狂王陛下が第四次聖杯戦争に参戦するそうです。A |
「聖杯に招かれた英霊共は今! ここに集うがいい! なおも顔見せを恥じるような臆病者は征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」
荒れ果てた倉庫街に朗々と響く声。セイバー・ランサーは聞き流し、隠れて様子を伺うアサシンと遠見の水晶球で見守るキャスターは動じず、この場のマスターたる魔術師達は呆れている。……が、遠く離れた遠坂邸と教会の地下で事を見ていた遠坂時臣と言峰綺礼の心情は焦りに覆われていた。
この発言をあのサーヴァントが聞き逃すわけがない、と。
「よもや我を差し置いて王を称する不埒者が二匹も沸くとはな」
不快気な表情を隠すことなく、街灯の上に現れたのは黄金の鎧に身を包んだアーチャーのサーヴァント。眼下の三人のサーヴァントを忌々しそうに見下している。
「そうは言ってもなぁ……イスカンダルたる余は世に名を残す征服王に他ならぬのだが」
「たわけ。王の名を謳えるのは天上天下にこの我一人のみ。残りは有象無象の雑種に過ぎん」
侮蔑、と言うには度が過ぎている発言をアーチャーは言い捨てる。その光景を、とある一人の男が使い魔を通して物陰から見ていた。
「は、ははは――」
笑いが止まらない。あの黄金のサーヴァントは遠坂邸でアサシンを塵殺したモノ……即ち奴が召喚したサーヴァントに間違いない。
ついに、ついにこの時が来た。あの男に、桜を地獄に落としたあの男に、栄光を得ると疑ってもいないあの男、遠坂時臣に挑む時がやってきたのだ。傲慢な顔に泥を塗り、その命を奪い取り、積年の憎悪を晴らすときが――。
「殺せ……」
甘い。何時もなら声を出すのですら痛みが伴うというのに今はその痛みすら愛おしい。そうか、一定の量を超えた憎悪は甘美なものであると、彼……間桐雁夜は理解した。聖杯から与えられた透視能力には敵がアベレージを超えている難敵だとわかる。だが……。
――俺のサーヴァントも規格外だ。
「殺すんだバーサーカー! あのアーチャーを殺し潰せ!」
その時、あらぬ方角からの魔力の流れに居並ぶ人間全てが注目する。
現れたのは白い装束を身に纏った銀髪の青年だった。コツコツを足音を響かせながら、四人のサーヴァントで犇く場所にゆっくりと歩いて向かってくる。
さらに場違いであったのは、そのサーヴァントは漆黒の魔力を纏っており、白の装束とは合わない。しかしその顔には紛れもない英雄としての誇りが見え、そのアンバランスさがこのサーヴァントの異様さに拍車をかけていた。キャスター、というにはあまりにも堂々としており、アサシンはすでに死んでいる(実際は生きているが)。となると残るクラスは唯一つ。バーサーカー。
「なぁ、征服王。アイツには誘いをかけんのか?」
ランサーは困惑と警戒心を抱きつつ征服王に問いかける。
「誘おうにもなぁ。さすがにバーサーカーに交渉は……「たかがクラスごときで私を評するな。征服王」おう!?」
バーサーカーの言葉に周囲に動揺が走る。
バーサーカーは狂戦士のクラス。理性を失わせる代償として能力を増幅させることを可能とする。本来ならば弱い英霊が能力の底上げのために就かされるクラスだ。
狂わされたバーサーカーに言葉を交わす能力はないと言われた常識が崩された瞬間であった。
「そんな、馬鹿な!! バーサーカーに理性はないはずじゃないか!?」
ウェイバーの言葉はマスターとサーヴァントの心情を代弁した。それも当然だろう。明確な理性を保っている狂戦士がいるわけがないのだから。しかしバーサーカーは歩みを止めることなく疑問に答える。
「何を驚く。クラススキルとやらでは私から理性を奪うことは叶わなかっただけの話であろう? 加えて言うのであれば、私が生前背負いし名は狂王……即ち’狂った王’だ。杯の用意した器ごとき飲み干したに過ぎん」
何ともなさそうに語るバーサーカーの言葉に周囲は言葉を失う。
バーサーカーでありながらバーサーカーでなく、狂わされるどころか打ち破った事実にこのサーヴァントの実力に緊張が走った。
とびきりのイレギュラー、姿を隠すアサシンも加えると六騎、この場所に集結している。このような展開、過去の戦いにはなかったであろう。全てのサーヴァントが他のサーヴァントを警戒し動かない中、唯一人、待ちを選ばない黄金の王がここにいた。
「そこの狗。貴様は誰の許しを得て王を謳う?」
殺意とともに背後に現れるのは四挺の武装。その輝きは紛れもない宝具であった。
しかし宝具の切っ先を向けられて尚、バーサーカーの歩みは止まらない。
「せめて散り様で我を興じさせよ」
宣言とともに刃が放たれる。
一撃一撃は絶大な威力を発揮して着弾と同時に破壊をもたらすだろう。魔術師達、そしてサーヴァントの見立てではあのバーサーカーは確実にアーチャー仕留められたと考えた。
なぜなら、あのような規格外の攻撃に生きているはずが――――。
響く鉄の音。その数、四度。
「なッ……!」
セイバーの驚く声。声に出さずとも、ランサー・ライダーにも驚愕が顔に浮かんでいる。
バーサーカーの足元に転がるのはたった今アーチャーが放った四挺の武装。そして二本の折れた剣。そしてバーサーカーの手には意匠の違う剣が両手に握られている。しかし、二本の剣には大きな罅が入り、今にも崩壊しそうであった。
視線のみを剣に向け、軽く息をつくとバーサーカーは手に持った剣を放り捨て、瞬きの間に新たな武装を展開する。今度の武器は手斧と槍。
「今――何かしたか?」
端麗な顔に笑みすら浮かべ、アーチャーを侮蔑する。この程度がお前の攻撃か、と。
「そこまで死に急ぐか狂犬風情が!」
激昂と同時にアーチャーの背後の空間が歪み、更なる宝具が現れる。その数、実に三十六。
「そ……んな、バカな」
思わず声を漏らすウェイバー。しかし、その胸の内は他の者達も同じであろう。英霊の宝具は原則一つ。中には複数の宝具をもつ者もいるが、それでも精々三つか四つが限界だ。しかし、目の前のアーチャーはすでに四十近い宝具を有している。こんな英霊、存在するわけがない。
「その脆弱な獲物でどこまで粘れるか――さぁ、見せてみよ!」
黄金の王の号令の下、虚空に浮いた宝具達は眼下の自身への歩みを続けるバーサーカーに向けて放たれた。
轟音が響き続ける。落雷のごとき宝具の弾幕はバーサーカーを塵すら残さず滅ぼそうと撃って撃って撃ち据える。それでもなお、轟音が響き続ける理由は簡単だ。……攻撃に晒されているバーサーカーが生きているためだ。
誰もが目を見開いてその光景を目に焼き付けていた。バーサーカーは歩みを止めることなく宝具の群れを真っ向から叩き落としていた。彼の手に持つ武装は一合ごとに罅割れ、折れ、曲がっていくも、バーサーカーはその都度武装を破棄し、新たな武器を手に攻撃を捌いているのである。
「成るほどのう。どうやらあやつらは宝具の数が自慢のようだな」
余裕の構えを見せていたライダーが笑みを浮かべて一人呟いた。
「金ピカの宝具は全てにおいて一級品じゃがあの白いのは格こそ低いがそれを己の技量でカバーしておる。ううむ、見事な技の映えよなぁ。是非とも臣下にしたい」
その発言に成るほど、と思うのは全てのサーヴァントと魔術師であった。アーチャーの放った宝具はまさしく一級品。ランクは最低でもCランク、高いものではAランク程度の魔力を放っている。
対するバーサーカーの足元に転がる数多の武装はある程度の魔力こそ放っているが、そのランクは精々E。当然、上のランクの武器と打ち合えば破損は必定である。それをバーサーカーは一撃限りの防御として使い捨てているのである。双方ともに数多く武器があるが故の戦い方であろう。
一際高い轟音が響き、ついにバーサーカーは全ての宝具を捌ききり、足元には数多くの武器が散らばっている。バーサーカーの歩みは未だ止まっていない。
が、ふとバーサーカーの歩みが止まり、顔が上を向く。おそらくマスターからの指示を受けているのであろう。
「――いいだろう。雁夜」
手に持った剣が消失し、彼の体勢が変わる。クラウジングスタートのように低く、その体からは膨大な魔力が吹き上がっている。
「アーチャー、貴様はここで死ね」
宝具の使用。それを感じ取ったサーヴァント達に緊張が走る。あれだけの攻防をして見せた英雄の宝具である。一体どれほどのモノなのか――。
「ほざけ雑種ごときが!」
咆哮と同時に三度アーチャーの背後が歪み、宝具が現れる。その数はもはや数えることすら馬鹿馬鹿しい。そして感じ取れる魔力は全てがAランクを超えている。
遂に両者がぶつかり合う……その瞬間、憎悪に燃えてバーサーカーを睨んだアーチャーの視線が転じる。
「貴様ごときの諫言で王の怒りを静めろと? 大きく出たな時臣――?」
忌々しげに言い捨てるとバーサーカーを一睨みし、背後の宝具達が消えうせる。
「……命拾いしたな狂犬。そして雑種共、次に見える時までに有象無象を間引いておけ! この我と見えるのは真の英雄だけで良い」
最後にそう言い残し、黄金の英霊はその場から消えた。残されたのは破壊されつくした倉庫街。そしてサーヴァントたちだけであった。
「フン。金ピカのマスターはあやつほど剛殻な性質ではないか」
呆れたように苦笑しながら呟くライダーではあるが、そう呑気に構えてられないと他の面々は心得ている。あのアーチャーに劣らない脅威たるバーサーカーが今、自分達の前に立っているのだから。
「はぁ……下らぬ幕切れだ」
溜息一つ。ポンポンと服の煤を落とすバーサーカー。満ちていた魔力こそ消えたがそれでもなお、目の前のサーヴァントに隙はない。
「何なんだよ……あいつ……?」
小さな声ではあったが耳に届いたのだろう。バーサーカーは視線を向けて口を開く。
「名乗りを聞いておきながら名を秘するのは少々無礼であったな征服王」
その発言を聞き、その場の者たちは単語一つ聞き逃すまいと耳を澄ます。自ら名を明かすのならば対策がうてるであろう、と。しかし、彼の英霊が名乗った名前に聞き覚えのある者は誰一人として存在しない。ランサー・輝く貌のディルムッドも、セイバー・騎士王アーサーも、ライダー・征服王イスカンダルも知りえない。それも当然だろう。この青年は、このバーサーカーは――並行世界の英霊なのだから。
「神聖ブリタニア帝国皇帝――ライゼル・S・ブリタニア」
朗々と誇るように、謳うように、己が名を名乗った。
「ブリタニア……帝国?」
疑問を挙げるのはセイバー。そして首を傾げるのは他のマスターやサーヴァント達だ。招かれた時代において過去のに当たる伝説や伝承ならば、彼ら英霊は己より後の英雄の知識を持ち合わせている。しかし、その知識においてなお、神聖ブリタニア帝国などという国は存在しない。今現在の地図にもない。ならば虚言かと疑うが、先ほど見せられた見事な剣捌き。誇り高き名乗り。到底偽りとは思えない。
「のぉバーサーカーよ。余の知識にはお主の国がないのじゃが……」
「当然だ。私の国はどこの歴史書を紐解いたとしても存在しないのだからな」
「ならば未来の英霊か?」
未来の英霊。なるほど、確かにありえそうな答えだ。時間軸から隔離されている英霊にとって己が生まれた時代よりも前に召喚されることもある。可能性としてはもっとも高いといえよう。しかし、
「おしいな。それもまた少し違う」
その答えすら否定する。ライダーが唸りながら考え込む様を見て、軽く息を吐いたライゼルは答えを言い放つ。
「私は並行世界の英霊だ」
「んな……!?」
声を上げた人物こそウェイバー一人。しかし、他のサーヴァント、マスター達も顔には驚愕が。
「ほう! 並行世界とな!? ……それはそれとして余の臣下にならんか?」
「いや、違うだろ! 今はそれどギャピ!?」
彼の抗議はデコピン一発で終わった。いや、言ってることは正しいんだけど。
「阿呆。筋を通さずに臣下になるわけがなかろう征服王」
「むぅ……筋とはなんだバーサー……いや、狂王よ」
ライダーがバーサーカーをクラスではなく狂王と呼ぶ。それはライゼルを己とは違う王であると認めたに他ならない。それを感じた彼は軽く前置きすると口を開く。
「王が王に膝を折るのは刃を交え、敗北し、その後に相手の器を知ったとき以外に他ならない。……刃を交えもせずに膝を折る王なぞ存在せんぞ征服王?」
「では余の器がお主を超えていれば臣下となる、と?」
「そうだ」
返答は一言。だが、ライダーは子供のように表情を輝かせている。
「うむ! よいよい、その返事が聞ければ十分である!」
「……が、逆も有り得ることを想定しておけよ征服王? この狂王の器……そう容易くは越えられんぞ?」
剣を再び具現化し、ゆっくりとライダーに向ける。
それを見てウェイバーは顔を青ざめるもライダーの表情は変わらない。
「よせよせ。あの金ピカの攻撃を凌いでそれなりに消耗していよう? 余は勝利を盗みとる真似はせぬ。お主とはまた日を改めて器を比べようではないか!」
「では――その時は他の王も呼ばねばならんか?」
そういってバーサーカーはセイバーを見る。セイバーもまた王である。王として挑戦を受けたのならば……引くことはできない。
「まぁ、貴様はまずはランサーと決着をつけろ騎士王。今の貴様は容易く葬れる」
「――試してみるか?」
不可視の剣を構える。しかし、今のセイバーはランサーの必滅の黄薔薇【ゲイ・ボウ】の一撃によって左親指を奪われた状態である。剣技で劣ることはないと自負はあるが、それでも渾身の振り抜きで放たれるエクスカリバーの一閃が使えない今、強がってはいても彼女の勝機は薄い。
「阿呆。騎士の決闘を汚す真似を王がしてどうする。貴様はまずランサーの首を挙げよ。私と刃を交えるのはその後だ」
言うだけ言って、バーサーカーはその場から消えた。残されたのは三体のサーヴァント。
『撤退しろランサー。今宵はここまでだ』
「御意!」
主の命に従い槍の穂先を下げる。視線はセイバーに。
――決着はいずれ……
言葉無く意思をやり取りし、ランサーもまた霊体化してその場から消える。
「では余も辞するとしよう。次に会ったら存分に余の血を滾らせてもらおうか! おい坊主、お前も何か気の利いたことを……って寝とるのか。シャッキリせん奴よのぉ」
先ほど放たれたバーサーカーの殺気とデコピンの痛みの相乗効果で哀れウェイバーは気絶していたのであった。
「さらば!」
轟音を鳴らして二頭の神牛は雷を打ち鳴らして虚空に駆け上がる。
そのままライダーの駆る戦車は南の空へと消えていった。
残されたのはセイバーとアイリスフィールの二人だけ。
目の前の倉庫街はもはや瓦礫の山だ。それを見て、彼女は思わず呟いた。
征服王イスカンダル。
輝く貌のディルムッド。
騎士王アルトリア。
名も知れぬ黄金の王。
並行世界の狂王ライゼル。
いずれも劣らぬ英雄ばかり。その英雄たちの人知を超えた殺し合い。
「これが……聖杯戦争なのね」
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