真・恋姫?無双 〜天下争乱、久遠胡蝶の章〜 第四章 蒼麗再臨 第七話 |
その日、一刀は司馬徽の屋敷の一角にある離れで一晩過ごす事となった。あの場で宣言したからといって即座に旅立てる様な事はなく、夕刻を回った今頃は司馬懿は司馬徽と言葉を交わしている時分だろう。
それに夕餉の時の司馬懿の口ぶりからすると、恐らくは司馬徽から何かを引き出すつもりなのかもしれないが、その辺りの推察は一刀には見当もつかなかった。
結果、翌日までに一刀が整えておくべきものは気持ちぐらいだったので、気分転換がてら散策に出た。
と、敷地の中でも特に見晴らしいの良い一角に設けられた長椅子に腰かけている少女の姿を見止めた。
「ん?」
薄い紫がかった青い髪に、魔女っ子的な帽子のシルエット。
先の席でも紹介にあずかった鳳統だった。
「隣、良いかな?」
「あわっ!?」
声をかけた瞬間、心底驚いた様に飛び跳ねて振り向いた。瞳には警戒の色が露わになっており、断ろうかどうしようかと悩んでいる風にも見えた。
だが……なんとなく、本当になんとなくではあるが、此処で空気を読んで姿を消すよりも、多少強引に座った方がいい気がした。
それは彼女からしたら迷惑な事かもしれないが、それでも生来のお節介で祖父譲りの義理人情の篤さがある一刀は彼女がおずおずと端に寄った長椅子の反対側の端に腰かけた。
眼前、そして眼下には月明かりに照らされて青青とした木々が鬱蒼と茂っており、現代にいた頃にはまずお目にかかれなかったであろう幻想的な光景が広がっていた。
「えっと、鳳統ちゃんだったよね?」
「は、はひっ!?…………あぅ」
「あー……うん、俺の云えた事じゃないけど、緊張しないでくれるかな?」
嘗ての記憶も通して、彼女と話すのは初めてだった気がする。
天下に名だたる奇才“鳳雛”。
考えてみれば幾ら異世界であるとはいえ、歴史にその名を轟かせる賢者と話す事が出来るというのは本当に貴重な体験なのではなかろうか。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
話す……事が…………
「…………えっと……」
「…………」
……き、気不味い。
何だ?何でこんな空気なんだ?アレか、やっぱりファーストコンタクトのアレで失敗しちゃったのが全ての元凶なのか?―――いや、落ちつけ俺。Be Cool So Cool。そう、このシチュエーション。幻想的な自然風景を前に、月明かりに照らされて佇む少年と少女という、どっかのファンタジー小説にありそうなこの状況を存分に生かして種馬と謳われた実力を――――いやいや、落ちつけ俺。Bee Cool Soo Cool。考えてもみろ。この子は後に蜀であの諸葛亮と互角とまで謳われる程の才媛となるんだ。だったら今の内に手籠めにして魏に引き込んだ方が―――――――いやいやいや!マジで落ちつけ俺!Beee! Cool! Sooo!! Cool!!
(ヒッヒッフー!!ヒッヒッフー!!)
「……?」
よし!落ちついた!
何だか俺を見る鳳統の眼が何処となく不審者を憐れむ様な何かに見えるのは気のせいだ。気のせいに違いない……気のせい、だよな?
……いや、これ以上考えるのは止めておこう。心のナニカが枯渇してしまう。
気を取り直して、俺は空を見上げながら独り言の様に呟いた。
「……何か、色々唐突過ぎるよなぁ…………」
「…………」
「訳のわからないまま知らない場所に放り込まれて、俺みたいな一般人に何が出来るのかさっぱりわかんなくて、どうすればいいのか……正直、迷いがないって言えば完璧に嘘になると思うんだ」
「…………けど……」
蚊の鳴く様に小さな声音が、隣から洩れた。
「……けど、貴方は行動に移す事が出来ました。その決断は……その、す、素晴らしいと思いますっ」
必死に絞り出す様な声は、何処か劣等感を帯びている様にも感じられた。
まるでそれは、思うだけで行動出来ない自分を恥じる様で……そして、思う事を行動出来る“誰か”に嫉妬している様だった。
「鳳統ちゃんはさ、司馬懿の事が嫌い?」
「あわっ!?」
図星を突かれたかの様に吃驚した声を上げて、鳳統はその小さな身体をビクリと震わせた。
「自分の大切な友達を盗られたみたいで、悔しい?」
「…………そ……そんな事……ッ!」
「ない、って言いきれる?」
底意地の悪いであろう俺の言葉に、彼女は言葉を詰まらせた。
長椅子を蹴り飛ばす様に地に立つ彼女は胸の前に拳を握り、何かを訴えかける様にその大きな瞳を僅かに潤ませて俺を見つめていた。
「だっ、て…………だって!」
「だって?」
「朱里ちゃ、んは、私のっ!たった一人のお友達なんです!!」
鳳統の――――――孤独を恐れ、嫌う少女の、酷く震えた声音は続けた。
戦禍を逃れる為に、この荊州へと来た事。
その渦中で両親を失い、親戚に半ば捨てられる形で司馬徽の元へ送られた事。
元々の引っ込み思案な性格が災いして、ロクに話の出来る友達も出来なかった事。
そして、そんな自分に話しかけて、自分の事を“友達”だと呼んでくれた、少女の事。
そんな少女が想い、慕い、焦れ―――そして気持ちを通わせる男の事。
そんな二人の仲に嫉妬して、唯一の“友達”を奪う様な彼を嫌って、いつか二人が離れて行ってしまうのではないかと不安に駆られて――――――そして何よりも、そんな気持ちを抱いた自分自身が、何よりも大嫌いで。
恐かった。“友達”に捨てられてしまうかもしれないという事が。
恐かった。繋がりを失って、また一人になってしまう事が。
ありったけの鬱憤をぶちまける様に喋り尽くした後、我に返ったのか彼女は酷く狼狽して帽子を目深に被り、恥じる様に背を向けた。
「す、すみません……会って間もない人にこんな事を…………」
「いいや、嬉しかったよ」
「あわわっ!?」
驚いた様に振り返った彼女の眼を真っ直ぐに見つめて、俺は続けた。
「だからさ。今度は二人に言ってあげなよ」
「ふぇ……?」
「諸葛亮ちゃんがどういう子なのかはよく知らないけど、仲た……司馬懿なら、きっと大丈夫だよ。そんな風に大切な人を真っ直ぐに想いやれる人を、アイツが嫌う筈がない」
そう。きっと大丈夫。
あの不器用でぶっきらぼうで無愛想で途方もなくツンが強すぎて殆どデレがない―――“俺の知る”彼なら、きっと。
「私の大切な人を独り占めしないで、って言ってやって、なんならビンタの二、三発もお見舞いしてやれって」
「びん、た……ですか?」
「本当の気持ちを隠したままなんて、本当の友達って言えないんじゃないかな?」
『―――有難う。一時でも、僕と友であってくれて』
……不意に、あの扉越しの言葉が蘇った。
もしあの日、彼を引き止める事が出来たのなら。
誰よりも嘘吐きで、臆病な彼を捕まえてやれていたのなら。
そんな、あり得もしないIFを幻視して、あって欲しかった世界を想って、俺は誓ったのだ。
「全力でぶつかってみなよ。自分の気持ちを曝け出してぶつけるってのは凄く勇気がいるけど、鳳統ちゃんはさっき俺に向けてそれが出来たんだ。なら、今度もきっと出来る。俺が保障する」
「け、けど……」
「上手な言葉なんていらない。綺麗な上辺だけの台詞なんかよりも、思ったままに本音をぶつけてくれる事の方が、よっぽど嬉しいんだ」
知らぬまま傷つくよりも、知って傷つく方が良い。互いにぶつかりあって傷ついたのなら、仲直りしてから癒せばいい。
一人では拭いきれない傷も、痕も、二人でならきっと癒せる筈だから。
「…………ふふっ」
不意に、彼女の口から笑みが零れた。
「北郷さんは凄いんですね。流石は『天の御遣い』さんです」
「その呼び名もどうかと思うけどね、呼ばれる身としては」
俺が肩を竦めると、鳳統は口元に手を当ててころころと笑った。
年相応に可愛らしく、そして優しい表情で。月明かりに照らされた彼女のそんな姿は何処か幻想的で、気づくと俺は自分が見惚れていて、そしてそんな俺の視線に小首を傾げている彼女と目があった。
「どうかなさったんですか?」
「え!?あ、いや……」
まさか「貴女に見惚れていました」とはとても言えない。
言ってしまうと俺の身が危ない。具体的には死神の鎌よりも恐ろしい刀身を持つ大鎌を翳して死刑宣告をする金髪ツインドリルの美少女に命を狙われる意味合いで。
「……雛里、です」
「え?」
「私の真名です。貴方にお預けします」
「……いいのか?会って間もない人間に」
「いいんです。私が預けたいと思ったから、預けるんです」
「……そっか。俺はご存じの通り、真名はないから北郷でも一刀でも好きな方で呼んでくれ」
「はい、明日から宜しくお願いしますね?一刀さん」
言って、彼女ははにかんだ様な笑顔を見せた。
「支度は出来たか?」
「ああ」
翌日。
俺、司馬懿、諸葛亮、雛里の四人は支度を終えて正門の前にいた。
「襄陽の街に北部へ向かう商隊が訪れている。それに同行し、まずは北へ向かうぞ」
司馬懿の言を入れて俺達は大陸の北、幽州方面へと向かう事となった。
腐敗による人心の乱れが激しく、且つ地元の勢力がひしめき合っていない場所を旗揚げの地にするという目的が一つ。
そして……
「なぁ司馬懿、本気なのか?」
「本気も何もあるまい。最早『天の御遣い』という頂を得た以上、名目はどうあれ僕らは現体制に弓曳くも同じ反逆者だ。であれば、初めから目的など一つしかあるまい」
南征北伐。
その成否を鑑みて、司馬懿は精強な軍の多い大陸の北部からこの中原―――つまり天下を狙おうというのだ。
知っている範囲で中国のその後の王朝とか聞いたのはこの為だったのか、とさえ思った。
「でも、天下統一なんて本当に出来るんでしょうか……」
「出来るかどうかじゃない。やらなきゃいけないんだ」
頭脳派の人間が根性論を持ち出すと違和感を覚えるのは俺だけではあるまい。
「くれぐれも、無理をしない様に。いいですね?」
「はい……水鏡先生もお元気で」
見送りに来てくれた司馬徽の姿に、諸葛亮は僅かに声を震わせた。見やれば雛里もグッと堪える様な表情を見せて、司馬徽の服の袖を摘む様に掴んでいる。
「司馬懿はいいのか?」
「……いいさ。感傷に浸れる程、僕は子供じゃない」
言うが、司馬懿は佇まいを直して司馬徽に深々と頭を垂れる。彼なりの敬意と、感謝の表し方だろう。
「……仲達、こっちに来なさい」
言われ、歩み寄った司馬懿に司馬徽は一枚の羽扇を手渡した。羽は格調高さを窺わせる黒の羽がふんだんに使われていて、柄の部分には銀の装飾が為されている。
同じ様に諸葛亮には白を基調とした羽扇、雛里には包みにくるまれた数冊の書物がそれぞれ手渡された。
「ささやかですが、私からの餞別です」
「先生……!」
堪え切れなくなったのか、諸葛亮と雛里がそれぞれ司馬徽に抱きついた。嗚咽を洩らし、涙を零して別れを惜しんでいる。
少し離れた所に立つ司馬懿も顔を伏せて肩を震わせていたが、やがて目元を袖で拭うと凛とした声音を張った。
「水鏡先生……長い間、お世話になりました……ッ!」
深く礼をとった司馬懿に倣う様に、二人も涙を拭って礼をとる。だがその声は震えて、言っている間にも涙が零れてしまう。
それでも必死に涙を堪えてそれぞれに礼を言った所で、俺もその場で礼をとった。
「何時でも帰って来なさい……此処は、私は、必ず貴方達を迎えます」
その泰然とした声音を、凛然とした立ち居振る舞いを、その一つ一つを記憶に焼きつける様に相対した一人の師と三人の弟子。
俺もまた、この光景を忘れまい。そう心に誓った。
山を一つ越えて、眼下に襄陽の街並みを望んだ所で不意に司馬懿が足を止めた。
「この街とも、この地とも、暫しの別れだ」
言って、司馬懿は俺達を見た。
それぞれに表情は僅かに違っていたが、きっと心の内に想っていた事は皆同じだろう。
「次にこの地の土を踏む時、僕らは天下にその名を轟かせる勢力となっている筈だ。どれ程その道が険しかろうと、どれ程苦しかろうと、掲げた理想を叶える為に、焦れた夢を叶える為にこの身、この命を尽くしてみせる」
「何が出来るかまだよくわからないけど……俺に出来る事なら何でも言えよ。『天の御遣い』って御大層な名前に負けない様に、頑張ってみるからさ」
「私は仲達くんと雛里ちゃんと一緒に歩んでいきます。どんなに大変な事があったって、私達三人の力が合わさればきっと乗り越えられますから」
「もう朱里ちゃん、今は“四人”だよ?……私も、朱里ちゃんと一緒です。もうこれ以上、無益な戦で悲しむ人を生みだしたくないから、この天下の乱れを正したいです」
俺は三人の顔を見た。
司馬懿は自信満々に不敵そうな、諸葛亮と雛里は互いに眼を合わせてから、それぞれに微笑を湛えている。
「なればこそ、今この場に誓おう」
手に黒羽扇を携え、司馬懿はそれを天高く掲げる。
諸葛亮は白羽扇を雛里ちゃんと共に持って、俺は護身用にと渡された剣を、それぞれに掲げた。
「この腐敗した天下、そして漢王朝に引導を渡す。その為に、この中原の頂点を盗る」
「争いを失くす為に、戦を終わらせる為に、この身の力を尽くします」
「みんなで一緒に笑い合える、そんな平和な国を造る為に」
「戦おう。夢が叶うその時まで」
俺に出来る事。
俺がしなければならない事。
それが何なのかはまだ分からない。
だけど、今はこの三人と共に戦おう。
世界は違えど、場所は違えど――――――掲げた理想に、願った夢に、違いはないのだから。
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