狂王陛下が第四次聖杯戦争に参戦するそうです。C |
アインツベルン城の中庭の花壇。その中心でライダーとセイバーが酒樽を間に挟んで胡坐をかき、悠然と対峙していた。
「――聖杯は相応しき者の手に渡る定めにあるという」
酒樽の蓋を拳で叩き割り、静かに口火を切り手に持った柄杓――当然、本来は酒器ではない――で樽の中のワインを掬い取り一息に飲み干す。
「それを見定める儀式がこの冬木で行われる闘争らしいが……見極めるだけでよいのなら血を流すまでもない。英霊同士、互いの”格”に納得がいったのならば答えはでよう」
差し出された柄杓を躊躇い無く受け取り、セイバーもまたワインを掬い、こちらもまた一気に飲み干した。
「それでまずは私と競い合おう、というわけかライダー?」
「その通り。お互い”王”を名乗って譲らぬとあれば捨て置けまい? いわばこれは聖杯戦争ならぬ聖杯問答よ。余と貴様、聖杯の王に相応しいのはどちらか? 酒杯に問えばつまびらかになるというものよ」
厳かな口調で語ってから、ふとライダーは悪戯っぽい笑みを浮かべ白々しく言い捨てる。
「おぉっと、そういえば他にも己を王と言い張る輩が二人ばかりおったな?」
「戯れはそこまでにしておけ、雑種」
「下らぬ言葉をほざくな。征服王」
ライダーの言葉に応じるように、黄金の光と漆黒の風が一同の前に集い人の形となる。その声、その姿、纏う魔力の色に覚えのあるセイバーとアイリスフィールは体を硬くする。
「アーチャーに、バーサーカー? 何故ここに……」
「いや、な? 街の方でこいつらの姿を見かけたんで誘うだけ誘っておいたのよ。遅かったではないか金ピカに狂王よ。ま、余と違って歩行なのだから無理もないか。ほれ、駆けつけ一杯」
忌々しげに己を見る視線を鼻で笑い飛ばし、ライダーはワインを汲んだ柄杓を両者に差し出した。
どう控えめに見ても和やかとはいえない剣幕の両者は激昂するかと思いきや……バーサーカーはあっさりと受け取りワインを飲み干すと、新たに樽からワインを掬いアーチャーに手渡し、こちらもまた躊躇なく飲み干した。
「……何だこの安酒は? こんなモノで王の器を量れるとでも思ったのか?」
が、表情を変えないバーサーカーとは違い、アーチャーは嫌悪を浮かべ吐き捨てる。
「そうかぁ? 市で仕入れた中じゃぁこいつはかなりの一品だぞ?」
「そう思うのは貴様が真に美味い酒を知らぬからだ。雑種めが」
アーチャーの傍らの空間が歪む。そして現れたのは数多の宝石で彩られた一揃いの酒器。黄金色の瓶には美しい琥珀色の液体が揺れている。
「見るがいい。そして思い知れ。これが真の王の酒だ」
「おお、こいつは重畳」
アーチャーの言葉など気にも留めず、ライダーは黄金の瓶を手に取り中の酒を四つの杯に汲み分ける。
手渡された液体にセイバーは僅かに躊躇をみせるが、対称的にバーサーカーとライダーはあっさりと酒を口に運ぶ。
「むほぁ!? 美味い!」
「――素晴らしい」
先に飲んだライダーが声を上げて喝采し、バーサーカーは静かに称賛する。両者は反応こそ対極的だが、共に目を丸くしているのはどこか面白い。
「これほどの物が存在しているとは……先の酒を安物と評するのも納得だな」
「すっげぇなぁオイ! こりゃ人間の手による醸造じゃあるまい。神代の代物じゃないか? こんなモンを飲まされちゃぁ余が仕入れた酒が水に思えてくるのぉ」
惜しみなく賛辞するバーサーカーとライダーに向け、アーチャーは悠然と笑みを零す。
「当然であろう。酒も剣も、我の宝物庫に在るのは全て至高の財よ。……これで王の格付けは決まったようなものだろう」
「阿呆。酒如きで格が決まる王なぞ高が知れるわ」
「同感だ。酒蔵自慢で語る王道なぞ聞いて呆れる。戯言は王でなく道化の役だ」
凛然と喝破するセイバーに無表情のバーサーカー。しかしそんな両者の言葉をアーチャーは鼻で笑い飛ばす。
「さもしいな雑種ども。宴席に酒すら伴えぬ輩こそ王から遠いではないか?」
「待て待て。お主ら言い分がつまらんぞ」
険悪化してきた空気をライダーが苦笑しながら遮る。
「アーチャーよ。貴様の酒器はまさに至高の一品よな。正しく王の杯に相応しい。しかしこれは聖杯を掴む正当さを問う聖杯問答よ。まずは貴様がどれほどの大望を聖杯に託すのか聞かせて貰わねば始まらん。さて、アーチャーよ。まずは我ら三人の王を魅せるだけの大言を吐いてもらおうか?」
同時刻、遠坂邸。
「まさか酒盛りとはな……」
『放置してもよろしいので?』
「王の中の王となっては挑まれた問答に背を向けるわけにはいかないだろうからな」
遠坂時臣。彼は聖杯戦争が始まってから一度もこの家から出ていなかった。しかし弟子の綺礼のサーヴァントであるアサシンの諜報のお陰で彼は家に居ながらにして全ての戦局を把握していた。当然、殆どの陣営の情報もほとんど得ている。
ただ、未確認なのが交戦らしい交戦を一切していないライダー。そして英雄王の王の財宝【ゲート・オブ・バビロン】に一歩も引かずに凌ぎきり、強力な宝具を有しているだろうバーサーカー。並行世界の人間であるため真名がわかっても宝具を推察することが出来ない不気味な存在だ。
本来のバーサーカーならば自滅を待っていればいいのだろうが……厄介なことにアレは理性を保持している。自滅を待ってもそうはならないだろう。
「綺礼。ライダー、バーサーカーとアーチャーの戦力差……君はどう考える?」
『ライダーとバーサーカーの宝具がどれほどのモノか? に終始するかと』
「うむ……。どうだろう綺礼? ここらで一つ仕掛けてみるのは?」
『成る程。依存ありません。全てのアサシンを終結させるのに少々時間が掛かりますが』
「構わない。号令を発したまえ」
指示を出し終えると時臣はティーポットから新しい紅茶を注ぎ、芳香を楽しみ始めた。
全ては今、己のシナリオ通りに進んでいる。
どちらも自分のことしか考えていない。
セイバーはアーチャーとライダーの言葉をそう結論付けた。それに比べて自分の願いのほうが遥かに尊く、価値があると胸を張っていえる。
ただ、分からないのはバーサーカーだ。アーチャーが法を貫くと言うと
『見事。王と謳うだけはある』
などと称賛し、ライダーが己の野望を始めるため受肉を欲すると言えば
『成る程。ただの馬鹿ではなかったか』
と笑みすら零していた。
一体この英雄は何を願い戦うのか……。
「さて、次は貴様の番じゃぞ狂王よ。……聖杯に貴様はどんな大望を託すのだ?」
「何も託さん」
一言。あっさりと返答し、手元の杯を口に持っていく。
「むぅ……。どういうことだ狂王よ。まさか貴様も聖杯は己のモノだから、などとは言うまい?」
眉を寄せてライダーが問いかける。
「そのままの意味だ征服王。聖杯に託す願いなど最初から持ち合わせていないと言っている」
「それはおかしい。この聖杯戦争に参加する以上貴様も聖杯を欲する理由があるはずだ」
セイバーの言葉は正しい。聖杯戦争にサーヴァントとして招かれる英霊はなにも契約のためだけに戦いに臨むのではない。英霊は英霊なりに聖杯を欲する理由をもっているはずなのだ。英霊達は自身も聖杯に託す願いをもってるからこそ、己のマスターを勝者にし、共に聖杯の恩恵に与ろうと奮迅するのだから。
セイバーの言葉にふむ、と軽く考えるとバーサーカーは口を開く。
「残念だが私に聖杯に託す願いはない。まぁ、遣り残したことは山ほどあるがそれもあいつがどうにかするだろうさ」
遠くを見るように視線を外して紡がれた声はどこか優しげだ。
「当面は召喚者の願いのために戦うのが目的か。そのうち聖杯への願いも思いつくだろうよ」
「狂犬……よもやその程度の理由で我の財を欲するのか?」
呆れ果てたような視線を送るアーチャーにバーサーカーは挑戦的な笑みを浮かべる。
「自身に願いが無いのならば召喚者の為に使っても文句はあるまい? 最も……その為には貴様らを殺す必要があるか」
軽い殺意を発するバーサーカー。それに呼応するように他の三人も殺意を放つ。
その殺意にアイリスフィールとウェイバーは体を硬くするが……。四人の王は気にも留めない。
「――よかろう狂犬、我に挑むことを許す。そして知れ。真の王の器というものを、な」
「うむ、挑むというのなら是非もない。屈服させ余の臣下にするまでよ」
しかし、ふいに殺意は霧散しアーチャーとライダーは笑みすら零れる。セイバーも笑みこそ浮かべないが、願いこそなくとも意思のみでアーチャーとライダーを認めさせたバーサーカーは王として認めるに値する。
だが、それだけだ。
聖杯に託す願いがないということは彼は生前に悔いを残さなかったということだ。遣り残したことがあるとは言っていたが人任せに出来るというのなら程度が知れる。意思こそ強固だがその程度の理由で戦う者に負けるつもりは毛頭ない。やはり自分の、切なる祈りこそが聖杯に担うに相応しい。
「最後は貴様だセイバー。胸の裡を聞かせてもらおうか?」
ライダーが水を向けてなお、セイバーは微塵も揺らがない。
我が王道こそ至高。胸を張って言い切れる。酒を少し飲み喉を潤すとセイバーは真っ向から三人の王を見据え口を開く。
「私は故郷の救済を願う。万能の願望機を持って、ブリテンの滅びの運命を変える」
胸を張って己の戦う理由を口にして、セイバーは場の空気が変わっていることに気がついた。先ほどまで挑戦的な笑みを浮かべていた三人の王が見事に呆然としている。即ち……白けていた。
「待て騎士王。今、まさか貴様は……運命を変える、と言ったのか? 過去を、過ぎたことを変えると?」
呆然と問うライダーにセイバーは凛として返答する。
「そうだ。たとえ奇跡を持ってしても叶わぬ願いだろうと聖杯が真に万能ならばあるいは――」
「……ク、ハハハハハハハハ!」
最後まで聞き届けることなく、哄笑が響き渡る。何処までも下品に、何処までも遠慮なく、全てを踏みにじるように笑う。嗤う。
「私を愚弄するかアーチャー?」
「は! これを嗤わずに居られるか!? 自ら王と名乗り、皆に認められ、歴史に名を刻んだ者が運命を変えるだと? 傑作だ! 認めようセイバー! 貴様は真の道化だ!!」
抑えが効かぬとばかりにアーチャーは嗤い転げる。表情を出さないバーサーカーの横でライダーは不機嫌そうに眉を顰める。
「何故嗤う? 何故訝る? 王たる者ならば身を挺して国の繁栄を願うはずだろう!」
「いいや違うな。王が捧げるのではない。国と民草が王に捧げるのだ。断じて逆ではない」
静かに、ライダーは否定する。それにさらなる怒りが生まれ、セイバーの声が掠れる。
「それは暴君の治世ではないか!? ライダー、アーチャー! 貴様らこそ王に程遠い外道ではないか!」
「然り。我らは暴君故に英雄だ」
セイバーの言葉にライダーは平然と応じる。
嗤うアーチャーと違いライダーは問答の筋道で己を否定している。セイバーも問答で論破しようと語気を収める。
「ライダー……貴様とて築いた国が滅んだだろう? その結末を覆したいと思ったことはないのか?」
「ない」
即答だった。先ほどのバーサーカーのように、迷いなくセイバーの問を切り捨てる。
「あの結末は余の判断、余に従った臣民の生き様の末に辿りついた結果である。慎みもしよう、涙も流そう。されど決して悔やみはしない」
「な――」
「ましてやそれを覆すなど! 余と共に時代を駆けた全てに対する侮辱である!」
傲然と言い切った言葉に対し、セイバーはかぶりを振る。
「滅びを誉れとするのは武人だけだ! 民が望むのは正しき統制、正しき治世、臣民は救済を望んでいる!」
声を荒げるのはセイバーの番だ。言葉に怒気すら込めてライダーを喝破する。
「征服王……貴様には分かるまい。己の欲望を満たすためだけに覇王となった貴様には!」
「無欲な王なぞ存在する意味すらないわ! 王とは、誰よりも笑い、誰よりも怒り、誰よりも欲深い者。即ちヒトとして臨界極めたる存在よ! だからこそ臣民は王に魅せられる! 王という存在に憧憬の火が灯るのだ!」
「そのような治世の何処に正義がある! 理想に殉じ、民を救ってこそ王だ! だからこそ――」
「――だから覆すのか?」
ライダーとセイバーの問答に、静かにバーサーカーが割って入る。
「……そうだ。あの結末は、あの滅びは私の責であるが故に――」
「で? そんなにお前は偉いのか?」
「――何?」
問いかけの意味が分からない。いったい何が言いたいのか……?
「過ぎた過去を、歴史を変えるということは今まで人間が築いた物を壊すということだ。良くも悪くもこの時代は貴様らの国が滅んだ結果の上に成り立っている。当然よな? その滅びを覆すのならばそれ以降の事象全てが変わるということにほかならない。さてセイバー? 貴様の国が滅んで軽く千年以上経っているが……お前はその間生きた人々を踏み躙れるほどに偉いのか?」
「それは――」
何か言い返そうとするも、セイバーから言葉はでない。自らの国を救済することを思い剣を振るい続け――他の事を考えていなかったのだから。そう思い至ると同時にバーサーカーの考えを今だ聞いていないと思い出す。来歴も分からない。安穏な生を送ったとも考えたがそれでは先日の剣舞が理屈に合わない。アレは型を習い、それを戦場で叩き上げた実践的なものだ。
「バーサーカー、貴様は思わないのか? 私は貴様がどのような生を送ったのかはわからない。しかし、悔いを残して死したのならば、後悔や未練があるのではないか?」
「あるとも」
即答。しかし、ライダーとは違い肯定の返答。それを理解すると同時に意思がまた鎌首を上げる。
「ならば何故!? 未練があるというのならばそれを果たそうとは思わないのか!?」
「――未練はある。だからこそ未練はない」
確固たる意思をもって静かに言葉を紡ぐ。意味が矛盾する一言ではあるが、それはバーサーカーの発した言葉の中で何よりも重く、何よりも思いが込められていた。
「ライダーが言う通り過去を覆すなど私と歩んだ者全てへの冒涜だ。……過去は教訓だ。たとえ間違ったとしてもそれは次への繋がりとなる。それを潰すなどできるわけがない」
否定する。ライダーの暴君としての否定とは違う。されどライダー同様セイバーの願いを否定する。
「そもそも人間とは幸福を求める生き物だ―――人が人である限り、求め、抗うだろう。如何なる絶望にまみれようと、不幸に会おうとも、より良い明日を欲する。だが……!」
語尾を荒げ、無表情を崩したバーサーカーは瞳に火を灯しセイバーを睨む。
「貴様は終わったことを、過ぎ去った過去を欲した! そのような痴れ者が王を謳うなど度し難いにも程がある! 明日を欲さず昨日を思う貴様に王を名乗る資格はない!」
拳を叩きつけながら喝破され、セイバーはバーサーカーが掲げる王道を理解した。それを理解したのは他の王も同じだ。アーチャーは何か面白い物を見つけたようにバーサーカーを見ており、ライダーは感心したように頷いている。
アーチャーは”己”を掲げ、ライダーは”征服”を掲げる。そしてバーサーカーが掲げる王道は……”明日”。
今日よりも繁栄した明日を。
今日よりも穏やかな明日を。
今までよりも……進んだ明日を欲する。
ある意味セイバーのように理想に殉じ、ある意味ライダーよりも暴君らしい。そしてその王道はセイバーの願いの対極にある。
「わ、たしは―――」
反論しようと口を開きかけた時、背筋に寒気が走る。頭の中で渦巻く苦悩から意識が引き戻される。その原因はアーチャーの視線だ。蛇のようにセイバーの全身を舐めるように廻っている。
「実に我好みの苦悩だぞセイバー? まるで閨で処女を散らせるような顔だ」
「貴様――!」
地に杯を叩きつけ、不可視の剣を突きつける。それと同時に三人の表情が引き締められたが……それはセイバーの剣幕に触発されたからではない。突如濃密に折り重ねられた殺意が発生したからだ。
月明かりに照らされた中庭に白い髑髏を模した仮面が浮かぶ。一つ、二つ、三つ――。
百に届こうかという人数のアサシンのサーヴァント。これはどういうことか。
それを見て表情を硬くするのはウェイバーとアイリスフィール、そしてセイバー。忌々しげに見るのはアーチャーとバーサーカーで、変わらず酒を飲んでいるのはライダーだ。
「おいこらぁ!? お前にはアレが見えないのかぁ!?」
「そう喚くな坊主。客への対応も王としての器が問われるのだぞ?」
その言葉にこの場に入る者は耳を疑った。勝負を仕掛けてきたアサシンを客と呼ぶとは……。
「さあ、我らと語ろうとするものはこの杯をとるがいい。この酒は貴様らの血と共にある」
返答は短刀の投擲。黒装束の集団の一人から投げられた一閃がワインが汲まれた柄杓を破壊し赤い液体が地面に滴り落ちる。
「そう、か。それが望みか。余はこの酒は貴様らの血と共にあるといったはず。地べたにブチ散らされたいと申すのならば仕方あるまい」
旋風が吹き込む。熱を孕んだ耳元に唸る風。
「セイバー、アーチャー、バーサーカーよ。今宵の宴の締めの問いだ――王とは孤高なるやいなや?」
アーチャーは問われるまでもないと失笑し、セイバーも躊躇わず答える。
「王たらんとするのなら……孤高となるしかない」
違う答えを返すのはバーサーカー。ライダーに視線を向け、答える。
「貴様と同じだ。征服王」
「解っておるではないか狂王よ。だが――」
ライダーは高く高く豪笑する。そして吹き荒れる熱風はさらに勢いを増す。
「お主らはまったくもって解っとらんな! そのような分からず屋には真の王というものを見せ付けてやらねばなるまいて!!」
熱風が吹き荒れる。荒れて荒れて――空間すらも侵食する。
世界が、変わる。
語るべきことはない。ライダーの宝具たる王の軍勢【アイオニオン・ヘタイロイ】にて顕現した軍勢によりアサシンは完全に消滅した。
「幕切れは興ざめであったな」
杯に残った酒を呷る。セイバーは応じる言葉を持たず、アーチャーは不機嫌そうに鼻を鳴らし、バーサーカーは笑みを浮かべる。
「臣下の絆を宝具にまで昇華するとはな……見事、としか言えないなライダー。が、それだけでは私を臣下とするには足りんな」
「……雑種ばかりでもあれだけの数を束ねれば王と息巻くようにもなるか。――ライダー。やはり貴様は目障りだ」
「言っておれ。余と貴様らはその内雌雄を決することになるであろうよ」
二人の言葉を笑って受け流し、ライダーはキュプリオトの剣を虚空に一閃し、神牛が引く戦車を具現させる。
「語るべきことは語り合った。今宵はここまでとしようぞ」
しかし、バーサーカーとライダーに扱き下ろされたままのセイバーが納得するわけもない。
「待てライダー、私はまだ――」
「黙れ小娘」
突き放すようにライダーが言葉を阻む。
「今宵は王が語らう宴であった。しかし余は貴様を王として認めん」
「……あくまで愚弄するかライダー」
語気を荒げるセイバーだが、それを憐れむように一瞥し、ライダーはウェイバーと共に戦車に乗り込む。
「なぁ小娘よ。そろそろ夢から醒めたらどうだ? そうでなければ貴様は英雄として最低限の誇りすら失う羽目になるぞ。……貴様の語る王道とやらはそういう呪いだ」
「いや、私は――!」
セイバーの言葉を最後まで聞くことなく、ライダーは戦車を駆って夜空へと消えた。
「さて、私も戻るとしようか」
服の土ぼこりを叩いて落とすとバーサーカーもまた背を向ける。
セイバーも何か言おうとしたがそれに先んじてバーサーカーが言葉を放つ。
「私も貴様を王として認めない。明日を欲さず昨日を思うのならば、寝床で永久に眠ってろ」
セイバーの声を聞くことすらせず、バーサーカーは実体化を解いた。
アーチャーと何かやり取りがあったようだが、バーサーカーは知ることはなかった。
「……運命を覆す、か」
深夜の間桐邸。屋根の上でバーサーカーは一人呟く。
思い返されるのは、国の最後。そして……一人の女性。
『奴らを皆殺しにせよ!』
『日本人の皆さん――死んでくれませんか?』
あの時ギアスが暴走しなければ……別の未来があったのではないか?
そう思ったのは一度や二度ではない。だが全ては過去。終わったことだ。
凄惨な過去も、人は何時か必ず乗り越える。彼は親友とともに抗う人々を見てきた。
「お前ならどうする……ルルーシュ?」
ふと紡がれたのは、彼の親友の名。しかし、すぐに笑い声に掻き消される。
「いや、お前なら全てを超えて前を見る、か。我ながら馬鹿げたことを考えたものだ」
自身より深い絶望に浸ってなお、明日を欲した男だ。過去の改竄なぞ願うわけが無い。
ゴロリと屋根に背を預け、バーサーカーは静かに月をみた。
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