任をしているネギ・スプリングフィールドといいます。」
「私は・・・まあこのエプロン見ればわかりますね。
麻帆良商店街「まほら書店」店員の迷子あちらです。」
私は白々しくも先生だったんですね、若いのに立派だと言うとどよーんとまた落ち込んでしまった。
思っていたよりも結構根が深いようだ。
・・・?何かおかしいな。
千雨さんに騒動の顛末は聞いていたが、ここまで落ち込んでいるというのは予想外だった。
聞いた話では三学期に彼は何度か失敗を重ねてきたはず、悪く言えば慣れている。
それを良しとせず持ち前のポジティブさ、千雨に言わせると能天気さで失敗を乗り超えていると聞いていた。
いままで彼がそれを表に出さず、腹に溜め込んでいた可能性はあるが、今話してみて彼にそういう腹芸は無理だ。
そこまで今回の事がショックだったということか?
それもあるだろうが・・・これは
・・・これは誰かに相当怒られたな。
話に聞く同室の神楽坂明日菜もしくは副担任のフェルナンド、或いはその両方に。
そしてぽつぽつとネギ少年は語り始めた。
自分の担当する生徒がクラスから浮いていること。
それが心配だったこと。
その生徒がクラスにもっと馴染める様に宴会に連れ出したこと。
そこでその生徒に恥をかかせて怒らしてしまったこと。
そして生徒や副担任にとても怒られたこと。
私にとってはすでにその被害者から聞かされた内容であったが、この子供先生の落ち込みっぷりには推測が正しかったと納得がいった。
話していてその時の事を思い出したのか、また暗い雰囲気になり始めた。
私はネギ少年を慰めるように・・・
「それは怒りますね。」
「はぅ!?」
「そのフェルナンド先生の言うことも間違ってません。思慮が足りなかったですね。」
「げふっ!?」
「まぁそれはあなたが未熟だったという事で。」
「ひぎぃ!?」
追い討ちをかけた。甘い言葉をかけるとでも?それこそ甘いぜ!!
―――実はあちらも千雨の事でちょっとだけ怒っていたのだ。友達だし。
精神的追い討ちによりネギが新たな世界の扉を開く寸前で
「それでもその気持ちを忘れずにいれば、あなたはきっと良い先生になれますよ。」
「ぁん・・・え?」
・・・・すこし遅かったか知れない。だが気にせず話を進める。
「ネギ君、君はまだ幼い。」
「いくら君が天才でも、僅か10歳の君が3,4歳しか離れていない生徒たちを導いていくには圧倒的に経験が足りない。それはもちろん教師としてのもそうだし、対人関係の経験が。」
「君の倍は年を取っていて経験のある先生でも、生徒にモノを教え導くというのに試行錯誤しているでしょうし、そこにゴールなんか無いし報われない事だってあるでしょう。」
「だからネギ君。」
私はネギ君の目を見て語りかける。
しっかりと視線を合わせ、ここに居合わせた大人として子供を導くように。
「まわりの先生方に相談すればいいんですよ。」
ネギはぽけっとしてこちらを見上げている。
「あなたの苦労も心境も先生方がすでに経験して下さっているでしょう。聞いて回りなさい。
話を聞いて自分の中で整理し、自分が納得した答えを出してそれを基に行動なさい。」
「あなたは未熟だ。これからも失敗はあるでしょう。
だがこれからがある。自分の出した答えを基に行動すれば少なくとも後悔はしなくなるでしょう。」
ネギ少年は呆然とこちらの話を聞いていた。
やがて弱弱しくそれは教師の独善ではないんですか?と問いかけて来たが、私はそれを笑い飛ばした。
「教師なんて大なり小なり独善的なもんです。」
こうだと決めたものを教える訳ですからね、と私は笑った。
「教師なんて大なり小なり独善的なもんです。」
そう言って目の前で愉快気に笑うあちらをぼーっと見ながらネギは考えていた。
もちろんこれはあちらの意見だ。全員の教師がこう考えている訳ではないことは分かっている。
しかしネギが衝撃を受けているのはその事ではなかった。
―――これが人に訊くということか。
彼自身は紛れも無い天才である。一を聞けば十を知る。
魔法学校でも図書館に通い続け、授業では習わないような高度な知識を独自に吸収し続けた。
それゆえに彼は人に物事を解らないから訊ねるという事をしたことが無かった。
問題が起こっても、いつも自分で解決できたし、しなければいけない。
そこは彼に両親がいない事も起因するのかも知れないが。
とにかく彼の固定観念を打ち崩したあちらの話はとても衝撃的だったという事だ。
衝撃に打ちのめされて未だショックから立ち戻れないネギに彼は言った。
「大丈夫。生徒を思い遣れるあなたはきっと良い先生になれますよ。
頑張ってください。ネギ・スプリングフィールド先生。」
そう言って笑いながら自分の頭を撫でる姿に、なぜか一度しか会った事のない父が重なった。
人種も容姿も雰囲気も違うのに何故だろうと考え、すぐに答えが見つかった。
―――ああ、困った時に颯爽と現れ、悩みに一緒になって悩み、解決するその姿。
―――まるで((正義の味方|お父さん))みたいだ。
この日、未来の英雄の雛はすこしだけ成長した。
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※本作は小説投稿サイト『ハーメルン』様でも投稿しています。 | ||
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