Re@l Voc@loid 第二話『ハジメテノオト』そのA
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 ミクはベッドに腰掛けながら興味深げに部屋の中を見回していた。起動したてで経験値不足の彼女だが、その部屋が非常に片付いた部屋である事は理解できる。座っている引き出し付きのベッドにはカバーが几帳面に敷かれはみ出しも無い。室内には有りがちなゴミの入ったコンビニの袋も無い。キッチンの脇に複数のゴミ箱が見えるのできちんと分別して捨てているのだろう。窓際の本棚には3DCGの解説書やアートブックやCDが綺麗に並べられ、ローボードには小物が置かれている。ふと、ミクはその上に質素な白木製のフォトフレームが伏せられ置かれている事に気付いた。

「……?」

 完璧と思われる空間にある微かな違和感。興味を引かれたミクの人工知能の揺らぎを男の声が現実に引き戻す。

「それで……どうだ?」

「何度見てもそうだ……初期化されてる筈なのに前のデータの一部が残ってる……」

 唱はパソコンのディスプレイを食い入る様に見詰めながら、覗き込む貞之に答えた。

「メモリーの中の残留データだけじゃない。データ保存用の空き領域の中にも不明なデータが混ざってる」

「不明の……まさかウィルスか?」

 眉根を寄せる貞之に唱は首を振って見せる。

「アンチウィルスでスキャンしたけど反応してないから、ウィルスの類では無いと思う」

「じゃあ何なんだ?」

「それが解れば苦労は無いよ……見た事もない拡張子だから何で開くのかもさっぱりだ……」

 背を正しながら貞之は腕を組みため息を付いた。

「ふむう……で、とどのつまりはどう言う事なのよ」

「おそらく……彼女は何らかの原因でクリーンインストールに失敗してる」

 言って二人はミクに目を向ける。二人の視線を受けたミクはニコリと笑みを返しながら尋ねた。

「マスター、どうかしたッスかね?」

 何でもない! と二人は慌ててミクから目を逸らした。そしてミクに背を向けコソコソと小声でやり取りする。

「つまり"ッス"って、あの変な口調も前の持ち主が付けちまった癖って事か?」

「……おそらくは」

 リアル・ボーカロイドの人工知能はマスターの元で成長し進化し、そして人格を形成する。

初音ミクと言う存在は【全】にして【個】だが、【個】が【全】となる訳ではない。【個】は無限に存在する初音ミクの可能性の具現なのだ。解り辛いと言うならばどうだろう。

 

 『ぽっぴっぽーのミク』

 

 『初音ミクの消失のミク』

 

 『ブラック★ロックシューターのミク』

 

 それらは全て初音ミクであるが、歌の中で創られた個々のイメージはまるで違う。可能性の具現とはつまりそう言う事。マスターの数だけ存在する初音ミク。リアル・ボーカロイド 初音ミク(only you)とはそう言う物なのだ。

 だがそこで問題なのが今のこの状況だ。

 原因は解らないが、正常な初期化が行われなかった為、彼女には前マスターの"影"が消えずに残ってしまっている。言葉を変えれば、彼女は誰かの物であった初音ミクと言う事になる。その事実がじくじくと男心を燻らせる結果になった。

「どうする……もう一度メモリーのクリーンインストールをやってみるか?」

 簡単に言ってくれると唱は内心憤慨した。

 貞之の言う様に、もう一度クリーンインストールを試みれば初期化は上手く行くかもしれない。だが……。

「僕に……今の"彼女"を消せと言うのか?」

 過去の彼女(ミク)は一度消えた存在である。そして新たに生まれたのが現在の彼女(ミク)だ。その彼女(ミク)に未来の彼女(ミク)を誕生させる為に……今、此処にいる彼女(ミク)に消えろと?

「それを決めるのは俺じゃねえよ……彼女のマスターであるお前自身だ」

 貞之は感傷を挟まない。ミクは彼の所有物では無いのだ、だから事も無げに言う、嫌なら消してしまえと。

 結局、アンドロイドは物である。彼女達は笑い、怒り、時には悲しみもするが、それはプログラムで創られた反応でしかない。その機械人形に気を使う必要はない。

 だが、それは―――。

「彼女の……人格の抹消は人の死と変わらない筈だ。彼女はそれを拒まないだろう、でも……確実に今此処に居る"彼女"を消してしまう事は……僕には……出来ない……」

 ベッドに腰掛けながらミクはニッコリと微笑んでいる。例えそれがプログラムが作り出した反応だとしても、その笑顔は今此処に居る彼女(ミク)の物だ。他の誰の物でもない。

 唱の選択を人は甘いと言うだろうか?

 その結果が『only you』ではない初音ミクを生み出し、自分の心の浅ましさを露呈する事になるとしても後悔はしないだろうか?

 結局、それは今の唱自身には解らない。

「それが答えか、なら良いんじゃねえの?」

 ただ、貞之は肩をすくめてそう言った。

「つーか、そう言う訳でこれから宜しくな、ミクちゃん!」

 そして何事も無かったように軽薄な笑顔で振り返ると、ミクの傍らに寄って行く。ミクも立ち上がり貞之にペコリと頭を下げた。それに合わせてミクの大きなツインテールがふわふわと動く。

「あ、はいッス、こちらこそ宜しくッスよ……えと……」

「俺の名前は入江貞之、君のマスターであるこいつのマブダチさ。ほら、お前も自己紹介しとけよ!」

 貞之に促され、唱もぎこちない態度でミクに挨拶をする。

「結城……唱……。今日から君の……マスターだよ」

「ハイ! 改めて宜しくッスよ、マイ・マスター」

 こぼれる様な笑顔で差し出されたミクの細い手を、唱は壊れ物を扱う様に恐る恐る握り返す。

 こうして、唱と拾いモノの初音ミク、二人の新しい生活が始まる事になった。

 

「……と、その前に……共犯者同士、口裏を合わせておく必要があんだろ?」

「え?」

 唐突に話しを進めた貞之が唱にイタズラっぽく片目を伏せてニヤリと笑みを浮かべるのだった。

 

説明
唱が連れ帰った、リアル・ボーカロイド 初音ミク
だが彼女は普通の初音ミクとはちょっと違っていて―――
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ハジメテノオト VOCALOID 初音ミク ボーカロイド 

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